All Chapters of 望まれない結婚〜相手は前妻を忘れられない初恋の人でした: Chapter 151 - Chapter 160

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4−16 ダンとの別れ

「ジェニファー……どうしてなんだよ……? 相手は式も挙げてくれない、結婚指輪だってくれない冷たい男なんだぞ? それなのに何でだよ……」青ざめた顔でジェニファーを見つめるダン。「ダン、お願い。そんな言い方はしないで」「何だよ! そうやってあいつを庇うって言うのか? 俺とジェニファーの方がどれだけ長い時間一緒に過ごしてきたと思っているんだよ!」「違う、そうじゃないわ。落ち着いてダン。ここはニコラスが所有する城なのよ? 誰かに聞かれたらどうするの? 相手は侯爵様なのよ? 平民のあなたが逆らってはいけない方なの。」「俺のことを心配しているなら、ここを出よう。裕福な暮らしは約束できないけど、それでも生活に苦労はさせないって誓うよ」まるでプロポーズにも取れるようにジェニファーに訴える。するとジェニファーは悲しげな表情を浮かべてダンを見つめた。「ダン……私の話、理解できていないの? 私はニコラスが好きなの。例え彼が私を憎んでいても、それでも側にいたいのよ」(そう……彼に捨てられるまでは……)「まだそんなこと言うのかよ……侯爵の何処がいいっていうんだ?」「ダンには分からないだろうけど、ニコラスは誠実で優しい人なの。私はジェニーを苦しめてしまったわ。私はニコラスから憎まれても当然なの。それなのに彼は私を色々気遣ってくれているのよ。私を侯爵夫人と認めない使用人を全員解雇したり、居心地が悪い侯爵家から少しの間離れられるように、こうやって『ボニート』での生活を与えてくれたのだから」ダンにしてみれば、いずれも大したことがない話だった。けれどジェニファーにとってはどれも重要なことだったのだ。(それだけ、ジェニファーは侯爵のことが好きだってことなのか……結局、俺は1人の男として見てはもらえないのか……)ジェニファーの心の隙に自分が入り込む余地など無いことをダンは悟った。「そうか……ジェニファーの気持ちが良く分かったよ」ポツリとダンは寂しそうに呟くと、ジェニファーに大輪の花を包んだクロスを手渡してきた。「ダン……」ジェニファーはクロスを受け取ると、じっとダンを見つめる。「悪いな。この花、中まで運んでやることが出来なくて」「ううん、そんなことないわ。ここまで運んでくれてありがとう」「ジェニファー、今度はいつ会えるか分からないけれど……元気でな。手紙、書くよ
last updateLast Updated : 2025-11-16
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4−17 シドの確信

 ジェニファーが城の前まで辿り着くと、突然目の前の扉が開かれてシドが姿を現した。「お帰りなさいませ、ジェニファー様」「シ、シド……驚いたわ。まさかあなたが出迎えてくれるなんて」「申し訳ございません。驚かせてしまいましたか?」シドが少しだけ悲しそうな顔つきになる。「いえ、それほどでもないから気にしないで。ところで何故シドがここにいるの?」「窓の外を眺めていたから、ジェニファー様が戻ってくる姿が見えたからです。大きな荷物を持っていたので扉を開けに来ました」しかしそれは少し違っていた。本当はずっとジェニファーが帰って来るのを、今か今かと待ちわびていたのだ。「そうだったのね。ありがとう」「ところでジェニファー様、その荷物は一体何でしょうか?」シドは足元に置かれたクロスに包まれた大きな荷物を指さした。(ジェニファー様の後をつけていたので本当は知っているが……ここでは尋ねた方が自然だろう)「これはね、ポピーの花が入っているの。ジェニーが好きだった花だから部屋に飾ってあげたくて」「そうだったのですね。なら俺が運びますよ」シドは荷物を抱え上げた。「ありがとう、シド」「いえ、では行きましょう」「そうね。ジョナサンも待っているだろうし」そして2人はジェニファーの部屋へ向かった――****「ジェニファー様、随分とお早いお帰りでしたね?」部屋に戻るとポリーが待っていた。「ただいま、ポリー。ジョナサンはどうしてるのかしら?」「ジョナサン様ならたった今、お昼寝に入られたところです」ベビーベッドにはジョナサンがスヤスヤと眠っている姿が見える。「私がいなくて、ぐずったりとかはしなかった?」「ええ、大丈夫でした。ところで……シドさん、その荷物は何でしょうか? 何だかよい香りがしますけど」ポリーはシドがテーブルの上に置いた大きな荷物を見て首を傾げると、シドがジェニファーに尋ねた。「ジェニファー様、開けても良いですか?」「ええ。お願い」早速シドがクロスの結び目を解くとオレンジや赤にピンクといった大輪の花が現れ、ポリーが目を丸くする。「まぁ、花だったのですか? とても綺麗ですね」「ジェニファー様、この花は何という名前ですか?」シドは花にはあまり詳しくは無かった。「この花はポピーよ。部屋に飾りたくて摘んできたの」「だったら、しおれる間に
last updateLast Updated : 2025-11-17
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4−18 ジェニファーとポリー

ジェニファーが部屋で縫物をしていると、ポリーが大きな花瓶を抱えて戻って来た。「ジェニファー様。花瓶を貰ってきました。もうお水も入っていますよ」「ありがとう、ポリー。それじゃ、早速生けましょう」「はい、ジェニファー様」2人で花を活けていると、ポリーが尋ねてきた。「シドさんの姿が見えませんけど、何処へ行ったのですか?」「シドなら城の見張りに行ってるわ。交代の時間になったらしいから」「そうなのですか。中々お忙しい方ですね」「本当よね。それに私のことも色々気に掛けてくれているから、何だか申し訳なくて」その言葉にじっとジェニファーの横顔を見つめるポリー。(ジェニファー様はシドさんの気持ちに気付いていないのだわ。あんなにはっきり好意を示しているのに「どうかしたの?」ポリーの視線に気づいたジェニファーが首を傾げる。「い、いえ。何でもありません。ところで何を縫ってらしたのですか?」「あれはスタイよ。ジョナサンの為に縫っていたの。スタイは何枚あっても困ることは無いから」「スタイですか? すごいですね。ジェニファー様自らが縫われるなんて」「そう? それってすごいことなの?」子供の頃から、縫物をしてきたジェニファー。スタイを縫うくらいは、どうということはなかった。それにサーシャがお針子になったのも、元はジェニファーの影響によるものだった。「はい、すごいことですよ。私はてっきり旦那様にプレゼントするハンカチだとばかり思っていましたから」「私がニコラスにプレゼントしても、きっと受け取ってくれないと思うわ。迷惑に思われるだけだもの」「ジェニファー様……」「あ、ごめんなさい。変なことを言ってしまって」ジェニファーは最後の花を花瓶に差し終えると、ジョナサンの様子を見に行った。ベビーベッドの中のジョナサンはスヤスヤと良く眠っている。(フフフ……本当に可愛いわ。ぐっすり眠っているようだから、大丈夫そうね)そこでジェニファーはポリーに声をかけた。「ポリー、少しの間ジョナサンを見ていてもらえるかしら?」「はい、分かりました。何処かへ行かれるのですか?」「ええ。ちょっとニコラスの所へ行こうと思って」「え!? 旦那様の所へですか?」「少し用事があるの。ちょっと行ってくるわね。ジョナサンをよろしくね」「はい、行ってらっしゃいませ」ジェニファーは
last updateLast Updated : 2025-11-18
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4−19 本心を隠す2人

「いえ、大丈夫です。具合は別に悪くありません。それで……あの……」やはり、いざニコラスを前にすると緊張する。(私からジェニーの名前を口にして、機嫌が悪くなったら……)「言いたいことがあるならはっきり言ってみたらどうだ? これでも俺達は書類上は夫婦なのだからな」書類上は夫婦……その言葉をジェニファーは複雑な気持ちで聞いていた。(そうよね、所詮私とニコラスは書類上だけの夫婦。それに元々私は彼からよく思われていないのだから聞くことにしましょう)ジェニファーは自分自身に言い聞かせると用件を伝えた。「ニコラス様、本日は外出を許可していただき、ありがとうございます。それで図々しいかもしれませんが、もう一つお願いしてもよろしいでしょうか?」「分かった、どんな願いだ?」「あの……ジェニーのお墓を教えて頂けないでしょうか? お墓参りに行ってみたいのです」「何だって? ジェニーの墓参りだって?」「はい。駄目……でしょうか?」「伯爵からどこにあるか聞いていないのか? 自分がブルック家に手紙で知らせると話していたのだが」「手紙は届いたのですが……病気で亡くなったことしか書かれていませんでした。亡くなった日にちも、お墓の場所も書かれていなかったのです。多分……私にはお墓参りもして欲しくなかったのかもしれませんね」寂しげに語るジェニファー。「……そうか」そこでニコラスは考え込んだ。(多分、ジェニファーの話した通りなのだろう。何しろ伯爵はジェニファーのことをずっと恩知らずで薄情な娘と言っていたからな……)ニコラスの知るフォルクマン伯爵は穏やかで社交的な人物だった。しかし、そんな彼もジェニファーの話になると人が変わったように豹変していたのだ。それ故、ジェニーが亡くなったときに出てきた遺言状に伯爵は驚いた。何しろ遺言状に、自分が亡くなった後はジェニファー・ブルックと再婚して子供も託したいと書かれていたからだ。当然ジェニファーを憎んでいる伯爵は猛反対したが、ニコラスはジェニーの気持ちを尊重したかった。そこでジェニーの亡くなった1年後には、遺言通りにジェニファーと再婚するつもりだと伯爵に告げた。すると伯爵は激怒し……ついには絶縁に至ってしまったのだった。(伯爵のことを考えれば、墓の場所を教えるべきではないのだろうが……だが、俺はジェニーの意思を尊重したい
last updateLast Updated : 2025-11-19
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4−20 ジェニーのお墓参り 1

――翌日、午前10時「ポリー。お墓参りに行っている間、ジョナサンをお願いね?」ジェニファーは身支度を整えると、ポリーに声をかけた。「はい、お任せ下さい。ジョナサン様は責任を持って私がお世話いたしますので」ジョナサンを腕に抱いたポリーが頷く。「ジョナサン。少しの間、お利口さんにしていてね」ジェニファーがジョナサンの頭を撫でたとき……。「フゥエエエエェンッ! マァマ〜ッ! マァマ〜ッ!」何かを察したのか、ジョナサンが顔を真っ赤にさせてボロボロ泣きながら必死でジェニファーに手を伸ばす。「え? ジョナサン? どうしちゃったの?」「ジョナサン様! 何故泣くのですか?」ジェニファーとポリーは慌てて声をかけるも、ジョナサンは一向に泣き止まない。「ポリー、ジョナサンを渡して?」「は、はい。ジェニファー様」火の付いたように泣くジョナサンをポリーから預かると、途端にグズグズ泣きながらジェニファーの胸に顔を埋めてきた。「マァマ……ヒックヒック……マァマァ……」「ジョナサン……」こんなに泣いて自分にすがりついてくるジョナサンを置いて、墓参りに行くことなどジェニファーには出来なかった。けれど『ボニート』を去る日は、刻一刻と迫っている。いつまでここにいられるのか定かではないのだ。だとしたら……。ジェニファーは決めた。「ポリー。私、ジョナサンを連れてお墓参りに行くことにするわ」「え? ジェニファー様……でも大丈夫なのですか? 確かジェニー様のお墓は町が見下ろせる丘の上に建っているのですよね? ジョナサン様を連れて丘を登るおつもりですか?」「ええ、でも大丈夫よ。これでも体力に自信はあるから連れて行けるわ。だってこんなに泣くジョナサンを置いて行けないもの」ジェニファーはジョナサンを胸にしっかり抱きしめた。「そうですか……シドさんがいれば、ついてきて貰えたのですけどね……」シドは仕事で外へ出ているニコラスに付き添っている為に、本日は不在だったのだ。「仕方ないわ。シドは忙しい人だから。ジョナサンを連れて行くから、外出準備を一緒に手伝ってくれる?」「はい、ジェニファー様」2人はジョナサンの荷物の準備を始めた。――40分後「準備が出来たから出かけてくるわね」ベビーカーにジョナサンと荷物を乗せたジェニファーはポリーに声をかけ……目を見開いた。な
last updateLast Updated : 2025-11-20
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4−21 ジェニーのお墓参り 2

 ジェニファー達を乗せた辻馬車は、『ボニート』で一番大きな教会目指して走っていた。「辻馬車がすぐに見つかって良かったですね」向かい側に座るポリーが笑顔でジェニファーに話しかけてくる。「そうね。まさか門の外を出てすぐに馬車がつかまるとは思わなかったわ」そして膝の上に座るジョナサンを見下ろした。ジョナサンは景色が珍しいのか、食い入るように窓の外を見つめている。「でも、ジェニファー様。何故辻馬車を利用したのですか? 城にも馬車はありますよね?」「知ってるわ。でも、私からは借りにくいもの」ジェニファーの立場は執事長カルロスのお陰で当初より格段に良くなっていた。今では使用人たちは彼女をみれば挨拶し、無視するような者は誰一人としていない。それでも自分は微妙な立場にあることを自覚している。書類場は夫婦であれど、それは表向きのこと。結婚式も挙げていなければ、他の貴族たちに妻として紹介されたことすら無い。本当の役目はシッターとしてジョナサンの世話をすることなのだ。(私は、使用人と変わらない立場なのに……馬車を使わせて欲しいなんて頼めないわ)「でも辻馬車ならたしかに気軽に利用できるからいいですよね。お金さえ払えば行きたい場所に連れて行ってくれるのですから」ジェニファーの気持ちを察してか、明るい声でポリーは語る。「そうね。あ、教会が見えてきたわ」窓の外から小高い丘にそびえ立つ美しい教会が見えてきた。「あの教会で、ジェニー様のお墓のある場所を尋ねるのですね?」「ええ。お墓はたくさん並んであるから、多分教会で聞かなければ分からないだろうってニコラスに言われたのよ」「そうですか。……だったら旦那様も付いてきてくだされば良いにの」不満げに唇を尖らせるポリー。「ポリー……」『ただし、墓参りは1人で行ってくれ。俺は……君と一緒には行けない』ジェニファーは昨夜、ニコラスに言われた言葉を思い出してしまった。(でも、ポリーがそう思うのは無理ないわ……)すると、ジェニファーの視線に気付いたポリーが慌てたように謝ってきた。「あ! ジェニファー様、申し訳ございません! 一介のメイドの身分で、失礼なことを口にしてしまいました!」「いいのよ、気にしなくて。ニコラスはとても忙しい人だから、一緒に外出は難しいと思うの。私のせいで時間を取らせるわけにはいかないわ。ジ
last updateLast Updated : 2025-11-21
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4−22 ジェニーのお墓参り 3

「あの、私がどうかしましたか?」ジェニファーはシスターに尋ねた。「い、いえ。あまりにもジェニー様に良く似ていらしたので、驚いてしまったのです」「え!? もしかしてジェニーのことを御存知なのですか?」「はい。まだ子供だった頃からジェニー様のことは存じ上げております。よく別荘に療養に来られておりましたから」「療養に……」そのとき。「マァマッ! オンモ、イク!」ジェニファーの腕の中にいたジョナサンが外を指さした。「あ、ごめんなさい。ジョナサン、お外に行きたいのね?」優しくジョナサンの頭を撫でると、シスターが目を見開き、身体を震わせた。「ジョナサン……? ま、まさかその子供は、ジェニー様の……?」「シスターはジョナサンのことまで御存知だったのですか?」ジェニファーの問いかけに神妙そうな顔つきでシスターは頷く。「ええ。ジェニー様は、『ボニート』に来るたびにこの教会を訪ね……『懺悔室』を利用しておりましたから……妊娠中の頃も」「「懺悔室……?」」その言葉に、ジェニファーとポリーは首を傾げた——****「もうすぐ、ジェニー様のお墓が見えてまいりますよ」小高い丘を登りながら、先頭に立つシスターが振り返った。周囲には整然と墓標が建ち並んでいる。シスター自らがジェニーのお墓のある場所まで案内を申し出てくれたのだ。「圧巻の光景ですね。でも似たようなお墓ばかりで、これではどれがジェニー様のお墓なのか分かりませんね」ポリーが周囲を見渡す。「確かにその通りね」ジョナサンを抱っこ紐で抱きかかえいているジェニファーが返事をしたそのとき。少し離れた場所にいたシスターが手招きしてきた。「皆さん、こちらです。ジェニー様のお墓はこちらにありますよ」「ジェニファー様、行きましょう」「ええ」シスターはまだ新しい墓標の前に立っていた。「これがジェニーのお墓ですか?」「はい、そうです。名前も刻まれていますよ」シスターが指示した場所にはジェニーの名前と没年、年齢が刻まれている。「ジェニー・テイラー、享年23歳、ここに眠る……」刻まれた文字を読み上げ、ジェニファーの胸に熱いものが込み上げてきた。「なんて可愛そうなの? まだ、たった23歳でこの世を去るなんて……こんなに可愛いジョナサンを残して、さぞかし辛かったでしょうね」ジェニファーは腕の中にいる
last updateLast Updated : 2025-11-22
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5-1 知られざるジェニーの過去 1

 今にも雨が降りだしそうな空の下、ジェニファー達は教会へ戻って来た。ジョナサンはベビーカーの中で気持ちよさそうに眠っている。ポリーと一緒に礼拝堂で待っているとシスターがブリキの箱を抱えて持ってきた。「ジェニファー様。こちらがジェニー様からお預かりしていたものです」「え? この箱ですか?」白く塗られ、バラの模様が描かれたブリキの箱には鍵がかかっている。「ジェニファー様、これってダイヤル式の鍵ですよね」ポリーがジェニファーに話しかけてきた。その鍵は4つの数字を並べて解除するものだったのだ。「そうね……あの、鍵の番号は御存知ですか?」ジェニファーの質問にシスターは首を振る。「申し訳ございません。私は番号を聞いておりませんが、ジェニー様がおっしゃっておりました。解除する番号はジェニファー様の誕生日だと」「え? 私の誕生日?」「はい、そうです」自分の誕生日が鍵の解除番号ということを知り、ジェニファーは目を見開く。(どうしてジェニーは鍵の番号を私の誕生日に設定したのかしら? 確かにジェニーに誕生日を聞かれて教えたことはあったけど……)「もしかしてジェニファー様以外には箱の中身を見られたくは無かったのではありませんか?」「そうなのかしら……」ポリーの話に首を傾げるジェニファー。「ええ、そうに決まっています。そうでなければシスターに箱を預けるとき、渡す相手をジェニファー様に限定するはずありませんよ」そこでジェニファーは再度シスターに尋ねてみることにした。「シスター。差し支えなければ、どのような経緯でジェニーから箱を預かったのか教えて頂けませんか?」「ええ、いいですよ。ジェニファー様には知る権利がありますから。ジェニー様が初めてこの教会を訪れたのは彼女が12歳になったばかりの頃でした……」シスターはどこか遠い目で、過去の話を始めた——**** それは穏やかな初夏の風が吹く5月の出来事だった。『シスター、ではまた来週伺いますね』『今日も素敵なお話、ありがとうございました』『エドワード様、マーティス様。お気をつけてお帰り下さいね』私がブランシュ教会に赴任して半年。ようやくこの町の生活にも慣れてきた。朝の礼拝に訪れた人々を見送り、中へ入ろうとした時。薄紫色の上品なワンピースを着た10歳前後の美しい金の髪の少女がじっと教会を見つめてい
last updateLast Updated : 2025-11-23
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5-2 知られざるジェニーの過去 2

『すごく悪い子……? 一体それはどういう意味なのですか?』少女を落ち着かせる為、私は静かに尋ねた。『あ……そ、それは……』しかし、少女は首を振った。『駄目です……言えません! 誰にも聞かれたくないんです! だけど本当は誰かに話してしまいたい……重い罪を1人で抱えるのが辛くて……』美しい少女は顔を真っ赤にさせてボロボロ泣き続けている。可愛そうに……まだ子供なのに、こんなに悩み苦しんでいるなんて。いったいどれほどの罪を抱えているというのだろう。誰かに話してしまいたいと思っているなら……。そこで私は少女に提案してみることにした。『お嬢さん、もしよろしければお名前を教えて貰えますか?』『私はジェニー・フォルクマンです……』『そう、ジェニーさんと言うのね? 素敵なお名前ね。ねぇジェニーさん。この教会には自分の罪を告白し、許しを請う懺悔室というのがあるの。もしよければ、その部屋で自分の抱えている秘密を全て吐き出してしまったらどうかしら。そうすれば心に抱えていた重い悩みも少しはかるくなるかもしれないわよ?』私の提案に少女は喜んだ。『懺悔室ですか……? はい、使いたいです! 使わせて下さい!』『分かったわ。では今から懺悔室へ行ってみますか?』『はい!』そこで私はジェニーを懺悔室に連れて行き、彼女の抱えてしまった罪を聞くことにしたのだった。****懺悔室に入ると、私はさっそく壁に取り付けられた小窓を開けて、壁を隔てた向かい側のジェニーに声をかけた。『ジェニーさん、いらっしゃいますか?』『はい、シスター』先程よりは落ち着いた返事が聞こえる。『ではジェニーさん。あなたがどんな罪を抱えているのか、話してください』『分かりました……実は……』そして私はジェニーの抱えていた重い秘密を知ることになった。自分にはジェニファーという名前で同じ年齢の従姉妹がいること。2年前、酷い喘息の持病で『ボニート』に療養で滞在することになったこと。病弱で外に出られない自分の為に、父親が話し相手として同い年の自分にそっくりな従姉妹、ジェニファーを連れて来てくれたことを語った。自分と違い、元気なジェニファー。そこであることを考えついた。貴族は献金活動の義務がある。自分にそっくりなジェニファーを身代わりにして、教会に献金しに行って貰うことを考え……その方法はうま
last updateLast Updated : 2025-11-24
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5-3 知られざるジェニーの過去 3

 悲し気にすすり泣くジェニー。自分のついた嘘のせいで、悪者にされて屋敷を追い出されてしまった少女のことを思えば、確かに罪悪感に苛まされてしまうのは無理もないだろう。そこで私は彼女を落ち着かせる為に声をかけた。『ジェニーさん、秘密を話してくれてありがとうございます。さぞかし苦しかったでしょうね』『はい……シスター……』『もし、いつかジェニファーさんに会える機会があったら、誠心誠意を込めて謝ってみてはいかがですか? お話を聞く限り、その人はとても心の優しい少女なのでしょう?』『そうです。ジェニファーは……本当に優しくていい人です……。私はそんなジェニファーが大好きで、私と違って元気なジェニファーが羨ましくて……』『なら、もし今度ジェニファーさんに会える機会があったら、誠心誠意心を込めて謝ってみたらどうですか? きっとジェニーさんのことを許してくれると思いますよ?』『だ、駄目です! 私……きっと、もう二度とジェニファーに会えません!』突然ジェニーが声を荒げた。『どうして、もう会えないと思うのですか?』『それは、お父様がジェニファーのことを……とても怒っているからです。もう一生会うことは無いし、私とも会わせないって言うんです。身体の弱い私を置いて、遊びに行ってしまうような薄情者とは……縁を切るって……』『そうなのですか……』これは相当根深い話だ。ジェニーの父親は、何故血の繋がりのある姪をそこまで憎めるのだろう? けれど、先程、彼女は元気なジェニファーが羨ましいと言った。あくまで私の考えだが、ひょっとすると彼は健康で丈夫なジェニファーを妬んでいたのかもしれない。その妬みが、死にかけた娘をほったらかしにしたことへの憎しみに繋がってしまったのかも……。そう考えると、2人がこの先再会する機会はもう無いのかもしれない。『私……きっとジェニファーに嫌われてしまったわ……たった一人きりの友達だったのに……』再びジェニーはすすり泣きを始めた。『ならジェニーさん。ジェニファーさんにお手紙を書いてみてはどうですか? 謝罪の手紙を書いて送るのです。きっとジェニーさんの心が通じるはずです』『手紙だって……駄目なんですっ! 私は……ジェニファーの住所も知らないし、それにジェニファーは言っていたんです。一緒に住んでいる叔母さんは、ジェニファー宛ての手紙は全て勝
last updateLast Updated : 2025-11-25
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