遥香は小さく返事をしてシャワーをひねり、水温を整えた。彼の背後に立ち、濡らしたスポンジを手に取って慎重に背中を洗い始める。きめ細かな泡が彼女の動きに合わせて肌に広がり、温かく引き締まった筋肉の線が水の光の中にかすかに浮かび上がった。彼の落ち着いた呼吸と、言葉にされない呼応が確かに伝わってきた。髪を洗うときにはさらに身を寄せ、指先を濃い髪の間にすべらせながら柔らかく揉み洗いした。彼はわずかに頭を傾け、頬を伝う水滴と、額に張りついた濡れた髪の数筋が、普段の鋭さを和らげ、言いようのない色気を漂わせていた。浴室にはシャワーの音と二人の息遣いだけが響き、曖昧な旋律を紡いでいた。不意に彼が振り向き、髪先からこぼれた水滴が遥香の頬を打ち、ひやりとした感触を残した。傷のない手が湿り気を帯びて彼女の頬に触れ、指先で柔らかな肌をなぞる。「遥香」嗄れた声で名を呼んだ。遥香の鼓動は一気に速まり、顔を上げた途端、夜の海のように深い瞳に呑み込まれた。その奥で渦巻く感情は理解できないものだったが、抗えない魅力を放っていた。彼はゆっくりと身を屈め、端正な顔立ちが目前に迫り、温かな吐息が唇をかすめた。唇が触れ合おうとしたその刹那……――リンリンリン。耳をつんざく電話のベルが雷鳴のように室内の甘い空気を切り裂いた。修矢の体がびくりと硬直し、眉間に深い皺が刻まれる。瞳に宿っていた柔らかな色は、瞬く間に苛立ちへと変わった。彼は喉仏を上下させ、邪魔をされた不快を抑え込みながら、ゆっくりと体を起こし、遥香との距離を取った。あの曖昧な空気は、一瞬で霧散した。遥香も夢から引き戻されたように頬を真っ赤に染め、慌てて視線をそらした。「電話……電話よ」修矢は唇を引き結び、棚から携帯を取り上げると、画面を見ることもなく通話に出て、抑えた怒気を帯びて言った。「誰だ」電話の向こうからのぞみの少し焦った声が聞こえ、距離があるにもかかわらず、遥香にもかすかに届いた。修矢はそれを聞きながらますます不機嫌そうな表情を浮かべ、最後には苛立った様子で携帯を遥香に差し出した。「君にだ、のぞみさんからだ」遥香は電話を受け取り、激しく跳ねる鼓動を必死に落ち着けた。「のぞみさん、どうしたのですか?」「オーナー!やっと連絡がつきました!」のぞみの声には切迫
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