All Chapters of 望まれない結婚〜相手は前妻を忘れられない初恋の人でした: Chapter 161 - Chapter 170

190 Chapters

5-4 知られざるジェニーの過去 4

 ジェニファーへの謝罪の手紙をどうしてもここで書きたいと願うジェニーの為に、ペンと便箋を用意してあげた。『ごめんなさい。ここは教会なので、あまり良い便箋を用意してあげられなかったのだけど、これでも良いかしら?』決して上質とは言えない便箋とペン。貴族令嬢のジェニーには似つかわしくないのは分かっていた。『いいえ、そんなことありません。用意して頂いただけで充分です。本当にありがとうございます』ジェニーは私に笑顔を向けると、早速懺悔室のテーブルで手紙を書き始めた。余程真剣に考えながら書いているのだろう。途中何度も手を止め、読み返しながら手紙を書き続け……1時間かけて書き終えた。『シスター! ジェニファーへの手紙、書けました!』ジェニーは手紙の入った封筒を嬉しそうに見せてくる。『そうですか、ジェニーさんにお手紙を書くことが出来て良かったですね』『はい、それでお願いがあります。シスターがこの手紙を預かってもらえませんか?』『え!? 私がですか!?』予想もしていなかったお願いに大きな声を出してしまった。『はい。もしこの手紙を家に置いておいて、お父様に見られたりしたら大変なことになってしまいます。どうかお願いします。手紙を預かってください!』けれど、さすがに私が手紙を預かるわけにはいかない。『ジェニーさん。こんなに大切な手紙を私が預かることはできません。それに私はここの教会にずっといられるか分からないのです。決められた任期を全うすれば他の教会に行くこともあるのです。申し訳ありませんが御自分で保管して頂けますか?』『だったらシスターではなく、こちらの教会で預かって貰えませんか?」『誰にも見つからないような場所に隠しておくのはいかがですか? どこか良い場所の心当たりとかはありませんか?』『いいえ、ありません……。それにシスター。私が手紙を預かって欲しいのにはまだ理由があるのです。私は今は元気です。でもまたいつ喘息の発作が起こって入院することになるか分からない状態なんです。もし、入院になって……こんなこと考えたくないけれど、死んでしまったりしたら? 一生ジェニファーに手紙を渡すことが出来なくなってしまいます!』『ジェニーさん……』まさか、まだたった12歳の少女が死を意識しているなんて……!『どうかお願いです、シスター。手紙を預かってください!』
last updateLast Updated : 2025-11-26
Read more

5-5 知られざるジェニーの過去 5

 それは今にも雨が降りそうな、どんよりとした天気の日だった。『何だか雨が降りそうね。少し早いけど洗濯物を取り入れてしまいましょう』庭に出て、ロープに干した洗濯物を取りいれている時。『こんにちは、シスター』背後から女性の声が聞こえてきたので、振り向いた私は思わず目を見張ってしまった。何と声をかけてきたのはジェニーだったのだ。『まぁ! ジェニーさん。2年ぶりかしら? 驚いたわ』『ご無沙汰しておりました。シスター。あの……今、お話よろしいですか?』『ええ、勿論です。礼拝堂で待っていてください。洗濯物を取り入れたら、すぐに行きますから』『分かりました』ジェニーは軽く会釈すると、教会の中へ入って行った。『ジェニーを待たせてはいけないわね。急がなくちゃ』急いで洗濯物を取り入れると、私は礼拝堂へ向かった。『お待たせ、ジェニーさ……』礼拝堂へ行くとジェニーは真剣な様子で祭壇の前で手を組んでお祈りをしていた。その横顔はとても真剣で、声をかけるのをためらってしまうほどだ。そこで私は彼女の祈りが終わるまで待つことにした。それから10分程祈りを捧げていたジェニーは顔を上げ……私と目が合った途端に慌てる素振りを見せる。『あ、すみません。シスター! 私ったら、気づかないで……』顔を赤らめるジェニーに私は笑顔で返す。『いいのですよ。神様にお祈りを捧げるのは大切なことですから。でもジェニーさんは本当に信仰深い方ですね』『信仰ですか……いいえ。そんなのではありません。私は……懺悔をしていたのです』ジェニーの顔は今にも泣きそうになっている。『ジェニーさん、まだ自分を責めていたのですか? でも10年近くの間、ずっと反省し続けていたのですよね? ジェニファーさんへの謝罪のお手紙も書き溜めていましたし、この辺りで自分を許してみてはいかがですか? もうジェニファーさんだって大人になっています。子供の頃の過ちを許してくれるのではないでしょうか?』『いいえ! 駄目なんです! 私は……また一つ、大きな罪を犯してしまったんです! もう二度とジェニファーに顔向けできないわ……』ジェニーは顔を覆ってすすり泣きを始めた。嗚咽交じりの鳴き声は、聞いているこちらの胸が痛くなるほどだ。そこで私は彼女を落ち着かせる為に、そっと肩を抱いた。『落ち着いて、ジェニーさん。何があったのか
last updateLast Updated : 2025-11-27
Read more

5-6 知られざるジェニーの過去 6

 興奮した様子で話しているため、ジェニーが何を言っているのか良く理解出来なかった。『落ち着いて下さい、ジェニーさん』泣いているジェニーの背中を優しく撫でると、彼女は顔を上げた。『どういうことなのか、もう一度詳しくお話聞かせて貰えませんか?』『はい、シスター……』顔を上げたジェニーの頬は涙で濡れいる。その涙をジェニーはハンカチで押さえながら、ゆっくり話始めた。感情が抑えきれないのか、時折嗚咽を漏らしながら……。**昨年休暇で別荘に滞在していた時に、突然ニコラス・テイラーと名乗る人物が従者を連れて訪ねてきたのだ。伝えに来た使用人から名前を聞いた時、どんな人物なのかジェニーはすぐに分かった。一度も会った事は無かったけれども、初恋の相手の名前だったからだ。しかも何も事情を知らない父親は今、別荘にはいない。ジェニーはすぐに応接室に通されていたニコラスに会いに行った。初めて会うニコラスは、とても美しい青年でジェニーは一目で恋に落ちてしまい……気付けば口にしていた。『久しぶり、ニコラス。ずっとあなたに会いたかったわ』と—— そこから先の流れはスムーズだった。ニコラスは定期的にジェニーに会いに来て、2人は交流を深めていくようになった。父親にはボニートの町で偶然知り合い、互いにその場で惹かれてしまったと説明をすると納得してくれた。何しろ、相手は名門の侯爵家。フォルクマン伯爵家にとっては、申し分の相手だったからだ。 そして出会って半年で婚約、来月には結婚することに決まったのだが……。**『私……ずっと、ずっと後悔していたんです。だってニコラスが本当に好きだった相手は私じゃない。ジェニファーだったのだから。だけど彼のことを愛してしまったんです。どうしても彼と結婚したかった。だって私はずっと病弱で、伯爵家に生まれたのに社交界に出たことも無かったんです。当然恋だって、このチャンスを逃せば誰とも恋愛も出来ないし結婚だって出来ないと思ってそれで……ゴホッゴホッ!」興奮しすぎたせいなのか、ジェニーが激しく咳き込んだ。『落ち着いて下さい、ジェニーさん。興奮すると身体に障りますよ?』『……はい、御心配おかけして……すみません』肩で息をしながら謝るジェニー。それにしても不思議だ。いくら二人が似ていると言っても、所詮は全くの別人。その事に相手の男性は
last updateLast Updated : 2025-11-28
Read more

5-7 知られざるジェニーの過去 7

『そうだったのですか……』ジェニーの話は衝撃的なものだった。あれ程ジェニファーに対して罪悪感を抱いて懺悔室で泣き、謝罪の手紙を書き貯めていたのに。それが今度は自分がジェニファーに成り代わり、2人の初恋を引き裂いて自分が妻の座につこうとしているなんて……。『ジェニーさん、お相手の男性に……本当のことを告げるつもりは無いのですか?』しかし、ジェニーは泣きながら首を振る。『……出来ません。だって、ニコラスは私が過去に出会ったジェニファーだと信じているんです。結婚が決まった今更、本当のことなんて言えません! お父様にだって全て知られてしまいます!』『ですが、彼が結婚を決めたのは過去のジェニファーさんではなく、今のジェニーさんを好きになったからなのではありませんか? 真実を告げても……ひょっとするとそのまま受け入れてくれるとは思いませんか?』『思えません……絶対に、真実を知ったらニコラスは怒るに決まっているわ! そうしたら私、捨てられてしまう……私、本当に彼を愛しているんです! 彼のいない人生なんてあり得ません!』『そんな……』それでは、一体彼女は何をしたくてこの教会に来たのだろう?『ジェニーさん、この教会へ来たのは……自分の罪を悔い改めて、結婚相手に真実を告げる決意を固める為ではなかったのですか?』しかし、ジェニーは口を閉ざしたままだ。『ジェニーさん?』『……がいます……』『え? 今何て……』『違います。そうじゃないんです……! 私はもう二度とジェニファーに会うことは無いでしょう。お父様だって、ジェニファーのことをとても怒っていて、二度と会う必要は無いと言っています! 私がここに来たのは……シスターに手紙を預かって欲しいからです……』ジェニファーは肩から下げていたショルダーバッグから束ねた手紙を取り出した。『シスター、この手紙……どうか預かってください。そして、いつかジェニファーがこの教会を訪ねてくることがあれば……渡して頂けますか?』『え……? ジェニファーさんが訪ねて……?』一体ジェニーは何を言っているのだろう? どうしてここにジェニファーが現れると言い切れるのか分からなかった。『ジェニーさん、まさかまだジェニファーさんの住所を御存知無いのですか?』『いいえ、知っています。近々結婚報告の手紙を出すつもりです』『だったら……
last updateLast Updated : 2025-11-29
Read more

6-1 ジェニファーの本音

「そう……だったのですか。そんな経緯があって、ここにジェニーの手紙があるのですね」シスターの話を聞き終えたジェニファーは、ブリキの箱をそっと撫でた。「はい、そうです。ジェニーさんはこの箱も持参していました。自分で手紙を入れて鍵をかけたのです」「それがジェニファー様の誕生日の日付なのですね?」「はい、そうです」ポリーの質問にシスターは頷く。そこでジェニファーは試しに自分の誕生日をダイヤルしてみた。するとカチリと音を立てて鍵が開いた。「開いた……ジェニー、私の誕生日を覚えていてくれたのね」ジェニファーは箱を抱きしめた。すると、突然シスターが謝ってきた。「申し訳ございません、ジェニファー様」「シスター? 何故謝るのですか?」「はい……私が2年前、ニコラス様に本当のことを告げるようにジェニーさんを説得することができていれば、こんなことにはならなかったはずなのに……。けれど死期が近いと聞かされ、説得できませんでした」「シスターは何も悪くありません。それに私なら大丈夫ですから。ジェニーの夢は、いつか王子様が自分のことを迎えに来てくれることだったのです。その夢をニコラスが叶えてくれたのですから」(ジェニーは私に色々なことを教えてくれたわ。テーブルマナーや勉強だって……。ジェニーとフォルクマン伯爵のおかげで、短い間だったけど教育を受けることも出来たのだもの)「そ、そんな……ジェニファー様はそれでもいいんですか!?」不意にポリーが大きな声を上げた。その顔は今にも泣きそうになっている。「ポリー、どうしたの?」「だってジェニー様が嘘をつかなければ、旦那様は結婚相手にジェニファー様を選んでいたわけですよ!?」「だけど、初めに嘘をついたのは私なのだもの。ニコラスの前でジェニーと名乗ったのだから」例え今は叶わない恋だとしても、かつては両想い同士だったのだ。それが分かっただけでもジェニファーは十分だった。「それだって、ジェニー様に命じられたからではありませんか! こんなのって……ひ、酷すぎます……」とうとうポリーは泣き出してしまった。「ありがとう、ポリー。私の為に、そんなに泣いてくれるなんて。でも私、どうしてもジェニーを恨むことは出来ないの」「何故ですか……?」「だって、ジェニーが気の毒だからよ。身体が弱いせいで、色々な所へ出掛けることも出来なかっ
last updateLast Updated : 2025-11-30
Read more

6-2 馬車の事故

「ジェニファー様。馬車がすぐに捕まって良かったですね」馬車の中で向かいに座るポリーが話しかけてきた。「ええ、そうね。雨が降りそうだったから心配だったわ」眠っているジョナサンを抱いて、窓の外を眺めていたジェニファーは頷く。その表情は元気が無い。(ジェニファー様……やっぱりシスターの話を気にしているのかしら……)そこでポリーは話題を変えることにした。「あの、ジェニファー様……」その時。ガタンッ!!突然馬車が大きく傾いた。「キャアッ!!」「な、何っ!?」ポリーとジェニファーが同時に叫び、馬車はバランスを崩して大きく左側に傾いた。振り落とされまいとポリーは必死で手すりにつかまるが、ジェニファーはジョナサンを抱いていた為に、椅子から投げ落とされる。(ジョナサンッ!!)ジョナサンを庇ったジェニファーは床に身体を強く打ち付けてしまった。「ウッ!」衝撃でジェニファーの顔が痛みで歪む。「ジェニファー様っ! 大丈夫ですか!?」ポリーが床に倒れたジェニファーに必死で声をかける。馬車の中はジョナサンの鳴き声が響き渡っていた。「え、ええ……だ、大丈夫……よ。ちょっと身体をぶつけただけだから」本当は少しも大丈夫では無かったが、心配かけさせたくはなかったのだ。「ウワアーンッ! ウワアーンッ!」「ジョナサン……大丈夫よ。よしよし……」傾いた馬車の中で床に座ったままジェニファーはジョナサンをあやす。「一体何があったのでしょう……」ポリーが傾いた馬車の窓から外を覗いていると扉が開かれ、慌てた様子の御者が姿を現した。「お客様! 大丈夫でしたか!?」「一体何があったのですか?」ポリーが尋ねると、御者が謝ってきた。「大変申し訳ございません! 突然車輪が脱輪してしまったのです! それでこのような事故に遭ってしまいました。お怪我はありませんでしたか?」「私は大丈夫ですけど……ジェニファー様はどうですか?」「え、ええ。私も大丈夫よ」身体はズキズキ痛んだが、大事にしたくはなかった。それよりも気がかりなのはジョナサンの方だ。「ジョナサンは大丈夫かしら?」「フェエエエエンッ! ヒック! ヒック!」泣きじゃくるジョナサンの身体を見渡しても何処も怪我はなさそうだった。「ジョナサン様の怪我は大丈夫そうですね」「ええ、そうね」ポリーの言葉にジェニ
last updateLast Updated : 2025-12-01
Read more

6-3 限界

 戻ってきたジェニファー達を見て、ニコラスとシドは驚いた。ジェニファーとポリーは傘も差さずに小雨の中、帰ってきたからだ。ただ、ジョナサンだけは濡れないようにショールにくるまれ、ジェニフーの胸の中に抱きかかえられて眠っている。その姿に、ニコラスがカッとなる。「一体何故、傘もささずに帰ってきたんだ! ジョナサンが風邪を引いたらどうするつもりだ!」身体の弱かったジェニーが生んだ子供。同じ体質を引いていないか、ニコラスは不安でならなかったのだ。帰ってくるなり大きな声で叱りつけられ、ジェニファーは萎縮しながら答えた。「申し訳ございません。途中まで馬車で帰ってきたのですが、途中で脱輪してしまって降りざるを得なかったのです。辻馬車も捕まらなかったので、歩いて帰ってきました」「何だって? 脱輪? ジョナサンに怪我はなかったのか?」「はい、大丈夫だとは思いますが……」「思うとは何だ? ジョナサンを渡してくれ」ニコラスは憮然とした態度で手を差し出した。ニコラスがあまりにも不機嫌そうなので、ポリーもシドも口を挟むこと出来ずにいた。「分かりました……」眠っているジョナサンを手渡すと、ニコラスは無言でそのまま城の中へ入っていった。(ニコラス……私、また彼を怒らせてしまったのね……)悲しい気持ちでニコラスの後ろ姿を見ていると、シドが声をかけてきた。「ジェニファー様、大丈夫ですか? こんなに雨に濡れて……ポリーも平気か?」「私は大丈夫です。エプロンを被っていましたから。だけど、ジェニファー様が心配です」「私も大丈夫よ」ジェニファーの身体は雨で湿り気を帯びており、シドは心配でならなっかった。「何が大丈夫ですか? こんなに濡れていますよ? それに顔色だって悪いです。すぐに部屋に戻りましょう。このままでは風邪を引いてしまいます」「そ、そうね……」実際のところ、ジェニファーの体調は最悪だった。馬車の脱輪事故で身体を強打し、痛む身体でジョナサンを抱いて小雨の中歩いて帰ってきたのだ。気力を振り絞って帰ってきたジェニファーはもう、限界だった。グラリとジェニファーの身体が傾く。「ジェニファー様……どうしましたか? ジェニファー様!」「キャアッ! ジェニファー様!!」シドは倒れそうになったジェニファーの身体をとっさに支え、驚いた。ジェニファーの身体が火のよう
last updateLast Updated : 2025-12-02
Read more

6-4 聞かれた話

 シドはジェニファーを部屋に運ぶと、室内を見渡した。「どうしよう……身体が濡れているから寝かせることも出来ないし……」そこで取り合えずジェニファーをソファに寝かせて、暖炉に非を灯したとき。「シドさん、ジェニファー様の様子はどうですか!?」ポリーが数人のメイド達を引き連れてやって来た。メイドの中にはココの姿もある。「ソファの上で休ませている。服が濡れているので、ベッドに運ぶことが出来なかったんだ」「ジェニファー様! 酷い顔色だわ……」ソファに横たわるジェニファーを見たココは眉をひそめ、次にシドに声をかけた。「シドさん、まずはジェニファー様の着替えをしますから部屋から出て行って下さい」「分かった。医者の方はどうなっている?」「今執事長が近隣の女性医師に連絡を入れています」「女性医師か……やはり、そうだよな。なら、後のことは任せる」シドが部屋を出て行くと、ポリーが追いかけてきた。「シドさん! 待ってください!」「ポリーか。どうしたんだ? ジェニファー様の傍にいなくていいのか?」「勿論、私はジェニファー様の専属メイドなのでお傍にいます。ところでシドさん。何処へいくつもりですか?」「勿論、ニコラス様のところだ。ジェニファー様のことを話しに行ってくる」幾ら主人と言えど、シドは先程ニコラスがジェニファーに取った態度が許せなかったのだ。「そうですか、御主人様に文句を言いに行くわけですね?」「文句……確かにそう取られてしまうかもしれないな」ポリーも余程腹に据えかねたのか、大胆な言葉を口にする。「ジェニファー様は、もしかすると怪我をしているのかもしれません……そのことを御主人様に伝えてください」「何!? 怪我だって!? 一体どういうことだ!?」シドの顔が険しくなる。「実は車輪が外れたとき、馬車が大きく傾いたのです。私は咄嗟に手すりにつかまったので、椅子から落ちずに済みました。ですがジェニファー様はジョナサン様を膝の上に乗せていました。ジェニファー様はジョナサン様が落ちないように両手で抱きしめて、床に投げ落とされてしまったんです!」「な、何だって……」「ジェニファー様は私に心配させまいとしたのでしょう。大丈夫だと言ってましたが……ジョナサン様を抱いて歩いている時、酷く辛そうでした。まるで痛みを堪えているかのように見えました。だから本当
last updateLast Updated : 2025-12-03
Read more

6-5 ジェニーの手紙 1

「御主人様……! し、失礼なことを口にして申し訳ございません!」ポリーは真っ青な顔になって、謝罪した。「ニコラス様、何故こちらにいらしたのです? ジョナサン様はどうされたのですか?」先程のジェニファーに取った態度が許せず、シドの口調はどこか強い。「ジョナサンは良く眠っているから、今はメイドに付き添いを任せてある。俺がここに来たのは……ジェニファーの様子が気になったからだ」「「え??」」その言葉にポリーとシドが目を見開く。「ニコラス様は、ジェニファー様が心配で様子を見にいらしたのですか?」「そうだ。あのときはジョナサンが雨に当たって濡れているのではないかと思い、あんな強い言い方をしてしまったんだ。だが、ジョナサンは何処も怪我をした様子も無いし、雨にも濡れていなかった。それはジェニファーのお陰なのだろう? それで冷静になって気付いたんだ。あの時彼女は具合が悪そうだったのに強い言い方をしてしまった。だから……一言、礼と詫びを言いに来たんだ」申し訳なさそうに俯くニコラス。そこでシドは説明した。「ニコラス様、ジェニファー様は今、酷い高熱を出して意識を失っています」「何だって!? 熱を!? それで医者は呼んだのか!?」「はい。今、女の先生に診察に来てもらうようにお願いしています」「そうか、なら良かった……」安堵したかのようなため息をつくと、話を続けるニコラス。「それで先程の話だが、ジェニーからの手紙があると話していただろう? どこにあるんだ? 見せてくれ」するとポリーが首を振った。「いいえ。申し訳ございませんが、お見せするわけにはまいりません」「何だって? ジェニーの手紙なのだろう? 夫である俺に見せられないとはどういうことだ?」ニコラスが鋭い視線をポリーに向ける。「何故ならジェニファー様に宛てられたお手紙だからです。ジェニファー様の許可なく、勝手にお見せすることは出来ません。恐らくジェニー様だって望んではおられないと思います」ポリーは震えながらも、しっかりと返事をする。「それは……確かにそうかもしれないが……」けれどニコラスはどうしても納得できなかった。(何故ジェニーは俺ではなく、ジェニファーに手紙を託したんだ? あんなにジェニファーに詫びながら泣いていたのに。それとも俺は大事な何かを見落としているのだろうか? だが、その前に
last updateLast Updated : 2025-12-04
Read more

6-6 ジェニーの手紙 2

 封筒には『ニコラス・テイラー様へ』と書かれており、ジェニーの名前も記されていた。「この手紙は俺宛てだから、貰って良いな?」ニコラスはポリーに尋ねた。「そ、それは……私では判断できません。元々はジェニファー様への手紙の中にあったものですから」困った様子でポリーが返事をすると、シドが助け舟を出す。「大丈夫だと思います。恐らくジェニー様はジェニファー様の性格を見通して、あえてニコラス様宛ての手紙を紛れさせたのではないでしょうか? ジェニファー様なら必ず渡してくれると思ったに違いありません」「シド、お前の方がジェニファーのことを良く知っているようだな」ニコラスは怪訝そうに首を傾げる。「いえ、そんなことはありません」他にシドは返事のしようが無かった。けれどあの手紙には真実が書いてあるに違いないという予感があった。「では、この手紙はじっくり読ませてもらおう」ニコラスがニコラスが嬉しそうにジェニーの手紙を懐にしまう様子を、ポリーとシドは複雑な思いで見つめていた。—―その時。「ニコラス様っ! こちらにいらしたのですか?」メイド長が慌ただしく、駆けつけてきた。その背後には、髪を上に結い上げた女性がボストンバックを持ってついてきている。「ああ、ここにいた。ジェニファーが心配で様子を見に来ていたのだが……そちらの女性は?」すると、年の頃は30代半ばと思しき女性が丁寧に頭を下げてきた。「始めまして、当主様。私はこの町の町医者です。病人がいらっしゃると聞いて、こちらの城に呼ばれて参りました」「そうでしたか。病人はこの部屋の中にいるので、どうぞよろしくお願いします」「かしこまりました。では失礼致します」メイド長が部屋の扉を開けると女性医師が部屋の中に入り、メイド長とポリーも後に続いた。—―パタン扉が閉ざされると、ニコラスはシドに声をかけた。「シド、俺は書斎にいる。ジェニファーの診察が終わったら呼びに来てくれるか?」「え? こちらで待たれないのですか?」「部屋の中に入れないのなら、ここで待っていても仕方がないだろう?」腕組みするニコラス。「ですが……」すぐに中に呼ばれるのでは——? そう口にしたかったが、言えなかった。「俺は書斎でゆっくり、ジェニーの手紙を読みたいんだ。どうせ部屋の中には入れないんだ。ジェニファーのことは、もう医者
last updateLast Updated : 2025-12-05
Read more
PREV
1
...
141516171819
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status