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All Chapters of あおい荘にようこそ: Chapter 21 - Chapter 30

65 Chapters

021 スタッフ会議

 「お邪魔しますです」「……ああ」 あおいが掃除機を持って、生田の部屋に入ってきた。「生田さん、あと三日ですが、その……頑張りますので、よろしくお願いしますです!」 あおいがそう言って、大袈裟に頭を下げた。生田は呆気にとられた顔をしたが、やがて苦笑した。「すまないね、変な気を使わせてしまって」「いえいえ、とんでもないです。私、まだここにきて一か月ですが、生田さんにもいっぱいお世話になりましたです。ですからあと三日、しっかりお世話させていただきますです」「本当に……不思議な人だね」「私ですか?」「ああ。こんな偏屈な年寄り相手に、いつも全力でぶつかってくる。ありがたいことだ」「そんなそんな。私、いつも姉様に怒られてましたです。もう少し周りを見て、考えて動きなさいって」「風見くんの行動には、相手に対する思いやりがある。それも、憐れんだり見下したりしない、本当の優しさだ。そしてそれは、私のような者に対しても変わらない。本当に不思議な人だ」「……恥ずかしいです」「そう……なのかね」「はいです。私、いつもこんな感じですので、失敗ばかりしてきました。いっぱい迷惑をかけてきましたです。姉様や兄様は、あんなに立派な人なのに……本当は私、一人で生きていけない子供なんです。なのに私、家が嫌で出ていって…… そんな私を、直希さんが助けてくれました。そしてこんな素晴らしい場所を、私に与えてくれました。ここは本当に楽しいところです。毎日が優しさに満ちていて、私が知らなかった幸せがたくさんありますです。だから私、みなさんにお返しがしたいんです」「そう思えるだけでも、君は人として素晴らしいと思うよ」「そんなそんなです。私、失敗しかしてないです。お掃除だって、何度も生田さんの奥様のお写真、倒してしまって」
last updateLast Updated : 2025-06-04
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022 あおい荘の総意

 「それって、誰からのお話しなんですか」「生田さんの奥様。もう亡くなって随分経つけど、よくうちの診療所に来た時、お父さんに愚痴をこぼしてたみたいなの」「そう……なんですね」「だから奥様が亡くなった時も、ひと悶着あったみたい。長男さんは、生田さんが一人暮らしするのを心配してた。でも奥さんが頑として反対した。取ってつけたみたいに言い訳してたわ。お孫さんの受験が近いから、今同居して環境に変化を与えたくないとか言ってね」「そんな……生田さん、あんなに優しい人なのに……それに環境の変化って言っても、あんな静かな人と同居しても、何も変わらないと思います」「私も同意見ね。大体その時、お孫さんはまだ中学1年だったのよ? 何が受験よって思ったわ」「それでも生田さんは、怒る訳でもなかった。元々何でもこなせる人だったからね、一人暮らしを始めた。それから何年ぐらい経ったのかな」「4年よ」「ありがとうつぐみ。4年経った今年、このあおい荘が完成した。最初はじいちゃんばあちゃん二人だけでオープンして、少しずつ募集しようと思ってた。でもどうしても気になってね、生田さんにも声をかけたんだ。『ここで一緒に住みませんか』って」「大変だったんだから。何しろあの頑固さでしょ? 私たちがいくら言っても聞いてくれなくて。でも、お父さんと直希のおじいさんたちの説得でやっと応じてくれたの」「そうだったんですか」「いくらお元気でも、少しずつADL……はいあおい、ADLって何だった?」「は、はいです、その……日常生活動作です!」「正解。そのADLも、少しずつ落ちてきている。あおいは気づいてないと思うけど、水分を摂った時、たまに咳き込んでる」「そう言えばそうです、そんな時がありましたです」「あれは誤嚥って言うの。水分が間違って、気管の方に入っていくの」「私もたまにありますです!」「&h
last updateLast Updated : 2025-06-05
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023 あおいの願い

  直希と生田は、灰皿を挟んで立っていた。 煙草を差し出すと、生田はそれを受け取り、火をつけた。「……」 二人共、白い息を吐きながら、言葉を交わすこともなく池を眺めている。「直希さんも生田さんも……何も話さないですね……」「そんなことないわよ。菜乃花、あの二人は」「お話ししてますです」「え……」 つぐみが見上げると、あおいは真剣な眼差しで二人を見つめていた。「あおいさん、それってどういう」「直希さんも生田さんも、池を見てるだけじゃないです。煙草を吸ってるだけじゃないです。お二人は今、お話ししてますです」「あおい、あなた分かるの?」「分かりますです。つぐみさんも分かりますですか」「え、ええ……そうなんだけど……」 あおいの確信に満ちた言葉に、つぐみが驚いた。 こういった光景は、これまで何度も目にしてきた。つぐみの父と直希であったり、直希と直希の祖父母だったり。それはつぐみにとって付き合いの長い人たちで、つぐみが信頼を寄せる人に限られていた。 なのにあおいは、まだ出会って一か月足らずの二人の間に、深い信頼を感じている。笑顔と一生懸命さが魅力のあおい。しかしどこか抜けていて、いつも失敗ばかりしているあおいとは思えないその洞察力に、つぐみは動揺した。  ――あおいのその信頼は、直希にどこまで向いているのだろうか。 「じゃあ……すまなかったね」 生田が煙草を揉み消し、直希の肩を叩いた。「生田さん……本当にいいんですか」「……ああ」 そう言うと生田は小さく笑い、直希に背を向けた。 その時だった。
last updateLast Updated : 2025-06-06
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024 生田さんの素顔

  日曜日。 朝のラジオ体操を終えた入居者たちは、部屋に戻ることなく食堂に留まっていた。 皆落ち着かない様子で、お茶を飲みながらその時を待っている。「そろそろ……ですね」 直希がつぶやくと、皆が一斉に生田の方を向いた。「……ああ」 生田はお茶をひと口飲むと、そう言ってうなずいた。 しばらくして、車が二台入ってきた。それに気づくと、あおいもつぐみも落ち着きなく立ち上がった。 あおいは生田に近付き、耳元で何やら囁いていた。そしてその囁きに、生田が笑顔で答えている。 つぐみはうつむき、直希の袖をつかんだ。「どうしたつぐみ」「どうしたって……分かってるでしょ、馬鹿」「ほら、そんな顔するなって。ちゃんと笑ってあげないと駄目だろ」 そう言ってつぐみの頭を撫でると、つぐみは更にうつむき、肩を震わせた。「生田さんの家族、そして生田さん自身の問題なんだ。俺たちに出来ることはやった。後は生田さんの決断を見守ろう」「……うん、うん……」「どうも、生田です。お邪魔します」 玄関に生田の長男兼吾と妻の仁美、孫の兼太、そして長女の祥子が入ってきた。「こんにちは、兼吾さん。お久しぶりです」「やあ直希くん。父さんが色々とお世話になったね、ありがとう。おや、みなさんお揃いで」「ええ、生田さんを見届けたいって、みんな朝からここで待ってたんです」「そうなのか。すまなかったね、折角の日曜なのに……ん? 見届けるって、どういう意味かな」「それは生田さんから、直接聞いてもらえますか」「あの、その……生田さん、これ……」 もう瞳を濡らしている菜乃花が、綺麗に包装された小さな箱を生田に手渡した。
last updateLast Updated : 2025-06-07
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025 答え

  兼吾と祥子を見下ろし、生田が大きく息を吐く。「兼吾。それに祥子」「……」 兼吾は頭を抱え、祥子は涙で濡れる瞳を見開き、生田の言葉を聞く。「お前たちにとって、わしが邪魔だということは分かってる。しかしお前たちは、わしが持っている遺産が目当てで、やむを得ずわしにすり寄ってきた。そんな風に育ててしまったのはわしだ」「そ、そんなことないですわよ、お義父さん」「あんたは黙っててくれ!」「ひいいいいいっ!」「あんたと一緒になって、兼吾はますます駄目になった。しかしあんたを選んだのは兼吾だ。どうこう言うつもりはない。だが今、わしは子供と話をしている。あんたにしゃしゃり出る資格はない!」「は……はい……」「兼吾、祥子。わしは言ったはずだ。人生を切り開くのは自分自身だと。勿論、お前たちはわしの大切な子供だ、困っていたら手も差し伸べてやる。だが、親の遺産を当てにして人生計画を立てるなど、お前たちはどこまで腐ってしまったんだ」「……」「それでもわしには、可愛い孫もいる。兼太の未来は、明るいものであってほしい。その為なら、わしはお前たちの穢れた気持ちにも従おう、そう思っていた」「じいちゃん……」「しかしお前たちは、このあおい荘のみなさんのことまで侮辱した。お前たちが見捨てたわしを、あおい荘のみなさんは大切に見守ってくれる。わしにとっては、みなさんこそが大切な家族なんだ」「生田さん……」「スタッフのみなさんは、こんなわしの為に泣いてくれた。行かないでほしいと言ってくれた。だから……わしはここを離れない。ここがわしの家だ」「……」「兼吾、それに祥子。お前たちは家に戻り、もう一度よく考えなさい。自分の生き方は間違ってないのか。もう立派な大人なんだ、それくらい
last updateLast Updated : 2025-06-08
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026 菜乃花との出会い

 「今日も……いい天気だな」 洗いたてのシーツを広げ、一枚ずつ物干しにかけていく。 澄み切った青空を見つめ、菜乃花が目を細めて微笑んだ。  * * * 生田の一件が解決し、あおい荘はこれまで以上に絆が強くなったように感じていた。 そしてそれには、自分が想いを寄せる直希の尽力があったことは言うまでもない。 あの一件以降、直希への想いはますます強くなっていた。「それにしても……本当、このあおい荘って不思議だよね……」 祖母の小山鈴代が、前に入居していた施設の雰囲気とは大違いだ。そう思うと口元に笑みが浮かんだ。 勿論ここは一般的な施設とは違い、あくまでも「高齢者が多く住んでいる集合住宅」である。だから一概に、他の老人ホームと比べることは出来ない。基本的に皆自立していて、介護の必要のある入居者といえば、車椅子生活をしている祖母ぐらいのものだ。 だから菜乃花は、この施設に初めて来た時も、かなり警戒心を持っていた。  * * *「おばあちゃん、着いたよ」「ありがとね、菜乃花」 介護タクシーから降り、車椅子を押す菜乃花が、あおい荘を見上げた。 二階建ての、古びた木造建築。「これって……地震とか来たら大丈夫、なのかな……」 このあおい荘は、4月にオープンしたばかりの新築だと聞いていた。だがどう見ても、築数十年の趣がある。「おばあちゃん……あのその、これって……詐欺?」「どうしたんだい、菜乃花。気になることでもあったのかい?」「え……ううん、何でもない」 門をくぐると、広々とした庭が目に入った。 手入れされた花壇に菜園。小さな池まである。それには園芸部に所
last updateLast Updated : 2025-06-09
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027 介護の意味

 「それで、なんですけど……新藤さん、このあおい荘って」「その前に菜乃花さん、それから小山さん。申し訳ないのですが、ここでは僕のこと、下の名前で呼んでもらえませんか」「え……」 突然の話に、菜乃花の顔が赤くなった。 男子を名前で呼んだことなど、一度もなかった。苗字で呼ぶことすらほとんどなかった。 それなのにこの人は、出会っていきなり名前で呼んでほしいと言っている。それは菜乃花を混乱させるのに十分なことだった。「直希さん、よね。じゃあ、ナオちゃんでどうかしら?」「お、おばあちゃん」「ははっ、構いませんよ。まあその、どうでもいい話なんですけど、このあおい荘には、新藤が三人いるんです」「新藤さんが三人……」「ええ。僕と、僕のじいちゃんばあちゃん。ですから新藤さんって呼ばれても、三人が同時に振り向くことになるんです。だから区別をつける為って言うか、まあこっちの勝手なお願いなんですけど」「菜乃花、別にいいじゃない」「でも……私……」「ああ勿論、無理にとは言いませんよ。新藤でも全然大丈夫ですから」「でも菜乃花、あんたナオちゃんを呼んだ時、三人に振り向かれる方が嫌なんじゃないかい」「小山さん、それってどういう」「この子ね、ものすごく人見知りなの。人様の視線が苦手でね」「おばあちゃん、それはいいってば」「うふふふっ。それで、どうするんだい菜乃花」「……分かった。じゃあその……直希……さん……」 生まれて初めて男の名前を口にして、菜乃花は顔が燃えるように熱くなった。「ありがとうございます、菜乃花さん」「それでその……直希、さん&hellip
last updateLast Updated : 2025-06-10
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028 菜乃花の初恋

 「小山さん、前の施設でリハビリとかは」「ええ、そうね。初めの頃にちょっとやってたけど、もう諦めちゃったの」「諦めた、ですか」「ええ。この年になるとね、中々頑張ることも出来なくなっちゃうの。あとどれくらい生きられるのかも分からないし、無理しても仕方ないかなって」「おばあちゃん、悲しくなるからそんなこと言わないで」「あらあら、ごめんね菜乃花。うふふふっ、本当菜乃花は甘えん坊さんね」「おばあちゃんっ子なんですね」「そうなの。なんでか知らないけど、孫の中でもこの子だけ、小さい頃からずっと私のところに遊びに来てたの。前世で夫婦だったのかもね、うふふふっ」「もぉ……おばあちゃんったら」「それで小山さん、どうでしょう。もう一度リハビリ、始めてみませんか」「リハビリを?」「ええ。もう一度、ご自分の足で歩いてみませんか」「あ、あの……直希さん、おばあちゃんの足は、本当に弱くなってるんです。それにその……今からそんな辛いことをするより、私はおばあちゃんに、穏やかに楽しく過ごしてもらいたいんです」「それは勿論です。ここに来たからには、みなさん幸せになってもらいたいと思ってます」「だったらその……辛いこととかは、無理にしなくても」「それも楽しいこと。そうは思いませんか?」「え……」「小山さん、前の施設でも言われたんじゃないですか? 無理しなくてもいい、頑張らなくてもいいって」「確かに……言われたこともあるかしら」「僕の前の施設でも、そう考える人が多かった。小山さんたちは今まで、本当に頑張って生きてきた。だからこれからは頑張るんじゃなく、楽しいことをいっぱいしてもらったらいいんだって」「あのその……私もそう思います」「でもね、小山さん、
last updateLast Updated : 2025-06-11
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029 同盟

  18時になり、食堂は賑わっていた。 いつもの様に菜乃花は小山の席で、料理を小さく刻んでいく。それを小山がスプーンですくい、食べる。「むぐむぐ……むぐむぐ……」「はーい。あおいちゃん、おかわり置いておくね」「はいです……むぐむぐ……ありがとうございますです……むぐむぐ……」 あおいの隣に座る生田が、料理を頬張るあおいを見て微笑む。「あおいくんは……食べてる時が、一番幸せそうだね」「はいです、むぐむぐ……これ以上の幸せはありませんです、むぐむぐ……」「こんなにおいしそうに食べてもらえると、作った甲斐がありますよ」「確かにそうだね」「それに……むぐむぐ……直希さんの料理は本当、むぐむぐ……おいしいですから」「お褒めいただき光栄です、お嬢様」「はいです……むぐむぐ……」「ははっ、聞いちゃいないな」「ただいま」「あ、つぐみさん、おかえりなさい。その、お疲れ様でした」「ありがとう菜乃花。ちょっと遅くなっちゃったわね。どう? 今から行ける?」「あ、はい、大丈夫です。でもその……もうちょっとだけ」「菜乃花、行っておいで」「でも……おばあちゃん、まだ食べてるし」「いいよ、菜乃花ちゃん。俺が引き継ぐから大丈夫」「直希さん……その、いいんでしょうか」「大丈夫だって。それにほら、早くしないと時間、なくなっちゃうよ」「あ、本当だ。じ
last updateLast Updated : 2025-06-12
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030 二人の想い

 「どう? ちょっとは慣れたかしら」「あ……はい、大丈夫です。先週ぐらいまでは次の日痛かったんですけど、最近はそうでもないです」「そ、よかった。私も筋肉痛の呪いからは、脱出出来たみたいよ」「でもこれって……どれくらい続けたらいいんでしょうか」「個人差があるからね、何とも言えないわ。でも私たちの目標は来年の夏なんだから、まだまだ時間はたっぷりあるわよ」「そう……ですよね。すいません、変なこと聞いちゃって」「それにね、こうしてトレーニングの後、しっかり食べた方がいいって本に書いてあったの。あおい荘で食べられないのは寂しいけど、でもこうして、菜乃花と一緒にトレーニングしてご飯食べるの、楽しいわ」「あ、ありがとうございます。私も楽しいです」 今日はラーメン屋に寄っていた。 トレーニング後の食事にも慣れてきたのか、二人共結構な量を食べていた。にんにく入りラーメンに焼き飯、そして餃子を一人前ずつ。今までの二人には考えられない量だった。「菜乃花、あなた大丈夫? 無理して私と同じ量、食べなくてもいいのよ」「大丈夫です、その……私、最近なんだか食べる量が増えてるみたいで」「そうなんだ。ひょっとしたら、ちょっと遅れてやってきた成長期なのかもね」「だったら嬉しいんですけど……出来たらその、身長ももう少しほしいなって」「そうなの? 背の高い女子から怒られそうな意見ね」「そうなんですか? 私はもう少し身長、ほしいと思ってるんですけど」「ちっちゃくて可愛くて。私たちにとったら夢のような容姿なのにね」「そんな……私、可愛くなんてないです」「呆れた、自覚なかったの?」「自覚……というか、確かにその……そう言われることもありますけど、でもその&helli
last updateLast Updated : 2025-06-13
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