実穂の声はかすれて低かった。「大文字のアルファベット『A』に似ているけど……とても複雑なデザインだった」アルファベット「A」のタトゥーデザイン!遥香の頭の中で「ゴーン」と鳴り響き、稲妻のような衝撃が走った。遥香は鮮明に思い出した。数日前、オークションの裏でフラグマン・デュ・ドラゴンを奪った覆面の強盗たちの首領格の男。その手首に刻まれていたのは、ほとんど同じ「A」の印だった。あの印はいやでも目を引くもので、とてもありふれたタトゥーとは思えなかった。まさか、この二つの出来事の間に、人知れぬ繋がりが潜んでいるのか?底冷えする寒気が足元から頭のてっぺんまで一気に駆け上がる。遥香は心に渦巻く動揺を必死に押し殺し、表情をいつも通りに保った。実穂に少しでも悟られてはならなかった。この件の背後には、想像をはるかに超える危険が潜んでいるに違いない。親を失ったばかりの実穂を、これ以上深い渦に巻き込むわけにはいかない。遥香は深く息を吸い、慶介を見ながら落ち着いた声で言った。「慶介さん、実穂がしばらくここに住むなら、私も数日一緒に泊まって付き添おうと思う。こんな広い部屋に一人きりじゃ、どうしても気が滅入ってしまうでしょうし」慶介は少し驚いた顔をしたが、すぐにうなずいた。「そうだな。お前が一緒なら、俺もずっと安心できる」ずっと黙っていた実穂が、その時ようやく顔を上げた。血走った目に、かすかではあるが真摯な感謝の色が浮かんでいた。慶介を見送ったあと、遥香はすぐに修矢の邸宅へ向かい、リンゴを連れて帰ろうとした。ただの小さな用事のつもりだったが、そう切り出した瞬間、修矢の眉がわずかにひそまった。「リンゴを連れて行くつもりか?」修矢の声は感情を読ませなかったが、なぜか周囲の空気がひやりと冷え込んだように思えた。リンゴもその微妙な空気を感じ取ったのか、遥香の足元から修矢の前へ駆け寄り、「ワンワン」と吠えながらズボンの裾に体をこすりつけた。それは遥香のために懇願しているようでもあり、自分も一緒に行きたいと訴えているようでもあった。修矢は足元の小さな生き物を見下ろし、珍しく困ったような表情を浮かべた。彼はしゃがみ込み、リンゴに向かって真剣に語りかけた。「リンゴ、よく聞いてくれ。遥香のところは今ちょっと特別な状況で、君が行ったら迷惑になるかもしれな
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