十六夜とあたしが乗った車は元廓(もとくるわ)に入った。道の両側は石垣に植え込み、高い塀が並ぶ。長いなだらかな坂道のテッペンあたりの、ここらで一番高そうな白壁のお屋敷の前で車が停まった。洋風の三階建て、南に向かう沢山の窓があった。後部ドアが開いて十六夜のストレッチャーが引き出されていった。スライドドアから降りてストレッチャーの横に並んで十六夜の手を握り直す。するとかすかだが十六夜が握り返してくれた。巨人の出入り口かと思うくらい高い鋼鉄製の玄関ドアが開くと、看護師らしき人がストレッチャーを引き取り、屋敷の奥へと運んで行ってしまった。黒服サングラスたちは無言で玄関から出て行ってしまい、あたしは自分の家の敷地くらいありそうな玄関ホールに一人取り残されてしまった。どうしようと思ったところに、「藤野夏波様」 急に呼びかけられた。まるで心の中に話しかけられたようで気味が悪かった。見回すと一抱えもありそうな白い柱の横に和装の女性が立っていた。「こちらへどうぞ」 和装の女性は背中を向けて、白い柱の向こうの大階段の下まで移動してまた立ち止まった。階段は映画に出てきそうな、正面が踊り場になっていて左右に分かれる豪壮なものだった。和装の女性について行ったけれど、真ん中は遠慮して端っこを歩いて上った。 二階に上がると、宮廷のような天井の高い廊下の赤い絨毯をひたすら真っ直ぐ歩き、ようやく一番奥の部屋へ通された。「お嬢様の処置が済みますまで、しばらくこちらでおくつろぎください」 そう言って和装の女性は部屋を出て行った。 通されたのは南に向いた明るい部屋で、ふかふかの絨毯に花柄の洋風応接セット、壁には暖炉がある客間だった。ソファの生地が綺麗すぎて汚したらと思うと座れなかった。取りあえず自分のカバンを部屋の端っこに置いて窓の外を眺めることにする。 窓からは辻沢の中心街が遠望出来た。駅前のひときわ目立つ白い建物は改築されたヤオマングランドホテルだろう。その少し先にスーパーヤオマン。青物市場らへんの10階建てのビルはヤオマン旧本社ビルだ。街道沿いに焼肉専門店ヤオマンBPCの看板が見える。宮木野神社の側が辻沢総合病院。志野婦神社の裏手がセレモニア辻沢、葬儀場だ。ヤオマ
Last Updated : 2025-07-19 Read more