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All Chapters of ワンダーパヒューム: Chapter 51 - Chapter 60

66 Chapters

・Chapter(50) お見舞い

「おはよーございまーす」出社時、瑞穂はおざなりに周囲に挨拶を述べると、そのまま口をつぐみ、目の前の仕事にただ集中した。誰とも、喋りたくなかった。和田マネージャー本人はもとより、和田マネージャーに関わる人間その全ての人間と、今日は一切関わりあいたくなかった。仕事上のやり取りで、やむなく誰かと会話をしなくてはならない時は、瑞穂は受け答えのみという最低限の反応にとどめた。瑞穂は素振りと背中でもって「喋らないで下さい」というアピールを、周囲に対して発していた。そして、当の和田マネージャーに対しては、瑞穂は完全無視。様子見、とばかりに「FAX、置いておくよ」と、和田マネージャーは瑞穂に対して言葉を投げ掛けてくるのだが、瑞穂は一切返答をしなかった。すると、和田マネージャーも根負けしたようで、夕方頃になると和田マネージャーは瑞穂に接触するのをやめ、紗倉さんなど他の女子社員や部下に細々とした雑用を頼むようになった。この和田マネージャーの振る舞いは、瑞穂の神経をさらにかき立てたが、瑞穂はどこか納得もしていた。これが、和田マネージャーの魅力でもあり、最大の欠点でもあるのだ。古田も以前、瑞穂に対して忠告していたが、和田マネージャーは基本誰に対しても優しい。将来の伴侶であろうが、人生における端役であろうが、和田マネージャーは分け隔てなくその優しさを振りまいていき、そして誤解を抱かせてしまう。仕事を終え、自宅へと向かう帰りの電車の中、今度は杉浦マイからLINEが送られてきた。『瑞穂さん、お疲れさまです☆この間から、食事の約束を断ってばかりでスミマセン・・・。そろそろ落ち着いてきたので、またご飯でも一緒に食べませんか?ちょっと、報告したい事もあるんです』当然の事ながら、瑞穂は返信をしなかった。LINEを既読にすらせず、未読のまま通知を消すと、そのまま「ツムツム」の続きにいそしみ、電車を降りた後はスーパーで惣菜を二つばかし買い、真っ直ぐ自宅へと帰った。少し早めに帰宅したので、米を洗い、炊飯器でご飯を炊くと、瑞穂は買ってきた惣菜をおかずに晩御飯を食べる。食事を終え、シャワーを浴びた後、今度は古田からLINEが入ってきた。『お疲れ様です、古田です。高畑さん、明日本当に大丈夫ですか?無理でしたら、断ってもらってもいいですから』──こんな事いちいち訊い
last updateLast Updated : 2025-07-29
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・Chapter(51) 心遣い

受付にて面会の段取りを済ませた瑞穂と古田の二人は、エレベーターに乗りこむと、看護師から告げられた8階のボタンを押した。「こっちです」エレベーターを降りると、古田は慣れた足取りで瑞穂を伴い、病棟の廊下を歩いていく。消毒液の匂いが、瑞穂の鼻腔を刺激した。病院特有の匂いだ。怪我、病、死を連想させるこの匂いは、年を重ね大人になった今でも馴れる事が出来ない。受付にいた看護師の言葉によると、古田の父親がいる8階から上は緩和ケア病棟になっているとの事だ。「緩和ケア」というその単語の意味はテレビなどで見聞きし瑞穂は知っていたが、実際にそこに足を踏み入れたのは今回が初めてであった。自分がどんな最期を迎えるか、今の瑞穂には知る由もない。が、人生における終《つい》の住み処の一つがココなのだと思うと、瑞穂は自身の背中に「死」のレッテルを貼られたような気分となった。前を歩く古田が右に曲がり、病室へと入る。その古田の様を見ながら瑞穂は立ち止まると、病室の入口脇に貼られているネームプレートに目をやった。──「835 古田明憲」念の為に確認してみたが、古田の父親の病室で間違いなかった。「高畑さん」その時、病室から引き返してきた古田が、小声で瑞穂を手招きする。「……すいません」瑞穂は頭を下げると、古田から少し離れて自らも病室へと入った。病室は個室であった。ベッドには、古田の父親。そして、その傍らには先日顔を見た古田の母親がおり、伴侶である古田の父親の右足をかいがいしくマッサージしている。死相が見えた。日常を平穏に暮らしている人間からは、絶対に見られない顔だ。初めて見る古田の父親だが、枯れ木のように痩せほそったその体躯と、生気のない表情は、「もう長くはない」という印象を瑞穂に対して強く与えていた。「元気そうじゃん」おそらく古田も、その見た目から父親に忍び寄る「死」を感じ取っているのだろうが、裏腹な言葉を父親に対して投げ掛ける。「まぁな、気分はいい」息子の来訪に、ベッドにいる父親が顔を綻ばせ、手短に答える。そして、家業である電器店の事が気になるのか「仕事はどうだ?」と、続けざま古田に対して訊いた。「もう、ほぼ電気工事中心だね」本業である電器店がかんばしくないからか、古田は苦笑を浮かばせながら父親の問い掛けに対して、返答する。「あら?」その
last updateLast Updated : 2025-07-29
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・Chapter(52) こいのうた①

「今日はありがとうございました」病室を後にし、エレベーターへと向かう道すがら、古田は頭を下げ、瑞穂に対して礼を述べた。「いえ」「『いいお付き合いをさせてもらっています』とか、話も合わせていただいて……。何か、感謝以前に申し訳ない気持ちですよ」「あっ、それについてはこっちがゴメンナサイです。黙ってればいい、って話でしたのに、勝手な事喋っちゃって」「いやいや」エレベーター前にたどり着いた古田は、ボタンを押しエレベーターを呼び出す。「高畑さんが、謝る必要は無いです。無理を言って今日、来てもらった訳ですから。でも、高畑さんが、いきなり親父に対して『いいお付き合いをさせてもらっています』って切り出した時は俺、ガチで焦りましたよ」「すいません、古田さんの説明だけじゃ弱いかな、って勝手に思っちゃったんです」瑞穂は舌を出し、イタズラっぽく笑う。「かもですね」その瑞穂の笑顔に釣られ、古田も笑った。「けど、高畑さんがああいう風に言ってくれたから、親父も俺と高畑さんが『いいお付き合いをしている』って思ったんじゃないですかね。親父、やけに嬉しそうでしたし。そういう意味では、高畑さんのあのアドリブは、ファインプレーですよ」純朴な古田の言葉に、瑞穂は『実際は、お父さんは古田さんの「心遣い」に感謝してたんですよ』と突っ込みを入れたくなったが、瑞穂はもちろんそれは口には出さない。エレベーターのドアが開き、古田が①のボタンを押すと、エレベーターはゆっくりと下降を始めた。「でも、思ったより元気そうで良かったですね」エレベーターが下降している最中、瑞穂は古田に背中に視線を送る。「そうですね……。まだ、意識もハッキリしているみたいですしね」古田は返すと、小さなため息を一つ吐く。「けど、いつ容態が急変するか分からないらしいです。ガンが、全身に転移しちゃってるらしいですからね。医者は、予断を許さない状況だ、って俺らに言ってました。まっ、ああいう風に会話していると、そうなるってのが、とても信じられないんですがね」「……そうですか」返す言葉に窮した瑞穂は、そのまま黙り込んだ。エレベーターが着床した。ドアが開き、瑞穂ら二人はエレベーターを後にすると、駐車場に向かう。·「あっ、古田さん、ちょっと待ってて下さい」病棟の出口に向かっている最中、瑞穂
last updateLast Updated : 2025-07-30
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・Chapter(53) こいのうた②

古田は、いい人だ。不器用で口下手ではあるが、それを補ってあまりあるくらいに。そして、瑞穂は古田のそんな一面に好感を抱いていた。しかし、これは「恋心」なのだろうか。和田マネージャーとの恋が終わった時、確かに瑞穂は「誰かに話を聞いて欲しい」と思い、LINEのみでしか繋がっていない古田に連絡をした。先程、古田の父親と顔を合わせた時、「いいお付き合いを、させてもらっています」と、事前の打ち合わせもないにも関わらず、その場限りの嘘を古田の父親に対して告げた。が、これらの行為が自身の何から引き起こされたモノかと問われれば、瑞穂は説明する事が出来ない。それに対する答えを出すには、少し時間が欲しかった。今はまだ、答えを出せない。和田マネージャーに対する失恋の痛手が、未だ自分の中から消え去っていないのだ。その傷が癒えた時、おそらく自分の中で古田に対する答えが出るのであろう。この気持ちが、古田に対する純然たる恋心なのか、それとも一時期な気の迷いなのか……。「高畑さん、もうすぐ着きますよ」その時、古田がハンドルを切りながら瑞穂に話し掛け、瑞穂はハッと我に返った。「なんか、疲れてそうですね。ずっと、上の空って感じでしたし」「そうですね、昨日ちょっとドタバタしてましたから……」問われた瑞穂は、ごまかすように苦笑する。「朝、起きたら知らない人の家だったし」「ですね。アレは、確かに起きた時、かなりビックリしましたもん。なんだ、この天井って」「そういや、高畑さん。起きてすぐ、変な事されてないか、身体をしきりにチェックしてましたもんね」「そりゃ、しますよ。だって、意識無くなる直前までの記憶が男の人と飲んでいた、ですよ。そりゃ、古田さんは『いい人』かもですけど、言っても男性じゃないですか。変な気起こす可能性もあるから、一応確認はしますよ」「俺、高畑さんの指示通りに動いただけなのになー。『一人で帰るのは嫌だから、古田さんの家に泊めて』って、高畑さんに言われたから実行しただけなのに」「……いや、まぁ結果的には助かったかもなんですけどね。多分、あのまま一人で帰らされてたら、朝起きれないわ、部屋でリバースとかしていた可能性もありますからね」「えっ、高畑さん。部屋でゲロった事とか、あるんですか?」「しませんよ、そんなの!たとえばですよ、たと
last updateLast Updated : 2025-07-30
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・Chapter(54) 相談

「……なるほどね」瑞穂の話を聞き終えると、多香子は僅かにジョッキに残っていたビールを一息に飲み干した。そして、店内を徘徊していた店員を捕まえると「お兄さん、梅酒ロック一つ!」と、赤ら顔で告げる。「まぁ、話を整理させてもらうけど……」カウンターに置かれた、カマンベールもちにケチャップをつけながら、多香子が瑞穂に問い掛ける。「つまり、和田さんは結局、ヤラれ損って訳なのね?」「うん、そう」思い返しても腹立たしい出来事である為、瑞穂は眉根を寄せながら頷くと、ため息を一つ吐いた。「で、今、アンタが気になってるのは、古田さんと……。確か、あのバーベキューの時に迎えに来てくれた、ヒゲのイケメンだよね」「うん」瑞穂は再び頷くとビールを一口飲み、言葉を続けた。「でもね、姉さん。まだ、アタシ的には古田さんの事がよく分かってない状態なんだ。何か、好き、っていう状態なのかどうか、まだ分からなくて。でも、気になってるっていうか……」その時、先程の店員が梅酒ロックを多香子の前に置いていく。「ありがと」多香子は愛嬌を振り撒きながら店員に礼を述べると、瑞穂に向き直った。「で、古田さんとは、また会う約束をしたの?」多香子の問い掛けに、瑞穂は「したよ」と頷く。「年が明けてしばらくしたら、またLINE送りますって、言った。でも、古田さんは、なんか上の空って感じで聞いてたな。何でかは、知らないけど」「そっか」多香子は梅酒ロックを二口程飲むと、店内をぐるりと見回した。「しかし、この店。初めて入ったけど、結構雰囲気いいね」多香子は、酒臭い息を吐きながら述べる。ここで、時計の針を少しさかのぼらせる。先週、和田マネージャーに杉浦マイとの結婚の報告を切り出された瑞穂は、駅での慟哭を経た後、親友である多香子にLINEを送った。『お疲れさまです。この間は、トンカツごちそうさまでした♪姉さん、もう帰った?もし、そうじゃなかったら、また晩ごはん一緒に食べて帰りたいんだけど・・・』しかし、急な誘いであった為、多香子からは『行けない』という返信が、申し訳なさそうに返ってきた。が、「次の週なら大丈夫。予定を空けておきます」という返信も付け添えられており、その文言に従った瑞穂は迎えた金曜日。早速、多香子を誘い出し、彼女の会社の近くにある居酒屋で一杯やりなが
last updateLast Updated : 2025-07-30
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・Chapter(55) また来年!

「いや、つまりさ……」梅酒ロックを二口ほど飲み、多香子は充血しきった目を瑞穂に向ける。「古田さんも、失恋して間もない訳でしょ?マイって子が好きだったけど、あっけなく振られて、しかもその相手は同じ高校のセンパイだった。これって、アンタと立ち位置がほぼ同じじゃん。だから、古田さんはアンタみたいに、『俺は高畑さんの事を、好きなんだろうか』って思い悩みながら、毎晩ベッドの上でしこったりしてるかもよ」「……最後、余計だけどね」躊躇なく発せられる多香子の下ネタに、瑞穂は露骨に顔をしかめた。「高畑さぁん!」「やめて。動きつけないで。ってか、想像したら気持ち悪くなってきた」「まっ、冗談はこれくらいにして……」冷ややかな反応を見せている瑞穂を横目で見ながら、多香子は苦笑交じりに続ける。「話戻すけど、その辺の気持ちはこれから二人で会っていけば、お互い分かってくると思うよ。アンタにしても、古田さんにしてもさ。もし、それでいい関係が築けそうなら、さっきみたいに付き合えばいいし、年収とかに不満があるんだったら徐々にフェードアウトしていけばいいと思う。年が年だし、付き合うってなったら結婚も頭に入れときゃなきゃいけないしね」瑞穂は「そうだね」と頷くと、「付き合うってなったら、結婚前提で考えなきゃいけないんだね」と洩らし、突っ伏すように組んだ手に頭を載せた。「アンタが、もう少し遊びたいのなら別だけど」多香子は片目をつむり、最後の一つとなっていたカマンベールチーズもちを口に入れる。「いや、それはさすがに……」瑞穂は力ない表情を浮かばせながら、首を左右に一回振った。「オムソバでーす」その時、店員が事務的な口調を添えながら、料理を二人の前に置いていく。「ごゆっくりどうぞー」店員は事務的な口調を保ったまま付け加えると、足早に瑞穂ら二人から歩き去っていった。「……じゃ、落ち着いたら、ちょっと古田さんにアピールしてみようかな」呟くように瑞穂は言うと、オムソバをを口に入れた。「そうそう、その意気。で、今度は介抱されるんじゃなく、ちゃんと抱かれちまえ」多香子は返すと、瑞穂に続く形でオムソバを反対側の端から取り、取り皿へと入れる。「……電気工事って、儲かるのかな」「それは、古田さん本人に聞けばいいじゃん。そんなの、アタシ達が分かる訳ないんだし」多
last updateLast Updated : 2025-07-30
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・Chapter(56) 望まぬ再会

30代という新たなステージで迎えた瑞穂の年越しは、20代後半時と代わり映えする事なく、特にドラマティックな要素もないまま過ぎ去っていった。エアコンのフィルターの掃除。万年床となりつつあった布団の日干し、読まなくなった文庫本の処分など、年末の休みを利用しての部屋の大掃除を終えると、瑞穂は電車で30分という距離である、実家へと帰った。「アンタもいい年になったけど、誰かいい感じの人いないの?」年越しそばを食べている時、フランクな口調ではあるが、切実な想いを込めて訊いてくる母親。その母親の問い掛けに瑞穂は、「今は仕事が忙しくて……」と答える事でやり過ごしたが、瑞穂を慮《おもんぱか》ったその空気は、実家であるというのにカミソリを尻に敷かれたような居心地の悪さを抱かせた。元日になると、既に結婚している弟が子供と奥さんを連れてきた。「明けましておめでとうー!」快活に年始の挨拶を述べ、実家に上がってきた弟は、こたつに入るやいなや、瞬く間に高畑家の中心へと躍り出た。その弟の要領の良さと愛嬌に、瑞穂は少なからずジェラシーを抱いた。一体、どこでこうも人生における差がついてしまったのか。子供の時、自分にとって弟は「口の悪い召し使い」であったハズだ。それが今や、自分を差し置いて結婚をし、子供ももうけ、仕事においても家庭においても何不自由のない生活を送っている。姉である自分の理不尽な要求に応えていく事で身に付いた処世術が、今現在の人生において活用されているのだろうか。だとすれば、皮肉な話だな、と瑞穂は思った。「お義姉さん、明けましておめでとうございます」自分より器量がよく性格も良い、申し分のない義理の妹。高畑家のアイドルとして皆の耳目を惹き付ける、足元のおぼつかない甥っ子。弟が手に入れたそれらのモノは、かつて瑞穂が思春期に夢描いていた「愛する人との幸せな家庭」のビジョン、そのものであった。「姉ちゃんも、早くいい人見つけて母さんに孫抱かせてやれよ」どこか見下ろした口調で瑞穂に述べる弟の皮肉に瑞穂は「黙れ」と一喝すると、弟の肩に力いっぱいパンチを食らわせた。·高畑家総出の初詣を元日に終え、2日に自宅へと帰ると、年賀状が郵便受けに入っていた。会社の上司、同僚。何度もやり取りをした事で、個人的に名前を覚えられた、取引先の部長。会社をやめた子達も、何人
last updateLast Updated : 2025-07-30
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・Chapter(57) 告白、破綻

「実は、私。結婚する事になったんですね。相手は……、和田さんです。確か瑞穂さん、和田さんと会社が一緒ですよね?だから、もうダイちゃんから……。じゃない、和田さんから聞いてるかもですね。あの、ここだけの話なんですけど、私。和田さんの事が、子供の時からずっと好きだったんですね。初めて和田さんに会ったのは、私が小学生の時です。野球部の集まりか何かで、ウチに当時の主だった野球部の部員の人が何人か来たんですね。で、ナギーさんとかに混じって、和田さんを初めて見たんですけど、その時から和田さんって、優しくてしっかりした人で凄く格好いい人だな、って思ったんです。もう、一目惚れでしたね。心、ドキドキして止まらない、っていうか。そして、小学生ながらに思いましたよ。私、この人と絶対結婚する、なんて。で、今となっては笑い話なんですけど、小学生だっていうのに、私。トイレか何かで、和田さんが一人になったの見計らって追い掛けると、その勢いのまま和田さんに告白したんですね。『和田さん、私と付き合ってくれませんか?』って。そしたら和田さんは、苦笑いを浮かばせて私の頭に手を置くと、こう返してきたんです。『ありがとう。でもね、俺、マイちゃんと付き合う事は出来ない。マイちゃん、まだ小学生だしね。まだ、子供だってのに、仮にマイちゃんと付き合ったとしたら俺、マイちゃんのお兄さんから殺されるよ。あの、誤解しないで欲しいんだけど俺、マイちゃんの事が嫌い、って訳じゃないからね。マイちゃんは、小学生とは思えないくらい可愛いしね。多分、俺がマイちゃんと同い年なら、喜んで付き合ってるよ。でも、俺から見たら、マイちゃんはやっぱり「先輩の可愛い妹」なんだよ。付き合う事は出来ないけど、マイちゃんのその気持ちだけは受け取っておくよ。ありがとう』和田さんからこう言われた時は、ショックでした。そして、なんで私、もっと早く生まれてこなかったんだろう、って思いましたよ」その時、ウェイトレスがカフェオレを持ってくる。杉浦マイはそれを受け取り、スティックシュガーを入れると、カフェオレをスプーンでかき混ぜる。「で、和田さんに振られた訳なんですけど……」かき混ぜたカフェオレを杉浦マイは一口飲むと、再び語り始める。「でも、私。どうしても、和田さんの事が諦めきれなかったんですね
last updateLast Updated : 2025-07-30
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・Chapter(58) ロスト

「もしかして、年末から私のLINEが未読のままだったのって、やっぱり私をブロックをしていたんですか?それとも、LINEそのものを返す気がなかったとか。私、ブロックされたらどうなるとか分からないですけど、もしLINEを返したくないって思ったのなら、ハッキリした理由を言ってくれませんか?理由も全然分からないのに、そんな風に勝手にキレられても、私的に意味が分からないんですよ」「……別にキレてなんかいないよ」瑞穂は返すが、言葉とは裏腹に表情は険しく、その口調も抑揚を欠いた淡白なモノであった。「じゃあ、LINEを返さなかった理由だけでも教えてくれませんか?」納得がいかない杉浦マイは、冷ややかな声で徐々に瑞穂を追い込んでいく。「私、年末から何回かLINE送りましたよね?『報告したい事があるんで、また食事にでも行きませんか?』って。けど、瑞穂さん、LINEを一切見ようとせず、ずっと未読のままスルーしてましたよね。一体、なんなんですか?私が、何をしたっていうんですか?確かに私、和田さんと付き合いだしてから、そっちの方を優先して、瑞穂さんの食事の誘いを何回か断ったりしてましたよ。けど、それだけでこっちのLINEを無視とか、全然意味が分からないんですけど。あの、もしかしてなんですけど、私と和田さんとの結婚が、瑞穂さん的にそんなに腹立たしい事なんですか?」杉浦マイが最後に述べた一言は、今の瑞穂にとってタブーとも言える、一言であった。「私と和田さんとの結婚」という一言で、これまで抑え込んでいた感情を爆発させた瑞穂は、口内に溜まった言葉の弾丸を次々と杉浦マイに向けて発射していった。「……あぁ、そうだよ!アンタが最後に言った通りだよ!和田マネージャーとアンタが結婚するっていうの、アタシ的に気に入らないよ!心から歓迎出来ないよ!アンタもさぁ、アタシが無理矢理、和田マネージャーのバーベキューに来たって時点で、少しは考えなよ!そういうの一切考えず、バカみたいに『子供の時から好きだった和田さんと結婚します』って報告とか、いちいちしなくていいんだよ!それ聞かされて、アタシがどう思うとか全く考えない訳?人の気持ちとか一切考えずに、そうやって今まで生きてきたから、結婚式の友人代表のスピーチとか二次会の幹事とか、マトモな友達じゃなく、知り合ったばかりのアタシ
last updateLast Updated : 2025-07-30
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・Chapter(59) 古田の場合①

鼻をつく出汁《だし》の匂い、蒸気に満ち溢れた店内。天井近くに備え付けられた、時代遅れのブラウン管のテレビ。そこから流れる映像の一つ一つにダミ声で突っ込みを入れる、酔客の群れ。薄暗い商店街を抜けた先にある、集合住宅一階に居を構えたその居酒屋は、家庭的なおもむきが強調された独特の佇まいをしており、女性が立ち寄りそうな華やかさは皆無である。ブラウン管真下のテーブル席で、もつ鍋を食べていた古田克明《ふるたかつあき》は、酔客どもが発するダミ声を聞きながら、グラスに半分程残っていたビールを一息に飲み干した。「おぉー、いくねぇ」古田の対面に座っていたセイヤは、その飲みっぷりに顔をほころばせると、瓶を傾け、空いた古田のグラスにビールを注ぐ。「ありがとうございます」古田は頭を下げると、攻守交代とばかりに瓶ビールを受け取り、セイヤがグラスを空けるのを待った。「おっ、サンキュー」セイヤもビールを飲み干すと、グラスを差し出し、古田にビールを注いでもらう。「家の方、大分落ち着いたのか?」セイヤはビールを一口飲むと、古田に目を向け、尋ねた。「まぁ、それなりに……」「親父さん、いくつだったっけ?」「60です。ちょうど還暦でした」「若いなぁ……」セイヤは腕組みをしながら、沈痛な表情を浮かばせた。「ずっと、走り続けていた人生でしたからね」古田も表情を曇らせ、言葉を返す。「多分、俺に店を任せて、走るのをやめた時点で、今までの無理がいっぺんに襲いかかってきたんでしょうね。そういう意味では、太く短い人生だったというか」「太く短い、ねぇ……」古田の言葉に、セイヤを天を仰ぐ。「まぁ、本人が納得した人生なら、それにこした事はねえんだけどよ。しかし、早いよなぁ」そして、付け加えるように述べると、セイヤは空いた小鉢にもつ鍋を入れていった。「で、店は?」「廃業ですよ」セイヤの言葉に、古田は苦笑を浮かばせた。「在庫も殆ど処分しましたしね、これからは電気工事一本で食っていきますよ。まぁ、親父が倒れる前から店の方はほぼ開店休業状態でしたから。従業員もやめて、おふくろが一人で店番してても事足りる状態でしたし、開けててもメリットがないんですよ」「そうか」セイヤは頷くと、白菜ともつを口に入れ、ビールでそれらを流し込む。·「自分ら、二人でココ来んの、ホンマ久し
last updateLast Updated : 2025-07-31
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