Semua Bab 君を関数にはできなかった~在宅SEと営業マンの、静かで確かな恋: Bab 61 - Bab 62

62 Bab

ログの外で、ただ生きていく

朝の光は、まだやわらかかった。カーテンの隙間から差し込む淡い陽射しが、キッチンの床に斜めの線を描いていた。冷蔵庫の下から伸びたその光の帯が、静かに揺れているのは、窓の外で葉が風に揺れているからだろう。食器の触れ合う微かな音が、ぬるま湯の水音と混ざって、部屋の中に薄く満ちていた。高田は、その音を聞きながら、椅子に腰かけていた。手には何も持たず、朝食の後に出されたマグカップの取っ手にも触れていない。ただ、テーブルの上をぼんやりとなぞるように視線を落とし、その奥にあるひとつの背中を見つめていた。大和は流しに向かい、淡々と食器を洗っていた。慣れた動きでスポンジをすべらせ、泡を流しては布巾でひとつずつ丁寧に拭いている。その背には、特別な何かがあるわけではない。ただ日常の一部として、そこにある。それなのに、高田は目が離せなかった。たぶん、特別である必要なんてないのだと思った。ただ、そこに“誰かがいる”ということ。それだけが、今の自分には充分すぎるほどで。ふと、洗っていた皿を伏せ置きながら、大和が肩越しにこちらを振り返った。「なに?」問いかけは軽く、問い詰めるでも、探るでもない。けれど、その声には、気配を読む柔らかさがあった。高田は少しだけ身を引いて、首を振った。「…見てただけ。別に意味はない」それは嘘ではなかった。意味を持たせようとすれば、きっとどこかが歪んでしまう。ただ、その姿を見ていたかった。言葉にするには少しだけ足りない感情が、胸の奥で揺れているのを、自分でも分かっていた。「そっか。ほな、そんまま見といてええよ。俺、なかなかええ男やし」そう言って笑う大和の声は、冗談めかしていたが、どこか照れくさそうでもあった。振り返るその顔には、朝の光がかすかに射していて、輪郭がほんの少し滲んで見えた。高田はそのまま、大和の瞳を見つめ返すことなく、視線をテーブルへと戻した。手元のマグカップに触れることはせず、ただ指先でテーブルの縁をなぞる。口元が、かすかに緩んだ。笑った、というほどのものではなかった。それでも、何かが、ほんの少し溶けたような気がした。それだけで、よかった。
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-08-03
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ふたりの現在地

その日、朝の空気は透きとおっていた。夏の入り口にある晴天の日曜、光は窓からやわらかく差し込み、居間のフローリングに薄い金色の影を落としている。エアコンの送風が低い音を立て、テーブルの上の紙片がふわりと揺れた。高田は、小さな書斎机に向かっていた。椅子の背もたれに浅く腰を掛け、白いページのひとつに、ゆっくりと文字を記していた。「共有者:大和 奏多」それだけだった。数式も、アルゴリズムも、補足的な定義も添えなかった。ただ、その名前だけを、文字の真ん中に書いた。文字はやや右上がりで、わずかに力が入りすぎている。だが、それは修正されることなく、そのままページの中心にとどまった。何かを証明しようとしたわけではない。意味を分析しようとしたのでもなかった。ただ、この一行が“今”の自分にとっての全てだと、そう思えた。彼は手にしていたペンを静かに置いた。指先に残るわずかなインクの感触を、しばらくじっと見つめる。その手元には、昔のログ帳も開かれていた。ページの角が折れ、文字が重なり合うそこには、かつての自分がいた。でも、今はもう“現在地”が違っている。隣では、大和がカーテンを少しだけ引き、外の光を確かめていた。夏の風が窓越しに葉を揺らし、その影が部屋の中に揺れていた。振り向いた彼の視線は、すぐには高田には届かなかった。ただ、部屋の空気に視線を落とすようにして、何かを確かめるように言葉を吐いた。「お前が、不具合だらけでも、俺は好きや。ずっと、そう思ってる」その声は、誰かに届くことを期待したものではなかった。けれど、確かに“届いた”。高田は振り向かない。振り向かないまま、呼吸を整えるように、鼻から息を吸い、口からゆっくり吐いた。音を立てずに静かに。けれど、ほんの少しだけ深くなったその呼吸に、大和が気づいたかどうかは分からない。ページの上に置かれたペンの隣に、手がそっと重ねられる。高田の手の甲に、大和の手のひらが重なったわけではない。ただ、ほんの少し近くに置かれただけだった。それだけで充分だった。言葉にされなかった思いが、静かに部屋の中を満たしていた。どちらからともなく会話を止め、テレビもつけないま
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-08-04
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