All Chapters of 変わり者令嬢がやさぐれ勇者の嫁になりまして: Chapter 11 - Chapter 20

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第2話・幽霊島へ行きまして 7

 しかし冒険は決して楽しい時間だけではない。 勇者の屋敷に辿り着いたミオは与えられた部屋で荷物を片付けている内に日は暮れる。見せてもらったが、洞窟上部の巨大シャンデリアがゆっくりと暗くなっていく光景はなんとも幻想的で美しいものであった。 勇者はまだ海竜の回収に時間がかかっているらしい。 なので彼を待たずに先に夕食の時間となった。 しかし自分の席に置かれた夕食を見てミオは我が目を疑ってしまう。「……え」 夕食は小さなパン一つに野菜クズと言うよりは野菜の欠片をかき集めて煮たようなスープ。そして小さな肉が一切れと言うメニューであった。ミオが今まで見たどんな夕食よりも質素いや粗末な食事である。 驚き言葉を失うミオの隣りで、しかしアルマは嬉しそうな声を上げた。「おっ今日は肉がある、豪華だな!」「これが……豪華」 アルマの歓喜の声に唸るようにミオが呟く。そんなミオに向かいの眼鏡の青年が苦笑いした。「フロード王国の貴族階級では考えられないかも知れないけどね、我々の食生活はいつもこんなものさ」 眼鏡の青年、グリモワールがミオにそう告げる。彼はハーフエルフの青年で、アルマと同じく勇者と共に旅をした魔法使いだ。どんな魔法も使いこなす万能の魔法師と聞いている。「そう……ですか」 確かに家ではこんな質素な食事をしたことがない。ちらりと屋敷の食堂を見渡す。食堂はお世辞にも広くて立派なものとは呼べないが、隅々まで掃除が行き届いておりテーブルクロスも汚れ一つなく清潔である。 安物の花瓶に可愛らい野花が活けられており、カトラリーもけっして高級な品ではないがピカピカに磨かれていた。 貧しくはあるが決して不潔でもだらしない訳でもなく、まさに清貧と言葉が相応しい。 ミオが恐る恐るスプーンを手にしてスープに手をつけようとした時である。「文句があるなら食べなくていいぞ」 その時だ。 よく通る、しかし底冷えのする声が食堂に響く。 ミオが声の方、食堂の入り口を見るとそこには一人の青年がいた。 肩まで伸びた漆黒の髪、中肉中背と言うよりはもう少し細身の肉体が質素な青いブリオーチュニックに包まれている。 幼さと精悍さを合わせ持ったような顔立ち。そして何より火焔鷲よりも鋭い眼光の漆黒の瞳がミオを射抜いていた。 目の前にいる男こそ、勇者、レイ・シュタインである。「勇者様
last updateLast Updated : 2025-06-06
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第2話・幽霊島へ行きまして 8

 結局あれから就寝までレイと顔を合わすことはなかった。 自分は外交の窓口になることは難しい。けれど、その他のことなら何でもする。だからこの島にいさせてくれないかと頼み込んで了承を得るしかないのである。 そうしなければミオは本当に野垂れ死にする以外なくなってしまう。 そのためにミオは夜にレイの部屋を訪れていた。 ノックをして名を名乗ると、長い沈黙の後でレイは部屋のドアを開けてくれた。ドア越しにレイは開口一番こう言った。「王国に帰る?」 恐らくさっさと帰ってほしいと言うのがレイの願いなのだろう。「……いえ、帰りません」 本当は「帰りません」ではなく「帰れません」だがあえてミオはそう言った。「いや、だから何しに来たんだって話なんだけどさ」 大袈裟に呆れた顔をしてレイはそう返す。「私に出来ることでしたらなんでも言いつけてください」 それはミオの心からの言葉だった。勇者の嫁としてこの島で暮らすために自分はここに来たのである。 父から無理矢理に送り込まれた政略結婚ではあるが、それでもレイはミオが尊敬する勇者、レイ・シュタインなのだから、ちゃんと前向きに頑張りたい。 自分に何が出来るのか全く分からないけど。「何でも? じゃあ今裸になれと言ったら?」 しかしレイの言葉は嘲笑混じりの冷ややかものである。その言葉の意図を察してミオは息を呑んでしまう。「まあまあ無理しなくていいから。今日のところは部屋で寝たら?」 優しい言葉とは裏腹に冷笑を向けるレイにミオは一度下唇を噛む。「……なります」「は?」 ぐいとレイの胸元を手で押して、ミオは半ば無理矢理レイの部屋へと入った。 生まれて初めて入った男の人の部屋は、男性特有の匂いがしてその違和感に思わずミオはごくりと息を呑んだ。 しかし決意したように無言で着ていた夜着に手をかける。「おい、」 レイが驚きの声を上げる。 それに構わずにミオはえいと内心で気合いを入れると、シュミーズドレスの背中のリボンを解いて、パサリと足元に脱ぎ捨てた。「……いかがでしょうか」 両手を胸を隠してミオはレイの目を見てそう告げた。貴方の嫁なのだから恥ずかしくないのだ。と言いたげになるべく凛とした言い方をしたかったのだが、情けないことに全身どころか声まで羞恥に震えてしまう。「……まだ一枚残ってるだろ」 そんな恥じら
last updateLast Updated : 2025-06-06
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第2話・幽霊島へ行きまして 9

「ああっ!ひゃううっ!!」 メリメリと未通の狭路を無理矢理押し広げられる痛みにミオの両眼から思わず涙が溢れた。 レイはゆっくりとしかし確実にズブズブと腰を進めて、やがてミオの花芯の最奥まで貫く。「誰も助けちゃくれないんだよ、この世界は」 体が繋がったまま、レイが凄惨にそう嘲笑する。だがミオに向けられたその笑みはとても悲しげで不恰好なものだった。「ほらな誰も助けちゃくれない。お前も見捨てられたんだ。散々利用されて、こんな島に捨てられて、こんな目に遭って。ははっ馬っ鹿じゃないの。お前ももう終わりなんだよ」 その笑みがあまり哀れに思えて、破瓜の痛みと恐怖に自身の頬に伝っていた涙が急速に冷えていくのをミオは感じた。(ああ……この人は……) こうして見上げてじっくりと見つめてみると、悲しげに歪められた漆黒の瞳は思ったよりもずっと幼く見える。表情が固く険しかったために大人びて見えるだけで、本当はミオとさほど年は変わらないのかも知れない。(この人は……私と一緒なんだ、いえ、違う) いや自分なんかと比べるのも烏滸がましい。無理矢理こんな世界に召喚されて訳も分からぬまま勝手に勇者呼ばわりされて、命懸けで無理矢理戦わされて、それでも彼はこうして頑張って戦って生き抜いてきたのだ。 それなのに自分のような役立たずを嫁として押し付けられて元の国に帰るのを我慢させられようとしている。 そんなのあんまりじゃないか。 それは無意識の行動だった。 ミオは自分を犯している男の、自分を見下ろすレイの頬にそっと指先で触れる。 その感触にレイは一瞬はっと驚いた顔をした。そしてその指先に自身の手を重ねる。振り払われるかと思ったが彼はミオの手を振り払おうとはしなかった。「ふざけんな……っふざけんなクソが……っ!」 そのままレイは顔をくしゃくしゃに歪めて悪態を吐く。 自分を組み敷いて痛めつけているはずの彼の方がよっぽど痛くて辛そうな顔をしていた。「こんな世界嫌いだ……っ月が二つもある世界なんて知らない……っ、魔物がいる世界なんかもう嫌だ……っ」 そう言って彼の漆黒の瞳からはらはらと透明な雫が伝い落ちる。そしてそれはミオの白い胸元に雨粒のように落ちていく。 とても綺麗な涙だ。 ミオは不謹慎にも彼の涙をそう思ってしまう。「東京に帰りたい……家に帰りたい……!」 子供の
last updateLast Updated : 2025-06-07
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第3話・勇者の嫁として頑張ると決意しまして 1

 痛ましい夜を過ごし朝の光の眩しさにミオが目覚める。ベッドの中で辺りを見回すと既にレイの姿は何処にもいなかった。 幽霊島で初めて迎える朝である。 窓の外は洞窟の中なのに地上と変わらないくらいに明るい。洞窟内はあの巨大なシャンデリアが照らしているはずだ。 昨夜、レイがいなくなった後の夕食の席でグリモワールが言っていた。あのシャンデリアの擬似太陽は古代の魔族が作ったらしい。太陽を創り出せる魔法なんて聞いたこともない。一体どんな大魔法なのだろうか。 ぼんやりと考えながらもベッドの上でゆっくりと上半身を起こす。ギシギシと体中が痛む。「……っ」 特に股関節、そして秘所を中心に感じる痛みに昨晩の出来事をまざまざと思い出してミオは悲痛に顔を顰めてしまう。甘い初夜を期待していた訳ではない。しかしこんなに暗澹たる初夜があるだろうか。   窓の外は明るく爽やかな朝なのに、気持ちは時間が経つに連れてどんどんと落ち込んでしまう。(レイ様……泣いてらした……) しかし自身の純潔が散らされたことよりも、レイの方が苦しそうだったことがミオには辛かった。 苦しそう、ではなく事実レイの方が苦しいのだろう。家族と引き離されて見ず知らずの場所に連れて来られて、命懸けで戦わされて結局は騙されていたレイの方が何倍も苦しいに決まっている。 だがミオはレイではない。苦しいと一方的に決めつけるのは彼の痛みを勝手に分かったつもりになる気がした。それは多分、悪いことだ。 人の痛みなんて真に共感できる訳がないのだ。それを勝手に分かったつもりになるのは良くない。ましてミオはレイの加害者であるフロード王国の人間なのだ。無神経に可哀想なんて思うのは彼をいたずらに傷つけるだけだろう。(どんな顔をして会ったらいいのかな……) 窓の外は真っ白な光が差し込むほど明るいのに気持ちは真逆にどんよりと曇ってしまう。 重々しい溜め息を吐いてミオはのろのろとベッドから下りた。レイの部屋には資料や書物が散乱している。そのまま痛みを堪えながら服を着て用意された自室に戻った。 用意された部屋にドレッサーはない。昨晩泣いたせいか手鏡の中の自分の目はパンパンに腫れて今にも泣きそうな顔をしていた。 顔を洗うための水がほしい。そう思って痛みに軋む体を無理矢理動かして再び廊下に出る。 するとメイドが廊下の向こうから現れ
last updateLast Updated : 2025-06-07
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第3話・勇者の嫁として頑張ると決意しまして 2

 陽が高くなる頃には体の痛みも薄れ、ミオが散歩の為に外に出ると町は活気に満ちていた。 皆身なりは貧しい。街自体もボロ切れを繕った店舗の庇やツギハギだらけの家が立ち並ぶが皆明るい顔で新しい町を作っている。恐らくは一度、赤竜にこの街も破壊されたのだろう。国を興すというのは初めて見る光景だったが、皆希望に満ちた顔をしていた。 広場に出ると帽子を被った吟遊詩人が竪琴を手に歌の練習をしている。 彼が練習しているのは勇者レイ・シュタインを讃える歌であった。  盗賊退治から始まり魔犬退治。 魔獣が守る聖剣の奪還。 灼熱の砂漠に眠る神鎧の捜索。 剣の山に棲まう巨人との一騎打ち。 そして幽霊島を根城にする赤竜との死闘。 彼の武勇伝が竪琴の音に合わせて異国情緒溢れる軽やかな見事な歌になっていく。 彼の涙を見るまではミオにとってその歌は心躍る英雄譚でしかなかっただろう。勇者レイはなんて強いんだと無邪気にその勇敢さを讃え勝利の言葉に歓喜しただろう。 しかしレイにとってはどの戦いも一歩間違えば死んでいたのだ。それでも元の世界に帰りたい一心でただの青年であった彼は二年に渡って戦い続けたのである。 その結果がミオの国、フロード王国による手酷い裏切りだ。「……っ」 その歌を聴いている内に知らずミオの双眸から涙が零れてしまう。 勇者はどんなに辛かったのだろう。 たった一人で見知らぬ土地に放り出されて、どんなに孤独で不安だったのだろう。 恐くて苦しくて痛くて、でも逃げることも出来なくて。 そうして戦って戦って戦い続けて。傷を増やして。身も心も摩耗して。「どうしたお嬢ちゃん?」 とうとう泣きじゃくってしまうミオに声をかけたのは先まで歌っていた吟遊詩人その人であった。「……すみません……あの」「もしかして僕の歌に感動して?」「いえ、そう言う訳では……あっいや違っ」 うっかり失礼極まりない本音を話してしまい、涙を拭いながらも慌ててミオが否定する。「ははっいいよ僕もしゅぎょう中の身だしね。うん、もしかしなくてもレイ様のことだよね」 しかし無礼な発言にも吟遊詩人は気にした風もなく笑って話を続ける。「あの人は凄い人だよね」「はい……」「僕はこう見えても魔族なんだ」 そう言って被っていた三角帽子を取ると山羊のような一対の角が生えていた。人間と魔族は不可
last updateLast Updated : 2025-06-08
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第3話・勇者の嫁として頑張ると決意しまして 3

「あの国にしたら災厄である赤竜を斃したんだから、次の脅威はレイ様だろう。つまり次期魔王と言うことさ」「な……」 吟遊詩人の言葉に背筋がゾッとした。勇者レイ・シュタインは間違いなくフロード王国の被害者である。だからこそ当のフロード王国は赤竜を斃した最強の勇者は王国の城壁を吹き飛ばし、今幽霊島にて復讐のために英気を養っていると考えている可能性があるのだ。それはまさに大国への復讐に燃える魔王に他ならない。「まさか……そんな……」「だってフロード国の城をぶっ飛ばしたんだろう? スカッとするよな」「せ、戦争はダメです!」 ミオの声を聞いたのか広場近くにいた酔っ払った老人が声を上げた。「さっきから黙って聞いてれば、さてはお前、フロード王国の手先か!」 その言葉に驚いたミオは黄昏色の瞳を一杯に見開く。ミオに向かって怒鳴る老人の顔は酔いと敵意で真っ赤に染まっていた。「返事がないってことはそうなんだろう!この人でなしめ!」 その酔っ払いの声に呼応したのか他の人々も次々と敵意に満ちた声を出す。「そうだあの国だけは許しちゃおけねぇ!ろくでなしの悪魔共め!」「あの国の王は俺ら貧民窟の人間をとっ捕まえてこの幽霊島に捨てやがったんだ! 抵抗した俺の親友は兵士に殺されて海竜の餌にされたんだぞ!どうせお前も貴族の娘なんだろう!」「私は恋人を殺されたわ!あの人を返してよ!」「あ……」 フロード王国の人口増加による棄民政策。十年前にそれを提案したのは他でもないミオの父であるベトルーグ・エヴェーレンである。 だから、全く間違ってはいないのだ。ミオは彼らを酷い目に遭わせた張本人の娘であることは間違いない。ミオ・エヴェーレンは彼らの憎き敵であるのだ。 そしてその貴族の父親は今度は実の娘を不要だからと次期魔王の生贄に差し出した。 ただそれだけのことなのである。(私は捨てられたんだ……) 分かりきっていたことを再度口の中で反芻する。 見ず知らずの人々に敵意に満ちた目を向けられ、大声で怒鳴られる。そんな状況にミオは悲しむことも怒ることも出来ずにただパニックを起こしてフリーズしてしまっていた。 人間、窮地に陥ると声一つ出せなくなってしまうと言うのはどうやら本当らしい。石像のように固まり続けるミオに向かって人々は更にヒートアップして更に罵倒を浴びせかける。 血も涙もない
last updateLast Updated : 2025-06-08
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第3話・勇者の嫁として頑張ると決意しまして 4

 グリモワールはダークブロンドの長い髪を緩く一つに纏め眼鏡を掛けている。しかし彼の特徴はその長く尖った両耳だろう。彼はエルフの魔法師なのである。 苛烈な攻撃魔法も補助魔法も回復魔法も使える万能の魔法師だとミオは聞いていた。 ミオとグリモワールは二人並んで広場から離れた商店街を歩いていた。商店街は昨日と変わらず賑やかに活気づいてはいるがミオの心は晴れない。あまりにも先程のことがショックだったのである。「先程は島の皆さんが無礼を働き、申し訳ございません。お怪我はありませんか」「いえ、大丈夫です……」 穏やかな声色に頷いた後、ミオは自虐的な笑みを浮かべる。「……本当のことですので」「貴方のお父上、エヴェーレン公爵とは私も何度かお会いしたことがあります。とても……怜悧な方でした」「狡猾と仰っていただいて結構です」 非道な男だとは思っていたが、そのせいでここまで他人に剥き出しの敵意を向けられると庇う気も失せてしまう。 ミオの言葉にグリモワールは苦笑いを浮かべた。その笑みにミオはつい言葉を続けてしまう。「狡猾で、冷酷で、残忍で、利己的な人なんです。いつだってそう。レイ様を騙したのもきっと父が国王を唆したんだと思います」「お父上をそのように言うものではありませんよ」 確かグリモワールは勇者のパーティに加わる前はエルフの村で教師をしていたと何かで読んだ。確かに柔和な表情も優しい口調も教師らしい。と言ってもミオは家庭教師しか知らない。フロード王国の貴族の娘は通常学校には行かず、住み込みの家庭教師を雇うものなのだ。「いいえ、本当は勇者の嫁としてここに来るのは私ではなく妹だったんです。国で一番美少女と言われる妹を差し出せと言うのが国王の命だったんです。けれど妹可愛さに父は私を身代わりに……」 そのでミオはようやく口を噤む。こんな悪口に近い愚痴をグリモワールに伝えるのはどうかとやっと我に返ったのである。「だから、私が石を投げられるのは仕方ないんです。極悪非道の男の娘はやはり極悪非道なんですから」 それでもやはり自虐はしてしまう。そうでもしなければ、生まれて初めて他人から向けられる強烈な悪意は耐え難いものなのだ。「んー、貴方が極悪非道と言うことはないですね」「なんでそう言い切れるんですか?」 だがグリモワールはなんてことのない風に答える。その態度に少
last updateLast Updated : 2025-06-09
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第3話・勇者の嫁として頑張ると決意しまして 5

「ところで私たちはどこに向かっているのですか?」「ああ、正門ですよ。そうでした。すみません。言い忘れていたのですが転送陣の番人から貴方宛の荷物が届いたと言伝を預かったんです」「私宛ての荷物?」 そんなもの覚えがない。ミオが首を傾げると背後から声をかけられた。「おはようミオ、グリモワール先生」 見ればピラートがニコニコと立っていた。緑色の髪は今日は頭頂部に高く一つに結えられている。我々の世界ではポニーテールと言うものだ。「二人でどこに行くの?」「正門ですよ」 グリモワールが答えるとピラートはますます笑みを輝かせる。キラキラのまるで花の香りを纏った春風のような笑みだ。「私もついてっていい?」「もちろん」 道中色々なことを話し色々な珍しいものを目にした。 そして正門に到着すると確かにミオ宛の荷物がある。大きな木箱が二つもあった。「私の本……!」 箱の中身を見てみれば隠れ家に置いてきたミオの本がぎっしりと詰められている。 そして一通手紙があった。自分に唯一良くしてくれたメイド長のスーマからである。『ミオお嬢様。隠れ家の本は捨てられる前に送らせていただきます』 確かにこの程度の荷物であれば、大きな町に一つはある転送陣による転送魔法で事足りる。魔法陣から魔法陣を転移させる簡易な転送魔法は生き物以外であれば一瞬で目的地に送り届けられる。だが転送陣の使用料はけして安くはない。 だから通常、荷物は海運や陸運で運ばれる。 しかしそれだと昨日の海竜のように魔物に襲われる可能性もあるのだ。費用はかかるが転送陣の方が安全かつ迅速に荷物を運べる。(ありがたいな) スーマの餞別のつもりなのかも知れない。ミオはスーマが書いた彼女らしい几帳面な字を見つめていると先ほどまで冷え切っていた自身の胸がじんわりと温まっていくのを感じた。「面白そうな本が沢山ありますね。僕も読ませてもらっていいですか?」 箱に入った本の背表紙を軽く眺めたグリモワールがそう尋ねる。「ええもちろん。グリモワールさんには易しすぎる本かもしれないけど」「やめてください。僕だってまだ知らないことはたくさんあるんです。それに子供たちの勉強にも使えますし」「うげ」 グリモワールが発した「勉強」と言う言葉に横で聞いていたピラートが顔を盛大に顰めた。「勉強は大切ですよピラート」 いかに
last updateLast Updated : 2025-06-09
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第3話・勇者の嫁として頑張ると決意しまして 6

 それから数日後のことである。レイは仕事が忙しいらしくあの夜以来まともに顔を合わせていない。 しかしミオもまた召喚術の前に、グリモワールからこの幽霊島の地理や街の様子、この島の現状や島が抱える問題点、そして勇者の嫁として必要なことを学んでいた。 例えば今学んでいるのはこの島の歴史だ。この幽霊島は魔族であるグランツが昔からこの島を統べていた。 そこに不可侵条約を結んでいたため魔族が住んでいるとは知らず(本当に知らなかったのか疑問は残るが)フロード王国が棄民政策にて自国の貧民窟に住む人々をこの幽霊島に追いやった。捨てられた人々をグランツは難民として受け入れたが、暫くして災厄、そう赤竜がやってきたのである。 赤竜との戦いで魔族も人間も犠牲者が多数出て一時は壊滅状態に陥った。だがそこに勇者一行が現れた。グランツは勇者と共闘し赤竜を撃退。撃退後、復興支援として勇者はこれまでの冒険で得た私財の殆どを島に投げ打った。しかし元の世界には戻れずこの島で暮らすことになったのである。(元の世界に帰れると思ったんだろうな……) グリモワールのマンツーマンの授業を受けながらミオはレイのあの涙を思い出してなんとも言えない気持ちになった。元の世界に帰れると思ったからこそ彼は全財産を投げ打つ真似が出来たのだ。だが結果的にその行為は島の人々に好意的に受け入れられ、彼らは島の名士と言う扱いになった。 レイはあくまでも魔族グランツの補佐であったり人間社会においては彼の名代を務めているが、実際は魔族グランツが島の行政を担っている。(グランツさんってどんな方なんだろう……まだお会いしたことはないけれど……) グランツは今東の国にいるらしい。グリモワールが言うには島の発展に必要な人材を確保している最中とのことだ。 またレイは今現在もまだ世界各地の魔獣退治などを行っている。その冒険で得た宝や報酬をまた島の資金にしているらしい。 グランツとレイの関係は日本でもよくある一地方都市とその街の経済を支えるような大企業の関係に近いのかもしれない。レイがいなければこの島はあっという間に経済が立ち行かなくなる。「とは言ってもこの島でも竜骨石が取れます。鉱山開発が軌道に乗ればレイに負担をかけずに済むのですが、中々難しいところです」 竜骨足とは文字通り竜の骨が宝石化したものである。魔力を秘めており、良
last updateLast Updated : 2025-06-10
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