All Chapters of 変わり者令嬢がやさぐれ勇者の嫁になりまして: Chapter 51 - Chapter 60

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第8話・誤解も解けまして 5

 レイに好きと言われたから、と言うのもある。だがきっと前からそんな兆候はあった気がする。自分の想いに気付いてしまえば早かった。レイの言う通りあんなにエクラに嫉妬した理由がすんなりと腑に落ちてしまう。 我ながら自分の鈍さに辟易としてしまう。いつの間にか、もうとっくに自分はレイ・シュタインと言う男を異性として好きになってしまっていたのだ。 ぶっきらぼうなようで、お人好しで人の頼みを断れない彼が好きだ。 時々ミオには意地悪で、夢中になると周りの声が聞こえなくなるほど集中してしまう彼が好きだ。 いつも助けてくれる優しくて頼もしい彼が好きだ。 漆黒の瞳と肩まで伸びた黒い髪も綺麗で好きだ。 レイの笑った顔も怒った顔も泣いた顔も、全部全部ミオは大好きだ。(ずっとこんな時間が続けば良いのに) 楽しげに話すレイに相槌を打ちながらミオはそんなことを思う。 いつの間にかこんな他愛もない時間を慈しんでしまえるほど彼を好きになってしまっていたのだ。こんな風に語り合う二人きりの時間が楽しくて嬉しくて時間が過ぎてしまうことがあまりにも惜しかった。 しかし、無情にも時は過ぎる。レイの元の世界の話はひとしきり終わってしまった。 そろそろ戻ろうかとレイが言い出す頃合いである。だがレイはこんなことを言い出した。「あとさ、二人きりの時はレイ様じゃなくて、怜士って呼んでほしい」 レイの意外な申し出にミオは首を傾げながらも鸚鵡返しする。「レイジ様?」「怜士」 どうやらイントネーションが違ったようだ。ミオはゆっくりとレイが言った音を反芻する。「怜士……様」「様もいらない」 そう言って唇を尖らせるレイにミオも困ってしまう。「怜士…………さん?」 流石に呼び捨ては厳しい。ミオの申し訳なさそうな顔にレイは不満そうに眉間に皺を寄せて更にぎゅっと唇を尖らせた。「……大いに不服だけど……まあいっか」 しかし譲歩はしてくれたらしい。レイは渋々と了承してくれる。 それから二人でどちらともなく笑い合う。「ミオ、これからもよろしく」「こちらこそ怜士さん」 そう言うとどちらが合図した訳でもなく、自然に二人で体を近づけ合うとそっと抱き合った。そして二人はゆっくりと目を閉じ、唇を重ね合う。ふにりと柔らかくて熱を帯びた唇の感触にミオの心臓が静かに、だがトクンと確かに跳ね上がる。 静
last updateLast Updated : 2025-06-25
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第9話・お別れを決めまして 1

 今日も今日とて幽霊島の空は重苦しい鉛色の空であった。 そんな空の下、ミオは今日もジャガイモ畑で収穫作業を行なっている。エクラに視力を治してもらい、あの瓶底眼鏡から黄昏色の裸眼に戻っていた。レイやエクラに「その眼鏡姿も似合ってて可愛いんだけどね」と言われてなんだか面映い気持ちになったが、やはりこうした農作業があると裸眼の方がどうしても便利なのだ。 最初は非力でジャガイモの収穫も難航していたミオだが、最近はようやくコツが掴めて慣れてきた。それに単純に力がついてきたので当初の三倍以上の速さで作業が行えている。貴族の娘にしては体力と筋力がある方かも知れないと自信もついてきた。 それにだ。「おう、奥方!これはどこに置きゃあいいんだ!?」「箱詰め終わりました!」 畑のあちこちから手伝いの人たちが声をかけてくる。 最近では街の人たちが畑仕事を手伝ってくれるようになったのだ。前から手伝ってくれた人たちもいるが、ジャガイモを食べることが彼らの中で定着していく内に段々と手伝ってくれる人たちが増えてきたのである。そしてその中にはミオに石を投げた人たちもいた。こないだミオに謝ってくれた老人もいる。 いや街の人たちだけではない。エクラの治療を受けた人たちもリハビリと称して手伝ってくれていた。 お陰でジャガイモの供給も安定している。 島民にはこのジャガイモを無償で家族単位で毎日数個ずつ配給している。ジャガイモが足りない分は格安で買うか、こうして畑仕事の手伝いをすることになっていた。そう、畑仕事を手伝うのはボランティアではない。現物支給の歴とした仕事である。本来なら公共事業として賃金を手渡してやりたいところだが、島の経済状況的にはどうしても現物支給となってしまう。 だがジャガイモは貧困家庭の文字通りの命綱になっていた。 それでも生活のために渋々手伝うのではなく、美味しいからとお世辞でも島の人々が言ってくれるのでミオも心苦しさは和らぐ。 レイやグランツたちはジャガイモは島の経済の発展に貢献しているとは言うがミオにはあまり実感がない。 グリモワールのマンツーマンレッスンでも勉強し直したものの、彼女は数字にからっきし弱いのだ。 経済状況のグラフを出されても「?」が頭上で乱舞してしまう。何か上がってるのは何となく分かるが、何がどう言う風に上がっているのかは説明されてもさ
last updateLast Updated : 2025-06-26
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第9話・お別れを決めまして 2

「畑が!」 ミオが悲鳴を上げて、慌てて畑の方へ行こうとするのを老人が腕を引いて止める。「奥方危ねえ!ここにいろ!」「でも畑が!」「ミオ、危ないから隠れてろ!」 尚も畑に向かおうとするミオの前に今度は青い毛並みを風に靡かせてアルマがやって来た。「レイとグランツが相手に向かってる。今の内に早く洞窟の中に逃げるよ」 どうやらアルマがミオ達を安全な場所まで避難させてくれるらしい。「ミオ、今は畑より命が大事だよ」「……はい」 アルマの諭すような声に渋々とミオが頷く。 砲撃は今もまだ続いている。流石は大国の戦艦だ。まるで雨のような勢いであちこちで爆発が起きている。 当然ミオの作ったジャガイモ畑だって例外ではない。「……っ!」 悔しそうにミオは唇を噛み締める。 あんなに丹精込めて作ったジャガイモ畑は砲弾の衝撃であちこち穴が空き、見るも無惨な姿になっていた。「酷い……!」 耐え切れずにミオが思わずそう漏らしてしまう。 その時だ。 「エクス……カリバー!」  島の船着場からレイの渾身の光の一撃が放たれた。 ミオの怒りや嘆きを代弁したかのようなその一撃は戦艦を一度に複数沈める。「砲撃が止んだ!走れ!」 アルマに促され、ミオ達は全速力で走る。 しかし、そんな彼らを嘲笑うかのように洞窟都市の鉄門手前で砲撃の一つがミオの達の頭上目掛けて飛んできた。「やべっ!」 アルマが珍しく顔色を変える。このままでは爆発に巻き込まれてしまう。 しかし砲撃による爆発はミオ達に落ちる前に突如空中に淡い青色の魔法防壁によって防がれた。「グリモワール!」 アルマが安心した笑みを浮かべて、いつの間にか鉄門から出てきていたグリモワールを見つめる。「皆さん、レイの屋敷へ避難してください。敵兵の侵入は我々で食い止めるつもりですが、敵が潜入していないとも限りません。ミオさん皆を頼みましたよ」「……はい!」 流石はグリモワールである。ミオの教師である彼は、砲撃の様子と彼女の青ざめた表情で大切なジャガイモ畑に異変があったと悟ったのである。そして「皆を頼んだ」とそう言えば、ミオが気持ちを切り替えて勇者の嫁としての役割を真っ当してくれると知っていた。 グリモワールの思惑通りミオは意気消沈していた顔付きをキリリと引き締める。「皆さん、行きましょう!」 そう言っ
last updateLast Updated : 2025-06-26
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第9話・お別れを決めまして 3

 ミオたちが逃げている途中、商店街の人々も皆一斉にレイの屋敷を目指している。人の流れは二分されていた。一つはレイの屋敷へと向かう避難民、そしてもう一つは敵の侵入を防ぐための義勇兵たちである。「えーダーリンも行きましょうよー」「だから俺は戦うから!」 聞き覚えのある声にミオが商店街の脇道に視線をやる。案の定そこにはピラートたち一家がそこにいて、何やら揉めているようだった。「どうかしたの?」「あっ! ミオ姉!」「奥方! ピラートとヴォラールを屋敷に連れてってくれ! 俺は戦う!」「だからダーリンはダメだってー」 勇ましく槍を手に構え険しい顔をしたピラートの父バンディを止めているのはピラートの母、風の精霊のヴォラールだ。そしてヴォラールは間延びした声を上げる。「エクラにも言われたじゃなーい、まだ完全には治ってないんだからーリハビリを頑張ってーってさー」 見れば盗賊時代に不自由になったと言うバンディの足は以前のように引き摺っていない。一見健常な足となっていた。 彼もまた聖女エクラに足を治してもらったのである。「いんや! せっかく足を治してもらったんだ! ひと暴れさせてもらう!」「だからパパ、治ってないんだって!」 ピラートもヴォラールと一緒になって血気盛んな父親を止める。そしてピラートは困ったようにミオの方を向いた。どう見ても助け舟を求めている顔である。 ミオがどうしたものかと一瞬思案し、そして口を開いた。「避難先の屋敷の方には護衛の兵がいません。避難民が多くいる中、一人でも戦える方がいるのは心強いので申し訳ないですが、バンディさんは屋敷の護衛をしていただけませんか」「……っ! ……ちっ、分かったよ……」 ミオの説得に溜め息混じりでバンディが頷く。 グリモワールが危惧していたようにこれ見よがしの戦艦の隊列は陽動で、隠密行動した兵士たちが既に都市内部に忍び込んでいるとも限らないのだ。人質を取られてしまえば勇者レイ・シュタインとその仲間達も無力化せざるを得ない。 そしてピラート一家もミオたちと共に避難先へと向かうのであった。 更にその途中、一度轟音が洞窟都市の外側で鳴り響いた。しかしミオ達にも何が起きているのか分からない。不安に駆られながらも今は避難するしかないのだ。(着いたらまずは皆が休めるよう食堂のテーブルと椅子を片付けて、玄関ホ
last updateLast Updated : 2025-06-27
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第9話・お別れを決めまして 4

 二人のやり取りを聞いていたバンディがミオの代わりに避難民たちを誘導していく。避難民たちは怪訝な顔をしながらも、立ち止まってしまったミオを次々に追い越していった。 しかしミオはもう人々を気にしている余裕はない。レイの願いが叶うかも知れないのだ。 真顔で問いかけるミオにヴォラールがこともなげに返す。「元の世界に還す方が楽って言ったわよー?」「レイ様を……元の世界に……還すことが出来るんですか……?」「出来るわよー?」 ヴォラールがのんびりとした口調でしかし、確かにそう答える。そんな彼女にミオは血相を変えて詰め寄った。「本当に! 本当にレイ様を、元の世界に還せるのですか?」 ミオの豹変ぶりにも気にせずヴォラールはニコニコと微笑む。「そりゃー喚んだんだから還せるでしょー? あーでもあれ、魔力をすっごく消耗するのよねー? 普通に使ったら人間は魔力枯渇どころかー、生命力も枯渇して死んじゃうかー? じゃー無理ねー。ごめーん忘れてー」 そう言って風の精霊はケラケラと笑う。 どうやらハードルは高いらしいが方法はあるらしい。 レイを元の世界に還せるのだ。 あれだけ泣いて帰りたがっていた「トウキョウ」に、あれだけ仲の良い家族や友人がいた「トウキョウ」にレイは須代怜士として帰れるのだ。「……嫌……」 しかし無意識の内にミオの口をついて出たのはそんな言葉であった。 レイがこの島からいなくなるなんて嫌だ。もう二度と会えなくなるなんて嫌だ。絶対嫌だ。「……っ!」 しかしそんな事を思ってしまった自分に気付き、ミオは慌てて首を横に振る。 レイはあんなに帰りたがっているのだ。もし元の世界に還せるのであればどうにかして送り届けてやりたい。 それもまた間違いなくミオの本心であった。 しかしレイがいなくなってしまったら自分は一体どうすれば良いのだろう。 そこから先、記憶は曖昧でミオはどうやって帰ったのか分からない。「奥方!」「無事か、ミオ様!」 レイを元の世界に還せる。 そんな事実で頭がいっぱいになったミオを屋敷の玄関の前で待っていて出迎えてくれたのは他でもない避難民たちであった。「怪我はないか奥方」 あの日、広場で出会った吟遊詩人とミオに石を投げた老人たちも途中で立ち止まったミオを玄関先で出迎えてくれた。 何があったのかと彼らは心配そうな顔でミ
last updateLast Updated : 2025-06-27
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第9話・お別れを決めまして 5

 当初は大規模な戦闘になり、島中が戦火に見舞われるかと思った。 だが戦いはミオの予想よりも早く、そして呆気なく終わりを迎える。こちら側のダメージは軽微、敵艦を全て無力化した勇者レイ・シュタイン達の圧倒的大勝利であった。「……勝ったよミオ」 華々しい勝利を収めたのだから、もう少し嬉しそうな顔をすればいいのに屋敷に戻ってきたレイの顔は何故か浮かない表情をしている。 そしてそれはミオも同じであった。 ヴォラールから聞いたレイが元の世界に戻れると言う話がずっと頭から離れないのである。「おかえりなさい、お疲れ様です。あの、どうなさったのですか? 浮かない顔をして」 屋敷の玄関先で出迎えたミオの問いにレイは言いにくそうに言い淀む。「あ……いやその……実は敵の……指揮官を捕えたんだけど……」「指揮官を?」「……その……」 何事か深く思い悩んでいるような表情を見せたレイだったが、やがて意を決したように顔を上げた。「その、指揮官は『ベトルーグ・エヴェーレン』と名乗っている」 ミオの黄昏色の瞳が驚愕にこれでもかと大きく見開かれる。 ベトルーグ・エヴェーレン。 それは間違いなくミオの父親の名前であった。「本当に本人なのか顔を確認してほしいんだけど、その……出来る?」 レイが言いにくそうだったのはどうやらミオを慮っていたかららしい。心配そうにこちらを見つめてくるレイに、ミオは苦々しい面持ちで頷くしかなかった。 ほどなくして捕虜としてミオの前に連れて来られたのは間違いなく父、ベトルーグ・エヴェーレンである。 父の姿は随分と疲れているように見えた。たった数ヶ月前に別れたばかりなのに、まるで何十年も老け込んでしまったかのようにやつれきっている。「お父様……」 まさか本当に父が軍を率いて島に攻撃してきたとは思わなかった。驚きと情けなさと怒りが混ざり合った声でミオが父親を呼びかけた。 ここはレイの屋敷の応接室である。父親と対峙するミオの後ろにはレイとグランツ、そしてアルマが控えていた。 レイの屋敷にいた避難民たちは既に解散して帰宅している。もし彼らがここにいたら父親は酷い目に遭っていただろう。何せ彼はかつてフロード王国のスラム街の住民であった彼らを棄民政策としてこの幽霊島に棄てた張本人なのだから。「エルフェの代わりにお前を差し出したことが国王の命に背
last updateLast Updated : 2025-06-28
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第9話・お別れを決めまして 6

 屋敷から出て二人は並んで庭を歩く。もう日は暮れ初め、いつも通り洞窟都市の巨大シャンデリアはミオの瞳と同じ黄昏の色を放ち、地下世界を黄金色に染めていた。 その黄金色に染められた庭はメイドのロージョ、それにヴァラールとピラートが手入れをしている。 まだ造園途中で不完全な庭だ。しかしガラスのように透ける花弁の水晶花がポツリポツリと広い花壇に健気に咲いている。 しかしミオはそんな愛らしい花々を愛でる余裕はなく、俯いて庭を歩いていた。 「私の娘はエルフェだけだ」と言われたことと、最後に父に言われた言葉の意味を考えていたのである。 前者は言われた時は大してショックではないと思っていたが、時間が経つにつれジワジワと毒が回るように痛みが広がっていた。 分かりきったことに傷つくなんて我ながら情けないと思う。だが痛みを無視しようとすればするほどグジグジと胸の古傷が痛み出すのである。 しかし最後の言葉は一体どう言う意味で言ったのだろうか。「あんまり気にすんな、その……」 ミオの後ろ、その小さな背中をレイが見つめる。そしておずおずと声をかけた。「この島の皆はミオのこと、誰も邪魔だとは思ってない。むしろ……もうとっくに必要な存在なんだ」 慎重に言葉を選びながらレイはミオの前に回り込んで彼女の顔を覗き込む。 漆黒の瞳は真っ直ぐにミオを捉え、誠実で真っ直ぐな言葉を投げかけてくる。ミオはそんな温かな真心を直接心に注がれたかのように先程の父の言葉に冷え切っていた胸がじんわりと温まっていくのを感じた。「怜士さんも? 怜士さんも私が必要ですか?」「……ん、ああ……もちろん」 ぶっきらぼうな返事にミオは苦笑いしてしまう。彼が照れているのは鈍感なミオでも分かる。 素朴で、本当に何処までも優しい人柄なのだ。出会った当初のつっけんどんな態度は本当に追い詰められていて余裕がなかったのだろう。 いや、あの時だって彼はいつもミオを気遣ってくれていた。 そんなところにミオは惹かれてしまったのである。 レイの慰めの言葉にミオは口を開く。「『綺麗な顔をしていたんだな』と」「ん?」「さっき部屋から出て行く時に父に『綺麗な顔をしていたんだな』と。そう言われたんです」 そう言って困ったようにミオが笑う。 ミオが先程から気にしていたのはその言葉であった。果たして父がどのような意図
last updateLast Updated : 2025-06-28
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第9話・お別れを決めまして 7

 翌日。ミオはヴォラールの元を訪れていた。 昨日、元の世界に帰らないかと言うミオの問いかけにレイは戸惑いながらも頷いた。「そりゃあ帰れるものなら帰りたいけど」と、彼はそう答えたのである。 であれば話は早い方が良い。そう思ってヴォラールに元の世界に還す方法について尋ねにきたのだ。 ピラートやバンディが聞いたら止めるだろう。だから二人きりになれるタイミングを狙って尋ねてみる。「えー? あの魔法使うのー? でも人間がこれ使ったら死んじゃうのよー?」 マイペースながらも珍しく驚くヴォラールにミオは静かに頷く。「……はい、覚悟の上です」 ミオの表情をじっと見つめ返したヴォラールは、何かを思案するように首を傾げた。「ふーん。まいっかー? そう言う愛もあるらしいしねー? えーと、待ってー、今紙に書いてあげるわねー」 ミオが差し出したノートにサラサラとヴォラールが魔法陣と呪文を書き出す。それに必要な物についてもだ。「あ、そうだー。儀式には精霊のオーブが必要なのー」「オーブ、ですか?」「うんそうー、風の精霊のオーブでいいからー、取ってこないとー」(となると、私一人ではやっぱり無理か……) ヴォラールの言葉にミオは頷く。 やはりどうしてもミオ一人では無理がある。レイを元に戻すには協力者が必要であった。  レイを元の世界に戻す。  そう目標を定めたミオは善は急げとばかりに仲間たちを説得し始めた。仲間たち、グランツは特に渋ったが、最終的にレイを元の世界に送り出すことを了承してくれた。 しかし術を実行したら術者の命はないと言うことは当然ミオは伏せている。言ったら最後全員が反対することは目に見えていたからだ。 この島の人たちは本当に皆優しい人たちばかりなのである。 それはさておき、とりあえず儀式に必要なものを集めることが先決だ。先立ってその精霊のオーブを手に入れることから始める。 ヴォラールの言っていたオーブは南の島にある迷いの森にあると言う。 オーブの回収にはアルマとグリモワールが同行してくれた。 魔法の鳥、ルフの背に乗り、見知らぬ土地に見知らぬ宝を取りに行く。夢にまで見た冒険のはずなのに、しかしミオの心はちっとも楽しくはなかった。 レイと一緒にこの魔法の鳥に乗った時はあれほど楽しかったのが嘘みたいである。 迷いの森に到着しても不思議
last updateLast Updated : 2025-06-29
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第9話・お別れを決めまして 8

 準備は滞りなく着実に進み、そしてとうとうレイを元の世界に戻す儀式を行う日がやってきた。 窓から差し込む巨大シャンデリアの朝日を眺め、ミオは微笑む。(頑張れミオ) とうとうこの日を迎えたと、ミオは清々しい気持ちで洞窟都市を見渡す。 ミオに迷いは一つもない。 ジャガイモ畑のこともノートにまとめた。幸い先の砲撃でも地中のジャガイモにはさして影響がなかったので復旧は思ったよりも簡単だった。 きっと自分がいなくても皆でうまくやっていけるだろう。  絶対にレイを元の世界に戻すのだ。 自分の命を犠牲にしてでも。  儀式には時間を要する。うかうかしていられない。 ミオは深呼吸を一つして、着替え始めるのであった。 そして時は進む。「なあ本当に大丈夫なのか……?」 儀式は予想以上に着々と進み、いよいよ最後の総仕上げとなっていた。 元の世界に戻れるというのにレイの顔は不安そうである。「大丈夫ですよ怜士さん。私が絶対に怜士さんを元の世界に戻します」 命に代えても、と言う言葉は口の中だけで飲み込む。「そうじゃなくて……その」 レイはそれでも不安そうにその漆黒の瞳を揺らがせていた。「こらレイ。ミオが困ってるだろ」 そう言ってレイの肩をアルマが軽く叩く。「やっと元の世界に戻れるんじゃねーか。そんな暗い顔すんなって」「そうですよ、レイ。何かあっても私がミオさんをサポートします。絶対にあなたを元の世界に還しましょう」「アルマ、グリモワール……」 レイが二人の顔を見つめる。「懐かしいですね、最初は私と貴方の二人きりのパーティだったのに今ではこんなに仲間が増えた」「……ああ」 グリモワールの言葉に促されレイが辺りを見渡す。グリモワールにアルマ、エクラにグランツ、そしてミオ。 皆がレイが元の世界に戻ることを願っている。「やっと、元の世界に戻れますね」「……うん」 グリモワールにそう言われ、レイはまだ迷いのある瞳で、それでも小さく頷く。ミオは鳥たちの伝聞や書物でしか彼らの冒険を知らない。きっと三人の間にはミオの知らない様々な思い出が多くあるのだろう。 その思いも載せてミオは頑張らなければいけない。「……分かった。みんな今までありがとう」「こちらこそ本当にありがとう、レイ」「おうよ、元気でな」 グリモワールとアルマに続き、エクラと
last updateLast Updated : 2025-06-29
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第10話・臆病な私でして 1

「生き……てた……」  目が覚めて開口一番、呆然とした顔でミオはそう呟いた。 まず目に飛び込んできたのは見慣れた自室の天井である。 どうやら自室のベッドに寝かされていたようだ。 「ミオ姉!」  ベッドの横にいたピラートがミオのその呟きに気付いて、慌てた様子で顔を覗き込む。 「ピラート……」「エクラ姉! ミオ姉が起きたよ!」  ピラートは目覚めたミオを見るなり、大声を上げて部屋の外に出て行った。程なくしてバタバタと複数の足音が廊下の向こうから近づいてくる。 「ミオ!」  ピラートと共に息せき切って部屋に駆け込んできたのはエクラであった。 「ミオ! 分かる? 喋れる? 具合悪いところない?」「……っエクラさん……おはよう……ございます……」  矢継ぎ早に質問しながらも、エクラはミオの手首から脈を測ろうとする。ちゃんと発声してみるとミオは自分の声が思った以上にガラガラに掠れていることに気づいた。 「喋れる! 良かった! どっか痛むところある? おかしなところはない? あなたもう三日も眠っていたのよ……っ本当に良かった……」  人形のような美貌を今にも泣きそうにぐしゃぐしゃに歪めたエクラが安堵の息を漏らす。そしてそのままベッドの横にしゃがみ込んでミオの額の熱を白魚のような手で測り始めた。 エクラのそんな行動を聖女らしいとミオはぼんやりと思いながら眺める。 「え……三日……?」  しかし起き抜けでぼんやりしていた頭が次第にはっきりしていくと、「三日も眠っていた」と言う言葉に遅れて驚いてしまった。 そんなに眠っていたのか。全然自覚がない。 ただエクラにそう言われ、体の不調を自覚してしまったせいなのか、全身に一気にずしりと鉛のような倦怠感が襲いかかってくる。 「……そんなに……?」「そうよ全く! 私がいなかったらあんた本当に死んでたのよ!」  エクラが涙を堪えた真っ赤に充血した瞳をしながらも頬を膨らませてミオを睨んだ。 どうやらミオが意識を失った後、エクラの奇跡の力に助けてもらったらしい。そしてそのエクラの献身のおかげでミオは死なずに済んだようだ。 「ありがとう……ございます……あの、レイ様は?」  まだ掠れた声でミオがそう尋ねる。すると気を利かせたピラートがベッドサイドに置いてあった水差しを
last updateLast Updated : 2025-06-30
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