All Chapters of 元夫の初恋の人が帰国した日、私は彼の兄嫁になった: Chapter 51 - Chapter 60

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第51話

月子はスカートの裾を直し、「大丈夫」と断った。月子は別の店に移り、純白のシンプルなイブニングドレスを選んだ。前面はごく普通だが、後ろは大胆な背中見せのデザインで、ミドル丈のため、普通ならこのドレスを着こなすのは難しいのだ。しかし、月子ははっきりとした顔立ちで、クールな雰囲気を持っているため、白を着ても地味にならず、逆に彼女の気質と相まって、かすかに鋭い印象を与えた。試着を手伝う店員は、月子の黒髪をハーフアップにして、背中を見せた。白い肌と黒い髪のコントラストが鮮やかで、照明の下で月子は輝いているように見えた。店員はすっかり魅了され、思わず「なんてエレガントで、美しいでしょう。すごく……すごく……」と感嘆し続けた。店員が言葉に詰まっていることに月子は驚き、「すごく?」と尋ねた。「スタイリッシュです」「スタイリッシュ?」店員は大きく頷き、「雰囲気ですね、信頼できる雰囲気です」と説明した。彼女は思わず「神推し!」と叫びそうになった。もちろん、そんなことをしたら客を驚かせて、自分を怪しく思われてしまうかもしれないだろうけど、相手が目の前の色白の美人なら、それはそれで悪くないのかも……月子は、店員が宇宙の果てまで妄想を飛ばしていったなど知る由もなく、鏡を見ながら、店員の形容詞に近づけようと努めてみた。確かに、自分は彩乃にも「スタイリッシュ」と言われたことがあった。だが、月子には全くその自覚がなかった。彼女は思わず「どうして私、自分ではそう思えないだろう」と尋ねた。店員は「きっとおしゃれをしてないからですよ。褒めてくれる人も少ないでしょう」と言った。「昔、友達に言われたことがある」「それなら、ここ数年はあまり聞かれていないんでしょう」月子は、静真と結婚して以来、彼と彼の友人から蔑ろな態度ばかり取られているうえ、自分も彼ら以外の声を聞き入れようとしなかったことを思い出した……やはり結婚したことが自分にとって仇となったんだね。自分自身をすっかり見失っていた。店員は月子が考え込んでいるのを見て、滑らかに言葉を続けた。「ライン交換しませんか?毎日褒めますよ」月子はそれを聞いて、店員を見た。店員は月子に見つめられて顔が赤くなった。販売員はたいてい社交的だが、今は恥ずかしそうに説明した。
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第52話

そしてこんな偶然があることに驚いた。でも普通に考えて、買い物をしている時は知り合いに会いたがらないものなのだ。少なくとも月子はそうだった。隼人は今日はスーツではなく、真っ黒なスポーツウェアに、同じブランドだが丈の違う黒のロングコートを羽織っていた。相変わらず彫りの深い整った完璧な顔立ちだが、これまでと変わらず近寄りがたい雰囲気を醸し出していたのだ。せっかく出会ったんだから、見て見ぬふりをするわけにもいかない。月子は少し離れたところから「鷹司社長」と声をかけた。隼人は無表情に振り返った。その視線に一瞬たじろいだが、月子は多くを語らず、軽く会釈して視線を戻し、会計を続けた。すると隼人は肩を忍に軽く叩かれ「これで4回目だぞ」と言われた。隼人が何か皮肉を言う前に、忍は手に持っていたグラスを2つ置き、月子の隣へ行き、会計を遮るように馴れ馴れしく言った。「はじめまして、忍です」忍は綺麗な色っぽい目をしていて、笑わなくても少し口角が上がっている、にこやかな顔立ちなのだ。月子は思わず一樹を思い出した。二人は同じタイプだ。ただ、一樹は忍ほどチャラチャラしておらず、もう少し洗練されているタイプだ。これも異なった地域出身ならではの気質の違いだろう。「はじめまして、月子です」「隼人の友人だ。彼が帰国したと聞いて、今日はJ市からわざわざ会いに来たんだ」彼はレザージャケットの下の白いスポーツウェアを指差した。「見ての通り、午後は隼人とテニスをしてきたんだよ。そういえば、月子さんはテニスする?機会があったら一緒にどう?」月子は言葉を失った。よく喋る人だ。月子はテニスができるが、口では「しない」と言った。「そうか、それは残念だね。ちょうど隼人に教えてもらえばいいじゃない。隼人はテニスが得意で、とても優雅にプレーするんだ。一度見てみないのはもったいないよ――あの、月子さんの分も」彼はほとんど間を置かずに、話しながらいつの間にかブラックカードを取り出し、店員に差し出した。この展開はあまりにも唐突でスムーズで、月子が我に返る頃には、店員はすでに忍のブラックカードを受け取り、会計を始めていた。月子は慌てて、「いいえ、自分で払うから」と言った。彼女はすぐに会計を止めようとしたが、忍は片手でそれを止めた。「月子さん、遠
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第53話

その日、忍はK市に到着した後、午後はテニス、夜は会食に参加する予定だった。少人数のプライベートな集まりだったので、遠慮する必要もなく、忍は隼人のグラスに酒をなみなみと注いだ。「J市に帰らないのは、お母さんから逃げてるんだろう?噂で聞いたぞ。結婚しろってうるさく言われて、紹介された相手は誰一人気に入らないんだって?まあ、隼人の条件なら、理想が高いのもわかるけどな」この話題は、たちまち賢と修也の注目を引いた。忍はもったいぶって、「でも、隼人にぴったりの人がいると思うんだ」と言った。賢はこの話題に乗っかり、月子のことを思い浮かべたが、口には出さずに「誰だ?」と尋ねた。忍は「月子さんだ!」と答えた。だって、偶然とはいえ、月子に会った隼人が強い関心を示したのは本当に珍しいことだから。隼人は、生まれてこのかた女など眼中にない男で、ほとんど女性に興味がないと思われていた。月子を数回見ただけだが、これは極めて稀なことなのだ。だから、これは絶対に脈ありだと忍は思った。それを聞いて賢は驚いた顔で「月子さんを知っているのか?」と尋ねた。忍はウキウキしながら「マジかよ!お前も彼女を知ってるのか?お前もそう思うだろう!」と言った。賢は頷いた。忍は意気投合した様子で、「月子さんのあのクールな態度、うちのボスに会っても、実に堂々としていたんだ!あの態度を保てる女がどれだけいると思う?他の女は顔を赤らめたり、倒れ込もうとしたり、抱きつこうとしたり、そんなのばっかりだ!」と言った。賢は銀縁眼鏡を押し上げながら、「全く同感だ。あの二人だけが洗練された世界にいるようで、他の人たちは皆、ただの凡人だな」と言った。忍は自分が掴んだのは最新のゴシップだと思っていたが、一歩遅かったようで、思わず「どうやって月子さんを知ったんだ?」と尋ねた。賢は「彼女は鷹司社長の秘書だ」と答えた。忍はそれを聞いてさらに興奮した。「これはすごい偶然だな、隼人!二人とも縁があるんだ!早くアタックしてみろよ。もしかしたら、お前を気に入ってくれるかもしれないぞ?」しかし、話題の中心にいる隼人は、友達の冷やかしを完全に無視していた。その時、彼の携帯が振動した。月子からメッセージが届いたのだ。隼人の個人的な連絡先を知っているのはごく少数の人だけで、それは彼が
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第54話

彼は別に月子に一目惚れしたってわけじゃないけど、ただ、試してみたら、もしかしたら愛の火花が散るかもしれないと思っただけだ。それに感情は育むものだし、たまたま月子に興味を持ったのも何かの縁かもしれない。彼がそう言うと、隼人は目を上げて「いいだろう」と言った。忍は「俺がアプローチしたいんだから、お前には関係ないだろう。お前の同意なんて必要ないさ」と言った。隼人は「別にお前が静真の女を狙うのを止めるつもりはないさ」と言った。忍は数秒間呆然とし、顔色を変えて、ぶっきらぼうに言った。「月子さんは静真の女なのか?」賢の目にも驚きが浮かんでいた。「あなたの弟さんか?静真は結婚しているはずだが、月子さんが彼の妻なら、なぜ聞いたことがないんだ?それどころか、静真は最近、いつもある女性と付き合って接待に出ている」この時になって、修也はようやく口を挟んだ。「月子さんと静真は結婚して3年になるんだ」そう言うと、修也は、自分がどうして月子が若くして結婚したと聞いて残念に思った理由を、急に分かったような気がした。賢が言ったように、月子と隼人こそ、同じ世界の人間のように見えた。忍は賢の言葉を分析し、見事な指パッチンをした。「おそらく離婚も間近だろう。で、月子さんが離婚した後には?」隼人は月子に対して何の感情も抱いていなかった。だから、彼らがそそのかしてるのも、ただの憶測でしかないし、むしろ自分はとばっちりをうけたのだとさえ感じていた。「俺と彼女に、可能性なんてない」隼人は落ち着いた声でそう言うと、さらに冷たく警告した。「この話は、俺が聞いた以上、お前らが暇つぶしで話しただけのことだと受け取っておく。だが、月子の前では口にするな」月子にとって不公平だ。彼女に対する敬意も足りない。……翌日。月子は起床して洗面をし、擦り傷をした左手に包帯を巻き替えた。軽い擦り傷はすぐに治るが、ひどい擦り傷は数日かかる。これを目にすると、また恵理の見て見ぬふりを思い出してしまった……まあ、いいや。月子は手を握って、それ以上考えるのはやめた。新しく買ったスーツを着て、その上にトレンチコートを羽織り、バッグを持って、車で出勤した。会社の1階でコーヒーを買い、胸に社員証を付けて、カードをかざしてゲートを通過し、Sグループビルに入った。
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第55話

首席秘書の南と、特別秘書の修也が、一緒にエレベーターから出てきた。二人の後ろには、正装した隼人がいた。体にフィットしたスーツに身を包み、すらりとした長身、非の打ち所のない整った顔立ち、そして傲岸で冷淡な目元をしていた彼は現れた瞬間から周囲に高貴で威厳ある雰囲気を漂わせた。彩花はその場に立ち尽くし、驚きと感嘆を隠せずにいた。彩花だけでなく、他の社員たちも一斉に手を止めて、隼人を見つめた。隼人は、人々の視線には慣れているようで、視線を逸らすことはなかった。三人組が社長室に入っていくのを見送って、社員たちはようやく我に返った。ほとんどの社員は隼人に会ったことがあったが……再び彼を見ると、やはり感嘆させられた。仕事は大変だが、隼人の顔にはどうやらその苦労を軽減させる力がありそうだ。彩花は興奮して月子の手を握り、激しく揺さぶった。「やっぱり、俳優よりもカッコいいわ!」月子は、彼女の喜びようにつられて、思わず笑みをこぼした。彩花は目の保養を済ませると、さらに興奮を抑えきれず、「ダメ、夫に社長のことを聞いてみなくちゃ!」とまくし立てた。月子は彼女を邪魔しないようにと、自分の仕事に戻った。約30分後、修也と南は社長室から出てきた。修也は自分の仕事に戻っていった。南は月子に数枚の書類を印刷して隼人に届けるよう指示した。月子は書類を印刷し終えると、社長室のドアをノックした。「入れ」低く落ち着いた声が聞こえると、月子はドアを開けて中に入った。隼人は執務机ではなく、応接エリアの革張りのソファに座って、くつろいでいた。こう見ると、彼は型にはまった性格ではないようだ。「鷹司社長、資料をお持ちしました」隼人は顔を上げずに言った。「そこに置いておけ」月子は資料を置くと、退出するはずだったが、そのまま立ち尽くしていた。それに気づいた隼人は、不機嫌そうに鋭い視線を向け、無表情で尋ねた。「まだ何か?」月子は意を決して言った。「鷹司社長、お時間を取らせて申し訳ありません。先日送金させていただきましたが、お受け取りになられていないようでしたので」彼女は忍と面識がない。理由もなく高価な贈り物を受け取るわけにはいかなかった。しかし、隼人は「もらった相手に直接返せばいいだろう」と言った。月子は答えた。「
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第56話

入江グループはK市きっての名家であり、正雄の時代から築き上げてきた人脈は、現在に至るまで受け継がれている。宏のように時代の波に乗ってK市一の富豪になったような成り上がりでは、どれだけ贈り物をしようとしても、入江家の敷居をまたぐことすらできないのだ。だから、入江家に媚びへつらおうとする人間は、決して少なくないのだ。月子は静真が霞を好きだということをずっと知っていた。だが、それはただの概念で、具体性に欠けていた。ここ一週間ほどで、彼女は静真が霞にどれほど優しく接しているかを、細部に至るまで感じ取っていた。氷のように冷たく、自分には全く関心を示さない静真が、あんなにも人を愛し、ここまで尽くすことができるなんて……驚いた。これほど深い愛情を目の当たりにすれば、「どうして私を愛してくれないの?」とか「どうすれば私を見てくれるの?」なんて、自惚れた質問はできない。二人の愛情があまりにも深く、誰も入り込む余地がないのだ。それに比べ、以前、静真の心を射止めようとした月子の行動は確かに悪あがきとしか言いようがないのかもしれない。彼女は完敗した。辛く、苦しく、切ない気持ちはあるが、現実を直視することができた。これ以上、愚かな振る舞いはしないだろう。しかし、月子には一つ疑問があった。静真はそれほど霞を愛しているのに、なぜ3年前に自分と結婚したのだろうか?愛していないなら、結婚しなければよかったのだ。静真は誰かに脅されて妥協するような男ではない。たとえ正雄から圧力をかけられたとしても、きっと抵抗できたはずだ。彩花は南のオフィスをチラッと見てバレてないことを確認してから、またサボり始めた。「でもこれだけは確かね、静真さんは滅多に見ないイケメンだけど、それでもうちの鷹司社長には敵わないってこと」それを聞いて月子は考え事をやめ、からかうように言った。「ご主人が嫉妬するわよ」「言わなきゃ、知らないでしょ!」もちろん、彩花は月子が自分のことをバラすはずがないと分かっていた。そして、再び感慨深げに言った。「きっと彼ら父親の遺伝子が素晴らしいのね」確かに、静真の父親である入江達也(いりえ たつや)がJ市社交界の令嬢を騙して子供を産ませることができたのは、顔の良さが決め手だった。……退勤後、月子はショッピングモールで夕食を済ませ、M·
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第57話

隼人はドアノブにかけられていた袋を取り、ドアを閉めた。忍は追いかけようとしたが、もう遅かった。隼人が持っているショッピングバッグのブランドロゴに気づき、「あげるの忘れてた。それは、ネットで買ったのか?」と聞いた。隼人は彼を無視した。バーカウンターまで歩いていき、ハサミを取り、包装を切ると、グラスが姿を現した。ダイヤモンドカット技術で切られたガラスに、光が当たり、明るく眩しい光を反射して、まるで星のようだった。このグラスには名前があり、「北極星」と呼ばれていた。特別なものはないが、確かに綺麗だった。忍は隼人の沈黙に慣れっこで、勝手に推測して、「まさか月子さんから貰ったんじゃねえよな?慌ててドア閉めて、怪しいぞ」と言った。隼人は振り返り、「北極星」を陳列棚に置いた。壁一面には、彼自身が選んだものも含めて、すでに三つのグラスが飾られていた。隼人はスマホを手に取った。しばらくすると、スマホの通知が鳴ったので忍は画面を見るや「いきなり76万円送ってくるとか、気に入ったよ」と言った。彼らの間では時々互いに数十万円単位のプレゼントを送り合うこともよくあったのだ。「でも、こんな端数のある金額は初めてだな」少し不思議に思いながらも、忍は受け取った。忍が金を受け取ったことを確認してから、隼人は口を開いた。「これは月子から、お前への返金だ」忍は指を硬直させ、顔を上げて、色っぽい目を細めた。「どういう意味だ?」隼人は言った。「彼女は借りを作りたくないらしい」忍は口を開いたり閉じたりした後、侮辱されたような顔をした。「隼人、俺と知り合って何年経つんだ?女にプレゼント買って金返せって言うような男だと思うか?早くこの金、月子さんに返しとけ!」そう言って、彼は急いで隼人に送金をし返した。「必ず返しておくんだぞ!」この出来事は忍の価値観をほぼ覆すもので、彼はさらに強調した。「賢たちにバレたら、女に金せびったって死ぬほど笑われるぞ。毎回の集まりでネタにされるんだ、考えただけでも恐ろしい!」隼人は黙っていた。ただひたすらに親友が取り乱すのを見ていた。一方で、隼人が送金の受け取りを制限しているのを見て、忍は何かおかしいと感じ、ついに事の真相に気づいた。忍は怒りで顔が真っ白になった。「まさか隼人、わざと俺が金
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第58話

送られてきた資料を見てみたけど、Lugi-Xでも似たような難題を解決した実績はあるにはあるんだけど、3年の技術差があるから細かいところが違うんだ。技術ってやつは、ほんの少しの違いが大きな差になるってことは、あなたもよく分かってるでしょう?私のチームじゃ、ちょっと無理があって、でも、あなたならいけるかもしれないって思ったの。もちろん、浩があんなにあっさり承諾したのは、入江グループ、つまりあなたの元夫からの投資を受けているからなんだ。そこは誤解のないように言っておくけど、もしあなたに抵抗があるなら、この話はなしにしよう」そうとは言ったものの、彩乃はまた話を一転させた。「でも、お金を稼げる話を逃すこともないわよね?」月子も「ええ、私もお金には困ってるの。一緒に大金持ちになるって約束したじゃない」と言った。「だよね。実はもう2億円の契約書が目の前にあって、いつでもサインできる状態なんだ。もちろん契約は会社名義で、報酬も会社の口座に振り込まれるから税金対策もしてあげられるよ」月子は言った。「落ち着いて。まずは資料を確認してみてから、返事をするね」「安心して。とりあえず浩には一旦断ってあるんだ。あなたが大丈夫だって言うなら、また連絡して状況が変わったって伝えればいい。向こうは2ヶ月も行き詰まっているんだから、数日のうちに解決策を見つけられるとは思えないし」彩乃は言った。「だから、大体の目安を教えてほしいんだ」「今晩仕事が終わってから見てみるから、金曜日には返事できると思う」「その仕事っぷり、惚れ惚れするね」電話の向こうで、彩乃は月子に熱いキスを送った。「離婚っていいわよね、月子。自分の得意分野で輝けるようになるんだから。論文が発表されたら、あなたの価値はますます急上昇すると思うの。その時は私と一緒に起業するのもいいし、大企業で数億円の年収を狙うのもいい。もちろん、一人で起業したいなら、資金調達にも困らないはずさ」月子は、将来についてあまり具体的な計画を立てていなかった。今は目の前の研究をやり遂げることだけに集中したかった。しかし、計画は変化に追いつかないものだ。かつて静真を好きになるとは思ってもみなかったし、彼を諦める日が来るとも思っていなかったように。未来がどうなるかなんて、誰にも分からない。……田中研究室では、
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第59話

霞の問題解決の切り札は、彩乃だ。浩に先を越されたら、面目丸つぶれだ。霞が焦っていると、浩は口調を変えた。「だが、一条社長に断わられた。だから今回はチーム全体があなたにかかっている。あなたがみんなを率いて難局を乗り越えてくれることを期待している」浩は霞と静真の関係を知っていたので、個人的なアドバイスとして言った。「これは地位を固めるチャンスでもある。皆を納得させれば、今後の仕事はもっとスムーズになるさ」霞は田中研究室にずっといるつもりはなかった。経歴を華やかにするための腰掛けと考えていたのだ。その後は起業してもいいし、博士課程に進学して研究を続けてもいい。もちろん、いつか玲奈のような伝説的人物と知り合えたら最高だ。そうすればIT業界で確固たる地位を築くことができる。さっき自分を問い詰めてきたチームメンバーなど、今後は所詮大人しく口を閉ざすしかないだろう。だが、浩がすでに彩乃に連絡を取っていたのであれば、計画変更の必要が出てきた。霞は少し考えてから言った。「SYテクノロジーに外注すれば、もっと早く結果が出るはずだから、私が一条社長に直接会って話してみる」浩は彩乃にきっぱりと断られたので、こう言った。「期待薄だが、試してみる価値はある。もちろん、二段構えでいく必要がある。このプロジェクトがこれ以上遅れたら、中止にするしかないのだ」霞は「分かっている。私は結果重視なので、最短で解決できるように、必ず一条社長を説得する」と言った。浩は研究室の責任者として、霞の積極的な仕事ぶりに満足していた。静真がなぜ彼女を高く評価しているのかも理解できた。本当に優秀で素晴らしい女性なのだ。プロジェクトの詳細についてもう少し話した後、霞は自分の席に戻った。彼女の仕事道具は、以前のグループリーダーのオフィスにすべて移されていた。IQが高いからといってEQが低いとは限らない。どんなチームにも、要領のいい人間はいるものだ。「恵理?」霞は、佐倉恵理(さくら えり)が埃を払ってくれた椅子に座り、顔を上げ彼女を見つめた。「霞先生、初めまして。佐倉と申します。前の組長の助手をしていました」恵理の態度は申し分なかった。霞は素直な人が好きで、笑って言った。「外では私のことを良く思っていない人が多いのに、今ここで忠誠心を見せたら、同僚からハブ
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第60話

機密保持がされている以上、プロジェクト全体の資料であるはずがない。問題点だけが書かれていたが、それでも30ページも使っていた。月子は速読した後、問題点の記述が不正確で、引用した論文との関連性が低いとまず指摘し、整理し始めた。30ページあった問題点を10ページに圧縮した。そして、発散的思考でいくつかの解決策を挙げ、その方向に沿って、国内外の関連文献を素早く正確にダウンロードした……一通り整理がつくと、月子は玲奈がかつて出版した著作を思い出した。専門用語が多すぎて抽象的であり、読むにはハードルが高すぎたため、100冊も印刷されず、ネット上にも資料が出ていなかったのだ。月子が検索してみると、市立図書館に1冊あった。仕事が終わって夕食を済ませると、月子は図書館へと直行した。該当の棚で本を手に取ると、突然隣から手が伸びてきて、別の関連専門書を取っていった。月子は本のタイトルをチラッと見ると、入門レベルの本だった。「奇遇ね」月子は顔を上げると、颯太が手に取った本のページをめくり、視線を落としていた。月子に見られていることに気づき、颯太は顔を上げた。そっけない口調で、わずかに嘲りを含んだ声で言った。「お前もコンピュータ科学に興味があるのか?」明日、高IQの人材と会うので、颯太はとりあえず勉強してみようと思ったのだ。研究開発部の同僚に本のリストを作ってもらい、ネット通販では間に合わないので、図書館に借りに来たのだ。まさか月子に会うとは思わなかった。本当に予想外だ。まるで変な組み合わせの食べ物みたいに、気持ち悪くて吐き気がする。月子は眉をひそめた。自分と颯太は互いに知り合いだ。しかし、会話した回数は5回にも満たず、まるで他人と変わらない。彼の口調は普通で、何気なく聞いているようだったが、月子はその言葉から敵意と軽蔑を感じ取った。「興味があろうとなかろうと、あなたには関係ないでしょう」颯太は驚き、月子がこんな反応をするとは思っていなかった。眉をひそめて彼女を見た。「俺が何かお前を怒らせるようなことでもしたか?」月子は彼の傲慢さに反感を覚えた。「分からないならわからないままでいい。私もなぜあなたが急に話しかけてきたのか理解できないし、だけど別にその理由を知りたいとは思わない」そう言って、少し離
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