All Chapters of 変わり者令嬢がやさぐれ勇者の嫁になりまして: Chapter 41 - Chapter 50

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第7話・魔法が解けまして 2

 結局三つ編みに髪飾りを付けると言うどっちつかずの髪型にしたミオは朝食前に畑の様子を見に行こうとしていた。 朝食前に畑の様子を見て、気温やジャガイモの生育の様子で今日の予定を立てるのである。 当初はすぐに畑の様子も確認出来た。だが畑も広くなった今ではちょっとした散歩になっている。(こっちの区画を収穫して……それからあっちの区画の土壌改良をしてから新しい野菜作りをしようかな) こんな寒い北の地でもニンジンは育つと言う。それを育ててみようと思うのだ。 そうやって今日の予定を立てていると俄かに船着場の方が何やら騒がしいことに気づいた。今日は定期船が着く日ではない。どうやら臨時の船が着いたようだ。「エクラ様!」「エクラ様、どうかこの子の治療を!」 船着場から下船してくる人々は地上に降り立つやいなや口々にエクラの名を呼び始めた。どうやら幽霊島にエクラが住むと言う噂を聞いて皆遥々やって来たらしい。(やっぱり凄いなあ、エクラさんは) 奇跡の聖女はこんな辺境の地に人を呼べるほどとてつもない影響力をもった存在なのだ。 別次元の存在過ぎてもはや嫉妬すら抱けない。 当然である。自分はただの変わり者の地味で冴えない女で、彼女は聖女だ。比べることすら無礼と言うものだ。「待て、まずはここで待機だ! まずは医者が診察し病状の重い者から聖女の治癒が始まる!」 人々が口々に騒つき始める船着場の中、よく通る男の声が響き渡る。 するとしんと周りが静かになった。 様子を見にミオも船着場の方へ近づいて行く。「か、金ならあるんだ! 先に私を聖女の元へ連れて行け!」 静かになり始めた船着場だったが、しかしよく肥えた男が札束をこれ見よがしに見せつけながら黒い衣服の男に近寄る。 札束を見せつけられたのは黒いコートに燃えるような紅い髪をした男だ。「愚か者! 汚れた金で聖女を穢すことは罷りならん! 人の欲は聖女の奇跡を弱めるぞ!」 しかし紅い髪の青年は有無を言わせぬ迫力でピシャリと言い放つ。その紅い髪からは二本の角が生えている。魔族だ。 しかし不思議な魅力のある男だ。皆が、ミオも含めてだがその紅髪の男に注視している。札束を持った男も抗議して食い下がりそうなものだが、魔族の男を黙って見つめているだけであった。黙って話を聴きたくなるような、その場にいるだけで皆の注目を集めてしま
last updateLast Updated : 2025-06-20
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第7話・魔法が解けまして 3

 よく通る大声で呼びかけられて思わずミオが驚いてビクンと大きく全身を飛び上がらせた。その際に擦れた眼鏡を直しつつも声の方を振り返る。 煌々と燃え盛るような赤い髪に同じくらい赤い目のグランツがズンズンとミオに近づいてきていた。 美青年だ。レイも整った顔立ちをしているがグランツは怜悧な美貌に燃えるような瞳の輝きを宿している。「お前がこの島の食糧難を解決したそうだな!」 解決はしていない。今だってこれだけの人数が増えただけで食糧難に怯えるレベルなのだ。全く解決されていない。「いや、それはその……」 訂正しようとするミオの言葉を遮り、ずずいとグランツはミオに顔を近づける。その距離の近さに思わずのけ反ってしまう。「いいか! ちょーっと島の役に立ったからっていい気になるなよ! お前程度の召喚術や土壌改良の魔法なんてな、僕もちょちょっと勉強すればすぐに使えるようになるんだ!」「は、はあ……」 はあ、としか言いようがない。何故自分は初対面の男にいきなり喧嘩を売られているのだろう。さっぱり分からない。 そう言えば昨夜レイも「グランツはミオに張り合っている」と言っていた気がする。 だがまさかこんな風に本当に張り合ってくるとは思ってもいなかった。しかも面と向かって、である。「いや幽霊船はちょっと失敗したがな! いやまあ成功の礎と言うやつだ! 僕は天才だから何とかなるだろう! ハーッハッハッ!」 どうしようこの人もしかしたらちょっと、いや大分残念な人かも知れない。 侮辱されているはずなのに、怒りや悔しさが驚きに負けている。いきなり高笑いし始めたグランツをミオは文字通り身体を引いて引き攣った表情で見つめるしか出来ない。 こんな人がこの世界にいるんだ。 世界って、広いな。 怒りや悔しさを飛び越え、ミオが世界の広さに思いを馳せたその時であった。「こらグランツ! 新入りの女の子をいびるなんて恥ずかしくないの?」 そう叱責を飛ばしながらやってきたのは聖女エクラである。今日も今日とて彼女は彫像のように完璧な美貌だ。「いっいびってなどおらん! 僕はこの島の頭領として新入りにこの島のルールを教えてやっているだけだ!」「それがいびってるって言うの。ね、ミオ恐がらなくていいよ。こいつ馬鹿だけど、根は馬鹿なだけだから……」 与えられた情報が「馬鹿」しかない。 つま
last updateLast Updated : 2025-06-21
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第7話・魔法が解けまして 4

 洞窟都市の郊外で静かながらも一番見晴らしの良い丘に建てられている建物がエクラの病院だと言う。 我々がイメージする一般的な病院と言うよりは大きな屋敷だ。恐らく赤竜がやってくる以前から建てられたような年代物の立派な屋敷である。ミオも遠くからはこの屋敷を眺めてはいたが実際に中に入るのは初めてであった。 患者たちを待合室代わりの大広間に通した後、ミオは応接室に招かれていた。「僕の家を改築したんだ」 生来の好奇心の強さから物珍しげにキョロキョロとあちこち屋敷の内部を見渡すミオにグランツがそう告げた。「もう家族は一人しかいない。だからこんなに多くの部屋は必要ないからな、病室に変えてやったんだよ」「それはもしかして……」「ああ。赤竜に攻め込まれた際に家族は皆赤竜に殺された。唯一残った弟も、エクラが頑張ってくれたが――手遅れだった」 グランツが事もなげに壮絶な過去を打ち明ける。当然そんな話をされてしまってはミオも頭を下げるしかない。「そのっ、申し訳ございません、お辛いことを話させてしまって」「構わん。だからこそ、僕はこの島を世界で一番の医療国家にしようと思ったんだ」「医療……?」「あぁこの島に世界中の名医を集めて医療に特化した国を作るんだ。そこには貧富の差も身分も魔族も人間も関係ない。誰しもが平等に治療を受けられる国にする。どんな病気も怪我もこの島に来れば必ず助かると言う、そんな希望を抱けるような島にするんだ。こいつは、エクラはその要にしてシンボルだ。僕の夢はこいつなしにはあり得ない」「私だって助けられない時は助けられないんだけどね」 グランツの壮大な夢にそう付け加えてエクラは苦笑いする。 そんな構想があったのか。初めて知ったとミオは黄昏色の目を見開いたままグランツの話に聞き入っていた。「まあレイの受け入りだがな」「レイ様の?」「ああ、奴の育った国は貧富の差など関係なく治療が受けられると聞いた。最先端の治療はそれなりに金がかかるらしいが、それでも一般的な通常の治療であれば子供や老人は無償か安価で治療が受けられるらしい」「まあ」 大国の一つであるフロード王国でも貧困層は医者や治癒魔法士には診てもらえずに薬草や祈祷などの民間療法に頼っているのが実情だ。レイの国はそれに比べると随分と豊かな国らしい。「僕もこの島をそんな豊かな国にしたい。幽霊島
last updateLast Updated : 2025-06-21
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第7話・魔法が解けまして 5

 キリッと背筋を伸ばしたグランツもまま姿勢良くミオに向き直り、それから直角に頭を下げた。「先ほどの非礼をお詫びする。大変申し訳なかった。その上でお前……いや貴方にお願いがあります。貴方のその植物を召喚し栽培するお力で僕……私にどうか助力願いたい。どうかこれからもこの島を助けてほしい。どうか、この島の発展にお力添えをお願いいたします」 ぎこちなくも改まった言葉でグランツに深々と頭を下げられてしまった。突然のことにミオはずり落ちた眼鏡を直しながらもわたわたと狼狽える。 こんな風に人から頭を下げられたことがないから、どうしたらいいのか分からず動揺してしまうのだ。「えっいやそのっどうか頭を上げてください! そ、そんな風にされなくても、そのわ、私頑張りますから!」 慌てふためき早口でそう告げた瞬間、ミオはあっと声を上げた。「ここに来た方々の食糧の在庫!」「在庫?」 そう。すっかり食糧のことを忘れていたことを思い出したのである。「ここにいらした皆様の食糧の在庫を確認しないと。必要ならジャガイモの増産をしないといけないんです」 わたわたと分かりやすく慌てふためくミオの言葉にエクラとグランツは顔を見合わせ、そしてそれからプッと破顔した。「食糧ならば昨日の定期便と今日の臨時の船で運んで来ている。気にすることはない」 グランツの言葉にミオはほっとする。食糧の心配がないのであれば良かった。最悪また倒れるまでジャガイモ大量生産をしなければいけないと覚悟を決めていたのである。「しかしレイに食糧以外に日用品など必要なものを用意してほしいのだ。このリストをレイに渡してほしい。頼まれてくれるか?」「はい、分かりました」 ミオはグランツがその場で書いたメモを受け取ると、屋敷を出て自分達の暮らす屋敷へと戻る。 グランツは癖は大分強いけれど、どうやら悪い人ではなさそうだ。レイの屋敷へと戻りながらミオは今日初めて出会ったグランツを心の中でそう評価する。(そう言えば……グランツ様少しおかしなこと言ってたな) 彼の言動で一つ気になることがあったのだ。「もう家族は一人しかいない」とグランツは言っていたが家族は皆赤竜に殺されたと言っていた。それは一体どういうことなのだろう。(あれそう言えばメモ……あったあった) 落とさないようにポケットに入れていたメモを取り出した。 そ
last updateLast Updated : 2025-06-22
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第7話・魔法が解けまして 6

 結局二人が離れた後、タイミングを見計らって当初の目的であるリストの確認をしたのだがミオは二人の顔をまともに見ることが出来なかった。 色恋沙汰に疎い彼女が他人の、それも究極に美しい二人のキスシーンをまともに見てしまったのである。脳が焼かれるとはまさにこのことであろう。 表情が読めない大きな瓶底眼鏡を掛けていて本当に良かった。動揺して目が泳ぎっぱなしだったのがバレずに済んだだけでも上出来である。 放心状態になりながらミオは再度屋敷へと戻っていた。 二人のキスシーンも衝撃的だったが、それと同じくらいミオにとっては衝撃的なことがある。 レイがエクラを好きだと言う予想はミオの全くの誤解なのかも知れないと言うことだ。 少なくともエクラはレイよりグランツが好き、と言うよりエクラとグランツの二人は間違いなく恋人、いや恐らくはもう婚約者なのかも知れない。(んん……? じゃあなんで昨夜レイ様は私の部屋へ?) そんなの答えはもう決まりきっている。 レイ自身が「ミオの顔を見たくなった」と言ってキスをして挙句に性交渉までしたのだから、答えはもう一つしかないだろう。 しかしミオはその答えを出しあぐねている。 今まで家族にすら愛されてこなかったのだ。彼に愛されていると確信する勇気すら彼女にはない。他者からの愛情を無邪気に信じられるほど自分に自信もない。 だからただそのぐにゃぐにゃとした混沌とした気持ちをそのままにするしかない。 先ほど引き返した通り道である街をミオは一人とぼとぼと歩いている。やがて街の広場まで来た時、ミオは誰かに呼び止められた。「おいあんた。見ない顔だが、もしかしてエクラ様んとこの使用人か?」 ミオを呼び止めたのは何処かで見たような顔の老人だった。「しよ……っ? いえ……違います」「じゃあレイ様んとこの使用人か?」 言われてみれば見た目の地味さからしてもどうしても今日の自分の格好は貴族の娘でも勇者の嫁でもなく使用人だ。それは確かに否めない。ミオは自棄を起こした朝の自分の姿を思い直し、曖昧に頷く。「えっと……えぇまあ、はい」 すると老人はどこかほっとしたような顔をした。「悪いがレイ様の奥方に伝えてほしいことがあるんだが、頼まれちゃくれねえか」 レイの奥方と言うことは恐らく自分だ。ミオは訝しみながらも頷く。「承知いたしました。それはど
last updateLast Updated : 2025-06-22
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第7話・魔法が解けまして 7

 ミオが病院から屋敷に戻ると、丁度レイが手紙の山を抱えながら書斎から出てきたところと出くわした。 手紙を崩さないように懸命に抑えているせいでレイの視線は手紙の山に向けられている。「レイ様、それは全て郵送するものですか?」「ああ、エクラが来ただろ? 冒険してた頃に良くしてくれた人達にそのことを報告しようと思ってさ。あと報告しとかないと面倒なところとか。あとジャガイモのことと、ミオのことも書いた」 最近はジャガイモの種芋の輸出を視野に入れているらしい。幽霊島同様、困窮した国や飢饉の国ではジャガイモ栽培はまさに救いになるだろう。それに外貨の獲得は貴重である。 グランツ言うところの医療国家を目指すなら設備は整えなければならない。例えエクラを奴隷のように毎日酷使したとしても今のままではまずいだろう。ならば尚更金は稼がなければならない。「あのグランツ様から日用品を融通してほしいとリストをいただきまして……」「あーちょっと待って、ごめんミオちょっと持ってくれ」「あっはい」 ミオに手紙の山からいくつかの手紙を手渡そうとしてレイはそこで今日初めてミオの顔を見た。彼はその漆黒の目を見開いたまま時が止まったかのようにミオを凝視する。 それはもうまじまじと、穴が開いてしまうのではないかと思うほどミオの瓶底眼鏡の顔を見つめている。「ミ……オ……?」「はい……?」(えっ何これ) あまりにもレイに見つめられているため、ミオは段々困惑してしまう。眼鏡がそんなに珍しいのだろうか。「あのさ、まさか、なんだけど」「はい」「まさか……もしかしてその……昔どこかで会ったことないか?」 突然そんなことを切り出されミオは虚を突かれたかのように目を丸くした。確かに昔フロード王国でミオとレイは出会っている。しかしレイはあの時毒にやられ、ずっと熱に浮かされていたはずだ。それを自分が看病した。 会ったと言えば会ったのだが、ミオは目覚めたらレイはいなくなっていたのでちゃんと言葉を交わした訳ではない。 なのでミオは正直に告げた。「ええ。フロード王国の城近くの森で一度、倒れていたレイ様を看病したことがあります」「あっ……」 レイはそう呟いたきり固まってしまう。手紙の山がかれの手元からバラバラと落ちた。「なっ何で言ってくれなかったの……?」 呆然とした顔で、やっとと言ったか細
last updateLast Updated : 2025-06-23
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第8話・誤解も解けまして 1

 洞窟都市の下層にある静かな森を抜けると、何かの儀式に使われていたのだろうか、開けた場所に石で出来た遺跡がある。 広場に白亜の巨大な石があちこちに点在した遺跡。 レイはそこの石の一つに頬杖をついて座り込んでいた。 グリモワールやロージョにも手伝ってもらいやっとのことで仕事を終えたミオはレイを探しにこの遺跡にやって来たのである。流石のミオもレイに文句の一つも言ってやろうと思っていた。しかし遺跡に座り込んで何かを思案しているレイの横顔は眉間に皺が寄り憂いを帯びていて、思わずミオはその姿に息を呑んでしまう。 線の細い青年と少年の間のような彼の体躯が、実際は過酷な実戦で鍛え抜かれたしなやかな筋肉に覆われているのをミオは体で知っている。(……って何思い出してるの……) 抱き締められる時の胸板の感触や逞しい腕を思い出し、ミオは慌てて意識を逸らした。「レイ様」 呼びかけるとレイの漆黒の瞳がゆっくりとミオの方に向く。 ミオを見たレイは困ったように薄く笑みを浮かべた。「……こんなとこまで来たの?」「ええ、グリモワールさんが多分ここだろうって教えてくださいました」「危なくなかった?」「いえ、大丈夫です」「そう」 そのままミオもレイの隣にすとんと腰を下ろした。黙ったまま二人きりの時間が過ぎていく。 何を言おうかとミオが言葉を探しているとレイが口を開いた。「……あのさ、聞いてくれる?」「はい」「あの時のことなんだけど」 あの時と言われてミオは言葉に詰まる。あの時」が倒れていたレイをミオが助けた日のことをだろうと言うのは分かった。しかし「二人が初めて会った」と言うにしては会話を交わしてすらいない。そもそもレイも意識が朦朧としていた。 しかし私が看病した日と言うのは恩着せがましいし、レイが倒れていた日と言うのはレイに失礼だろう。「あの時ですね」 なのでミオもそう答えるしかない。「うん、初めてこの世界に喚ばれて、言われるままに討伐をして、帰ってきたんだ。これで家に帰して貰えるって思って帰ってきたのに、でも結局国王はなんだかんだ理由をつけてきてさ。とりあえず食事をどうぞって言われたんだ。そしたらきっとその皿に毒を盛られていたみたいで、突然具合が悪くなって、その場で倒れた」「……っ父や国王がやりそうなことです」 眉間に皺を寄せてミオが苦々しげに返
last updateLast Updated : 2025-06-23
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第8話・誤解も解けまして 2

 そう言ってレイはペコリと頭を下げる。「いえ、私の方こそ、そんな。あの、実はそのことで私から渡したいものがあって」 ミオは懐から何かを包んだハンカチを取り出す。ミオが持っている中で一番良いハンカチだ。そしてそのハンカチから中身を取り出す。 それはあの時彼が忘れて行ったスマートフォンだった。「これオレの……?」「ごめんなさい。これ、渡そうと思って持ってきたのですがずっと忘れてて、それに……その、壊してしまって……」 出立の際にちゃんと持ってきていたのだが、幽霊島に来てから色々あり過ぎて渡す機会をすっかり逃していたのである。 レイはスマートフォンを手にとるとあちこちをじっくりと注意深く観察する。「うん本当だ、間違いなくオレのスマホだ」 スマートフォンを見つめたままレイは懐かしそうな表情を浮かべた。「この板はすまほと言うのですか?」「うん。ずっと探してたけど見つからなかったから失くしたと思ってたんだ。良かった。ありがとう持っててくれて」「いえそれが……途中から何を押しても全く反応しなくなってしまって……壊してしまってすみません」 そんなレイにバツが悪そうな表情でミオが謝る。しかしレイは気にした風もなく首を傾げた。「いやあこれは壊れたんじゃなくて多分電池切れだな……充電出来ないからどっちにせよダメだけど……グリモワールに弱めの電撃魔法をかけてもらったら……ううんやめとくか」 そんなミオには意味不明なことを一人ごちながらレイはスマートフォンのカバーを外す。すると何か四角いカードの他に数枚の小さな紙片が出てきた。「ははっ……懐いな、学生証にプリが出てきた」 ミオが覗き込めば四角いカードには異国の文字で何やら文字が書かれている。そしてその隅にはこの世界に来る前なのだろうか、髪が短いレイのとても精巧な似姿がある。そして数枚ある小さな紙片にもレイと見知らぬ男女たちの似姿があるが、そちらはレイたちの目がやたら大きく顎も小さく描かれていた。「こっちは妹とで、こっちは学校の友達」「レイ様には妹君がいらっしゃるのですね」 妹の話は初耳である。ミオがそう言うとレイは頷いた。「うん。三歳下の妹が一人いる。生意気だけど仲は良かったよ。あとこれはオレの好きだった子」「――」 突然そんなことを言われてミオの心臓が止まってしまう。 レイはそんなミオの様子
last updateLast Updated : 2025-06-24
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第8話・誤解も解けまして 3

「ん?」「え?」 不思議そうに見返すレイにミオもまた不思議そうに見つめ返す。 まさかレイが自分と好きと言ったのだろうか。そんな、あり得ない。「もしかして……伝わってないとか……ないよな?」 しかし目をパチパチさせるばかりのミオを訝しげに漆黒の瞳が覗いてくる。しかし困惑と混乱でミオはどう返したらいいかも分からない。「一体何を……? 何が……?」「………………そっか。わーそっからかー」 混乱してもはや涙目になってしまっているミオの顔を穴が空く程たっぷり見つめ、それからレイは視線を宙へと向ける。そして無言で頭を両手で抱えた後、レイは一つ頷き棒読みで声を上げた。「えっ本当に、何を、です?」 ミオの困惑しきった様子にレイは地獄の底を這うような重々しい溜め息を吐く。ますますミオは混乱してしまう。 そしてレイは徐にミオの両肩を掴むとこう言った。「オレはミオが好きだ。勇者の嫁とかそう言うんじゃなく、そう言うの関係なしでオレはミオのことが好きだ」 はっきりとしたストレートな告白である。それは美しく詩的な愛の告白とは程遠い、飾り気のない純粋な好意を伝える告白だ。ロマンティックな雰囲気もない、回りくどい比喩も隠喩もない何の面白みのない告白である。 だが、だからこそレイの告白はミオの心に真っ直ぐに伝わった。伝わってしまった。(ほ……本当にこの方は私のことが、す、好き、なんだ) みるみる内に自分の顔の温度が高まっていくのを感じる。 自分が異性に好意を持たれるなんて想像もしていなかった。 顔どころか全身が熱い。 告白と同じくらい真っ直ぐな瞳からミオはまたもや目を逸らしてしまう。「あっあの……その私、そう言う、恋愛と言うのはよく分からなくて……」 やっとの思いでそれだけを振り絞るように小さく口にする。「うん、分かる。そんな感じだよね」 しかしミオが必死に紡いだ言葉にレイは呆れたようでも気を悪くした風でもなく頷いて先を促した。「けれど……その」「うん」「その、レイ様のことは……世界で一番大切な方……だと思っています」 それはミオの紛れもない本心だった。恋や愛と言うのはミオにはよく分からない。しかしレイがいてくれたからこそ家に居場所がなかった自分にも居場所が出来たし、新しい自分の可能性と言うものに気付けたのである。 それだけではない。思い返し
last updateLast Updated : 2025-06-24
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第8話・誤解も解けまして 4

 ふとレイがポツリと口を開く。「……オレ、本当は玲士(れいじ)って言うんだ。須代玲士(すだいれいじ)が俺の本名」「すだいれいじ……?」 耳慣れない名前にミオが聞き返す。レイは持っていた短剣で「須代怜士」と漢字で地面に書きつける。しかしミオには当然の漢字は読めない。漢字の羅列は謎の紋様にしか見えなかった。しかしレイにとっては大切なものなのだとじっと見つめて頭にその紋様を叩き込む。「初めて召喚された日、そう名乗ったんだけどあいつらアホだからが何なのか知らないけど、勝手にレイ・シュタインって名前にされてたんだ」「……本当に何から何まで申し訳ございません」 名前まで適当に改竄していたのかあの国王と父はとミオは顔を引き攣らせながらレイに頭を下げる。 むしろ彼はどうして城の壁を吹っ飛ばすだけで済ませてくれたのだろうか。母国だが国王は彼に殺されても仕方ないのではなかろうか。 レイの懐の広さの底が見えない。 勇者は確かに勇敢で優しいものである。しかしお人好しにも程がないかとミオですら心配になってくる。 グリモワールやアルマ、それにエクラも心配だと言っていたがこれは確かに目を光らせていないと余計な重荷をどんどん背負ってしまいそうだ。 押し付けられた嫁と言う重荷の側であったミオは今後は彼の動向に注意しようと決意する。「ん?大丈夫だよそんな神妙な顔しなくたって」 あなたが危なっかしいからこんな顔をしているんですとは流石に言えずミオは曖昧に誤魔化した。「いえ……あの、もしよろしければ聞かせてもらえませんか、ここに来る前にレイ様がどのように暮らしていたかを」 ミオのそんな申し出にレイは一度目を瞬かせると、微笑んで小さく頷くのであった。 それからレイは地面を見つめながらぽつりぽつりと話し始める。元の世界のこと、学校のこと、友人のこと、家族のこと。 それはミオには想像も出来ないまるで御伽話の世界の話であった。 大蛇よりも長い「電車」と言う鉄の乗り物に乗って学校へ行っていたこと。 学校ではいつも仲の良いグループと一緒にいて片想いしていた子もいたが、二人きりになると恥ずかしくて何も話せなくて全然仲良くなれなかったこと。 家族とは仲が良く、いつも夏休みはキャンプに行っていたこと。テントを組み立てるのが得意なのもそのおかげだという。 レイの話はミオには理解でき
last updateLast Updated : 2025-06-25
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