ボックス席の照明は薄暗く、互いの顔は見て取れるものの、どこかぼんやりとしたフィルターがかかったように見える。天音は腰を下ろすと、かなりの量の酒を注文した。オーダーの最中、彼女は視線を落としたまま、ふと洵を見上げる。その角度から放たれる視線は、やけに鋭い。「今日は空気を壊さないで」完全に脅しだ。洵はちらりと彼女を見て、短く答えた。「分かった」天音は鼻で笑った。酒が運ばれてくると、天音はグラスを煽り、一気に飲み干した。刺激の強い酒が喉を焼き、感覚が一気に研ぎ澄まされる。周囲の空気、店内の雰囲気、そして向かいに座る、全身黒に身を包んだ洵。ふと、彼を無理やりバーに連れ出して飲んでいる、今の状況が少し滑稽に思えてきた。正直なところ、洵はいつも定石を外してくる。そのせいで、天音が思い描いていた距離の詰め方は完全に狂わされていた。「連絡する必要がないって言うなら、なんで私に住所なんて教えたの?」天音は問い詰めた。「まさか、一晩中あなたの家の前で張り込むとでも思った?」洵は細長い指でグラスを弄び、中の液体を見つめたまま、天音とは目を合わせずに言った。「ただ、理解できないんだ。なぜ俺に近づいてくるのか」そう言ってから、洵はようやく顔を上げ、天音の目をまっすぐに見た。その視線は落ち着いていて、異様なほど真剣で、そして誠実である。こんな目で見られると、人は無意識のうちに警戒を解いてしまう。嘘をつこうものなら、良心が痛む――そんな感覚が、天音の胸に直感的に湧き上がった。まるで一瞬で心の奥を覗かれたかのように。普段ならすらすらと出てくるはずの嘘が、喉元で詰まって出てこない。数秒の沈黙のあと、天音はようやく視線を逸らし、無理やり言葉を続けた。「前は、正直あなたのこと嫌いだった。でも、接するうちに、意外と信頼できる人だって分かったの。口は軽いし、言い方もチャラいけど、やることはちゃんとしてるし、気も利く。そういうところは評価してる。月子はあなたのお姉さんで、静真は私の兄よ。お姉さんに免じて仲良くしましょ。彼女とは和解したんだし、私だってあなたのいいところくらい認められるわ。私たちの立場なら、毎年何度かは顔を合わせるじゃない。友達になったっていいでしょ。病院にも連れて行ってくれたし、一緒にスポーツもした。あれだ
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