All Chapters of ボクらは庭師になりたかった~鬼子の女子高生が未来の神話になるとか草生える(死語構文): Chapter 21 - Chapter 30

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1-7.「帰って来た」辻川町長(2/3)

「お久しぶり。大きくなったわね」 十六夜が差し出された手を取って、 「ご無沙汰しています」  辻沢町役場とヤオマンHDとはズブズブなのは辻沢の現実。町長のマイカーはヤオマンHDが買い与えるのが慣例と聞く(辻川町長はマットブラックのゲレンデ)。だから創業家のお嬢である十六夜とは旧知の間柄なのだ。 さらに、 「暑苦しいことでごめんなさい。この人たちはあなたのお母様の厳命で付いてもらっているの」  と謝った。つまりこの黒い壁のおじさんたちはヤオマンHDが付けさせたSPということらしい。しかしこの状況は異常だ。誰かに命を狙われていることを宣伝しているようなものだから。 そしてあたしに、 「あなたにはお会いしたことが」  差し出された手は驚くほど冷たかった。 「いいえ、はじめてお会いします。園芸部の藤野夏波と言います」  辻川町長が何かに気が付いたような表情をした。 「ああ、ミユキさんのお子さん。それで」  意外だった。有権者ならぬ隣町住人のミユキ母さんを知っているなんて。 「母をご存じなんですか?」 「ええ、20代のころに何度かお会いして」  ミユキ母さんから大学生時代に辻沢に調査に入ったことがあると聞いていたけれど、その時に辻川町長と会っていたのだろうか? そうだとすると40代前半? てか、ミユキ母さんと同年代ってのが信じられない。ぱっと見、あたしたちとそんなに変わらない。  疑問が噴き出してきて言葉が継げないでいると、川田校長が、 「すぐにご案内できますか? 準備が必要なら少し待っていただくけれど」  それには十六夜が、 「大丈夫です。クライアントにはいつでも見ていただけるようにしてますので、どうぞ」  と扉に向かって手を差しだした。  黒い壁が辻川町長と一体となって動き出す。二人だと思っていた壁は辻川町長の背後にも二人控えていて要人を取り囲む形で護衛していた。黒壁がドアの前に立った。でかいガタイの四人の塊が校長室の狭い扉をどうやって通るか見ものだと思っていたら、出る時は一列になって普通に通り抜けたので拍子抜けした。そりゃそうだよね。  
last updateLast Updated : 2025-07-12
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1-7.「帰って来た」辻川町長(3/3)

「どうかしましたか?」  川田校長がいぶかしそうに聞いた。 「「いえ、なんでもありません」」  振り返った初老の女性。この人もたしか当時、女バスの顧問だったはず。だから遊佐先生と響先生、校長室前であんなに慣れ親しんだ感じだったんだ。みんなが旧知の間柄ってことで。  始業のベルが鳴ってとうに人がいなくなった前園記念部活棟の廊下は、いつもは大きな窓から燦燦と日差しがはいっているのに、今日は緞帳のようなカーテンが閉ざされて暗くひんやりとしていた。その冷たい廊下を川田校長と辻川町長の黒い塊を連れて歩いていると、ゲーム部のドアの前に女子生徒が一人で佇んでいた。あたしは見たことがない子だがリボンが赤いから一年生のよう。  その時、何を勘違いしたか黒壁のSPがその子に向けて警戒姿勢をとり始めた。大きな四人の男から強烈な圧力がこぼれだしている。十六夜がそれを横目に、マスクをしているが明らかに怖がっているのが分かるその子に近づいて、 「授業はどうしたの?」  その子は十六夜に怯えた瞳を向けながら、 「友達が部室に忘れ物して。すぐ行きます」  部室の中を気にしながら答えた。 「一年生です。心配ありません」  十六夜が伝え川田校長もそれに同意したが、SPは警戒を解こうとせず防御姿勢を保ったままゲーム部の前を通り過ぎた。 「知ってる子?」  戻って来た十六夜に聞いてみた。 「いいや」  辻女は生徒数400人弱の規模の小さな高校だが、十六夜もあたしも学校ではVRブースに引きこもっていることが多いから知り合いは多くない。一年生となると鈴風を通して知ってる数人の子くらいしかいなかった。  園芸部の部室に着いて十六夜がVRブースの準備している間、あたしは冷蔵庫から昨日残った10円アイスを出して辻川町長と川田校長に渡した。 「「ありがとう」」  二人同時にビニル袋を破って一口で食べ、残った棒をごみ箱に放り投げると、するすると放物線を描いて二つとも見事にシュート。辻川町長のは黒壁の頭越しだ。すごい。 「「ナイシュー」」「ナイシュー」  あたしも思わず声が出た。 「辻女のバスケは小粒でピリリと辛い。嘗めてっとすりつぶすよ」  川田校長が言うと、辻川町長が黒壁の隙間から手を出した。 「「辻女ファイ」」 二人で小
last updateLast Updated : 2025-07-12
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1-8.浄血!(1/3)

 ロックインしなかったあたしと川田校長が見ているのは外部モニターで、そこに映し出されているのは案内役の庭師AIのM@tashiroから見た辻川町長と十六夜だ。マタシロウさんは六道園の中を歩く二人に付き従って、要所要所で植栽や施設の説明をしているのだ。今回のようなVIPクライアントに対するプレゼンでプロマネのゼンアミさんが案内しないのは不自然だが、ゼンアミさんとてゴリゴリバース内に常駐&偏在しているわけでない。あたしたちがそうであるようにパーソナルに存在している。だから今回のように急な案件の場合は他の庭師AIがゼンアミさんの代役を務める場合がよくある。マタシロウさんはゼンアミさんから少し遅れて生成された庭師AIだが、今回のプロジェクトは初期から参加していて内容も熟知してくれているから何の問題もないのだった。 モニターの中の十六夜と辻川町長は親しい友人のように園遊を楽しんでいるみたいだ。話していることはプロジェクトの進捗具合についてだろうけど、時折、笑い声が聞こえたりするところから、それ以外のことも語り合っていそうだった。例えば十六夜のママのこととか。 十六夜のママ、前園日香里(ヒカリ)は、辻沢なんてド田舎の八百屋さん「ヤオマン」を世界的コングロマリット「ヤオマンHD」にまで成長させた経済界の大立者で、その強引な経営手法から敵も多く、女怪とあだ名され恐れられた人だ。けれど起業を目指す女子ならば誰もが憧れる存在だ。あたしもその一人なのだが、その姿は動画などで昔の映像でしか観たことがなかった。というのも、20年前に当時会長だったご亭主を亡くした後、社長職を退いてからは辻沢のお屋敷に引きこもり、その姿をメディアが捉えたことはないからだ。その隠遁は、講演会や談話会(あったら推しハチマキ&デコウチワ持参で絶対に聴きに行く)はおろか『プレジネス』等、主要マネジメント雑誌のインタビューすら受けないという徹底ぶりのため、死亡記事まで出まわったことがある(後にフェイクだと分かったが)。ある意味この国のガラスの天井にヒビを入れた人だから、一度は会って話を聴いてみたいとか仕事場を覗いてみたいとかは正直思う。だからと言ってオトナたちが口にする、女子のロールモデルとしてもっと表に出て発言するべきというのは違う。十六夜のママにだって事情があるだろうから。 
last updateLast Updated : 2025-07-13
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1-8.浄血!(2/3)

 辻川町長と黒服四人、それに川田校長が部室を出て行ったあと、十六夜とあたしは部室に残ってうだうだ過ごした。教室に戻っても板書魔王で名高い小野じーの古典だから、ネットから辻女の過去ノート(小野じーの授業は過去ノートだけで完璧に再現できる)をダウンロードすればいいし、チャイムが鳴る前に戻って出席だけ取り付けられればあとから学校都合で欠席した旨の証明書を提出する手間も省けるからだ。授業終了10分前に十六夜が言った。「戻ろか?」 あたしは部室のドアにリング端末を翳すと、〈夏波、バイバイ ♪ゴリゴリーン〉 なんでかあたしには馴れ馴れしい生徒管理AIの声を尻目に先に出た十六夜の後を追う。廊下は閉ざしてあったカーテンが開け放たれ初夏の風が涼やかに吹き抜けていく。そこを二人並んで歩いていると、十六夜が窓の外を見て立ち止まった。「辻川町長がお帰りだ」 開け放たれた窓からは駐車場へ向かう黒い塊が見えた。それは四人の黒服SPが巨大な黒傘を上と下とに差しかけて移動していく姿だった。それはまるで世界史の授業で習ったローマの亀甲陣形(たしかテストデドンとか恐竜みたような名前だった)のようだ。「やっぱ狙撃に備えてるのかな」 あたしが聞くともなく言うと十六夜が、「狙撃? ちがうだろ」「なら何から?」「日光」 年齢に不相応な若さ、透き通るような肌に浮かんだ青い血管、金色の瞳。そして口元を隠すようにして話す仕草。フラッシュバックのように辻川町長の姿が頭に浮かんだ。「まさかヴァンパイアだけにって言わないよね」 十六夜はそれには答えずに歩き出したのだった。 最初はヴァンパイアなんて言ったせいなのかと思った。廊下を吹き抜ける風の中に血の匂いが混ざっているように感じたからだ。「これ足跡だよね」 十六夜が廊下を指差した。見るとゲーム部の扉の前から部活棟の出口に向かって黒い足跡が点々と続いていた。数からして複数人の足跡のよう。そしてゲーム部の扉が中を覗いてごらんと隙間が開いて誘っていた。 十六夜はそれに応えるように扉に近づいてゆく。あたしはついて行くのが怖くなった。なぜな
last updateLast Updated : 2025-07-13
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1-8.浄血!(3/3)

 あたしは十六夜とその子を残してゲーム部の部室を飛び出した。最初に思い浮かんだのは響先生だった。今の状況で保健の先生ということもあったが、この間のセッションの時の「最近あれが流行ってるから」という言葉が頭に残っていたからだ。  医務室に行くと響先生は遊佐先生とお茶を飲んでいた。そこに血相を変えたあたしが飛び込んで来たものだから、遊佐先生は驚きすぎて手にした紙コップを放り投げてしまった。慌てて床をティッシュで拭きだした遊佐先生を尻目に響先生に状況説明をすると、遊佐先生は響先生を指さし、 「カリン、やっぱりあんた!」 「いいからセイラは救急車呼んで」  そういうと響先生は救急箱をひっつかんで医務室を出た。  響先生を連れてゲーム部に戻ると、十六夜はどこからか持ってきた糸鋸で三つ編みの子の手錠の鎖を切ろうとしているところだった。  響先生は十六夜に変って三つ編みの子の前にしゃがんで容態を診る。 「前園さん、止血の処置ありがとう。意識はもうろうとしてるけど心拍は落ち着いてて大丈夫。救急車もすぐ来るから二人は教室に戻りなさい」  響先生に言われて十六夜はあたしと一緒に部室の外に出た。廊下を歩いていると、教務棟から数人の先生が走って来てゲーム部の部室に入って行った。 「何があったんだろ」  あたしがそう言うと、 「チブクロの奴らっぽい」  十六夜の説明では、チブクロというのは伝説のゲームアイドル、夜野まひるのファン集団のこと。夜野まひるは20年以上前にライブツアー中に搭乗機が墜落して遭難死したけれど、その後、彼女の復活を信じるファンがカルト化したということだった。 「奴らは夜野まひるが復活するためには自分たちの穢れた血を浄化しなければならないと考えてる」 「ブラレで浄血? なんか変」  汚い血を出しただけではダメなんじゃ? 綺麗な血と入れ替えないと。 「理屈は分からないけどね」  それにしてもゲームとかやらない十六夜がなんでそんなこと知ってるんだろう。十六夜はあたしの思う事が分かったのかリング端末からホロ画面を表示させて、 「夏波が響先生呼びに行ってる間、チャットAIに『浄血!って何?』って聞いみた」  とチャットのページを見せてくれた。そこには今しがた十六夜が言った内容が詳しく説明されていた。さらに丁寧にも、夜野まひるの復活というのはファ
last updateLast Updated : 2025-07-13
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1-9.鞠野文庫(1/3)

 前期テストも終わるとあたしたち三年生は夏休みまでの間、学校ではほぼ何もすることがない。ほとんどの子は進学塾だの就活の追い込みだので忙しく学校に出てきていなかった。  そんな中でも十六夜とあたしは園芸部のために律儀に学校に来ている。 「なんか寒くない?」  あたしがぱらぱらとしか人がいない教室を見回して独り言つと、 「だろ。クーラー効き過ぎなんだよ。空調管理AIはアラスカ出身か?」  青ジャーを上着にしている十六夜が文句を言った。ここのところ寒がってずっと青ジャーだからなんとなく顔まで青い。 「まあ、人が少ないおかげでVRなしってのはありがたいがな」  たしかにここ数日、VR教室へ行った覚えがなかった。 「じゃあ、今日も放課後、MAXでロックインしますか?」 「あ、ごめん。今日はママと出掛けるから部活休む」  拍子抜けして十六夜を見ると、よっぽど寒いのか唇が紫色がかっていた。  放課後、校門の前まで迎えに来た、黒い国産高級ミニバンに乗り込む十六夜にバイバイするとき、後部座席に女の人の影が見えた。伝説の前園会長か? ガラスの天井に触れた人を一目と思って身を乗り出したけどギリギリのところで、ガーバン! スライドドアが閉まって顔までは見えなかった。残念。  そのまま部室には行かず図書館に向かう。調べもののためだ。いつもならチャットAIに尋ねればすぐ解答が得られるのだけれど今回は一般的なことしか返ってこなかったので、冬凪に相談したら、 「学校の図書館に行ってごらん。書庫にマリノ文庫っていう部屋があって、そこに辻沢の文献がまとまって置いてあるから」  と言われたのだった。  図書館に一歩足を踏み入れると、あの独特の匂いが鼻を突いた。館内に利用者はなく、貸出カウンターに司書の先生が一人で紙本を広げて何かの作業をしていた。その跳ねまくっているグレイヘアに声を掛ける。 「すいません、マリノ文庫ってどこですか?」  グレイヘアがメガネをずりさげてジトっとあたしの顔を見た後、 「書庫の二階の一番奥に木の扉があるから、そこで生徒IDをスキャンしなさい」  と
last updateLast Updated : 2025-07-14
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1-9.鞠野文庫(2/3)

 扉の取っ手にID読み取り用ボックスが据え付けてあったのでリング端末を翳(かざ)してみた。解錠の音がして、〈♪ゴリゴリーン。こんにちは藤野夏波さん。辻沢にようこそ〉 びっくりした。おじさんに名前呼ばれた。これ鞠野教頭の声? 中は狭い部屋で見るからに古そうな紙本が書棚にびっしりだった。そのせいか外以上にナフタリンの匂いが強かった。紙本はカビとかシミとか大変だから仕方ないけど、あたし弱いんだよね、この匂い。ずっといると頭の芯がキリキリして来て、しまいに気絶したみたいに大イビキかいて寝ちゃう。たいがい書見テーブルにうつ伏せで寝るから空気がお腹に溜まって、目覚めると必ずめっちゃ長いゲップ出る。ゲェーーーーーーーーーーーーーってくらい。そういうやつは図書館来なくていいって言われそうだけど、このナフタリン臭、何とかならないかな。 今日調べに来たのは、六道園の州浜の小石は何色だったか。町役場からもらった資料では白い玉砂利が使われていたことになってるけれど、町役場倒壊後、ヤオマンHDが瓦礫の中から回収した庭園資材の中に何故か黒い玉砂利がたくさん含まれていた。何に使われたかといえば、州浜の玉砂利としか考えられない。サルベージした資材に黒石が混じっていたことに対するヤオマンHDの見解は、町役場のエントランスで使われていた黒い石がこちらに紛れたんだろうということだった。でも、エントランスと庭園とでは建物の表と裏と離れていて、よほど大雑把に作業しなければ混ざりあったりしないのじゃないか。黒かったのか白かったのか?  あたしとしては、州浜はもともと黒い石だったのが、いつかの時点で白い石が被せられてしまい、そのことが記憶から失われてしまったのではないかと思っていて、今日はその証拠を探し出すつもりで来た。 目についた紙本からペラペラめくってみたけど、めぼしい記事が見つからないまま時間だけが過ぎた。その中で、たまたま手に取った町報に、当時、町役場の近所に住んでいて、よく庭園に遊びに来ていた町民のインタビューが載っていた。読んでみると、「水際の白い玉砂利が心地よくて」 と言っている箇所があった。やっぱり白かった模様。
last updateLast Updated : 2025-07-14
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1-9.鞠野文庫(3/3)

 そろそろ頭がぼうっとしてきたし、このままこの狭い部屋で眠てしまってあの言葉にうるさい司書先生に起こされるのも嫌だから、今日は帰ることにした。 書庫の出口まで行き、古扉の取っ手に手を掛けようとしたら、ちょうど目の高さによさげな紙本が本棚から落ちそうになっていた。入って来た時には気づかなかったが、薄い冊子で書名は「辻沢ノート」、著者は四宮浩太郎という人だった。どこかの大学の学術冊子の抜き刷りらしい。抜き刷りというのは論文集の中の特定の著者の論文だけ別途印刷する小冊子で、指導教官や論文を引用した研究者、知り合いに読んでもらうために筆者が贈呈するのに使う。あたしもミユキ母さんに何度か分けてもらったことがあったので見てすぐにわかった。 「辻沢ノート」の内容は辻沢の地誌だった。ところどころ赤線が引いてあって、かなり読み込まれているようだった。ざっと見た感じでは町役場の園庭のことは記されていなさそう。諦めて書棚に戻そうと思って手を止めた。最後のページに赤ペンで書かれた文字が目に飛び込んで来たからだ。 「辻沢の鬼子は沈まない」 意味は分からなかったけどドキリとした。あの日、ゼンアミさんが口にしたバナキュラー(土着)な言葉がここにあったのだ。あたしは他のページにもないかもう一度、小冊子をめくりなおした。あった。いくつか鬼子という文字が見つかった。 「鬼子は船であの世へ渡る」「鬼子は潮時に狂う」「鬼子は子を生さない」 ここにある紙本は文庫の主のものだろう。ならばこの書き込みもまた鞠野教頭のものということになるのだろうか? だとしたら鞠野教頭に会えば鬼子のことが分かる? と思ったが、現実はそううまくはいかなさそうだった。  それでも何かのヒントになると思い、「鬼子」と書かれたページをリング端末で写真を撮っておいた。そして、また来た時に分かりやすいように元あった棚の一番端に、少し出っ張らせてもどしておいた。 園庭の水際のことは分からなかったけれど、別のことが知れたのでよしとして古扉の取っ手に手を掛けた。すると、 〈藤野夏波様、さようなら。また辻沢のどこかで会いましょう。♪ゴリゴリーン〉  とおじさんの声で言われた。これが鞠野教頭の声だとしたら、それは無理。だって最近亡くなったってミユキ母さん言ってたから。
last updateLast Updated : 2025-07-14
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1-10.アワノナルトのイザエモン(1/3)

 もう下校の時間だったけど部室に寄ることにした。鈴風が残っていたら一緒に帰ろうと思ったからだ。前園記念部活棟の廊下を折れると、突き当りの園芸部の部室に明かりがついていた。鈴風いるみたい。〈♪ゴリゴリーン。夏波、お帰り〉 なんでかあたしの時だけ呼び捨てのタメ口。きっと生徒管理AIはあたしをナメてる。 中に入るとVRブースから紺のセーラー服の長袖が見えた。鈴風まだロックインしてる。外部モニターを見ると、六道園プロジェクトではなくVRゲームの画面が映し出されていた。鈴風がプレイしているのは流行りのVR戦闘ゲームだった。動作投影型アバター100人で生残りを賭けて戦うバトロワゲー(バトルロワイアルゲーム)だ。ただ目を疑ったのは、鈴風がとてつもなくうまかったこと。プレイグラウンドに現れる敵を次々に、しかも簡単そうに倒してゆく。無駄のないムーブ、目の覚めるようなエイム。ひょっとして天才なんじゃって思うくらいの猛者ぶりだった。そして最後の一人をあっけなく倒してマッチは終了。ファンファーレが派手に鳴り響き賞賛の言葉が猛烈な勢いでチャット画面を流れていく中、銀髪ロン毛に金色の瞳、真っ赤な唇をした、漆黒のブレザースカート姿の少女が小気味よいダンスを踊り出す。それがこのバトルフィールドを制圧したプレイヤー、鈴風のアバターだった。そしてそのままフェイドアウトしてマッチは終了した。VRブースから排気音がして鈴風がロックアウトする。VRゴーグルを外しブースから身を乗り出してあたしに気づくと、慌てた様子で、「あ、夏波センパイ。すみません。ちょっと別のこと、あたし」 と謝って来た。園芸部ではプロジェクト以外のロックインを禁止しているわけでもないし、息抜きにゲームをしてても別に誰も咎めはしない。だから、「別にいいよ。ゲームしてたって」 そういえば鈴風は、最初にゲーム部に入るか園芸部に入るか迷っていたって十六夜が言ってたな。おそらく十六夜の強引な勧誘に負けて園芸部に決めたんだろうけども。「いいえ、ゲームじゃないんです。アーカイブ観てたんです」「じゃあ、あの猛者は鈴風じゃ?」「あたしじゃないですよ。伝説のゲームアイドル、夜野まひるの―――」 その名前はこの間耳にしたばか
last updateLast Updated : 2025-07-15
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1-10.アワノナルトのイザエモン(2/3)

「夏波センパイ、コアなゲーマー知ってるんですね。実は夜野まひるのファンだったり?」「いやいや、偶然なにかで目にしただけだよ。名前だけね」 実際、アワノナルトに関して詳しいわけではなかった。何となくビジュアルは知ってても、どっちがイザエモンでどっちがユウギリかさえ分からなかった。鈴風の説明によると、アワノナルトのイザエモンというのは、容姿からファッション、プレイスタイルに至るまで、夜野まひるにそっくりで、だからレプリカと言われているのだそう。「その夜野さんって何年も前に飛行機事故で」 あたしがそう言うと、鈴風にはめずらしく興奮した様子で、「そうなんですよ、今も行方不明なんです。だから彼女はレプリカなんかじゃなくて…」 と言いかけたのだけど、急に両手で口を押さえて下を向いてしまった。「どうしたの?」「いえ、なんでもありません」 顔を向けた頬は真っ赤だった。あたしはそんな鈴風を観たことがなかったので何も言えなくなってしまった。そのまま無言の時間が通り過ぎて行った。窓の外は日が傾き裏山の森が赤く染まりはじめていた。「帰ろうか?」「はい」 VRブースをスリープさせ戸締まりを確認して一緒に部室を出た。〈佐倉鈴風様、さようなら。夏波、じゃあね ♪ゴリゴリーン〉 とっくにあきらめてるけど、この差別はいったい? 数十分後、鈴風とあたしは、紫の夜が夕日をおしやり行き来する車がライトを点灯し始めた通りのバス停で、駅に向かう辻女生の列の先頭にいた。前のバスが満員になって一本やり過ごしたためだった。「辻沢駅行きのバス、来ましたよ」「それほど待たなくてよかったね」〈♪ゴリゴリーン 辻バスにようこそ〉 一番後ろの席が空いていたからそちらに向おうとすると、鈴風が、「そこ座んないほうがいいです」 と言ってあたしの腕をとって止めた。そういえば立っている人もいるというのにそこだけ誰も座っていず、変な感じだった。クーラーの風が当たってあそこだけメッチャ寒いか、座席にお印でも憑いてるんだろう(笑)。 あきらめてつり革につかまるこ
last updateLast Updated : 2025-07-15
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