All Chapters of 元夫の初恋の人が帰国した日、私は彼の兄嫁になった: Chapter 761 - Chapter 770

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第761話

「別れたって?誰が誰とよ?」天音はあっけにとられて訊き返した。「隼人よ」天音のきょとんとした顔を見て、楓は心の中で馬鹿にした。隼人を知らないなんて、なんて世間知らずなんだろう。やっぱり令嬢育ちで甘やかされてるのね。相手が誰かもわきまえずに、いきなり手を出してくるなんて。ここから出られたら、絶対この女の顔をズタズタにしてやる。楓はそう心に誓った。「もういいわ、どうせ知らないんでしょ。それより、先に私を離してくれる?」楓は屈辱をこらえて言った。その瞬間、天音の表情が一変した。彼女は楓の前に歩み寄り、片手で肩を押さえつけると、もう片方の手で首を絞めた。それはその華奢な体つきからは想像がつかないほどの力だった。楓は首を絞められて一瞬で息ができなくなった。冷たい表情の天音は、まるで別人のようだった。「あなたねえ、人が別れてこんなに傷ついてる時に、よくも傷口に塩を塗るような真似ができるのね。親から常識ってもんを教わらなかったわけ?」楓は天音の豹変ぶりに混乱した。もがこうとしたが、肩を押さえつけられている力が驚くほど強く、振りほどくことができない。すると、肺の中の酸素がどんどん失われ、息がどんどん苦しくなっていった。楓は天音の手を掴み、ありったけの力で言った。「あなたは……彼女のこと、き、嫌いじゃ……なかったの……」「嘘だよ、バーカ」天音はそう言って楓の頬を軽く叩いた。「私の身内に手を出すなんて、いい度胸してるじゃない?」そう言いながら彼女は楓を蹴り上げた。「何考えてるの、このクソ女が!」楓は首を押さえ、必死に息をした。これが二重人格っていうものなんだと、今日初めて思い知った。ただのひねくれた令嬢かと思ったら、とんでもない。口は悪いし、ケンカもめちゃくちゃ強いじゃないか。楓は床を這いずり回り、天音の攻撃を避けようとした。そして遥はなんでまだ助けに来てくれないの……と必死に思いを巡らせた。みすぼらしい姿で、体中が痛む楓は天音への憎しみを募らせていった。でも、一番ムカつくのは月子だ。涼しい顔をしておきながら、裏で人を寄越してこんな目に遭わせるなんて。絶対にこのままじゃ終わらせない。「助けて、もうやめて……」楓は頭を抱えた。天音が相手を気絶させるほど蹴りつけているのを見て、竜紀は慌てて止めに入った。「おいおい、ほど
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第762話

ゴシップ好きの天音は、これまでにも顎が外れそうなゴシップをたくさん聞いてきた。でも、話の主役はいつも他人だったから、どこか遠い世界のことみたいだった。知り合いの話でも、所詮は友達レベルだから、なんとも思わなかったんだ。でも今は、自分の兄のせいで本気で呆気に取られていた。静真は、自分の実の兄なのだ。天音の顔色が変わった。竜紀たちはそれを見て、彼女がきっと怒り出すだろうと思った。案の定、天音は衝撃を受けて電話口で叫んだ。「お兄さん、なんでこんなことがしたの?子供が二人って、嘘でしょ?私は自分もまだ子供気分でいるのに、あなたに子供が二人もできたなんて!っていうか、何考えているのよ!私に黙ってこんなとんでもないことするなんて!こんなことされたら、私、これからどんな顔して月子に会えばいいのよ!」静真は答えた。「基本的に、お前が叔母になったってこと以外、このことはお前に関係ないから」「ふざけないで!大ありよ!これから月子と隼人にどんな顔すればいいのよ!あなたのせいよ、もう!なんでこんなことする前に一言相談してくれなかったの?どうりでお正月も全然帰ってこないわけだね。外でとんでもないことしてたんだ。もう信じらんない!」天音は本気で頭にきて、静真にまくし立てた。月子は隼人と付き合っていた。だから、天音は頻繁には会えなかったけど、それでも月に一度は顔を合わせることができた。それで、やっと少しずつ仲良くなってきていたのだ。昔からの癖で隼人の前では相変わらずぎこちなくなってしまうけど、それでも天音にとっては、月子に定期的に会えるのは嬉しかった。それなのに、静真がこんなことをしでかしたせいで、これから月子に会ったらめちゃくちゃ気まずいじゃない。どうりで隼人と月子が別れたわけだ。それに、その原因は静真が月子に内緒で子供を二人も作ってしまったなんて……二人はきっと、静真のこと死ぬほど恨んでるに違いない。これから自分が二人の前に顔を出したら、きっとすぐに静真のことを思い出すだろう。そしたら、自分のことも一緒に嫌いになるに決まってる。月子も多分それで自分にいい顔しなくなるだろう。そう思いながら、天音はわめいた。「お兄さん、今回はマジでありえない!どうしてこんな常識外れたことをするのよ!」静真は冷たく言い放った。「俺が何をしようと、お前の許可は
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第763話

自分が今、月子のところへ行って慰めたら、きっと挑発してるって思われるわよね。そう思うと、天音は目に収まりきらない怒りを浮かべて、不機嫌そうに言った。「プライベートなことよ。詮索しないで」彼女がこんなふうに気分屋なのはいつものことで、みんなも慣れていた。ただ、美咲だけは本気で彼女を心配していた。……病院。「複数箇所の軟骨挫傷、口内の裂傷、それから肋骨が一本折れていますね……ほかは、それほどひどくはありません」一方、病院では医師が楓と遥にケガの具合を告げていた。楓の顔は見る影もなく腫れ上がり、体はどこもかしこも痛かった。特に肋骨の痛みは、麻酔を打って和らいでもらいたかったくらいだ。楓は絶えずうめき声をあげたが、声に出せば出すほど痛みが体に染みるようだった。これまで体に苦痛を味わったことのない楓にとって、この怪我はとんでもない大事件だった。それに、誰かに殴られたのだから、絶対に仕返しをしなければ気が収まらないのだ。「はい、先生。わかりました」医師から状況を聞き終えた遥は、すでに手当てを終えた楓を見て、慰めの声をかけた。「楓さん、肋骨をちゃんと治すには、しばらくベッドで安静にしてないといけないみたい」「嫌よ!今すぐあいつに仕返ししてやる!」楓の目は狂気じみた憎しみに満ちていた。「よくも私にこんなことを!両親にだって今まで叩かれたことないのに!よくも、よくも!」楓は話すうちに、ますます顔を歪めた。「あんな女、知りもしないのに、私をこんな目に遭わせて!全部、月子のせいよ!あの女、月子の知り合いなのよ!」遥は、相手が当初から月子のために仕掛けてきたのだろうと、すぐに勘付いていた。そう思うと、なんだかすべてのトラブルが月子を中心に起こっているような気がしてきた。最初は月子のことを見下し、気にも留めていなかった遥だったが、相手が思うほど孤独で無力ではなく、想像以上に手ごわい存在なのだと、徐々に気づき始めていた。だとしたら、月子は自分と財産を巡って争うことになるだろうか?もちろん、遥としてはそんなことを許すはずもないのだ。月子が自分と父親の取り合いさえしなければ、見て見ぬふりもできるが、でも、もし少しでもそんな素振りを見せたら、容赦はしないつもりだ。そう思いながら、遥は言った。「あなたを殴ったのが誰なのか、
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第764話

気晴らしは失恋の痛みを和らげてくれる。でも、遊んでばかりもいられない。今日は千里エンターテインメントの、社員が集まる飲み会だ。月子は彩乃を連れて、飲み会が開かれるバーへ向かった。美咲もたまたま時間があったので、参加することにした。天音は、本当は来たくなかった。でも、彼女自身もショックを受けているから、月子の様子もきっと良くないはずだろうと、やっぱり心配になって、様子を見に来ることにした。月子が自分に鉢合わせて嫌な思いをさせないように、彼女はサングラスとマスクで変装した。そして、まるで泥棒みたいに、盛り上がっている豪華な個室へと忍び込んだのだ。そして、天音はこっそり隅に隠れ、盛り上がっている人たち越しに片隅に座る月子を見つめた……すごくかっこよくて、クールで、きれい。とても失恋したようには見えない。竜紀の言う通りだ。月子はただ表情に乏しいだけで、それがかえって落ち着いて、冷たい印象を与えているのだ。飲み会では、社長の挨拶が必要だったから月子は、会社が最近進めているプロジェクトについて発言した。そして、社員一人ひとりを労い、話は分かりやすく、言葉選びも的確で、まさに社長の風格が様になっていたのだ。そのスピーチ落ち着き払っていて、完璧だった。天音は、月子って本当に強い人だと思った。どうして、こんなに平然としていられるんだろう?社員たちが自由に楽しみ始めた頃、天音は月子のところへ乾杯をしに行こうかと迷っていると、ふいに月子と目が合った。月子が目配せで彼女を呼び寄せた。天音の体は一瞬こわばった。でも、すぐにおずおずと月子のそばへ歩み寄った。そして全身がぎこちなくて、どうしていいか分からない様子だった。「あの……月子、調子はいかが?」「静真から、全部聞いたんでしょ」それを言われ、天音は頭を深く下げ、顎が胸につきそうだった。彼女はどうしようもなく申し訳ない気持ちと、恥ずかしさでいっぱいだった。「うん……全部、聞いた」月子は、静かに彼女を見つめた。「私……」「そのサングラスとマスク、外してくれる?入ってきた瞬間に、あなただって分かったから」そう言われ、天音は返す言葉もなかった。彼女は変装道具を外した。「月子、このことを知って、私もすごく驚いたの。兄にも、めちゃくちゃ文句を言ったの!」月子は、じっと天
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第765話

天音は言った。「……わざとじゃないんだけど」月子は今、静真の顔など見たくなかった。「もう、出ていって」静真は、彩乃に何を言われても無視して、月子のことだけをじっと見つめていた。子供のことを暴露してから、静真がどんな手段を使って連絡しようと、月子は一切電話に出なかったのだ。もともと、月子はお酒好きってわけじゃないから、静真が入ってきた時、彼女はもう酔っていて、ソファで静かに横になっていた。近づいてみると、誰かの名前を呟いているのが聞こえた。気になって、彼はもっと顔を近づけて、耳を澄ませた。すると、案の定彼女は、「隼人さん」と呼んでいたのだ。月子が隼人と別れたことを、彼は知っていた。静真にとって、それは願ってもない展開だ。すべては彼の筋書き通りに進んでいた。でも、失恋してやけ酒を飲んでいる月子の姿を見ると、どうしようもなく腹が立った。自分と離婚した時は、あんなにきっぱりしていたじゃないか。未練なんてひとかけらも見せず、さっさと縁を切りたがっていたくせに。それがなんだ、たかが別れたくらいでこうも落ち込んでしまうものなのか。隼人と付き合ったのは一年にも満たないのに、それほどまでに忘れられなくなったのか?なにをそんなに悲しむことがあるんだ?そんなに隼人がいいだっていうのか?そう思うと静真は苦々しい表情を浮かべた。でも不思議なものだ。今では、月子の感情が手に取るようにわかる。昔は彼女の気持ちなんて、気にしたこともなかったのに。でも、月子の悲しみが自分に向けられたものではないと思うと、それがたまらなく気に障った。「お前に話があって来た」静真は冷ややかに言った。その頃、月子はもうほとんど酔いから醒めていた。冷たい視線で静真を見つめると、不意に口を開いた。「いいわよ。外で話そう」彩乃は月子の意図が読めなかったので止めようとした。「月子、行っちゃだめよ!」だが、月子は彼女を宥めた。「心配しないで」静真は今手に切り札があるから、彼はまさに勝利を噛み締めているはずだ。だから、もはや小細工はして来ないだろう。バーの外にある休憩スペースで、月子は静真の方を見ようともせず、周囲の景色を眺めながら言った。「子供のことで話すことは何もない。生まれてからでいいでしょ」静真の胸に嫉妬が渦巻き、声に不快感が滲み出た。「お前は、
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第766話

「ごめん、隼人。まさか楓が月子さんに手を出すなんて思ってもみなかった。あいつを今、家で謹慎させてることにした」賢は、妹の愚かさに頭が痛くなった。楓が隼人を好きなのは自由だ。でも、人には分相応というものがある。思いが報われないからって言って、何度も人に嫌われるようなことをしてはいけない。楓は本当何を考えているんだ?まったく、人の話を聞こうとしない。どうしてあそこまで頑固なんだろうか?「楓は天音に仕返しをしようとするだろう。でも、先に手を出したのは楓だ。これ以上勝手な真似はさせないよう、俺が見張っておくよ」賢は普段の仕事だけでも忙しいのに、楓がやらかしたことの後始末までしないといけなくて、うんざりしていた。それに、隼人が月子と別れてから、社内の雰囲気は最悪だ。これまで部下にプレッシャーをかけるようなことはしなかった隼人だが、今は暴走気味で、それに耐えきれずに最近は辞職を考える者まで出てきているのだ。賢は原因を知っているからこそ、隼人の側では慎重に行動していた。月子の話題に触れるような、地雷を踏むことは絶対にしたくなかった。なのに、妹に不意をつかれるなんて。そう思うと賢はこめかみを押さえ、隼人の視線の先を追った。そして、その光景に顔をこわばらせた。彼はそれ以上何も言えず、ただ隼人の反応をうかがった。月子は隼人と別れたのだから、二人の子供のために静真と会う機会も増えるだろう。友人として、賢は月子が静真とよりを戻すはずがないと分かっていた。だが、二人が会っているという事実だけでも、隼人の心をえぐるのには十分だった。もう別れたのだ。隼人は月子に多くを期待すべきではない。彼女も彼の恋人ではないのだから、何をしようと自由なはずだ。しかし、二人は愛が冷めて別れたわけではない。互いに愛し合いながらも、どうしようもなく離れるしかなかったのだ。だが、どれだけ愛し合っていようと別れは事実。恋人同士ではなくなるということだ。そして時が経てば、だんだんと「よく知る他人」になってしまう。その時がくれば……賢ですら、そんな未来を深く考えると居た堪れなかったのに、当の本人である隼人は、もっと辛く、苦しい思いをしているに違いないのだ。「行こう。J市に戻ろう」そう言いながら、隼人は視線をそらし、唇をきつく引き結んだ。そしてその口角
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第767話

どうして自分だけがこんなに苦しんでいるのに、静真は高みの見物なのよ。月子はそう思いながら静真への憎悪を募らせていた。だから、彼の心を掻き乱して、自分と同じ苦しみを味わわせてやろうと思ったのだ。それに、こんなのまだ序の口よ。静真が自分に与えた傷に比べたら、この程度の仕返しなんて、どうってことない。月子は、静真をとことんいたぶるつもりだった。月子の、気分で当たり散らすような態度は、さすがに静真も予想していなかった。でも、自分はやっとのことで人を好きになったんだ。そもそも、それ自体が奇跡みたいなものだ。だから、静真も一度好きになったからには、そう簡単に手放すつもりはなかった。もしここで手放してしまったら、それはきっと死ぬよりも辛い思いをするだろうと静真は予感していた。「月子、俺を苦しめたいんだろ。好きなだけやればいい」静真は、深く沈んだ瞳で言った。月子は鼻で笑った。「じゃあ、消えて」静真はぐっと堪え、月子の顔をじっと見つめてから言った。「わかった。お前の言う通りにする」部屋を出る前、静真は尋ねた。「子供が生まれる日、一緒に来てくれるか?」月子は拳を握りしめた。この男、どこまでいっても無神経なんだ。これ以上自分を刺激するつもり?月子は再び拳を固く握りしめ、無表情に言い放った。「消えて」静真はひどく傷ついた顔で部屋を出ていった。月子は疲れ果てたように、静真の後ろ姿を見送った。本当は、月子自身もどうすればいいのか分からなかった。幸い、考える時間はまだ二ヶ月ほど残されている。……数日後。月子は突然、忍からの電話を受けた。「月子さん……マジかよ。なんでこんな大事なこと、俺に連絡くれなかったんだよ?」忍は外にいるらしく、驚いているのに声は必死に抑えていた。月子はオフィスで書類から手を離すと、コーヒーカップを手に取り、ゆっくりと一口飲んだ。仕事の場では、月子はいつでも理性的でいられた。彩乃でさえ、彼女が立ち直ったと思っていたほどだ。でも、ことが隼人に関わると、月子はどうしても立ち直れずにいるのだ。「今ごろ知ったの?」月子は静かに言った。年が明けてから、忍は家の仕事の都合で、彩乃を追いかけるのを一旦諦めて、J市に戻っていた。そして今、両親と一緒に政財界のパーティーに出席しているところだった。そ
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第768話

「政略結婚」の四文字が、月子の胸に突き刺さった。月子はもともと理性的な人間だ。だから頭では分かっていた。隼人が政略結婚なんてするはずがない。もし彼が本当にそんなことをするなら、それは自分が見間違えただけだ。でも隼人は、そんな人じゃないはずだった。しかし、今の月子は冷静ではいられなかった。誰かを好きになったら、感情的になってしまうのは自然なことだ。隼人のこととなると、どうしようもなく緊張して、何もかもが気になってしまう。政略結婚なんてありえないとわかっていても、どうしても悪い方に考えてしまうのだ。その考えに苛まれ月子は、頭の中がごちゃごちゃだった。このままじゃ仕事にならない。10分くらい、頭を冷やさないと。だがその時、また忍から電話がきた。電話に出たら、きっと忍が「誤解なんだ」と必死に説明してくるはずだ。今の月子にそんな話を聞く心の余裕はなかった。月子のオフィスには、ベッドとシャワールーム付きの休憩室がある。彼女は鏡の前に立ち、自分の顔をのぞき込んだ。さっきまで無表情を装っていたのに、瞳には隠しきれない動揺が映っていた。普段社員の前では社長としての体面を保てる彼女だが、この時ばかりは弱さを見せていた。だからこそ、月子は仕事に没頭するのが好きだった。感情に流されるのではなく、理性だけで物事を考えれば済むからだ。10分だけ。10分経てば、きっと大丈夫になる。……月子が誤解したと気づいた忍は、焦りまくっていた。何度電話をかけても、彼女は出てくれない。さっき余計なことを言った男は、まだ状況が飲み込めていないようで、「どうしましたか?」と声をかけてきた。忍は彼を睨みつけた。「黙ってろ」忍は少し離れた場所で、月子にメッセージを送った。【月子さん、政略結婚なんて話、俺は聞いてない。考えすぎるな!】それだけでは足りない気がして、忍は隼人の写真をこっそり撮って送ろうとした。だがスマホを向けたとたん、目が合ってしまった隼人本人が彼に向かってまっすぐ歩いて来たのだ。「何をしている?」隼人は忍のスマホを睨みつけた。盗み撮りが見つかった忍は、仕方なく隼人を人のいない隅へ連れて行った。そしてさっきの出来事を説明すると、隼人の表情がみるみる険しくなった。忍は慌てて付け加えた。「月子さんにはもうラインで説明したんだ。それでお
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第769話

隼人は俯き、その冷たい目元には険しいオーラが漂っていた。「待つしかないな」忍にも、良い案は思いつかなかった。ただ待つしかないようだ。でも、待っているだけじゃ何もしないのと同じじゃないか?そして……そのまま別れることになったら、もう元には戻れないのだろうか?忍は月子のことが本当に気に入ってるから、もし完全に別れてしまったら、もう一緒に遊べなくなってしまうだろ。月子は仕事人間みたいに見えるけど、実は結構アクティブで色んなことに長けているのだ。忍はもう少し詳しく聞きたかったし、隼人ともっと相談し合いたかった。しかし、結衣が帰る支度を始めたので、隼人も彼女について行った。……J市は、国内の政治の中心地だ。富と権力が複雑に絡み合っている。だから、J市の名門にとって、人脈こそが最大の財産なんだ。そしてそんな名門はたいてい由緒正しい家柄で、絶大な権力を持っているのだが同時に非常に控えめでもあるのだ。鷹司家の先代はもう引退したけれど、姻戚関係の中には政府関係者がたくさんいる。以前、月子が颯太に絡まれた時、隼人が彼女の顔建てるために簡単に政界の大物を連れて行けたのは、本物の繋がりがあったからだ。通常コネがなければ、J市社交界に食い込むなんて夢のまた夢、下手に取り入ることすらできないのだ。結衣が名実ともに鷹司家の当主となった後も、彼女は先代の当主が住んでいた別荘に住み続けている。隼人もまたJ市に戻ってから、この都会の喧騒から離れた静かな別荘で暮らしていた。リビングで。結衣はお茶を飲みながら言った。「綾辻さんとは恋愛するくらいでおさめておけばいいのよ、結婚する必要なんてないから。ちょっと落ち着いたら、そろそろ本気で結婚についても考えないとね」そして何かを思い出したかのように、彼女は声を出して笑った。「達也みたいな男にあんな剛腕の息子が生まるなんてね。隼人、あなたは静真に負けたのよ。あなたは優しすぎるから」結衣がそこまで調べていることに、隼人は驚かなかった。彼は結衣が淹れてくれたお茶を一口飲むと、その苦み帯びているが、後味ほのかに広がる甘みを噛み締めた。そして彼はカップを置き、指でテーブルを軽く叩きながら、結衣の言葉には答えずこう言った。「しばらくJ市にいるつもりだ」それを聞いて結衣は眉を上げて、息子の落ち着いた表情を見つめた。「あら?あ
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第770話

結衣は驚き、やがて不快になった。しかし、隼人が全て話し終えると、彼女に残されたのは驚愕だけだった。あの聞き分けの良かった息子は、どこへ行ってしまったのだろう?「あなたは今まで、私に合わせていただけなの?」この家が隼人に与えたのは苦痛ばかりだった。結衣はその言葉に衝撃を受けながら、珍しく罪悪感を覚えた。「俺が合わせなかったら、あなたみたいないい加減な親を相手にする人なんているわけないだろ?」結衣は歯を食いしばった。息子にここまで真正面から反論され、さすがに面目が立たない。しかし、その時だった。スマホが震えた。隼人のスマホだ。結衣は俯いて、それをちらりと見た。子育てに関する情報だった。「そんなに綾辻さんのことが気になるの?」別れたとはいえ、月子はもうすぐ母親になる。だから隼人も、赤ちゃんのことについて勉強せずにはいられないのだろうか。今の隼人は非の打ち所がないほど優秀だ。結衣はずっと自分に似たのだと思っていた。でも今の様子は、達也にそっくりではないか。隼人は否定せず、「そうだ」と答えた。「まだそんなに彼女が好きなの?」結衣は隼人をまじまじと見つめた。息子が一度にこれほど話すのは珍しい。実は驚きはしたものの、怒りはなく、むしろ彼に少し興味が湧いていた。隼人は結衣の前で芝居をしなくなり、かえって本当の姿を見せていた。それは、結衣がこれまで全く知らなかった一面だった。隼人は情報にさっと目を通すとスマホを閉じ、人の心を見透かすような目で結衣をまっすぐ見つめた。「前に言ったはずだ。月子は俺がこの世でただ一人愛する女性だと」「あなたには本当にがっかりだね。優柔不断なところなんて、あなたのお父さんそっくりよ」結衣はそう言いながらも、責めるような口調ではなかった。結局、彼女は軽く笑って、とても気軽な感じで、それでいてはっきりと態度を示した。「あなたが決めたことなら……もう何も口出しはしない。私もそこまで頑固じゃないからね。政略結婚がいやならなしにしよう」隼人は何も言わなかった。結局のところ結衣が口出ししたところで、彼が左右されることはないから。「時間があったら、あなたのお父さんに会いに行ってみたらどう?」結衣はアンティークの椅子に寄りかかった。隼人は予想外のことに思った。「どうして急にそんなことを?」結衣は隼人
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