Alle Kapitel von 夫も息子もあの女を選ぶんだから、離婚する!: Kapitel 1651 – Kapitel 1660

2151 Kapitel

第1651話

彼女はやわらかな声で言った。「司馬さん。少しだけですが、自分でお料理を作ってきたんです。召し上がっていただけたら……すぐに帰りますから」怜央は淡々と答えた。「さっきもう食べた。今はあまり食欲もない。持って帰ってくれ。それと――これからは用事がないなら、見舞いに来なくていい。俺たちは、そこまで親しい関係じゃないだろ」その言葉に、明日香の顔から少しずつ笑みが消えていく。怜央は一切、容赦しなかった。ここで食い下がれば、さらにきつい言葉をぶつけられるかもしれない。――そうなれば、本当に取り返しがつかなくなる。明日香は静かに言った。「司馬さんがお休みになりたいのでしたら……これ以上はお邪魔しません」そう言うと、そのまま部屋を後にした。だが――自分で作ってきた料理だけは、持ち帰らなかった。それに気づいた怜央は、秘書に短く言い放つ。「明日香が持ってきたもの、お前が食え」秘書は彼の顔色をうかがいながら、逆らうこともできず、黙ってそれを持ち下がった。怜央は再び、窓の外へ視線を向ける。ただぼんやりと、何かを考えるでもなく――……彩香が仁志の見舞いに訪れたとき、はっきりと感じた。――星と仁志の間に流れる空気が、以前とはどこか違う。思わず、心の中で感心する。――仁志、やるじゃない仁志は、本当に頭の回転も速く、人の心を読む力も優れている。雅臣なんかとは比べものにならない。今の様子を見る限り――美人を手に入れるのも、もう時間の問題だろう。仁志の傷は深かったが、幸い骨には達していなかった。ようやく皆、レイル家の話をする余裕も出てきた。彩香が口を開く。「D国の王宮で起きたあの火事、どうやら怜央の仕業らしいわ。レイル国王、今は明日香を相当恨んでるみたいで……とんでもない額の懸賞金までかけて、捕まえようとしてるらしい」星はここ最近ずっと病院に付き添っていて、外の状況にまで気を回す余裕はなかった。その話を聞き、少し驚いた様子で言う。「レイル国王が狙ってるのって、明日香なの?てっきり私と仁志だと思ってた」彩香も首をかしげる。「そうなのよ。狙われてるのは明日香」一度言葉を区切り、続けた。「聞いた話だとね、もうすでにレイル側は明日香を捕まえるために人を送り込んでたらしいの。でも明日香って、運がいいのよね。空港でちょ
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第1652話

「まあ、たいしたことない」仁志は軽く答えた。彩香は星から美咲の話を聞いていたが、実際に会うのはこれが初めてだった。興味深そうに、じっと彼女を観察する。その視線に気づいた美咲は、軽くうなずき、礼儀正しく挨拶した。星は、美咲が仁志に何か話したいことがあるのを察し、彩香に声をかける。「彩香、ちょっと一緒に買い物行かない?」「うん、いいよ」二人はそのまま病室を出た。廊下に出ると、彩香がぽつりと呟く。「さっきのランス家の当主、仁志とかなり親しそうだったね?」星は少し考えてから答えた。「たぶん、すごく仲のいい友達なんだと思う。そうじゃなきゃ、あんな大きな案件を私たちに任せたりしないでしょ」彩香は振り返り、小声で言う。「星、あの人――若いし、めちゃくちゃ綺麗」星は素直にうなずく。「うん。本当に優秀な人だよ」彩香は少しもどかしそうに言った。「ねえ星。仁志ってさ、身分も立場も頭の良さも顔も、全部トップクラスなんだよ?普通に考えて、ちゃんとつかまえておくべきでしょ。まさか今でもただの友達とか言わないよね?」星は黙ったままだった。幼い頃からの親友だからこそ、彩香にはわかる。星は、何かを迷っている。「星、仁志のこと嫌いなわけじゃないでしょ?しかも一緒にいても仕事の邪魔どころかプラスだし、権力争いにも影響ない。それなのに、どうしてちゃんと向き合わないの?もしかして……清子の件、まだ引っかかってる?」星は首を横に振った。「違う」「じゃあ何?」少し間を置いて、星は口を開いた。「……実はね。仁志、前に奥さんがいたんだって」その言葉に、彩香は一瞬固まる。「えっ……結婚してたの!?そんな話、聞いたことないけど……」言ったあとで、自分でも無神経だったと気づく。別に、他人に話す義務なんてないのだから。彩香は星の表情を見つめる。「星、それ……そんなに気になる?」星は静かに首を振った。「私にも過去はあるから。そこは気にしてない。ただ……」こめかみを軽く押さえながら続ける。「その元奥さんが、また戻ってくるんじゃないかって……少し不安で。雅臣の元カノだった清子には、ひどい目に遭ったし。この前だって、ノアの元恋人にあなた誘拐されたばかりでしょ」彩香はようやく納得した。「ああ……なるほど。元恋人問題をちゃんと処
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第1653話

怜央は車椅子に座っていた。どうやらちょうど退院するところらしく、数人の秘書が荷物を抱え、彼を外へ押し出そうとしている。真正面から鉢合わせし、しかもまだ車椅子に乗っている姿を見て、星は思わず足を止めた。先に通してあげよう――そう思ったのだ。だが、その瞬間。怜央の深く沈んだ視線が、まっすぐ星に落ちた。その一瞥だけで、星の全身の産毛が逆立つ。本能が、濃密な危険を告げていた。――あの時より、強い。怜央に拉致された時よりも、むしろ。星はこれまで数えきれない修羅場をくぐってきた。だが、ここまで背筋が凍る感覚は、久しくなかった。ついこの前、D国の王宮にいた時ですら、ここまでではなかった。彩香も何かを察したのだろう。とっさに星の前へ出て、その視線を遮る。怜央は彩香を一瞥すると、何の感情も浮かべないまま視線を外した。そのまま秘書たちに押され、二人の横を通り過ぎていく。完全に姿が遠ざかってから、ようやく彩香が口を開いた。「星……今の怜央の目、ちょっと怖くなかった?」言葉を探すように眉を寄せる。「なんていうか……」少し考え、ようやく言葉を見つけた。「今にも食われそうな感じっていうか……。星、最近またあの人に何かした?」星は淡々と答える。「また私が明日香をいじめてるって思ってるのかもね。邪魔してるって」彩香は腕を組みながら言った。「でもさ、少し前に見た時はもっと落ち着いてたのよ。目つきのヤバさも、ちょっとは薄れてたし」星がパーティーや外食の場に出ると、時折怜央と顔を合わせることがあった。侑吾と拓海は常に警戒していたが、怜央はせいぜい数回皮肉を言った程度で、明確に危険な行動には出ていない。侑吾も何度か言っていた――怜央からは、そこまで明確な危険は感じない、と。彼が星の前に現れる頻度は、少なくはない。だが多すぎるわけでもない。意図的にも見えるし、ただの偶然にも見える。星は小さく息をついた。「……やっぱり気をつけたほうがいいね。最近、私たち雲井家にかなり損させてるし。あの人たちがこのまま引くとは思えない」「それはほんとにそう」病室に戻ると、美咲はすでに帰っていた。二人とも、彼女が仁志と何を話したのかは聞かなかった。明らかにプライベートな話だとわかっていたからだ。そんな空気の中、
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第1654話

彩香は察しが早かった。すぐに席を外し、自然に二人きりになるよう場を空ける。星は、久しく仁志と一緒に仕事をしていなかった。商業について理解を深めるほどに、あらためて彼の実力を思い知らされる。自分が当主の座に就くまで、まだ道のりは長い。そして、たとえ今すぐその座に就いたとしても――それを維持できるとは限らない。学ぶべきことが、あまりにも多すぎる。星は真剣に話を聞いていた。そのせいで――自分との距離を、少しずつ詰めてきている男の存在に、まったく気づいていなかった。資料をめくりながら、彼女は言う。「このディラン家って、あまり表に出てこないよね。情報も少ないし……仁志、この一族のこと知ってる?」答えを求めて顔を向けた、その瞬間。彼女は思わず息をのんだ。――近い。あまりにも近かった。振り向いた拍子に、唇が不意に彼の頬をかすめる。星はもう、初心な少女ではない。それでも――心臓が大きく跳ねた。彼女は反射的に立ち上がり、距離を取ろうとする。だが焦りすぎたせいで、後ろの椅子にぶつかった。身体がわずかに揺れる。その瞬間。しなやかで力強い腕が、彼女の腰を引き寄せた。そのまま、胸元へ。「星、大丈夫か?」頭上から落ちてくる、落ち着いた声。星のまつげが細かく震える。「……大丈夫」ただ椅子に当たっただけだ。支えがなくても、倒れることはなかった。彼女は視線を逸らす。「仁志……もう離して」仁志の黒い瞳には、動揺した彼女の顔が映っていた。その静かな瞳の奥には、濃い影が宿っている。「本当に?」ゆっくりと顔を下ろし、距離を詰める。その動きは明らかに――踏み込んでいる。男の気配が、彼女の呼吸のすぐ近くまで満ちてくる。声は穏やかなままなのに、腰に回された腕だけが、じわじわと力を強めていく。星は気づいていた。――彼が、何をしようとしているのか。手を伸ばし、彼の胸に当てて押し返そうとする。だが――力が入らない。ただ呆然と、近づいてくる彼の顔を見つめることしかできなかった。……怜央は退院後、そのまま病院の向かいに滞在していた。手には双眼鏡。向かいの部屋で、今にも口づけを交わしそうな二人を見つめている。双眼鏡を握る手に、無意識に力がこもる。ぎし、と軋む音。今にも砕け
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第1655話

なぜなら――彼はわかっていたからだ。たとえ仁志を殺したところで、星が自分に優しくなることはない。それどころか――星が、どんな男に対しても、仁志以上に心を向けることはないのだろう。怜央は、自分で自分の首を絞めるように、毎日二人の一挙手一投足を観察していた。星が、どこまで仁志に尽くすのか。それを確かめずにはいられなかった。その感覚は――まるで、甘い砂糖衣に包まれた毒を飲み込みながら、同時に自分の胸に刃を突き立てているようだった。……「星!」病室のドアが乱暴に開かれ、翔が踏み込んできた。「明日香をどこへ隠した?!」突然の怒声に、星は冷水を浴びせられたように一気に現実へ引き戻される。反射的に仁志を突き放した。なぜか――見られてはいけない場面を見られたような、強い羞恥が胸に広がる。押された仁志は数歩下がり、翔を見る目を一瞬で冷えきったものに変えた。星は深く息を吸い、なんとか落ち着きを取り戻す。だが、まだ仁志のほうを見ることはできなかった。「隠した?明日香は私の血のつながった身内よ。私がさらって、何になるの?」翔は一瞬言葉に詰まり、数秒後に鼻で笑った。「身内?はっ、今さら何言ってんだ。お前がいつ明日香を家族だなんて思った?」星は淡く微笑む。「翔兄、その言い方ちょっとおかしくない?もし私があなたたちを家族だと思ってなかったら、どうして雲井家に戻るの?」「決まってるだろ。財産が欲しいからだ!」即答だった。星はあっさりとうなずく。「それは否定しないよ。でも、それはみんな同じでしょ?あなたたちは興味ない訳?それなら、持ってる株、私に譲ってくれる?」一拍置いて、さらりと続けた。「明日香だってそうよ。いらないなら、グループから手を引けばいい。そうしてくれるなら、あなたたちのこと、本気で立派な人だって認めてあげる」あまりの図々しさに、翔は思わず笑った。「お前に褒められるために株渡すと思うか?だったらいっそ、力ずくで奪いに来いよ」そこまで言って、ふっと表情を引き締める。「……話そらすな。明日香をどこにやった」星は首をかしげた。「どうしたの?明日香、いなくなったの?」「この病院に来てから姿を消した。星、お前、本当に関係ないって言えるのか?」星は逆に問い返す。「じ
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第1656話

そのとき、翔の携帯が鳴った。通話に出ると、正道の声が響く。「お前も星も、すぐ戻ってこい。明日香の居場所、手がかりを見つけた」電話を切ると、翔は冷たく言った。「父さんが呼んでる。今すぐ戻れ」「わかった」そう答えたものの、動こうとしない星を見て、翔は眉をひそめる。「わかったなら動けよ。まさか、頼まれないと動けないのか?」星は淡々と返す。「あなたが先に行って。私は自分で帰るから。嫌いな人と一緒にいるのって、普通に気分悪いでしょ」翔はそれ以上何も言わなかった。ここにいても何も得られない。伝えることは伝えた。彼はそのまま立ち去った。場を乱された仁志の機嫌は当然よくない。星は少し気まずさを感じていたが、翔のおかげで多少は紛れていた。「仁志、あなたはここで休んでて。私は一度戻るね」少し間を置いて、付け加える。「……終わったら、また来るから」仁志は即答した。「俺も行く」星が何か言おうとする前に、彼が先に続ける。「明日香が行方不明になった以上、雲井家は手段を選ばない。朝陽だけじゃない。怜央も呼ぶはずだ。俺がいれば、連中も好き勝手はできない」星の視線が、彼の負傷した腕へ落ちる。「でも、その腕……」「問題ない。あいつらは俺に手出しできない」少しだけ声を落とし、彼女を見つめた。「それに――お前がいるだろ」星は静かに目を伏せた。結局――断れなかった。……雲井家に戻ると、案の定、客間には人が集まっていた。朝陽と誠一。さらに――志村悠白(しむら ゆうはく)の姿まである。星は彼と何度か面識があった。澄玲との関係もあり、驚きはない。そして澄玲自身も、当然動じていなかった。あと一ヶ月もすれば、彼女は靖と婚約する。星は、心の中で小さく息をつく。周囲を見回して――気づいた。怜央がいない。ついさっき退院したばかりのはずだ。あの男が、明日香の件で来ないはずがない。たとえ両足を折っていようと、這ってでも来る男だ。――それなのに、いない。考え込んでいた星は、仁志が足を止めたことに気づかなかった。ぶつかって、ようやく我に返る。「ごめん」仁志の深い視線が落ちてくる。すべてを見透かすような目だった。「星、誰のこと考えてた?」一瞬、息が
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第1657話

今度こそ、星は完全に言葉を失った。「……どうして、わかったの?」仁志は淡々と答える。「さっき、お前は一度周りを見た。その中で、明日香に関わりのある連中のうち――来ていないのは怜央だけだった」一拍置いて、続ける。「それに、少し前に彩香が言ってただろ。お前たちは病院で怜央に会ったって。そのあと、明日香は怜央の見舞いに行って、そのまま行方不明になった」仁志の口元には、相変わらず薄い笑みが浮かんでいる。だがその瞳の奥には、小川の水のように冷たい光が静かに流れていた。「星。怜央が王宮に火を放った理由――ただの恋敵潰しだけじゃないって、お前も薄々気づいてたんだろ」星は何も言えなかった。彼の推測は――自分の考えと、ほとんど同じだったからだ。ほんの一瞬。こんな男のそばにいるのは、恐ろしいことかもしれないと、星は思った。あまりにも頭が切れる。相手の心の中を、一目で見抜いてしまうほどに。その気になれば、彼の前では何一つ隠し通せない。仁志は、じっと彼女を見つめた。「今の怜央って、そんなに気になる存在か?」星は、なぜ彼がそこまで怜央を気にするのか理解できなかった。自分と怜央の関係は、水と油。顔を合わせれば衝突するだけの関係だ。むしろ朝陽や誠一を警戒していると言った方が自然なほどだった。そう思いながらも、彼女は説明する。「違う。ただ――また何か企んでるんじゃないかって思っただけ。あの人、陰湿で容赦ないから……警戒しないわけにはいかないの」その言葉が終わる前に。背後から、低くかすれた声が落ちてきた。「そこ、道塞いでる」振り返ると――怜央が車椅子に座ったまま、無表情でこちらを見ていた。その後ろの秘書は、何度も唾を飲み込み、額にはうっすら汗が浮かんでいる。星は一瞬、黙り込んだ。……さっきの、悪口聞かれた?とはいえ、そこまで気まずさはない。怜央を嫌っていることなど、今さら隠す必要もない。本人の前でも、何度もはっきり言ってきたことだ。星は仁志の腕を引き、脇へ寄った。道を空ける。怜央は何も言わず、そのまま秘書に押されて応接間へ入っていった。仁志は、その背中を見送りながら、黒い瞳をわずかに沈めた。……雲井家の人間は、自分たちの番号が怜央に着信拒否されていると知ると
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第1658話

ああいう言葉は、今まで何度も聞いてきた。星の口からも、少なくなかった。以前なら、何も感じなかったはずだ。なのに今は――妙に胸に引っかかる。やがて、顔を腫らした忠もやってきた。眉間には疲労がにじみ、明らかにやつれている。髪も乱れ、見るからにみすぼらしかった。すでに結羽に振り回され、限界だった。明日香の失踪を聞いても、気にかける余裕すらない。さらに、自分が都合よく利用された挙げ句、株まで星に奪われたことで、靖たちにも不満を抱いている。今の彼には、雲井グループ内での実権など何一つない。この先も、飼い殺し同然だ。心はとっくに折れていた。もう争う気などない。どうせ勝っても、自分のものにはならない。誰かのために道を整えるだけだ。それなら、意味はない。やがて、正道と靖が電話を終えた。靖の顔は重い。「レイル国王は、明日香の誘拐を認めなかった」忠が即座に口を挟む。「そりゃそうだろ。普通そんなの認めるわけないじゃん。自分から弱み差し出すようなもんだろ」靖は無視した。「すでにD国には人を張らせている」そして、朝陽、怜央、悠白へ視線を向ける。「雲井家だけで対応すると、他の捜索が手薄になる。だから今日来てもらった。人手を貸してほしい」朝陽と悠白は即答で引き受けた。怜央だけは、終始無言。だが誰も気にしない。黙っていても協力する、と勝手に決めつけている。段取りが一通り決まったあと、正道が星を見た。「星。お前と仁志、D国で何をした?なぜレイルが明日香を攫う?」星は答える。「ウィンザー姫が彩香を誘拐したから、助けに行っただけ」翔が冷笑する。「助けただけ、ね。その結果、イーサン王子は死んでる。星、お前わざとだろ?殺しておいて、明日香に罪被せるつもりだったんじゃないのか」その瞬間――「人を殺したのは俺だ」仁志が先に口を開いた。「星は関係ない。それに俺は、レイル国王の前でイーサン王子を殺してる。どうやっても、その罪を明日香に押しつけることはできない」わずかに笑う。「それとも、明日香が裏で何かやったか?息子を殺す以上に、国王の恨みを買うようなことを。そうでもなきゃ、わざわざ明日香を攫う理由がないだろ」翔の目が鋭く光る。「つまりお前らは無関係って顔して高み
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第1659話

たとえそれが星だったとして――だから何だというのだろう。逆に、星でなかったとして――それで何かが変わるのか。まさか本気で、星の責任を追及するつもりなのか。今の星には、雲井グループ株主の半数の支持がある。それに加えて、ランス家、さらに溝口家とも手を組んでいる。そんな相手を、「責任を取り立てたい」というだけで、どうこうできるはずがない。結局、星を呼び戻したのも探りを入れるためにすぎなかった。明日香の誘拐に、彼女が関わっているのかどうか。可能性は低い。だが、ゼロとも言い切れない。翔自身も、今の自分に星や仁志をどうこうする力がないことはわかっていた。だから黙るしかなかった。一方で星のほうも、この家族会議に来たのは半分野次馬みたいなものだった。彼女自身も、どうしてレイル国王がそこまで明日香を憎むのか、わからなかったのだ。たとえ、明日香がウィンザー姫を助けた件が自作自演だと見抜かれていたとしても――そこまで執拗な憎しみに変わるとは思えない。その後も皆が思い思いに意見を口にし、悠白までいくつか見解を述べた。そんな中で、星と仁志だけは、まるで部外者のように黙って聞いていた。そしてもう一人。怜央だけが、最初から最後まで一言も発しなかった。しばらく聞いていた星は、少し退屈になって、小声で仁志に尋ねた。「仁志、まだ怪我も治ってないし……少し外で休む?気分も変わると思うけど」仁志は、明日香の救出そのものにはあまり興味がなかった。星について来たのも、彼女がこの場で理不尽に責められないか気になったからにすぎない。今のところ大きな問題も起きていない。そう判断して、彼は静かにうなずいた。星は正道にひと声かけると、そのまま仁志と一緒に応接間を出た。二人が抜けたことに対しても、周囲はさほど反応しなかった。そもそも星や仁志が明日香を助けるために動くなど、誰も期待していない。むしろ余計なことをしないだけましだ――そんな空気ですらあった。怜央は、去っていく二人の背中をじっと見つめ、薄い唇を真一文字に結んだ。窓越しに見える外のテラスでは、星と仁志がそのまま屋敷を出ることもなく、ソファに腰掛けて景色を眺めながら何か話していた。星は自分でお茶をいれ、果物まで洗っている。怜央には、二人が何を話しているのか聞こえない。だが
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第1660話

怜央は何も答えなかった。もともと彼は、陰気で掴みどころのない男だ。靖たちも、特に深くは気にしなかった。どれほど時間が経った頃だろう。不意に、怜央の携帯が鳴った。彼は着信画面を一瞥し、胸の内の苛立ちを押さえ込みながら通話に出る。「どうした」受話器の向こうから飛び込んできたのは、優芽利の取り乱した声だった。「お兄さん、大変なの!あのキジトラ猫が逃げちゃったの!」その瞬間、怜央の顔色が変わる。「逃げた?どうしてだ」優芽利の声には、今にも泣き出しそうな響きが混じっていた。「出前を受け取ったあと……たぶんドアを閉め忘れちゃって……ご飯を食べ終わってから猫を探したら、ドアが少し開いてて……もういなくなってたの……」怜央は出かける前、優芽利にそのキジトラ猫の世話を任せていた。たいてい彼が外出する時や家を空ける時は、優芽利を呼びつける。他人に任せる気にはなれないのだ。怜央が普段どれだけその猫を大事にしているか、優芽利はよく知っていた。その猫は野性味が強く、怜央にだけは従順だが、優芽利にはいつも牙を剥く。実際、彼女は顔を引っかかれそうになり、危うく傷が残るところだった。叩くなんてもってのほか。普段、少し文句を言うことすら許されない。たった数句、その猫の悪口を言っただけで、怜央にきつく叱りつけられたこともある。そのくせ怜央は、使用人に世話を任せることも許さず、必ず優芽利自身に面倒を見させた。彼が不在の間、優芽利はまるでご先祖様でも祀るみたいに、その猫を扱ってきた。完全に猫の下僕である。優芽利はもう、怜央がわざと自分をいじめているのではないかと疑い始めていた。しかも聞くところによれば、その猫は星から贈られたものだという。自分だって名門の令嬢だ。それなのに、たかが獣一匹に頭が上がらない。腹が立たないはずがない。怜央は敵を排除する時には冷酷無比で、人を殺すことすらためらわない。それなのに、たった一匹の猫には信じられないほどの寛容さと愛情を見せる。その落差が、優芽利には滑稽で仕方なかった。優芽利はその猫が嫌いだった。星が嫌いなのと同じくらい。それでも、猫に何かする勇気はなかった。ましてや故意に逃がすなど、できるはずもない。怜央のその猫への執着は、彼女にはもはや病的に見えた。世間で
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