All Chapters of 望まれない結婚〜相手は前妻を忘れられない初恋の人でした: Chapter 101 - Chapter 110

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3-1 懐かしの土地『ボニート』

 翌日15時―― 丸1日かけた汽車の旅は終わり、ジェニファー達は『ボニート』の駅に降りたった。「まぁ……なんて素敵なところなのでしょう! 山があんなに近くに見えるわ! それに素敵な町並みですね、そうは思いませんか? ジェニファー様」駅舎を出ると、目の前の光景に興奮した様子でポリーがジェニファーに話しかけてきた。何しろ、彼女は『ソレイユ』地域から出たことがないのだから無理もない。「そうね。とても素敵な町よね。……懐かしいわ」ジョナサンを腕に抱いたジェニファーが返事をすると、ポリーは首を傾げた。「え? ジェニファー様はもしかしてここへ来たことがあるのですか?」「ち、違うわ。何となく懐かしい町並みに思えただけよ」自分がかつて、この地でニコラスと過ごしたことをシド以外に知られるわけにはいかなかった。「確かに『ボニート』は観光地としても有名ですし、著名な絵画が沢山風景画を描いていますからね」「そうですね。確かにシドさんの言う通りかもしれません」シドの言葉に納得するポニー。(ありがとう、シド)ジェニファーは機転を利かせてくれたシドに心の中で感謝の言葉を述べた。「では、今から辻馬車を探してきますのでジェニファー様はこちらでポリーと一緒にお待ちください」「ありがとう、シド」「ありがとうございます」2人でお礼を述べると、シドは笑顔を浮かべて大通りへ向かった。その後姿を見届けていると、ポリーがジェニファーに小声で話しかけてくる。「ジェニファー様」「何? ポリー」「ここだけの話ですけど、私最初はシドさんて怖い人だと思っていたんです」「え? どうして?」いきなりの話にジェニファーは少し驚く。「だって、シドさんて騎士じゃないですか。それに最初の出会いの時、大勢の騎士達を引き連れてニコラス様に逆らった使用人達を捕まえましたよね」「そうだったわね」「あのとき、とても怖かったんです。それに何だか近寄りがたい雰囲気もあったし」「そ、そうかしら?」ポリーのシドに関する話は止まらない。「そうですよ。無口だし、必要最低限の話しかしませんし……」「……」ジェニファーはポリーをじっと見つめる。(そんなにシドって近寄りがたいかしら。私にはそうは思えないけど……確かに子供の頃の彼は無口な人だったけど、あの頃よりずっと話しやすくなったわ)すると突然ポ
last updateLast Updated : 2025-09-27
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3-2 過去の記憶と複雑な思い

「申し訳ございません、ジェニファー様」ガタガタと揺れる辻馬車の中で、シドが謝った。「え? 突然どうしたの?」何故謝ってきたのか分からず、ジェニファーは目を見開く。「このように乗り心地の悪い辻馬車しか見つけることが出来なかったからです」「私は少しも乗り心地が悪いなんて思っていないわよ? だって私、郷里では荷車に乗って移動していたのだから」ジェニファーは『キリコ』で暮らしたいたときのことを少しだけ思い出した。町に行くときや仕事に行くときに、時々ダンが荷車に乗せてくれた懐かしい記憶。(ダンも結婚して、3年ね。暫くの間、便りが無いけれども元気にしているでしょうね。子供は生まれたのかしら……そうだわ、久しぶりにダンに手紙でも書いてみましょう。家族のことを尋ねてみたいし)そして腕の中にいるジョナサンを見つめた。ジョナサンは外の景色が珍しいのか、窓の外をご機嫌な様子で眺めている。「フフフ。ジョナサン様は、すっかり『ボニート』が気に入られたようですね。でも気持ちは分かります。本当に素敵な光景ですから」ポリーも外の景色にすっかり見惚れている。『ボニート』は広大な森を切り開いて作られた町であった。町の周囲を覆うように美しい川が流れ、観光用の渡し船が行き交っている。建物は全て壁の色は白でオレンジの屋根で統一されて景観を保っていた。すぐ近くに見える巨大な山脈はまさに圧巻の光景だ。「ええ、とても素敵な景色よね」ジェニファーはどこか少し寂しそうに呟く。何しろ、ここ『ボニート』はジェニファーにとって、楽しい思い出と苦しい思い出が混在した場所なのだから。そんなジェニファーを向かい側に座るシドはじっと見つめていた。(ジェニファー様の表情が優れない……やはり、ここに連れてくるべきで無かったのだろうか?)実は汽車の中でジェニファーから15年前の出来事を聞かされてから、ずっとシドは悩んでいた。(事前に何があったのか、知っていれば他の場所を提案したのに……)シドは拳を握りしめるのだった――**** 15時半を少し過ぎた頃、辻馬車は小高い丘に建つ小さな城に到着した。周囲を森に囲われ3階建ての城は真っ白な壁に、青いとんがり屋根が特徴的だった。「まぁ……何て素敵なお城なのでしょう。そう思いませんか? ジェニファー様」ポリーが興奮気味に話しかけてくる。「ええ、
last updateLast Updated : 2025-09-28
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3-3 出迎えた使用人

 シドが呼び鈴を鳴らし、少し待つと扉が開いてスーツ姿の初老の男性が現れた。「どちら様でしょうか……え!?」男性はジェニファーを見ると目を見開く。その様子にジェニファーはすぐに気付いた。(きっとジェニーはこのお城に滞在したことがあるのだわ)「お久しぶりです、執事長。俺のこと覚えていますか?」そこへシドが男性に声をかけた。「あ……もしや、君は……」「はい、ニコラス様の護衛騎士のシドです」「これは驚きましたね。この城へ来るのは3年ぶりでは無かったかな?」「はい、お久しぶりです。連絡もせずに突然伺って申し訳ございません。実は本日より一月ほどこちらの城に滞在するようにニコラス様から言われて参りました。手紙を預かっております」シドは丁寧に挨拶すると、ニコラスから預かっていた手紙を手渡した。「では、拝見させて頂きましょう。……確かに封蝋はテイラー家の物で間違いないようですね」執事長は手紙を預かると確認し、その場で開封した。「確かに筆跡にもニコラス様の……」少しの間、執事長は手紙に目を通すと頷いた。「用件は分かりました。それでは、あなた様が……?」執事長はジェニファーに視線を移すと、シドが先に紹介した。「こちらはジェニファー・テイラー様です。そして隣にいるのはメイドのポリーです」「はい、ジェニファーと申します。この度、縁あってジョナサン様のシッターになりました。どうぞよろしくお願いいたします」(とてもではないけれど、自分の口からニコラスの妻だなんて、おこがましくて口に出せないわ)ニコラスから拒絶されていることが身に染みて分かっているジェニファー。「ジェニファー様の専属メイドとなったポリーです。初めまして」2人が挨拶すると、執事長も自ら挨拶をした。「私はこの城の執事長を務めるカルロス・ベンソンと申します。では、そちらの方がニコラス様のお子であらせられるジョナサン様ですか。……確かにニコラス様の小さい頃に面立ちがよく似ていらっしゃる」カルロスは目を細めてジョナサンを見つめ……我に返った。「これは失礼いたしました。遠路はるばるお越しいただいたのに、いつまでも中にお通しせずに申し訳ございません。どうぞ、お入り下さい。お荷物は後で使用人に運ばせますので」「「「ありがとうございます」」」3人は声を揃えてお礼を述べる。「ではご案内いたしま
last updateLast Updated : 2025-09-29
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3-4 約束と決めごと

「ジェニファー様。こちらのお部屋をどうぞお使いください」ジェニファーがメイドに案内されたのは白い扉に銀のドアノブが付いた部屋だった。メイドが扉を開けると、広々とした室内が現れる。大きな窓に高い天井。部屋に置かれたアンティークな調度品はどれも見るからに高級な物ばかりだった。「まぁ! なんて素晴らしいお部屋なのでしょう!」ポリーが目を輝かせる。「ええ、素敵ね。あの、本当に私がこの部屋を使ってもいいのでしょうか?」ジョナサンを腕に抱いたジェニファーの質問にメイドは少し困った様子を見せた。「はい。そのように執事から仰せつかっておりますが」「ジェニファー様、何も遠慮することはありません。あなたはニコラス様の妻なのですから」シドがジェニファーに、きっぱりと言い切る。「シド……」ジェニファーは思わず大きな瞳でシドを見上げた。「もっと、御自分に自信をもって下さい。ジェニファー様」「そ、そうね。ありがとう」するとメイドが説明を始めた。「後程執事長がお部屋に伺うと思うので、それまでジェニファー様はどうぞゆっくりお休みください。こちらに滞在中は、自由に過ごして頂いて構いません。図書室もありますし、中庭を散策して頂いても構いません」「まぁ、図書室もあるの? 素敵だわ」その言葉にジェニファーの顔が明るくなる。ずっと働き詰めだったジェニファーは本を読む時間すら無かった。いつか時間が取れれば好きなだけ本を読むのが夢だったのだ。「読書が好きなのですか?」シドが尋ねてきた。「好きなのだけど、今まであまり読む暇がとれなかったの」「それでしたら、これからは本を読むことが出来ますね」ポリーが笑顔で話しかける。「中庭もあるのなら、ジョナサンを連れてお散歩も出来そうだし……」(きっとテイラー侯爵家で過ごすよりは、窮屈な思いをしなくて済むかもしれないわ。使用人も悪い人達では無さそうだし……ニコラスが私を気遣ってくれたのよね。感謝しないと)ジェニファーの様子を少しだけ見つめていたメイドは次にシドとポリーに声をかけた。「それでは、シドさんとポリーさんのお部屋も案内いたします。こちらへどうぞ」メイドは2人を連れて部屋を出ようとしたとき、何か思い出したのかジェニファーを振り返った。「そう言えば一つ肝心なことを申し上げるのを忘れておりました。基本的に城内や敷地
last updateLast Updated : 2025-09-30
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3-5 怒りのシド

「一体、それはどういう意味だ! 今、ニコラス様と婚姻されているのは眼の前にいるジェニファーさまだぞ!? それなのに出入り禁止の場所を設けるとはどういうことだ! 一回の使用人が侯爵夫人に対して、そんな口を叩いても良いと思っているのか!」怒りに満ちたシドがメイドの右手首を握りしめた。「そ、それは……い、痛いっ!」騎士のシドに握りしめられたのだ。メイドの顔が痛みと恐怖で歪む。「やめて! シド! 乱暴はしないで!」「そうですよ、シドさん! ジェニファー様の言うとおりです!」ジェニファーとポリーが必死で止める。「っ! わ、分かりました……」シドが手を離すとメイドは怯えた様子で握りしめられた手首を抑える。「ごめんなさい、大丈夫でしたか?」ジェニファーが心配そうに声をかけた。「は、はい……だ、大丈夫です……」シドが余程怖いのだろう。メイドは震えながら返事をする。「分かりました。今言われた場所には行きませんから」「ジェニファー様! 何を仰っているのです!?」ジェニファーの返事に、シドが反応する。「だって、突然訪ねてきただけでも迷惑をかけてしまっているのよ。それに一ヶ月はお世話になるのだから、こちらの方針に従うのは当然よ」「従うって……ジェニファー様はニコラス様の妻ですよ?」「……」しかし、その言葉にジェニファーは答えることが出来なかった。自分の立場が、とてもではないがニコラスの妻には思えなかったからだ。気まずい沈黙が少し続き……シドがポツリと言った。「では、俺達を部屋に案内してくれ」「は、はい。案内いたします」メイドは怯えた様子で返事をし……シドとポリーは今度こそジェニファーの部屋を出て行った。――パタン扉が閉ざされると、ジェニファーはため息をついた。「ジョナサンが眠っていてくれて助かったわ」腕の中で眠るジョナサンの頭をそっと撫でると、ジェニファーはベッドの上にそっとジョナサンを寝かせた。「私、本当にこのお城でお世話になって良いのかしら……ここでも歓迎されていないみたいだし。お金があれば、どこか小さな家を一軒借りて……」そこまで言いかけ、ジェニファーは口を閉ざす。(駄目だわ……私1人なら、どうとでもなるけどジョナサンがいるわ。私の役目はジョナサンのシッター。この子はいずれ侯爵家の跡取りになるのだから責任を持って、育てなけ
last updateLast Updated : 2025-10-01
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3-6 体罰

「本当に素敵な部屋ね」ジェニファーは窓の外に目を移すと『ボニート』の美しい名峰を眺めることが出来る。「ジェニーも『ボニート』の山が好きだったわね……」ポツリと呟いた時。――コンコン部屋にノックの音が響いた。「誰かしら?」訝しげに扉を開けると、現れたのは執事長のカルロスだった。彼の足元にはジェニファーの荷物がある。「ジェニファー様、お荷物を運んで参りました」「わざわざ運んでいただき、ありがとうございます」「中に入ってもよろしいでしょうか?」「ええ、どうぞ」笑顔で返事をするとカルロスは荷物を部屋に運び入れ、神妙な顔つきでジェニファーを見つめる。「あの……何か?」「ジェニファー様、大変申し訳ございませんでした」カルロスは謝罪の言葉を述べ、頭を深々と下げた。「え? 一体何のことですか?」何のことか分からず尋ねると、カルロスは顔を上げる。「シドから話を聞きました。つい先ほど、メイドがジェニファー様に大変失礼な態度を取ったそうですね。そのメイドには罰を与えることにしましたので、どうか我々の不手際をお許しいただけないでしょうか?」その言葉にジェニファーは驚いた。「え? でもあれは、この屋敷全体の決まり事ではなかったのですか?」「まさか、そんなはずはありません。一部の使用人達が勝手に決めていただけのことです。ジェニファー様はテイラー侯爵夫人なのです。立ち入ってはいけない場所など何処にもありません」カルロスの表情は硬い。(てっきりニコラスが命じたものだとばかり思っていたのに……そうでは無かったの?)「では……彼女に一体どんな罰を与えるのですか?」「はい。3回の鞭打ちと丸2の日食事抜き。そして1人で1週間分の薪割り作業をさせることにしました」その言葉にジェニファーの顔は青ざめる。「そ、そんな! 私は気にしていないので、罰を与えるのはやめて下さい!」「あのメイドは自分の立場もわきまえず、ニコラス様の奥様でいらっしゃるジェニファー様に無礼な態度を取ったのです。罰を与えるのは当然のことです」「それでも罰は駄目です! 1人で1週間分の薪割りなんて重労働ではありませんか! それに2日も食事抜きの上に、ムチで打つなんてやめてください!」「ですが、それでは他の使用人達にしめしがつきません。悪いことをした者には罰を与えなければ」一方のカル
last updateLast Updated : 2025-10-02
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3-7 メイドからの謝罪

――18時「キャッキャッ」部屋にジョナサンの笑い声が響く。「ほーら、ジョナサン。こっちにボールを転がしてみて?」2人は布で作られたボールで遊んでいた。ジョナサンの転がした鈴入りのボールがチリンチリンと鳴りながら床の上を転がっていく。「はい、取ったわ。ジョナサンはボールを転がすのが上手ね」ジェニファーは笑顔を向けると、ジョナサンも嬉しそうに笑った。そのとき……。――コンコン部屋にノックの音が響いた。「ジョナサン、ちょっと待っていてね」ジェニファーはジョナサンに声をかけると、扉を開けて驚いた。「はい……え?」目の前に立っていたのは、この部屋に案内したメイドだったからである。「あなたは……」「はい、そうです。私は先程失礼な態度をとってしまったメイドです。ジェニファー様! 大変申し訳ございませんでした!」メイドは必死で頭を下げてきた。「ジェニファー様のお陰で、私は酷い罰を免れることが出来ました。私は奥様に酷い態度を取りました。重い罰を受けて当然のことをしてしまったのに、反省文だけにして下さったことを感謝申し上げます。本当にありがとうございました!」益々深く頭を下げてくるので慌てるジェニファー。「私ならもう大丈夫なので、顔を上げて下さい。それに元々私は奥様と呼ばれる資格はないのですから」「いいえ、ジェニファー様はニコラス様とご結婚されたのですから奥様と呼ばせて下さい。それに私のような者に敬語はおやめください!」余程強く叱責されたのか、メイドは小刻みに震えている。「分かったわ、敬語はやめるから顔を上げてくれる?」「は、はい……」恐る恐るメイドは顔を上げた。「あなた、名前は何というの?」「私は……ココと申します」「ココというのね? 可愛らしい名前だわ。ココはもしかして私に謝りに来たの?」「それもありますが、お食事のことでうかがいました。もう用意は出来ましたのでお知らせに参ったのです」「そうだったのね。それでジョナサンの離乳食は用意して貰えているかしら?」ジェニファーは事前にジョナサンの離乳食を頼んでいたのだ。「はい、勿論御用意は出来ております。今からこちらにお食事を運ばせて頂いてもよろしいでしょうか?」「え? この部屋で食事をするの?」意外な提案にジェニファーは首を傾げる。「もしかしてダイニングルームをご希望でし
last updateLast Updated : 2025-10-03
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3-8 心配と安堵

「お待たせいたしました、ジェニファー様」ワゴンに乗せて食事を運んで来たのは、やはりメイドのココだった。「ありがとう」「いえ、これが私の仕事ですから」ジェニファーがお礼を述べると、すっかり改心したのかココは笑顔で返事をし、テーブルの上に次々と料理を並べていく。メインディッシュからパンにスープ、そしてサラダ等。食の細いジェニファーには食べきれないほどの豪華料理だった。またジョナサンに用意された離乳食も、豪華な食材が使用されていた。テイラー侯爵家では自分から提案したとはいえ、パンとスープのみしか与えられていなかったジェニファーにとっては驚きでしかない。「あの、本当に私がこの食事を頂いてもいいのかしら?」「ええ、もちろんです。あ……もしかして、お気に召しませんでしたか?」ココが申し訳なさそうな素振りを見せる。「いえ、まさか! とても嬉しくて驚いているわ。この料理を用意してくれた人たちにお礼を言いたいくらいよ」「そんな、お礼なんて当然のことですから。でも厨房の者達に伝えておきますね。それでは、どうぞお召し上がりください」ココは一礼すると、去って行った。「ジョナサン、お食事にしましょうか?」ジェニファーは床の上に座って積み木遊びをしていたジョナサンを抱き上げ、テーブルに向かった。「マンマ、マンマ」すると、ジョナサンは料理を指さす。「ええ、そうよ。マンマよ?」ジェニファーはジョナサンをベビー用の椅子に座らせ、スタイを付けたとき。――コンコン「あら? ノックの音だわ。一体誰かしら? ジョナサン、少しだけ待っていてね」ジェニファーはジョナサンに声をかけると、扉を開けに向かった。「どちらさまですか?」『俺です、シドです』扉越しに声をかけるとすぐにシドの声が聞こえた。「え? シドなの?」扉を開けると硬い表情のシドが現れ、すぐに質問をしてきた。「ジェニファー様、食事は届きましたか?」「たった今届いたわよ」「そうですか。中に入ってもよろしいでしょうか?」「え? ええ。いいわよ」「では失礼します」シドは部屋の中に入ってくると、テーブルへと向かって行く。ジェニファーも慌てて追いかけながら質問した。「シド、どうかしたの?」「食事の内容を確認しに来ました」歩きながら返事をするシド。「え? 食事の内容?」ジェニファーが首を傾
last updateLast Updated : 2025-10-04
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3-9 執事長の疑問

――20時ジェニファーはジョナサンと一緒に入浴を済ませた。「ジョナサン、お湯は気持ちが良かった?」ジェニファーはバスルームでジョナサンの身体をバスタオルで拭きながら尋ねた。すると、にっこり笑うジョナサン。「そう、気持ち良かったのね?」ジェニファーも思わず笑顔になる。「部屋にバスルームもあって、コックを捻ればお湯が出てくるなんて本当にニコラスの実家はすごいのね……」ブルック家では当然お湯など出るはずも無かった。台所やバスルームにポンプは設置してあるものの、お湯は沸かさなければ使えなかったのだ。「さ、もう寝ましょうか?」寝間着に着替えさせて、自分も夜着に着替えるとジョナサンを抱き上げてベッドへ運ぶと、いつものように子守唄で寝かせつけを始めた……。――30分後「眠ったみたいね」ジェニファーはベッドからそっと離れると、サーシャに向けて手紙を書き始めた。今は『ボニート』にいること。前妻との間に生まれた男の子の母親代わりをしていることなどを詳細に書いた。「私の名前は伏せておきましょう。サーシャ宛ての手紙なら、叔母様は見ることがないはずだわ」手紙を書き終え、封をする前にジェニファーはあることに気付いた。「そうだった……ここのアドレスを知らなかったわ。明日、誰かに聞かなくちゃ……」そのとき。――コンコン部屋にノックの音が響いた。「あら? 誰かしら?」カーディガンを羽織り、扉を開けると訪ねてきたのは執事長だった。「ジェニファー様。夜分に申し訳ございません」執事長は丁寧に頭を下げてくる。「え? 何のことでしょう?」「はい。シドに言われたのですが、お2人の食事を同時に運べば、ジェニファー様がゆっくり食事をできないだろうと指摘されたのです。失念しておりました、大変申し訳ございません」「そんなこと気にしないで下さい。慣れていますので私なら大丈夫ですから。「いいえ。ですので明日からはジェニファー様とジョナサン様の食事の時間帯をずらして運ばせて頂きます。希望の時間帯をおっしゃって頂けますか」「そうですか……? では私とジョナサンの食事の時間を30分程ずらしていただけますか? 勿論ジョナサンが先でお願いします」「承知いたしました。それでは明朝7時にジョナサン様のお食事を運び、その後ジェニファー様のお食事を運ばせて頂きます。他に何か要望があれ
last updateLast Updated : 2025-10-05
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3-10 遠慮

 その日を境に、少しずつジェニファーを取り巻く環境は改善されていった。食事の時間はジョナサンとずらされ、ジェニファーは食事がしやすくなった。また気立ての良さが城中に知れ渡ってきたのか、使用人達はジェニファーの姿を見ると笑顔で挨拶する様になってきたのだった。そして、早いものでジェニファー達がこの城にやってきてから10日が過ぎていた……。――午前10時 ジェニファーはジョナサンを乗せたベビーカーを押して、ポリーと一緒に廊下を歩いていた。「今日はお天気も良いので、絶好のピクニック日和ですね」大きなバスケットを手にしたポリーが笑顔で話しかけてくる。「ええ、そうね」すると、前方から2人のメイドがこちらへ向かって歩いてくると、ジェニファーに話しかけてきた。「こんにちは、ジェニファー様」「ジェニファー様。おでかけですか?」「ええ。ちょっとそこまでピクニックに行ってくるの」「そうですか」「お気をつけて行ってらして下さい」「ありがとう」ジェニファーが笑顔で返事をすると、メイド2人は会釈してすれ違って行った。「……本当にここの使用人達は現金ですね。来たばかりの頃は皆ジェニファー様に冷たい態度を取っていたのに、良いお人柄だと分かった途端にコロッと態度を変えてくるのですから」ポリーが何処か不満げに小声で訴える。その様子に少し、ジェニファーは心配になった。「ねぇ、ポリー。ひょっとして他の使用人の人達とうまくいってないの?」「いえ、そんなことはありませんけど。失礼な態度を取ったココさんが反省文で許された時なんて大勢の使用人達が私に話しかけてきたんですよ。ジェニファー様はどんな人なのかって。勿論、とても優しくて素敵な方ですと言いましたけどね」「ありがとう、ポリー。そういえば、テイラー侯爵家でもあなただけは偏見を持たずに私に良くしてくれたものね」「い、いえ。そんなことは……」ジェニファーの言葉に、ポリーの顔が赤くなる。その時……。「マーマー」ベビーカーのジョナサンが手足をバタバタさせた。「あら? どうしたの? ジョナサン」ジェニファーは足を止めて、しゃがんで顔を覗き込んだ。するとジョナサンは扉を指さした。「このお部屋に入りたいのでしょうか?」ポリーが首を傾げる。「そうね……あ! この部屋は……」改めてジョナサンが指さした扉を見て、ジ
last updateLast Updated : 2025-10-06
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