All Chapters of 元夫の初恋の人が帰国した日、私は彼の兄嫁になった: Chapter 591 - Chapter 600

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第591話

賢は遥を一瞥し、視線を逸らした。楓は露骨に嫌そうな顔で、遥に兄を紹介した。賢の態度を見て、遥は自分から挨拶をするのを控えた。彼女の瞳が一瞬揺れた。賢という男は、自分を眼中に入れていない。そんな風に感じた。しばらくして、賢の秘書がボディーガードと共に到着した。賢は指示を出した。「彼女を飛行機に乗せろ」楓は驚愕した。賢は、自分を大人しくさせるつもりでわざと残って時間稼ぎをしていたのか?彼女は兄の独断的なやり方に我慢ができず、叫んだ。「私、行かないから!」遥は驚いて尋ねた。「どうして楓さんを連れて行くんですか?」賢は、有無を言わさぬ口調で言った。「これは我が家のことです」そして、遥にもう一度釘を刺した。「楓のことには口を出さないでください。あなたも余計なことをすれば大きな代償を払うことになるから、立ち振る舞いに気を付けてください」遥は唇をぎゅっと噛み締めた。賢の言葉は警告だった……賢は月子をそんなに重要視しているのか?楓の言っていたことと違う。楓は帰りたくなくて、必死に抵抗した。遥は賢の顔色を窺ってから、楓を説得するように言った。「楓さん、一旦あなたのお兄さんの言うことを聞いて、帰って。私が後で連絡するから」楓は遥に兄を説得してほしいと思っていた。しかし、賢は聞く耳を持たないばかりか、以前よりずっと強硬な態度だった。こんな風に厳しくされたのは初めてで、楓でさえ少し怖く感じるようになった。遥にしてみればなおさらなのだ。遥のようなおとなしい性格では、この状況を打開することはできない。そう思うと楓は頭に血が上ったが、兄の威圧感には逆らえず、諦めるしかなかった。それから、賢は楓を空港まで送っていた。そして楓が飛行機に乗り込むのを見届けると、賢はその場を離れた。しかし、飛行機が離陸する前に、何者かが機内に乗り込んできて、楓を連れ出した。楓は、兄が考えを変えたのだと思った。しかし、自分を連れ出した人物に見覚えはなかった。楓が相手を問い詰めようとした時、聞き覚えのある声がした。「楓さん、私」遥だった。まるで魔法のように現れた遥を見て、楓は驚き、そして安堵した。すぐに遥を抱きしめ、「遥、すごいわね!K市でそんな力があるなんて!あなたってやり手ね!兄よりすごいじゃない!」と言った。遥は謙
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第592話

「ははは、見間違えだよ。あなたってか弱そうだから、四六時中守ってあげなきゃって思ったんだ」そして楓は続けた。「さあ、あなたの豪邸にいきましょ!どのみち、私は実家には帰らないから」……賢と修也が帰った後も、萌はまだしばらく残っていた。隼人と知り合いになるため、少し話をした。隼人は確かに性格はクールだが、傲慢ではなく、萌にはとても丁寧に接してくれた。丁寧すぎて、萌は恐縮してしまったほどだ。萌はすぐにその意味を察した。隼人が自分に丁寧に接してくれるのは、自分が月子に優しくしているからであって、結局すべては月子のためなのだ。そんな彼に、萌は月子の身内としてますます満足げだった。「そろそろ帰りますね。子供たちも待っていますし。綾辻社長は今日ちょっとご機嫌斜めみたいですから、鷹司社長、優しくしてあげてくださいね。じゃないと、明日会社に行ったら、綾辻社長の機嫌が悪くて、私たち社員も困っちゃいますから」萌は帰り際に冗談めかして言った。だが、よく聞くとそれも全て月子に気遣った内容だった。月子は全て理解し、自ら萌を見送りながら、真剣に言った。「萌さん、今日は本当にありがとうございます」萌は手を振った。「大丈夫ですよ。これで安心です。じゃないと、今晩は気になって眠れなかったかもしれません」月子は萌の姿が見えなくなるまで見送ってから、ドアを閉めた。隼人はまだ座っていた。「急いで帰る?」隼人は月子を見ながら言った。「こっちへ来い」月子は彼のところに近づき、膝の上に座ろうとした瞬間、隼人は突然立ち上がった。「行こう」月子はムッとした。「何よ」「手をつないで歩きたいんだ」隼人は優しい眼差しで彼女を見つめた。月子は納得し、隼人に手を引かれながら歩いた。いつもは並んで歩くのに、今日は彼の腕にぴったりとくっついて歩いた。しばらくして、二人は車に乗り込んだ。運転手がいたので、月子はキスしたかったが、我慢した。さっき唇が乾いていると言われた時から、キスしたくてたまらなかったのだ。ふっと、車は花屋の前を通りかかった。隼人は運転手に車を停めるように指示し、月子と一緒に花を選んだ。月子はストレリチアが好きだったので、隼人はそれを一束買って、二人は再び車に乗り込んだ。この間も、月子は隼人の腕にぴったりとくっついて歩
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第593話

月子は再び金槌で打たれたような衝撃を受けた。それも、さっきよりずっと強烈で、全身が硬直してしまった。「そんな……まさか」隼人は全身で喜びを表現しながら、低い声で言った。「こんな姿は珍しいな」そして、追い打ちをかけるように言った。「家に帰ってから、ますます甘えん坊になった」彼の言葉を聞いて、月子は家に帰ってからの自分の行動を思い返した。確かに、彼に抱きつき、まるで双子のようにくっついていた。もしかして、本当に、ちょっと……ああ。恥ずかしさで顔が真っ赤になった月子は、必死に否定した。「別に甘えてなんかいない!」しかし、そう言えば言うほど、自信がなくなっていくのを感じた。甘えるのは表面的なものに過ぎず、実際は隼人に依存しているのだ。普段の月子はこんな風ではない。隼人が自分に近づきたがり、体に触れたがるから、それに合わせていただけだ。ということは、これは成一のおかげと言えるのだろうか?気分はどん底まで落ち込んでいたのに、隼人に近づくと、不思議と心が軽くなる。彼はまるで特効薬のようで、無意識のうちに彼を求めてしまう。月子は、自分が隼人の前で脆さを露呈してしまったことに気づき、愕然とした。こんなにプライドの高い自分が、全てをさらけ出してしまったなんて……隼人に見下されるのが怖かった。弱い人間だと思われたくなかった。だけど、本当に辛い時、隼人に頼り、彼から安心感を得たくなるのだ。恥ずかしさに耐えきれず、月子は彼の胸に顔を埋めた。隼人は月子の顔を見ようとしたが、彼女は頑なに顔を上げようとしない。まるで力比べのようだ。その様子に隼人も目から、笑みがこぼれそうになった。月子と一緒にいると、心がとろけるように感じる。彼女のおかげで、親密な関係とはどういうものかを知ることができた。あまりにも幸せすぎて、失うことなんて考えたくもない。だから、彼は月子が、もっと自分に夢中になってくれたらいいのに、と焦ってしまうのだ。そして、もし他の男が少しでも彼女に近づこうものなら、頭ごなしにぶっ潰してやりたくなってしまうのだ。しかし、気にするがあまり、それは独占欲に変わり、いるも不安に駆られてしまい、恋愛の良さを楽しめずにいた。だが、思い直してみると少なくとも今は、月子の普段とは違う一面を見ることができるのは、自分だけなのだ。それは
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第594話

月子は指を突きつけて言った。「笑わないでよね」真面目な口調だったのに、気分が良すぎて、甘えるような声になってしまった。月子の顔は真っ赤になった。隼人は何も言わず、月子を腕に抱き寄せ、唇を塞き止めた。激しいキスを交わしながら、そのままソファへと移動した。月子は隼人に押し倒され、彼の昂ぶりを感じた。どうやら、甘えられたのが嬉しかったらしい。そして、彼は彼女の服の中に手を入れた。そのまま優しく撫でた。そして、強く押した。力加減は容赦なかった。隼人は耳元で囁いた。「ここ、触ってもいいか?」掠れた声に、月子は目を開けた。彼の熱い視線に、体がとろけるようだった。月子は隼人の顔に触れ、指で唇をなぞりながら、確信した。自分は隼人が好きなのだ。それもとても好きなのだ。怖い気持ちもあったが、それでもいいと思った。「い、いいよ……」隼人は一瞬動きを止めた。信じられないといった様子だった。その瞬間月子の呼吸が乱れた。月子は体を起こした。喉が渇き、心臓が激しく高鳴っていた。顔が真っ赤になっているのが分かった。唾を飲み込みながら、言った。「生理が来そう」隼人は数秒間、固まった。月子を見つめる瞳には、独占欲と熱意が渦巻いていたが、同時に諦めも浮かんでいた。そして、抑えきれない気持ちを、行動でぶつけた。唇を奪い、物足りなさをぶつけた。激しいキスだった。隼人は普段、月子の言うことを何でも聞くのに、こういう時だけは、強引さが隠しきれないようだった。隼人は月子の服を着せ、ボタンを一つ一つ丁寧に留めてあげた。さっきの出来事を思い出し、二人ともすこし気まずい雰囲気になった。月子は顔が赤くなったまま、隼人を見ることができなかった。だから、彼の耳まで真っ赤になっていることには気づかなかった。月子は、本当に生理が来てしまったのを感じた。そして、バスルームへと向かった。彼女の生理は不順で、2、3日で終わることもあれば、10日続くこともあった。検査を受けた結果、生理不順だということが分かっていた。今回がどれくらい続くのか分からなかったが、少なくとも隼人とはしばらくそういうことはできない。いい雰囲気だったから、つい同意してしまったけど、やっぱりまだ抵抗があった。きっと、前みたいに辛い思いをするんだろうなと月子は不安だ
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第595話

隼人はすっかり気を良くして、月子の顔色を窺いながら、彼女が喜びそうな言葉を選んで言った。「心配しないで、大丈夫だよ」隼人はこの時、月子にとって一番馴染み深い、禁欲的で冷静な様子に戻っていた。あたかも真面目な様子で彼は、月子の手首と腕に集中して、マッサージをしてあげていた。落ち着き払った様子で何をしていても、とても頼りになる男だった。でも、さっきは……うっそ、月子は隼人の別の顔も好きだけど、ちょっと想像を超えていた。月子は彼をじっと見つめ、疑わしげに言った。「……ちょっと信じられない!」隼人は真剣に考えてから答えた。「時間はコントロールできる」「さっきはコントロールできてた?」「お前が手伝ってくれたから、興奮しちゃって。もし一人だったら、すぐ終わってたよ」月子は返す言葉もなく、反論の余地が見つからなかった。だって、彼一人だったらどれくらいの時間なのか、彼女には分からなかったからだ。少し考えてから、月子は尋ねた。「一人でならすぐ終わるなら、どうして自分でやらないで、私に手伝わせたのよ?」言い終わってから、月子は自分が彼にうまく丸め込まれたことに気づいた。もう、隼人ったら、なんて意地悪なの。あんなに真面目な顔してるくせに、自分を騙して手伝わせたなんて。自分が心配してるのを知ってて、利用したのよ。月子の非難にも、隼人は顔色一つ変えなかった。もともと月子にその方面の心構えをさせるつもりだったのだ。一気に自分の獣のような一面を見せてしまったら、彼女を怖がらせてしまうかもしれない。段階を踏むことが大切だった。そして、さっきのような良い雰囲気とチャンスを逃すはずがなかった。月子の態度が少し柔らかくなれば、彼はさらに一歩踏み込むことができる。この点において、彼は紛れもなく男だった。「月子、手伝ってほしいんだ」隼人は真剣な眼差しで月子の目を見つめた。彼は今夜、月子の気を引く方法も見つけていた。例えば、時と場合によっては、真面目なふりをする必要がある、ということを。月子は、腹黒い隼人が自分の気を引こうとしていることなど知る由もなく、彼の真剣な態度にすっかり心を奪われていた。よく考えてみれば、当然のことかもしれない。そして、彼女も気づいていた。隼人はそれとなく、それでいて強引に、二人の関係をさらに進展させようと
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第596話

隼人は黙り込んだ。隼人は月子の手を引き、ソファから立たせると、「そんなに俺に冷たくするのか?」と尋ねた。月子は言った。「そうよ、冷たくするから!」隼人は月子の手を自分の腰に回し、彼女を抱き寄せながら背中に手を這わせ、誘うように言った。「どれくらい冷たいか、見せてくれる?」月子は隼人ほど図々しくはなく、真面目な人が急に不真面目になるのが耐えられず、彼の胸に顔を埋め、背中に置いた手で彼をつねった。隼人は優しく微笑み、しばらく彼女を抱きしめた後、「お前がいないと寂しい。追い出さないでくれよ、いいだろ?」と言った。月子はさらに顔を深く埋め、しばらくしてから顔を上げ、「もっと顔下げて」と呟いた。隼人は素直に頭を下げた。月子は彼の顔を両手で包み込み、彼の唇を見つめた。そして背伸びをして、彼の唇に軽くキスをした。彼の唇は柔らかく、そんな感覚に月子はいつもドキドキしてしまうのだ。月子はもう一度キスをし、二人は見つめ合って微笑んだ。そして、彼女は再び彼の胸に顔を埋め、力強い鼓動に耳を澄ませた。好きな人といると、気分が良すぎて、心はまるで空に舞い上がるようだった。不思議だけど、すごく素敵な気分。静真と付き合ってた時は、こんな気持ちになったことはなかった。「今日は驚いたよ」隼人は、突然言った。月子は耳をぴくっとさせ、「私が……してもいいって言ったから……」と口ごもった。隼人はクスッと笑った。「違うよ、何を考えてるんだ?」月子は唖然とした。よくも笑ったわね、この男。「楓のことは、俺に直接言うか、賢に連絡するか、それともこっそり俺たちだけに話すかだと思ってた。あんな大ごとにするなんて思わなかった」隼人は彼女から少し離れ、目を細めて尋ねた。「なぜ、あんなことをしたんだ?」月子もまた目を細め、彼の視線を真っ直ぐに見つめ返しながら言った。「鷹司社長に、一肌脱いでもらおうと思って」「いつも俺を頼るのは、静真のことだけだ。それも、彼が取り乱した時くらいだ。それ以外では、めったに俺の手を煩わせたりしないのに今日はどうしてなんだ?」隼人は静かに言った。「理由を教えろ」「それは私のこと、よく分かってないのね。私はあなたの力、借りるのが大好きなんだから」「確かに力なら俺の方が上だ」隼人はさらに追及した。「他に理
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第597話

隼人と付き合うようになって、月子は自分が今まで本当の恋愛を知らなかったことに気付いた。恋愛において、嬉しい気持ちも、辛い気持ちも、素直に表現していいんだ。相手に何も反応してもらえないんじゃないかと、一人で悶々とする必要なんてないんだ。だって、隼人はちゃんと応えてくれるから。すぐに、自分が求めている慰めや安心をくれる。この恋愛を通して、月子は過去の自分の恋愛での閉鎖的な面に気付いた。今まで口に出したことはなかったけれど、隼人に問い詰められ、そして励まされ、月子はついに一歩踏み出した。彼の目を見て、はっきりと言った。「そうよ、あなたが私のものだって知らしめたいのよ」そう言うと、月子は息を吐き出した。そして、口に出してみるのも悪くないと感じた。さらに月子は続けた。「山本社長には、あなたが私のものだってことを知ってほしいの。楓さんがあなたを好きでもいいけど、だけど彼女が何をしても無駄だっていうことを知らしめたいの。だって、私がそれを許さないんだから」好きっていう気持ちは、欲望と同じ。お金や名声を求めるのと同じ欲望。欲望は、独占欲や嫉妬心を生む。だから、月子はあんな行動に出たのだ。隼人はきっと、あんな言葉を喜んでくれているはず。だって、彼の目つきが変わったのが分かったから。いつもより深い瞳が、さらに輝いていた。それは、彼が心から喜んでいる証拠。「そういう言葉、嬉しいな」隼人の心は温かさに包まれた。あんな言葉は何度聞いても飽きない。一生聞いていたいと思った。月子は微笑んだ。「私も、思い切って言ってみたの」「俺の願いを叶えてくれてありがとう」隼人は彼女に礼を言った。今の隼人は、宥められて大人しくなったようだった。普段は攻撃的なのに、彼女の前ではとても従順なのだ。もちろん、大人しくなったからといって、攻撃性がまったくないわけでもない。彼はどちらかといえば、一度許しをもらうと、さらに甘えてくるタイプだからだ。隼人にキスされて、月子はすっかり夢中になった。すると彼はその隙に自分の要求を言ってきた。「今度から、俺にちゃんと連絡しろ。LINEと電話の両方でだ」月子は意味が分からなかった。「毎日ラインしてるじゃない?」「賢には連絡したのに、俺にはしなかった」隼人は少し重々しい口調でそう言うと、彼女の耳を軽く噛
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第598話

高橋は未だに月子を静真の妻だと思い込んでいて、「奥様」と口走ってしまうこともあるが、静真はそれを訂正しなかった。とはいえ、高橋もなるべく気を付けているようだ。不思議なことに、離婚してから静真は、食へのこだわりが以前ほど強くなくなった。以前は好き嫌いが激しかったのに、今は、まずければ別だが、何でも食べられるようになった。もちろん、高橋の仕事はきちんとこなしている。静真が書斎で仕事をしていると、高橋がお茶を入れて持っていった。ドアを開けると、静真が綺麗なガラスのグラスを眺めているのが見えた。高橋はすぐに、月子が割ってしまったあのグラスだと気づいた。静真が修理して、書斎に置いていた。お茶を机に置くと、静真はようやく高橋に気づき、眉をひそめた。「ノックぐらいしろよ」「し、しましたけど……」高橋は答えた。静真は、さらに眉をひそめ、不機嫌そうにグラスを置いてお茶を一口飲んだ。高橋は、何か言いたげな様子で、その場を動かない。「何か用か?」静真は尋ねた。高橋は意を決して言った。「あの……このグラス、月子さんのですよね?ずっと見ていらっしゃいましたが、もしかして、寂しがっているんですか?」静真は冷たく笑った。「ああ、そうだ。寂しいさ。だから戻ってきたら、きっちり落とし前つけてもらうと思って。このグラスは、そのことを忘れないための戒めだ」このグラスは、月子が隼人に贈ったものなのに、静真はまるで自分の物のように扱っている……一体どういうつもりなんだろう。高橋は青ざめた。「そんなことしたら、月子さんは怖がって逃げてしまいますよ!」それに、本当にただのグラス?置くときは、あんなに大事そうにしていたのに、でも静真の顔は、本当に嫌悪感に満ちているようだった。一体何が本当なんだろう?「大丈夫だ、彼女の機嫌が直ったらまたじっくり話をするつもりだから」静真は言った。高橋は、静真が月子をなだめるつもりだと理解した。機嫌を取ってから、話をするつもり?静真はお茶を飲み干し、相変わらず反応のないスマホに目をやった。「もういい、下がれ」「はい、かしこまりました」高橋は返事をして出ていった。途中で、静真のスマホの着信音が聞こえた。そういえば、静真は普段マナーモードかサイレントにしているのに、着信音が鳴るようにしているなんて珍しい。
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第599話

天音は愚痴を聞いてもらいたくて兄に電話しただけだった。まさか静真が本当に実家に来るなんて思ってもいなかった。車で何時間もかかるというのに。でも、兄の機嫌は最近ますます悪くなってる。今や少し文句を言っただけで、もう我慢できないようだ。まるで忍耐力がゼロになったみたい。そういえば、兄は月子と結婚してから、性格が丸くなった。少なくとも、自分にはとても優しかった。うっそ、今更気付いたんだけど、兄って結婚してる時としてない時じゃ全然別人みたい。とはいえ、今は兄の心配をしている場合じゃなかった。天音は頭に血が上っていて、この2週間は人生最大の試練を経験しただから。そこに、桜が車で彼女を迎えにきてくれた。親友の姿を見た瞬間、天音の目から涙が溢れ出た。桜も驚いた。目の前にいるこの人、本当に天音なの?ボサボサの髪に、しわくちゃな服。爪の間には土がこびりついていて、何とも言えない臭いが漂っていた。まさか、ここで天音の人生で一番みっともない姿をいてしまうなんて。桜が近づいていくと、家庭菜園が見えてきた。その横には堆肥があって、それが臭いの原因だった。「一体何があったの?」桜は驚きで口が塞がらなかった。天音は泣きじゃくりながら、断片的に事情を説明した。どうやら正雄は、天音に躾をとことん叩き込んだようだ。天音は友達とつるんでいないと生きていけないタイプの人間だ。一人で田舎に来るだけでも最悪なのに、スマホとネットさえあれば、2週間くらいゲーム三昧で過ごせるし、三食きちんと作ってくれる人がいれば我慢できると考えていた。ところが、現実は甘くなかった。電子機器はすべて没収、ネット環境もなし。使用人もおらず、ボディーガード一人だけ。しかも、そのボディーガードは正雄の忠実な部下で、2000万円の賄賂も通用しなかった。つまり、娯楽といえばニュースか時代劇しかやっていない公共放送のテレビだけ。生活面では、自炊を強いられた。友達もネットもなく、気が狂いそうだった。おまけに、誰も世話をしてくれない。天音は、何一つ家事なんてしたことのない令嬢だ。大人になってからも、口を開けていれば誰かが食べさせてくれるような生活を送っていたから、料理なんてできるわけがなかった。正雄がそんなに冷酷な人だとは思えなかった。意地
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第600話

悔しさだけでなく、今すぐにでも爆発しそうな怒りがこみ上げてきて、誰かを殴ってでもスッキリしたい気分だった。頭に浮かんだだけでも、何十人もの気に入らない相手がいた。それも、あらゆる業界の人間だ。でも、どれもこれも、ちっともスカッとしない。全然ダメだ。だって、全ての元凶は月子なんだ。月子が祖父の家に乗り込んで来なければ、こんな目に遭わなかったのに。こんな苦労をしなくて済んだのに。あの日、邸宅で母親や兄に楯突く月子の迫力、そして祖父にも臆することなく話していた姿……自分にはとても真似できない。月子が自分より優れているところを見ると、彼女は以前考えていたような、おとなしくて争わない義理の姉ではなくなっているような気がした。天音は以前のように月子を見下すこともできなくなった。むしろ、怖くなってきていた。さらに、隼人が月子を守っているから、なおさら手が出せない。もう、本当にムカつく。まさか、もう月子には何もできないっていうの?月子に何もできないという現実は、天音にとって大きな打撃だった。理由は色々あるけれど、彼女は一体いつからこんなに悔しい思いをしなければならなくなったのだろうか?天音は暗い気持ちでずっと移動していた。1時間が経ち、ふと月子には同じくらいの年の弟がいたことを思い出した。恐ろしく短気な奴だ。でも、それこそ好都合なんじゃないか?あいつが自分の前で謝罪する姿、想像しただけで、ゾクゾクするほど楽しい。よかった。やっと憂さ晴らしの相手が見つかった。このままじゃ、病気になりそうだった。人をこけにするのはお手のもの。桜にこの話をした後、すぐに人を集め始めた。天音は刺激と自由を求めて時間を無駄にしてきたので、真面目に仕事をしたことはなかった。しかし、遊び好きなおかげで人脈は広く、友人と投資をすることもよくある。特に入江家の令嬢という肩書きは彼女に多くの資源をもたらした。だから、すぐに準備が整った。洵について調べ、待ち伏せしてどこかに連れ込み、徹底的に痛めつけてやろうとした。天音は自らバットを振り回し、洵の体に叩きつけるつもりだった。だけど、洵に気づかれないようにするのは少し面倒だ。しかし、天音は常習犯。計画を立てるのは、驚くほど早かった。……千里エンターテインメントと契約した葵は、普通の人と働くこと
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