All Chapters of 元夫の初恋の人が帰国した日、私は彼の兄嫁になった: Chapter 771 - Chapter 780

931 Chapters

第771話

月子がホテルに着くとすぐに、彩乃から電話がかかってきた。彩乃はとても不満そうだ。「月子、なんでこんな大事な時に黙って行っちゃうのよ。去年、一緒にお祝いできなかったの後悔してたのに。今年は絶対祝ってあげようって思ってたのに、黙って姿を消すなんて」彩乃は一ヶ月間、月子のそばにいて、やっと安心して自分の家に帰ったのだ。誕生日は友達も同僚もみんな呼んで、盛大にお祝いしようと考えていた。なのに月子は、C市に行く、とだけ伝えるとスマホの電源を切って飛行機に乗ってしまった。彩乃は考えれば考えるほど腹が立ってきた。「今年はついてないことばっかりだった。こんな時こそ、盛大に誕生日パーティーを開くべきだったのよ。それに、もうすぐ赤ちゃんも生まれるっていうのに……月子、もしかしてどこかに隠れて一人で泣いてるんじゃないでしょね?」月子は、彩乃が自分のことを心配してくれているからこそ、こんな風に言ってくれるのだと分かっていた。「大丈夫よ。泣くならあなたといる時にするから……それに、大人になったら誕生日なんてそんなに気にするほどのことでもなくなるわけだから。今回は、気分転換が一番の目的なの」「本当に誕生日がどうでもいいなら、去年はどうして私たちを島に呼んだのよ……」彩乃は失言に気づき、すぐに口をつぐんだ。声のトーンも和らいでいく。「ごめんね、月子。ただ、こういう時こそそばにいてあげたいって思ったの」「分かってる」月子はため息をついた。「今年の誕生日は、隼人さんと前から約束してたの。友達とじゃなくて、彼と二人でC市に来て、花火を見ようって。ここの花火大会は三年に一度で、すごく記念になるから……別れちゃったけど、それでも一人で見に来たいと思ったの」その話を聞いて、彩乃は少し切ない気持ちになった。「月子、別れてもう二ヶ月だけど、やっぱり彼のことが忘れられないの?」本当のところ月子はたった二ヶ月で忘れられるわけがない、ただ穏やかになれただけで、隼人のことは心の中にそっとしまっているだけと言いたかった。普段は彼女の何気ない振りをして暮らしているが、でもふと思い出すと、やはり胸が張り裂けそうに痛むのだ。隼人への気持ちは、最初はただの「好き」だった。それがだんだんと、もっと好きになっていった。別れて初めて、彼が自分にとってどれほど大切な存在だったのかを思い知ったのだ。「ま
Read more

第772話

そして、面白いものを見かけると、ついスマホで写真を撮ってしまうのだ。一人でも十分楽しくてロマンチックだけど、もしこれが二人だったら……仕方ない。もともと隼人と一緒に来る約束をしていたから。この都市の道を実際に歩いていると、どうしても彼のことを思い出してしまう。むしろ、隼人に会うためにここに来たようなものだから。だから今日は、いつもより彼に会いたい気持ちが強くなっていた。もし隼人がここにいれば、きっとたくさん写真を撮ったはずだ。石畳が敷かれたカフェのテラスで、日向ぼっこしながらコーヒーを飲んだり。花火目当てにここに来たカップルたちみたいに、太陽の下でキスをしたりするんだろうな。月子はそんな光景を思い浮かべるだけで、その幸せな幻想に浸って涙が出そうになった。そう思いながら、月子はサングラスをかけると、ゆっくりと歩き始めた。月子から数ブロック離れた場所で、隼人はカフェに座ってコーヒーを一杯楽しんでいた。国内にいた頃は、隼人は月子の近況をすべて把握していた。でも、この二日間はわざと彼女からの連絡を見ないようにして、一人でC市へやって来た。多分感傷に浸りたかったのだろ。それか、今日という日が隼人にとって特別な一日だからかもしれない。彼は自分の詮索で台無しにしたくなくて、これらすべてを美しい思い出として心に留めておきたかったのかもしれない。だがそれでも隼人は、今夜、月子に会えるだろうかと期待せずにはいられなかった。彼女はここに来るだろうか?もうすぐ出産予定日だし、わざわざここまで来るとは限らない。……午後八時。大きな音とともに、一筋の銀白色の花火が暗い夜空に打ち上がった。爆発音が響くと、無数の小さな花火に変わる。その小さな花火はすぐには消えず、キラキラとした光の糸となって、いつまでも空に残りながらゆっくりと落ちていく。都市中の人々がセルヴァ川のほとりに集まっている。最初の一発が打ち上がると同時に、歓声もどよめいた。月子は空を見上げて目を輝かせた。これは本当にきれいだ、と感嘆せずにはいられなかった。誰もが一目でわかる美しさだ。大勢の人が集まり、誰もが笑顔を浮かべている。その場の雰囲気はとても熱気に満ちていて、どんなに気分が落ち込んでいる人でも、つられて嬉しくなってしまうだろう。嬉しいことがあると、人はそば
Read more

第773話

期待しなければ、がっかりすることもなかったのに。でも、相手が静真なだけに、失望をより大きく感じてしまうのだ。ほんの数秒の間に、月子の気持ちはジェットコースターのように激しく揺れ動いた。目の前の男が静真だと完全に分かった途端、月子の心に激しい怒りがこみ上げてきた。「どうしてあなたが?なんでここにいるの?もしかして、ストーカーでもしてるわけ?」花火の音が、次々と夜空に響き渡る。さっきまではロマンチックな喝采に聞こえたのに。今はもう、月子の頭をガンガンさせるただの騒音にしか感じなくなったのだ。「静真、あなたって本当に最低な人ね!」振り返った静真は、月子の瞳に宿る期待の色をはっきりと見て取った。その瞬間、彼の心臓は激しく高鳴る。こんなに嬉しそうな眼差しを見るのは、本当に久しぶりだった。静真は一瞬、時間が戻ったのかと思った。月子がまだ自分を愛してくれていた、あの頃に。時間を巻き戻したいなんて、静真は一度も思ったことはなかった。でも、この瞬間だけは心の底からそう願っていた。しかし、月子の輝くような瞳は、一秒も経たないうちに驚きに変わり、そしてみるみるうちに険しい表情へと変わっていった。まるで汚いゴミでも見るかのように、月子の瞳には嫌悪と冷淡、そして怒りだけが浮かんでいた。静真は、月子のその眼差しに深く心を刺された。普段の月子は、自分にただ冷たいだけだ。自分が近づくのを拒むために、全身に鋭いトゲを立てているみたいに。でも、この瞬間の眼差しこそが、彼女の本当の気持ちなのだろう。一瞬にして、静真はまるで冷たい水を頭から被せられたみたいだった。月子の態度だけじゃない。この一年という短い間に何があったのか、静真は改めてその事実はっきりと突きつけられたようだった。彼は月子を失ってしまった。だから一生彼女と関わるために、二人の子供まで作らなければならなかったんだ。もし月子を失っていなければ、わざわざ子供を作って彼女に嫌われるような真似はしなかっただろうに。ただ月子を抱きしめ、キスをすることができたはずだ。そうなれば、二人はこの世で最も親密な関係でいられたのに。でも、すべては粉々に砕け散ってしまった。静真の心境も、月子に劣らず荒れていた。彼は苦しそうな表情で言った。「月子、俺はお前の誕生日を一緒に祝いたかっただけだ。直接お
Read more

第774話

その言葉に、息もできないほど、静真の胸は痛んだ。彼はさらに衝撃的な事実を、信じがたい事実に気が付いてしまったのだ。「どうして俺を間違うんだ?お前は昔、絶対に俺を間違えたりしなかった!影を見ただけで、俺だって分かったじゃないか!月子、いつから俺を忘れたんだ?俺の顔も分からなくなったのか?挙句の果てに、俺を隼人と間違えるなんて。お前の頭の中は今、隼人でいっぱいなんだな?」最終的に、彼は感情を抑えきれずに叫びあがった。静真の感情が荒れていくのを見て、月子の気持ちは逆にどんどん落ち着いていった。昔、静真が自分を精神的に追い詰めるのが好きだった理由が分かった気がする。嫌ってる相手が精神的に崩れるのを見るのが、こんなにも愉快なことだったなんて。その嫌っている相手の感情を左右できるのは、なんて気持ちがいいんだろう。それに今は、立場が逆転したのだ。月子は、静真の怒り、悲しみ、悔しさが入り混じった目を見ながら、静かに語り始めた。「静真、私は隼人さんと別れたの。まだ二ヶ月しか経っていないのに、まるで二年くらい経ったように感じる。知ってる?隼人さんと別れる前は、彼と結婚するなんて考えたこともなかった。でも別れてから、自分がどれだけ彼を好きだったか気づいたの。朝から晩まで考えてしまうほどにね。この二ヶ月、私がどれだけ隼人さんの夢を見たと思う?ほとんど毎日よ。静真、私、隼人さんへの自分の気持ちがようやくはっきりと分かったの……私は、本当に彼を愛している。あなたを愛していた時よりも、ずっと彼を愛してる。いっそ、海に落ちたあの日、あなたに助けてもらわなければよかったとさえ思った。そしたらあなたと三年も無駄にして、離婚してもまだこうして付きまとわれることなんてなかったのに」そう言いながら月子は優しく微笑み、静真の顔にそっと触れた。その眼差しは優しかったが、口から出たのは最も残酷な言葉だった。「静真、あなたに出会ってしまったことが、私の人生で本当に最悪の出来事よ」静真は、月子の感情が本物だと分かってしまった。彼女の言葉を曲解して誤解することも、自分に嘘をつくことも一切なくなった。だから、月子の言葉の一つ一つが本物のナイフのように、彼の心を深く、深く突き刺した。「子供たちをあなたに任せるなんて、安心できないから、これからは、あなたと一緒に子供を育てていく
Read more

第775話

月子は静真と喧嘩して、すっかり気分が落ち込んでいた。幸い、今年の誕生日には何の期待もしていなかった。だから、これ以上悪くなることもないだろう。だからそれほどがっかりもしていなかった。ただ、今の月子は、静真とは一秒だって一緒にいたくなかった。そもそも静真にはこの都市に来てほしくなかった。ここは自分と隼人の約束の場所で、二人だけの秘密だったのに。こんなふうに邪魔されるなんて……そう思うと、月子はまたムカついて歯を食いしばった。それに自分と隼人の関係だって、静真にめちゃくちゃにされたんだ。ああ、静真って本当に自分にとって疫病神みたいな存在だなって、そう思うと月子は心底嫌気がさした。そしていっそ自分がとんでもない悪女だったらよかったとさえ思った。もし、自分も静真にそれほど酷い仕打ちをしてきていたなら、今この状況もただの報いだと思えたのに。そう思いつつ、月子は、ショックを受けた様子の静真をその場に残し、一人で川辺をあてもなく歩いた。しばらくして、人があまりいない場所を見つけて座り込み、まだ続いている花火を静かに眺めていた。確かにとてもロマンチックだった。この都市の風景も、観光客も、昔からここに住んでいる人たちも、なにもかもがロマンチックな雰囲気に包まれていた。月子は、道行く人々に目を向け始めた。目の前を、若い友人同士、大人のカップル、そして老夫婦が通り過ぎていく。その瞬間月子もこの当てもない感情に揺さぶられ、気が付くと目から、涙がすっとこぼれ落ちた。正直なところ、そんなに悲しかったわけじゃない。だって体に不自由があるわけでもないし、信頼できる友達もいて、仕事も順調なんだから、一見順風満帆な人生のようにも思えた。ただ、それでもほのぼのとする幸せそうな光景を目にすると、自然と涙が流れてしまうのだ。これはつらいから泣いたわけじゃない。きっと、周りがあんまりにも幸せそうに見えたから感極まって涙もろくなったのだろう。花火が終わると、月子はホテルに戻った。少しだけ仕事の処理をしてから、シャワーを浴びて寝ようとした。そして彼女はそのままベッドで横になった。しかし隼人と付き合っていた頃、毎晩、隣にある温かい体と、自分をすっぽり包んでくれる力強い腕に慣れてしまっていた。だから、また一人になると、どうしようもなく寂しくなるのだ。それ
Read more

第776話

隼人は、そうやって問い詰めた。「俺たち、別れる必要なんてなかったはずだ」その言葉はまるで呪文のように、何度も月子に押し寄せてくるのだ。「もしかして、俺と結婚する気なんて最初からなかったのか。これ以上、俺の重荷になりたくないっていうのも、俺のこと、本当の意味で頼ってくれてなかったじゃないのか……」夢はそこまで続いて、月子は、はっとして目を覚ました。夢の中の苦しさが、現実の感覚と一瞬で結びつき、彼女は息が詰まるようだった。普通目が覚めれば、夢の記憶はすぐに頭の中から消えていくものだが、しかし、さっき見た夢のことを、月子ははっきりと覚えていた。夢は、自分自身の思いによるものだ。だから、隼人が何度も問いかけてきたのは、月子が自分自身に問いかけたかったことなのだろう。別れを決めた当初、月子には彼女なりの理由があった。自分の選択は正しいと、固く信じていたのだ。でも、彩乃が言っていたように、本当は別れる必要なんてなかったのかもしれない。この関係を続けるか終わらせるかは、すべて自分の気持ち一つにかかっているのだ。いったい何が、自分をそうさせているんだろう。もう少し時間をかけて考える必要があった。しかし、月子に考え込んでいる暇はなかった。誰かが、ドアをノックしたからだ。ホテルのスタッフだった。月子がドアを開けると、ホテルのスタッフが花束を抱えて目の前に差し出した。「こんばんは、こちらは当ホテルから本日ご宿泊のお客様へのプレゼントでございます。大変申し訳ございません、日中にお届けするはずが漏れてしまいまして。夜分にお邪魔してしまいましたが、ご迷惑ではなかったでしょうか」「ありがとうございます、大丈夫ですよ」月子は綺麗な花束を受け取った。ふと視線を落とすと、その中に彼女が一番好きなストレリチアが数本あることに気づいた。「これ、すごく気に入りました」ドアを閉めると、月子は花束を置いた。花束にはカードが添えられていた。【お誕生日おめでとう。あなたがこれからもキラキラと輝く星であるように】カードは全て英語で書かれていた。万年筆で、一文字ずつ丁寧に書かれたであろう、とても綺麗な文字だった。ホテルのチェックインには月子の身分情報が必要だったので、今日が誕生日だと知って特別にカードを書いてくれたのだろう。質の高いホテルでは、
Read more

第777話

隼人は拳を強く握りしめた。「彼女は、本当に楽しそうでしたか?」​スタッフはもうロマンチックで美しいラブストーリーを脳内で想像していた。彼はありのままにそう語った。「お客様、彼女の好みも誕生日もご存知なんですね。直接お祝いの言葉を伝えてはいかがですか?」しかし、隼人はそれ以上何も言わず、背を向けてその場を去った。花火の下で、月子が静真に微笑みかける姿を見て、彼は理性を失った。その一瞬、隼人の心は搔き乱された。隼人は、なぜ自分が今回C市へ一人で来たのに月子の情報を探らなかったのか、ようやく悟ったような気がした。自分は心の中で、彼女もこの都市に来てくれることを期待していたからだ。もし事前に月子が来ないと知ってしまったら……きっとがっかりしてしまうだろうから、彼は本能的その情報を避けたかったのだ。だが、月子は本当に来ていた。彼女は、二人の約束を忘れていなかった。自分が忘れられなかったのと、同じように。その時、隼人は一度立ち去ったが、十数歩進んだところで、すぐに足を止めて元の場所へ引き返していた。そこで彼が目にしたのは、月子と静真が口論している姿だった。彼女は笑っていたが、最終的には静真を一人残して立ち去った。その後、隼人は一人、ストーカーのように黙って月子の後をつけた。こっそりと月子の美しい姿を何枚もカメラに収めながら、彼女が見る風景を追い、他人の幸せに涙するはかなげな横顔も、ただ静かに見つめていた。そして、互いの約束を守ったことを噛み締めた。一緒にC市で誕生日を過ごす、その約束を。スタッフの言葉通り、隼人は月子の目の前まで歩いていき、直接「お誕生日おめでとう」と伝えたいと強く思った。そして、日夜焦がれた、あの温かく柔らかな、慣れ親しんだ体を抱きしめたかった。でも、今はまだその時ではなかった。……翌日、月子はC市を発ち、A国へと向かった。一方で静真は、自分のプライベートジェットに乗るよう月子に電話した。だが月子は断った。静真と同じ飛行機で長距離を移動するなんて、考えただけでも我慢ならなかったからだ。静真が月子の言葉を聞き入れたのか、それとも彼自身のプライドが許さなかったのか、断られた後、彼はそれ以上無理強いすることはなかった。もちろん、静真はいつだって傲慢で自信過剰な男だ。すべてが元には戻ら
Read more

第778話

……一方で、月子が空港に到着すると、彩乃が先に来て待っていた。静真はもっと早く着いていたので、同じく車の中で待っていた。月子は彩乃の車に乗り、静真の車の後を追って走った。車内には音楽が流れていた。彩乃が尋ねる。「誕生日はどうだった?」「まあまあかな。ホテルからお花が届いたの」これは、月子が思い出すたびに心が温かくなる出来事だった。特に、花が届いたタイミングが絶妙だったのだ。もしホテルに着いてすぐに受け取っていたら、こんなに温かい気持ちにはならなかっただろうし、記憶にも深く刻まれなかっただろう。「へぇ、気の利いたホテルじゃない。今度私も行ってみようかな。後で場所教えてよ」「もちろん」ほどなくして、彩乃は前を見ながら尋ねた。「子供が生まれてからのこと、二人でちゃんと話し合ったの?」「「静真が私に黙って体外受精で作った子だから、基本的には彼が責任を持つことになってる。でも、私の遺伝子も半分入ってるし、私も静真も、子供たちが成人するまでは親権者ということになるの」「じゃあ、共同で育てるってこと?」「そういうこと」「静真に、小さい子二人の面倒なんて見れるわけがないじゃない?」彩乃は、静真が何もしない姿を想像していた。「結局、全部あなたに押し付けるつもりなんじゃないの?もしそうなるなら、もう子供を彼に渡しちゃだめよ!」「静真は子供たちを使って私を縛り付けたいだけだから、親権を私に渡すはずがないさ。だから、彼に育てさせるのが一番いいのよ。彼が勝手にやったことなんだから、責任も取らなきゃ。それに、入江家の方がずっと裕福だし、子供たちが不自由することはないはず。問題は教育よね。そこは私がしっかり見ていくつもり」月子の母親である翠はとても厳しい人だった。彼女自身に母親の経験はないけれど、自分の母親である翠という立派な見本があるから、それを見習うのも当然のことだ。翠は教育をとても重視していた。だから月子も、子供たちの様々な才能を伸ばすことに力を入れるだろう。月子自身、学ぶことで多くのものを得てきたから、なおさら教育を大切にしようと思っているのだ。「静真にも確認したの。彼が結婚するまでは子供たちは彼と暮らすことになるけど、もし彼が再婚したら、私が引き取ることになるの。入江家には必要な時だけ行けばいいだけ。それで、私がいつでも引
Read more

第779話

心の準備はしていたけれど、その知らせを受けると、月子はやはり緊張してきた。もうすぐ二人の赤ちゃんが生まれるなんて、なんだか信じられない気持ちだった。月子の反応は早かった。知らせを受けると、すぐさま彩乃と一緒に宿泊先を出た。本当ところ、静真とはあまり関わりたくなかったが、でも、子供たちのために、彼が手配した滞在先は受け入れた。そこなら、いつでも子供たちを病院に迎えに行けるからだ。静真から送られてきた住所は、私立病院だった。滞在先からは、車で一時間ほどの距離だ。窓の外を流れていく景色を眺めていた彩乃は、黙って運転に集中する月子に尋ねた。「月子、もしかして緊張してる?」正直、月子の頭の中は、今少し混乱していた。流産してしまった子のことを思い出していたから。もしあの子が無事だったら、今頃はもう生まれていたはずだ。そうなれば、自分の人生も今みたいに、一変することもなかったかもしれない。彩乃が二度ほど声をかけられて、月子はようやくはっと我に返った。「何を考えていたの?」彩乃が心配そうに聞いた。「子供たちのことを……考えてた」月子は前を見たまま答えた。海外の道は広く、車の通りも少ない。だから、彼女はかなりスピードを上げていた。彩乃は月子を励ますように言った。「大丈夫だよ、心配しないで。私がついてるから!」月子は思い出から抜け出した。「彩乃、私は……未だに、母親になるっていう実感がないの。自分がお腹を痛めたわけじゃないし、ホルモンの変化もなかったからかもしれない……今から病院に行くのも、なんだか自分の預けた荷物を受け取りに行くだけって感じがして」月子はハンドルを強く握りしめた。「ねぇ、もし子供たちに会っても、私が全然彼らを愛せないってわかったら……どうしたらいいのかな?」彩乃自身もまだ身を固めていないのだから、母親になるなんて考えたこともなかった。それに、彼女の家庭環境も複雑だったことから、「母親」という人物像を全く想像できないでいたのだ。月子に実感がないのなら、彩乃も同じだった。でも、彩乃は当の本人じゃないこともあって、月子とは違った視点に立ってこのことについて考えられた。「母親になるのはあなただから、その気持ちは、私には本当の意味ではわからないと思う」彩乃は続けた「でも、あなたの子供なら私はきっと好きに
Read more

第780話

月子は、これから子供のことで静真と頻繁に会うことになる。そうなれば、恋人を蔑ろにしてしまうこともあるだろう。当初そう考えて隼人と別れたのだ。こうなれば相手をがっかりさせる心配もないし、相手が尽くしてくれるのに自分はそばにいてあげられない、なんて悩む必要もなくなった……その考えは月子にとって苦渋な決断であるが、今もその考えを変えるつもりはないのだ。月子は時間を確認すると、静真に尋ねた。「あと、どれくらいかかりそう?」静真は言った。「もうすぐだ」「二人とも、同時に出産するの?」「予定日が近かったからな。先生が診て、今日二人とも出産できると判断したそうだ」彩乃はずっと理屈抜きで静真が嫌いだった。でも彼女も大人だから、いくら腹が立っても今は表面上の穏やかさを保たなければいけないことを分かっていた。二人が子供の話をしているのを聞いて、彼女も気になって尋ねた。「先に生まれるのは男の子?それとも女の子?」静真は月子の方を見て言った。「当然、男の子だ。俺の娘を姉にして、クソガキの面倒を見させるなんてありえないからな」月子は言った。「男の子がみんな、わんぱくだとは限らないでしょ」静真は鼻で笑った。「お前は姉だろう。それに関しては俺より実感があるはずだ」月子は黙り込んだ。彩乃も隣で口元を引きつらせた。月子は尋ねた。「男の子が嫌いなの?」静真はすぐには答えず、月子をじっと見つめた。「お前は、男の子と女の子、どっちがいい?」病院に来てからしばらく経ったが、もうすぐ二人の子供の母親になるというのに月子の中に母性が芽生えることはなく、ただひたすら実感が湧かないと感じるだけだから、どっちが好きかなんて、わかるはずもなかった。「考えたことない」「どっちか選べ」「女の子よ」静真は笑った。「やっぱり、ねねちゃんの方が好きなんだな」月子は黙っていた。彩乃は尋ねた。「ねねちゃん?いつからそんな愛称がついたの?」静真は月子が書いていた日記を思い出していた。かつて月子があれほど子供を心待ちにしていたのに、今はこんなにも冷めている態度なのがどうにも気に食わなかった。だから彼は、体外受精で二人の子供を作ったのは、自分史上最も正しい選択だと思った。これで、子供が無事に生まれれば、すべてがまた自分の範疇に戻るだろう。そう思った静真
Read more
PREV
1
...
7677787980
...
94
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status