橘千里(たちばな ちさと)は、夫の橘正明(たちばな まさあき)が連続で十二戦ものボクシングの試合をこなし、肝臓を損傷したと聞き、急いで病院へ駆けつけた。迷うことなく自らドナーに名乗りを上げ、輸血のための検査を受けた後、病室へと連れていかれた。一気に1000mlもの血液を抜かれた。体から血が引き抜かれるたびに、意識はどんどん遠のいていく。どれほどの時間が経ったのか、もう分からない。ぼんやりとした意識の中、耳元でどこかで聞き覚えのある声が響いてきた。「正明、あんた、雅美のことそんなに好きだったの?インスタに『そのネックレスが好き』って載せただけで、命懸けで試合して、わざわざそのネックレスを手に入れに行ったってわけ?十二戦連続とか、命捨てる気かよ!?今度は交通事故で脚に火傷した雅美のために、自分の妻の血を1000mlも抜いて、さらには皮膚まで移植しようとしてるって?千里さんがこれまで橘家やあんたのためにしてきたこと、みんな知ってるよ?それなのに、あんまりじゃない?」千里の指先が、無意識に手のひらへと喰い込む。正明が十二戦もの試合に挑んだ理由は、ただ雅美の欲しがったネックレスのため?肝臓の損傷だって、全部嘘?自分の血を使うための演技?眠らされて、手術台に運ばれて、皮膚を剥がされるなんて……それも全部、雅美のためだったの?部屋の空気が一気に凍りつく。「千里みたいなやつ、俺がどう扱おうが関係ないだろ」正明の声が低く、枯れていた。「三年前、あいつが無理やり結婚を迫ってきて、雅美は海外に行った。俺がどれだけ探しても見つからなかった。その三年間、俺は抜け殻みたいに生きてきた。昨日ようやく雅美が帰ってきて、今日いきなり事故に遭った。千里の手は汚れてる。血を抜こうが皮膚を使おうが、それが当然の報いだ。命を取れと言われたとしても、それも仕方ない。雅美を追い出した責任は、すべてあいつにある。それが償いだ。……けど、あいつの命には興味ない。俺にはもっと大事なことがある」その言葉に、千里の血は凍りついた。体の震えが止まらない。「お前、今は結婚してるだろ……それでも、まだ何をしようってんだ?」と、篠原冬也(しのはら とうや)が恐る恐る尋ねた。「一ヶ月後、死んだことにする。橘家の後継者という肩書きを捨てて
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