All Chapters of 望まれない結婚〜相手は前妻を忘れられない初恋の人でした: Chapter 171 - Chapter 180

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6-7 ジェニーの手紙 3

 ニコラスは書斎に戻る前に、一度ジョナサンのいる部屋を訪れた。「ジョナサンの様子はどうだ?」「あ、ニコラス様。はい、ジョナサン様ならよくお休みになられています」番を頼まれていたメイドが返事をする。「そうか。なら俺が戻るまでジョナサンのことを頼む。もし、目が覚めてぐずって泣くようなら、書斎に連れて来てくれ」「はい、かしこまりました」メイドの返事を聞くと、ニコラスは書斎へ向かった。書斎に戻ったニコラスは早速懐からジェニーの手紙を取り出した。封筒はかなりのあつみがあり、手紙の枚数が多いことが良く分かる。「まさか、こうして再び手紙が貰えるとは思わなかった……。君は手紙を書くのが好きだったよな」ニコラスの顔に笑みが浮かぶ。ニコラスとジェニーはボニートで再会してから結婚するまでの間、何度も手紙のやりとりをして互いの気持ちを育んできた。その時の思い出が蘇ってくる。結婚後もよく机に向かって手紙を書いている姿を見たことがある。早速ニコラスは机の引き出しからペーパーナイフを出すと、丁寧に開封して手紙を取り出した。「何て書いてあるのだろう……」はやる気持ちを抑えながら手紙を広げ、最初の一文を読んで目を見開いた。『ごめんなさい。ニコラス』手紙の書き出しは、ジェニーからの謝罪の言葉だったのだ。「ごめんなさい……? 一体どういうことなのだ?」ニコラスは食い入るように手紙を読み始めた——****ごめんなさい、ニコラス。私はずっとずっとあなたに嘘をつき続けていました。10歳の時に、『ボニート』で出会ったのは私ではありません。私の名前を名乗ったジェニーなのです。あの日、私は自分の名前を使ってジェニーに教会の献金に行かせました。そこで貴方と出会い、ジェニファーは自分の名前はジェニーだと名乗ったと話してくれました。それが全ての始まりでした。本当なら、あの時ジェニファーはジェニーだと名乗らず、自分の名前を告げても良かったのに。私のお願いを守る為に嘘をついたのです。教会から帰って来たジェニファーから素敵な出会いがあったことを聞きました。又会う約束をしてしまったと申し訳なさそうに謝ってきたので、2時間だけなら会いに行っていいと告げました。ジェニファーは私の言いつけを守って、自分の名前を明かさずに私として会っていました。私は毎日ジェニファーから
last updateLast Updated : 2025-12-06
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6-8 ジェニーの手紙 4

 あなたから私に会いたいと手紙を貰った時は、本当に驚きました。そんなことがあるはず無いと思ったからです。でも、すぐに気付きました。ああ、そうだ。きっとニコラスは私ではなく、ジェニファーに会いたいのだと。とても迷いました。きっと直接会えば、探していたジェニーでは無いと気づかれてしまう。だって私とジェニファーは姿はそっくりだけども唯一、瞳の色が違う。私の瞳は平凡な青色だけど、ジェニファーの瞳はまるで宝石のように美しい緑の瞳だから。それでもあなたに会いたい気持ちを止めることが出来ませんでした。気付けばペンを取り、返事を書いてメイドに託していたのです。もし仮に問い詰められれば、正直に話して謝ればいいだけのこと。私の片想いはそこまでだったのだと諦められる。そう思って、あなたと会うことを決めたのでした。愛しいニコラス。護衛騎士と一緒に現れたあなたを初めて見た時のことは今も忘れません。世の中にこれほど美しい男性がいるのだろうかと、思わず息が詰まりそうになりました。この人に私は今から問い詰められるのだろうと覚悟を決めた時、あなたは言いましたよね?『元気だったかい? ジェニー。ずっと君を捜していたんだよ』って。護衛騎士のシドは私に不審な目を向けていたけど、この瞬間気付きました。ニコラスは、ジェニファーのことを覚えていないのだと。だったらこのまま、ジェニファーに成り代わってしまえばいい。気付けば、勝手に口から言葉が出ていました。『久しぶり、ニコラス。ずっとあなたに会いたかったわ』と。この時から、私は取り返しのつかない道を歩むことになったのです。ごめんなさい、ニコラス。私は、本当に悪い人間です。私を不審がるシドを遠ざけ、毒殺されかけて記憶が曖昧なあなたを騙すような真似をしてしまいました。ジェニファーとの思い出を、あたかも自分のことのように語っていたけれども、いつも心の中は罪悪感で一杯でした。胸が苦しくて毎晩うなされるようになったのは、きっと神様から私に与えられた罰なのでしょうね。正直に話せば、こんなに苦しむことは無かったのに。だけど私はずるくて卑怯者です。あなたが愛しているのは私ではなくジェニファーだとしても、それでも私はあなたを手放したくなかったのです。だって、私は長く生きられないから。父も知らないけれども、私の心臓はもう限界にき
last updateLast Updated : 2025-12-07
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6-9 後悔

 手紙を読み終えたニコラスは暫くの間、呆然としていた。「そんな……まさか、あの時のジェニーが本当はジェニファーだったなんて……」だが、何度も違和感を抱いたことはあった。ジェニファーを見る度に懐かしい気持ちが込み上げてきたことが何度もある。ニコラスの記憶が曖昧だったとしても、子供の頃のジェニーは元気だったのは覚えている。しかし、大人になって再会したジェニーは虚弱な女性になっていたのだ。雨が降れば体調を崩しがちで、季節の変わり目は喘息を起こして寝込むこともあった。その度にジェニーは、この言葉を口にしていた。『駄目ね、私って。子供の頃はあなたと遊べるくらいに元気だったのに。大人になって、身体が弱くなってしまったみたいなの』そして、弱々しく笑ったのだ。「ジェニーの身体が弱いのは当然だ……俺が子供の頃会っていたのはジェニファーだったのだから……」ポツリとニコラスは口にした。だからジェニーは自分が死んだ後に、ジェニファーを後妻に迎えるように遺言を残したのだ。自分がジェニファーの居場所を奪ってしまったから……。「夜毎うなされて、泣いていたのも罪悪感からだったのか‥‥‥」そう考えてみれば、ジェニーの態度は全て辻褄が合う。ジョナサンをジェニファーに託したのも、彼女なら可愛がって育ててくれると確信があったからなのだろう。ニコラスはジェニーの身体が弱かったので、子供のことは諦めようと思っていた。夫婦2人で暮らせばよい。跡継ぎは遠縁から養子に向かえればいいと考えていた。けれど、ジェニーが自分の子供を強く願ったのだ。心臓が弱いのに、子供を産めばどうなってしまうか自分でも良く分かっていたはずなのに。「もしかしてジェニー……君は罪悪感で早く死にしたかったのか? だから心臓のことを俺には黙って、ジョナサンを産んだ……?」自分が亡くなった後、妻の座をジェニファーに譲る為に。けれど、今となってはジェニーの気持ちを知る術はない。「俺は……この先、一体どうしたらいいんだ? 誤解だったとは言え、再会してからずっとジェニファーに冷たい言葉を投げかけ、傷つけてしまったんだ……」自分がかつて恋した少女に、酷い仕打ちをしてきたことを今更ながらニコラスは激しく後悔していた。恐らく謝れば、優しいジェニファーのことだから許してくれるだろう。けれど深く傷つけた心の傷が癒えるこ
last updateLast Updated : 2025-12-08
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6-10 邂逅

『ここは何処かしら……?』ジェニファーは色とりどりに咲き乱れる花畑の中に立っていた。空を見上げれば雲一つない青空が広がり、大きな虹が見える。『何て素敵なところなのかしら……』今迄見たことも無い美しい景色に、ジェニファーはすっかり魅入られていた。『それに身体がとても楽だわ』先程迄は息も出来ないほどの全身の痛みと熱さで苦しかったのに、今はとても身体が軽くて気持ちがいい。ずっとここに居たいくらいだった。そのとき、ふと前方にキラキラと輝く大きな川が見えた。『川だわ……でも何故光っているのかしら?』不思議に思ったジェニファーは川を見に行くことにした。裸足で花畑を踏みしめて歩き、川に辿り着いた。川面は日の光を浴びてキラキラと光り輝き、色鮮やかな小魚が泳いでいる。『まぁ、フフフ……可愛い魚だわ』少しの間、ジェニファーは魚が泳ぐ姿を眺めていた。やがて魚が泳ぎ去ってしまったので立ち上がった時、ふと川向うに男女の人影があることに気付いた。『あら、誰かしら……え!? ま、まさか……』目をゴシゴシこすると、もう一度川向うに立つ2人を凝視する。『お父様……? お母様?』男性の方はジェニファーが8歳の時に亡くなった父親、そして女性の方は写真でだけ見たことのある母親だったのだ。2人は優しい笑みを浮かべて、ジェニファーを見つめている。『お父様……お母様……』見る見るうちにジェニファーの両目に涙が浮かぶ。『お父様! お母様! 会いたかったです!』ジェニファーは川向うにいる2人に向かって必死に叫ぶ。両親の元へ行きたいが、川に隔たれて向こう側へ行けない。すると父親が口を開いた。『ジェニファー。帰りなさい』『そうよ、ジェニファー。あなたはまだここに来てはいけないわ』母親も優しい声で語りかけてくる。それは生まれて初めて聞く母の声だった。『いやです! 帰りません! 私はここが好き……お父様とお母様の傍に居させてください!』波を流しながら首を振るジェニファー。『だが、ここにはお前の居場所は無いのだよ?』父が諭すように語る。『居場所? 私にはどこにも居場所なんてありません。厄介者でしか無いのです。誰も私を愛してくれないし、必要としてくれません。私なんか居ないほうがいいのです……お願いです。お父様、お母様……傍に居させてください。もう辛いの……』とうとう
last updateLast Updated : 2025-12-09
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6-11 呼びかけ

 ニコラスがジェニーの手紙を携えて部屋に戻り、30分程が経過していた。誰もいない廊下で1人、佇むシドの姿があった。ジェニファーのことが心配でたまらないシドはじっと扉の前で動きがあるのを待っていたのだ。(ジェニファー様……大丈夫だろうか?)意識の無いジェニファーを思い出すだけで、不安でな気持ちが込み上げてくる。「どうか、早く良くなっていつもの元気な姿を見せて下さい……」扉に向かって祈るように呟いた時。――バンッ!突然目の前の扉が開き、取り乱した様子のポリーが飛び出してきたのだ。「ポリーッ! 一体どうしたんだ!?」ただ事では無い様子にシドはいやな予感を抱く。「シドさん! ご主人様はどちらですか!?」ポリーはシドの腕にしがみついてきた。「ニコラス様なら……書斎に行ったが…‥」「早く呼んできて下さい!! ジェニファー様の容態が急変してしまったのです!!」「何だって……?」シドの顔から血の気が引く。「分かった! すぐにニコラス様を連れてくる!」シドは駆け足でニコラスの書斎へ向かうと、ノックもせずに扉を開けた。「ニコラス様っ!」「どうしたんだ!? シド!」これからジェニファーの元へ向かおうと思っていたニコラス。突然飛び込んでいたシドに驚き、目を見開く。「ジェニファー様が……ジェニファー様がっ!!」「……え……?」「容態が急変したそうです! すぐに来て下さいっ!」ニコラスは返事をすることも無く部屋を飛び出し、シドと共にジェニファーの部屋へ向かった――****「ジェニファーッ!」ニコラスが部屋に駆け込むと、女医がジェニファーの脈を測る姿があった。その周囲にはポリーやココ、それに他の使用人達の姿もある。ポリーもココも涙を流してジェニファーを見つめていた。「ジェニファーは大丈夫なのか!?」ニコラスはベッドに駆け寄り、息を飲んだ。その顔は真っ青でジェニーの死に顔を思わせた。「ジェニファー……」すると女医が躊躇いがちに口を開いた。「呼吸がかなり弱くなっています……。後は患者さんの生命力に懸けるしかありません」「そ、そんな……ジェニファー様っ!」「死なないで下さい!」ポリーとココが涙ながらに叫ぶ。「……っ!」すると何を思ったか、ニコラスが部屋を飛び出して行った。「ニコラス様っ!? どちらへ行かれるのですか!?
last updateLast Updated : 2025-12-10
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6-12 目覚めた後 1

 目を覚ましたジェニファーは驚いた。何故なら自分が多くの人々に取り囲まれていたからだ。それだけではない。ポリーもココもボロボロ涙をこぼして泣いていた。シドの目にも涙が浮かんでいるし、何よりニコラスが今にも泣きそうな顔で自分をみつめていたからだ。そして……。「ウワァァァアンッ!! マァマッ! マアァマァ~ッ!!」真っ赤な顔で泣きながらジェニファーに手を伸ばすジョナサンがいる。「ジョ……ナサン……」弱々しくも、必死で声をかけるとジョナサンは青いつぶらな瞳から増々涙を流して見つめてくる。「皆さん、下がってください。患者さんの様子を見ますので」女医が声をかけると、全員が下がった。「ヤッ! ヤッ! マァマッ! マァマッ!」ジェニファーから離されたくないジョナサンは暴れる。「ジョナサン、おとなしくしているんだ! これからママは診察を受けるんだから!」ニコラスの言葉がジェニファーの耳に届いた。(え……? 今、ニコラスは……私のことをママと呼んだの……?)「マァマッ! マァマッ!」ジョナサンの泣き叫ぶ声が聞こえてくる。そこでジェニファーは何とか気力を振り絞って女医に声をかけた。「せ……先……生」「はい、何でしょう?」「お、お願い……です……ジョナサンを……わ、私の側に……」女医は少しの間ジェニファーを見つめていたが、頷くとニコラスに声をかけた。「テイラー侯爵、お子さんを連れてきて頂けますか?」「は、はい……」ニコラスは返事をすると、火のついた様に泣いているジョナサンを連れて来た。「マァマッ! マァマッ!」ジョナサンが泣きながらジェニファーに手を伸ばす。「ニコラス……様、ジョナサンを……傍に置いてくださ……い」「わ、分かった」ジョナサンはニコラスをベッドに下ろすと、途端にジョナサンは小さな手で泣きながらジェニファーに抱きついてくる。「ウワアアアアンッ! マァマ……マァマ……!」「ごめんね……ジョナサン……」ジェニファーは首を少しだけ動かして、ジョナサンの頬に頬ずりする。その姿は人々の涙を誘った。血の繋がりは無いが、誰の目から見ても2人は親子のようにしか見えなかった。「では今から診察を始めるので、部屋を出て行って下さい」女医の言葉に、ニコラス以外の全員が部屋を出て行く。「先生、私はどうすれば……」ニコラスは、チ
last updateLast Updated : 2025-12-11
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6-13 目覚めた後 2

 顔を覆って泣いているポリーを前に、ニコラスは激しく後悔していた。けれど、それは当然のことだった。記憶の片隅に残っていた初恋の少女。誤解があったとはいえ、偏見の目でジェニファーをみつめて今迄散々傷つけてきたのだから。(俺は……何て酷いことを彼女にしていたんだ……。自分の目で見ていれば、ジェニファーが伯爵の話していたような人物では無いことが分かっていたのに。ジェニーが毎晩うなされて泣いていたのは、彼女に対しての罪悪感からだったのに……)「……本当に悪いことをしたと思っている……ジョナサンだって、あんなにジェニファーに懐いていたのに……」ジョナサンはまるで人の心が読めるのではないかと思うくらい、心の機微に気付く赤子だった。中々人に慣れることがなく、子供を苦手とするメイド達には抱きあげられるだけで激しく泣いていた。今迄それで手を焼いて何人ものメイド達がジョナサンの世話係として交代されたのだった。それなのにジェニファーには素直に懐き、「ママ」と呼ぶほどまでになっている。(それだけで、彼女が優しい人物だと気づくべきだったのに……)ポリーは今も顔を覆ってシクシク泣き続けている。「落ち着け、ポリー」シドはポリーの肩に手を置き、次にニコラスに視線を移した。「ニコラス様。俺もポリーの言う通りだと思っています。これ以上、ジェニファー様を傷つけるのは反対です」「シド……」(まさか、お前……?)シドは滅多なことでは、他人に感心を寄せることが無かった。それなのに今、真剣な目でジェニファーのことを訴えてくることに戸惑いを感じずにはいられなかった。「……分かった。2人の言う通り、もう二度とジェニファーを傷つけないと誓うよ」ニコラスは心の中で、ある決心をした――**** ジェニファーはベッドの上で女医の診察を受けていた。その隣で、泣きつかれたジョナサンがスヤスヤと眠っている。「……打ち身による骨折などはなさそうですね。頭部には、特に大きな外傷はなさそうです。でも身体を強く打っているので、暫くは安静にして下さい。何かあればいつでも往診に伺いますので」「……先生、どうも……ありがとう……ございます」弱々しくも、笑顔でジェニファーは礼を述べた。「いえ、当然のことですから。でも……当分育児は難しいと思いますので、どなたか別の人にお願いした方がよろしいでしょ
last updateLast Updated : 2025-12-12
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6-14 目覚めた後 3

「……ッ!」扉を開けてベッドの上で横たわるジェニファーを見た時、ニコラスは心臓が止まりそうになるほど驚いた。何故ならその姿は、病に伏せっていたジェニーに瓜二つだったからだ。(ジェニー……ッ!)自分の中で訳の分からない感情が込み上げてくる。ニコラスは込み上げる感情を無理やりに押し込めると、ジェニファーのベッドに近付き、声をかけた。「ジェニファー。俺を呼んだそうだな?」「……はい、ニコラス様……お越しいただき…‥ありがとうございます……。横になったままで……失礼をどうか……お許しください……」弱々しく、謝罪の言葉を述べるジェニファー。その言葉を聞いただけで、ニコラスの胸が熱くなる。(死にかけたばかりだというのに、こんなことを気にするなんて……! いや、そんな気持ちにさせたのは他でも無い……俺自身なのだ)そこでなるべくニコラスは優しい声をかけた。「そんなことは一切気にしないでいい。それより俺に何か用があったのだろう?」「はい……謝罪とお願いがあります……。まずは先に謝罪……させて下さい」「謝罪? 一体何の謝罪だ?」「それは……ニコラス様にご迷惑をかけてしまったこと……です。私が……ジョナサン様を……連れ出さなければ、危ない目に……遭うことがありませんでした……もし、風邪を引かせてしまっていたら……私はシッター失格……です……」—―シッター失格。その言葉はニコラスの心を深く抉った。本当はジェニファーを妻に迎えたはずだったのに、自分の負の感情を抑えきれずにシッター扱いをしてしまったのは確かだ。今更ながら、自分の取った行動を激しく後悔していた。「ジョナサンは怪我だってしていないし、風邪もひいていない。それは全て君が身を挺してジョナサンを庇ってくれたおかげだ。むしろ感謝している。逆に謝罪するべきは俺の方だ。そのせいで……命の危機に陥ってしまったのだから。……本当に、申し訳なかった」「そのことですが……お礼を言わせて下さい……」「お礼? 一体何に対してのだ?」「私のような者の為に……お医者様を呼んで下さった……ことです」医者に診てもらうということが、どれだけお金がかかることかジェニファーは良く知っていた。ジェニファーの叔父——アンの夫は、病気でこの世を去ってしまった。死因は風邪をこじらせてしまったことだった。貧しさのあまり、医者にか
last updateLast Updated : 2025-12-13
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6-15 ニコラスとジェニファーの願い

「昔のように……って……?」ジェニファーの大きな緑の瞳が見開かれた。その瞳を見た時、ニコラスの過去の記憶が僅かに蘇る。「あぁ……そうだった。あの時俺は君の目を見た時、宝石のように綺麗な瞳だと思ったんだった……」「まさか……記憶が……?」「全て戻ったわけじゃないが、ジェニーからの手紙を読んだ」「え……? でも……あれはジェニーが私に宛てたもので……」ジェニファーの様子に、ニコラスは慌てて弁明する。「い、いや。待ってくれ。ジェニファーが持ち帰った手紙の中に、ジェニーが俺宛てに書いた手紙があったんだ。そこに全て書いてあった。ジェニファー、君があの時のジェニーだったのだろう?」「ニコラス……様……」ジェニファーはニコラスの話を信じられない思いで聞いていた。こんなに穏やかな口調で自分に話しかけてくるニコラスは再会して初めてのことだった。ジェニファーは自分があの時の少女だったと告げる気は一切無かった。子供の頃、一緒に過ごした美しい思い出はジェニーに全てあげようと思っていたのだ。(もう知られているのなら……今更隠してもしようが無いわね……)そこで正直に言うことにした。「そう……です。私が……あのときのジェニーです……」「!」ニコラスは小さく息を吐くと、静かに尋ねた。「どうして、黙っていたんだ? いや……違うな。俺がジェニファーに真実を告げる機会を与えなかったからだろう? 今更謝って済む問題では無いが……俺は最低な男だった。本当に申し訳ない」そして頭を下げた。「いいえ……謝らないで……ください。元はと言えば……出会った時にジェニーの名前を名乗ったのは私なのですから……それにテイラー侯爵家へ来た時から……本当のことを告げるつもりは……無かったので……」「何故だ? どうして黙っていようと思ったんだ?」そこがニコラスは知りたくてたまらなかった。「それは……2人の結婚生活の思い出を……壊したくなかったことと……ニコラス様には過去の私では無く……今のジェニファーとしての私を……見てもらいたかったからです……」その言葉にニコラスは息を飲んだ。(そうだったのか。だからジェニファーは本当のことを言わなかったのか。なのに俺は伯爵からの話を鵜呑みにし、ジェニーがうわ言で謝る姿を見て勝手に思い込みをしてしまっていたのだ。先入観でジェニファーを見ていたばか
last updateLast Updated : 2025-12-14
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6-16 シドの不吉な予感

—―パタンジョナサンを抱いてニコラスが部屋から出てくると、廊下で待っていたシドとポリーがすぐに尋ねてきた。「ニコラス様、ジェニファー様の容態はどうなのですか? 先生はもう大丈夫だと話していましたが……」「教えてください、旦那様」そこでニコラスは2人を見渡した。「ジェニファーなら、もう大丈夫だと思う。弱々しいが話をすることはできる。ただまだベッドから起き上がることは難しい。だからもう暫くは『ボニート』に滞在し、ジョナサンの世話は父親である俺がする。尤も全ての世話は無理だと思うが」」「そうなのですか? ジョナサン様のお世話なら私がいたしますが?」ポリーの言葉に、ニコラスは首を振る。「いや、ポリーにはジェニファーを見てみらいたい。当分不自由な状態が続くと思う。今の彼女には手助けが必要だからな」「はい、分かりました」するとシドが話しかけてきた。「あの……ニコラス様」「何だ?」「暫くはここに滞在すると仰りましたが、どの位でしょうか? そんなに侯爵邸を離れても大丈夫なのでしょうか? パトリック様とイザベラ様に知られでもすれば、よからぬことを企んだりはしないでしょうか?」「……あの2人か」ニコラスの顔が険しくなる。「そうです。あの方々はニコラス様が当主になられても、まだその座を狙っていると言う噂もあります。ずっと不在にしていれば、付け入られるのではありませんか?」「だが、あの2人の息がかかった使用人は全員解雇にした。新しく執事長になったライオネルが何とかしてくれるだろう。連絡も定期的にとってはいるが、今の所あの2人に大きな動きは無いようだ。引き続き、注意は怠らないようにしておく。それよりも今俺が優先するべきことはジェニファーだ」「ニコラス様……」シドは真剣なニコラスの横顔を見つめる。(ニコラス様……もしかして、ジェニファー様のことを……?)「シド。お前にもジェニファーのことを頼む」「え? 俺にですか?」「ああ。俺はジョナサンの世話があるからな。……ジョナサンには可哀想なことをしてしまうもかもしれないが、ジェニファーのいない生活にも慣れさせないとな」「え……?」ニコラスの話にシドは息を飲むが、ポリーは普通に対応する。「確かにそうですね。ジェニファー様にはゆっくり休んで、早くお身体を治して頂かなければなりませんから」「その通りだ
last updateLast Updated : 2025-12-15
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