All Chapters of ボクらは庭師になりたかった~鬼子の女子高生が未来の神話になるとか草生える(死語構文): Chapter 51 - Chapter 60

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No.2 夕霧太夫(2/3)

 あの子と繋がれた赤い糸のことを「鬼子のエニシ」というと、後から夕霧太夫に聞いて知った。今こうして自分の薬指を見ると、うっすらと赤いエニシの糸が見えている。それはあの子がいるほうに向かって伸びているが途中で消えて見えなくなっている。あの子にもこの糸のことが見えているといいけれど、それは分からない。 夕霧太夫が、あの子がいる暗がりに向かって頷いていた。それを機にローファーの足音が地下道の中を遠のいて行くのが聞こえてきた。今夜のボクの鬼子使いは夕霧太夫が務めてくれるようだった。 あの子と鬼子のエニシを結んだ後も、ボクは潮時毎に目覚めては殺戮の衝動を抑えられず、いてもたまらなくなって街に繰り出しては獲物を探していた。それをあの子がエニシの力で地下道や青墓の杜に誘導しれくれなかったらボクはどれだけの人を犠牲にしたかわからない。けれども、あの子も鬼子使いになったばかりは、ボクのことを完全に制御できたわけではなかった。時にボクは暴走し、街の灯に向かって駆け出す事があった。そういう時どこからともなく夕霧太夫が現れて、ボクに真っ正面からぶつかってきた。暴走したボクにとって目の前に現れたものは屠るべき獲物でしかなく、それが自分に数十倍する力量の夕霧太夫であっても関係なかった。ボクは巨大な岩のように立ちはだかる夕霧太夫に勝負を挑んだ。夕霧太夫は人を超えた力を持つ鬼子のボクをいとも簡単にあしらった。何度も立ち上がり何度も挑みかかったけれど、ボクは夕霧太夫を退けることができなかった。そしてボクが闘い疲れて地面に突っ伏して動けなくなると、さっきのようにあの子に頷いてどこかへと去って行った。そうしたことが数年の間続いたけれど、ある日ボクは夕霧太夫に一太刀浴びせることに成功した。それまで闇雲に攻撃を繰り出していたのを、一歩下がって相手の隙を見極め攻撃したことが功を奏したのだった。「できるようになったじゃない」 夕霧太夫がボクが付けた頬の傷を指で撫でながら近づいてきた。その赤い血を拭き終わったとき夕霧太夫の頬はもとのままの透き通るような肌に戻っていた。それを見ながらボクは自分の異変を感じ取っていた。(考えた) そう。ボクは初めて頭を使って闘っていたのだった。今から思うとそれまでの全ての戦いは夕霧太夫による特訓だったのだ。
last updateLast Updated : 2025-07-22
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No.2 夕霧太夫(3/3)

「おいで」 そう言うと、夕霧太夫は地下道の階段を上って行った。外に出るとバイパス沿いにあるラブホテルの駐車場に降りて行く。ボクもその背中を追って行くと、そういった駐車場には似つかわしくない真っ赤なオープンカーが止めてあって、その横で夕霧太夫がドアを開けて待っていた。「乗りなよ」 助手席に収まる。夕霧太夫が運転席に乗り込みエンジンをかけるとその振動がお腹の底から響いきた。続いてタイヤのきしむ音と猛発進。飛び出すように駐車場を後にした。(どこへ行くの?) まだ東の空は暗かったから「あたし」に戻る時間ではなさそうだった。「見せたいものがあるんだ」 夕霧太夫はそう言っただけであとは黙ったまま車を走らせた。金色の瞳で前方をまっすぐ見てハンドルを握っている。進んでいるのは辻沢の西山地区の山並みをへくねくねと伸びるワインディングロードだった。 辺りが山林になって峠の手前まで来ると、車はジャリを敷いた駐車スペースに停まった。「少し歩く」 夕霧太夫について暗闇の森の中に足を踏み入れる。夕霧太夫を追って杉木立の細い道を歩いていくうち突然視界が開け、すり鉢状の窪地が眼下に広がる場所に出た。その底にみすぼらしい鳥居と社殿だけの神社が鎮座していた。「鬼子神社。前にも来たよね」 ボクが赤い糸でぐるぐる巻きにされて連れてこられた、あの神社だった。 夕霧太夫とボクは、すり鉢の斜面を降りて鳥居をくぐり、社殿の階を上って中に入った。中は明かりも無く暗かったが、何かの気配を感じた。気配のする方を目を移すと、埃が積もった床に人らしきものが二体転がしてあった。二人は夕霧太夫やボクと同じく、明けたままの瞳が金色で口元から銀牙が覗いていた。(鬼子?)「そう」(死んでる?)「近づいて見てごらん」 ボクはその一人の片脇に膝を曲げてしゃがみ胸のあたりを注視した。するとその胸は小さく上下して息をしているようだった。さらにその下、お腹を見て驚いた。(妊娠してる) お腹がふっくらと大きくなっていたのだった。その隣の鬼子も同じだった。何故驚いたか。「そう。鬼子は子を生さな
last updateLast Updated : 2025-07-22
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1-17.六道辻の爆心地(1/4)

 8月1日。今日からいよいよ六道辻で遺跡調査のバイトだ。外は見事に晴天で気温は朝からすでに26度、日中には35度まで上がると予報が出ている。これから炎天下で穴掘りか。地獄への片道切符を握りしめている気分だった。「夏波、行くよ」 冬凪が玄関で呼んだ。クーラーボックスを任されているあたしは、朝起きて用意したおにぎりを六つと冷蔵庫から4リットル分の飲み物と保冷剤を入れて玄関に向かった。一人2リットルの麦茶とスポドリ。半分は凍らしてある。「本当にこんなに水分補給するの?」 冬凪は、上は赤い長袖冷感Tシャツにカセンのチョッキを着て、下はワークパンツ姿にゴム長靴を履いてる。Tシャツの色が青ってだけで、あたしと同じ格好だ。違うのは登山用の大きなリュックを背負っていること。その中身は汗拭きタオル十枚と二人分の着替えだ。パンツの代えまで入っている。「死にたくなければね。それとこれがあれば一日働ける」 と言ってお腹の辺りをまさぐると冬凪の背後からファンが回る音がしだした。「今世紀最大の発明品、空調服。ガテンの夏のマストアイテム」 冬凪ってばガテンって言ってしまったよ。ヘルメットにツルハシ持たせたらまじ親方だけども。 バ先の六道辻への行き方は通学とほぼ一緒で片道おおよそ一時間ってところ。N市駅(駅まではチャリ)から宮木野線で辻沢駅、辻バスで辻女前経由の大曲行きに乗って辻女前から3つ目が六道辻だ。〈♪ゴリゴリーン。次は六道辻。あなたの後ろに迫る怪しい影。降車後は猛ダッシュでお帰り下さい〉 バスを降りると、すでに空気がむっとしていた。六道辻というだけあって街中からきた道がここで五つに分かれていた。冬凪はその真ん中の一番大きな道を進み出す。あたしはクーラーボックスの重さを肩に感じながら冬凪について行った。「ここの車内アナウンス、怖がらせすぎくない?」「『帰ってきた』辻川町長がここで掠われたからね。バス停と、ほらあそこに見えるお屋敷の短い間だったって一緒にいた子が証言してる」 冬凪の指さした先には竹林に潜むように大きな藁葺き屋根のお屋敷があった。「じゃあ、あれが」「そう、旧辻川邸。今は調邸だけど」
last updateLast Updated : 2025-07-23
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1-17.六道辻の爆心地(2/4)

 見渡す限りの赤土。巨大なお玉ですくい取られた味噌桶のよう。ここも元廓のように雑草が生い茂る見捨てられた場所だったはずだが、遺跡調査の名目で綺麗に取り除かれたのだろう。野球グランドほどの面積で、周囲は鉄パイプの枠組みに白い防護シートの遮蔽幕が巡らされている。敷地の真ん中あたりに大きな盛り土があってそれを踏みつけるように黄色いショベルカーが日に晒されていた。入り口とおぼしい場所の近くに二軒の簡易ハウスが置かれ、その周りに作業服にヘルメットをした人が大勢たむろしていた。「藤野冬凪と夏波です」 冬凪が受け付けテーブルの前で挨拶した。「ナギちゃん。来たね。そちらが言ってたお姉さんかい? ならきっとナギちゃんレベルで穴掘りできるね。よろしく頼むよ」 早速、期待値マックスで焦る。「あたし体力自信ないんだけど」「大丈夫、最初から穴掘りとかさせらんないから」 痛った。巨樹にぶつかった。と思ったらでっかいおじさんで、身長はおそらく二メートル超え、肩に担いだシャベルが子供用スコップに見える。「すいません」「うー」 遙か上空からうなり声が降ってきた。簡易ハウスの戸口まで行って冬凪に、「やっば、でっかいおじさんにぶつかったよ」「ユンボくんね。あの人おじさんじゃないよ。あたしらと同い年の高校生」 マジか。「ちなみにあの武者髭の人も高校生。小ユンボくん」 ユンボくんの隣に小柄なおっさん顔の人がいた。自衛隊がするような鉄兜を目深に被っていて、着ているスポーツTシャツが筋肉ではちきれそう。「ユンボ要らずの堀り手だよ。二人ともめっちゃ無口だけどいい人」 ユンボ、ユンボって。あー、あれのことだ。爆心地の真ん中の黄色いショベルカーが目に入った。「むしろ、隣に立ってる人は高校生に見えるけどおじさんで、あの二人を雇ってるブクロ親方。池袋? 傘袋? 何袋かは知らない」 ユンボブラザーズに話しかけている人は、痩せていて顔つきはたしかに若く見えた。 こう見ると若い人が多いバ先のようだけど、高校生バイトを受け入れているのは辻沢町だけらしく、普通は40代から60代しかいないの
last updateLast Updated : 2025-07-23
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1-17.六道辻の爆心地(3/4)

 九時になって集合が掛かった。ハウス前にヘルメットと作業着姿の男性六人、女性五人の作業員が集まった。それ以外のマスクを付けている三名が調査会社の人で、合わせて十四名。全員空調服を着ている。着ない人は作業させるなコンプライアンス発動中のとこと。「それでは入場説明会を始めたいと思います。私、本調査班長を務めます、アカと申します。赤ちゃんの赤と書きますが、語尾はでちゅとは言いませんでちゅ」 作業員の中からめっちゃ薄い笑いが起きた。赤さんは小柄で痩せた親方然としたおじさん。「そして、こちらが副班長で佐々木くん。そっちが記録の曽根くんです。よろしくお願いします」 佐々木さんは作業服を着慣れた感じの中年男性でさっき受付にいた人。曽根さんは真っ新な作業服を着た若い男性。大学生に見えなくもない。「「「「「「「「「「「よろしくお願いします」」」」」」」」」」」 意外にみなさん元気に挨拶。それから順々に簡単な自己紹介があって、「それでは本遺跡の説明に参りたいと思います。足下に気をつけて付いてきてください」 赤さんを先頭に全員ぞろぞろと爆心地の中を歩き出した。「本遺跡は千福家邸跡地庭園遺跡(仮称)といいます。ここは皆さんよくご存じの20年前に爆発粉砕した千福家の屋敷があった場所です。その後放置されてきましたが、このたび千福家の相続者が新居を造営するに伴い、町の教育委員会から試掘調査の依頼を受け実施しました」 泥がブーツにこびりついてだんだん重たくなってきた所で、赤さんが、三畳分くらいの縦長に長方形に掘られた穴の前で立ち止まった。「試掘の結果、いくつかの遺構が発見されまして、まず最初に見つかったのがこのトレンチ穴の底に見えている、遣り水遺構です」 トレンチとは? この穴のことなんだろうと流す。穴を覗き込むと底に一メートルほどの幅で丸石が敷き詰められてあった。それが穴の上下に渡って続いている。六道園にもこのような遣り水があったのを思い出した。「室町時代、京都から辻沢に有名な庭師がやてきて作庭をしたという記録が古い資料に残ってました。これまでそれがどこなのか、事実かどうかもわからなかったのですが、今回の試掘でどうやらそれが事実でこの場
last updateLast Updated : 2025-07-23
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1-17.六道辻の爆心地(4/4)

「夏の間は、四十五分働くと十五分の小休止が入るんだけど、今日は作業でなかったからね」 と冬凪が申し訳なさそうに説明してくれた。「このあと穴掘りなの?」「違うと思う。多分ハウス周辺のお掃除」 休憩が明けて、ハウスの後ろに積まれた雑草の山をゴミ袋に詰めて防護シートの外に出す作業をみなさんでした。その量は巨象の食餌一年分ぐらいあった。「ここに置いておくとゴミ運搬車が持って行ってくれる」 のだそう。 夏の太陽が頭上にあってじりじりと圧を掛けてくる。隠れる木陰もない場所で、雑草をゴミ袋に詰め数メートル運ぶだけで大汗だ。頭を下げるとヘルメットから汗が滝のように落ちてくる。みなさんも顔を真っ赤にして作業をしていた。そんな中、やはり活躍したのはユンボブラザーズで、胸いっぱいに抱えた雑草を腕力で圧縮しゴミ袋に詰めては防護シートの外に放り投げるを繰り返していた。おかげで作業は進み、雑草の山の三分の一が片付いた。「お昼でーちゅ」 懲りない赤さんの号令でみなさんからほっと声がもれた。 冬凪とハウスに戻り、凍らせておいたスポドリをがぶ飲みする。喉に落ちて冷たさが胃に至るまでに体の熱気を奪って、火照った体が一気に冷えるのが分かった。ここに来て大量の飲料の必要性を実感する。必要なのは水分でなく低温だったのだ。 汗になった長袖Tシャツや下着を着替え、ほっと一息。用意したおにぎりを食べる。「足りなくない?」 朝、少なすぎるかなと思って冬凪に聞いたのだったけれど、「用意して貰っても食べられないから」 と言われてたのだった。全部食べられる気はしたけれど、あの炎天下の中で作業して吐かないか心配になって一つ残した。 休憩は40分以上残りががあった。散歩でもしようと外に出たら、「挨拶しに行こう」 冬凪が一緒に出てきて誘われた。誰に? と思ってついて行くと防護シートの外に出て行く。道に出るかと思えばそうでなく防護シートに沿って歩きだした。そのまま千福家の敷地内の竹林に入って竹の枯れ葉を踏んで行くと緑に染まった空間があって冬凪はそこで立ち止まった。「爆発の時に残った建物だよ」
last updateLast Updated : 2025-07-23
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1-18.千福まゆまゆ(1/3)

 冬凪は右手の白い漆喰壁の土蔵に歩いて行く。その観音開きの漆喰扉には右に山椒の木の芽、左に六弁の花が彫刻されてあった。「これすごいね」 あたしと一緒にその重い扉を開けながら冬凪が、「鏝絵(こてえ)だよ。大工さんが鏝だけで描く装飾。右は六辻家の印の山椒で、左はクチナシを象っている。千福はクチナシの別名だからね。ちなみに爆発前の屋敷には年中クチナシの花が咲き乱れていた」と言った。クチナシって年中咲くんだっけと思ったがスルーした。扉を開けきると中にも重厚な格子引き戸があって、それを開けるとギシギシと砂を擦るような音がした。「どうぞ」 促されるまま土間で靴を脱いで上がる。外の暑さとは打って変わって中はひんやりとしていて背中の汗がすっと引いた。ものすごく年を経た物品の匂いに混じってかすかだが甘い香りがしている。「誰に挨拶するの?」「まあ、ついておいでよ」 冬凪が格子戸を閉めると、もともと暗かった蔵の中はいっそう暗くなり、周りに何があるか分からなくなった。木の床は磨き上げられているのかつるつると滑り、転ばないようにするのに苦労した。さらに奥に進むと、蔵の中心あたりに小柄な人くらいの、白地に五弁の花が金彩された和服の市松人形が置いてあった。冬凪はその前に正座し、あたしにもそうするように促した。そして、「藤野冬凪がまいりました。ご機嫌麗しう」 と挨拶した。その市松人形はデカい音声モニターになっているのだろう、「「冬凪さん? こんにちは。お連れのかたはどなた?」」 と返事があった。接続が悪いのか声が割れて聞こえる。「姉の藤野夏波です。このたびお屋敷にお邪魔させていただきたくご挨拶に参りました」 と言ってあたしに挨拶するように手で合図する。あたしはどこの誰かも知れない人にどう挨拶すればいいか分からなかったので、「誰?」(小声) と聞いたが、冬凪はとにかく挨拶をと言う。「えと、藤野夏波です。初めまして?」 これでいい? と冬凪に目で合図する。沈黙がいやな間を創る。その気まずい感じを破るように突然排気音がして市松人形が縦に二つに割れた。そして開いた体の中から、
last updateLast Updated : 2025-07-24
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1-18.千福まゆまゆ(2/3)

 その少女は小学生くらいのあどけなさが残るかわいらしい顔つきをして、出てきた意味あんのっていうほど市松人形の色柄そっくりの和服を着ていた。千福家の娘さんだろうか。三つ指をつき丁寧に頭をさげ、「「お初にお目に掛かります。千福まゆまゆと申します」」 やっぱ声が二重に聞こえる。「「この度は、調査にご協力いただきありがとうございます。千福家を代表して私どもからお礼申し上げさせていただきます」」 代表して? わたくしども? 冬凪に説明を求める目を向けると、「千福家の御当主だよ」 遺跡調査の施主様だった。勝手に年寄りなのかと思ってた。「遺跡調査は初めての経験ですが一所懸命頑張ります」 と意気込んで言うと市松人形の中の人は、「「遺跡調査? はて、なんのことでしょう?」」 と冬凪の方を見て言った。「夏波にはのちのち説明します」冬凪が言いにくそうに答える。なんだか不穏な空気を感じたが冬凪があたしを騙すはずないので何も言わずにおいた。「「それでは早速」」 と千福まゆまゆさんが立ち上がり市松人形の腹の中に左手を差し出した。まるであたしに中に入るように促しているように見えた。すると冬凪が、「今日はご挨拶のために参りましたので、実見は今度ということに」「「左様ですか。では今度のご来訪を楽しみに」」 と言いながら市松人形の中に入り、左右に開いた胸元を掴みながら、「「さようなら。では、また今度」」 と最初のように閉じこもってしまった。「さようなら」 そして吸気音がした後、市松人形は反応がなくなった。「どういうこと?」「いずれね。夏波もきっと気に入ると思うよ」 こいつやっぱり何か企んでるな。 土蔵を出ると熱気のせいですぐに額に汗が浮いた。竹林の中を歩いていても体中が汗ばんでくる。前を歩く冬凪に気になったことを聞いてみた。「なんであの人が話すとき二重音声みたく聞こえたの?」「双子だからじゃない?」「一人だった、よね?」 まさかあたしには見えてない人がい
last updateLast Updated : 2025-07-24
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1-18.千福まゆまゆ(3/3)

 午後も引き続き雑草の山の片付けだった。獅子奮迅の働きをするユンボブラザーズは別して、他のみなさんは灼熱の太陽にエネルギーのほとんどを吸い尽くされた感じで、赤い顔で作業をしていた。そんな中、冬凪はと言うと、ユンボくんたちが抱えやすいよう雑草の束を渡してあげたり、ビニル袋を広げてあげたりと、ユンボブラザーズのサポート役をしっかりこなしていた。「小休止です」 赤さんの号令が掛かる。みんながハウスに戻るのについて行く。用意したクーラーボックスのスポドリと麦茶をがぶ飲みしてようやく、頭が痛み出したのを抑えることが出来た。十五分経って、「始めまーす」 と集合が掛かる。作業している雑草の山に向かうと、雑草から湯気が立っているかと思ったら陽炎だった。「今日中に終わるのかな」 暑さのせいなのか、午前中より明らかに作業スピードが落ちている気がした。「終わらなくても大丈夫だよ。今日は赤さん、みんなの働きぶりを見てるだけだから」 そうか、まだ試用期間扱いなのか。 その後、二時半の三十分休憩、三時半時の小休止を経て四時十五分になって、「道具片付けて終わりにしましょう」 となった。あたし至上一番長い日だった。女子用更衣室になるハウスで着替えをする。びしょびしょになったTシャツやヘルメットの下に巻いたタオルを用意したビニル袋につめながら、こんなに人って汗をかくものなのかと驚いた。下着も替えた。着替えを終えてスポドリを飲んでいたら冬凪に聞かれた。「感想は?」「生き延びたって感じ」 本気でそう思った。最高気温35度、炎天下の作業。現場の気温は40度を超えていた。言葉にするとそれだけだ。けれど、どんなに苦しくても学校の授業のようにフケられない中、頭痛い、汗が異常なほど出てくる、息苦しい、動悸が変だ等、バグり始めた自分の体と、「まだ大丈夫?」「もうダメかも知れない?」「まだいける?」と対話しながら「休憩です」と声が掛かるまで作業を続けなければならない。ティリ姉さん、もとい江本さんは、「ナミちゃん、いつでも木陰で休んでいいのよ」 と言ってくれたけど、あたしよりお年を召した人たちが黙々と働いていたらそんなこと出
last updateLast Updated : 2025-07-24
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1-19.水底の石舟(1/3)

 十六夜のことが気になってリング端末で連絡を取ったけれど反応なしだった。それで家のVRギアで六道園プロジェクトにロックインして十六夜がいないか確認しようとしたら、ゴリゴリバースがメンテ中なのか拒否られっぱなしだった。結局、十六夜の生存確認は月曜日に園芸部の部室からすることにした。園芸部のVRブースは、ヤオマンHD本社のシステム管理用高性能機種と同じもので大抵の障害なら余裕でスルーできるから、何かあってもプロジェクトへのロックインくらいは出来るに違いないから。 月曜朝。あたしはバイトが休みなので冬凪に飲み物とお弁当を用意して送り出した後、一時間くらいして学校に向かった。ミユキ母さんは夏休み初めから自分の調査フィールドに入っていて不在なので戸締まりをちゃんとしたか確認して出る。 宮木野線の汽車の車内はクーラーが効いていて快適だった。車窓から見えるのは、田んぼと畑と田んぼと畑と田んぼと畑と田んぼ。たまに竹林。ピーカンのお日様に照らされて暑そうだ。あの暑さの中で冬凪はじめユンボブラザーズやティリ姉さん、もとい江本さんたちは働いているかと思うと後ろめたい気がした。一日やったくらいでこんな気持ちになったバ先はこれが初めて。 やっと学校に着いた。辻バスを降りてからの道のりだけで大汗を掻いてしまった。ハンドタオルで汗を拭きながら部室の前に立つ。〈♪ゴリゴリーン。夏波、来たんだ〉 あー、うざい。生徒管理AIを再教育出来るんなら、あたしは一番に作法を教えるね。「夏波センパイ、来たんですか」 鈴風までかよ。「じゃ、スズ、あたし部室に戻るね。バイ」 もう一人いた子がそそくさと出て行った。〈訪問者様。さようなら ♪ゴリゴリーン〉マスクのあの瞳、見覚えがあるような。制服は辻女のだったのに生徒管理AIが名前を言わないってどういうこと? 「夏波センパイ、夏休みはもう来ないかと」「バ先のシフトが変わってね。月火と来ます」「そうなんだ」 なんか残念そう。あたしってば鈴風に嫌われてたのかな。「あ、VRブースの火、入れますね」 と二台のVRブースの起動スイッチを入れてくれた。ドコドコと起動の音が響く
last updateLast Updated : 2025-07-25
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