「死んじゃえ」ゆっくりと閉じられていくドアの隙間から見えた息子の顔には嫌悪が浮かび、その口から信じられないような言葉が出て、青褪めた那須川雪乃(なすかわゆきの)は伸ばした腕を静かに下ろした。冬の時季、誰も使わない別荘に忘れてきた大事なものを取りに行きたいとねだられ、父親に怒られたくないからと誰にも告げずに母子2人だけで訪れてみれば、建物裏にある物置小屋に閉じ込められた。「陽斗(はると)!お願いっ、開けて!」叫んでも、聞こえてきたのは遠ざかる子供の足音だけだった。10年間我が子当然に大切に育ててきた息子の仕打ちに、雪乃はただ呆然と涙を流した。どうしてっ…。ちょうど1年くらい前、なぜか急に子供たちの彼女への態度が変わった。夏休みを利用して、夫であり父親の那須川悠一(なすかわゆういち)の海外出張について行ったあの頃から、目に見えて冷たくなった。「うるさい」「あっち行って」「僕(私)の物に勝手に触るな」数え上げたらきりが無いほど数々の暴言を吐かれ、時には強く叩かれたりもした。雪乃はなんとなくその理由を察してはいたが、それでも10年という絆を信じていた。はぁ…。ママ、ママって、あんなに可愛かったのになぁ…。ドアを叩きすぎて手は腫れ、叫びすぎて声が枯れ、毛布一枚ない粗末な小屋の寒さに体力も奪われ、とうとう雪乃は床に倒れ込んだ。悠一…。雪乃は夫の姿を思い描き、その冷たい表情とまるで熱のない口調を思い出して微かに嘲笑った。こんな結婚、しなきゃよかった…。そう後悔しながら、彼女の意識は徐々に暗闇へと沈んでいった…。そしてー「ーき乃っ、雪乃!」小声ではあるがそのきつい口調に、藤堂雪乃(とうどうゆきの)はハッ…と意識を覚醒させた。なに…。何なの、これ…?ザワザワとした喧騒と静かなBGMが彼女の耳に触り、それと同時に目の前に立つ男を見て、雪乃は反射的に一歩後退った。周りを見回すと着飾った家族が心配そうに自分を見ていて、雪乃はここがどこで、今何をしているのか理解した。ただ、理解したからといって到底信じられることではなく、彼女の唇は微かに震えた。「藤堂雪乃っ、早くしろっ」「……」そう急かされて、彼女は向かい合って立つ2人の横に困ったような顔で微笑う神父さまを見た。指輪交換、ね…。あぁ~、なんで誓っちゃったかなぁ…。できれば永遠の愛を
最終更新日 : 2025-06-11 続きを読む