歩き出して少しして屍人に出会った。その屍人は妾のことを見るなり近づいて来て、「鈴風。妾たち友達だよね」 と妾の本名で話しかけて来た。よく見るとそれは、妾が千福楼に来たばかりのころに仲良くしていた千景だった。千景は早くに金回りがいい男に見受けされだけれど、姑のいびりにあい手首を切って亡くなったと聞いていた。「お可哀想に、吸血鬼に嫁いでしまったようです」 赤さんが屍人の千景の首に明かりを灯した。暗闇の中から薄ぼんやりと浮き出た千景の細首は真っ白で黒血管が浮き上がり、その近くに赤黒い点々が見て取れた。それは信夫との邂逅の後妾の首に付いていたものと同じだった。吸血鬼に牙を突き立てられた跡なのだ。意外さと懐かしさとで思わず返事をしようとしたら、「受け答えをすれば襲われます」 赤さんの声がそれを制した。屍人の問いに応えれば襲われる。それは辻沢の人間なら当たり前に知っていることなのに、知り合いだからと屍人に心を預けてしまうところだった。妾は咄嗟に口を押さえて出かかった声を止めた。どんなに千景の問いかけに応えたかったか。そしてまだ幼いままの、妾がどこかへ置き去りにした純真さそのままの千景を抱きしめたかったか。 千景はいつまでも返事をしない妾を虚な眼で見つめながら、「鈴風は、返事をしてくれないんだ」 と一言呟くと、来た道をゆらゆらと戻って行ったのだった。 千景が去ったあとも、暗い道を赤さんの照らす微かな明かりを頼りに進んだけれど青墓の杜は静かだった。「今日はあまり屍人に出会わないのね」 古参の遊女の言葉からもっといっぱい屍人に出くわすと思っていたのだ。「今夜は特別な夜ですので」 それは知っていた。「潮時なんでしょう? あの世とこの世が近づいて屍人が集まるって」 声の
Last Updated : 2025-10-23 Read more