その激しい感情の落差は、星にとって未知のもので、すぐには馴染めなかった。床から拾い上げた上着には、ほのかなシダーウッドの香りが残っている。清冽で静かな香りだった。仁志は星をじっと見つめた。「星野さん、君は誰に対してもそんなに優しいのかい?」星はハッと我に返り、暗がりの中でいっそう深く見える彼の目を見返した。まるで底知れぬ深淵が広がっているようで、彼の真意を読み取ることはできない。「……何のこと?」仁志は瞳の奥に渦巻く思いをふっとしまい込んだ。「何でもない。もう遅いから、送っていくよ」星の返事を待たずに、仁志はさっさと部屋を出ていった。星は上着を抱きかかえたまま、慌てて彼の後を追った。エレベーターの中で、星は上着を差し出した。「仁志、これ……さっきはありがとう」しかし仁志は受け取ろうとせず、前を向いたまま言った。「外は冷える。君が着ていればいい」「大丈夫よ。今はそれほど寒くないから」だが、一階に着いて扉が開いた途端、初秋の冷たい夜風が吹き込んできた。星は思わず「くしゅん」とくしゃみをする。顔を上げると、仁志が意味ありげな視線でこちらを見つめていた。気まずくなった星はパッと目を伏せ、結局上着を返すのを諦めた。時間が遅かったため、星は雲井家の本邸には戻らず、自分名義のマンションへ帰ることにした。仁志の住むマンションから車で10分あまりの距離にある場所だ。仁志に挨拶をして車を降り、自分の部屋へ入ってから、星はようやく彼の上着を返し忘れたことに気がついた。玄関でその上着を抱きかかえると、微かなシダーウッドの香りがふわりと鼻先をかすめる。その瞬間、不意に、N国の温泉で足を滑らせ、仁志の胸に倒れ込んだ時の記憶が鮮明に蘇った。ハッと我に返った星の頬は、なぜかひどく熱を持っていた。私、一体何を考えているのよ。熱を持った両頬を手のひらで押さえ、星は逃げ込むように浴室へと向かった。風呂上がりに居間を通ると、またしてもソファに置かれた上着へと自然に目が向いた。ローテーブルに置いたスマホの画面は真っ暗で、何の通知も来ていない。手に取っては置き、という動作を二度繰り返した後、星はついに仁志とのトーク画面を開いた。【上着、クリーニングに出してから返すわね】メッセージを送信すると、星は画面を伏せるようにスマホをソフ
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