あの子と繋がれた赤い糸のことを「鬼子のエニシ」というと、後から夕霧太夫に聞いて知った。今こうして自分の薬指を見ると、うっすらと赤いエニシの糸が見えている。それはあの子がいるほうに向かって伸びているが途中で消えて見えなくなっている。あの子にもこの糸のことが見えているといいけれど、それは分からない。 夕霧太夫が、あの子がいる暗がりに向かって頷いていた。それを機にローファーの足音が地下道の中を遠のいて行くのが聞こえてきた。今夜のボクの鬼子使いは夕霧太夫が務めてくれるようだった。 あの子と鬼子のエニシを結んだ後も、ボクは潮時毎に目覚めては殺戮の衝動を抑えられず、いてもたまらなくなって街に繰り出しては獲物を探していた。それをあの子がエニシの力で地下道や青墓の杜に誘導しれくれなかったらボクはどれだけの人を犠牲にしたかわからない。けれども、あの子も鬼子使いになったばかりは、ボクのことを完全に制御できたわけではなかった。時にボクは暴走し、街の灯に向かって駆け出す事があった。そういう時どこからともなく夕霧太夫が現れて、ボクに真っ正面からぶつかってきた。暴走したボクにとって目の前に現れたものは屠るべき獲物でしかなく、それが自分に数十倍する力量の夕霧太夫であっても関係なかった。ボクは巨大な岩のように立ちはだかる夕霧太夫に勝負を挑んだ。夕霧太夫は人を超えた力を持つ鬼子のボクをいとも簡単にあしらった。何度も立ち上がり何度も挑みかかったけれど、ボクは夕霧太夫を退けることができなかった。そしてボクが闘い疲れて地面に突っ伏して動けなくなると、さっきのようにあの子に頷いてどこかへと去って行った。そうしたことが数年の間続いたけれど、ある日ボクは夕霧太夫に一太刀浴びせることに成功した。それまで闇雲に攻撃を繰り出していたのを、一歩下がって相手の隙を見極め攻撃したことが功を奏したのだった。「できるようになったじゃない」 夕霧太夫がボクが付けた頬の傷を指で撫でながら近づいてきた。その赤い血を拭き終わったとき夕霧太夫の頬はもとのままの透き通るような肌に戻っていた。それを見ながらボクは自分の異変を感じ取っていた。(考えた) そう。ボクは初めて頭を使って闘っていたのだった。今から思うとそれまでの全ての戦いは夕霧太夫による特訓だったのだ。
Last Updated : 2025-07-22 Read more