All Chapters of 幸福配達人は二度目の鐘を鳴らす: Chapter 21 - Chapter 30

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第21話

「でも、そんな年配でいい人なんて残ってる? それに、もう年取って頭禿げてるかもしれないわよ」「あら、いいひとなら残ってるわよ。もちろん。一世代前の人なら結婚はひとりとしかしていない人がほとんどだし、子供産んでセックスレスになってる人が多いわ。だから若い子が声を掛ければいちころよ。それに若いころに子供をつくっていても、その子が十五歳を過ぎていれば出産軽減税率の対象から外されているでしょう? そうなると所得が高い分税金も半端じゃないのよ。だからその対策として、新しい奥さんをもらって子供を産ませるのよ。それにね、ゆかりっち。頭禿げてるってことは男性ホルモンが高いってことでしょ? それってつまり年取ってても子供をつくる能力があるって証拠じゃない? アタシにとって結婚って、子供を産むことが第一の目的であって、愛のある結婚は二回目でいいかなって思ってるから。そのことで言うなら相手が既婚者で、子供がいる人っていうのがベターかな。だってその人が子供をつくる能力があるっていう証拠なわけでしょ? 結婚したはいいけど相手が種無しなんてことが後でわかったら笑えないでしょ。現に禿げた人や子持ちの男性の方が独身男性よりも本能的にモテるっていうデータもあるらしいよ。なんだかんだ言って女は子供を産むのに最適な男を選ぼうとする本能が備わってるってこと」「でもさ、一人目の奥さんが承知するかしら。ほら、昔の人だと重婚に否定的な人って多いでしょ」「それは心配ないわ。子供が十五歳を超えている家庭なんて夫婦の愛なんてもうカケラもないんだから…… 特に所得が多い家庭であればあるほど愛よりお金を重視するものよ。古い旦那なんてどこで誰と結婚しようと知ったことではないわ」「でも、二人目の奥さんにも給料の三割を渡さなきゃならないんでしょ? 年配の夫婦は同居している場合だって多いし、旦那さんの給料を全額管理している家庭だってあるのよ」「三割を渡すにしてもね、元々の所得が高い人なら出産軽減税率で減らせる税額の方が明らかに多くなるのよ。つまり、所得の多い人であればるほど二人目の結婚が必要なわけ。それでその一人目の奥さんの家庭の所得が増えるならそれに越したことないに決まっているわ。わたしは結婚しても同居するつもりはないから、その人の子種と給料の三割をもらって、出産軽減税率の対象になりさえすればすべてが万々歳じゃないの。それで
last updateLast Updated : 2025-07-09
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第22話

 ――たしかにそういうことなのだろう。高卒で就職せずに結婚するグループだと二十歳くらいで母親。その子が同じように生きて行けば四十でおばあちゃん。まだまだ定年まで三十年近くあって、その先さらに十年以上生きるとなると…… 死ぬまでに四世代くらい入れ替わるわけだ。もし、自分の世代の子育てが終わる時点で自分の世代の役割を終わると考えれば余生はまだ倍以上ある。人生が随分長く感じてしまうが、むしろ今の世界の女性は子育てにめどがついてから就職するわけだから三十ぐらいでようやく成人すると考えてもおかしくないのかもしれない。 そんなことをぶつくさと考えながらの帰り道。家の近所の公園の入り口に不審者を発見。公園を囲む生垣の裏にひっそりと身をかくして、公園の中にあるブランコに一人座ってたたずんでいる幼い少女、おそらく小学生か中学一年生くらといったところだろうか。その少女のことをじっと見つめている。たしかにその位置からではブランコの少女に気付かれはしないだろうが、公園の表通りを歩いている人からはバレバレ。あんなにあからさまなストーキング行為をしながら通報もされないのは、そのストーカーがまだ幼い少年だからだろう。おそらくその少年はブランコの少女の同級生か、それに近いくらいだろう。見た目では少年の方が随分幼く見えるが大概その頃の男女の成長と言うものはそういうものだ。女の子の方が断然はやく大人になる。 ―――つんつん。「わあっ!」 まるで周りに気付く様子もないので背後から背中をつついてみたら、とびあがりながら驚いた。「きみ…… ここで何してるのかな?」「か、カンケーないだろ!」「教えてくれてもいーじゃない」「お、おしえないよ。あっちいけよばばあ!」「ば、ば、ば、あ、あ…… ああ、もう絶対あっちになんていかない。今から警察に電話して公園の女の子をつけ狙っている不審者を発見しましたって通報することにしよう」「あ、ちょ、ちょ……」「なに?」「い、いうよ。い、いうからさ……」「ごめんなさいは?」「ご、ごめんなさい……」 が、しかし、私は腕組みをしたまま少年を睨み続けた。「……お、おねえ、さん……」「よろしい」
last updateLast Updated : 2025-07-09
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第23話

 ――どうやらその少年はもうすぐ遠くの町に引っ越すらしい。それで、ひそかに想いを寄せる女の子を呼び出して、その想いを告げようと考えているらしいのだ。 「や、やっぱりやめた」  引き返そうとする少年の襟首を掴み、引き戻す。 「ちょっと。君があの子を呼び出したんでしょ。逃げてどうするの!」 「だ、だって…… どうせもう会えなくなるのにこ、告白するとかいみねーじゃん!」 「た、たとえ、そうにしても逃げるなって。せめて呼び出したんだから責任持てよ。男の子なんだろ! あの子、ここにこのままほったらかしにする気なの? 絶対君のことキライになるよ、あの子」 「も、もう会わないんだから構うもんか!」 「もう会わないもう会わないなんて言いながら、じゃあなんで好きだと言おうとしたの? それにこれから先まだどこかで巡り会うことだってあるかもしれないでしょ」  ――なんて、きれいごとを並べて少年を説得するもののその本心はただ単に面白がっていただけ。 「絶対逃げないようにここで見張ってるから。もし逃げたら君のことストーカーだって警察に通報する」 「そ、そんなぁ……」  ――心配するな少年よ。きっと私のこの行為を君はいつか感謝する時が来るだろう。  観念してブランコの少女に近づき、気障ったらしく片手を上げながらも、その手が震えている姿を生垣から覗き見している私、たぶんとっても怪しいのだろう。あと少しの間は通報されないことを祈るだけだ。 「ごめん。まった?」 「なに? アタシ、忙しいから早くしてね」 「う、うん。おれ、芹香のこと好きなんだ……」  ――言ったあ! しかも早く言ってって言われていきなり言ったあ! 思わず飛び跳ねたいが、そこはじっと我慢をする。言葉のかけひきのセンスもなければデリカシーすらまるでない。でも、その分ストレートな気持ちなんだろう。このくらいの年ごろの子は素直でカワイイ。 「はあ? アタシ、アンタとあんまり話したことないよね」 「ず、ずっと見、見てた……」 「え、なに? ちょっとキモイかも。で? どうしたいわけ?」 「べ、べつにどうと言うわけでもないんだ……」 「アタシと付き合いたいの?」 (おいおい、付き合いたいとか小学生が言ってんじゃねえぞ。私だってまだ付き合ったことなんてないのに) 「も、もうすぐ引越しするんだ。遠くに
last updateLast Updated : 2025-07-09
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第24話

 それからまた数日後のことだった。その日の終わりのホームルームで朋絵ちゃんせんせいが私にくぎを刺した。「桜川さん。まだあなただけよ、進路票出していないの。なるべく早くにね」 そうは言われても困る。私だって好きで出していないわけではない。できるなら高校卒業とともに結婚できたらとは思うが、相手がいないのではしょうがない。それにいったん社会に出てしまえば相手探しが難しくなる。仕方なしに進学しかないかと思っているくらいだ。 ホームルームが終わり次第、前の席の優樹菜がふりかえり、「アンタまだ進路決めてないの?」 と言ってきた。当然。それに便乗して志穂も私の傍に寄ってくる。観念して自分の本音を優樹菜に相談してみた。「相手が決まっていないなら進学するしかないでしょ」と、そっけない返事。「志穂は? 進学するの?」「あ? しなーい、しない。したくてもムリ。今の彼氏のうち、どれかととりあえず結婚でもしよーかなーって」「どれか……って」「まー、耕介か大貴ってところよね。太一は大学に進学するって言ってるし…… 大学に進学されたらあーし、卒業まで待つことになるわけじゃん? つまりその間働かなくっちゃいけないのよね?」「だめなの?」「ムリムリムリムリ。ぜーったいムリ。いや、ムリじゃないけどイヤ。ってかムダ。 だって働いても税金でもってかれるだけだもん。モチベさがりすぎー」「でもさ、志穂っち、わかってる?」少し深刻な顔をして、親身になったのは優樹菜。「耕介と大貴は高卒で就職するんだよ。それより大学進学して就職する太一の方が将来性はなくない?」「あー、わからなくもないけどー。でもやっぱ四年もひもじい社会人するのもねー。それにその間に太一と別れて独身社会人にでもなったらその方がヤバい」「ああ、たしかにそれはそうだ」「なに言ってんのゆかりっち。アンタはどのみち相手いないんだから進学よ。たとえやりたい勉強が無くてもなるべくいい大学に進学する事。その方が将来性のある相手が見つけやすいから。今うちになるべく勉強しときなさいよ」「ふぁー、やっぱりそういうことかあ」「あ、そういえば!」「なに、志穂?」「あのねー、大貴がねー」「大貴くんが?」「大貴がゆかりのこと好きなんだってー」「は?」「だから、あーしの彼氏の大貴がね。ゆかりのこと好きなんだって! だからゆかりどうかなって」「ど、どうかなって言われても…… 志
last updateLast Updated : 2025-07-09
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第25話

 大貴君はとても優しい人。気が利くし、聞き上手。今日のために美容室に行って髪が短く切ったが、切りすぎたことを気にしてずっと前髪を照れくさそうにいじっている。三人でカラオケに行き、部屋のドアを開ける。そのままドアの淵に立ったまま私達が入った後にドアを閉めてはいる。飲み物の注文をまとめて聞いておいていつの間にか注文しておいてくれる。出来そうでできないことだ。こんな素敵な恋人を持っているなんて、そんな志穂が本当にうらやましいと思った。だけれども…… 志穂がお手洗いに席を外した時、マイクを握っていた大貴はマイクの電源を切り、テーブルに置いた。私のすぐそばまでより、じっと見つめた。部屋の中に歌の途中で投げ出されたバラード調のラブソングがBGMとなってながれている。「あのさ…… 桜川…… こんなこと言うとお前はどう思うのかな……」「……ど、どういう……」「オ、オレ、本当はずっとお前のことが好きだったんだ……」「え…… で、でも…… だって……」「なんで志穂と付き合ってるのかってことなんだろ」「え…… あ…… うん……」「オレさ、志穂とは前から仲良くて、それで桜川のこと好きだって相談したんだ…… そしたら逆にその場で志穂に告られた…… で、『付き合ってくれるなら協力してもいい』って言われて…… まあ、その時、オレほかに彼女いなかったし、志穂と付き合っても別に問題ないじゃん? だからとりあえずは志穂と付き合ってたんだ……」「じゃ、じゃあ大貴君は好きでもない志穂と付き合ってたってこと?」「好きじゃない? いや、そんなことはないよ。志穂のことは好きだ。……たぶん。ずっと前から仲良かったわけだし、いいなとも思っていた。たぶん、これからもっともっと好きになっていくと思うよ。だけど…… だけど本当に、一番好きなのは桜川なんだ。だから、だからオレと付き合ってくれないか」 ――たぶん、大貴くんの言っていることは間違っていないんだと思う。彼の言っていることに恐らく嘘はない。それなりには誠実で紳士的なんだとは思う。世の中は二夫二婦制以来、恋人も二人まで同時に付き合うことは普通だと考えられている。大貴は志穂のことがそれなりには好意を抱いていて交際を始めたし、他に恋人のいなかった彼はおそらく残りの一枠を私のためにとっておいたと考えてもいいのだろう。だから浮気でもなければ後ろめたく思う必要なんてどこに
last updateLast Updated : 2025-07-09
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第26話

 しばらくの沈黙を破るように元気な声で志穂が帰って来た。手に持っている携帯で誰かと話をしていたらしいことはわかったが、まさかそんなことになるなんて……「今から耕介がこっち来るって。合流してもいいでしょ」「こ、耕介ってたしか……」「うん、あーしの彼氏だよー」「え、で、でも……」 横目で大貴君の方を見ると、特に気にしていないという様子で「ああ、俺は別にかまわないよ」と答えた。大貴君が特に気にしていないというのならとやかく言うつもりはないけれど…… 志穂は耕介君が来るまでの間に私に言った。「あーしさ、ゆかりと耕介には仲良くしてもらいたいんだよねー。ほら、もしあんたたちが付き合うことになったらさ、ゆかりにとっても彼氏の彼女の彼氏になるわけだし、ぜんぜん他人ってわけじゃないじゃん? まあ、従兄みたいなものかな? だからなるべく仲良くしてもらいたいなーって」  しばらくしてやってきた耕介君は大貴君とは真逆のタイプの性格で、ふわふわでカールした髪の毛を茶髪に染めていて、両耳にピアスだらけ。サディスティックな氷の刃のような目つきがどことなくセクシーさを感じさせる。根本的に言えば好みのタイプとは言い難いが、何かひきつけられるものがあるということは否めない。 耕介君は来るなり大貴君とハイタッチであいさつを交わす。どうやら二人はそれなりに打ち解けあっている様子だ。ソファーに座る志穂を真ん中に、右に大貴君と左に耕介君とを座らせる志穂はすべてを手に入れた勝利の女王様のように見える。座るやいなや、耕介君は何の照れや迷いもない様子で志穂の左の頬にキスをした。それを見てあわてて大貴君も少しの照れを見せながら右の頬にキスをする。 さっき口説いたばかりの私を目の前によくそんなことができる…… なんて思ってはいけないということはわかっている。ズレているのは私の方だ。 カラオケはみんなすぐに歌うことをやめて会話に華を咲かせた。正直に言ってそれはとても楽しい雰囲気ではあった。こうして四人で過ごすことは悪くないと思う。ずっとこうしていられるならと言う気持ちもわからなくもない。ども、それとこれとは別の話だ。 しばらく話をしているうち、耕介君は、「ねえ、ゆかりちゃんって彼氏とかいないの?」 と言ってきた。私より先にそれに答えたのは志穂。「候補なら、一人……ね」 と大貴君の方へ目配せをする。耕介君はその目配せの
last updateLast Updated : 2025-07-09
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第27話

 カルテットと言うのは最近はやりの恋人の在り方。志穂と耕介君と大貴君みたいに三人一組になってデートする状態がトリオで、男二人、女二人それぞれ全員が恋人同士の状態がカルテット。 たしかに私のように考え方の古い人間からしてみればこのカルテットの形はそれなりに安定しているように思えた。四人がそれぞれ恋人同士で二人づつの恋人がいる状態。この状態ならこれ以上誰もこの輪の中に恋人を増やすことができない。それはそれで少し安心できるというもの。たしか少し以前にテレビドラマでも『四人暮らし』と言うタイトルのドラマがあった。カルテットの恋人同士ならかつての夫婦のような家族暮らしを四人で実現できるというものだった。しかしの弱点はそのドラマの中でも語られていたが、どこか一組にでも恋人同士の関係が崩れると、カルテット全体があっという間に崩れ去るというものだった。 しかしそれはあくまでも四人で暮らせば、と言うこと。四人暮らしを前提としていない恋人同士で考えるならたしかに魅力的な選択肢なのかもしれない。「さすがに、まだそこまでは考えられないから少し待って」と返事をした私だったが、正直わるい提案ではないかもしれないという気持ちもある。 そしてその後も会話は続き、そろそろ帰ろうか、と言う段になって、耕介君は私にカルテットのことを念押しした。「――考えておいてね。俺、実はカルテットでラブホ行くの夢なんだ」「?」「だからさ、四人でラブホのカルテットルーム使うことさ。知ってる? スゲーでっかいベットがあるんだって。何せ四人で使うんだからな」 想像して、思わず赤面してしまった私が純情すぎたのか。志穂は、「ちょっとやめなよー、耕介エロいー」 と笑ったが、耕介くんはさらに続けた。「そんなこと言って、志穂だって興味あるだろ。俺たち、まだトリオルームまでしか使ったことないじゃん! なんか、あこがれなんだよねー」 ――つまりは。つまりは耕介君と志穂、それに大貴君を合わせた三人でそのトリオルームを使ったことがあるという話。思わずその状態を想像して、さっきまで少しだけ憧れていた大貴君の優しさ、耕介君の蠱惑的な魅力。それにカルテットと言う曖昧なまでもどこか安心感のある世界に、急に現実的な影が差し込んだ。胃の奥の方で何かが疼いた。吐き気と目眩が起こり、そこに加わる自分を想像すると激しい嫌悪感が生まれた。――やはり自分は
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第28話

そして公園の隅っこ。夕暮れの茜指す公園のブランコに一人たたずんで座る男の人を見つけた。長く影を伸ばすその男性はやはり私と同じくこの世界にうまく溶け込めない人のように思えた。私はそばにより、隣のブランコに腰を下ろした。「ゆかりちゃん……」「どうしたんですか、こんなところで」「べ、べつに…… と、と、特に意味はないよ。ただ、ここでこうしているだけ…… ゆ、ゆかりちゃんこそどうして?」「私も…… ただ何となく……」「あ…… か、かおりちゃん…… け、結婚するんでしょ…… お、おめで、とう……」「もう、弘樹お兄ちゃんったら…… ほんとは全然おめでとうなんて思ってないくせに……」「そ、そんなことはないよ。ほ、本当におめでたいと思ってるんだ……」「うそ」「……」「ほんとはお姉ちゃんのことずっと好きだったくせに」「……」「……好きだったくせに」「……う、うん……。じ、実はね…… 高校に進学してから、かおりちゃんとはあんまり話すこともなくなって…… そ、それからというもの、ひ、必死で勉強して…… それでいい大学に入って…… いい就職先を決めて…… そ、そしたらプ、プロポーズしようかと思っていたんだ…… そ、そしたら…… そ、それはもう、手、手遅れになってしまって…… で、でも…… 好きだったから、おめでとうって思ってる…… こ、心からし、幸せになってほしいと思っている……」「あきらめなくていいんじゃない?」「え……」「だってまだ一人目と結婚なんだよ。枠はもうひとり分、空いているわけだし……」「で、でもね……」「……」「で、でもね…… こんなこと言っちゃあ笑われるかもしれないけれど…… ぼ、ぼくはそういうの…… 上手く理解できないんだよな…… そ、その…… 結婚相手が二人までとか、同時にふたりと付き合うとか…… やっぱり、その人のことを本気で好きになると、他の人は見えなくなるというか…… 好きだからこそ、その人を自分だけのものにしたいとゆうか……」「はあ」「ご、ごめん、ゆかりちゃん。 へ、変なこと言っちゃって……」「ううん。そうじゃないの…… なんか、わかるなあって…… そう考えているの自分だけじゃなかったんだなあって……」「うん?」「じ、実はね、私もずっとおんなじこと考えていた。そういうこと、ずっと思っていたけど、なんか…… 自分だけかもって思うとどうも言い出せなくて」「た、たぶ
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第29話 恋愛オルタナティブ ~折田直人のケース~

「ねえ、わたし子供を連れて実家に帰ろうと思うんだけど……」 子供たちの寝静まった深夜のリビングでテレビを見ながら晩酌をしている時、妻の理代が突然そう言いだした。 なにに対してどう反応すればいいのかもわからない。テレビに集中して聞こえないふりでもすればいいのか…… いや、集中どころかテレビの音なんてもうすっかり聞き取れなくなった。 音が空気を振動させて聞こえるというのならば、空気が凍りついたこの空間ではテレビの音声なんてもう聞こえはしない。「それはつまり、離婚したいということ?」 僕のその質問に対し、理代は酒のつまみのスナック菓子をぼりぼりと音を立てながら梅酒のソーダ割りを口に注ぎ込み、あとになんら戸惑うこともなく言葉をつないだ。「別にそういうわけじゃないのよ。大体離婚なんてしてわたし、どうやって子供を育てていくのよ。わたし、仕事なんてしてないのよ」 ――まるで離婚した場合、無条件で子供を二人とも連れて行く気でいる。それに〝仕事なんて〟とはずいぶんな言い方だ。こっちだって何も仕事を好きでやっているわけじゃあない。家族を支えるため朝から深夜まで、休みも返上して働きづめだというのにそんな言い方はあんまりだ。珍しく僕が反論したのはそんな思いがあったからなのだろう。「離婚しても僕の稼ぎの30パーセントは自動的に君の口座に振り込まれるだろう。それに国から育児給付金も出るんだ。やっていけないことはないだろう」少子化対策基本法において、配偶者が出産して子育てをしている場合、給料の30パーセントは自動的にその母親に振り込まれることになっている。これは別居婚が主流になってきた現代において母子が安定して収入を得られるようにと配慮された法律だ。この法律では離婚した場合にも適用され続ける。おかげで養育費の未払いで揉めることもなくなった。「なに? あなたは離婚したいわけ?」「いや、別に……そういうわけじゃないけど……」「わたしが言ってるのはね、わたしの実家のことよ。母はもう年だし、いつまでもひとり暮らしをさせているのも心配だわ。それに森口家の子供はわたしひとりなわけだし、母が亡くなった場合、あの家も墓も継ぐ人がいなくなるわけ。わかる?」「そ、それはわかるけど…… だからどうしたいんだ?」「だからね。わたしは実家に帰って森口の姓に戻ろうと思うの。ほら、別に今は重婚が合法化されて夫婦別居で
last updateLast Updated : 2025-07-09
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第30話

 ――妻の理代を家政婦だなんて思ったことは一度もない。ただ、妻が夜の営みを断るようになってから夫婦としての接点はほとんどなく、外で仕事をしていない理代は必然的に家政婦的になっていただけだ。それをまるで僕のせいのように言われても困る。そして何より、この会話で理代はすっかり僕に対する愛なんてないのだと悟った。 今から思えば、あの結婚当初の想いはいったいなんだったのか、考えたところでもうわからない。新婚旅行に行ったときも、観光地で見たものと言えば有名な遺跡でもなく、風光明媚な景色なんかでもなかった。ただ、お互いの顔ばかりを見つめあっていただけだ。今になって思い出してみるとそれが恥ずかしくもあり、幸せだったなと思う。 だから僕は別居婚を受け入れることにした。自動的に振り込まれる給料の30パーセントとは別に毎月いくらかを送金して生活の面倒を見ることにした。そうでもしないともう僕たちの関係は完全に離婚していると言っても過言ではないからだ。どんな形でさえ、僕は家族と言うものと少しでも絆というべきものでつながっていたかったのだ。その絆と言うものがたとえ金銭というものと同義語であったとしても…… 子供たちが新しい学年に進級する四月に別居を開始して、約一か月がたった。今にしてみれば僕は妻のことを愛していなかったのだとはっきりと気づいた。元より会話なんてろくにしなかったし、お互いに知らないところで何をやっていようが気にはならなかったことを改めて実感できた。 しかし、子供に関しては違った。たしかに深夜に帰って朝早くに出発する僕と子供との接点など無く、子供からすれば父親が果たして毎日家に帰ってきているかどうかさえ知らなかったはずだ。しかし毎晩子供の寝顔を見ることだけは欠かさなかった。今でも時として誰もいない子供部屋の寝室を覗いてから眠りにつく。意味がないとは知りながらもどうしてもやめられない習慣。 朝目覚め、行ってきますの言葉を言わないのは以前と変わらない。以前だって僕が家を出る時に妻はまだ寝ていた。それでも会社に行けば「社長、おはようございます」と言う声を掛けられる。僕はこれでも三十代でベンチャー企業を立ち上げ、会社の代表取締役をこなしている。「社長。シャツ、しわだらけっすよ」 朝から遠慮なく指摘してくれるのは専務の重光正輝。まだ二十代で若いが頭は切れる。物怖じせず即決する判断力の高
last updateLast Updated : 2025-07-09
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