All Chapters of 元夫の初恋の人が帰国した日、私は彼の兄嫁になった: Chapter 241 - Chapter 250

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第241話

そして、歯を食いしばりすぎたせいか、洵の顎はズキズキと痛んだ。母親が亡くなってから、姉は結婚し、親父は、もうこの世にいないも同然だ……洵は突然一人ぼっちになってしまった。だから、彼はこの世の中を呪い、すべてに嫌気がさした。そして、弟である自分のことなどお構いなしに結婚してしまった月子を恨んだ。洵も一時は、月子の存在を消し去ろうとした。連絡を一切絶ち、月子が会いに来ても無視した。しかし今、洵は初めてはっきりと理解した。月子は軽率に結婚したとはいえ、ずっと自分のことを気にかけてくれていたのだと。この世界で、自分によくしてくれるのは月子だけだ。結局月子だけが計算のない純粋な気持ちで自分に向き合ってくれていることを、彼はこの時になってようやく疑うことなく信じることができた。例えば、自分が困ったときに、助けてくれるのは……他でもない、月子だけなのだ。月子も自分と同じように、母親を失い、同じ苦しみを味わったはずなのに。それなのに、出来損ないの自分のために、力を振り絞って助けてくれた……月子が辛いときに、たった一人の弟である自分は冷たく突き放した。月子はどんな気持ちだっただろう?彼女が言ったように、どれほど傷つき、悲しんだだろう?洵は、深く考えることを恐れた。罪悪感に押しつぶされそうだった。自分はまだ幼すぎた。この瞬間も、ただ現実から逃げ出したかった。責任を取ることもできず、良い弟にもなれない自分が情けなかったのだ。洵は手で顔を覆い、涙が頬を伝った。一方、月子はそう言うと、氷のように冷たい視線で理恵を見た。それまでは冷淡だっただけだったが、今は憎しみも加わっていた。理恵はすべてを知っていながら、わざとこんなことを言って、自分と洵を試した。まるで罠を仕掛けて、自分たちを陥れようとしているように思えた。それが許せなかった。月子は、理恵が自分と洵に抱く悪意、そして自分たちを破滅させようとする底意地の悪さを感じ取っていた。月子は、食事をする気も失せていた。「洵はまだ若い。怖いもの知らずで、夢を追いかけている。あなたに彼の未来を壊させはしない。もし、また何か企んで彼を追い詰めようとするなら、絶対に容赦しないから!」そう言うと、月子は冷たく笑った。「安心して。洵のことは私がすべて解決したから、あなたに心配をかける
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第242話

理恵はもう何も言う気は起きなかった。彼女はバッグを手に立ち上がり、「気分悪くさせちゃってごめん。もう会計済んだから、ゆっくり食べてね」と言った。そう言うと、理恵は踵を返して出て行った。月子は彼女の後ろ姿を見送ってから、視線を戻した。彼女は冷めた顔で、目の前に置かれた美味しそうな料理を見ながら、洵が一緒に来なくてよかったと思った。もし彼に知られたら、きっと激怒するだろう。そして、なぜ理恵に会いに行ったんだと責め立て、「わざわざ嫌味を言われに行くなんて、バカじゃないか!」と嘲笑うに違いない。月子は日常生活でも仕事でも体力を使うため、食事制限をすることはなかった。そのため、まだお腹が空いていた彼女は、そのまま食べ続けることにした。洵が事前に様子を伺いに来ていたのに加えて、楓もいた。楓は月子が自分のことを知らないと分かっていたので、堂々と近くの席に座った。そして、注文した料理を食べながら、二人の会話を盗み聞きしていた。全てを聞き終えると、彼女はようやく安心した。月子はバツイチで、弟は破産寸前。離婚という一大イベントなのに、叔母一人しか来ないということは、両親は既にいないのだろう。両親の援助もなく、さらに事業に失敗した弟というお荷物まで抱えている。つまり、家庭環境は最悪だ……職業は秘書。話ぶりから察するに、頭は良さそうだ。しかし、所詮秘書は秘書。金も権力もなく、おまけにトラブルばかり抱えていた。こんな女が、自分に敵うはずがない。楓は賢の言葉に深く同意していた。隼人と付き合えるかどうかは、彼の気持ち次第だが、結婚となると話は別。やはり、家柄が釣り合っていなければならない。隼人の母親は、強引で頑固だ。バツイチの月子を気に入るわけがない。一方、楓は裕福な家庭で育ち、恋愛経験もなく、ちょっとした有名画家でもある。身分、地位、才能、全てにおいて自分に勝ち目はない月子と比べるまでもないはず。そう考えると、楓は優越感に満ちた笑みを浮かべた。彼女の中で月子は最強のライバルから、取るに足らない存在へと格下げされたのだ。そう思うと楓は上機嫌でランチを楽しんだ。……月子は気分がすぐれず、理恵が帰った後、少しだけ食べて箸を置いた。エレベーターで店を出ようとすると、カフェでまだ帰らずにいた理恵と、待
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第243話

鳴は、月子が動揺していない様子を見ると、嘲るように得意げに言った。「そういえば、静真さんが姉にマンションを買ってあげたんだ。すごく広いマンションで、場所もいい。姉が仕事で使うためにって。静真さんは付きっきりで彼女と一緒に選んであげたんだぞ。月子、静真さんはお前にそんなこと、一度もしてくれなかっただろ?悔しくて仕方ないだろ?」理恵はそれを聞き、月子を見つめた。月子は彼女には冷たかったが、静真を深く愛し、3年間も一途に思い続けていた。優秀な翠の知性をそのまま受け継いだ月子は、それと同時に固く考えを曲げない頑固さも受け継いでいた。そんな彼女が、本当に離婚を乗り越えられるのだろうか?理恵は翠に対して、どこかで完璧ではない、普通の人間らしい部分を見たいと思っていた。そうすれば、妹である彼女も追いつき、理解できる気がしていたからだ。今、その期待は、翠の娘である月子に向けられていた。まるで嫉妬のようだ。理恵は月子に嫉妬しているわけではない。翠への複雑な感情を、彼女によく似た月子に投影しているだけだった。だから、理恵は月子の反応を待った。しかし、月子は全く動揺した様子を見せなかった。それを見た理恵の表情は、一瞬にして凍りついた。鳴が何か言おうとした時、理恵はため息をつきながら言った。「月子、あなたが翠のように頭がいいのは分かってる。でも、今のあなたはまだ彼女には及ばないんだから、無理をしなくていいのよ。私が力になれることは、何でもするから」月子は大学までしか出ていない。天才だとしても、それ以上学んでいないので、能力を発揮しきれないのだ。だから、今の月子は霞にはかなわない。月子は冷たく言った。「おばさん、さっきも言ったけど、そんなの必要ないから」鳴は理恵以上に腹を立てた。「月子、人の好意を踏みにじるなんて!」月子は理恵が自分の叔母だから敬意を払ったが、鳴は眼中にもなかった。彼を一瞥すると、何も言わずに立ち去った。何も言わなかったが、全てを物語っていた。鳴は月子からの強烈な侮蔑、完全に無視されていることを感じ、それは洵以上だった。鳴は月子の前ではいい思いをしたことがなかった。なぜ月子はあんなに偉そうなのか、なぜ自分を無視するのか理解できず、この姉弟を心そこから憎悪していた。その瞬間、鳴は洵が破産し、絶望のあ
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第244話

静真は電話をかけながら、既に話す内容を決めていた。しかし、耳に入ってきたのは機械的な音声だった。「おかけになった電話番号からはお繋げできません。しばらくたってからおかけ直しください」静真は頭から冷水を浴びせかけられたような衝撃を受け、その場に立ち尽くした。数秒後、ようやく自分が月子にブロックされたことを理解した。月子にブロックされただと?よくも自分をブロックできたな。静真は胸の内の怒りを抑えることができなかった。そして、天音のことを思い出した。月子にブロックされた腹いせに、天音は自分のところに泣きついてきた。あの時は彼女の気持ちが理解できなかったが、今なら分かる。いや、まさに身に染みたように同じ憤りを感じた。運転手はそんな静真にすっかり怯えていた。きっとまた月子のことだろう。この前空港で心臓が止まるかという思いをしたことを思い出すと彼は今すぐにでも辞めたい衝動に駆られていた。そう思っていると、耳元で冷たい声が響いた。「スマホをよこせ!」運転手は再び心臓が口から飛び出るほどビクッとした。「早く!」そう言われて、運転手はすかさず静真にスマホを渡した。静真は月子の番号を覚えていなかったので、連絡先を開き、番号を確認しながら電話をかけた。今度は、月子の番号をしっかりと記憶した。呼び出し音が二回鳴った後、月子は電話に出た。静真は我を忘れたように問い詰めた。「なぜ俺をブロックしたんだ!」月子は静真の声に驚きはしなかった。天音でさえブロックされたことに腹を立てていたのだから、ましてや自尊心の塊のような彼ならなおさらだろう。静真は既に元夫なんだから、月子は彼と完全に縁を切っても良かったはず。しかし、3年間という人生を、静真に捧げたということからは逃れられないのもまた事実なのだ。彼女の人生において、この男の存在はあまりにも大きすぎた。だから、月子は未だに無意識にも静真を気にしてしまうのだ。この感情は、愛情とは関係なく、ただ客観的な事実として存在していた。月子には記憶喪失になっているわけでもないので、それは忘れたくても忘れられないこともあるのだ。ましてやこの3年間心に刻まれた「恋愛感情」なら、なおさらそう簡単に断ち切れるはずもないのだ。それを月子はただ静かに受け入れることにした。しかし同時に
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第245話

そう言いながら、月子は静真の電話を切った。とどめを刺す必要はない。軽くジャブを与えるくらいが丁度いいのだ。そもそも、月子にとって静真を無視し続けるのは不可能だった。静真と顔を合わせる度に、なぜ彼が付きまとうのかと苛立ち、余計なストレスを抱え込んでしまう。だから、受け入れるしかないのだ。それに、「後ろ盾」である隼人がいる今、静真が何かちょっかいを出されても、もう怖くはない。むしろ、うまく利用しようとさえ思っているのだ。静真も何度も痛い目に遭えば、懲りて大人しくなるだろう。だから、絶縁するよりも、じわじわと苦しめてやる方が効果的だ。月子はそう考えて、静真のことは一旦忘れようとした。タクシーを呼び、昨夜行ったバーへ向かい、そして、そこでランドローバーに乗り換えて再び会社に戻った。その頃、静真はまだマイバッハの中にいた。ここ数日、月子のことについて新たな発見があり、彼女の反応もある程度予測できていた。しかし、自分の予測が甘かったようだ。まさか、月子が隼人を持ち出して、自分を挑発してくるとは思ってもみなかった。以前にも、月子は隼人のことを何度か口にしていた。しかも、隼人と寝たら真っ先に報告する、とまで言っていた。だが、あれは明らかに腹立ちまぎれに言っただけで、虚勢を張っていたに過ぎない。しかし、さっきの月子は明らかにわざとだった。隼人に知られたらどうなるか、全く気にしていないようだった。月子にとって隼人は、単なる利用できる相手なのか?それとも、隼人の気持ちに気づいているのか?静真は前者だと考えていた。月子が好きなのは自分だけだ。隼人が告白したところで、きっと振られるだろう。もし告白が成功していたとしたら、月子がホストを指名したくらいじゃあ、隼人が動揺するはずがないのだ。そう考えて、静真は少し安心した。だが、心の奥底ではまだ怒りがくすぶっていた。静真は再び月子に電話をかけようとしたが、運転手の番号もブロックされていた。彼はスマホを睨みつけ、顔色は陰鬱さを通り越して、鬼のような形相になっていた。静真はスマホを叩き壊したくなったが、何とかこらえて運転手に返すと、窓の外を睨みつけながら、胸の内に渦巻く激しい感情を鎮めようとした。月子が彼の手の内から外れたことで、静真は激しい焦燥感と不安に襲われ
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第246話

これまで、霞はある恨みに駆られた。一体自分がどこで彩乃の機嫌を損ねたのか、未だに理解できなかったからだ。もし彩乃と親しくなれたら、あの切り札にも接触できるはずだ。そうすれば、あの鼻持ちならない研究員たちも、もう自分をバカにすることはできないだろう。そう思うと、霞の心は晴れなかった。しかし、彩乃の切り札の実力はあまりにも圧倒的だった。その差があまりにも大きすぎるため、誰もが及ばないことを悟った彼女は逆に嫉妬心は湧かなかった。実力では大きな差をつけられていたが、それでも霞はプロジェクトの開発リーダーだ。気に入らない同僚たちも、彼女の前では大人しくしていなければならなかった。それで十分だった。もちろん、霞はあの大物と知り合う方法を引き続き考えなければならないけど。そうやって考え事をしていると、鳴から電話がかかってきた。鳴は月子のことを話した。それを聞いて、月子の愚かさに、霞は思わず失笑した。「彼女、本当にあんな強気なの?」「ああ、誰よりも虚勢を張るのが上手いんだから」「静真と別れて、おばさんの顔も潰した今、彼女は一体誰を頼るつもりなの?」月子がまさか自分が秘書というだけで隼人の力を借りられるとでも思っているのかと、霞は内心呆れていた。「夢でも見てるんじゃないか」今や霞は、月子のことを完全に眼中になかった。二人の間にはあまりにも大きな差があると思っていたからだ。月子が離婚したことで一番大きな影響を受けたのは、社会的地位の低下だ。富豪の妻から、ただの一般人になってしまった。次に仕事だ。月子はただの秘書だ。もし洵のゲームが成功すれば、彼の七光りでK市で何とかやっていけるかもしれないが、残念ながら洵も役立たずだった。どの面から見ても、自分と月子とは完全に住む世界が違っていた。二人の名前が並ぶこと自体、霞にとっては屈辱だった。霞はこう思った。もし自分が月子の立場だったら、どんなに静真がクズでも離婚はしなかっただろう。静真の妻という肩書きが欲しかったし、何よりも洵のことを静真に泣きついて解決してもらえたはずだ。そうすれば、何も失わずに済んだのに。だが、月子は愚かだった。惨めな人間には、結局自分が原因を作っていることが多いのだ。一つの間違いが、次々と間違いを招くわけだし、全ては月子自身の選択の結果だ。だから
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第247話

彩乃は言葉に詰まった。彼女はその瞬間一層忍に苛立った。「昨夜は飲み過ぎちゃって」彩乃は言い訳をした。「喉が少し痛むんだ」月子は言った。「なら、気を付けてね」そして彩乃は改めて彼女に「浩からの入金があった。五分五分で分けよう」と伝えた。月子は笑って言った。「もちろん。あなたたちは2週間も頑張ってテストしてたんだから、当然の報酬よ」彼女が重要な技術サポートを提供したとはいえ、その後のテストや細かい調整は彩乃が担当していた。彩乃は「浩はあなたにかなり興味を持ってるみたいで、会いたがってるぞ」と言った。月子は尋ねた。「何か用事かしら?」彩乃はからかい気味に言った。「いや、ただ憧れの天才に会いたいだけだって。あなたが行けば、みんながどんな驚く顔をするか、見ものだな」月子は理解した。「そういう無駄な時間は避けたいの。断ってちょうだい」「とっくに断っておいたよ。実力のある私たちは、もっとプライドを持つべきだ。誰にでも会えるわけじゃない」もし浩が断られたことで気分を害するようなら、彼は少し考えが足りないということだ。そうなれば、彩乃は今後、彼と深く関わることはないだろう。月子は笑って言った。「この声、聞いてられないんだけど。喉飴でも買ったら?」彩乃は言った。「……うん、じゃあ、もう切るね!」忍のせいで、喉がこんなにつらい。でも、彩乃は疑問だった。昨夜、そんなに激しく叫んだだろうか?まさか、本当に喉を痛めるとは。しかし、彼女はもう思い出したくなかった。目を閉じると、忍の吐息が耳元で聞こえてきて、仕事に集中できなくなるからだ。忍のベッドでのテクニックは下手だったが、他のとこは意外としっかりしていた。彼女の家を出てまもなく、彼は健康診断の結果を送ってきたのだ。日付は今日なので、わざわざ病院で診察を受けたのだろう。検査結果には、ウイルス感染の兆候はなかった。彼女は病気の心配をする必要はなかった。しかし、もう一つの検査、つまり男性機能の検査結果は、とても元気で、生殖能力が高いと出ていた。さらに、勃起時と非勃起時の長さのデータまで載っていた。彩乃はそれに何回もあきれてため息をつきたくなった。忍はわざと彼女を挑発しているに違いない。どうしてこんなにいやらしい男がいるのだろうか?普段の穏やかな彼からは想像も
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第248話

隼人は黙り込んだ。隼人は彼を一瞥した。その威圧感に満ちた目つきに、修也はかすかな居心地の悪さを感じた。機嫌が悪そうだな?修也がもう一度見ると、彼は特に反応を示さなかった。考えすぎだったか?修也はずっと、隼人は月子のことを好きではないと思っていた。なぜなら隼人は、月子に対して他の人と同じように、あまり気にかけているようには見えなかったからだ。それに、彼は欲しいと思ったものは必ず手に入れる性格だ。もし月子のことが好きなら、既に離婚している彼女を、他の男に奪われるのを指をくわえて見ているはずがない。月子の容姿や雰囲気は、誰がどう見ても美人だし、言い寄る男がいないわけがない。亮太だって、月子をお見合い候補としているくらいなのだ。だから何もしないで待っているなんてありえない。そう考えて、修也はそれ以上深く詮索しないようにした。隼人もいつも通り、多くを語らず、席を立って出て行った。修也はますます何もないと感じ、もう気にしないことにした。……洵はA1出口で待っていた。退勤ラッシュの時間帯で、サラリーマンが行き交っていた。そのほとんどの人の顔からは生気を感じられなかった。洵は起業したばかりの社長で、疲れを恐れない。毎日深夜まで働き、休みは週に一度もない。好きなことを仕事にしているからか、まだ若いから体力的に持ちこたえているのか、顔に疲れの色はなく、むしろ若者らしい活気に満ち溢れていた。月子は車を運転しながら、遠くからでも人混みの中でひときわ目立つ洵の姿を見つけた。普段はどう見ても気に食わないのに、人混みの中にいると、周りの人間との差は歴然としていた。容姿や雰囲気も抜群だし、何より活気がみなぎっていて、見ているだけで眩しいくらいだ。月子は彼の前に車を停め、窓を開けて言った。「乗って」洵は無言でボンネットの前を通り過ぎ、後部座席に座ろうとしたが、ドアが開かなかったので、仕方なく助手席に座った。月子は彼を一瞥し、特に変わった様子がないことを確認してから、安心して道路に注意を向けながら運転を続けた。「わざわざ私に会いに来たって、何か用?」洵は今日、月子と理恵との会話を聞いてしまい、感情を抑えきれず、思わず涙を流してしまったのだ。彼はそれがみっともないと思い、こっそりとその場を立ち去った。そして会社に
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第249話

フリーリ・レジデンスのペントハウスは、月子の叔父から譲り受けたもので、洵がここに来たのは初めてだった。姉弟の仲を深めるため、月子は洵をここに連れてきた。洵も乗り気ではなかったが、鳴のことが気になっていたので、特に拒まなかった。車を停めて降りた後、月子は後部座席にあった資料を取り出した。隣に立っていた洵は、資料を一瞥し、有無を言わさず彼女の通勤バッグを奪い取ると、重さを確かめながら言った。「こんなに重いのか?何が入ってるんだ?」弟がバッグを持ってくれて、月子は当然のことだと思った。お礼を言う必要もない。月子が歩き出すと、洵はその後ろをついて行った。「論文を書くための参考文献よ」洵の知能は昔から月子に及ばなかったが、彼は気にしていなかった。運動神経の方がずっと優れていたからだ。しかし、そんな彼も子供の頃はよく月子にこてんぱんにやられていたのだ。今、彼女の後ろを歩きながら、洵はふと気づいた。子供の頃、恐れおののいていた姉が、今では自分よりずっと小柄なのだ。月子は背が低いわけではなかった。ただ洵が背が高いため、彼女の173センチの身長は彼の顎のあたりに届く程度だった。洵は真剣に考えた。多分自分が一発殴ったら月子は吹っ飛んでいくのかもな。その光景を想像して、洵はニヤリとしたが、もちろん、月子には見せないようにした。月子は彼より少し背が低いが、最近よく会うようになって、洵は認めたくない気持ちもあったが、月子の存在は大きく、信頼できる存在だと感じていた。何か問題が起こった時、彼女の揺るぎない強さが洵にも伝わり、彼の焦燥感も次第に静まっていった。月子はとても根性があり、簡単には負けない。洵はそう考えて、少し得意になった。こんなにすごい姉がいるなんて、陽介も羨ましがるだろう。月子は居住者システムを起動し、洵に言った。「指紋登録して」洵はぶっきらぼうに言った。「何のために?」「いつでもここに来れるように」洵は舌打ちした。「誰が来るかよ。俺にはそんな暇ない」月子は彼の腕を叩いた。洵は渋々ながらも、素直に指紋情報を登録した。エレベーターに乗り、階上に着くと、二人は一緒にエレベーターから降りた。月子は玄関のスマートロックにも彼の指紋を登録した。パスワードは彼女の誕生日だ。洵は知っているはずだ。洵はもちろん覚え
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第250話

月子は「個人認証システムだよ」と教えた。論文を書くには多くの資料や文献が必要だ。椿を信頼しているとはいえ、自分の書斎を誰にでも自由に出入りさせるわけにはいかなかった。洵は観察してみると、ドア枠にとても小さなカメラがあることに気づいた。ほとんど見えないほどだ。月子が前に立つと、ドアは自動で開いた。反応速度は1秒もかからない。月子は何の障害もなく出入りできる。洵は少し驚いた。こんなに精度が高くて反応が速い認証システムは見たことがない。「この認証システム、どこで買ったんだ?リンク送ってくれよ」と興奮気味に言った。月子は書斎に入りながら「改造したものよ。市販のものの精度を上げたから、売ってないのよ」と答えた。洵は唖然とした。洵は月子にやり込められた。そして、書斎に入ったとたん、その豪華さに圧倒された。書斎は9坪以上もあり、とても広い。壁一面には天井まで届く本棚があり、あらゆる種類の資料で埋め尽くされている。さらに壮観なのは、4台の巨大なディスプレイと、家庭用としては小型のスーパーコンピュータだ。このモデルは何百万ドルもする高性能マシンだ。洵は思わず月子の方を見た。月子は、洵が驚いていることに気づかず、机を指差して「ここに置いて」と言った。洵は素直にバッグを置き、近くに置いてあった書類を手に取った。「遠隔知能体研究」洵は読んでから頭を抱えた。「一体なんだ、これは?」月子は言った。「私の論文の研究テーマよ。主に宇宙探査の……」「待て、もういい。全然わかんねえ」月子は説明を続けた。「そんなに大げさなものでもないわ。主に障害物回避アルゴリズムの最適化を解決するものなの。例えば火星探査車とかね……遠隔手術みたいなものよ。傷口の正確なデータ情報をカメラで捉える必要があって、深宇宙通信の遅延干渉も考慮しなきゃいけないから、複数の知能体を組み込むの……」洵は適当に「ああ、わかった」と相槌を打った。月子は言葉に詰まった。洵はあまり理解できなかったが、月子がこのテーマを選んだのは、母親と関係があるのではないかと疑っていた。翠は宇宙探査分野の研究者なのだ。月子は洵が興味なさそうにしているので、それ以上は言わず、「あなたの部屋、見に行く?」と提案した。洵は驚いて、「俺の部屋?」と聞き返した。「そうよ、あなたのために
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