彩香たちが到着する前に、担当医はすでに仁志へ退院の許可を伝えていた。仁志は病室の窓辺に静かに立っていた。シンプルな白いシャツに黒の長ズボンという無造作な装いだが、長身で無駄のないしなやかな体躯が目を引く。窓から差し込む陽光が彼を淡い光の輪で包み込み、まるで一枚の絵画のように、どこか現実離れした空気を漂わせていた。この顔を見るたびに、彩香は造物主のえこひいきを恨まずにはいられなかった。この男は、あまりにも顔が整いすぎている。星があっさりと彼に心を奪われてしまったのも、無理はない。足音を聞きつけ、仁志がゆっくりと振り返った。漆黒の瞳が静かに彩香へ向けられる。しかし、彩香の後ろに立っているのが奏だと気づいた瞬間、仁志は薄い唇をわずかに引き結び、温度のない声で言った。「……星野さんは、来ないのか?」彼の目の奥には怒りも失望も浮かんでおらず、ただ平静そのものだった。だが、その低い声には空気を凍らせるような言い知れぬ威圧感がこもっており、彩香は全身が落ち着かなくなるのを感じた。彩香は心の中でぶつぶつと呟いた。なんなのよ、こいつ。見た目は二十歳そこそこの若い青年のはずなのに、どうしてこんな、裏社会のボスみたいな恐ろしい威圧感を放っているのよ?彩香は怯えをごまかすように、わざとらしく軽く咳払いをした。「……星は今日、大事な公演があってどうしても手が離せないの。だから、私と奏が迎えに来たのよ」奏は無表情のまま仁志を一瞥したが、何も言わなかった。仁志は静かに目を伏せた。「……ずいぶんと忙しいんだな」その短く冷たい言葉には、名状しがたい、複雑で不穏な響きが込められていた。彩香はそれに気づき、無意識に星を庇って弁解した。「あのね……鈴木さんも今朝、急に退院して帰ったから。これから星はそんなに忙しくなくなるし、直接治療できるようになるわ」航平が退院したと聞き、仁志はそれ以上何も言わず、ただ静かに口を閉ざした。……病院からの帰りの道中、車を運転したのは奏だった。彩香が助手席に座り、仁志は後部座席で静かに目を閉じている。彩香はルームミラー越しに仁志を盗み見ながら、あの「婚約者」の存在について、どうしても彼に問い詰めたくてうずうずしていた。彼女は事前に介護士から、仁志が入院していたこの数日間、その「婚約者」とやらが
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