All Chapters of 元夫の初恋の人が帰国した日、私は彼の兄嫁になった: Chapter 831 - Chapter 840

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第831話

月子の声を聞いて、静真はスマホを持つ手が震えた。でも、彼は冷静を装って言った。「今日は残業で忙しくて、まだ子供たちの顔を見に行けてないんだ。外で日向ぼっこしてる動画ならあるよ。二人とも元気だから大丈夫だ」「じゃあ、その動画を送って」月子は特に疑う様子もなく、さらに尋ねた。「監視カメラはどうしたの?」「おじいさんが、子供たちがもう少し大きくなったら動き回るだろうからって。それで、今のうちにシステムを新しくして、安全対策も強化するんだ。だから、今週いっぱいは監視カメラの映像は見られないと思う」それを聞いても月子はまだ疑おうとしなかった。静真が出張に行くことはないし、彼が父親としてそばにいてくれるなら安心だと彼女は思ったのだ。それに、腕利きのボディーガードが二人、24時間体制で警護しているのだから。彼女もそれほど子供たちの安全は心配していなかった。ただ、純粋に彼らに会いたかったのだ。母親になるとはこういうことなのだろう。乳児期が一番可愛いものだ。出張に来てまだ二日なのに、もうあのぷにぷにしたほっぺと甘いミルクの香りが恋しくてたまらなくなっているのだ。もっとも、今回の月子の出張はスケジュールが詰まっていて、責任も重かった。毎日こちらの研究室に通っては、ひたすらデータを分析する日々だ。忙しくて監視カメラの映像を確認する暇もなかった。「そう。じゃあ、子供たちのこと、よろしくね」静真が言った。「ああ、任せておけ。自分の子どもだからな、いい加減なことはしないさ。お前にとっても、子供たちにとっても、良い父親になってみせる。そして、必ずお前の心を取り戻して、家族四人で幸せに暮らすんだから」「最後のは余計よ」月子は電話を切ろうとした。静真が突然呼び止めた。「月子」「まだ何か?」「お前に会いたい。お前は俺に会いたいか?」月子は言った。「子供たちには会いたいと思ってるよ」「お前にとっては、彼らが一番なんだな?」「ええ、そう言ったはずよ」静真の心臓はきりきりと痛んだ。今こうして月子と電話で話したり、毎日連絡を取り合ったりできるのは、全て子供たちがいるからだ。子供たちがいなくなったと知ったら、月子がどうなるか……きっと取返しがつかないことになるだろう。子供たちは静真にとって最後の切り札だった。もし子供たちがいなくなれば、月子を取
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第832話

そう思いながら詩織は、とても嫌な予感がした。そして薄々と、もしかしたら一人だけこんなことができる相手を思い浮かべた。隼人だ。彼なら、これほどの大それたことをやってのける力も手段も持っている。それに、静真からの報復を恐れるはずもない。というより、隼人は半分入江家の人間のようなもので、入江家なんて怖くもなんともないだろう。もし隼人が子供たちを連れ去ったのなら、子供たちはきっと安全だ。ちゃんとお世話もしてもらえるだろうし、睡眠薬を飲ませて袋に詰めて運ぶような、移動の途中でぶつけたり障害を与えたりする恐ろしい状況にはならないだろう。子供たちの安全を考えると、詩織はむしろ犯人が隼人であってほしいと願った。そもそも、静真が子供を利用して隼人に復讐したのだ。いつか隼人が同じ手でやり返してくるとは考えなかったのだろうか。静真は隠れて月子との子供を勝手に作ったのだから、それが原因で何かが引き起こされるのも当然だろう。だから、結果的に良いものであろうと悪いものであろうと、静真はすべて受け止めなければならないのだ。今、静真はその身勝手さのツケを払わされているようなものだ。……電話を切った月子は、疲れてソファに横になった。すると、間もなくして子供たちが日向ぼっこをしている動画が送られてきた。月子はその動画を見ていると、甘く切ない気持ちになった。子供たちが成長するにつれて、自分との絆もどんどん深まっているのだ。それに、ますます可愛らしくなっていく子供たちは、誰が見ても好きになるだろう。月子は動画を見ているだけで、子供たちから元気をもらえて、疲れた心も癒されていくように感じた。彼女はしばらく目を閉じて休みながら、最近の仕事のことを考えた。今回はデータセンターで、とても重要なテストデータを取る必要があり、まったく気が抜けなかった。そうでなければ、今すぐにでも飛行機に乗って子供たちに会いに帰りたいくらいだった。そして二人の子供を抱きしめてキスすれば、きっとこの上ない幸せな気分になるだろう。そして、その日の残業を終えると、もう夜の9時だったので、彼女はホテルに戻ることにした。もし監視カメラが見られる状態なら、ホテルで30分ほど監視カメラを眺めてから眠りにつくのだが、それができない今は、ホテルに戻っても他の仕事を続けるしかなか
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第833話

月子はそれを見て、一樹が今日何のために来たのか、すぐに察しがついた。正直なところ、とても予想外のことだった。一樹と親しくなってから、月子が彼に感じていたのは、ユーモアがあって、感情も安定していて、すごく話が上手いということだけだった。一樹と友達になれたのも、その性格が友達としてぴったりだったからだ。だから彼が自分に恋愛感情を抱いているとは、まったく感じていなかった。しかしそう思いながら、月子はまた以前、隼人と付き合い始めた頃のことを思い出した。あの時、一樹から電話があって、静真が熱を出したから様子を見に来てほしいと言われたのだ。もちろん、月子が行くはずもなかったけど。でも、一樹は彼女が隼人と付き合ったことにすごく興味があるみたいで、色々と聞いてきた。月子は当時、何だかおかしいと感じたのだ。だって二人はただの知り合いで、たいして親しくもなかったのだ。そのうえ、一樹は静真の一番の親友なのだから。親友の元妻の恋愛事情をそこまで気にするなんてどう考えてもおかしいだろう。その時月子は一瞬疑ったが、でもすぐに考えすぎだろうと思い直した。結局のところ、一樹がはっきりした態度を見せることは一度もなかったからだ。それに月子には自分の生活と仕事で忙しかったのもあって、一樹のことは特に気に留めていなかった。だからその時の違和感もすぐに忘れてしまっていた。それを、今になって思い返してみるとなにやら思い当たる節があったようにも感じた。それはこんなにも真剣な様子の一樹を今までみたことがなかったからだ。だからこの時になって、月子はやっとあの時の直感が間違っていなかったと気づくことができたのだ。しかしそれにしても……本当に、信じ難かった。一樹が、まさか自分のことを好きだったなんて。月子は子供の頃から綺麗で、言い寄ってくる男が大勢いた。でも、面と向かって告白してくる男の子はほとんどいなかった。彼女の雰囲気が、男の子たちが好む優しくて可愛いタイプではなかったからかもしれない。それでも、月子は自分の魅力に自信を持っていた。ただ、一樹が自分を好きになるなんて、一樹との関係を考えると、月子は自分の立場のややこしさに、気まずい思いでいっぱいだった。そもそも自分は静真の元妻だ。それに対し一樹と静真は幼馴染で、親友とも言える関係だ。隼人と静真のような犬猿
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第834話

一樹はそう言い終えると、いつもは女性関係で余裕綽々の彼も、緊張で息が詰まりそうになた。それから、しばらく沈黙が続いたあと、一樹はさらに続けた。「月子、いつの間にかあなたを好きになってた。自分の気持ちに気づいたときは、正直俺自身も驚いたよ。まさか、自分が本気で人を好きになるなんて本当に予想外だった。でも、俺にとっては祝うべきことでもある。おかげで新しい自分を発見できたんだ」そう言う一樹は緊張で手のひらに汗をかいていた。彼は、これほどまでに自分をときめかせた女性をじっと見つめながら、今までにない真剣な口調で言った。「月子、俺と付き合ってくれないか?」月子は、一樹の優しい声で告げられる好意に耳を傾けながら、同時に彼のことは嫌いではないので、好意を寄せられること自体は嬉しいことだと思った。それにこれほどまでに気持ちの籠った告白に、月子は感動すら覚えた。というより、一樹の瞳に宿る真剣な想いはとても魅力的だった。月子は完全に引き込まれ、彼のペースに乗せられていくのを感じた。だって、遊び人が突然一途になるなんて、そのギャップだけでも、ぐっとくるものがあったから、月子は、そんな真剣な一樹の姿がすごく素敵だと感じた。だけど、その一方で月子はまた一樹が本気であることに戸惑った。なにせ、本気な気持ちは蔑ろにできず、自分もそれだけ真剣に向き合う必要があるからだ。そうしないと、相手の心を傷つけることになるし、自分も真心を保つことができなくなってしまう。いずれにしても、良い結末にはならないだろう。そう思いながら、月子はしばらく黙り込んだ後、そばにあったバラの花束を手に取り、そっと鼻先で香りをかいだ。「静真は、私に一度もバラをくれたことがなかった」一樹はそう言う彼女を見つめ、思わず拳を握りしめた。すると月子は顔を上げ、一樹の美しい瞳をまっすぐ見つめながら言った。「ごめんね」彼女には、一樹の眼差しから期待の色が消え、固まっていくのがはっきりと分かった。しかし一樹はすぐにいつもの調子を取り戻した。そして、ユーモアを交えた口調で尋ねた。「理由、聞いてもいいかな?」「あなたなら分かるはずよ」と月子は言った。「静真さんのこと?それとも鷹司さんのこと?」月子は笑って首を横に振った。「どちらでもない」「じゃあ、何なんだ?」
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第835話

月子の仕事はハードだから、もっとエネルギーを補給しないと。そう思って、彼女はもう少し食べることにした。断った後も、月子は平然と食事を続けた。告白されたからといって、一樹との関係を断つつもりはないし、気まずさも感じていなかった。友達としては、一樹は本当に申し分ない人だ。それに、彼は慶と寧々のことを心から可愛がってくれている。そんな優しい彼に可愛がってもらえるなら、子供たちにとってもいいことなのだろう。今の月子は、自分の個人的な感情はさておき、すべてにおいて子供たちのことを第一に考えていた。月子が隼人と付き合うようになる前、一樹はまず彼女と親しくなってから告白する計画だった。どうしてそんな手順にしたかというと、一樹は断られるのが怖かったからだ。彼は告白が、二人が付き合うための最終段階になることを望んでいた。一樹は元々、他人を断ることがめったにない。断るという行為は相手を深く傷つけてしまうものだから、彼にはそんな酷なことはできなかったのだ。でも、いざ自分が断られてみると、想像していたほど受け入れがたいものではなかった。それでも、一樹の心はズキズキと痛んだ。今、一樹は静真に少し感心していた。あれほど冷たく、厳しく断られても、まったく諦める気配がないのだから。いったいどんな自信と根拠があれば、静真はあそこまでできるのだろうか?それはもともとの性格が関係しているでしょうけど、それ以上に、静真は月子の無条件の愛を受けた経験があるからだろう。彼はそれだけ深く愛されたことがあるからこそ、自信を持って自分勝手に振る舞えるのだ。一樹にとって、この結果は想定外ではなかった。それでも、気持ちを落ち着かせるのに少し時間が必要だった。だから、一樹は黙って月子が食事をするのを見つめていた。これまで月子とゆっくり話す機会はなかった。でも、こうして色々な話をするうちに、一樹は彼女の魅力にどんどん惹かれていった。賢くて、聡明で、物事の本質をよく理解している。この三年間の結婚生活で、周りは月子のことをおバカな女だと思っていたけれど、彼女は自分の中で確たる信念があったのだ。それに、彼女とは性格も本当に相性がいい。月子の断り方はとてもスマートだった。ちゃんと理由も言ってくれて、慰めてくれさえした。そのうえ、席を立たずに食事を続けてくれたことで、一
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第836話

一樹は言った。「いくらモテても意味ないだろ。好きになってほしい相手は、たった一人だけなんだから」月子は敢えて彼の言葉の裏に付け込まず、少し考えてから言った。「私が誰かと付き合う時?そうね、多分気まぐれに退屈しのぎの相手が欲しくなった時かな。あとは、たまたま良い出会いがあった時とか。相手がどんな人かっていうと、まず見た目が好みで、それから割り切った付き合いができること。面倒を起こさず、私に迷惑をかけない、聞き分けのいい人が第一条件ね。男がいつも女に求めるみたいに」世間的に見ても、月子は将来性のあるIT会社と、順調に成長している芸能プロダクションを経営しているわけだから、その自身の能力、人脈、資金力を月子はすでに手にしていた。だからもう誰かに媚びる必要はなく、むしろ逆に彼女を頼りたいと言い寄る男が沢山現れるだろう。だから月子は、完全に自分の好みで相手を選ぶことができる。ただそれだけのことだった。すると一樹が突然聞いた。「その条件に俺はピッタリだと思わないか?」月子はきょとんとした。一樹は続けた。「あなたの退屈しのぎに付き合える。それに、割り切れる関係なら、俺の方がなれているわけだし、互いに経済的にも自立してるから、迷惑はかけることはないだろう。それに俺は独り身だ。家庭も子供もいないし、声がかかればいつでもそばに行けるし、男があんまりナルシストなのもキザだけど、客観的に見て、俺の顔とスタイルなら申し分ないだろ。月子、俺たちって性格が合うと思うんだ。試しに付き合ってみないか」一樹のまるで面接のような言葉を聞いて、月子は思わず笑ってしまった。「一樹、そんな必死にならなくても」一樹は本気だった。「あなたに断られるのは想定内だ。でも俺は静真さんとは違う。しつこく付きまとうなんてダサい真似はしないよ。たぶん、あと何回か断られたら、本当に諦めると思う。だから、本気で付き合える可能性が低いなら、なおさらあなたの人生に強烈な印象を残したいんだ。ただの空気みたいな存在で終わりたくない。あなたに、俺を覚えていてほしい。あなたが俺で遊んでるというより、俺もこの状況を楽しんでるんだよ。俺は恋愛に関しては割り切ってるし、すごくサバサバしてるんだ。そうじゃなきゃ、遊びで付き合った女の子たちのことで、とっくに罪悪感に苛まれてしまってるさ」そう言っ
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第837話

J市にある、山ひとつを丸々敷地にしたかのような巨大な別荘。その広さは山の麓の門から制服を着た使用人が運転するカートに乗って、数分かけてやっと母屋にたどり着くほどだった。母屋は趣のある古風の建物だった。でも、それだけじゃない。隣には近代的なガラス張りの温室もあって、中には貴重な植物や、さまざまな地域の植物が育てられていた。熱帯の植物も多く、きれいな昆虫園まであって、まるで小さな生態系のようだった。この別荘の建設から維持までにかかる費用は、見ただけで莫大なものだとわかる。管理も警備も最高レベルで、巡回しているのは武装したプロたちだ。監視カメラはもちろん、ハイテクな防犯システムもあって、忍び込むことはほぼ不可能。もちろん、正規の手順を踏まなければ、こっそり抜け出すこともできないだろう。地図の上では、何の目印もないただの荒れ山として表示されるだから。隼人がこの写真を受け取る前、彼は書斎で筆を走らせていた。書道は隼人の心を静めてくれるはずだった。しかし、今日に限ってはどうしても心が落ち着かなかった。彼は仕方なく精神を落ち着かせるための書道をあきらめて、引き出しを開けた。その引き出しの中にはストレリチアの形をした折り紙がたくさん入っていたのだ。隼人は毎日ひとつずつ折っているから、引き出しはとっくにいっぱいになっていた。それ以外にも多くあって、それらは奥にある収納部屋にしまわれているだ。この場所は、隼人がJ市に戻る前にゆっくりと準備したもので、月子の二人の子供の満月のお披露目パーティーの前にはすべて整っていた。隼人が折り紙を半分ほど折り終えた時、賢が入ってきた。「隼人、もうすぐ着くぞ」隼人はうなずいた。でも、手元の作業は止めなかった。賢はそんな隼人を観察していた。黒一色の服は、隼人の肌の白さを際立たせ、美しい顔立ちを一層引き立てている。部屋の照明が彼の眉のあたりに影を落として、顔立ちの彫りをより深く見せていた。そしてそんな彼は全身から、近寄りがたい重みがあるオーラを放っているのだ。それは、どこか人をぞっとさせるような雰囲気だった。賢が隼人と出会ったのは、十五、六歳の頃、家族の集まりでのことだった。少年時代の隼人はとても落ち着いていて、そのちょっとした動きが、全く年齢に見合っていなかった。それでいて、いつも何を考えているの
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第838話

月子は隼人の弱点だった。だから静真は、子供を利用して彼女を意のままに操ろうとした。でも静真は、子供が生まれたことによって多くのことが変わってしまうなんて、思いもしなかっただろう。静真がこれほど強気なのは、隼人が正雄への情で入江グループに手出ししないと高を括っているからだ。だから好き放題やっていた。でも子供が生まれたことで、二人の力関係は対等になったんだ。今や子供こそが、静真の弱点だった。子供がいなければ、月子は彼に一切関わろうとしないだろう。子供を抑えさえすれば、静真の弱点を握り、彼の喉元にナイフを突きつけることができる。かつて徹を突き刺したあのナイフのように、隼人がこの手を選ぶのも当然のことなのだ。そしてこの一手でどれほど静真を打ちのめすことになるかを賢もよく分かっていた。だが結局、最終的な目的は月子を取り戻すことのはずだ。愛する人を取り戻すために、こんなふうに黙って耐え忍ぶやり方は、適切か?それは静真も同じだ。静真のやり方は過激で、常に相手に致命傷を与える。ビジネスでは非常に有効だが、恋愛でそんなことをして、もし加減を間違えたらどうなるだろう?隼人ほど頭が切れる男が、それに気づかないはずがない。そう思うと隼人はストレリチアを折り終え、スマホを手に取ろうとしていた。この時スマホを手に取れば、彼は月子と一樹のキスの写真を目にすることになるだろう。しかしその時、慶と寧々が無事に到着したという知らせがあった。隼人はスマホを見ることなくポケットにしまい、立ち上がって言った。「行こうか」月子には、自分が二人の子供の面倒を見られること、そして自分でも彼らを守れり、すべてを背負えるのだということを証明するんだ。別荘のベビールームには、必要なものがすべて揃っていた。家政婦も腕利きのプロばかりで、子供たちは万全の体制で世話してもらえる。それと同に結衣も、同じタイミングで到着した。隼人が静真の子供たちを連れ去ったと聞いても、彼女はさほど驚かなかった。静真のやり方はあまりに非情だ。隼人が黙って見過ごすはずがないと彼女は分かっていたからだ。だから結衣は、ある程度こうなることを予測していた。二人の可愛らしい子に目をやり、結衣は顔を上げた。そして、立派な身なりの息子を一瞥して尋ねた。「綾辻さんに恨まれてもいい
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第839話

一樹のキスは長くはなかった。唇を離すと、彼はそっと唇をなめて、月子に優しく微笑みかけた。月子は、一樹からもらったバラの花束を抱きしめていた。そのおかげで、二人の間にはきれいな花が壁みたいになっていた。街灯の光が一樹の顔に当たり、月子はその横顔が本当にきれいだと思った。吸い込まれそうなぱっちり二重。美しいとしか言いようのない眉と目とにこやかな口元。彼のいとこである忍よりもさらに整ったその顔立ちは、一樹の華やかな雰囲気をより一層際立たせた。それはただそこに立っているだけでも、どこかファッション雑誌の撮影現場を醸し出すほど、洗練された外見なのだ。月子は、これまで一樹を特に意識したことはなかったが、今は思わず彼のことをじっくりと観察してしまった。だって、この男は、いつ別れてもいいとはいえ、仮にも彼氏みたいな存在なのだから。顔もスタイルも抜群。それに、K市でも指折りの名家の生まれ。条件は、確かに文句のつけどころがない。月子は静真みたいな男と付き合ってしまったから、自分の男を見る目に自信がなくなった。でも、彼女のセンスが悪いわけじゃない。一樹と付き合うことにしたのは、元カレである隼人を早く忘れるための、ただの思いつき。胸の切ない気持ちを終わらせて、新しい生活を始めたかっただけだ。その元カレが最高すぎたから、今の「間に合わせ」の彼氏も、レベルが低いと困るだ。そこらへんの適当な男と付き合ったりしたら、比べてしまって、逆に隼人の良さを思い出してしまうだろうから。それじゃあ、まったくの逆効果だ。その点、一樹は本当に完璧な相手だった。彼からの告白のタイミングも絶妙だった。子供の一件で二人の間には信頼が生まれ、いい関係も築けたところだった。そして隼人と別れてもうすぐ四か月。最初の二週間は月子も辛かったけど、今は隼人もちゃんと前に進もうとしているのわけだから、月子は自分も、もっと頑張って前に進まないと思った。だから、あと一か月早かったら、一樹の告白を受け入れることはなかっただろうけど、今がちょうどいいタイミングだったのだ。そこに好きという気持ちはない。なら、あとは体の関係だけになるだろう。何より、一樹は本当に美しい顔立ちをしているのだ。もし相手がこんなに格好いい、性格が合うわけじゃなかったら、月子もこんな風に勢いで付き合ったりはしなかっ
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第840話

月子は何も答えなかった。静真の友達の中で、一樹だけが、彼女を面と向かって馬鹿にするようなことはしなかった。ただ、陰で笑っていたかどうかは分からないけど、もしかしたら周りに合わせて、笑っていたのかもしれない。「悪いことをした人は、必ず罰を受けることになるから」月子はそう続けた。一樹は、月子が誰を指して言っているのか分かっていた。静真はあれだけクズなことをやっても子供まで授かって、何もかもが思い通りになっているのだから、まさにつけがまだ回って来ていないというところだろう。「俺も、長いこと待ってようやくご褒美をもらえたんだ。月子、だからあなたの願いも、いつかきっと叶うさ。悪い奴には、ちゃんと罰が当たるってね」月子は思わず吹き出した。「その言葉、すごく胸に響いた。一樹、あなたと話すのって、本当に楽しくて好きよ」「俺もあなたと話すのが好きだ。月子、もしもっと早く出会っていたら、あなたは絶対に俺に惚れていたに違いないさ」一樹は本当はストレートに気持ちを伝えるタイプだ。でも、月子の前でだけは、ずっとためらってきた。今はもう、その必要はない。堂々と好きだと伝え、優しくすることができる。いよいよエレベーターの近くまで来たので、月子は何も答えなかった。一樹は月子をホテルの部屋まで送り届けた。でも、このまま帰るなんてありえない。彼は厚かましくも、部屋に居座ることにした。いつ終わってもおかしくない関係だ。でも、今は恋人同士だ。関係が終わるその時までは……この変化は、一樹にはまだ現実味のないことだった。本当に、宝くじが当たったみたいだ。告白もできない自分の弱さに腹が立って、思わずテーブルを叩きつけたこともあった。窓の外には明るい日差しが差し込んでいるのに、自分の心は真っ暗だった。一樹は、そんな過去を思い出していた。あの時の苦々しい気持ちが、今も鮮明に蘇る。一樹は月子の横顔をじっと見つめた。愛しいこの女性は、過去の二度の恋愛で傷ついている。だから、本当に心を通わせるのは難しい。一度告白して断られたら、きっと警戒されてしまうだろう。そうなれば、二人の関係が進展する可能性はなくなってしまう。だけど、まさかこんな幸運が自分に舞い込んでくるなんて。今はまだ、月子が本気でないことは分かっている。それでも、自分は彼女のそばにいられるチャンスを手に
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