夜が明けても、 ナフィーラの胸のざわめきは収まらなかった。神託の間に座し、香を焚き、月に祈りを捧げる―― それは巫女としての日課であり、使命の証でもある。けれど今朝、 彼女はひとつの祈りすら、口にできなかった。(どうして……)(祈っているのに、声が届かない。こんなはずじゃ……) (こんな沈黙……今まで一度もなかった)祈れば祈るほど、胸の中に染み込んでくるのは“確信”だった。――カイムは、変わってしまった。そして彼を包んでいた“あの気配”。 馴染みのない甘い香り、肌に纏わりつくような違和感。 それはナフィーラにとって――“神殿の空気を乱すもの”以外の何物でもなかった。いいえ、それだけではない。 この神殿を、この国を、女神たちが与えてくださったこの星の安寧を――音もなく蝕む気配。ナフィーラには、そうとしか思えなかった。 感情ではなく、霊魂がざわめくような“拒絶”の感覚。 神が創り、女神が守ってきたこの星の呼吸が、 ゆっくりと、しかし確実に狂わされている……。だがそれは、 “神託によって与えられた真実”ではない。 ただの“直感”――彼女自身の感覚だった。巫女にとってそれは、最大の背信に等しい。神の声に従う者が、神を待たずに動こうとする。それは、“己の内なる声”を、 神の意思よりも上に置くということ。けれどナフィーラは、 その胸の震えを振り払うように、衣の袖を握りしめた。「……エイル」控えていた付き人が一歩前に出る。「騎士団の中に、見慣れぬ女がいたわ。 名前も、素性も知らない。ただ……私の中の何かが、彼女を危険だと言ってる」「神託は……?」「降りていない。だから――これは……」 ナフィーラは目を伏せ、静かに言った。「神託に先んじる、私自身の“直感”です。 このままでは、何かが取り返しのつかないところまで行ってしまう」エイルは息を呑んだ。 巫女が神を待たずに命ずるなど、あってはならないことだった。だが彼女は、神託の器として育てられた巫女ではなく、 “人間としてのナフィーラ”として、初めて口を開いた。その強い眼差しに、エイルは静かに頷いた。「……わかりました。 誰にも知られぬよう、調べをつけてまいります」その背が去ったあと、 ナフィーラは
Huling Na-update : 2025-06-16 Magbasa pa