All Chapters of 過去に失った愛にもう一度出会った~それが運命の始まりだった: Chapter 71 - Chapter 73

73 Chapters

甘い毒、愛の牢獄

リアムとセイ=ラムが森の闇に消えた後、湖畔には重たい沈黙だけが残されていた。冷たい空気を裂くように、カイルはゆっくりと振り返り、震えるエルゼリアをそっと後ろから抱きしめた。その腕の力は、たしかに優しかった。かつて彼女が安らぎと感じた、あの包容と同じはずだった。「……もう大丈夫だ」けれど、その腕はもう、彼女にとって安息ではなかった。まるで逃がさないと囁くように、静かに締め付ける――鎖のような重さ。彼の胸に耳を当てると、焦りを孕んだ鼓動が、エルゼリアの魂に刺さるように響いてくる。目には見えない小さな亀裂が、二人の間に静かに生まれていた。夜。焚き火のそば、エルゼリアは静かに口を開いた。「カイル……」思いがけず、落ち着いた声が自分の口から出ていた。「あの、光の剣を持った人は……本当に私たちの敵なのでしょうか?」カイルの肩が、かすかに強張った。「……そうだ。奴らは神々の尖兵だ。俺からお前を奪い、偽りの秩序の中に閉じ込めようとする」エルゼリアは首を横に振った。「でも……あの時、あなたの纏う闇が、一瞬だけ揺らいだように見えたの。まるであなた自身が……苦しんでいるみたいに。カイル、あなたは一体、何と戦っているの?」その言葉は、刃のようにカイルの胸を貫いた。彼は一瞬、答えを失い、視線を逸らす。だがすぐに、冷たく硬い仮面を被り直した。「お前は、何も知らなくていい。ただ……俺に守られていればいいんだ」彼のその声は、問いへの答えではなかった。それは懇願であり、呪いであり、彼自身の魂を繋ぎ止めるための唯一の祈りだった。そしてその夜――エルゼリアは、彼の腕の中で疑念が溶けていくのを感じていた。真実も、正義も、どうでもよかった。この腕の中がすべて。この人がいる場所が、自分の世界のすべてだった。彼の背にそっと腕を回し、彼女は自らを捧げるように、その愛を受け入れた。たとえその先が、光のない奈落の底だったとしても。カイルは、その儚い存在を壊してしまいそうなほど強く抱きしめ、唇を求め、肌を重ね、魂ごと喰らい尽くすようにエルゼリアを愛した。彼女は、その激しさに身を委ねながら、微かな違和感が胸の奥に残っていることに気づいていた。――これは、ほんとうに“守られている”感覚なのだろうか?その問いは、快楽に溶けるように霧散した。けれどその夜、彼女
last updateLast Updated : 2025-07-24
Read more

幸福という名の呪い

エルゼリアの懐妊は、カイルの世界を静かに、しかし決定的に塗り替えた。かつて彼を苛んでいた絶望や虚無感は、鳴りを潜めた。 代わりに彼の胸を満たしたのは、狂おしいほどの守護の意志と、燃え盛るような独占欲だった。「俺が、守る」彼は何度も、自分に言い聞かせるように呟いた。 エルゼリアを、そしてまだ見ぬ我が子を。 この腕の中にある小さな世界だけが、彼のすべて――それ以外は、排除すべき敵だった。その新たな「誓い」は、彼の力に恐ろしい変質をもたらした。奈落の力は、彼の強い意志に呼応し、より深く、より濃密な闇となって彼に流れ込んだ。 だが、それはもはや純粋な破壊の力ではなかった。 彼の独占欲を映し出し、触れるものすべてを支配し、変質させる――禍々しい呪いそのものだった。彼が歩けば、足元の草花は生命力を吸われたように黒く枯れ果て、 彼が湖の水を覗き込めば、水面は鏡のように光を失い、濁った沼と化した。森の動物たちは彼の気配を恐れ、鳴き声ひとつ上げることもなく姿を消した。 かつて生命に満ちていた迷いの森は、カイルの歪んだ愛を体現するかのように、静かで不毛な「彼の領域」へと変貌していく。かつて、どんな絶望の中でも人々の希望となっていた彼の手が、 今はただ、命を枯らす黒い炎となって森を焼いていた。そして――彼自身も、その変化に気づいていた。だが、彼はそれを意に介さなかった。むしろ、心地よいとさえ感じていた。この静寂こそが、二人と一人の聖域を守る結界。 この枯れた大地こそが、誰にも侵されない安息の揺りかご。「どうした、カイル? 難しい顔をして」エルゼリアが、彼の背中にそっと寄り添う。 彼女の存在だけが、このモノクロームの世界で唯一、鮮やかな色彩を放っていた。「……いや。この森が、静かになったと思ってな」カイルは振り返り、愛おしげに彼女の頬を撫でた。 その指先から放たれる微かな闇の波動に、エルゼリアが気づくことはない。「ええ、そうね。でも、私はこの静けさ、好きよ。 あなたと、この子と、三人だけでいられるのだもの」彼女は幸福そうに微笑み、カイルの胸に顔をうずめた。その無垢な言葉が、カイルの心をさらに奈落へと突き落とす。(そうだ。これでいい。これが正しいんだ)彼の瞳の奥で、かつての英雄の光は完全に消え失せ、底なしの闇だけが揺らめいてい
last updateLast Updated : 2025-07-25
Read more
PREV
1
...
345678
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status