All Chapters of ボクらは庭師になりたかった~鬼子の女子高生が未来の神話になるとか草生える(死語構文): Chapter 11 - Chapter 20

84 Chapters

1-4.Zen@mi(1/3)

 六月三十日零時。今夜は月末では珍しいストロベリームーンの満月。「ハッピーバースデー、あたし」 これで法的に成人だ。同時にけたたましい着信音がVR空間に響き出した。「ハピバー、夏波ぃー」「ナツナミちゃん、お誕生日おめでとう」 チャットに知った顔の動画がすごい勢いで表示されている。普段しゃべらない人ばかりの、ほぼほぼ定型の義理動画だけど、ないより嬉しい。 それから全部に返事し終わったのは二時過ぎだった。 早速十八才最初のロックイン。これまでは学校でVRの授業があるか確認してたけど、今後はそれがあっても3時間の余裕があるから気兼ねなく利用できるのが楽。家のVR端末から「園芸部」の開発ブースにアクセスして、いくつかあるプロジェクトルームの中から、今一番熱いヤオマンHD向けの「六道園」プロジェクトを開く。十六夜を呼ぼうか迷ったが、こんな時間だし、おそらく伊礼社長がロックインして来るからやめにしておく。「六道園」プロジェクトは、ヤオマンHDから依頼を受けてやっている。きっかけは一年時の文化祭で枯山水をゴリゴリバース内に情景展示したのを伊礼社長が観て気に入ってくれたことだった。その後すぐ、社長直々に園芸部のルームにアクセスして来て枯山水プロジェクトの立ち上げを打診してくれ縁(えにし)が深まった。その後、枯山水プロジェクトが軌道に乗ったのを機に、二年の春、ヤオマンHDが受託した辻沢町景メタバース移植プロジェクトでの庭園生成をあたしたち辻女園芸部に委託してくれたのだった。その一環として宮木野神社の園庭構築もあったのだが、今は20年前に倒壊した町役場にあった日本庭園「六道園」をメタバース内に再生中なのだ。それが「六道園」プロジェクトの内容だ。十六夜とあたしとしてはこのプロジェクトをやり遂げて起業の着火剤にするつもりで頑張っている。期日は十二月末。時間がない中での「支配からの卒業(死後構文)」は大きい。 ロックインしたVR空間に広がるのは美しい日本庭園。f値のアンジュレーションが効いた緑の絨毯の先に白い州浜。清浄な水をたたえる苑池の中央に築山が浮かんでいる。開発環境なので全体が真っ白い壁に囲われているけれど、本番では辻沢の西山地区が借景となる仕組だ。ヤオ
last updateLast Updated : 2025-07-08
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1-4.Zen@mi(2/3)

 アクセスポイントの石橋を見ると伊礼社長の姿があった。小太りながら決して不健康な印象を与えないしまった体躯。少し剥げ上がった頭にトレードマークのもみあげ。いつも青色のサングラスをしていて、その奥の目は眼光鋭くこのVR世界を睥睨している。 たしかに、もとから庭師AIというのが存在したわけではない。十六夜とあたしが暇な時にメタバースの作業用AIに作庭術を学習させているうちに、突然庭師を自称するAIが誕生したのだ。さらにその庭師AIに室町の東山文化の情報を与え続けて完成したのが、今、漆黒の顔の奥からこちらの様子を伺っているだろう、このゼンアミさんなのだった。「伊礼社長のお力添えがあってこそです」 ヤオマンHDはあたしたち園芸部に多大な援助をしてくれている。園芸部の部室にある二台の個人用VRブース(レディーバードエッグ15。十六夜の要望で特別仕様化)を提供してくれたのもその一つだ。さらにサブスクの、学割でも年間数十万円はするメタバース開発環境を無償で提供してくれてもいる。さらに、庭師AIに読ませる膨大な資料の請求と収集、日本各地の作例実測の許諾と費用(作業費、交通費、宿泊費、食費)の融通、アセット化における版権問題の解消等、すべての便宜を図ってくれているのだった。おまけに伊礼社長自ら、各種業界やマスメディアに園芸部の作品を紹介までしてくれている。「ゼンアミ、進捗を聞かせてくれ」 伊礼社長が問いかけるとゼンアミさんが、「大殿、大変申し上げにくいのですが……」 と、かしこまってしまった。伊礼社長に進捗を問われる度に萎縮する姿を何度見たことだろう。「やはり、石が立たないか?」「どうも、具合が悪うございます」 と丸くなった背をさらに丸くして恐縮している。 20年前に町役場倒壊事故に巻き込まれた「六道園」は、池を掘り中島を築いてそこに須弥山を模した石組みが構成してあった。その石自体はヤオマンHDが事故の跡地から全て掘り出し、破砕されたものがあれば日本各地から名石を取り寄せVRデータ化した。それらはどれもゼンアミさんも納得の石だったのだが、いざ組み出したら設置はできるものの何か腑に落ちないというのだ。
last updateLast Updated : 2025-07-08
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1-4.Zen@mi(3/3)

 これはホントに深刻な問題なのだ。というのも、石を立てるというのは言葉通りでは庭石を設置することなのだけど、その昔庭造りをする坊主を石立僧と言ったように作庭そのものを表すからだ。ゆえにこのプロジェクトに限らずメタバース内で作庭することの根本問題といえるのだった。 それでゼンアミさんに解決策を聞いたら、ゼンアミさんの時代には当たり前の風習だったようで、「人柱をご用意ください。なに、赤子一人でいいのです」 などと、ぞっとすることを言い出したので、以来それについてはゼンアミさんに限らず他の庭師AIにも相談しないことにしている。 ゼンアミさんの案内のもと、伊礼社長とあたしは中島の須弥山石以外の進捗に関して、構築中の庭園を回りながら説明を受ける。どれもまだ未成のままだが、時間とともに養生がうまくいって完成すれば美しい日本庭園を構成してくれることははっきりと見てとれた。「いてて!」 こんなタイミングで電痛アラームだ。ロックインしてから二時間になろうとしていた。「どうされましたか?」 伊礼社長に問われたけれど、まだゼンアミさんが説明の途中だったので、「なんでもありません」 とごまかした。けれどすぐさまゼンアミさんに、「カウンセラーの響カリン教諭から最初は短めにと言われませんでしたか?」 とばらされてしまった。しかたなく、「アラームを掛けていて」「ならば、今日はここまでで」 と伊礼社長がセッション終了を宣言した。 州浜の縁を歩いてアクセスポイントの石橋の上に戻る。二人に挨拶して先にロックアウトしはじめたら、ゼンアミさんが伊礼社長に何か耳打ちしているのが見えた。それに対して伊礼社長が短く答えたのを見ながらあたしはルームから退出したのだった。 伊礼社長とゼンアミさんは、時々十六夜やあたしが見ていない所で二人だけでやりとりすることがある。それが十六夜が伊礼社長とプロジェクトで鉢会うのを嫌う一番の理由だし、あたしだってこの二人ですらそこらのオトナと同じく女子を軽く見ているように思えていい気分はしないのだった。
last updateLast Updated : 2025-07-08
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No.1 地下道と青墓の杜と(2/2)

 古来より青墓の杜には宮木野の墓所があるとされ、人が忌避してきたため森が深く、軽い気持ちで踏み入ると出て来られない場所となっている。生ぬるい淀んだ空気、朽ちた落葉が饐えた匂いを放つ土壌、名も分からぬ下草が地面を覆い隠している。まるで時が停まったような森の中、密生する広葉樹の狭間から、人ならざる存在が侵入者を狙っている。 青墓の杜に蜘蛛の巣のように広がる獣道を歩いていると、左手前方の叢がガサガサと鳴った。立ち止まり音の主が現れるの待っていると、蔦草を掻き分けて卵形をした異形の者が三体、姿を現した。垂れ下がった長い腕の手先が巨大な鎌状の爪になっていて、これで攻撃されたら胴体など真っ二つになるに違いない。どれもがセーラー服にスカート姿をしているが、角刈りの者と三つ編みリボンの者と雌雄に分かれている。これが青墓の人ならざる存在、蛭人間だ。男を改・ドラキュラ、女をカーミラ・亜種という。20年以上前、辻沢町がヤオマンHDと結託して非合法バトルゲームを開催していたのだったが、そのエネミーとして屍人から造られたホムンクルスだ。それが今は存在しないゲーマーを探し青墓の杜を彷徨っている。 獣道を歩くボクの目の前に現れたのは改・ドラキュラ一体とカーミラ・亜種二体。はじめは草叢から道に出たことさえ気付いていないように、そのまま向かいの草叢の中に突っ込んで行こうとしたが、ボクが足をならして注意を引くと、一斉にこちらに振り向いた。それでようやくボクに気づいたらしく、近い側の改・ドラキュラがおもむろに鎌爪を振り上げ襲い掛かって来た。蛭人間が厄介なのは集団で行動し敵に対して戦術的に攻めてくるところだ。今も残りの二体は姿勢を低くして草叢に紛れボクの後方に回り込もうとしている。改・ドラキュラが腕をゆっくり振り上げながら近づいて来た。ボクが鎌爪を両手で受ければ、もう一方の鎌爪の手を視界の外から摺り上げるつもりなのだ。それを避けてもボクは背後が隙だらけになるので、回り込んだカーミラ・亜種に八つ裂きにされるだろう。ならば地面を蹴って飛翔するのみ。突然目標を失った六つの鎌爪は、正面に晒されたお互いを切り刻む。一番被害が甚大だったのは改・ドラキュラで、大きな腹を膾にされ青墓の大地に血汚泥をまき散らしていた。二体のカーミラ・亜種もそれぞれ肩口と下腹に相方の鎌爪を喰らって足が止まる。す
last updateLast Updated : 2025-07-09
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No.1 地下道と青墓の杜と(1/2)

 辻沢には地下道が張り巡らされている。よからぬ噂が絶えず、中に降りる事さえ敬遠されるこの陰気な場所は、辻沢が隠れ遊里だった江戸のころしばしば起こった遊里狩りに、粋客たちや位の高い遊女を逃がすために造られたと言われている。遊里がすたれた昭和には、どこへ通じているのか、どのくらいの規模なのか知る人もいなくなってしまった。そして、明かりも届かずところどころ内壁が崩れて汚水や雨水に浸食され、ネズミの死骸やコウモリの糞の悪臭漂うこの場所は、呪われた輩の棲みつく魔窟となってしまった。  今夜は満月だ。満月と新月には大潮が発生し、地下道の呪われた輩が蠢き出す。潮の満ち引きに合わせてあの世がこの世に近づくからと言われているが、同じく呪われた身である鬼子もまた、閾を超えて発現する。「あたし」がボクになる「潮時」が来たのだ。潮時の深夜になるとボクは必ず地下道にいて呪われた輩を夜通し狩り続ける。それがエニシに縛られたボクの衝動だからだった。  地下道に降りる時分はまだ意識はあるが、しばらく彷徨ううちに理性が真紅の被膜に覆われ、眼前の障害を排除することに支配される。  くるぶしまで汚水が浸る緩やかなカーブを歩いていると、人影がこちらに近づいて来るのが見えた。暗闇に浮かぶ金色の瞳、唇を突き破って鈍色に光る牙、胸元を赤黒く染めているのは首の傷から出た血の前掛けだ。ヴァンパイアに捕食された者の成れの果て。未来永劫濁世に留まり、死滅さえ許されぬ亡者。屍人だ。それが数メートル先で立ち止まり、「あたし」の名前を呼んだ。 「ウチら友達だよね」  無論ボクに覚えはない。ボクが暗闇にいる間の「あたし」の知り合いなのだ。屍人は旧知に出会うと己の存在理由を問うてくる。それに応じなければ襲われることはないが、応じればその凶暴な牙を剥く。それをボクは敢えて言葉を返す。 「うん。友だちだ」 刹那、屍人は距離を詰めボクの喉元に銀牙を突き立てて来た。それをかがんで避け、勢い余って突き出た屍人の顎に頭突きを食らわす。暗闇に散る火花と銀牙がかみ合う金属音。屍人は宙を飛び背中から汚水に叩きつけられる。立ち上がりかける屍人に飛びつき馬乗りになって、頭を両手で掴み首を捻じると骨がひしゃげる音が汚水を揺らす。そのまま首を捻じ切り持ち上げると、黒
last updateLast Updated : 2025-07-09
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1-5.ヴァンパイアの実在(1/2)

 夜通し「辻沢の鬼子」で検索しまくったけど結局分かったのは、「牙(時に角)が生えて生まれた赤子のことを言い、多くは縊り殺されるか辻に捨てられ生き延びた者も浮浪の生を強いられる」といった民俗学者による鬼子(おにご)の一般的な説明ぐらいで、ゼンアミさんが言ったのは「おにこ」だったし「辻沢の」っていうバナキュラー(土着)な感じがまったく掴めずじまいだった。ギュルル。腹が鳴った。時計を見る。七時過ぎてるし。とりま朝メシ。 リビングに降りて行くと、いつもは朝ごはんの用意をしてくれているミユキ母さんがいず、その代わり学校がない日はたいがい昼まで起きてこない冬凪がソファーに寝転んで紙本を読んでいた。「おはよ。ミユキ母さんは?」「大学」「早くない?」「会議とかそういうのだって」 大学って休みとかに早朝会議するんだ。「朝ごはんは?」「食べたい」「クロックムッシュ作るけど」「異端の?」「異端の」 うちではレシピ本通りでないのを異端という。「頼んだ」 本を読んでる時の冬凪はいつもこんな感じで素っ気ない。 食材棚からホワイトソースの元を、冷蔵庫からハーフベーコン4枚入り、ピザ用とろけるチーズ、バターと牛乳を取り出す。 レンジの魚焼きに食パンを二枚入れて八分間中火で焼く。その間にフライパンでベーコンに火を入れながら、片手鍋でホワイトソースの元を一欠けミルクで溶いてバターを入れ、とろとろになるまで練る。ネットで見たレシピだと小麦粉と牛乳とバターからベシャメルソースを作るとあったけどこれで省略。ここが異端。ベーコン(普通はハム。ここも異端)が焼けたら(カリカリにする人いるけど、あたしも冬凪も焦げないほうが好き)キツネ色になった食パンの片方に乗せる。食パンの両方に上からホワイトソースをまんべんなく掛けてピザ用とろけるチーズをいっぱいのせる。オーブントースターに入れ、表面に焦げ色がつくまで焼く。焼けたら取り出してベーコンを挟む形で二段にした上で三角に切って一つずつお皿に盛って完成。それをソファーで寝そべっている冬凪に渡すと、冬凪はお皿を受け取って、「あざす」
last updateLast Updated : 2025-07-10
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1-5.ヴァンパイアの実在(2/2)

 あっという間に食べ終わって、こぼれたチーズとホワイトソースを嘗めとろうとしている冬凪からお皿を奪いカプチーノのカップを渡す。「冬凪は今、何の調査してるの?」 我ながらおいしくできた異端クロックムッシュに齧り付きながら聞いてみると、「二十年前の辻沢町役場倒壊事故とその周辺で起きた辻沢町要人連続死亡事案について」 論文のタイトルみたいな返事が返って来た。役場倒壊事故は園芸部の現プロジェクトがそれを契機にしているのであたしも知っている。「事故で亡くなった人って辻川元町長と町長室の女性秘書以外にもいたの?」 発生した時間が深夜だったため犠牲者は町長室にいた二人だけだったはず。「あの事故の前後でね」「前後?」 冬凪が人差し指と親指でL字を作ってあごに充てた。長話をするときは必ずこのポーズになる。「辻沢町の町章って木の芽に六つの山椒粒があしらわれているでしょ」 そうだっけ? だけどとりあえず、「う、うん」「あの山椒粒の由来が六辻家っていわれる辻沢の六つの旧家なの。その筆頭が調家なんだけど、そこのご当主の調由香里という人が自宅で首無し死体となって発見された。それが四月。役場倒壊事故で辻川元町長が亡くなったのが七月。その日の未明に辻沢の旧家が集まる六道辻で、今はヤオマンに吸収合併されたけど、もとは辻沢の地所をほぼ手中に収めてた辻沢建設の千福オーナーが亡くなってる。当時の辻沢の長老ね。それから二か月後の九月に辻沢のお屋敷街の自宅でヤオマンHD前会長が亡くなった。調家の奥様以外は事故扱いだけど、千福オーナーもヤオマンHD前会長も家ごと吹き飛んだんだって。どっちの現場も今も残ってて爆心地って呼ばれてる。役場の倒壊事故もその前に町長室の下にあった議事堂が爆発炎上したことが原因という報告がある。まるで爆弾でも仕掛けられたみたいにね。これらが半年の間で起こったんだから何かあると思わないほうがおかしい」 亡くなったヤオマン前HDの会長って現会長のダンナさんで十六夜にとっては義理のお父さんだ。けれど十六夜がお父さんの話をしているのを聞いたことがなかった。それにしても、なんで冬凪がそんな調査をしてるのだろう。
last updateLast Updated : 2025-07-10
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1-6.人柱の内実(1/2)

 リビングの窓からは庭一面に咲いたマリーゴールドが橙色の絨毯を敷いたように見えていた。毎年この時期になるとミユキ母さんが近くのヤオマンホームセンターで株をたくさん買ってきて植えるのだ。早くに亡くなったお姉さんのためって聞いたけど、ミユキ母さんもお仏壇に飾られてるおばあさんの養女だというから、あたしと冬凪のように血のつながらない姉妹のはず。つまりここは代々こうした者同士が肩身を寄せ合って暮らしてきた家なのだ。あるときミユキ母さんにどうしてあたしたちを養女にしたかを聞いてみたら、いつものやさしい笑顔で、 「施設であなたたちに初めて会った時とっても可愛くて、つい」  と言った。冬凪と二人で、それってイッヌやヌコの時のリアクションじゃね? って言い合ったのはさておき、ミユキ母さんには子が生せない理由があるのは分かっている。それはパートナーが女子だから。なかなか家に寄りつかないクロエちゃん。N市で一番流行ってるガルバ「Reign♡in ♡blood」の経営者で、趣味で出資してるeゲームチームについて世界中を飛び回ってる人。因みにR♡I♡Bは女の子専用で、お客さんはちろんスタッフもみんな女の子だ。一度だけ、ミユキ母さんに内緒で行ったことがあるけれど、派手さのない癒やしの空間にきめ細やかで思いやり溢れるサービスをしてくれた。なによりお話が楽しかった。その時同伴してくれたクロエちゃんが、 「リアルな人間関係に疲れた女の子がファンタジーを求めてリピートする」 って言ってて、なるほどなって思った。  庭のマリーゴールドからとりとめも無く連想を続けていると、クロックムッシュでお腹を満たした冬凪が、手にしたカップの中を指しながら、 「シナモン?」  と聞て来た。カプチーノはとっくに冷めてしまっているだろう。 「山椒嫌い?」 「嫌いじゃないけど摂取すると夢見が悪いから」  まさか冬凪もクチナシの人の夢、見てないよね。  「シナモンだよ」  それを聞いてから安心した様子でカップを口に持って行ったのだった。  シナモン付き牛乳ひげをはやした冬凪に、 「ゼンアミさんがさ、人柱に辻沢の鬼子を使うって言ったんだよね。何のことか分かる?」  と聞いて
last updateLast Updated : 2025-07-11
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1-6.人柱の内実(2/2)

 中身を読むと冬凪の言いたいことが分かった。  昭和の始め、ある農村の橋の工事に従事したが、軟弱な地盤と頻繁に起こる出水のために基礎が何度も流されて工事が難航した。繰り返すやり直し工事に資金も尽きて惣太さんは工事自体を放棄しようというところまで追い詰められてしまっていた。そんな惣太さんを助けるため奥様のヨネさんも故郷の親戚に6人の子供たちを預け、乳飲み子一人連れて飯場に住み込み、飯の炊き出しや洗濯などの手伝いをしていたのだった。ある日の休憩時、一天俄に掻き曇り大粒の雨が降って来た。その時、干していた作業員の洗濯物を取り込もうと外に走り出したヨネさんを落雷が直撃する。おんぶしていた娘ともども即死だったそう。突然の不幸に落胆する惣太さん。六人の子供たちに母親と妹の死を報告するため一旦は田舎に帰ったけれどそれもつかの間、工事現場に戻り破綻覚悟で作業を続けることにした。ところが、それからというもの嘘のように出水もなくなり工事も順調に進んで橋は工期ぎりぎりで見事に完成した。農村の人たちはそれを母娘のおかげとし、有志の女性たちの発案によって橋のたもとにお地蔵さんを建て「母娘(ははこ)地蔵」と名付けて慰霊碑とした。 「母娘の犠牲で橋が完成する。なるほどこれは人柱だね」 「後付けだけど話柄がね。昔話や口承では、先に人を生き埋めにしたり水に沈めたように伝わってるけれど、現実にはこういうことだったんじゃないのって思う」 「ゼンアミさんも本気で人を埋める気なんてないって事かな」 「まあ、AIだからリファレンス次第だと思うけども」  冬凪はそう言うとあたしの手から紙本を取り上げて、 「少し寝る。昨日は徹夜だったんだ」  と、テーブルの上に積み上げた紙本を抱え、自分の部屋へ戻るため階段を上って行ってしまった。  人柱のことはともかく、肝心の「辻沢の鬼子」はスルーされたと感じたのはあたしの思い過ごしだろうか?  二階から冬凪が、 「そうだ。夏休みのバイトどうする?」 「まだ決まってない」  張り上げ気味で返事をする。冬凪もあたしもお小遣いはもらっていないのでバイトをしなければカフェテラスの10円アイスも買えないのだけれど、学業優先、バイトは長期休暇だけ、がミユキ母さんの方針なので夏休みは大事な稼ぎ時だった。ヤオマンのプロジェクトのほうはロッ
last updateLast Updated : 2025-07-11
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1-7.「帰って来た」辻川町長(1/3)

 七月も中旬に差し掛かった前期テスト前のお昼休み、教室の隅で十六夜と二人でお弁当をしていると、少し離れた席でアスカとミクが卓上ホロを表示させながら話をしていた。 「これ、昨日見つけたんだけど、あの人のファンサイト」 「あの人って、アスカの夢に出て来るクチナシの人?」 「そう。有名な絵師さんがイラスト寄せててさ、うちが見たまんまなの」 「どれ、ほー、バリイケメンじゃん。これはみんなが夢中になるの分かるよ。ワンチャンFC(ファンクラブ)とか?」 「うん、ある。一つ確認してて入ろうか迷ってるとこ」  響先生が言ってた夢の話って本当なんだ。どんだけの子が見てるんだろう、あの夢。十六夜も見てたりするのかな? 「十六夜、あのさ」 〈♪ゴリゴリーン。三年A組、前園十六夜さん、藤野夏波さん。お客様がお越しです。至急、校長室まで来てください。♪ゴリゴリーン〉 「呼ばれたな」  十六夜が長い首をさらに伸ばし教室の空気の流れを探るかのようにして言った。 「うん、呼ばれた。校長室に来いって」  十六夜のお弁当はいつもの十六雑穀米おにぎり一つ(普通大)だからもう食べ終わっていたので、包んでいたラップを丸めて側のごみ箱に投げ入れ、 「ブザービーターっと。じゃ、行こか」  あたしは自作のゲロゲロゲロッパのキャラ弁でゲロッパ残しに挑戦中だったから、大急ぎで残りのほぼ半分を口に入れる羽目になった。頬っぺたパンパンのそぼろご飯を水筒の麦茶で胃の中に流し込む。グエッホイ! むせ返った。てか、最後のホイってなに? 「ちょっと待つ?」 「らいじょうむ(大丈夫)」  本当は歯磨きとかしたかったけど(そぼろが歯の間に侵入中)お弁当箱をカバンにしまって十六夜を追いかけ廊下に出た。  十六夜と二人で呼び出されるときはいつも園芸部員としてだ。今回もおそらくは他校のメタバース関係者がゼンアミさんの枯山水でも見学に来たのだろう。園芸部にとって枯山水はすでに過去のプロダクツだが、それでバズって今があるから、外からの認知が「枯山水の」辻女園芸部なのはありがたいことだった。  簀の子の渡り廊下を駆け抜けて教務棟の木造校舎に入ると鳩のフ
last updateLast Updated : 2025-07-12
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