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バー『Shangri-La』「雪乃!友香!ほら、こっち!」店の中に入るとBGMに流れるジャズが耳に心地良く、雪乃は彼女と友香を呼び出した麻衣を探して、視線を彷徨わせた。そして2人を呼ぶ麻衣を見つけた時、彼女に侍る2人の男たちと目があった。一人はイケメンマッチョ。もう一人はアイドル系。2人共礼儀正しくはあるようで、雪乃たちにも軽くだが頭を下げて挨拶をした。「どうしたの?こんな所に呼び出して」尋ねると、彼女は「ん〜?」と首を傾げ、いたずらっぽく笑った。「たまにはいいじゃないよ〜。私たちには潤いが足らないわ!」「潤い……確かに」麻衣の言葉に友香が呟く。「何言ってるの?酔ってるの?」男たちは確かに粗暴な感じではなかった。だからといって、信用できるかといえば、それはまた別の話だ。雪乃が眉を顰めると、麻衣がふふっと微笑った。「大丈夫っ。この子たちはね、弟の友人なの。さっき、ここで偶然会っちゃって。ボディガード役やってもらってたの」「こんばんは」麻衣に紹介されて、アイドル系の彼がニコッと微笑って挨拶をした。「こんばんは」友香はそれを受けて、親しみやすい笑顔で挨拶を返す。マッチョな彼は無言で頭を下げただけだった。「心配しないで。彼らとどうこうしようなんて考えてないから。さっきのは冗談」「えぇ~冗談なんですか?」友香はけっこう本気だったらしく、残念そうに口を尖らせた。「当たり前でしょ。なんかあったら、あなたたちの旦那さまに顔向けできないわっ」麻衣が友香の頭をコツンと叩いて言った。「別にいいのに」「こらこら」どうやら友香にも何か夫婦間であるらしい。麻衣は知っているようだが、雪乃はそれを問いつめる気はなかった。自分も訊かれたくないから、訊かない。誰にでも事情はあるものだ。雪乃は、麻衣と友香、それから男の子たちが親しげに話しているのを黙って見ていた。『Shangri-La』この店は、1階から2階に行くのにエレベーターもあれば階段もある。白く美しい螺旋階段には足下に赤絨毯が敷かれ、ここを美しく着飾って優雅に歩くのが好きな女性もいる。その時は当然、彼女たちをエスコートする男性もいて、バーでありながら、どこか社交パーティーの会場を思わせる趣きだった。今その階段を上がって行く男が何気なく下を見回して、そこに親友の愛して止ま
last updateLast Updated : 2025-06-24
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「悠一」奥のVIP個室。直也が部屋に入ると、自然と皆が振り返り、ペコリと頭を下げる。部屋の奥にあるバーカウンター近くの大きなソファは、彼の親友 那須川悠一の専用のようになっている。直也が声をかけると、悠一は軽く手を上げた。今日も彼はアルコール度数の低い酒を飲んでいる。酔わない為でもあり、最近は子供の為でもある。「今、1階に雪乃さんがいたぞ」「……は?」直也の言葉に悠一の片眉がピクリと動いた。「誰といた?」端的に訊かれて、直也も迷いなく答える。「雪乃さんと、白川麻衣、あともう一人知らない女が一人と、男が2人」「は?」最後の言葉に過剰に反応する友人が可笑しくて、直也は言った。「見に行くか?」「いや…」すごく気になるくせに、〝しつこくして嫌われたくない〟という心情が、実によく表れた表情をしていた。悠一はポケットからスマホを取り出して、どうやら彼女にメッセージを送るようだ。『楽しんでるか?飲みすぎるなよ』何度か消しては入力して…を繰り返し、結局無難に送った。しばらく待ってーピロン着信の音にすぐさま確認した。『ストーカーは犯罪よ!』「………」横目で全部見ていた直也がプッと吹き出した。「ストーカーって……。雪乃さん、最高!」くくくと肩を震わせて笑い、それを見て悠一はグラスを煽った。「なになに?なんすか、楽しそうっすね〜。」そこへ弟分の並木廉が近づいて来て、珍しく涙が滲むほど笑っている直也を見て、首を傾げた。「何でもない」悠一は不機嫌な声音だったが、雰囲気は悪くなかった。「直也さん、なんスか?教えてくださいよ〜」焦れったくて、弟分の特権で甘えてみた。それに対して直也は頭を小突いてきて、悠一は無視していた。いや、ちょっと拗ねてるっぽい。珍しい!!廉は憧れの兄貴である悠一の、滅多に見ない表情に大興奮した。「仲間外れはなしっスよ〜」教えて教えて!何があってこんな感じに!?急かす廉に、直也はやっと笑いを抑えて言った。「悠一の奥さんが、悠一に〝ストーカー〟てー」そこまで言って、直也の笑いがまた再燃した。腹筋死ぬ…っ。だがそれを聞いて、廉はムッとした。「なんスか、ストーカーって。奥さん、酷いっスよ!自惚れてんスか!?」そう本気で文句を言うと、途端にその場の空気がピリッとした。「何だ?お前が雪乃の文
last updateLast Updated : 2025-06-24
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ピロン「……」メッセージを受け取った雪乃がまたもや顔を顰めているのを見て、麻衣は首を傾げた。「どうしたの?」「この人、本当にしつこいっ」そうブツブツ言いながら、雪乃は彼女にスマホの画面を見せた。「わ〜。優しい〜!いいじゃないっ。なにが腹立つの?」「わかんない?これって、私が今ここにいるって分かってて送ってきたってことでしょう!?」「ああ…」確かに。なんで知ってんの?監視でもつけてんのって感じね…。麻衣は苦笑した。「でも、愛されてるじゃん?」「……」愛?…ふん、冗談じゃないわっ。単に所有物扱いしてる女が自由にしてるのが気に入らないだけでしょ!雪乃は怒りを込めて、ダダダっと返信を打ち込んだ。『ストーカーは犯罪よ!』「………」やり過ぎじゃない……?麻衣は雪乃の返信内容を見て、ちょっとだけ悠一が可哀想になった。報われないなぁ…。学生時代、雪乃の親友だった麻衣は悠一の取り巻きに加わることなく、彼の周りの人たちのはしゃぎっぷりに、冷ややかな視線を向けていた。その頃の悠一は雪乃との接点がほぼなく、殆どの人が彼らに関係性などないと思っていた。だが、麻衣は気が付いていた。悠一は雪乃に対して無関心を装っていたが、いつもその視界に彼女の姿が入るようポジションを取っていた。噂になっていたのは彼女の妹の春奈とだったが、皆が何を見てそんな風に言っているのか、麻衣には分からなかった。だって、どう見ても悠一は春奈のことなんか無視していたし、視線すら合わせていなかった。例え彼女が背後霊のようにいつも悠一の後ろに付き従っていても、2人の間には山よりも高い壁があるように見えた。逆に、雪乃のことは常に意識していた。悠一にとって特別だったのはいつだって雪乃で、春奈なんかは友人ですらなかった。ただ家族同士の付き合いがあるだけの幼馴染。それだけだった。それに気が付いていたのは麻衣と、悠一の親友の長谷直也だけだったかもしれない。いや、もしかしたら春奈も気が付いていたのかもしれない。彼女の雪乃を見る瞳には、はっきりと憎しみが宿っていたから。「とにかくさ、帰りはうちの運転手に送らせるから、心配ないってメッセージ送っときなよ」「いいって、そんなのー」チッ!いきなり背後で舌打ちの音がして、雪乃たち全員が振り返った。そこにはどこかで見たことがあるよう
last updateLast Updated : 2025-06-25
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『着いたわよ』メッセージが届いた事に気がついた並木廉が、VIP個室を出た。今日、彼と一緒に集まりに参加する予定の女が店に着いたというので、1階まで迎えに降りる為だ。彼は階段を降りながら、さっき耳にした長谷直也の言葉を思い出した。確か白井麻衣と、他にもいるって言ってたな…。廉がサッと1階フロアーを見渡すと、そのグループはすぐに目についた。今日の雪乃は最近までの姿と違っていて、長い黒髪を片側に寄せて一つに緩く纏め、その白くて細い首筋を露わにしていた。耳には派手すぎないピアスが煌めき、軽く揺れている。服もいつも着ていたような落ち着いた色あいのひらひらしたワンピースなどではなく、ミディアム丈の艶のある、黒のボディコンシャスワンピースだった。そこから伸びる細い脚は形も良く、彼女の引き締まったウエストラインから脚までの流れるような曲線は、そのスタイルの良さを際立たせていた。そこへ聞こえてきた白井麻衣の言葉に、面倒くさそうに答える雪乃。心配するなとただメッセージを送ることがそんなに面倒なのかよ!廉の苛立ちは舌打ちという形で表れた。それに反応して振り向いた彼女たち。だが廉の予想に反して、雪乃はじっと自分を見つめただけで次の瞬間、ふいっ…とその顔を背けたのだった。いい度胸じゃないかよっ。並木廉にとって〝那須川悠一〟という存在は神にも等しい憧れの、絶対的なものだった。そんな彼の弟分である自分もその他大勢の仲間たちからは特別に扱われる存在で、彼女たちのように無視していいものではなかった。廉は雪乃が悠一の〝妻〟であっても、まだ自分の方が敬われる存在であると信じていた。「まさか無視されるとはね。雪乃さん、あんた悠一兄の女だからってずいぶん調子に乗ってるみたいだけど、結婚早々こんなとこに男と遊びに来るなんて、呆れてものも言えないよ。まったく、ただのビッチじゃねぇか。あんたなんか、悠一兄に相応しくないよっ」「……」ざわついていたフロアー内が、BGMを残してシン…とした。雪乃は廉を冷めた瞳でただじっと見つめていた。麻衣は「こいつ終わったわね…」と思っていた。友香と男たちは、この突然の暴言にびっくりして目を瞬いていた。「なんも言い返せないのか?はっ!そりゃそうだよな!」廉は意地悪な目つきで雪乃を馬鹿にしていた。彼女があまりにも静かなので言いたい
last updateLast Updated : 2025-06-25
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店を出ると、雪乃は手にしていたスマホを耳に当てた。「聞いてたでしょ?」『ああ……』直接耳に響く悠一の声は、脳みそを痺れさせるように魅惑的だった。「犬の躾くらいちゃんとして」『すまない……』「……」雪乃は、悠一が何か言うのではないかと少し待ったがそれはなく、ため息だけを残して通話を切った。「那須川悠一?」麻衣に尋ねられ、頷いた。麻衣は驚いていた。いつの間に悠一に電話したの?神技だわ!実は雪乃は舌打ちされて並木廉に気がついた時、彼に背を向け、素早くスマホで悠一の連絡先をタップしていた。春奈と同じ歳で、雪乃よりも彼女を推している廉が、悠一の前と違って自分をあまり良く思っていない事を、彼女は知っていた。今までもさり気なく嫌味を言われたり、春奈と比べるような事を吹聴されたりしていた。それをぶりっ子だった時は寛容に許しているフリをしていた。がー。今はもうそれはやめたのだから、雪乃は彼の無礼な態度を許してやるつもりはなかった。雪乃の淡々とした表情を見て、麻衣は思った。彼女が機転を利かせたおかげで、あのムカつく並木の野郎は今夜必ず、悠一から制裁を加えられるだろう。ざまぁみろ!!麻衣はふふふと口角を上げた。「麻衣さん、どうしたんですか?何か楽しいことでも?」キョトンと首を傾げる友香をちらと見て、麻衣は言った。「さっきのあの男は、昔からほんとにムカつく奴でね。いつも雪乃の旦那にべったりで、威張ってて、ほんと〝虎の威を借る狐〟とは正にあいつのことよ!今日は雪乃のおかげでスッキリしちゃった!」「へぇ~。確かに嫌な人でしたよね」「友香、ああいう奴を〝嫌な人〟なんて言葉でフォローしなくていいのよ。あいつはね、那須川悠一の奴隷を喜んでやってる変態なの。今度からあいつの事は〝犬〟と呼びましょう!そうしましょう!ね、雪乃〜」なぜかすごく嬉しそうだ…。雪乃はそんな麻衣を見て、くすくすと笑った。「そうね。それがいいわね」2人で可笑しそうに笑って頷きあっている姿は正に〝爽快!!〟という感じで、友香は苦笑するしかなかった。犬って……。いいのかしら…?雪乃や麻衣と違って一般家庭に育った友香は、名家の子息である並木廉を〝犬〟呼ばわりする事に抵抗があった。でもさっきの彼の態度は彼女もやっぱり許せなくて、口には出せなくても、心の中で彼を〝犬〟と呼ぶこ
last updateLast Updated : 2025-06-27
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並木廉は、ポケットの中でスマホが着信して振動しているのに気がついた。【悠一兄】表示された名前に、背中がゾワリ…と震えた。2階 VIP個室。彼が戻った時、その部屋の中にはもう、悠一と長谷直也の2人しかいなかった。「跪け」悠一の威圧的な声音に、廉は顔を青褪めさせた。彼はドサリと膝を付き、哀れそうな目つきで悠一を見上げた。「どういうことだ?」「……」ソファの背もたれに身体を預け、その長い足を組んだ悠一は怒鳴るでもなく、ただ静かに問い質した。「も、もう告げ口しー」「告げ口?」「あ、い、いえっ。報告を……」「……」廉を見下すように視線をやった悠一の瞳は澄み渡り、寧ろなんの感情も浮かんでおらず無機質だった。廉は震えた。ある程度の年月、彼は悠一の側にいた。昔、彼に取り入ろうとした時、歓迎されているような感じはなかったが、迷惑がられてもいなかったので勝手に側であれこれ手伝っていた。その内、時々使ってもらえるようになって、彼の地位をどんどん押し上げていった。そうして今は堂々と悠一の側で、彼の弟分を名乗っていたのだ。だが、それもー「誰がビッチだって?」「!」終わった……。並木廉は、雪乃がそんな侮辱的な言葉を口に出して告げ口するとは思っていなかった。せいぜい「侮辱された」「脅された」程度の事を言うと思った。女性として、自分を貶すような言葉を自ら口にはしないだろうと、高を括っていたのだ。自分は雪乃を見誤っていた!今頃気が付いても、もう遅い。目の前の悠一から発される氷のようなオーラが、今後の彼の運命を語っていた。だが、できる限りの擁護をしておかなければ、自分の未来はない。名家に生まれたとはいえ、並木廉は三男坊だった。子供の頃から末っ子として甘やかされて育った自覚はあるが、だからといって家を継いだり、事業を継いだりといった夢は見ていなかった。後継者は長男で、彼のサポートにまわるのが次男。三男の自分は名家の令嬢を娶るか、婿入して家同士を繋ぐ役割しか担っていない。それが悔しくて、自分でも何かやって成功を収める事ができれば、兄たちや両親、親戚たちからも認めてもらえるんじゃないか。そんな打算から那須川悠一に近づいた。だが、近くにいればいるほど彼のすごさがわかる。そうして廉は次第に悠一を崇め讃えだし、その盲目ぶりに人々から〝廉は
last updateLast Updated : 2025-06-27
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並木廉がしおしおと部屋から出て行って、悠一は一つため息をついた。「大丈夫か?」軽く尋ねる長谷直也をちらりと見て、彼はグラスの中身を全て喉に流し込んだ。「軽率なやつだ」一言そう言うと、直也もひょいと肩を竦めた。2人には分かっていた。こんな事は初めてじゃないし、今までもあった。これからもあるだろう。その度に気にしていたら身がもたない。それに、悠一にとって今最も気にかけないといけないのは雪乃だけで、彼女を侮辱するような奴は何があっても絶対に許さない。それが、今まで彼女を蔑ろにしてきた自分なりの謝罪だった。もちろん彼女を愛しているから、という理由もある。だがそれだけでは、こんなにも彼女が傷つく事を恐れる自分の心情に、説明がつかなかった。悠一は、先ほど携帯から聞こえた彼女の声を思い出した。聞いただけでは強気で、はっきりと相手を嘲笑しているような響きがあったが、だからといって大勢の人間がいる場で、あんなに侮蔑を込めた酷い言葉を投げつけられて傷つかないはずがない。悠一は思い出しただけで、グラスを握る手に力が入った。一方。長谷直也は、親友のグラスを持つ手に力が入ったのを見て、密かに微笑った。ずいぶんと変わったな。いい傾向だ。人間らしくなって、俺も一安心だよ。「ところで、双子ちゃんは元気なのか?」直也は、悠一に新たなグラスを渡しながら尋ねた。「元気さ。毎日よく泣く」いや、そういうことじゃない…。直也は苦笑した。「おい、これお茶じゃないか!」直也に渡されたグラスに口を付けた悠一が、びっくりしたように目を見開いて言った。それを見て直也は笑い、悠一の肩をポンッと軽く叩いた。「そろそろ帰る時間だろ?風呂だったか?」愉しげに言う親友に、だが悠一は首を振った。「いや。もう風呂には入れてない。今は最低限にしか世話はしてない」「?」直也がパチパチと瞬きすると、彼は少し寂しそうに言った。「手放す事にしたんだ。だから余計な情が移らないよう、距離をおいてる」「……雪乃さんは知ってるのか?」「いや?」「………」またか…。ふぅぅぅ…と大きくて深いため息をついた。それを見た悠一が首を傾げるのに、直也はやれやれと天井を仰ぎ見た。「お前さ、やっぱり馬鹿だろう?」「は?」だめだ、やっぱりまだまだ人間になれてない……。直也は少し考えて口を開
last updateLast Updated : 2025-06-28
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『なんですか?』途端にムッとした声音が返ってきた。「いや、ごめん。ちょっと思い出してね。…〝犬の躾〟だっけ?大丈夫。終わったよ。尻尾下げて帰ってった」『………』「まだ何かある?」『いいえ。じゃあ、特にトラブルになったとかじゃ、ないんですね?』「ないない。安心して?」そう言うと、雪乃は『わかりました』と言って通話を切った。「あっ…」切られてしまった。まだ肝心な事話してないのに…。直也は暗くなった画面を見ながら、しばらくかけ直すかどうか迷っていた。そこへー。「おいっ」悠一が我慢ならないというように、口を開いた。「ずいぶん、親しげだな?」「……」呆れた…。やきもちかよ。直也は片眉を上げて、悠一を見た。「俺にやきもち妬いてる暇があるなら、早く帰って彼女と話すんだな」「……」すると、すっ…と目を逸らした悠一に気が付いた。「なんだ?どうした?おい、もう全部言ってくれ」小出しはもう勘弁してくれ!そう胸の内で叫ぶと、ボソリと悠一が言った。「出て行った」「は?」「出て行ったんだ、雪乃……」はぁぁぁぁ!?長谷直也は今度こそ、頭を抱えた。「お前、……こんなとこに来てる場合か!?」「わかってる。でも、もう少しなんだ」「……何が?」ジロリと横目で睨んでも、悠一は口を割らなかった。直也はため息をついて立ち上がり、後ろのバーカウンターに強めの酒を取りに行った。「ほら。子供の世話がないなら飲めよ」そうして新しいグラスに大きな氷と酒を入れて、親友の目の前に置いてやった。「すまない」「………」直也も同じ物を飲みながら、隣に座る悠一を見て言った。「彼女が大切なら、説明をきちんとしろ。例え何かから護る為だったとしても、何も言わないのは信用されてないと思われるぞ」それに対して悠一はハッと顔を上げ、やがて「そうだな…」と一言呟いた。春奈はー。「出してよ!!」ドンッ…ドンッ…と、何か重い物でドアを殴る音がずっとしている。「ちょっと!誰かいないの!?ねぇってば!!!」この部屋に閉じ込められて、もうどれだけの時間が過ぎたのかわからない。食べる物も飲み物も、最低限の物しか与えられない。もちろんテレビも雑誌も、何もない。窓もない。あるのは硬いベッドとトイレとシャワー。それだけ。春奈はもう気が狂いそうになって、ずっと喚きな
last updateLast Updated : 2025-06-28
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「社長ー」真木宗太はエレベーターで直接悠一のオフィスに行き、春奈の状態と、ボディガードたちの状態を報告した。パソコンで春奈の泣き喚く姿や、自分に報告をしてきたボディガードの様子を映した監視カメラの映像を見ながら、悠一は何やら考えていた。真木はそれを、ただ黙って待っていた。「あと3日は短かったか?」「そうですね…」2人はパソコンに映る春奈をじっと見た。「まだ正気を保ってるとは…。しぶといな…」難しい顔の悠一に、真木は頷いた。「見た目と違って、彼女はなかなかの演技派ですから。彼が騙されるのも無理ありません」「……」悠一は苦笑した。本当にこの女は厄介だ…。こんな女だと分かっていたら、安易に籍なんか入れなかった。まったく、手間をかけさせてくれる…。悠一はしばらくの間カメラの映像を見ていたが、やがて決意したように真木を見て言った。「彼女の監視を強めろ。それから、この男も」「わかりました」真木はそれで全てを察したように頷き、指示を出す為オフィスを後にした。一方で。「警備長さん…」ドアの向こうからする弱々しい声に、今日で解雇の男は眉を寄せた。実際、彼は春奈を気の毒に思っていた。春奈は見た目細くて小さくて、ここに連れて来られた時、可憐な顔は恐怖で真っ白になっていた。腕も脚もちょっと強く握ったら折れてしまいそうで、彼にはボスたちが、この小さな女の子をなぜこんなにも手酷く扱うのか分からなかった。さっきまで泣き喚いて疲れたのか、カメラの中の彼女は酷く憔悴しているように見えた。「可哀想に……」男はボソリと呟いて、彼女が閉じ込められている部屋の前にやって来たのだった。「あれ?どうしたんですか?」「交代だ」「……わかりました。お願いします」この男以外のボディガードたちには、既に新しい指示が出されていた。なので不自然な交代にも素直に従い、悠一、真木、その他の仲間に現在の状況をすぐに報せた。それを聞いた悠一は一つため息をつき、ちらりと真木を見た。真木は幾分険しい顔つきで、パソコン上の春奈と男を睨みつけていた。「警備長さん…」「どうした?」鼻を啜る音に眉を寄せた男が優しい声音で尋ねてくるのに、春奈は小さく口角を上げた。「警備長さん…お願いがあるの……」すんすんと鼻を鳴らし、憐れを誘うようなか細い声で話しかけてくるのに耳を澄ま
last updateLast Updated : 2025-06-30
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あんたが一緒に来たら困んのよっ。春奈はドアの向こうで親切そうに余計なお節介を焼いてくる男に、どう言えば一人で行かせてもらえるか考えた。「あの、一緒にって…ご迷惑をおかけする訳には……」「大丈夫だ。夜半に女の子一人でなんて、何かあったら困るだろ?」あんたが来る方が困るのよ!ギリギリと奥歯を噛みしめ、ハッと気がついた。「あ、あのっ…携帯!私の携帯使わせてもらえませんか?友達に迎えに来てもらいます!そうしたら、あなたもここを離れなくてすむしっ」名案に、思わず勢いよく喋ってしまった。けれど、男は特に不審に思った感じもなく、「わかった。食事の時に持ってくる」と言った。ふふ…。あ~チョロい。こういう男、ほんと簡単よね〜。春奈はニヤけた顔を隠すこともせず、男に礼を言った。「ありがとうございますっ。本当に、ありがとう!」「いいよ。でも、ちゃんと朝までに戻れるのか?」少し心配そうに尋ねる男に、春奈ははっきりと「大丈夫」と答え、それから夜に備えて少しでも休もうとベッドに横になった。これでいいわ。あとはあいつを呼び出して、逃がしてもらおう…。ガサガサガサ……。はぁ…またこれ。目の前にあるのは、どこにでもあるコンビニのお弁当。なによ、これっ。せめてレストランからテイクアウトして来なさいよっ。私を誰だと思ってんのよっ。コンビニの袋をゴソゴソと開いて、この数日見慣れた中身を見て春奈はげんなりとした。でもー。袋の中に包装の解かれたカップ味噌汁があるのを見て、彼女はそっと蓋を開けてみた。あった。「ふふっ。やるじゃん、警備長さんっ」カップの中身を全部無くして、そこに春奈の携帯が入っていた。春奈は早速電源を入れ、連絡先の中からいつも彼女を気にかけてくれるある男にメッセージを送った。『助けて!』画面を見たまま少し待つと、返信がきた。『どうした?なんかあった?』春奈はその反応の速さに満足気に嗤った。『閉じ込められてるの!』そう打ち返すと、すぐさま今度は着信した。ピッ『おいっ、閉じ込められてるって、どういうことだ!?』「しっ!大きな声出さないでっ。大丈夫、逃がしてくれる人がいるの。でも車がないから遠くまで行けないの。ねぇ、廉くん。助けてくれない?」『わかった!迎えに行くよっ。何処に行けばいい!?』「待って。まだ見張りの人がいるから無理な
last updateLast Updated : 2025-06-30
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