「思い出させないでよ!あの瀬賀の野郎!」海羽は苛立ちを隠すことなく罵った。「あの男、結婚のことを考えてた!でも私は嫌で、それで縁を切りたいのに、あいつがしつこくてさ!しかも私の新作まで潰してきて、ほんと人でなし!」紗夜は一瞬きょとんとした。瀬賀。病院で海羽と一緒にいたあの男だ。あの時の庇うような態度からてっきり海羽のことが好きなのかと思っていたが、まさかもう結婚が決まっていたとは。とはいえ、考えてみれば不思議でもない。瀬賀家は爛上で長沢家が京浜にいるような存在。勢いの頂点に立つ家同士が地位を固めるために政略結婚するなんて、よくあることだ。ただ、紗夜が気になるのは海羽の気持ちだった。彼女、傷ついてはいないだろうか?海羽は紗夜の沈黙に気づいたのか、軽く笑ってみせた。「私は大丈夫。このミウ、誰だと思ってるの?芸能界のトップよ?顔もスタイルも完璧、私を追いかける男なんてここからフランスまで並んでるんだから。男なんて一冊の本みたいなものよ。ベッドサイドには本棚いっぱいにあるし、飽きたら捨てればいい。席を無駄にする必要なんてないでしょ?」その飄々とした、気負いのない口調に、紗夜は少し羨ましくなった。それは自分には持ち得ない気質だった。幼い頃から心の内は細やかで、慎重で、何でも抱え込んでしまう。だからこそ初めて海羽を見たとき、太陽みたいな彼女に強く惹かれたのだ。自分も、海羽のようにさっぱりと手放せる人間になれたら。けれど六年前のあの日から、一歩踏み外してしまい、そこからは転げ落ちるばかりだった。大切にしているものが多すぎて、弱点も増えた。文翔はその弱点をすべて握りつぶすように掴んで離さない。だからこそ、彼女は逃げられなくなったのだ。紗夜は視線を落とし、どこか沈んだ気配を帯びた。その後、少し話して海羽は用事があると言って電話を切った。紗夜はスマホを伏せ、ベッドに横たわる。もう電気を消して眠ろうとした、その時だった。部屋の扉が開く。金縁の眼鏡をかけた文翔が入ってきた。仕事を終えたばかりなのだろう。紗夜はちらりと一瞥しただけで、すぐに目をそらした。長沢家に戻ってから、彼は彼女を無視し続けた。夕食の時も一言も喋らず、食べ終わるとすぐ書斎に行き、扉を閉めきった。
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