All Chapters of 元夫の初恋の人が帰国した日、私は彼の兄嫁になった: Chapter 301 - Chapter 310

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第301話

月子は聞き間違いだと思ったのか、困惑した表情で「え?」と聞き返した。隼人はもう一度繰り返した。「俺の彼女になってくれ」月子はハッとした。今度こそ、彼の言葉の意味を理解した。率直の反応としてまずは驚いた。隼人は、自分に助けた借りを体で返せと言っているのか?まるで、手を貸したことを理由に、色恋を露骨に押し付けられているかのようだった。今の月子はお金も仕事にも困っていなく、将来的にも無限の可能性に満ちている。ただ運悪く、嫌な男に遭って一時的にドツボにハマっただけで、これからの彼女には広く輝く世界がまってるのだから、それごときのことに自分を犠牲にする必要はないのだ。そして、もし本当に隼人と付き合うことになったら、周りの友人たち、特にあのお調子者の忍に囃し立てられると思うと気が気じゃない。洵もきっとまた騒ぎ立てるでしょうし、入江家も黙ってはいないはず。ましてや、J市の鷹司家の立場を考えると、もっと想像がつかないことになるだろう……鷹司家はきっともっと複雑な人間関係で溢れていて、そうなったら、どれだけの面倒事が降りかかってくるのか?それを考えただけでも頭が割れそうだ。結局のところ、隼人は一体何を考えているのだろうか?彼の真意がわからず、月子の考えは巡りに巡っていた。隼人は自分のことを好きなのだろうか?月子は、その考えを確かめようと、隼人が最近取った行動を思い返してみた。しかし、改めて考えてみると、二人の間には最初から明確な一線があった。彼女は隼人を仕事上の関係としてしか見ておらず、彼がグラスを集めるのが好きだということを知っている以外、仕事以外の話題で彼を知ろうとしたことは一度もなかった。例えば、彼の恋愛事情や趣味など……月子は、それ以上彼について知りたいとも思っていなかった。隼人はただの雇い主であり、彼に対してそれ以上の感情を抱くことはなかった。それに、最近離婚したとはいえ、実際のところ静真のことがまだ頭から離れていなかったのだ。だから、静真から好みを聞かれると、ちゃんと心底の考えを答えられるのだが、同じことを隼人に聞かれたとしても、秘書として当たり障りのない返事しかしていなかっただろう。自分のすべてをさらけ出すことはないでしょう。静真の前では、感情を爆発させ、きつい言葉を浴びせたり、良い感情も悪い感情もすべてぶつけることが
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第302話

嫉妬なんていう感情は、子供の頃にほんの少し感じたくらいで、それからは静真に対して、彼に温かい家庭があるからって羨ましがったりすることはなかった。だから、まさか自分が30歳になろうとしている今、嫉妬心が再び、それも猛烈に湧き上がってくるとは思ってもみなかった。それはこれまで穏やかな人生に初めて押し寄せて来る荒波のようだった。隼人は、幼い頃から、なぜ自分は周りの子供たちと違って、両親に囲まれた温かい家庭がないのか理解できずにいた。なぜ実の弟は、初めて会った時からあんなにも自分を憎んでいたのか。自分が何日もかけて作ったプレゼントを地面に叩きつけ、自分のことを罵り、兄になる資格がないなどと罵倒していたのかもわからなかった。少し大人になると、隼人はようやく理解できるようになった。しかし、当時はまだ幼かった。子供は世の中に対してたくさんの疑問を抱くものだ。誰に聞けばいいのか分からず、ただ耐えるしかなかった。そうやって黙って耐えることに慣れていた隼人は、次第に物事に対して強い感情の起伏を抱かなくなってしまったのだ。だから、彼のこれまでの人生は仕事もプライベートも全て流れに身を任せてきた。周りは自分のことを成功者だと言うけれど、実際、本当に心の底から欲しいと思ったものは何もなかった。それは、彼自身が何かを強く求めたいという感情を抱いたことがなかったからだ。結局のところ、隼人は自分が何がしたいのか分かっていなかったんだ。そもそも人の感情の中で、欲しいと思う気持ち、つまり欲望を持つことは、とても大切なことなのに、彼にはその感情がなかった。だから彼は名声や地位にもそれほど執着心がなく、今まで好きな人に巡り合うこともなかった。それもあって、隼人自身もいつも自分はつまらない人間だと思っていた。忍のように毎晩仲間と騒ぎ、贅沢三昧することもないし、仕事だって何のために頑張っているのか分からなかった。そんな状況は、3年前、海辺で仕事と休暇を兼ねて滞在していた時、偶然、辺りをうろついている月子を見かけるまで続いた。最初は気にも留めなかったが、何度も彼女を見かけるうちに、何か辛いことがあったんだろうか、と気になってきた。彼女はとても弱々しく、悲しそうだったから。そうして、彼女のことを気にし始めた。ある日、隼人はいつもより遅く海辺に着いた。
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第303話

隼人はいつも自分が何を望んでいるのかを分かっていなかった。だから、月子が自分にとって特別な存在だと感じ始めた時でさえ、彼女を好きだという確信が持てずに、決断を下すことができなかった。そんな状況はG市へ行くまで続いた。実はあの日、亮太のクルーザーの上で薬を盛られたのは、偶然ではなく、彼自身による自作自演だった。隼人は自分の気持ちが分からなかったので、理性を失った状態で、月子に対して特別な感情が芽生えるかどうかを自らテストをしてみたのだ。以前、薬を盛られたことがあった隼人だが、迫ってくる女たちに対しては簡単に本能を抑えることができた。薬の影響下でも、彼女たちに例外なく、何の感情も抱かなかった。しかし、相手が月子に変わった途端、隼人の自由意志は崩壊した。彼は自分自身をコントロールすることができず、彼女に襲いかかってしまったのだ。あの夜、彼は理性を失った。そして、その制御不能な状態こそが、彼が求めていた答えだったのだ。その瞬間、隼人は自分の気持ちに気づいた。隼人は、月子を怖がらせないように、衝動を抑えるのに必死だった。そして、徐々に心を落ち着かせ、自分の気持ちを隠しながら、月子と静真が離婚するのを待っていた。そして、ついにその時が来たのだ。隼人からすぐに返事が来ないのを見て、月子は承諾すべきかどうか考え始めた。静真との3年間の結婚生活を終えたばかりの月子はようやく独り身になれたのだ。男遊びで気を紛らわせることはあっても、実際男に興味を抱くことはなかった。だから、とてつもない魅力を放つ隼人が側にいながらも、月子には恋愛感情など微塵も湧かなかったのだ。しかも、静真にもまだ付きまとわれて、完全に切れたとは言えない状況なのだ。静真には少し偏執的なところがあり、月子ひとりで対抗することは不可能だった。彼女が知っている中で、静真を抑えられるのは隼人しかいなかったのだ。正雄に頼ることも考えたが、高齢の彼に迷惑をかけるわけにはいかなかった。それに、正雄も静真を可愛がっているため、事を荒立てたくはないだろう。静真が正雄の前で芝居を打てば、正雄は彼女の味方にはならないかもしれない。だから、入江家で月子が頼れるのは、静真と仲が悪い隼人だけだった。彼には力もあり、彼に頼るのが唯一の解決策だったのだ。そもそも、静真の権力が強大すぎるのが
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第304話

隼人は心の中で思った。自分を好きな女はごまんといる。だけど、自分が好きな女は、自分を好きじゃないんだ。「でも、その中に俺が好きな女性はいない」「……ええ、それは見れば分かります。」そう言いながら月子は急に恥ずかしくなった。隼人が人を寄せ付けないのは誰もが知っていることなのだ。なのに彼女はついさっき危うく彼からの恋人になるという提案は自分を好きだからと勘違いしてしまいそうだった。なんという自惚れていたんだろう。そんなわけないじゃない。「俺は今まで一度も恋愛をしたことがない。ずっと独身でいるから、周囲から嗜好を疑われることもあった。だが、実際のところ、俺はただ、好きな人にまだ出会っていないだけだ……静真はもう離婚までしたというのに。だから、母はこれからますます俺に結婚を急かしてくるだろうな」月子は一瞬言葉を失った。人のうわさ話を聞きたかっただけなのに、なんだか、自分も巻き込まれたような気がしたから。それにしても、隼人はもう28歳なのに、一度も恋愛経験がないなんて……こんなに純粋な男は、今時本当に珍しいのだ。「来月、おじいさんの誕生日会は母もK市に来て、おじいさんの誕生日を祝う予定だから、彼女を避けて会わないのは無理だろうな」月子は目をパチクリさせた。「だから、私を恋人役にして、彼女に言い訳しようっていうわけですか?」「そういうことだ」月子は納得したものの、「私は静真の元妻で、立場が微妙なのですよ。どうして他の人を探さないですか?」と尋ねた。「そんなことしたら、その人に借りができるだろ?どうしてそこら辺適当な女に、そんな借りを作る必要があるんだ?俺の借りは高くつくから、誰にでもあげられるわけじゃない」それを聞いて、月子は言葉に詰まった。「それに、恋人役を演じる以上、親密な接触は避けられない。俺は潔癖症で、適当な女とはそういうことはしたくない。それに、お前は俺の秘書だ。俺の意図を理解してくれるし、いちいち説明する必要もない」そこまで言われ、月子はようやくその理屈を理解できた。一方で、隼人はそう言いながら月子に近づいた。この時彼は初めてSグループのトップとして圧倒的な威圧感を感じさせながら、彼女に迫った。「月子、お前はもともと俺に頼っていたんだから、その代償として、少しは俺の頼みも聞いてもらわないと。断らないでく
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第305話

「……鷹司社長、別に嫌なわけじゃないんです。ただ、逆にご迷惑をかけることになるんじゃないかと思いまして」月子は、ここしばらく男性とは縁がない生活を送るつもりだった。二年か五年かは、彼女にとってはどうでもいいことだった。隼人は少し驚いた。「俺に迷惑?」「だって二年後には、あなたは……もう30歳でしょう……」月子は言葉を詰まらせながら言った。「もし今後結婚を考えているなら、私と二年も時間を無駄にするのは、もったいないんじゃないかと思いまして」隼人は二秒ほど黙り込み、珍しく、こめかみに青筋を立てた。「俺が、歳だっていうのか?」その声には、明らかに怒りが含まれていた。「……違います、違います。この二年はあなたにとっても貴重な時間かと……」隼人は内心の動揺を抑えながら言った。「余計なお世話だ」月子はすぐに姿勢を正して「はい!すみません」と答えた。「では、二年間という期間を受け入れられるのか?」「もちろんです!」だが、今度逆に、隼人が信じられないといった様子で、月子を見つめた。月子はこの視線に覚えがあった。静真への態度を疑われた時と同じだ。信用されていないようで、気分は良くなかったが、わざわざ口に出すほどのことではなかった。「鷹司社長、他に何かご要望はありますか?」「月子、今回の話は前回の口約束とは違う。承諾したからには、途中で撤回することはできない。よく考えるんだ」月子は隼人の言葉の裏にある警告を感じた。彼は彼女に優しくしてくれて、洵には60億円もの投資までしてくれた。しかし、彼との関係を勘違いして調子に乗れば、隼人の危険な一面を見落とすことになりかねない。だから、常に油断してはいけない。隼人が突然強気な態度を見せると、以前の優しさはまるで幻のように消え、さっきまでの穏やかさは一変してしまう。そのため、彼が冷酷なのか優しいのか、本当のところを見極めることは難しいのだ。結局、隼人は何を考えているのか分からない、掴みどころのない男なのだ。こんな男と付き合うのは、気を遣って疲れるはずだ。しかし、月子はあまり心配していなかった。なぜなら、隼人がどんな態度を取ろうと、それは表面的なものに過ぎない。彼が実際に行動したことでは、一度も彼女を怖い思いにさせたことはなく、むしろ守られていると感じるほど、安心感を与えてくれていた。だ
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第306話

月子もまたその約束を口にすると、胸のドキドキが止まらなかった。訳も分からないうちに隼人と2年間もこの上ない同盟を結んだ彼女は数秒間、放心状態に陥った。内心、この口約束は結婚届よりも強固なもののような気がした。少なくとも月子はそう感じたのだ。ただ彼女は隼人がどう思っているのかがわからなかった。そう考えると彼女は思わず彼の方をチラッと見た。すると隼人は運転席に腰かけたまま、いたってリラックスした様子だった。月子は再び、彼の薄いシャツと少し乱れた髪に目が留まった。静真と喧嘩する前からこの状態だったが、少しも彼のカリスマ性と魅力を損っていなかった。狭い車内ということもあり、月子が遠慮なく彼を見つめていると、隼人はすぐに顔を向けてきた。のぞき見がばれるのは結構恥ずかしいものだ。普段の月子なら、特に気にしなかっただろう。なぜなら、彼は社長で、自分は秘書だから。しかし、今は偽の恋人同士を演じている。月子は自然と、何かがおかしいと感じ始めていた。以前は、隼人に見つめられても、深く考えなかったが、今は彼の視線に何か深い意味があるように思えた。考えすぎると、妄想が膨らんでいく……これ以上考えてはいけない。月子は心を落ち着かせようとした。隼人は、彼女を逃がさなかった。「何を見ているんだ?」「……どうしてシャツ一枚だけで出て来たんですか?」月子は正直に尋ねた。隼人は視線を落とした。家でM・Lの店員から月子が静真に連れ去られたと連絡を受けたとき、彼はまず、なぜ月子にプレゼントをねだったのかと自分を責めた。そして次の瞬間、何もかも忘れてスマホと車のキーだけを掴み、家を飛び出したのだ。そして今になって、シャツ一枚しか着ていないことに気がついた……月子に指摘されるまで、全く気づかなかった。「……鷹司社長、思ったので聞いてみただけです」隼人は言った。「少し慌てていたんだ」月子は絶句した。自分に何かあったんじゃないかと心配していたのだろうか?隼人は、月子の顔に一瞬の戸惑い、そして驚き、さらにその後、不自然な表情が浮かぶのを見た。すると彼は急に機嫌が良くなった。彼女に恋人の役を演じさせることには、もう一つ重要な目的があった。以前の月子は、彼に対して恋愛感情を抱いていなかったため、何をされても男女の関係に結びつけること
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第307話

隼人は少し驚いた様子で言った。「なにか不都合でもあるのか?」月子は頷いた。「あなたの彼女になったら、人間関係でプレッシャーを感じます。確かにあなたのおかげでたくさんの利便を図れるかもしれませんが、同時にトラブルも増えるはずです。あなたは対処できるかもしれませんが、私は格好の標的になります。常に危険と隣り合わせになるかもしれません。鷹司社長、私は今、自分のことで精一杯ですから、目立たない方がいいと思います」隼人は理解した。「ごめん。そこまで考えていなかった」それを聞いて月子は微笑んだ。「ですからもう少し相談し合っていきましょう」さっきまで、隼人は少し焦っていた。月子が自分の彼女だと、皆に知って欲しかった。例え偽りだとしても構わなかった。そうすれば、静真以外に、月子に言い寄る者はいなくなるだろうと思っていたのだ。しかし、彼女の気持ちを考えるのを忘れていた。「お前が望まないなら、公表する必要はない。母だけに知らせればいい」「ありがとうございます、鷹司社長!」「礼には及ばない。これは協力関係、持ちつ持たれつだ。どちらがどちらに借りを作るということにはならないから、安心して。それに、俺の考えを優先する必要はない。お前が心地よくいられるようにすればいい」隼人は穏やかに言った。「互いが心地よくないと、関係も長くは続かないだろうし」月子は彼の心遣いが嬉しかった。「鷹司社長、あなたは本当にいい人ですね!」隼人は唖然とした。彼はいい人と言われるのは好きではなかった。「公表しないからといって、お前が俺の秘書であることには変わりない。ただ公表していないだけで、俺たちが本当に付き合っていると思ってくれないと。この関係を他の人に言うかどうかは……」隼人は眉を上げた。「お前が信頼していて、口が堅い人にだけならいい。一条さんなら大丈夫だろう。洵には言う必要はない。彼が付き合っている振りだと知ったら、きっと全てが台無しになるだろう」それを聞いて、月子は少し気まずそうに言った。「……安心してください、洵には絶対に言いません!」隼人は「ああ」と返事をした。「母は簡単には仄めかされないから、お前には今から俺の彼女らしく振る舞って欲しい」月子は彼の母親について少しだけ知っていた。結衣は鷹司家の現当主で、絶大な権力を握っている。もし結衣が
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第308話

「多分そうしないと、辻褄が合わないでしょう」月子はそういうと、判断を隼人に任せた。そして、彼女なりに隼人を困らせることができて、月子は少しだけいい気分だった。彼は条件もいいし、モテないはずがないのに、28歳まで独身でいられたのは、きっとプライドが高くて、理想が高く、誰にも見向きもしなかったんだろう。一度も恋をしたことがない男に、いきなり好きな理由をでっちあげろっていうのは、かなり難しいはずだ。「鷹司社長、じっくり考えてみてください。私があなたを選んだ理由はたくさんあります。利用させていただく以外にも、顔がカッコいいとか、顔だけで十分説得力がありますよね。ましてや、あなたには権力も財力もあります。メリットだらけ……なのに、あなたは何もかも持っているのに、私と付き合うのは、私を好きだから以外に考えられません。だから、ちゃんとした理由を考えてみてください」隼人はすぐに気づいた。「面白がってるのか?」月子はそれを認めなかった。「……だって、その理由は信憑性が高いものでなければなりません。他人を説得するだけでなく、自分自身も納得させなければなりませんので」隼人は目を細めて、軽く笑った。「それなら簡単だ」月子は驚いた。「簡単ですか?」「3年前からお前が好きだった。だが、静真に先を越されてしまった。お前が離婚した今、もう二度と逃したくない」月子は思わず声を上げた。「……え?」隼人は眉を上げた。「駄目か?」「3年間も片思いしていましたなんて」月子にはその理由は少し信じがたいように感じた。「だって3年前、私たちは知り合ってなかったんです。唯一会ったのは、私と静真の結婚式で一度だけです」隼人の目は少し冷たくなったが、月子には気づかれないように言った。「俺はそれ以前からお前を知っていた。お前が俺を知らなかっただけだ」月子はそんなことがあるのだろうか、と考えていた。「3年間ずっとお前を好きだった。この気持ちは本物だ。お前が離婚したと聞いて、もう黙って見ているわけにはいかない。たとえお前が静真の元妻でも、俺は何も気にしない」隼人は続けた。「月子、そんなに長い間お前を好きだったからこそ、俺は一刻も早くお前と一緒にいたいんだ。どうだ?」実際も確かにその通りなのだ。まず、元妻という立場が壁になる。そして、隼人は簡単
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第309話

隼人は少し間を置いてから、ドアの前に立ち、月子をじっと見つめた。「お前はどう思う?」「最初のうちは、一緒に住まなくてもいいんですよね?」と月子は尋ねた。「今はまだ急がない。母がK市に来てからにしよう」と隼人は答えた。月子は、この話は今すぐに決めなくてもいいと思っていた。「でも、鷹司社長、一つだけ言っておきます。同棲のふりをしたとしても、私はあなたの家には引っ越しません。私には自分の家があり、自分の書斎があり、そして自分が慣れ親しんだ生活があります。前にも言った通り、今後、たとえ恋愛をすることになっても、相手に合わせるために自分を犠牲にするつもりはありません……」月子は、この発言で彼が機嫌を損ねることは分かっていた。しかし、言わなければいけないことだった。「鷹司社長、あなたも言った通り、協力関係を築く上で、お互いが気持ちよくいるのが一番です。私は一度、恋愛で失敗しています。だから、たとえ見せかけの恋愛だとしても、私はもう自分を犠牲にしたくありません。そうでなければ、きっと私にはその役どころが務まりません。一番自然な状態でいることでいることこそが、より本物らしく見せられると思いませんか?もし同棲する必要が出てきたら、あなたに私の家に引っ越してもらうことになるかもしれません。部屋はたくさんありますから、どれでもご自由にお使いいただけます」隼人は驚いた。「一歩も譲らないのか?」「ええ」と月子は答えた。彼女は微笑んだ。「あなたと違って、私には恋愛経験も、人と付き合う経験も豊富です。しかも、これらの経験は全て静真から得たものです。この3年間で、たくさんの教訓を学びました。だから、もうこれ以上、どんな些細なことでも我慢するつもりはありません」隼人は、ぎゅっと拳を握りしめた。これほどまでに深い教訓を得たということは、それだけ彼女が深く傷ついたということだ。静真には、月子に優しくしてもらう価値がない。「鷹司社長、それでもいいんですか?」隼人は、月子のことを思うと湧き上がる怒りを抑え、彼女の目をじっと見つめた。「安心しろ。俺がお前と付き合いたいのは、お前を愛しているからだ。愛しているからこそ、お前のために何でもできる」彼は、自分が静真とは違うということを、月子に知らしめてやるつもりだった。そう言うと、隼人は踵を返し、家の中へと
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第310話

しかし、しばらくすると、月子は月の積み木を元の場所に戻し、洗面所へと向かった。用事を済ませ、数歩歩いたところで、ふと足を止めた。二秒後、彼女はくるりと向きを変えると、棚を開け、積み木をしまい直した。見えないなら、考えなくて済む。月子は、隼人の魅力を十分に理解していた。彼は特に格好をつけたりするわけではないのに、何をしても人の目を惹きつける。それに、見せかけの恋人として話したりする時は時折意味深な響きがあるので、つい深読みしてしまいそうになるのだ。幸い、月子には過去の恋愛経験があったため、外見や言葉の魅力に惑わされることはなかった。もし彼女がまた誰かを好きになるとしたら、きっと隼人と同じように、そう簡単にはいかないだろう。そう思うと月子の心は落ち着いた。お互い協力し合うだけ、貸し借りのない関係であれば、これからは安心して隼人に頼れるだろう。もちろん、隼人が後ろ盾になってくれたとしても、静真にこれ以上つきまとわれるのは避けたいと思っていた。しかし、隼人と表向き恋人同士になることは、静真に対する一種の挑発でもあった。そう考えただけでも、月子はとても気分が良かった。これから、静真を相手にしても、十分な勝算があるからだ。……約束の時間になると、今回は彩乃が月子を迎えに来ていた。車に乗り込むなり、月子は彩乃の顔が曇っていることに気づいた。「どうしたの?これから吉田会長に会いに行くのが嫌なの?」彩乃は嫌気がさしたような顔で言った。「違う」「じゃあ、何なの?」婚約者が他の女を連れて海外へ逃亡した夜ですら、彩乃は冷静に二人の幸せを願っていたのに、今はこの様子、月子はめったに見ない彩乃の姿に驚いていて尋ねた。「あなたってやり手なんでしょ、あなたでも手こずることがあったの?」「忍のせいよ」月子は意外そうな顔をした。「彼がどうかしたの?」この二人に接点といえば、クラブでホストと一緒に飲んだあの夜くらいしかないはずだ。「彼が昨日、家を買ったのよ」その話は隼人からもう聞いていた。彩乃はハンドルを叩きながら言った。「私の家の隣に!今朝、寝室のベランダでストレッチをしていたら、向かいのベランダのドアが開いて、忍がバスローブ姿でコーヒーを片手に出てきて……びっくりしたんだけど!」その時の忍は、驚いた顔で彩乃を見て、信じられな
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