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All Chapters of あおい荘にようこそ: Chapter 131 - Chapter 140

176 Chapters

131 長電話

 「それで菜乃花ちゃん、直希さんのおじいさんの具合は」「うん……発見が早かったから、大事には至らなかったみたい。でも病名が病名だからね、今は入院してるんだ」「心筋梗塞、だもんね」「でもね、集中治療室からは出られたんだ。今は一般病棟で療養中」「そっかぁ……でもつぐみさんって、本当にすごいんだね」「うん、すごいと思う。兼太くんも頑張って、つぐみさんみたいにならないとね」「あ、いや、いきなりそんな高いハードル跳べないよ」「何言ってるのよ。そんなことじゃ立派なお医者さんになれないよ」「はい! すいませんでした!」「ふふっ。でも、本当によかったな」「直希さんはその……大丈夫なのかな」「うん。しばらく元気がなかったけど、今は平気。いつも通り、あおい荘でみんなのこと、見守ってくれてるよ」「俺が帰ってからも、色々あったんだね。あおい荘」「兼太くんが来る前だって、色々あったよ」「節子さんのこと、だよね」「うん、そう……それもなんだけど、私が前に言ったことも」「……いじめのこと?」「うん。それにほら、山下さんのこともあったし、栄太郎さんと文江さんの夫婦喧嘩だってあったし」「ははっ、本当に騒がしいところだね、あおい荘は。勿論いい意味で」「そうだね。でもその度に、みんなで協力しあって乗り越えてきた」「すごいところだよ、本当に。そんな施設、他にはないと思うよ」「私もそう……思うな」「それもこれも、直希さんがいればこそ、なんだけどね」「うん。本当、直希さんってすごいな」「ははっ……はっきり恋敵のことを褒められると、ちょっと妬けちゃうね」「え……もう、
last updateLast Updated : 2025-09-22
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132 世界が美しい訳

 「休憩入りまーす」 煙草をくわえ、従業員出入口から出てきた明日香。 ポケットからライターを取り出して火をつけようとした時、彼女は人の気配を感じた。「あれ? どうしたの、アオちゃん」「明日香さん……すいませんです、待ち伏せみたいになってしまって」 そこには、うつむき加減に立っているあおいがいた。  * * *「はい、アオちゃん。コーヒー飲めたよね」「……すいません、いただきますです」 明日香が缶コーヒーを手渡すと、あおいは小さく頭を下げた。「……」 あおいは缶コーヒーを手にしたまま、何も言わずに立っている。明日香はその隣に腰を下ろすと、缶コーヒーをひと口飲み、煙草に火をつけた。「明日香さん、煙草吸われてたんですね」「え? ああ、これね、ははっ……まあ何て言うか、昔っからの習慣でね。でもまあ、あの子たちの前では吸わないようにしてるから。あの子たちにはこんな習慣、出来れば持ってほしくないし」「煙草って、やっぱり吸わない方がいいのでしょうか」「吸わないでも問題ないなら、わざわざ吸う必要はないと思うよ。栄太郎さんの件でも分かったと思うけど、体に悪いからね。それに何と言っても金がかかる。何かといえば、政治家がすぐに値上げしちゃうからね」「確かに高いですね」「だからあたしもね、値上げのたんびに禁煙しようって決意するんだけどさ、この仕事の合間に吸う一服がたまんなくてね」「煙草ってその……吸うとほっとしますですか」「何々、アオちゃん興味あるの?」「そういう訳でもないのですが……でもそうですね、少しぐらいなら興味ありますです」「そっかぁ。でもまあ、やめられないあたしが言うのもなんだけど、こんなもん、吸わないに越したことはないよ」
last updateLast Updated : 2025-09-23
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133 その時

 「私たちがこうしている間にも、世界は動いているんですね」「そういうこと。でもね、だからと言って、変わらないでほしいって駄々こねて、その場所から動かないなんてこと、出来る?」「それはその……無理、ですね」「それが出来るのは、この世界からいなくなった時なんだと思う」「……」「あたしたちは生きてる限り、日々変わっていく。いい方向にも悪い方向にも変わっていく。それがこの世界なんだ。嫌ならこの世界を、大魔法で氷漬けにするしかない」「それ、何かの本で読んだことがありますです」「よくある話だからね。魔法使いが、変わらないからこそ世界は美しい、何て言ってね」「でも……残されたのは静寂と孤独だけ」「そんな世界、アオちゃんはいいと思う?」 明日香の問いに、あおいが首を横に振った。「変わっていく世界で、あたしたちも変わっていく。前を向いて変わるか、後ろを向いて変わるのかは自由」「……」「だからね、アオちゃん。お別れは確かに辛い。あたしだって、あおい荘の誰かが亡くなったら、大泣きすると思う。でもね、それが現実なんだ」「そう……ですね……」「だからあたしたちは、全力で毎日を生きていく。それしかない。いつか来てしまうお別れ、そのことに怯えて立ち止まるんじゃなくて、前を向いて突っ走るんだ」「はい、です……」「後悔は必ずある。でもね、その後悔を、少しでも小さくすることは出来る。アオちゃんたちが施設で働いているのは、いつか来るお別れの時、入居者さんたちから『ここに来てよかった』そう言ってもらう為なんじゃないのかな。 あたしもね、亮平が死んだ時、後悔でいっぱいだった。こんなことになるんだったら、もっと愛してあげたかった。もっと愛してるって言いたかった。あの時飲みたがってたお酒、節約せずに買ってあげ
last updateLast Updated : 2025-09-24
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134 恐れていたこと

  その頃直希は、つぐみと共に栄太郎の病室にいた。 そこで彼は、自身の業を思い知らされることになる。  * * * 病室に入ると、栄太郎は知恵の輪に夢中になっていた。 クリスマス用に買っておいたのだが、あまりに暇そうにしている栄太郎がかわいそうになり、先にプレゼントしたのだった。 必死に知恵の輪と戦う姿に苦笑していると、栄太郎は直希に気付き、笑顔を向けた。 「おお、来たのか直人」  栄太郎が手を振ってそう言った。「え……」 つぐみが直希に囁く。 いつもと変わらない笑顔。しかし今、彼は直希のことを「直人」と呼んだ。 直希は一瞬、力強く拳を握った。しかし表情を変えることなく、穏やかに栄太郎の元へと進んだ。「何だお前、こんな時間に来やがって。工場の方は大丈夫なのか」 その言葉に確信を持った直希は、栄太郎の肩に手をやり微笑んだ。「今は休憩時間だから。いいだろ別に、息子が時間をやりくりして、親父の見舞いに来たって」「何言ってやがる、半人前のクソガキが」「ははっ、口だけなら退院出来そうだね」  新藤直人。 直希の父であり、20年前この世を去った栄太郎の一人息子。 つぐみが困惑した表情で文江を見ると、文江も突然のことに動揺している様子だった。「おっ、つぐみちゃんも一緒だったのか。悪いね、わざわざ来てくれて」「え……」 栄太郎はつぐみを見て、つぐみだと認識した。そのことにより、つぐみは更に混乱した。 直人が生きていたのは今から20年前。栄太郎は直希のことを、その直人と呼んでいる。ならばつぐみはどう考えても、小さな女の子でないと辻褄が合わない。 それなのに彼は自分のことを、東海林つぐみだと認識した。 こんなことがあるのだろ
last updateLast Updated : 2025-09-25
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135 もうひとつの、恐れていたこと

 「ありがとうつぐみ。もう大丈夫だから」「……何言ってるのよ。それで笑顔のつもり? 鏡で見せてあげましょうか」 そう言って、真っ青な顔をしている直希を再び抱き締めた。「しっかりしなさい、私はあなたにそう言った。それも本当の気持ちよ。でもね……こんな時ぐらい……辛い時ぐらい、私を頼ってほしいのも本当なの」「……」「病室に戻ったら、またあなたは直人おじさんの振りをしなくちゃいけない。あおい荘に戻ったら、元気いっぱいで笑顔を見せなければいけない。だからせめて……今だけでもいい、本当の気持ちを吐き出してほしいの」「俺は」「いいから。たまには私の言うことも聞きなさい。あなたってばいつもそう。あおいや菜乃花の言葉なら聞く癖に、私の言葉には耳も貸してくれない」「そんなこと」「いいから聞きなさいってば。あなたは今、栄太郎おじさんのことでパニックになってる。哀しくて苦しくて、どうしようもなくなってる」「……ああ」「それでもあなたは新藤直希として、この問題に立ち向かおうとしてる」「……そうだな」「本当、あなたのメンタルの強さには呆れるわ。どうしたらそんなに強くなれるのかしら」「別に……強くもないだろう」「でもね、私はそれでもいいと思ってる。あなたの周りには今、たくさんの人たちがいる。それは直希、あなたが勝ち取った宝物なの。あなたはみんなの為に、いつも頼りになる新藤直希を演じ続けなくてはいけない。そんなあなたのことを、私は誇りに思ってる。 節子さんの時だって、菜乃花の時だってそうだった。あなたは自分の気持ちを殺して一人、前を向いて戦った。そして傷ついた私たちのことを見守って、励ましてくれた」「……」「直希、あなたはそれでいいんだと
last updateLast Updated : 2025-09-26
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136 決断

 「あなたは選ばなければいけない。それがどんな過酷なことであっても、誰もあなたを助けてはくれない」「……」「新藤栄太郎の孫であり、あおい荘の管理人。それは誰でもない、あなたなの。だからね、直希。覚悟を決めなさい。あなたがどんな決断を下そうと、そしてそれがどんな結果を生むことになっても、私はあなたを否定しない。私が出来るのは、それだけだから」「つぐみ……」「さあ直希、聞かせて頂戴。あなたの答えを」「……」 直希は大きく深呼吸すると、再び煙草に火をつけた。「……禁煙する気ないでしょ、あなた」「ははっ……今だけは勘弁してくれ、その話」「全く……こんな状況だからこそ、でしょ。こんな時でも、そういった物に頼らずに頑張る。そうでないと、禁煙なんて出来ないわよ」「だな。その通りだ」「分かってても吸ってしまう。本当、あなたって馬鹿よね」「弁解の余地もございません」「でも……そんなあなたのこと、嫌いじゃないわ」「つぐみ?」「いつもいつも、完璧な姿を演じ続けているあなた。本当、あなたったら、あおいや菜乃花の前では、非の打ちどころがないぐらい完璧だもの。でも……そんなあなたが私の前で、ふふっ……まるで子供みたいに駄々こねて、あれこれ言い訳をつけて我儘を通す。なんて言ったらいいのかしらね……ちょっと嬉しい」「なんだよそれ」「私の前では、ありのままの直希でいてくれている。それが嬉しいの」「長い付き合いだからな。悪いところも全部、お前には知られちまってる。今更隠しても仕方ないだろ」「確かにね。あなたの黒歴史、全部知ってるのは私ぐらいだろうから」「おいおい、何を言う気か知らな
last updateLast Updated : 2025-09-27
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137 私たちの家族

 「父さん……今なんて」「何って、奏ちゃんの調子だよ。勿論、静香ちゃんの調子でもあるんだがな」 そう言って、つぐみのお腹を愛おしそうに撫でる。 直希はそんな栄太郎の言葉に動揺した。 じいちゃんは奏のこと、知っていたのか? そう思うと、急に息苦しくなってきた。「静香ちゃんに似ていたら、この子はきっと可愛いはずだ。間違っても直人に似てもらっては困る。特にその、クソ真面目で堅物なところもな」「は……ははっ、ひどいな父さん」「まあしかし……真面目だけが取り柄みたいなお前が、静香ちゃんみたいないい奥さんを見つけて、家庭を持った。そしてわしの跡を継いでくれて……わしは幸せ者だ」「父さん……」「直希はどうしてる? つぐみちゃんの家にでも行ってるのか?」「う、うんそうだよ。あいつはつぐみちゃんのこと、大好きだからね」「だな。直希も何だ、お前と同じでクソ真面目なところがある。だがお前と決定的に違うところは、ガキの時からつぐみちゃんみたいな、いい子がそばにいてくれていることだ」「……だね」「お前はガキの頃から、ずっと一人だった。わしの家を嫌って、わしに反発して。いつも部屋に閉じこもって本ばっかり読んでた。覚えてるか? 高校を卒業した時、わしに言った言葉」「……何だったかな」「俺は父さんみたいなやくざ稼業、心の底から軽蔑してるって」「……」「確かに父さんは、この街のやんちゃな人たちの面倒を見て、社会で生きていけるように応援してる。でも、そんなのは言い訳だ。そもそも父さんが真面目な人だったら、そんな人たちと関わることもなかったし、普通の家庭を築いていたはずだ。 それに父さんは、母さんのことも大切にせず、いつも遊び歩いてる。俺はそんな父さんのことを軽蔑してるし、工場も継
last updateLast Updated : 2025-09-28
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138 たくさんの想いを胸に

  特急電車の窓側の席で、直希が外の景色を眺めていた。 今年は寒波が早く訪れ、山間部では既に雪が積もっているとのことだった。「意外と近くだったんだな、あおいちゃんの家」 メッセージで示された場所。そこは、街から出ている特急電車で一時間ほどの場所だった。 近くにスキー場もあるそこは、冬になれば雪景色に包まれる。 あの後、続けざまにメッセージが届き、最後に「駅に着いたら連絡するように」と書かれていて、電話番号が示されていた。 移動中、直希はこれまで自重していた、風見家についてスマホで調べていた。 風見家は古くからある名家で、今も街にかなりの影響力を持つ家なんだと知った。 調べていくと、地方議員も輩出していた。元々は豪農だったようだが、あおいの祖父の代から観光にも力を入れるようになり、スキー場に併設して温泉宿もいくつか経営しているようだった。 また、多方面に渡り企業と提携を結んでおり、驚いたことに明日香の実家、冬馬家も名を連ねていた。  * * *「ごめんねダーリン……バカ親父のせいで」「いやいや、明日香さんが謝ることなんて何もないですから。それに冬馬さんにしても、あおいちゃんが家出してたなんて知らなかったんですし」「でも……親父のせいでアオちゃん、居場所が分かっちゃって」 明日香の父、冬馬義之が風見家を訪れた際、あおいの父、風見信一郎にあおいのことを話したことが、今回の事件の発端だった。 あおいと初めて会った時、冬馬はあおいの容姿雰囲気に覚えがあった。そして風見という苗字。あの時は明日香のことで頭がいっぱいだったので、あえて口にすることはなかったが、冬馬は幼い頃のあおいを知っていた。そしてそう思った時、自分や黒服の男たちを見ても動じなかった彼女のことに、納得がいったのだった。 あおいの父、信一郎はあおいの話を聞いて、冬馬に居場所を尋ねた。その時初めて冬馬は、あおいが風見家を出て、居場所を悟られないようにしていたことを知ったのだった。
last updateLast Updated : 2025-09-29
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139 再会

  雪景色に包まれた温泉街。 たくさんの思い出が詰まった、私の故郷。  ――私が捨てた街。 「あおいお嬢様、間もなく到着でございます」 黒服の言葉に、顔が自然と強張った。「そうですね……ありがとうございますです」 そう言って、あおいは外の景色から視線を外した。  * * * 温泉街を過ぎてしばらく進むと、大きな門扉が姿を現した。 風見家の屋敷。 門扉が音を立てて開くと、車は静かに進んでいった。「私共はここまでにございます」 車から降りた黒服の男たちが、そう言ってあおいに頭を下げる。「ご苦労様でした。どうか暖かいところで、ゆっくり休んでくださいです」 あおいがそう言うと、男たちはもう一度頭を下げ、奥へと下がっていった。「……」 視線を上げると、屋敷で働く者たちが、笑顔であおいを迎えていた。「あおいお嬢様、おかえりなさいませ」「ただいまです。みなさん、お変わりなく」 そう言って笑顔を向けると、屋敷の業務を取り仕切る初老の男が、「あおいお嬢様も……お元気そうで何よりです」 そう言って微笑んだ。  * * * 長い廊下を、あおいが進んでいく。 あおいが向かっている場所。それは風見家当主、風見信一郎が待つ執務室だった。 扉の前で小さく息を吐くと、あおいは扉をノックした。「父様……あおいにございます。ただいま戻りましたです」 静かに開かれた扉。あおいはゆっくり中へと進んだ。 扉を開けた、信一郎の専属秘書の女が耳元で、「おかえりなさいませ、あおいお嬢様」 そう囁いた。「椿〈
last updateLast Updated : 2025-09-30
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140 森園しおり

 「姉……様……」「あおい、久しぶりね」 スーツ姿のしおりが、そう言って厳しい視線をあおいに向ける。 あおいはしおりと目を合わせることが出来ず、うつむいて頭を下げた。「親父様、この後は私が」「ああ。よろしく頼むよ」 そう言って信一郎が、ゆっくりと席を離れる。 そしてしおりは、信一郎と変わるように席に座り、あおいを見つめた。「え……」 うつむくあおいの頭に、ぬくもりが伝わってきた。 それは父、信一郎の大きな手だった。「あおい……後はしおりに任せてある。しっかり話をするがいい。また後で、色々と話が出来ればいいのだがね。出来れば……お前がこの半年、どんな毎日を送って来たのか、親として聞いてみたいものだ」 そう言って信一郎は微笑み、部屋から出て行った。  * * * 扉が閉まり、部屋が静寂に包まれる。 あおいは、全身から嫌な汗が噴き出してくるような、何とも言えない緊張感を感じていた。 息が熱く、口の中が乾いていくのが分かった。「それで……あおい、あなたは今、何をしてるのかしら」 机の上に置かれている、あおいの行動を調査した書類を見ながら、しおりが厳しい口調で言った。「……そこに書かれている通りだと思います。姉様が調査されたのであれば、それ以上に私の方から、改めて報告するようなことはありませんです」「あなたから聞きたいのよ、私は」 そう言うと、書類をシュレッダーに通す。「こんなのはただの報告書。何の感情も反映されていない、小学生の日記以下の物。私はね、あおい。あなたがこの半年、何を見て何を感じてきたのか、それが知りたいの」「……知って…&hel
last updateLast Updated : 2025-10-01
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