「お久しぶり。大きくなったわね」 十六夜が差し出された手を取って、 「ご無沙汰しています」 辻沢町役場とヤオマンHDとはズブズブなのは辻沢の現実。町長のマイカーはヤオマンHDが買い与えるのが慣例と聞く(辻川町長はマットブラックのゲレンデ)。だから創業家のお嬢である十六夜とは旧知の間柄なのだ。 さらに、 「暑苦しいことでごめんなさい。この人たちはあなたのお母様の厳命で付いてもらっているの」 と謝った。つまりこの黒い壁のおじさんたちはヤオマンHDが付けさせたSPということらしい。しかしこの状況は異常だ。誰かに命を狙われていることを宣伝しているようなものだから。 そしてあたしに、 「あなたにはお会いしたことが」 差し出された手は驚くほど冷たかった。 「いいえ、はじめてお会いします。園芸部の藤野夏波と言います」 辻川町長が何かに気が付いたような表情をした。 「ああ、ミユキさんのお子さん。それで」 意外だった。有権者ならぬ隣町住人のミユキ母さんを知っているなんて。 「母をご存じなんですか?」 「ええ、20代のころに何度かお会いして」 ミユキ母さんから大学生時代に辻沢に調査に入ったことがあると聞いていたけれど、その時に辻川町長と会っていたのだろうか? そうだとすると40代前半? てか、ミユキ母さんと同年代ってのが信じられない。ぱっと見、あたしたちとそんなに変わらない。 疑問が噴き出してきて言葉が継げないでいると、川田校長が、 「すぐにご案内できますか? 準備が必要なら少し待っていただくけれど」 それには十六夜が、 「大丈夫です。クライアントにはいつでも見ていただけるようにしてますので、どうぞ」 と扉に向かって手を差しだした。 黒い壁が辻川町長と一体となって動き出す。二人だと思っていた壁は辻川町長の背後にも二人控えていて要人を取り囲む形で護衛していた。黒壁がドアの前に立った。でかいガタイの四人の塊が校長室の狭い扉をどうやって通るか見ものだと思っていたら、出る時は一列になって普通に通り抜けたので拍子抜けした。そりゃそうだよね。
Last Updated : 2025-07-12 Read more