Lahat ng Kabanata ng 過去に失った愛にもう一度出会った~それが運命の始まりだった: Kabanata 31 - Kabanata 40

70 Kabanata

月影に揺れる心

夜が明けても、 ナフィーラの胸のざわめきは収まらなかった。神託の間に座し、香を焚き、月に祈りを捧げる―― それは巫女としての日課であり、使命の証でもある。けれど今朝、 彼女はひとつの祈りすら、口にできなかった。(どうして……)(祈っているのに、声が届かない。こんなはずじゃ……) (こんな沈黙……今まで一度もなかった)祈れば祈るほど、胸の中に染み込んでくるのは“確信”だった。――カイムは、変わってしまった。そして彼を包んでいた“あの気配”。 馴染みのない甘い香り、肌に纏わりつくような違和感。 それはナフィーラにとって――“神殿の空気を乱すもの”以外の何物でもなかった。いいえ、それだけではない。 この神殿を、この国を、女神たちが与えてくださったこの星の安寧を――音もなく蝕む気配。ナフィーラには、そうとしか思えなかった。 感情ではなく、霊魂がざわめくような“拒絶”の感覚。 神が創り、女神が守ってきたこの星の呼吸が、 ゆっくりと、しかし確実に狂わされている……。だがそれは、 “神託によって与えられた真実”ではない。 ただの“直感”――彼女自身の感覚だった。巫女にとってそれは、最大の背信に等しい。神の声に従う者が、神を待たずに動こうとする。それは、“己の内なる声”を、 神の意思よりも上に置くということ。けれどナフィーラは、 その胸の震えを振り払うように、衣の袖を握りしめた。「……エイル」控えていた付き人が一歩前に出る。「騎士団の中に、見慣れぬ女がいたわ。  名前も、素性も知らない。ただ……私の中の何かが、彼女を危険だと言ってる」「神託は……?」「降りていない。だから――これは……」 ナフィーラは目を伏せ、静かに言った。「神託に先んじる、私自身の“直感”です。  このままでは、何かが取り返しのつかないところまで行ってしまう」エイルは息を呑んだ。 巫女が神を待たずに命ずるなど、あってはならないことだった。だが彼女は、神託の器として育てられた巫女ではなく、 “人間としてのナフィーラ”として、初めて口を開いた。その強い眼差しに、エイルは静かに頷いた。「……わかりました。  誰にも知られぬよう、調べをつけてまいります」その背が去ったあと、 ナフィーラは
last updateHuling Na-update : 2025-06-16
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香煙の甘美に溺れていくカイム

香煙が、ゆっくりと意識を滲ませていく。 淡く、甘く、そしてどこか懐かしいその香りに、カイムの心は緩んでいた。(……また、ここへ来てしまった)わかっていた。 ここが“女神の声の届かぬ場所”だと、知っていた。 けれど、どうしても――ここに足が向いてしまう。「あなた、また来たのね」鈴を転がすような声が背後から響く。 リゼアだった。 絹のような衣が香にゆれ、カイムのすぐ傍へと寄り添ってくる。「神殿では、もう窮屈だった?」「……そうかもしれない」その言葉を口にした自分に、カイムは小さく驚いた。 “そうかもしれない”――本当に、そう思ってしまったのか。神殿では祈りと訓戒、約束と責任が彼を取り囲んでいた。 ナフィーラを守ること、神の意志に従うこと。 そのすべてが、誇りであり、使命だった。なのに今は…… リゼアのいるこの場所の、何と静かなことか。 思考も、感情も、ただ香に溶けていくような心地よさ。「君は……何者だ?」 「さあ。あなたは、私に“何を見たい”の?」リゼアは微笑んだ。 その笑みが何かを思い出させるようで、 だが同時に、それを思い出したくないという気持ちも胸をかすめる。(ナフィーラ……)その名が浮かびかけた瞬間、 香が一層濃く漂い、すべてを塗り潰した。もう少しだけ、ここにいたい。 もう少しだけ、このままでいたい。 この違和感ごと、夢に沈みたい。それが、カイムの魂が“静かに落ち始めた”最初の夜だった。訓練を終えたカイムの肌には、微かな香が残っていた。 ――“あの女”と出会ってから、しばしばまとわりつく甘く、湿った花の香。はじめは不快だった。 この香りは神殿の空気には存在しない。 ナフィーラの祈りの香炉からも、女神セレイナの神域からも、こんな香りは漂ってこない。けれどその夜、彼は―― ふと、その香りを吸い込みたくなった。(……なんだ、この感覚は)ほんの一瞬、目眩に似た快さが脳髄を撫でた。 指先がじんわりと熱を持ち、呼吸が浅くなる。それは、戦の後に感じる昂りとも、祈りの後の静寂とも異なる。 ただ――心の底に沈殿していた“何か”が、少しずつ溶け出していくような。(……違う。これは……)否定しようとする思考とは裏腹に、足は自然と“香の気配”のある方へ
last updateHuling Na-update : 2025-06-17
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カイルへの甘い誘惑

「戦神セイ=ラム……剣と誓いの神、ねぇ」リゼアは艶然と微笑みながら、カイルの胸にそっと指を滑らせた。硬質な鎧の上からでも、その指先からは魂を蕩かすような熱が伝わってくる。「そんな重苦しいものを背負って、疲れない? 誓いだの、忠誠だの……そんなもので自分を縛り付けて。本当は、もっと自由になりたいのでしょう?」「自由……」カイルの唇から、無意識に言葉が漏れた。その言葉に、脳裏に一瞬、ナフィーラの祈る姿がよぎる。彼女の清廉な光。神託によって結ばれた魂の契約。それはカイルにとって絶対の理であり、誇りそのものだったはずだ。だが、今の彼には、その記憶さえも色褪せて、無味乾燥なものに感じられた。ナフィーラの光は、あまりに眩しく、あまりに純粋で……今の自分には、どこか遠い世界の出来事のように思える。あの「魂の契約」ですら、今は解き放たれるべき古びた枷のように感じられていた。「そう、自由よ」リゼアは囁き、カイルの耳元に唇を寄せた。吐息と共に“呪香”がさらに濃密に彼を包み込む。「ここでは、何も背負う必要はないの。欲しいものを、欲しいと願うだけ。あなたの魂が渇望する、その全てを、私が満たしてあげる」その時だった。リゼアの後ろ、空間の深い闇が僅かに揺らめき、ひとりの男が音もなく姿を現した。影が人の形を取ったかのような、静かで、底の知れない存在。支配の神ゼルヴァトの意志を体現する男、ユラエル。彼の無感情な瞳が、じっとカイルを見据えている。それは評価するでもなく、断罪するでもない。ただ、そこに在るという事実だけで、空間そのものを支配下に置くような絶対的な圧力があった。誘惑の言葉を囁くリゼアと、無言のまま全てを肯定するユラエル。欲望と支配。二柱の神の力が、この空間で完璧な調和を成していた。リゼアはカイルの動揺を見透かしたように、くすくすと笑う。「彼はユラエル。私の意志を、この世界に形作る者。あなたがここに留まりたいと願うのなら、彼はその願いを“現実”にしてくれるわ」リゼアが手を差し出すと、その空間から滑るように、紅玉を溶かしたような液体で満たされた杯が現れた。「さあ、カイル。飲み干して。これはただの酒ではないわ。あなたの魂を、古い誓いから解き放つための“契約”よ」カイルは、その杯を見つめた。ナフィーラとの契約は、神託による光の契約。そして今、目の前にあるのは
last updateHuling Na-update : 2025-06-18
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カイルは堕落の次元に堕ちていく

光が消えた。常に魂の隣で感じていた温かな盾が、まるで存在しなかったかのように消え去った。ナフィーラの世界から、守護という概念がごっそりと抜け落ち、代わりに吹き込んできたのは、肌を刺すような絶対的な孤独と、底知れぬ不安だった。彼女の清らかな魂に刻まれた契約の紋様が、黒い炎に焼かれていく。その痛みは、カイルが今、魂の対価としてどれほど甘美な毒を受け入れているかを、残酷なまでに彼女に伝えていた。「どうして……カイル……」その問いかけは、もはや悲痛な叫びですらなかった。ただ、理解を超えた現実に打ちのめされた、虚ろな呟き。二人が共に紡いできたはずの誓いは、あまりにも脆く、儚く散った。――そして、その同じ瞬間。ナフィーラが光を失った魂の亀裂から、カイルは解放という名の新たな光を見ていた。いや、光ではない。彼の魂を縛り付けていた清廉な鎖が断ち切られ、剥き出しになった魂が、生まれて初めて本当の色を放ったのだ。カイルが古い契約から解放された瞬間、彼の世界はリゼアの色に染まった。女神セレイナの清らかな光も、戦神セイ=ラムの厳格な教えも、今や遠い夢の残響に過ぎない。彼の魂は、欲望の神《リーヴァ=アラ》と支配の神《ユラエル》が創り出した“堕落の次元層”に、完全に根を下ろしてしまったのだ。「ああ、素晴らしい……。これこそが、本当の君だ」リゼアは恍惚としてカイルの胸に頬を寄せ、彼の魂から立ち上る、堕落したばかりの新鮮なエネルギーを吸い込んだ。それは、神聖さを失い、剥き出しになった欲望の香り。彼女にとっては何物にも代えがたい美酒だった。以前のカイルならば、一分の隙もない立ち姿で、常に周囲への警戒を怠らなかっただろう。しかし今、彼はリゼアの腕の中で、まるで骨を抜かれたかのように身を委ねている。戦神の加護を失った肉体は、代わりに官能的な気怠さと、飽くなき渇望に満たされていた。「もっと……もっとだ、リゼア……」カイルの唇から漏れるのは、もはや祈りではない。ただひたすらに、己の欲望を求める獣のような喘ぎだった。彼はリゼアの髪を貪るように掴み、その唇を求めた。ナフィーラと交わした清らかなキスとは全く違う、魂ごと喰らい尽くすかのような、激しく野性的な接触。リゼアはそれを楽しげに受け入れながら、彼の耳元で囁く。「欲しいものは、奪えばいいのよ、カイル。それが世界の真理。強い者が、欲
last updateHuling Na-update : 2025-06-19
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カイルを助けたいナフィーラの願い

その狂的な叫びを聞き、リゼアは満足げに微笑んだ。 「ええ、それでこそ私の騎士よ。さあ、行きなさい。その剣で、あなたの望む全てを蹂躙し、支配するの。それが、あなたが私に捧げる、最高の愛の証」リゼアに背中を押され、カイルは一歩、現実世界への干渉へと踏み出した。 彼の魂はもはや、光の神々の声が届かぬほど深く、暗い欲望の泥沼に沈んでいた。 戦神の誇り高き騎士は、今や欲望の神に身を捧げ、支配を渇望するだけの、哀れな堕落者へと成り果てていた。 その瞳に、かつての理性の光はどこにもなかった。――その頃。祈りの間に膝をついたナフィーラは、ふと息を詰まらせた。 絞り出した声は、誰に届くでもなく、静まり返った神殿に虚しく響いた。 彼女の頬を、一筋の涙が伝う。それは、ただの悲しみの涙ではなかった。 神託によって定められた「魂の契約」が、一方的に破棄されたことによって生じた、魂そのものの亀裂から流れ出す、痛みと喪失の結晶だった。その瞬間、祈りの間の空気がわずかに揺らぎ、彼女を包む光が一瞬だけ翳った。 ナフィーラは、自らの内にある“神の声”が遠のいていくのを感じた。 あれほどまでに近かったはずの彼の気配が、まるで別の次元へと引き裂かれていくような感覚―― まるで、自分の一部が奪われ、どこか見知らぬ暗闇に囚われていくかのようだった。(……違う。まだ、終わってはいない)その胸にわずかに残る温もりに、ナフィーラはすがる。 それがたとえ、かつて交わした誓いの残響でしかなかったとしても、彼女は信じたかった。 ――魂は、まだすべてを失ったわけではないと。***絶望が、冷たい霧のように心を覆い尽くそうとする。魂の亀裂から流れ込む痛みは、彼女の信仰心さえも凍てつかせようとしていた。もう祈るのをやめてしまえば、この苦しみから解放されるのかもしれない。そんな甘い囁きが、心の隙間に忍び寄る。だが、ナフィーラは手を胸に当て、ゆっくりと目を閉じた。――カイル。あなたがどれほど深い闇に堕ちようとも、私は、あなたの魂の奥にある“光”を信じている。揺らぐ光の中、微かに震える祈りの声が彼女の唇から零れ落ちる。それは神への祈りであると同時に、失われかけた絆への呼びかけでもあった。「セレイナ様……どうか、お導きください。彼の魂が完全に闇に染まりきる前に、私の祈りが届くのな
last updateHuling Na-update : 2025-06-21
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ナフィーラは諦めない

ナフィーラの祈りが天に届き、神々の新たな試案が動き出した頃。“堕落の次元層”から現実世界へと滲み出たカイルは、夜の闇に紛れ、かつて自らが守護したはずの王都に立っていた。彼が最初に向かったのは、セナトラ神聖騎士団への寄進も多く、カイルを「王都の英雄」と公然と讃えていた豪商の屋敷だった。夜会が開かれているのか、窓からは明るい光と楽しげな音楽、そして人々の笑い声が漏れ聞こえてくる。以前の彼ならば、その平和な光景に安堵し、静かにその場を去っただろう。だが、今のカイルの耳には、その全てが自分を嘲笑う不快な騒音にしか聞こえなかった。(俺が血を流して築いた平和の上で、何の苦労も知らずに笑う者どもめ……)彼の心に渦巻くのは、嫉妬と憎悪が混じり合った、どす黒い支配欲。リゼアの囁きが、彼の背中を押す。『欲しいのでしょう? あの富も、あの快楽も。あなたのものよ。さあ、奪いなさい』カイルは音もなく屋敷の塀を乗り越えた。腰に差した剣が、彼の殺気に呼応するように、鈍い紫色の光を放つ。警備の兵士が彼の姿に気づき、誰何(すいか)の声を上げようとした瞬間、カイルの姿は陽炎のように揺らめき、兵士の背後に回り込んでいた。「――ッ!?」驚愕する兵士の首筋に、手刀が正確に叩き込まれる。かつては敵を無力化するための技だったが、今はそこに一切の慈悲はない。崩れ落ちる身体を無感動に見下ろし、カイルは屋敷の中へと侵入した。広間で繰り広げられていた華やかな宴は、彼の登場によって一瞬で凍り付いた。黒い霧をまとったかのような禍々しい気を放ち、ゆっくりと歩を進めるカイル。その瞳には、かつての英雄の面影は微塵もなかった。「カ、カイル殿……!? いったい、どうなさったのです!」屋敷の主である豪商が、震えながら声をかける。カイルは答えない。ただ、品のない宝石で飾られた彼の指輪や、壁にかけられた高価な絵画、怯える貴婦人たちの絹のドレスを、品定めするように眺めるだけだ。「貴様らが享受するその全ては、本来、俺のものだったはずだ」低い、地の底から響くような声だった。「俺は英雄だった。ならば、英雄に相応しい富と、権力と、快楽があって然るべきだろう?」その理不尽な言葉に、人々は恐怖に染まった顔を見合わせる。カイルはゆっくりと魔剣を抜いた。紫色の刀身が、シャンデリアの光を不気味に反射する。「今日
last updateHuling Na-update : 2025-06-22
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新たな英雄の誕生

若者の名はリアム。辺境の村で、ただ黙々と鉄を打ち、剣を振るう日々を送る、名もなき青年だった。彼が振るう剣は、父の形見である古びた一振り。いつか、この村を、大切な人々を守れるだけの力が欲しい――その一心だけが、彼の全てだった。神託が下された夜、リアムはいつものように月明かりの下で素振りをしていた。その時だった。天からの啓示と共に、手の中の古びた剣が、まるで溶けた月光を注ぎ込まれたかのように、まばゆい白銀の光を放ち始めたのだ。「こ、これは……」驚きに膝をついたリアムの手に、剣はまるで生きているかのように脈動し、馴染んでいく。錆びつき、刃こぼれしていた刀身は、曇りひとつない鏡のような輝きを取り戻し、その切っ先は、遥か彼方の王都を指し示していた。彼の魂に直接流れ込んでくる、戦神セイ=ラムの意志。それは、彼がこれまで感じたことのない、厳しくも力強い神聖なエネルギーだった。『偽りの英雄』『星を脅かす混沌』――言葉の意味は完全には理解できない。だが、リアムにはわかった。自分が焦がれてやまなかった「力」は、この神聖なる剣と共に与えられたのだと。そしてその力には、果たすべき「使命」が伴うのだと。夜が明け、リアムは旅支度を整えた。村長にだけ事情を話し、父の形見でもあるマントを羽織る。村人たちは、いつもと違う彼の決意に満ちた表情と、神々しい輝きを放つ剣に、ただ息を呑むばかりだった。「行ってしまうの?リアム……」幼なじみの少女が、不安げに彼の袖を掴んだ。「……ああ。行かなければならないんだ」リアムは、彼女の頭にそっと手を置き、微笑んだ。その笑顔は、以前の彼にはなかった、大きな覚悟と自信に満ちていた。「必ず、帰ってくる。この村を守れる、本当の英雄になって」リアムは振り返ることなく、王都へと続く道を歩き始めた。彼の旅は、決して平坦なものではなかった。神の力を授かったとはいえ、彼自身はまだ、戦いの経験も乏しい若者だ。道中で出会う魔物との戦いや、荒くれ者とのいざこざを通じ、彼はセイ=ラムの剣技を身体で学び、英雄としての器を少しずつ磨いていく。そして、彼の耳には、旅の先々で不吉な噂が届くようになった。「あの高潔だったカイル様が、豪商の屋敷を襲い、財産を根こそぎ奪ったらしい」「それだけじゃない。屋敷にいた貴婦人たちを我が物とし、夜な夜な酒池肉林の宴に溺れているそう
last updateHuling Na-update : 2025-06-23
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エイル、堕落の次元層に潜入

エイルが祈りの間を辞去すると、その姿はまるで影に溶けるように消えた。 向かった先は、大神殿の地下深く――古の時代より封じられている、「境界の祭壇」。 そこは、光と闇、現実と異界の境界が交差する、唯一無二の聖域。 “渡る者”の名を持つエイルだけが、この空間を開く資格を持っていた。祭壇の中央に立ち、静かに目を閉じる。 精神が肉体を離れ、意識が高次の領域へと昇っていく。 その額に刻まれた、ナフィーラから授かった聖印が白く発光し、異界への“門”を照らす灯台となる。(……見えた)常人には感知できない、異界の裂け目。 そこから漏れ出すのは、魂を甘く腐らせる“呪香”―― ここが、カイルが囚われている「堕落の次元層」だった。エイルは一瞬の躊躇もなく、異界の裂け目に身を投じた。瞬間、世界が反転した。 色も音も、感覚そのものが毒のように彼の魂へ襲いかかる。 紅蓮と紫紺の渦が、彼の内に潜む恐れや焦燥、無価値感を露わにしようとする。 リゼア=アナの誘惑――だが、エイルの額に輝く聖印がそれを焼き払う。その目に映った“真の次元”は、もはや甘美などではなかった。 空間に漂うのは、無数の堕ちた魂の残骸。 血と涙が染めた虚ろな色彩。快楽の香りに紛れて聞こえるのは、魂が崩壊する断末魔の囁き―― それは、地獄そのものだった。(……これが、神に背きし者の果てか)気配を殺しながら、最深部へと進む。 やがて――欲望と支配の瘴気が濃密に渦巻く中心にたどり着いた。そこには、金銀財宝を積み上げた玉座と、無気力に侍る貴婦人たち。 そしてその中央に、かつての英雄、カイルが座していた。彼の瞳は濁り、笑みは空虚。 その隣に身を寄せるリゼアの白い指先が、彼の顎をなぞっている。 背後には、支配の神ユラエルの影が蠢いていた。「もっとだ……酒を持て。歌え。私の悦びのために、舞え……!」その咆哮は、英雄の凱歌ではない。 ただ渇きを満たすための、愚かなる獣の嘆きだった。エイルは、ナフィーラの言葉を胸に、カイルの“内”を見据えた。(……光は……どこに)そして、その瞬間。カイルの胸元に揺れる、一つの銀のペンダントが目に入った。 それはかつて、ナフィーラが彼に与えた、騎士団入団の証だった。 宝飾の数々の中で唯一、彼自身が外すことなく残していた小さな“祈り”。彼は無意識
last updateHuling Na-update : 2025-06-24
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ナフィーラの“覚悟

ナフィーラは静かにエイルの手を取った。その手は冷たく震えていたが、確かに“希望”を握って戻ってきたのだ。「ありがとう、エイル。……あなたでなければ、見つけられなかった光です」ナフィーラの声は凛としていた。だが、その瞳の奥には、深い哀しみと、それを上回るほどの決意が宿っていた。彼女は立ち上がると、祈りの間の奥へと歩を進める。そこには、歴代の巫女でさえ、生涯で一度触れるかどうかも分からない、禁断の「観月の祭壇」へと続く封印の扉があった。「……ナフィーラ様。まさか、“あれ”を――」 エイルの声が、驚愕に震える。ナフィーラは静かに微笑むと、まっすぐ前を見据えた。 「巫女としての私が滅びてもいい。けれど、女として――愛した人を見捨てることだけはできない」「観月の祭壇」は、女神セレイナの加護が最も強く満ちる場所であると同時に、女神の対極に存在する“闇”を観測し、封じるための最も危険な場所。光の存在が自らの魂を危険に晒すことなく、闇に干渉するための禁じられた儀式の場だった。「はい。あの光がある限り、彼を救える道は、まだある。けれど、それには――私自身が、彼の闇に触れなければならない」ナフィーラは静かに振り返る。その横顔は、もはや神の言葉を待つだけの巫女ではなかった。「神託の巫女としてではなく、一人の女として。あの人を、信じ、追い、赦しに行きます」エイルは何も言えなかった。ただその姿に、まばゆいほどの覚悟と――絶望的なまでに深い、愛を見た。ナフィーラが扉に手を触れると、古の封印が解かれ、重い石の扉が音もなく開かれていく。その向こうにあるのは、聖なる者が決して足を踏み入れてはならない領域。自らの魂を、意図的に闇へと同調させるための道。それでも、ナフィーラは迷いなく踏み出した。それが、かつて交わした“魂の契約”を果たすためであり、何よりも、自分の愛を、自分の手で終わらせないためだった。(――待っていて、カイル)(たとえどれほど穢れていようと、私はあなたを見失わない)薄暗い通路の奥へと、ナフィーラの祈りの衣が、光の残響を残して消えていった。観月の祭壇は、冷たい静寂に包まれていた。中央には、夜空の闇をそのまま切り取ったかのような、黒曜石の水盤が置かれている。ナフィーラがその水盤に手をかざすと、水面が揺らめき、エイルが見た“堕落の次元層”の光
last updateHuling Na-update : 2025-06-25
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ナフィーラ vs 欲望の女たち

リゼアが玉座から立ち上がった瞬間、空間の瘴気がさらに密度を増した。それはもはや、ねっとりとした不快感ではなく、魂を直接圧し潰さんとする明確な敵意だった。「なるほど、巫女。ようやく面白くなってきたわね。次は……私と、遊びましょうか」リゼアの声は、欲望の女たちのように甘くはない。絶対的な支配者の持つ、冷たく、それでいて嗜虐的な響きを帯びていた。ナフィーラはリゼアに背を向けたまま、闇の奥に囚われたカイルの魂に意識を集中させる。彼女の背後で輝く記憶の光――訓練の日々、交わした言葉、戦場で交わした抱擁――が、リゼアの放つ瘴気を押し返していた。「カイル……あなたは、私を忘れてもいい。でも私は、決して、あなたを忘れない」「美しい言葉ね。けれど、それは自己満足ではないかしら?」リゼアは嘲笑と共に指を鳴らす。すると、ナフィーラの目の前に、新たな幻影が立ち上った。それは、カイルだった。しかし、その瞳は虚ろで、リゼアの意のままに動く人形のようだ。彼の口元には、先ほどの“色香の女”がつけたであろう紅の跡が微かに残っている。「あなたの愛する男は、もうこの次元の快楽に染まりきっている。あなたの記憶など、彼にとっては苦痛でしかないのよ」リゼアは操り人形のカイルに囁く。「さあ、カイル。あの忌まわしい光を、その手で消しなさい。お前を縛り付ける過去など、もう不要でしょう?」虚ろな瞳のカイルが、ゆっくりとナフィーラに向かって歩き出す。その手には闇から生まれた剣が握られていた。ナフィーラの記憶の光が、彼が近づくにつれて揺らぎ始める。「やめて、カイル……」ナフィーラの声が震える。彼に攻撃されることへの恐怖ではない。彼が、自らの記憶を否定する行為をさせられていることへの悲痛な叫びだった。「そうよ、もっと揺らぎなさい!」リゼアが歓喜の声を上げる。「聖女様、教えてあげるわ。愛とは最も強烈な欲望。彼を独占したい、誰にも渡したくないという、あなたのその黒い感情こそ、私の力の源なのよ!」リゼアの言葉が、ナフィーラの心の奥底に眠っていた澱をかき混ぜる。 ――カイルが他の女に触れられた。 ――彼の唇が、私以外の誰かのものに。嫉妬と怒りが、黒い炎のように魂を焦がす。ナフィーラの足元を支えていた光の文様が、一瞬、黒く染まりかけた。「ほら、あなたも私と同じ。欲望の化身よ!」カイルの剣が、ナフィ
last updateHuling Na-update : 2025-06-26
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