リアムとセイ=ラムが森の闇に消えた後、湖畔には重たい沈黙だけが残されていた。冷たい空気を裂くように、カイルはゆっくりと振り返り、震えるエルゼリアをそっと後ろから抱きしめた。その腕の力は、たしかに優しかった。かつて彼女が安らぎと感じた、あの包容と同じはずだった。「……もう大丈夫だ」けれど、その腕はもう、彼女にとって安息ではなかった。まるで逃がさないと囁くように、静かに締め付ける――鎖のような重さ。彼の胸に耳を当てると、焦りを孕んだ鼓動が、エルゼリアの魂に刺さるように響いてくる。目には見えない小さな亀裂が、二人の間に静かに生まれていた。夜。焚き火のそば、エルゼリアは静かに口を開いた。「カイル……」思いがけず、落ち着いた声が自分の口から出ていた。「あの、光の剣を持った人は……本当に私たちの敵なのでしょうか?」カイルの肩が、かすかに強張った。「……そうだ。奴らは神々の尖兵だ。俺からお前を奪い、偽りの秩序の中に閉じ込めようとする」エルゼリアは首を横に振った。「でも……あの時、あなたの纏う闇が、一瞬だけ揺らいだように見えたの。まるであなた自身が……苦しんでいるみたいに。カイル、あなたは一体、何と戦っているの?」その言葉は、刃のようにカイルの胸を貫いた。彼は一瞬、答えを失い、視線を逸らす。だがすぐに、冷たく硬い仮面を被り直した。「お前は、何も知らなくていい。ただ……俺に守られていればいいんだ」彼のその声は、問いへの答えではなかった。それは懇願であり、呪いであり、彼自身の魂を繋ぎ止めるための唯一の祈りだった。そしてその夜――エルゼリアは、彼の腕の中で疑念が溶けていくのを感じていた。真実も、正義も、どうでもよかった。この腕の中がすべて。この人がいる場所が、自分の世界のすべてだった。彼の背にそっと腕を回し、彼女は自らを捧げるように、その愛を受け入れた。たとえその先が、光のない奈落の底だったとしても。カイルは、その儚い存在を壊してしまいそうなほど強く抱きしめ、唇を求め、肌を重ね、魂ごと喰らい尽くすようにエルゼリアを愛した。彼女は、その激しさに身を委ねながら、微かな違和感が胸の奥に残っていることに気づいていた。――これは、ほんとうに“守られている”感覚なのだろうか?その問いは、快楽に溶けるように霧散した。けれどその夜、彼女
Last Updated : 2025-07-24 Read more