All Chapters of 元夫の初恋の人が帰国した日、私は彼の兄嫁になった: Chapter 1041 - Chapter 1050

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第1041話

ボックス席の照明は薄暗く、互いの顔は見て取れるものの、どこかぼんやりとしたフィルターがかかったように見える。天音は腰を下ろすと、かなりの量の酒を注文した。オーダーの最中、彼女は視線を落としたまま、ふと洵を見上げる。その角度から放たれる視線は、やけに鋭い。「今日は空気を壊さないで」完全に脅しだ。洵はちらりと彼女を見て、短く答えた。「分かった」天音は鼻で笑った。酒が運ばれてくると、天音はグラスを煽り、一気に飲み干した。刺激の強い酒が喉を焼き、感覚が一気に研ぎ澄まされる。周囲の空気、店内の雰囲気、そして向かいに座る、全身黒に身を包んだ洵。ふと、彼を無理やりバーに連れ出して飲んでいる、今の状況が少し滑稽に思えてきた。正直なところ、洵はいつも定石を外してくる。そのせいで、天音が思い描いていた距離の詰め方は完全に狂わされていた。「連絡する必要がないって言うなら、なんで私に住所なんて教えたの?」天音は問い詰めた。「まさか、一晩中あなたの家の前で張り込むとでも思った?」洵は細長い指でグラスを弄び、中の液体を見つめたまま、天音とは目を合わせずに言った。「ただ、理解できないんだ。なぜ俺に近づいてくるのか」そう言ってから、洵はようやく顔を上げ、天音の目をまっすぐに見た。その視線は落ち着いていて、異様なほど真剣で、そして誠実である。こんな目で見られると、人は無意識のうちに警戒を解いてしまう。嘘をつこうものなら、良心が痛む――そんな感覚が、天音の胸に直感的に湧き上がった。まるで一瞬で心の奥を覗かれたかのように。普段ならすらすらと出てくるはずの嘘が、喉元で詰まって出てこない。数秒の沈黙のあと、天音はようやく視線を逸らし、無理やり言葉を続けた。「前は、正直あなたのこと嫌いだった。でも、接するうちに、意外と信頼できる人だって分かったの。口は軽いし、言い方もチャラいけど、やることはちゃんとしてるし、気も利く。そういうところは評価してる。月子はあなたのお姉さんで、静真は私の兄よ。お姉さんに免じて仲良くしましょ。彼女とは和解したんだし、私だってあなたのいいところくらい認められるわ。私たちの立場なら、毎年何度かは顔を合わせるじゃない。友達になったっていいでしょ。病院にも連れて行ってくれたし、一緒にスポーツもした。あれだ
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第1042話

洵の口調は終始落ち着いていた。内心では葛藤も迷いも渦巻いていたが、それらは言葉にする前にすでに整理されている。だからこそ、ためらいなく、静かに一つの決断を語れたのだ。声のトーンは低く、安定していて、どこか強ささえ感じさせる。ただし、それは表面的な強引さとは違う。揺るぎない確信と安心感を伴ったものだった。まるで……約束を交わしているかのように。天音は洵の真剣な視線を受け止め、その言葉を聞きながら、なぜか胸を打たれた。彼が友達になろうとしていることは、実はずっと前から、行動で示されていたのだ。今さら気づいた驚き。いや、これは、喜びに近い。どうして自分は、こんなにも心を動かされているのだろう。特別なことなんて何もない。周囲には、彼女の機嫌を取ろうとする男が溢れている。なのに、洵だけは違った。彼の何気ない態度や行動が妙に胸に刺さる。天音は特定の誰かが自分の中で「特別」な存在になることを好まない。人間関係を器用に回せるのは、誰にも重きを置かないからだ。誰かが特別になった瞬間、主導権は揺らぐ。少しでも受け身になるのはどうしても耐えられない。それが彼女の本性だ。完全に支配していたいのだ。それでも、自分の感情までは欺けない。心臓が激しく跳ね、微かな電流が全身を駆け巡る。力が抜けて、身体がふわりと軽くなった。彼女は手にしたグラスを強く握りしめた。奇妙な感覚だった。胸の奥から、大きな喜びが溢れ出し、それまでの苛立ちや不快感が一瞬で消え去っていく。天音は確信した。これは、もう単なる嬉しさではない。好きだ。洵を見ているだけで気分が上がる。彼が静かに目の前に座っている、それだけで心が満たされる。天音は頬が熱くなるのを感じた。幸い、店内は暗く、洵には見えない。彼女は自分の手のひらをきつくつねった。本当に……洵のことが、好きなのか?その問いに、天音は目眩さえ覚えた。冗談じゃない。あまりにもおかしい。洵に痛烈な一撃を食らわせるどころか、逆に彼の良いところを見つけて、しかもその反応に喜んで満足しているなんて。嘘でしょ?最悪だ。天音は心の中で盛大に悪態をついた。あまりの衝撃に、そうでもしないとやり切れなかった。ときめいた経験はあるから、今の自分を誤魔化すことはできない。これは間違いなく、ときめきであり、恋心だ。
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第1043話

天音は決して「良い子」ではない。洵が自分の計画通りに、少しずつ自分を受け入れ始めている今、彼に対してときめきを感じたからといって、彼を陥落させる計画を中止するつもりなど毛頭ない。むしろ、この機に乗じて一気に畳み掛けるつもりだ。「分からないなら、教えてあげる」天音は笑みを浮かべた。洵の友人は少なく、それも仕事関係かスポーツ仲間といった男ばかりだ。男同士なら自然に会話できても、女性とどう向き合うかの経験はあまりない。「言ってみろ」「まず、私の言葉には反応すること。私が何か言ったら、ちゃんと聞いてるって態度で示して。黙って頷くだけでもいいから、冷たく無視するのはナシよ」これまで洵は天音と関わる気がなかったから距離を置いていた。でも友達になると決めた以上、同じように無視を繰り返すことはない。洵は一度決めたことは必ず実行する男だ。「分かった」洵が素直に応じたことに満足し、天音は続けた。「これは会っている時の話。LINEでもちゃんと返事してね。できれば即レスで」洵は冷静に正論を返した。「仕事や生活があるから、忙しい時には返信できない」「それは分かってるよ。でも既読スルーは禁止よ。メッセージを見たら返すこと。この二日間みたいに、急に音信不通になるのはやめて」洵は視線を伏せた。この二日間、彼は天音との関係に悩み、どう接するべきか答えが出ないままだった。そこへ天音が痺れを切らして乗り込んできたわけだが、洵の中で答えは出ていなくとも、無意識のうちに結論は下されていたのだ。距離を置いてフェードアウトするのではなく、しっかりと向き合う、と。「ああ。時間があれば必ず返す」天音はますます満足した。洵は嘘をつけないタイプで、上辺だけの言葉は吐かないし、約束したことは守る。彼ができると言ったのなら、間違いなく実行するだろう。もちろん、それだけでは足りない。「それとさ、連絡するの、私ばっかりじゃ不公平でしょ?あなたからも、日常のこととかちょっとは教えてよ。じゃないと、そっちのこと全然分からないでしょ?いま、あなたにすごく興味があるの」これは本音だ。天音は洵に惹かれているが、実際に接した回数はまだ数えるほどしかない。洵の素顔を、彼女はまだ何も知らない。だからこそ好奇心が尽きないのだ。それに、洵は普段は静かだが、
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第1044話

洵は少し考えてから言った。「人と一緒にいるのが、あまり好きじゃないんだ」天音は小首をかしげた。「どうして?」「人間が好きじゃない」洵は素っ気なく答えた。友達といないと退屈で死にそうになる天音には、洵の感覚が理解できない。「じゃあ、私が遊びに誘っても来てくれないってこと?」「場合による。どんな場所でも行くわけじゃない」少なくとも、竜紀たちのような連中の飲み会に時間を無駄にするつもりはない。無意味だし、とにかくうるさいだけだ。「じゃあ、どんな場所ならいいの?」「人が少なくて、やることに意味があるところだ。時間の無駄遣いはしたくない」「今だって私と時間を無駄にしてるじゃない。一緒にお酒飲むのも、別に意味なんてないでしょ」洵は彼女を一瞥すると、ゆっくりとソファの背もたれに体を預けた。洵はまだ二十三歳にもなっていない。多くの人間が大学を卒業したばかりで、どこか青臭さが残る年齢だ。だが洵は早くから社会に出ているため、洗練された大人の雰囲気を漂わせている。その容姿と体格も相まって、ただ座っているだけでも男性的な魅力に溢れていた。洵は視線を上げ、静かに説明した。「今日はあなたが怒ってた」天音は笑った。「怒ってるから、お酒に付き合って機嫌を取る。それが有意義だってこと?」天音との関係を進めたのは、彼女の強引さがあったからだ。怒って家の前まで押しかけてきた彼女を見て、洵はようやく彼女を友人として受け入れた。彼は頷いた。「ああ」天音は堪えきれずに笑い出した。最高の気分だ。洵が「あなたは特別だ」とか「あなたのためにした」と言ってくれるのが嬉しくてたまらない。やっぱり好きになってしまうと、何をされても嬉しくなる。「今すごく楽しいわ」洵はそれ以上、何も言わなかった。話題を振らない限り、洵から口を開くことはない。天音は続けた。「人が少ないのが好きって、具体的には何人くらい?」「少なければ少ないほどいい」「いっそ一人でいればいいじゃない」彼女の皮肉たっぷりの表情に、洵は思わず小さく笑った。天音は彼を睨み、わざと言葉尻を捉えた。「まさか二人きりがいいってこと?それってデートと変わらないじゃない。ちょっと気まずくない?」「今も二人だけだろ。何が気まずい?」「……」
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第1045話

天音は、思いがけず司会者が自分を指さしたのを見て、目を細めた。同時に、スポットライトがこちらに向けられた。司会者は天音の顔を見るなり、その美貌を褒めちぎった。天音は露骨に不快な表情を浮かべた。高みの見物を決め込んでいたのに、いきなり横っ面を張り飛ばされたような気分。興ざめもいいところだ。とはいえ、天音が不機嫌さを隠そうともせず、冷ややかな視線を向けるその姿さえ、周囲には魅力的に映ったようだ。要するに、そのドSな表情に痺れたのだ。会場からは歓声や口笛が上がり始めた。多くの視線が集まり、誰もが天音の美しさに息を呑む。彼女にとっては見飽きた反応だ。けれど、天音はそんなことはどうでもいい。ただ司会者を淡々と見据え、一言も発しない。その威圧感だけで相手を黙らせるには十分だ。早く黙れ。邪魔しないで。一方の洵も、我関せずといった様子で、氷のような無表情を貫いている。その反応が、周囲のカップルには妙に「お似合い」に映ったらしい。雰囲気はまるで違うのに、二人で一つの結界を張っているようで、ただ酒を飲みに来た大物同士のようだ。司会者は二人のあまりの美貌に圧倒され、客席のボルテージも一気に上がった。結局のところ、圧倒的なルックスとオーラこそが最強のエンターテインメントなのだ。ましてや、芸能人顔負けの華やかな顔立ちをした二人が並んでいるのだから、その破壊力は凄まじい。そして司会者は、さっさとゲーム内容を発表する。――公開キス。「キス」という言葉を聞いた瞬間、天音はわずかに眉を上げた。もし洵に心が動く前だったら、その場で吐き気を催していただろう。洵とキスなんて、気持ち悪い。でも、今は違う。むしろ、洵にモデル役でもやらせて、ちょっと色気を振りまいてもらい、キスくらい試してみたいとすら思っている。洵は体つきも良く、顔もいい。天音が彼を勝手に想像の中で弄んだのは、これが初めてではない。もちろんそれは表情には出さず、天音は洵を見て軽く言った。「運がいいわね」洵は眉をひそめ、テーブルに残る酒を見やった。「……店出るか?」刺激が来た途端、逃げ腰か、と天音は心の中で舌打ちした。もともと天音は品行方正とは程遠く、道徳観も低い。キス程度でどうこうなる感覚はない。なのに、洵はどうにも受け付けない様子だ。もちろ
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第1046話

洵はどう反応すべきか分からなかった。すべてが想定外で、秩序やコントロールを重んじる彼にとって、不意打ちは受け入れがたいものだ。頭の中が真っ白になった。周囲の歓声、司会者が記念のポラロイド写真をプレゼントすると言う声、バーに充満する濃厚な香水の匂い、舞い散るカラフルな紙吹雪――そのすべてが、唇に触れた柔らかい感触と共に、洵の五感を強く刺激した。言葉にするなら、まるで固い土を割って新芽が芽吹いたような感覚である。天音は親指で口元の唾を拭うと、ニカっと笑って周囲にゲーム終了を告げ、人の輪を散らすように合図した。そして洵の手を引いて席に戻った。席に着いてようやく、洵は我に返った。周囲の人々へ視線を走らせるが、それは普段の通行人を見るような淡泊なものではなく、熱を帯びた重い視線だ。その視線は最後に、天音の顔へと定まった。天音もその視線に気づき、彼を見返した。洵は二秒ほど視線を合わせた後、ゆっくりと逸らした。テーブルの下で握りしめられた手に、力がこもった。それ以外に、目立った変化はない。しばらくして、店員がポラロイド写真を持ってきた。レトロな3インチの写真だ。写っているのは、ちょうど二人の唇が重なった瞬間。熱狂的な背景の中で、天音は勝ち誇ったような笑みを浮かべ、対照的に洵は冷ややかな表情をしている。強烈なコントラストだ。この一瞬が、鮮明に記録された。天音は写真を受け取って眺めると、無造作に脇へ放り投げた。洵は終始、写真に目をくれようともしなかった。天音は心の中で悪態をついた。このスカした男、また格好つけてるの?少しくらい反応しなさいよ。冷たくしないって約束したばかりじゃない。これじゃ詐欺よ!だが、今の天音にはそれを口にする余裕がない。さっきのキスが、まだ頭から離れない。想像していたよりも――少し、いや、かなり良かった。キスの直後、洵と視線が合ったあの二秒間。胸の動悸が治まらない。心臓が重く、速く脈打っている。自分でも驚くほどの反応に天音は戸惑っている。たかがキスで、大したことじゃない。なんでこんなに動揺してるの?洵を見れば、何事もなかったかのように落ち着いている。平然としすぎているくらいだ。――ずるい。天音は、妙な悔しさを覚えた。どうして洵はもっと取り乱さないのか。少しは自分と同じくらい揺れ
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第1047話

天音は平静を装い、「もう帰るの?」と尋ねた。洵は頷いた。「うん、もう遅いから」少し考えてから、彼は付け加えた。「酒を飲んだし、運転はできない。友達に頼んで。俺は先に帰る」天音が引き止める間もなく、洵は席を立った。何が何でも今すぐこの場から消え去るつもりらしい。「そんなに急がなくても……」洵は焦っている様子で、「ああ」とだけ短く答えた。立ち去り際、洵の視線が一瞬だけ、天音が脇へ放り投げた写真の上を走った。指先が無意識に強く握られたが、そのまま一秒も留まらず、背を向けて歩き出した。天音は呆気にとられた。彼はあまりにあっさりしすぎていて、余韻も何もない。彼女は洵の背中を目で追った。洵がバーの出口に差し掛かると、そこは店内よりも照明が明るく、色付きではない純白の光が降り注いでいた。女性客のメイクの細部まで見えるほどの明るさだ。その光の中で、洵の耳と首筋が真っ赤に染まっているのが見えた気がした。顔、赤くなってる?天音はとっさに拳を握りしめ、目を凝らして瞬きをした。ほんの一、二秒のことで、もう洵の姿は見えなくなってしまったが、確かに見えた気がする。赤く染まった耳と、一瞬だけ見えた横顔を。洵が照れてる!この発見は、火に油を注ぐようなものだ。天音の胸は一気に高鳴り、興奮でどうしようもなくなった。キスは二人の関係としては少し踏み込みすぎていた。洵が突然帰ったのも、気まずさからだと思えば理解できる。しかしなんと赤くなっていた。洵は決して無反応なんかじゃない。天音の呼吸は浅くなり、心臓は早鐘のように打っていて、頬も熱い。きっと、自分も赤くなっている。洵に心が動いたことと、洵の反応でここまで高揚することは、別物のはずなのに、どうしてこんなに楽しいの?これが人の感情を揺らす感覚なのだろう。洵は自分のキスで顔を赤らめた。天音は、洵という手強い男をどうしても支配したくてたまらなかった。先ほど、自分の力で洵の感情が揺れ動いたのを見て、これ以上ないほど痛快な気分だった。しばらく興奮に浸っていたが、やがて脇に放り投げている写真を拾い上げた。さっき投げ捨てたのはあくまで洵に見せるための演技だ。ただゲームに協力しただけで、本気でキスしたかったわけではないとアピールするためだった。天音は自覚している。自分
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第1048話

嘘のキスだし、愛なんてない。バレンタインのノリで囃し立てられただけのゲームにのっただけだ。くだらないけど、天音はそれが気に入っている。彼女はグラスをコツコツと叩く。見れば見るほど気に入った。いつでも好きな時に眺めるにはどうすればいい?財布じゃ駄目だ。肌身離さず持ち歩くもの……スマホしかない。天音は写真を置くと、スマホケースを外し、その間に写真を挟んで再び装着した。スマホを手に取り、もう一度確認した。ケースは透明ではない。外からは、中に写真が入っていることは分からない。天音はスマホを見ながらしばらくニヤついていたが、竜紀に電話して迎えに来るよう頼んだ。酒を飲んだし、自分で運転する気はない。金持ちの道楽息子たちにとって、飲酒運転など大した問題ではない。以前、友人が飲酒運転でニュース沙汰になったが、結局揉み消された。今日は気分が高揚しすぎていたから、竜紀を呼ぶことにした。ほどなくして竜紀が到着した。少し酔いの回った天音を見ると、彼は向かいに座って愚痴をこぼした。「俺たちを置いてけぼりにして、一人でこんなところで飲んでたのかよ?嫌なことでもあってやけ酒か?」天音は酒癖が悪くないし、酔っても顔に出ない。酒には強いので、今はまだ泥酔しておらず、少しほろ酔いなだけだ。天音は竜紀に冷たい視線を向け、呆れたように言った。「私が不機嫌になるのを期待してるわけ?」「そんなわけないだろ。お前が機嫌悪かったらこっちは全滅だ。毎日ご機嫌でいてほしいに決まってる」竜紀はぼやいた。彼の髪は白髪から赤髪に染め直されていたが、天音にはそれが目障りに映った。洵の黒髪や黒のコーディネートの方が、色とりどりの竜紀よりずっと目に優しい。天音はさらに竜紀を嫌そうに一瞥し、ふっと笑った。「今はね、すっごく機嫌がいいの」竜紀は天音の目がやけに輝いていることに気づいた。明らかに様子がおかしい。「一体何があったんだ?俺だったら一人でバーに来て飲むなんて、絶対楽しくならないけど」「さっきまで連れがいたのよ」竜紀は思い当たる人物の名前を挙げ連ねたが、すべて否定された。「まさか月子さんじゃないよな?」「女神様がいたらもっと喜んでるわよ。残念ながら男よ」竜紀は考えた。「またどっかの若手俳優?」「月子絡み」竜紀は月
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第1049話

相変わらず、洵は天音と友人たちの間での話題の中心になった。竜紀は顎が外れんばかりに驚いた。「まじかよ、嘘だろ?まさか、憎さが転じて好きになったとか? なんであいつなんだよ?冷たいし、女の機嫌も取れないし、それに金だって大して持ってないだろ。確かに顔はいいし、人としての魅力もあるけど、もっと条件のいい男なんていくらでもいるじゃん。なんでよりにもよってあいつなんだよ?」もし洵が天音と関わっていなければ、竜紀はそれなりに彼を褒めるかもしれない。だが天音が洵を気に入っているとなれば、粗探しを始めるのが当然だ。竜紀は露骨に嫌そうな顔をした。「知るわけないでしょ?私だって驚いてるんだから……まあ、洵の運がいいってことね。私に目をつけられたんだから。あはははは」竜紀は呆れた。「確かに運がいいよな。あなたと一緒ならいい思いができるし」天音はその言葉が気に入った。「この話は胸の中だけにしまっておきなさい。まだしばらくは、彼と遊ぶつもりだから。飽きたら一発で切り捨てる。飽きる前に、彼にバラしたら――覚悟しなさいよ」「言われなくても分かってるよ」竜紀は天音のやり口を熟知している。驚きもしないし、協力するのも初めてではない。以前も、天音が若手の芸能人に興味を持ったとき、彼らは役割分担をしていた。竜紀が相手と義兄弟みたいな関係になり、裏で話を回すこともあった。「まあいいや。洵みたいに愛想のない性格じゃ、一ヶ月もしないうちに冷めるだろ」天音はこれまでの経験から期間を計算し、同意した。「大体そのくらいね」竜紀は続けた。「間違いないさ。あいつなら三日に一度はあなたを怒らせるだろうし」竜紀は、洵が静真を恐れない点については評価しているが、所詮は天音にとって「今だけの遊び相手」に過ぎないと思った。しばらく遊んで飽きたら捨てるのがオチだ。まともな人間なら、ときめいたら距離を縮めて、タイミングを見計らって告白するものだ。しかし天音は愛など信じていない。今回の一時的なときめきで、洵への態度が劇的に変わることはないだろう。せいぜい、気分が乗っている間、少し多めに可愛がるくらいで、基本は何も変わらない。友人への愚痴を吐き終えると、天音は洵のことを頭の隅に追いやった。「帰るわよ。送って」竜紀が天音を支えようと近づいた。
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第1050話

竜紀がこちらを見ていないのを確認してから、天音はチラリとスマホを見た。鼓動がやけに強く、無視できないほどはっきりと胸が鳴っている。【早く帰れ。気をつけろ】天音は一瞬、固まった。文末にはきちんと句点までついている。妙に整っていて、まったく軽やかさがない。天音はこういう文章があまり好きではない。友人とのやり取りも基本はボイスメッセージだし、長々と文字を打つのは面倒だ。これまで洵との距離を縮めるために、仕方なく彼に合わせて少しずつ文字入力に慣れさせていった。期待が大きい分、たった一つの事務的なメッセージに、正直少しがっかりした。洵という男は本当に退屈で、融通が利かない。もしかして周りに機嫌を取る人間が多すぎたのだろうか。皆が耳障りの良いことばかり言う中で、洵のように口数は少ないが細やかな気配りができ、接するうちにシャイで繊細、そして真面目で誠実な性格がはっきりと伝わってくる。そういう洵の姿が新鮮に映ったから、心が動いたのだろうか天音はふうっと息を吐いた。それにしても、洵のメッセージは味気なさすぎて、期待しただけ損をした気分だ。竜紀は彼女の表情が曇ったのを見て尋ねた。「どうした?誰かに嫌なことでもされたか?」スマホを手にした時はあんなに興奮していたのに。大方、ろくでもない知らせだったのだろう。天音は眉をひそめて嫌そうに言った。「黙ってて。ただでさえイライラしてるんだから」「最近、俺には何も話してくれないんだな?」竜紀は少しすねたようにからかった。天音は彼を睨みつけた。「あなたに関係ないでしょ」竜紀は気にせず、自分のペースでグラスを手に取る。それは、さっきまで洵が使っていたものだった。飲むつもりはなく、店員を呼んで新しいグラスをもらおうとしたのだが、天音に見咎められた。「触らないで」彼女の視線は、ちょうどそのグラスに注がれた。まるで洵が使ったものはすべて自分の専有物になるようだ。竜紀は忌々しげに舌打ちをして呆れ果てた。「は?もう特別扱いかよ。ダブルスタンダードにもほどがあるだろ、天音様」天音は竜紀の軽口を無視して、何と返信するか考えていた。「分かった」とだけ返すつもりはない。そんな会話を終わらせるような言葉を送れば、洵のことだからきっと二度と返信してこないだろう。質問を返さなければ
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