All Chapters of 望まれない結婚〜相手は前妻を忘れられない初恋の人でした: Chapter 81 - Chapter 90

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2−2 ジェニファーの頼み

「あの、どうかしましたか?」ポリーの顔が青ざめたので、ジェニファーは驚いた。「だ、だって……ジェニファー様はニコラス様と結婚されたのですよね? 侯爵夫人になられたのに、親切にしないで下さいなんて……」「ありがとうございます。ポリーさんは優しい方なのですね」ジェニファーは笑みを浮かべた。「え……?」「だから尚更迷惑をかけたくはありません。私なら大丈夫なので、せめてジョナサン様だけでも気にかけておいていただけますか? 一応執事長にはジョナサン様のことはお願いしてありますが、私はどうもこの屋敷の人たちには歓迎されていないようですので」本当は歓迎されていないどころではない。自分は邪魔な人間と思われていることは感じていたが、メイドのポリーに告げるわけにはいかなかった。「ジョナサン様のお世話ですか……?」ジェニファーに問いかけ、ポリーはふと思った。(ジョナサン様のお世話をすることは、ジェニファー様の助けに繋がるに違いないわ)「分かりました。ジョナサン様のことはお任せ下さい」「お願いします。お食事、届けてくださってありがとうございます」ジェニファーはポリーに笑顔でお礼を述べる。「いいえ、食べ終えた食器はワゴンに乗せて廊下に出しておいて下さい。後ほど回収に伺います。それでは失礼します」ポリーはお辞儀をすると、足早に去っていった。(早く仕事を終わらせて、ここに戻ってこなくちゃ!)自分にそう言い聞かせながら。――パタン扉を閉じると、早速ジェニファーは朝食をとることにした。黒パンにスープ……。ブルック家で食べていたのと殆ど大差ない料理。「せめてニコラスからシッター代の賃金を貰えないかしら。そうすれば自分で食料を買えるし、仕送りも出来るのだけど。……でも、きっと無理よね。私からは彼に会いに行けるような立場にはないもの……」ポツリと呟くと、ジェニファーは使用人以下の乏しい料理を口にした――****――午前10時 ニコラスは外出の準備をしていた。今日から一ヶ月ほど、仕事関係で近隣諸国に足を運ばなければならないからだ。本当はもっと以前から行かなければならなかったのだが、ジョナサンのことが気がかりで先延ばしにしていたのだ。「ニコラス様。本当に本日から行かれるのですね?」執事長のモーリスが尋ねてきた。「ああ、ジョナサンを置いていくわけにはい
last updateLast Updated : 2025-09-07
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2−3 驚きの光景

 ニコラスはジョナサンの部屋の前にやってくると、壁際にワゴンが置かれたワゴンを見つめた。「ん? 一体これは何だ……?」ワゴンの上には使用済みの1枚の皿に、スープ皿が乗せられている。「ジョナサンの離乳食の皿か……? まだ片付けられていないのか?」訝しげに思いながら、ニコラスは無言で扉を開けた。――ガチャッすると驚きの光景を目にした。ジェニファーがジョナサンをおんぶ紐で背負おうとしている最中だったからだ。「おい! 一体何をしているんだ!」「キャアッ!」突然声をかけられ、ジェニファーは悲鳴を上げて振り向いた。「あ……ニコラス様。お、おはようございます」「ジョナサンに何をしようとしていたんだ!」今までジョナサンがおんぶされている姿を見たことが無かったニコラスはズカズカと近づいてきた。「あ、あの……ジョナサン様をおんぶして外に行こうとしていました」ジェニファーはジョナサンを背中から下ろすと、抱き上げた。「外に……? 散歩にでもいくつもりならベビーカーを使えばいいだろう?」ベッドの傍らに置かれたベビーベッドを指さすニコラス。「散歩に行くのではなく、今から外でお洗濯をしようと思っていたので……」バツが悪そうに答えるジェニファー。「洗濯? どういうことだ?」状況が分らないニコラスは首を傾げる。(まさか、こんな時にニコラスが部屋を訪ねてくるなんて……もうこうなったら正直に言うしか無いわね……)ジェニファーは覚悟を決めた。「洗濯をしに行こうと思っていました。ジョナサン様を一人にすることは出来ないので、おんぶしてお洗濯をしようと思って……」「洗濯だって……? 何故君が洗濯をする必要がある? 洗濯ならメイドに任せればいいだろう? 君の役目は何だ? ジョナサンの世話をするのが役目だろう?」本来であれば、ジェニファーがこの屋敷に招かれたのはニコラスの妻になるため。しかし、今は誰もがジョナサンの世話をするためにここへ来たのだと思いこんでいた。ニコラスだけでなく、ジェニファー本人まで。「ジョナサン様のお洗濯は着替えの用意は使用人の方達がお世話してくれます。その……洗濯をしようとしていたのは、私の……分なのです」ニコラスの反応が怖く、最後の方は消え入りそうな声になってしまう。一方、ニコラスは何のことか最初のうちは理解できなかった。しかしジ
last updateLast Updated : 2025-09-08
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2−4 失望と戸惑い

「一体どういうことだ? 洗濯は自分でしているだと? それに今朝は何を食べたんだ?」ニコラスは早口で尋ねた。「食事はパンとスープでした。あ……! で、でもそれは私から言い出したことなので気になさらないで下さい!」必死で首を振るジェニファー。(今の話が使用人の耳に入れば、さらに自分の立場が悪くなってしまうわ……!)「パンとスープだけだって!? 昨夜もそうだったじゃないか。そもそも、何故自分からそんな粗末な食事を言い出す必要がある? 洗濯の件といい、その乏しい身なりといい……一体どうなっているんだ!?」ニコラスは苛立たしげに尋ねた。「どうなっていると言われましても……」どうすればよいか分からず、ジェニファーはうつむく。ニコラスが部屋に来てくれたことは嬉しい限りだったが、質問に答えたことで怒らせてしまった。(ニコラスは私のせいで怒っているわ……どうしよう、これでは自分の要求を伝えることが出来ない……)「黙っていては分らないだろう? 俺は忙しいんだ。これから仕事で一ヶ月屋敷を留守にする。そのためにジョナサンの様子を見に来たと言うのに……」「え? そ、そうだったのですか? だからこちらへいらしたのですか?」「そうだ。それ以外に何がある?」ニコラスは腕組みする。「い、いえ。そうですよね。おっしゃるとおりです」返事をしながらジェニファーは失望していた。てっきり今後の話し合いの為にニコラスが訪ねてきたと思っていたからだ。その時。「遅くなって申し訳ございません! ジェニファー様!」開け放たれた扉からポリーが部屋に飛び込んできた。「ポリーさん!」するとニコラスが振り向き、ポリーを見つめる。「メイド……? 一体どうしたんだ?」ニコラスの姿が一瞬目に入らなかったポリーは慌てて頭を下げた。「あ! た、大変失礼いたしました! まさか旦那様がいらしているとは思わず……失礼をお許しください!」「いや、いい。顔を上げろ、ここへは何をしに来たのだ?」「はい……ジェニファー様のお手伝いに参りました」ポリーは頭を下げたまま答える。「え?」その言葉にジェニファーは驚いた。まさかポリーが自分の手伝いを申し出てくれるとは思わなかったからだ。「……そうか。なら頼んだぞ」ニコラスはポリーに声をかけると、次にジェニファーに視線を移す。「執事長には待遇を
last updateLast Updated : 2025-09-09
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2−6 騒ぎの原因

――その頃。ベビーベッドの上でお座りしているジョナサンの元へ、哺乳瓶を持ったジェニファーが姿を見せた。「ンマンマ」途端にジョナサンは両手を伸ばして、訴える。「フフフ。ジョナサンはおりこうね、今ミルクをあげるわね」ベビーベッドからジョナサンを抱き上げてソファに座ると、ジェニファーは慣れた手つきでミルクをあげた。コクンコクンと喉を鳴らしてミルクを飲むジョナサンをジェニファーは愛しげに見つめる。「本当にジョナサンはジェニーに良く似ているわね。その青い瞳……海のように綺麗だわ」すると傍らでシーツ交換をしていたポリーが尋ねてきた。「私は前の奥様にお会いしたことが無かったのですが、ジェニファー様とジェニー様は従姉妹同士だったのですか?」「……え、ええ。そうです。ジェニーは私の……大切な従姉妹でした」(でも、今の私にはそんなこと言える立場ではないわ……私のせいでジェニーは死にかけてしまった過去があるのだから……)ジェニーのことを思い出すと、申し訳ない気持ちで今もジェニファーの胸は痛くなる。その時。廊下が不意にバタバタと騒がしくなった。多くの足音が行き来する足音が聞こえてくる。「あら? 何だか騒がしくなりましたね?」ミルクをあげながらジェニファーは扉の方を振り向いた。「ええ、確かにそうですね。一体何事なのでしょう? 少し様子を見てきますね」ポリーはシーツを籠にいれると、扉に向った。「え!? な、何!」扉を開けたポリーは驚いた。何故なら大勢の使用人たちが慌ただしく同じ方向に向かって歩いているのからだ。誰もが不安げな表情を浮かべている。そこでポリーは眼の前を通り過ぎようとする、年若いフットマンに慌てて声をかけた。「あ、あの! 一体これは何事ですか?」「何も知らないのか? 先ほど当主様が執事長とメイド長にクビを言い渡したんだよ。それで使用人は全員ホールに集まるように指示があったんだよ」「え!? そんな話、初耳です!」「なら、お前もすぐにホールに来いよ。当主様の命令なんだからな」フットマンはそれだけ言うと、足早に去っていく。「大変だわ……ジェニファー様に声をかけたらホールに行かなくちゃ!」ポリーは急いで部屋に入った。「大変です! ジェニファー様!」「どうかしたのですか?」ジェニファーは丁度ミルクを飲み終えたジョナサンを抱き
last updateLast Updated : 2025-09-10
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2−5 ニコラスの決定

 ニコラスが部屋に戻ると、執事長のモーリスが出迎えた。「ニコラス様、出発の準備は全て整えております」「……モーリス」ニコラスはモーリスを睨みつけた。「はい、何でございましょう」「今、ジョナサンの様子を見に行ってきたが……ジェニファーはジョナサンを連れて洗濯をしに行こうとしていたんだぞ? それどころか食事はパンとスープのみだった。着ている服だって、まるで使用人以下のように乏しいものだし……あれで侯爵夫人と言えると思っているのか!? 何故あのような待遇をしている!」「それはジェニファー様が自分から言い出したことです。自分の洗濯は自分でする。食事はパンとスープで良いと。我々はその言葉に従ったまでです」眉一つ動かさずにモーリスは答える。「お前は本気でそんなことを言っているのか? 何処の世界に自ら望んでそんな申し出をする者がいるんだ? そう言わざるをえない環境を作ったからではないのか?」「お言葉を返すようではありますが……ニコラス様がそれを望んでいたのではありませんか?」「……何だと?」その言葉に反応する。「あれほど、ニコラス様はジェニファー様を恨んでいたではありませんか? あの温和なフォルクマン伯爵でさえ、ジェニファー様の話になると怒りを顕にしていました。所詮、そのような人物なのですよ? それなのにニコラス様は我らの反対を押し切って、あの方を後妻に迎え入れたではありませんか?」「それはジェニーの遺言だったからだ!」「だからですよ」「何?」モーリスは冷たい笑みを浮かべる。「ただでさえジェニー様はお身体の弱い方でした。それなのに精神的に、あの者は追い詰めていったのですよ? 外見はジェニー様にそっくりではありますが、とんでもない悪女です。どうせ自分から後妻に入れるように、心優しいジェニー様に命じたに決まっています。そのような者に少々罰を与えて何が悪いのですか?」「何だと? モーリス……お前は本気でそんなことを言っているのか!?」ついに我慢できず、ニコラスは声を荒げた。「ええ、本気です。メイド長も同じ考えです」相変わらず顔色一つ変えないモーリス。「……そうか、分かった。今、メイド長も同じ考えだと言ったな?」「はい」「なら、お前とメイド長を解雇することにしよう」「え!? な、何ですって!?」この時になり、初めてモーリスの顔が青ざめ
last updateLast Updated : 2025-09-11
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2−6 騒ぎの原因

――その頃。ベビーベッドの上でお座りしているジョナサンの元へ、哺乳瓶を持ったジェニファーが姿を見せた。「ンマンマ」途端にジョナサンは両手を伸ばして、訴える。「フフフ。ジョナサンはおりこうね、今ミルクをあげるわね」ベビーベッドからジョナサンを抱き上げてソファに座ると、ジェニファーは慣れた手つきでミルクをあげた。コクンコクンと喉を鳴らしてミルクを飲むジョナサンをジェニファーは愛しげに見つめる。「本当にジョナサンはジェニーに良く似ているわね。その青い瞳……海のように綺麗だわ」すると傍らでシーツ交換をしていたポリーが尋ねてきた。「私は前の奥様にお会いしたことが無かったのですが、ジェニファー様とジェニー様は従姉妹同士だったのですか?」「……え、ええ。そうです。ジェニーは私の……大切な従姉妹でした」(でも、今の私にはそんなこと言える立場ではないわ……私のせいでジェニーは死にかけてしまった過去があるのだから……)ジェニーのことを思い出すと、申し訳ない気持ちで今もジェニファーの胸は痛くなる。その時。廊下が不意にバタバタと騒がしくなった。多くの足音が行き来する足音が聞こえてくる。「あら? 何だか騒がしくなりましたね?」ミルクを上げながらジェニファーは扉の方を振り向いた。「ええ、確かにそうですね。一体何事なのでしょう? 少し様子を見てきますね」ポリーはシーツを籠にいれると、扉に向った。「え!? な、何!」扉を開けたポリーは驚いた。何故なら大勢の使用人たちが慌ただしく同じ方向に向かって歩いているのからだ。誰もが不安げな表情を浮かべている。そこでポリーは眼の前を通り過ぎようとする、年若いフットマンに慌てて声をかけた。「あ、あの! 一体これは何事ですか?」「何も知らないのか? 先ほど当主様が執事長とメイド長にクビを言い渡したんだよ。それで使用人は全員ホールに集まるように指示があったんだよ」「え!? そんな話、初耳です!」「なら、お前もすぐにホールに来いよ。当主様の命令なんだからな」フットマンはそれだけ言うと、足早に去っていく。「大変だわ……ジェニファー様に声をかけたらホールに行かなくちゃ!」ポリーは急いで部屋に入った。「大変です! ジェニファー様!」「どうかしたのですか?」ジェニファーは丁度ミルクを飲み終えたジョナサンを抱き
last updateLast Updated : 2025-09-12
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2−7 集められた使用人たち 1

 ジョナサンをベビーカーに乗せ、ジェニファーとポリーは急ぎ足でホールへ向っていた。既にすべての使用人たちはホールに集まっているのか、廊下は静まり返っている。「一体、何が起こったのでしょう? 私、まだこのお屋敷で働き始めて半年しか経っていないんですよ」ポリーがオロオロしながら自分のことを語った。「そうですね。でもホールに行けば、何が起きているか分かるはずです」けれどジェニファーには、何となく想像がついていた。恐らく使用人を集めたのは自分が原因なのではないだろうかと。やがてホールの入口が見えると、扉が大きく開け放たれている。2人でそっと覗き込むとホールの中は使用人たちで埋め尽くされ、どれくらいの人数が集まっているのか想像もつかなかった。そして窓を背に、使用人たちと向かい合わせに立っているニコラスの姿がある。その背後には執事のモーリスと、年配のメイドもいる。「ジェニファー様はジョナサン様を連れていらっしゃるので中に入らないほうが良いと思います。私だけ様子を見てまいりますね」ジェニファーが頷くと、ポリーは足音を立てないように使用人たちの一番最後尾に並んだ。まだニコラスからの話は始まっていないのか、ホールには緊張感が漂っている。 ニコラスは使用人全員を見渡した。「人数が少いな……全員揃っていないのか?」すると、モーリスよりも年長の男性が口を開いた。「恐れながら……ニコラス様。急な招集でしたので、どうしても連絡が不行届な者や持ち場を離れられない者も多くおりますので……」「そうか、なら仕方がない。それではお前たち、よく聞け! 今、眼の前にいる執事長とメイド長は当主である俺に歯向ったのだ! そこで2人を即刻解雇することにした。何か異論がある者は、この場で遠慮なく手を上げろ! どんな意見でも聞こう!」すると、一瞬その場がざわめく。その様子をジェニファーは、ハラハラしながら見守っていた。(まさか、こんな場面で異論を唱える人が現れるはずないのに……)ところが……。一人の執事が手を上げた。彼はモーリスの忠実な部下であり、彼同様日頃からニコラスをよく思っていなかったのだ。ニコラスはその執事を見つめた。「異論があるようだな? ではお前の意見を述べてみろ」ニコラスが穏やかに尋ねてきたからだろう。その人物は、自分の意見を述べ始めた。「恐れながら、ニ
last updateLast Updated : 2025-09-13
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2−8 集められた使用人たち 2

「はい、そうです」ニコラスが笑みを浮かべたからだろう。意見を述べた執事は、どこかホッとした様子で頷く。「よし、それではこの際だ。執事長とメイド長を辞めさせることに反対意見の者はいないか? いるなら遠慮せずに手を上げてくれ」ニコラスが周囲を見渡しながら穏やかに尋ねると、使用人たちは互いを見渡し……徐々に一人二人と手を上げていく。そして、いつの間にかこの場に集まっている使用人の半数近くが反対意見として手を上げていたのだ。「なるほど……それでは手を上げた者たちは、前に出てくれるか?」そこで手を上げた使用人たちはゾロゾロとニコラスの前に現れた。「……」ニコラスは少しの間、前に出てきた使用人たちの顔を見渡し……。「お前たちは全員クビだ! この屋敷から出て行くが良い。荷造りもあるだろうから半日の猶予を与えよう。分かったな!」冷たく言い放った。その言葉に当然使用人たちはざわめく。「そ、そんな! 今すぐクビなんて、あんまりです!」悲鳴じみた声を上げたのは、言うまでもない。ニコラスに意見した執事だ。「あんまりだと……? 当主の俺に逆らうような者たちを使用人として置いておけるはずがないだろう?」ニコラスは怒りの眼差しを使用人たちに向ける。その迫力は恐ろしいほど凄く、メイドたちは青ざめてブルブル震えている。「お言葉ですが、ニコラス様! こんなに一度に我々をクビにして、この屋敷が成り立っていくと思っておいでなのですか!」今まで固く口を閉ざしていたモーリスが訴えてきた。「お前はもうクビになる身分だ! 屋敷の心配よりも自分たちの今後の生活を考えるべきだな! 言っておくが、当主の命令に歯向かうような者たちには紹介状など渡すつもりもない! 分かったなら即刻出ていけ!」声を張り上げて言い切るニコラスをジェニファーは震えながら扉の外から伺っていた。(ニコラス……あんなことを言って大丈夫なのかしら……それに使用人の人たちがおとなしく出ていくとも思えないし……一体どうするつもりなの……)その時ジェニファーは背後に人の気配を感じて振り向き、驚きで目を見張った。「え……?」一方、ホールでは再び騒ぎが起こっていた。誰もが突然の解雇命令に驚き、混乱していたのだ。そこへクビを言い渡されながら、まだニコラスに歯向かう大胆な人物が現れた。「出て行けと言われて私達がおとな
last updateLast Updated : 2025-09-14
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2−9 集められた使用人たち 3

 ニコラスに指示され、中心になって騎士たちに命じる青年をジェニファーは扉の陰からじっと見つめていた。栗毛色の髪の青年は、昔少しの間交流のあった少年シドの面影を残している。そしてジェニファーとすれ違うとき、2人の目と目があったのだ。その瞬間、驚いたように青年は目を見開いた。「……多分、あの人は……ニコラスの護衛をしていたシドに違いないわ……」ジェニファーは、このまま様子を伺うことにした。「ニコラス様に反抗した使用人たちは全員確保しました。その際に抵抗した者は縛っております」栗毛色の青年……シドがニコラスに報告した。「そうか、良くやってくれた。シド」ニコラスは頷くと、自分に抵抗した使用人たちを見渡した。彼らは騎士たちによって囲まれ、半数近い使用人たちが両手を紐で縛られている。当然、そこにはモーリスやメイド長、そして反論してきた執事の姿もある。「ニコラス様! こ、このような身勝手な真似をなさって……大旦那様がこのことを知ったなら大事になりますよ! それにパトリック様にイボンヌ様も黙ってはおられないでしょう! 一体何をお考えなのですか!」モーリスが顔を赤らめて抗議した。「俺はパトリックと後継者争いの末、父から正式にテイラー侯爵家の家督を継いだのだ。当主の俺に歯向かえる者など、もういない! お前たち! 捕らえた使用人たちを各自の部屋に連れていき、荷造りをさせろ!」『はい!』騎士たちはニコラスの命令に声を揃えて返事をすると、クビを命じられた使用人たちを取り囲むように連行していく。「……」その様子をジェニファーは縮こまりながら見つめていると、何やら強い視線を感じた。「!」思わず、その方向を見つめてジェニファーは息を呑んだ。連れ出されていく使用人たちの中に専属メイドとして紹介されたジルダと、シッターのダリアの姿があったからだ。彼女たちは憎しみを込めた目で、ジェニファーを睨みつけながら他の使用人たちと同様に連れ去られていく。(そ、そんな……まさか、あの人達までニコラスに歯向かったなんて……)呆然と彼女たちの後ろ姿を見届けていたそのとき。「小娘! 何故お前がここにいる!」突如背後で恐ろしい声が聞こえ、ベビーカーの中にいたジョナサンが怯えて激しく泣き出した。「ワアアアァアアン!」「ジョナサン!」慌ててジェニファーはベビーカーからジョナサ
last updateLast Updated : 2025-09-15
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2−10 集められた使用人たち 4

 ちょうど同じ頃、ニコラスは残された使用人たちを見渡すと静かに尋ねた。「……お前たちは、俺に異論は無いのか?」『……』使用人たちは全員無言で佇んでいる。すると……。「ニコラス様、私から少々よろしいでしょうか?」初老の男が手を上げた。彼はニコラスに使用人全員が揃っていないことを告げた人物だった。「ああ、いいだろう」すると執事は静かに語りだした。「ここに残った者たちは、全員が執事長、及びメイド長に嫌がらせを受けていた者たちばかりです。過重な労働を課せられたり、わざと重要な連絡事項を知らされなかっり……もしくは、前当主様を存じ上げない新人ばかりでございます」「……やはり、そうだったのか。噂によると使用人たちの間で、派閥が出来ていると聞かされていたが……それではお前たちは、不当な仕打ちを受けていた者たちなのだな?」ニコラスの言葉に、使用人たちは周囲を見渡しながら頷いた。「執事長とメイド長は……テイラー侯爵家の次期当主になられるお方はパトリック様に違いないと話していました。なので……」「俺が当主になったのが気に入らなかったということだな? それで他の使用人たちを巻き込んで、派閥が出来たのか……くだらない話だ。そういえば、確かお前の名前は……」「私はライオネルと申します。以前は離れの屋敷の執事長を務めておりました。今は引退し、こちらの屋敷で執事の補佐業務を行っております」丁寧に頭を下げるライオネル。「そうか……ではライオネル。突然のことで申し訳ないが、これよりお前がこの屋敷の筆頭執事になってもらえないか?」「え? この年寄にでございますか?」「ああ。この屋敷に邪魔な者たちは排除した。今度は立て直すために力を貸してもらえないだろうか? ……ここに残る使用人たちと共に。どうか頼む」ニコラスは頭を下げ、使用人たちがざわめいた。「お、おやめ下さいませ! ニコラス様! そのようなことをされずとも、我々はこのお屋敷の為に誠心誠意を持って働く所存でございますから。どうか頭を上げて下さい」ライオネルは慌てた様子でニコラスに声をかけた。「そうか……? 皆、ありがとう。感謝する。人員がかなり減ってしまったが、これから新しい使用人を雇用していくつもりだ。ライオネル、協力してくれるな?」するとライオネルは笑みを浮かべる。「ええ、おまかせくださいませ。年老
last updateLast Updated : 2025-09-16
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