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81

これからの話

日が傾きかけた帰り道、ガラス張りのビル群がオレンジ色に染まっていた。夕陽の残光は高層階の窓に跳ね返り、道行く人の顔を淡く照らしていたが、通りにはすでに人の流れが少なくなり、空気には一日の終わりの静けさが漂っていた。コンクリートの地面に落ちる影は長く、風が吹くたびにふたりのスーツの裾がふわりと揺れた。そのなかで、今里と鶴橋は並んで歩いていた。ちょうど一件のクライアント先から出てきたところで、打ち合わせは円滑に終わった。やりとりも手応えもあって、少し肩の力が抜けたような感覚がふたりの間にあった。「今日の説明、助かったわ」今里がぽつりと言ったのは、ビルの角を曲がったあとだった。特に前を見てでもなく、目の前の空気に話しかけるような声音だった。「任せてください、パートナーですから」鶴橋は、少しだけ笑みをにじませて応えた。言葉に力はこめていない。けれど、嘘は一片もなかった。今の自分は、そのひとことを堂々と言えるだけの場所にいる。そう胸を張れるようになったことが、なにより嬉しかった。ふたりの間には、そのあと沈黙が訪れた。しかしそれは、以前のように怖いものではなかった。言葉がない時間が、ただそのまま空気のように流れていく。どちらかが何かを言わなければならないという焦りもなく、ただ並んで歩いていること自体が、会話になっていた。歩道の縁石を踏むようにして、鶴橋が一歩ずつ歩を進める。ふとした瞬間、手の甲が今里のそれに触れた。小さな接触だった。意図せず、けれど自然な距離のなかで起きた偶然。どちらもそれに反応しないようにしていたが、手はそのまま離れずに、隣を歩き続けた。「言葉なくても、伝わることもあるんやな」今里が不意に口にした。声は低く、けれど確信を持ったような響きがあった。鶴橋は、その意味を即座に理解した。今里のほうを向くと、彼は前を見たまま、口元をかすかに上げていた。「それ、今日だけで三回目ですよ」少し照れを含んだ声音で言い返すと、今里はほんの少し肩をすくめた。その動きが、少しだけ楽しそうだった。空の端から、鈍い音が響いた。雷鳴のような、まだ遠い気配。鶴橋が足を止めて空を見上げた。雲がひとつ
last updateDernière mise à jour : 2025-09-01
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