All Chapters of 離婚届は即サインしたのに、私が綺麗になったら執着ってどういうこと?: Chapter 91 - Chapter 100

100 Chapters

第91話

修矢が振り向くと、その目には一片の温情もなかった。「柚香、そろそろほどほどにした方がいい」そう言い残して、彼はその場を後にした。「遥香」修矢は出口のところで遥香と保に追いついた。彼は速足で二人の前に立ち、彼女をまっすぐに見つめて言った。「来い」「川崎さん、彼について行くか?」保がふいに笑い、皮肉たっぷりに言った。「この黙り屋、さっきはそんなこと一言も言ってなかったけどな」「鴨下社長」修矢の視線が鋭く彼を射抜く。「黙ってれば誰もお前のこと黙り屋とは思わない」保はあからさまな嘲りを浮かべた。「尾田社長、せめて自分の女がいじめられてるときくらい、何とかしてやれよ」そう言って、今度は遥香の方を見た。「遥香、どっちに行くんだ?」修矢の顔色が暗くなり、強引に彼女の手を取ろうとしたが、遥香はその手を力強く振り払った。「行こう」その言葉は保に向けられたものだった。保は修矢に挑むように眉を上げ、その目にはあふれんばかりの勝ち誇った色が浮かんでいた。「尾田社長、良い犬ってのは道を塞いだりしないんだぜ」そう言いながら、わざと遥香の前に立ち、挑発的な目で修矢を見つめた。修矢は唇を固く引き結び、遥香と保が並んで歩き去る姿を見送った。胸の奥に、はっきりとした敗北感が押し寄せてきた。本当に自分は間違っていたのか?その頃、保は遥香のために車のドアを開け、丁寧に彼女を乗せた。車に乗ると、彼はにっこりと笑いかけた。「遥香、今度はどうやって俺にお礼してくれるんだ?」遥香は淡々と答えた。「保さんが勝手にしたことでしょ。お礼なんて必要ないの」「助けてやったのに、その言い方はないだろ?」保は首を傾げ、からかうように彼女を見つめた。「恩知らずだな」遥香はじろりと彼を睨んだ。「用がないなら降りるよ」保が何かを企んでいるのはわかっていた。もし彼の言葉がたまたま自分の胸に刺さらなかったら、こんなふうに一緒に車に乗ることもなかっただろう。修矢については……遥香はそっと唇を噛み、無理やりその姿を頭の中から追い出した。案の定、保はすかさず本題を切り出す。「彫刻の展示室をやってもらえないか?」「だめ」遥香は考える間もなくきっぱりと断った。保が彫刻の展示室を作ろうとしているのは、祖父を喜ばせるためだとわかっていた
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第92話

鴨下家の祖父は、遥香への好意を隠そうともせず顔に表していた。この様子に、鴨下家の他の人々は一瞬たじろぎ、遥香と保の方を無意識に見やった。外見だけを見ても、ふたりはとてもよく釣り合っていた。それに加えて、遥香は祖父の目にかなったのだ。鴨下家の祖父は周囲の視線などどこ吹く風で、遥香を手招きした。「遥香ちゃん、さあ座りなさい。ここでは自分の家だと思って、遠慮はいらないよ」「ありがとうございます、おじい様」遥香は素直に席に着いた。彼女にはわかっていた。鴨下家の祖父は本心から自分を気に入り、きちんと敬意を払ってくれている。だからこそ、彼に対しての抵抗感はあまりなかった。保はすかさず彼女の隣に腰を下ろし、意気揚々と声を上げた。「おじい様、知らなかったでしょう。遥香が彫刻の展示会を開いてくれるって。あとはおじい様の一言だけです!」鴨下家の祖父は、これが保の発案であり、遥香は頼まれて来ただけだとすぐに察した。だが孫が自分を喜ばせようと心を砕いてくれていることが、何よりも嬉しかった。祖父はにこやかに遥香の意向を尋ねた。「遥香ちゃん、本当に私のために彫刻の展示会をやってくれるのかい?」「はい、喜んで、おじい様」遥香は笑顔で答えた。「ちょうど最近、ハレ・アンティークの宣伝もしたいと思っていたので、この機会を活かせたらと」「それは良かった!じゃあ、この件は遥香ちゃんに任せたな」鴨下家の祖父はすっかり機嫌を良くし、笑い声を上げた。その様子に、鴨下家の他の面々の表情が僅かに曇る。特に隅に座っていた鴨下彰瑛(かもした あきひで)は、ようやく顔を上げ、並んで座る保と遥香をまともに見た。彰瑛の目には冷ややかな光が宿り、意味深に口を開いた。「おじい様、この件は少々、不適切ではないでしょうか」「どこが不適切だ?」祖父は笑みを引き、眉をひそめて彰瑛を見た。彰瑛は遥香に目を向け、遠慮なく問いかけた。「川崎さんは尾田社長の奥さんだと聞きましたが、本当ですか?」その一言で、食卓の空気が一気に凍りついた。保は細めた目で彰瑛を睨みつけ、内心で冷笑した。この場であえて、遥香と修矢の関係を暴こうとするなんで、意図は火を見るより明らかだった。残念ながら、彼の目論見は外れた。鴨下家の人々もこれを聞いて、一様に驚きを隠せなかっ
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第93話

彰瑛でさえ表情に出してしまい、一瞬驚いた顔を見せた。この話はまるでジェットコースターのように上下が激しく、誰もすぐには気持ちの整理がつかない。保はうなずきながら言った。「その通り。遥香は尾田社長の元妻で、今は何の関係もありません」「尾田社長と離婚したのか?」祖父は眉をひそめ、彼女を気遣うように見つめた。「尾田社長は、遥香ちゃんを大切にしてなかったのか」彼にとっては、遥香はまさに逸材。そんな存在を手放すなんて、あまりに惜しい。遥香は軽く笑い、淡々と答えた。「私たちは円満に離婚しました。今は尾田家とは関係ありません。ご心配なく」彼女がまったく気にしていない様子を見て、祖父は胸を叩いて宣言した。「それならいい。あいつが大事にしなくても、世の中にはお前を大切にする男がいくらでもいる。今度は私がもっと良い相手を紹介してやる!」「ありがとうございます、おじい様」遥香はそう言って、視線をそっと端の方にいる彰瑛に向けた。結婚のことはよく隠していた。知っているのはほんの一握りの人間だけ。彰瑛の「少し調べればわかる」なんて話は明らかにおかしい。彼女は以前誘拐されたときからすでに疑っていた。そして、今日の出来事で、あの誘拐が彰瑛と無関係ではないという確信がさらに強まった。やはり、今日鴨下家に来て正解だった。祖父は大きく手を振って言った。「遥香ちゃん、遠慮はいらん。展示会に二百億円出すから、好きにやっていい。足りなきゃまた言いなさい」「おじい様」今度は保さえ驚いた。祖父が一気に二百億円も出すとは、まるで遥香にただで贈るようなもので、彼女をここまで信じているのか。彼女を家に連れて来たのは、やはり大正解だった。これからはこのお嬢様を大切にしなければ。彼女がいると、最近祖父に怒られなくなった。「おじい様、遥香さんにそんな大金を投資するの?」鴨下家の末娘は驚きすぎて口が塞がらなかった。彼女の母も目を見開いて言った。「お父様、彫刻に興味ある人ってそこまで多くないし、そんなに出したらその、損してしまいませんか?」本当は「絶対損する」と言いたかったが、父の機嫌を損ねたくなくて、少し柔らかく表現した。だが鴨下の祖父は、最初から損得など気にしていなかった。二百億は彼にとっては、ほんの端金にすぎないのだ。「遥香ちゃ
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第94話

「川崎様、こちらへどうぞ」鴨下家の執事は、庶子たち以上に丁重な態度で遥香に接した。「ありがとうございます」遥香は礼儀正しく頷き、その後に続いた。彰瑛の視線は遥香に貼りついたままだった。だが次の瞬間、肩にずしりとした衝撃が走り、激しい痛みが襲う。「彰瑛、君には縁のないものを妄想するな。女でも、鴨下家でもだ」保の指先が肩に食い込み、彰瑛の顔は痛みで引きつった。「今日が最後だ。次は兄として容赦しない」低く冷たい声に、彰瑛は力任せに腕を振り払った。二歩後ずさり、逆に口元を吊り上げて笑う。「兄さん、自分だって狙ってたくせに。この肌の白さに、ドレスの下の腰つき……そそられるだろ?」周囲の視線など気にも留めず、保の拳が彰瑛の顔面にめり込んだ。「その汚い口、洗ってから出直せ」一帯に緊張が走る中、鴨下の祖父はただ一瞥をくれただけで、特に何の反応も示さなかった。殴られた彰瑛のことなど、最初から眼中になかったのだ。所詮は庶子。孫の鍛錬材料にすぎない。「お気遣いなく、車が待っていますので」遥香は執事を止めて、門前に待機していた車に乗り込んだ。だがドアを開けた瞬間、後部座席に見知らぬ男が座っていた。一瞬戸惑った彼女はすぐに違和感を察知し、慌てて車外に出ようとしたが、その腕を掴まれ、力任せに引き戻された。「助けて……」叫ぶ暇もなく、ハンカチが口を塞ぎ、意識が闇に沈んでいく。再び目を覚ますと、ホテルのスイートルームに監禁されていた。またもや誘拐か。この手口に見覚えがある。「鴨下彰瑛?」遥香は試すように声を発した。すぐさま、バスルームから下品な笑い声が響いた。「さすがだな、遥香ちゃん。頭が回るだけある。どうりで保が惚れるわけだ」男は下着姿で恥知らずに現れ、彼女の顎を掴み上げた。遥香は全身から力が抜け、顔を背けた。触れられた肌が気味悪くて仕方ない。「また何を企んでいるの?私に彫刻を手伝わせたいわけ?忘れるな、今の私は保さん側の人間だ。おじい様もそのことを知っているの」彰瑛はふしだらな笑みを浮かべた。「それがどうした?お前らは所詮、ビジネスパートナーに過ぎない」「でも俺は、お前と夫婦になりたい。俺と寝て、俺の子を孕んだら、嫁にもらってやる。どうだ?」遥香は震える身体で歯を食いしばった。「卑怯者!」彰瑛はその手を撫で
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第95話

スイートルームの扉が、外から激しく蹴破られた。「誰だ、俺の邪魔を……っ!」彰瑛の怒鳴り声は、次の瞬間、壁に叩きつけられて途切れた。口元から血が滴る。修矢は無言のままコートを脱ぎ、遥香の身体を包み込むように覆いかぶせた。声には震えが混じっていた。遥香の手に浮かぶ青紫の痕に気づくと、修矢の目が何度も激しく揺れ、拳を固く握りしめて立ち上がった。無言で歩み寄り、彰瑛の胸を踏みつけ、喉元を容赦なく締め上げる。「鴨下家のクズが、俺の女に手を出すだと?」彰瑛は全身を激痛に支配され、生きた心地がしなかった。それ以上に、恐怖が骨の髄まで染み込んでいた。「知らなかったんだ。あの女は離婚したって言ってたんです、お、尾田社長……」鴨下の祖父は何度も忠告した。尾田家には手を出すなと。今や自業自得だ。「離婚?」修矢は拳を握りしめ、彰瑛の顔面に次々と叩き込まれる。肉を殴る鈍い音と、血飛沫が空気を裂いた。彰瑛は何もできず、そのまま意識を失った。「修矢さん、もうやめて」遥香が制止した。こんな人間のせいで、彼が取り返しのつかないことをしてほしくなかった。「連れていけ」背後にいた品田がすぐに前へ出て、彰瑛の身体をずるずると引きずっていった。「遅れてごめん」修矢はベッドへ近づき、優しく声をかけた。遥香は身体を丸め、力が抜けたまま、まつげだけがかすかに震えていた。鴨下家の混乱に巻き込まれたことで、心も体も限界に近かった。修矢はその姿を見て、胸が締めつけられる思いだった。「病院に送る」診察室の前で、医師が出てきた。「体に大きな問題はありません。微量の催眠薬が検出されましたが、量は少なく済んでいます」その言葉に、修矢は胸をなで下ろした。遥香の手を握り返した瞬間、生きている実感がようやく戻った。恐怖で、背中はすっかり汗に濡れていた。あと少しで、自分の遥香が危険な目に遭うところだった。「他にどこか痛いか?」修矢は瞬きもせず遥香を見つめ、その瞳は深く、星のように輝いていた。遥香は唇をきつく結び、答えなかった。唇がわずかに震えている。危険を脱した今、修矢に頼りたい気持ちが強かったが、理性がそれを許さなかった。離婚した以上、彼女が修矢に頼る理由がなくなる。関係は、もう、終わっている。「今日はありがとう。もう江里子を呼んであるから、帰って休んでくだ
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第96話

遥香の表情は波一つなく、むしろ冷ややかだった。彼女は保のスマホを払いのけていった。「保さん、おめでとうございます」彼女はよくわかっていた。この男の手口は狡猾で、自分に会いに来たのはただの見せかけで、祖父の関心を引きたいだけなのだと。「保さん、修矢さん、疲れました」遥香はそう言うと、横になって目を閉じた。二人の男もこれ以上厚かましくはできず、去るしかなかった。病室の外。二人の視線が交わり、目に見えない火花が散った。「鴨下社長、何度も言っただろう。彼女に近づくな。鴨下家のめんどくさいことに彼女を巻き込むな」修矢の目は細める。「尾田社長、それは言い過ぎだな。うちは清廉潔白で、そんなことないぞ。ただ祖父が川崎さんの彫刻を気に入っているだけです。何が悪い?」保は目を細めて笑った。「それに、彼女とは自発的に協力し合っているんです」「それで、尾田社長はどんな立場で俺に警告しているのか?元夫という立場か?」彼は妖艶に笑い、嘲るような口調で言葉を放った。特に「元夫」という言葉は、修矢の心臓を直撃するようだった。保は挑発的に言った。「彼女とのことは、あまり干渉しないでくれないか。所詮君とはもう関係ないから」修矢の表情は冷静そのものだった。「それでも、彼女は君とも関わりたくないはずだ。これ以上彼女を利用するな」彼は知っていた。遥香が好きな人は海外にいるのだと。薬を持って病室へ向かっていた看護師は、対峙する二人を見て眉をひそめた。「何をしているんですか?患者さんは休養が必要です!喧嘩なら外でやってください」その時、扉が開いた。遥香の真っ黒な瞳が静かに二人を見た。「二人とも、喧嘩はやめてくれない?」血の気のない白い唇がわずかに開き、淡々とした口調だが真剣な思いが込められていた。「もう一度言うけど、休みたいの」修矢の声が速まった。「ここで付き添う」「結構。病院には医者と看護師がいるから、尾田社長は仕事に行ってください」それとも、柚香の世話でもすればいい。妹に知られたら、またどんな騒ぎを起こすかわかったものではない。彼女は今、こんな感情のもつれに構っている余裕などない。病室が再び静寂に包まれ、遥香は窓際に立ち、静かに外を眺めていた。なめらかな黒髪が肩にかかり、細身の体躯。江里子がやって来ると、遥香
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第97話

何でも揃っている。「これ、全部わざわざ用意したんだからね」遥香がしぶしぶ道具を片づけると、重苦しかった空気もすっかり和らいだ。しばらくすると、病室のドアが再び開く。遥香は来客を追い出そうとすると、来客はスーツを着た鴨下の祖父だとわかり、驚いた。「おじい様?」遥香は信じられない様子だ。「どうして来てくださったのですか?私は怪我をしていませんよ」鴨下の祖父は深いため息をついた。「どう言おうが、アイツは私の孫だ。やらかしたからには、遥香ちゃんを見に来ないわけにはいかん」「保から話は聞いた。あいつが先に来たらしいが、どうにも心配でな」鴨下の祖父はじっと遥香を見つめた。しばし沈黙のあと、自責の念が混じった声が落ちてくる。「遥香ちゃん、今日のことは、本当にすまなかった。あの出来損ないどもをちゃんと見ていなかったせいで、遥香ちゃんにこんな思いをさせてしまった」そばで存在を消していた江里子は、目をまんまるにして固まっていた。まさか、あの鴨下家の祖父が、遥香をそこまで大事にするとは。「彰瑛のことは、もう罰した。退院したら、好きなだけ殴らせてやる」ここまでの誠意を見せられたら、遥香としてもそれ以上責め立てる理由はなかった。いつものように淡々とした表情で答える。「おじい様が謝ることじゃありません。悪いのはおじい様ではありません」「どうか気にしないでください」本心からだった。それは、相手にも伝わっていた。「展示会の件、退院したらすぐに動きます」不意の着信音が気まずい空気を破った。遥香は画面を見て、少しだけ迷ってから指でスライドして通話を繋げた。スピーカーにはしていなかったが、病室は静まり返っていたため、声は自然と周囲に聞こえる。父の声は冷え切っていた。「遥香、俺だ」「ええ」冷ややかに返すと、向こうはしばし黙り込んだ。「遥香、柚香が最近、展示会を開きたいって言ってる。もし時間があるなら、手を貸してやってくれないか。お前ら姉妹なんだし、長く恨み合うようなことじゃない。柚香も最近ずっと、お前のことを気にかけてる」父の声音には、珍しく感情がこもっていた。「もう何日も経った。お母さんも俺も、お前に会いたいと思ってる。家に帰って、飯でも食おう。お前の好きな料理、二人で作って待ってる」「そうよ、遥香」今度は母の声
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第98話

「遥香!」川崎家の夫婦は一瞬にして声のトーンを変えた。「この親不孝者め、柚香を手伝わないって言うなら、もうお前のことなんて娘と思わないからな」なんて無礼な子。鴨下家に気に入られてるからって、調子に乗れると思ってるのか?その威圧的な声は病室の中にくっきりと響いた。もともと彰瑛のせいで発作寸前だった鴨下の祖父は、それを聞いてさらに怒り心頭。今度は川崎家の非常識な夫婦が、またしても遥香に矛先を向けてきた。我が家の孫娘にしたいと大切にしている遥香を、川崎家にそんなに嫌われている。鴨下の祖父は胸を押さえ、しばらく呼吸を整えることすらできなかった。川崎家の夫婦は本当にどうかしてる。鴨下の祖父は勢いよくスマホを取り上げると、声を張って怒鳴った。その声は電話越しにも凄まじく、相手の鼓膜を突き破る勢いだった。「馬鹿者ども!」鴨下の祖父は怒鳴った。「こんな立派な子を前にして、なんでそんな目が節穴なんだ!?遥香ちゃんにそんな親はいらん!彼女をいらんのなら、欲しがる人間は山ほどおる!」それだけでは足りないと感じたのか、鴨下の祖父はさらに熱を込めて続けた。「はっきり言うけど、遥香ちゃんは本当にお前らの実の娘か?無関心なだけじゃない、今度はこんなひどいことするなんて、何を考えているのだ」その怒声は雷鳴のようで、電話の向こうの川崎家の夫婦は顔色を失った。彼らにとって、鴨下の祖父は到底逆らえない存在だ。慌てて電話を切り、川崎の夫婦は胸を撫で下ろしながらしばらく言葉が出なかった。病室の中は静まり返り、スマホの切断音だけが響いていた。江里子は思わず親指を立てた。これはもう、脱帽レベル。その勢いのまま、水を一杯入れて差し出す。水を受け取り一口飲むと、鴨下の祖父はまだ先ほどの出来に満足していないようだった。「遥香ちゃん、あんな連中のせいで気を落とすな」声には、先ほどまでの怒気が少し和らいでいた。その目には敬意と、そして深い憂いが入り混じっている。若くして彫刻の腕前は見事。掌に刻まれた固いタコを見ただけで、この子がどれだけ努力を重ね、どれだけ痛みに耐えてきたかがわかる。本来なら大事に育てられるべき娘が、あんなふうに身内に利用されていたなんて。鴨下の祖父のため息は、さらに深くなった。「おじい様、あり
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第99話

「柚香、やってみたいなら、お母さんは応援するわ」母はやわらかな声で微笑む。「何か必要なことがあったら、何でも言いなさい。全力で支えるから」「そうだな、私たちがいるから」父も優しい目で頷き、愛しげに娘の頭を撫でた。その様子を見た柚香は、自らふたりの間にちょこんと座り、左右の腕に抱きついて甘えた。「ありがとう、パパ、ママ」長い睫毛をふるわせ、まるでお人形のような表情でうるんだ瞳を向けた。夜も更け、病院内は静まり返っていた。病室のカーテンは開けたままで、月明かりに包まれた遥香は、まるでそのまま溶けてしまいそうに見えた。眠っている遥香の額にはじっとりと汗がにじみ、眉間には深いしわ、手は無意識に布団を握りしめていた。「や、やめて……離れて……」悪夢に驚き、ベッドから飛び起きた。意識がまだ朦朧としている中、冷えた腕にぐっと抱き寄せられた。視界がまだ定まらないまま、そばの人物が低く、優しい声で囁く。「悪夢でも見たのか?大丈夫、俺がいる。もう誰にも君を傷つけさせない」ゆっくりと焦点が合い、その顔がはっきりと見えた。修矢だった!彼の瞳は、まっすぐ彼女だけを見つめていて、そこには確かな心配が浮かんでいた。「大丈夫、全部夢だ。俺がいるから」彼の手が、まるで子どもをあやすように優しく背をさすってくれる。ようやく意識が戻り始めた遥香は、少しだけ力を込めて彼の腕から離れようとした。「遥香、怖がらなくていい。昔もよく君が悪夢にうなされたとき、俺はこうしてそばにいた」養父母の死。それは遥香に長く終わらない悪夢を残した。けれど修矢と結婚してから、その夜の苦しみは少しずつ和らいでいた。過去の記憶が胸をよぎり、遥香の目頭は静かに熱くなった。かつては、これが永遠に続くと思っていた。でも今では、もう自分のものではなくなった温もりだ。気づけば、涙が頬を伝っていた。彼の腕にきつく抱きしめられ、ようやくその体がひどく冷えていることに気づいた。さっき彼が駆け込んできた光景を思い出すと、ある推測が頭に浮かんだ。「修矢さん……」言葉を濁していると、男が代わりに答えた。「ずっと外で待ってたんだ。君に何かあったらと思って」ずっと?廊下の夜の空気はひんやりとしていて、彼はスーツ一枚きりだった。きっと寒かったに違
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第100話

都心第一病院の救急室に、修矢が急いで駆けつけた。柚香はぐったりと病床に横たわり、顔色も悪かった。修矢の姿を見て起き上がろうとしたが、母に押し戻された。「柚香、横になってなさい。お医者さんが、今はすごく弱ってるって言ってたわよ」その目には心配の色が濃く浮かんでいた。柚香は泣き出しそうな声で言った。「修矢、なんで来たの?ママ、修矢には言わないでって言ったのに。仕事で忙しいのよ」「あなたにこんなことがあって、言わないわけにはいかないわ!」母は彼女の頭を撫でた。「この馬鹿娘は、何かあると一人で頑張りたがるのよ」修矢は少し眉をひそめた。「柚香、何があったか?」母が先に答えた。「柚香は最近展示会の準備で忙しかったの。投資も会場も全て自分で気を配っていて、喘息の発作を起こすほど無理したのよ」「もし気づくのが遅れてたら……どうなってたか」修矢はベッドに近づき、低い声で言った。「投資のこと、どうして俺に言わなかった?」柚香はか細い声ながら、どこか意志を秘めていた。「自分のことだから、自分で責任を持ちたかったの」母はうなずき、呟いた。「はぁ、遥香があなたの半分でもしっかりしてたらいいのに。あの子は鴨下家に甘えるばっかりで」柚香は母の腕を引っ張った。「ママ、そんなこと言わないでよ」修矢の目がわずかに陰る。「柚香、展示会の投資は俺が出す。二百億まで出す。足りなかったら、また言え」「ありがとう、修矢。最初に儲けが出たら、全部お返しするね!」柚香の顔には、隠せないほどの喜びが広がっていた。修矢は医師に病状を確認した後、病院を後にした。その間に、柚香はこっそりとスマホでメディアに連絡を取った。一方。「遥香、早くスマホを見て!」遥香がベッドに横になったばかりの時、江里子の声が聞こえた。彼女は身を起こして尋ねた。「どうしたの?」「川崎柚香が展示会を開くって、知ってた?ネットで既に発表されてるわ!」江里子は憤った表情でスマホを差し出し、噛みつくように言った。「あの子、絶対わざとよ。遥香が展示会準備してるって知ってて、わざと同じタイミングにしたんだわ。しかも発表も先に出してるのよ」「それに尾田社長まで、川崎柚香に投資するなんて!遥香の展示会のこと、あの人だって知ってるはずなのに、どういうつもりなのよ?」遥香は画面を見つめ
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