All Chapters of 望まれない結婚〜相手は前妻を忘れられない初恋の人でした: Chapter 31 - Chapter 40

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3−1 出発

――翌日 昼食を一緒に食べた後、2人の少女はジェニーの部屋で話をしていた。「これが教会に持って行って欲しいお菓子よ」ジェニーは紙袋に入った花模様が描かれた美しい缶を取り出し、蓋を開けた。「まぁ、とても美味しそうなクッキーね」缶の中には、丸いジャムクッキーが並べられていた。「ええ、お父様が買ってきてくれたの。私は以前に食べたことがあるから、教会の子どもたちと一緒にジェニファーも食べてね?」ニコニコしながらジェニーは缶の蓋を閉めると紙袋に戻した。「私まで貰っていいのかしら?」「もちろんよ。だってジェニファーだけ食べないのは変でしょう?」「分かったわ。それでどう? この格好」今日のジェニファーはいつもよりも、良い服を着ていた。何しろジェニーの身代わりとなって教会に行くのだから、それなりの身なりで出掛けなければならない。「素敵よ、よく似合っているわ。教会の人たちは一度しか会っていないから、誰もあなたを見ても、別人だとは思わないはずよ」「本当? なら自信が湧いてきたわ」もしバレたらどうしようと不安に思っていただけに、ジェニーの言葉は心強かった。「ジェニファー、もう教会の場所は覚えたかしら?」「ええ、大丈夫よ。だって、このお屋敷は丘の上にあるから教会の屋根が見えるもの。それに実は今朝一度教会に下見に行ってるのよ」朝が早いジェニファーは他の使用人たちが起き出す前に、こっそり屋敷を抜け出して教会まで行ってきたのだった。「え!? そうだったの!?」これにはジェニーも驚いた。「だいたい片道歩いて20分位で行けたわ」「すごい……歩いて20分で行けるなんて。私は無理ね。歩いて行ける自信もないわ」その様子は少し寂しげだった。「大丈夫よ。丈夫になれば、きっとジェニーも歩いて色々な場所へ行けるようになるはずだから」「そうね……頑張って丈夫にならないとね」その時。ボーンボーンボーン午後1時を告げる鐘の音が部屋に響き渡った。「それじゃ、そろそろ行ってくるわね」ボンネットを被り、ポシェットを肩から下げたジェニファーは紙袋を手にした。「あ、ちょっと待ってジェニファー」部屋を出ようとすると、ジェニーが呼び止める。「どうしたの?」「あのね、お願いがあるの。絶対に屋敷の人たちには教会へ行くことは言わないでくれる?」「もちろんよ。だっても
last updateLast Updated : 2025-07-20
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3−2 出会い

 なだらかな草原の丘を下りながら、ジェニファーは周囲の美しい風景に目を奪われていた。真っ青な澄み切った青空によく映える緑の平原。遠くには美しい山脈がつらなっている。まるで美しい風景画を見ているようだ。「本当に素敵な場所ね。外に出ることが出来ないジェニーは可愛そうだわ」心優しいジェニファーは病弱なジェニーが哀れでならなかった。だから今の自分に出来ることは、精一杯ジェニーを演じることなのだと使命感に燃えていた。やがて丘を降りきると、小さな町へ続く道に出てきた。綺麗な石畳の上を歩きながらジェニファーは赤い屋根の教会目指して歩き続けた。町の人々は高級そうな服を着て1人で歩くジェニファーを好奇心の目でチラチラ見て囁いている。「誰も連れないで歩くなんて、何処のお嬢さんかしら」「もしかして貴族かもしれないな」「きっと育ちが良いお金持ちに違いない」けれど、元々貧しい育ちのジェニファーは自分が注目されていることに少しも気づいていなかった。そのまま教会目指して歩いていると、路地裏から子供の騒ぎ声が聞こえてきた。「返してよ!! 僕のネックレス!!」「え?」ジェニファーはその声に驚いて、足を止めた。「何だよ! 男のくせに、ネックレスなんか持ちやがって!」「本当はお前、女なんじゃないか?」「女じゃない! 僕は男だ!」恐る恐るジェニファーは路地裏を覗き込むと、どうやら1人の少年が複数の少年たちから虐めを受けている様だった。「返してってば!!」身なりの良い少年は必死でネックレスを取り返そうとしているが、少年たちはまるでボール投げをするかのように次から次へとネックレスを投げ合って誂っている。「へへーん! 取れるものなら取ってみやがれ!」「金持ちなんだからネックレスぐらいよこせよ!」「ほらほら、こっちだぞ〜」「お願い! 返してよ! それは僕の宝物なんだ!」気の毒な少年は次々に別の少年の手に渡っていくネックレスを必死で取り返そうとしていた。「なんて酷いことをしているの……」ジェニファーは、もう我慢できなかった。そこで大きく息を吸い込むと……。「おまわりさーん!! こっちです!! 子供の泥棒がいまーすっ!!」その言葉に少年たちはギョッとした。「お、おい……おまわりさんだって……」「俺達、泥棒になってしまうのか?」「こ、こんなもの返してやる
last updateLast Updated : 2025-07-21
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3−3 自己紹介

「あら? あなた、怪我しているじゃない!」その時、ジェニファーは少年が左手に怪我をしていることに気づいた。擦りむいたのか、手の平に血が滲んでいる。「うん、さっきのアイツらにやられたんだ。僕が町を歩いていたら、いきなり絡んで来てネックレスを奪って路地に逃げていったんだ。だから追いかけていったら……」少年はそこで口を結んだ。「取り返そうとして、怪我をしてしまったのね? ちょっと傷を見せて」ジェニファーの言葉に、少年はオズオズと手の平を差し出した。傷は土で汚れて、血が滲んでいる。「このままにしておいたら、傷口からバイキンが入るわ」そこで、ジェニファーは思いついた。「ね、私今から教会に用事があるの。良ければ一緒に行かない。教会で傷の手当をしてあげましょうか?」断られるかもしれないと思いつつ、ジェニファーは尋ねたが。しかし意外なことに少年は頷いた。「うん……行く」「本当? なら一緒に行きましょう?」こうしてジェニファーと少年は一緒に教会へ向かうことにした。「僕はニコラス・テイラーという名前だよ。君の名前は何ていうの? その服装はもしかして貴族なの?」ニコラスと名乗った少年が尋ねてきた。「あの、私は……」ジェニファーは一瞬迷った。(名前、どうしよう……。教会にはジェニーとして行くことになってるし、私のことを貴族だと思っているみたいだし……)「どうしたの? もしかして名前聞いたら、まずかった?」ニコラスが戸惑いを見せている。「ううん、そんなことないわ。私はジェニーよ」「ジェニー? 名字は無いの? 貴族なんだよね?」「え、ええとジェニー・フォルクマンよ」仕方なく、ジェニファーはジェニーの名を語ることにした。「へ〜ジェニーっていうのか。良い名前だね?」「そう? ありがとう」複雑な気持ちを抱きながらも、ジェニファーは笑顔を見せた。「ところで、教会へは何しに行くの?」「献金と、教会に住んでいる小さな子供達にクッキーを持ってきたの。皆で食べようと思って」「ふ〜ん。慈善事業ってやつかな?」その言葉に、ジェニーと交わした会話を思い出す。『親のいない、小さな子どもたちがシスターに育てられていたわ。それで、皆が私を慕ってきてくれて……とても楽しかった』そう語るジェニーの顔は本当に嬉しそうだった。「確かに、事前事業と思えるかもしれな
last updateLast Updated : 2025-07-22
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3−4 教会

 教会に到着すると、早速ジェニファーは扉の前に垂らされた呼鈴を引っ張った。「「……」」少しの間2人で待っていると、扉がゆっくり開いてシスターが現れた。「あら? どうかしましたか? 今日の礼拝はもう終わっていますよ?」子どもたちだけで教会へ来たのが不思議だったので、まだ年若いシスターは怪訝そうに首を傾げる。「あの……私、ジェニー・フォルクマンです」どうかバレませんようにと、ドキドキしながらジェニファーは名乗った。「え? ジェニー・フォルクマン……? あ! 以前こちらに来て下さったフォルクマン伯爵様の御令嬢ですね?」「はい、そうです。ジェニーです。今日はこちらの教会に献金と、友だちを連れて遊びに来ました」「まぁ、わざわざお友達と一緒に献金の為に足を運んでくださったのですか? ありがとうございます」シスターは2人に挨拶をする。その様子にジェニファーは安堵した。(良かった……シスターも私のことをジェニーだと思っているみたい。これなら教会の子どもたちにもバレずにすむかも)「初めまして、ニコラス・テイラーです」ニコラスは少し、ためらいがちに自己紹介した。「はじめまして、ニコラスさん。それではどうぞ、お入り下さい」シスターは笑顔で、教会の扉を大きく開けると2人を招き入れた。「ちょうど、子どもたちは食堂に集まって、オヤツを食べるところだったのですよ?」廊下を歩きながら説明するシスター。「あの、その前にニコラスの傷の手当をさせてもらってもいいですか?」「え? 傷の手当?」シスターは立ち止まると振り向いた。「何処を怪我しているのですか?」「あの……左の手の平です……」ニコラスがシスターに手を差し出した。「まぁ、これは痛そうね。では、手当をしてあげましょう」そこへジェニファーが声をかけた。「シスター、ニコラスの怪我は私が手当をするので救急箱を貸してもらえますか?」「え? ジェニーさんがですか?」「はい、シスターは子どもたちのお世話がありますよね? だから私がニコラスの手当をします。傷の手当は慣れているので」家事仕事で生傷が耐えなかったジェニファーは当然傷の手当も出来る。「そうですか? では先に救急箱のある部屋に行きましょう」「「はい」」シスターの言葉にジェニファーとニコラスは返事をした――****「はい、どうぞこの救急
last updateLast Updated : 2025-07-23
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3−5 ささやかなお茶会

 ニコラスの怪我の治療を終えたところで、シスターが戻ってきた。「お待たせ……あら? もう手当は終わったのですか?」「はい、終わりました」返事をするジェニファーにシスターは近づく。「……まぁ、上手に包帯を巻いていますね。怪我の治療に慣れているのですね」ニコラスの手当の後を見つめながらシスターが感心する。「あの、クッキーを配って頂けましたか?」ジェニーに子どもたちに配るように頼まれていたのでジェニファーは心配だった。「ええ、もちろんです。みんな、喜んで食べてくれています。お二人も今から食堂へいらっしゃいませんか?」シスターの言葉に、ジェニファーはニコラスに尋ねた。「私は食堂に行くけど、ニコラスはどうする?」「もちろん、僕も行くよ」「それでは、皆で食堂へ行きましょう。子どもたちも待っていますから」「「はい」」シスターに促され、ジェニファーとニコラスは頷いた――前を歩くシスターが2人に説明している。「この教会には0歳の男の子と2歳の女の子。それに5歳の男の子がいます。私以外に、もう一人シスターがいて、今は5人でこの教会で暮らしているのですよ」「皆、僕たちよりも年下なんだね」ニコラスがジェニファーの耳元で囁いてきた。「そうね。私は小さい子供が好きだから楽しみだわ」家に残っているニックとサーシャ、それにダンの姿が思い浮かぶ。「ふ〜ん。ジェニーは小さい子供が好きなのか」「ええ、だって家に……」そこまで言いかけ、ジェニファーはとっさに口を閉じた。自分が今はジェニーであることを忘れていたのだ。「え? 家に? ジェニーは弟か妹がいるの?」「いいえ、いないわ。あのね、家に小さい子が遊びに来たことがあったの。そのとき、とても可愛くて好きになったのよ。ところで、ニコラスには弟か妹がいるの?」咄嗟に誤魔化すために、ジェニファーは質問した。すると、何故かニコラスの顔が曇る。「……僕には……」「ニコラス?」そのとき。「食堂に着いたので、扉を開けますね」不意にシスターが声をかけて、話は中断された。「はい、お願いします」ニコラスが返事をすると、シスターは木製の古びた扉を開けた。ギィ〜……すると木製の長テーブルに並んで座っている小さな子ども達が、シスターと一緒に楽しそうに話している姿があった。シスターの腕の中には赤子が抱かれてい
last updateLast Updated : 2025-07-24
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3−6 約束

「お姉ちゃ〜ん。抱っこして」メリーという名前の2歳の少女は、ジェニファーをすっかり気に入ってしまった。小さな両手を伸ばして、おねだりしてくる姿はとても可愛らしかった。「まぁ! メリー。抱っこなら私がしてあげるわよ」ジェニファーたちを案内してきたシスターは慌てた。高貴な令嬢に貧しい孤児の少女を抱かせるわけにはいかないと思ったからだ。けれど、ジェニファーは気にもとめない。「フフ、いいわよ」子守が慣れているジェニファーはメリーを抱き上げて膝の上に乗せると、嬉しそうに笑った。「お姉ちゃん、クッキー美味しいね〜」「ええ。とっても美味しいわね」ジェニファーはメリーを膝上に抱き上げながら、クッキーを口に入れた。さすがジェニーがお土産にと持たせだけあり、絶品の味だった。「お兄ちゃん、後でボール投げして遊ぼうよ」5歳の少年、 ビルがニコラスに話しかける。「ごめん……僕、今手を怪我しているから駄目なんだ」申し訳無さそうにニコラスが自分の怪我した左手を見せた。「大丈夫? お兄ちゃん、痛くない?」「大丈夫だよ、ジェニーが治療してくれたから。でも怪我が治ったら一緒にボールで遊ぼう?」「うん!」ニコラスとビルが楽しげな様子にジェニファーは安堵していた。(無理に教会へ連れてきてしまったみたいで、気になっていたけど大丈夫そうで良かったわ)それから少しの間、お茶会は続き……午後3時にお開きになったのだった――****――午後3時半ジェニファーとニコラスが帰る時間が訪れていた。「ジェニーさん、ニコラスさん。本日は教会に足を運んで頂き、ありがとうございました。子どもたち、とても喜んでいました」教会の外でシスターが丁寧に頭を下げた。子どもたちはお昼寝に入ってしまったので、シスター1人だけの見送りだった。「私もとても楽しかったです」「僕も楽しかったです」「もし、よろしければ……また、遊びに来てもらえますか?」「えっと……あの……」(困ったわ。私はジェニーにお願いされたから教会に来たのに……自分からここへ遊びに来るなんてこと、していいのかしら?)ジェニファーは、あくまでジェニーの話し相手としてフォルクマン伯爵に住まわせてもらっている。ジェニーの考えが全てであって、そこにジェニファーの意思は無いのだ。「どうしたの? ジェニー」ニコラスが尋ねて
last updateLast Updated : 2025-07-25
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3−7 また明日

「え? 明日?」突然の誘いにジェニファーは戸惑った。「うん……駄目、かな?」「駄目って言うわけじゃないけど……」ジェニファーの行動は全て、ジェニーによって決められている。元々、ジェニーの話し相手としてフォルクマン伯爵家に招かれているのだ。自分の都合で出かけることなど、出来るはずもなかった。「だったらいいよね?」真剣な目で訴えてくるニコラス。(困ったわ……だけど、ジェニーに本当のことを告げれば外出を許してくれるかもしれないし……)それにジェニファーもまた、ニコラスともっと仲良くなりたいと思ったのも事実だ。「ええ、いいわ。それじゃ、今日と同じ時間に会いましょう」「本当!? だったら、明日ジェニーの家に迎えに行くよ。場所を教えてくれる?」その言葉に焦るジェニファー。ニコラスがフォルクマン伯爵邸を訪ねてくれば、自分がジェニーでは無いということがバレてしまう。「あ、あの! それよりも、何処か他の場所で待ち合わせしましょう」「うん。ジェニーがそう言うなら僕は構わないよ。それじゃ、何処で待ち合わせをしようか」「そうね、何処がいいかしら……」その時、2人の眼の前に開けた広場が見えてきた。中央には円形の噴水があり、水を拭き上げている。「ねぇ、それならあの噴水の前で待ち合わせしない?」ニコラスが噴水を指さした。「いいわね。あそこなら分かりやすいもの」「待ち合わせ時間は何時にする?」「そうねぇ……午後2時はどう?」「いいよ、午後2時だね? 約束したよ?」「ええ。それじゃ、そろそろ私帰るわ。1人で来たから家の人が心配していると思うの」ジェニーが心配しているのではないだろうかと、ジェニーは気が気でなかった。「あ、ごめんね。引き止めたりして……家まで送ろうか?」「いいのよ、1人で帰れるから大丈夫。それより、ニコラスこそ家の人が心配しているのではないの?」慌てて首を振るジェニファー。屋敷まで着いてこられれば、自分が本当はジェニーではないことがバレてしまう。どうしてもそれだけは嫌だった。「……僕のことを心配するような人は誰もいないよ」何故かニコラスの顔が曇る。「どうかしたの?」「ううん、何でもない。それじゃ、また明日会おうね」「ええ、また明日ね」2人は手を振ると、ニコラスは背を向けて走り去っていった。「私も急いで帰らなくちゃ」
last updateLast Updated : 2025-07-26
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3−8 少女2人の願い

「それで、明日は今日知り合いになったニコラスっていう男の子と午後2時に会う約束をしてしまったというわけね?」ジェニーは向かい側の椅子に座るジェニファーを頬杖をつきながら、じっと見つめている。「え、ええ。その……どうしても断れなくて。駄目……かしら?」様子をうかがうように、すこし俯き加減にジェニファーは尋ねた。「……そうねぇ。本当なら行かないでと言いたいところだけど……」その言葉にジェニファーの肩がピクリと跳ねる。「でも約束してしまっているし、大好きなジェニファーを困らせたくないもの」「え? それじゃ……」ジェニファーの顔が笑顔になる。「ええ、行ってきていいわ。ただし、出かける時間は2時間まで。それ以上はやめてね?」「2時間……」フォルクマン伯爵家から町まで、ジェニファーの足では片道20分はかかってしまう。そうなると、あまりニコラスと会う時間を取ることは出来ない。(それではあまり長い時間ニコラスとは会えないわ。せめて2時間半にしてもらえないかしら……)「あのね、ジェニー……」するとジェニーはジェニファーの手を握りしめた。「ジェニファー。言いたいことは分かっている。だけどその間、私はこの部屋に1人ぼっちになってしまうのよ? 1人は寂しくてたまらない……あなたなら分かってくれるわよね?」縋り付くような目で訴えられてしまえば、時間の延長をお願いすることは出来なかった。(そうよね、ジェニーに外出許可を貰えただけ良いと思わなくちゃ。それに身体が弱くて外に出ることも出来ないジェニーの側にいるのが私の役目なのだもの)「分かったわ。2時間で必ず戻ってくると約束するわ」ジェニファーはジェニーの手を握り返した。「あと、もう一つあなたに言っておきたいことがあるわ」「何? ジェニー」「そのニコラスって言う人と、どんな話をしたのか全て教えてね? 2人だけの内緒の話にするのはイヤよ? 仲間はずれにはされたくないのよ」「ええ、もちろん。ニコラスとの話したことは全て伝えるから安心して」自分が綺麗なドレスを着ることが出来て、辛い家事をすることもなく、勉強までさせてもらえているのは全てジェニーのおかげなのだ。ジェニーのためなら、何だってしてあげたいとジェニファーは考えていた。すると、その言葉を聞いたジェニーはフフッと笑った。「ありがとう。ジェニファ
last updateLast Updated : 2025-07-27
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3−9 行ってきます

 翌日13時半――外出着に着替えたジェニファーはジェニーの部屋にいた。そろそろ町へ出発する時間が迫っている。「はい、ジェニファー。これを持っていって」ジェニーが懐中時計を差し出してきたので、受け取るジェニファー。「これは……時計?」「ええ、そうよ。これがあれば、いつでも時間を確認することが出来るでしょう?」「ありがとう、借りていくわね。無くさないように大切に持っていくわ」ジェニファーの言葉にジェニーは首を振った。「あら、違うわ。その時計はジェニファーにあげるものよ」「え!? こんな高級そうな懐中時計を?」懐中時計は高級な品であり、庶民にはまだまだ手の届かない品物であった。それなのにプレゼントしてくれたことにジェニファーは驚きを隠せない。「ええ、あげるわ。私達の友情の証よ? それで、ジェニファー。ニコラスと会う時は……その、私の名前で会っているのよね?」「そうよ、ニコラスは私がジェニーだと思っているわ」本当は、ニコラスにも教会にも嘘をつきたくは無かった。ジェニーとしてではなく、ジェニファーとして、皆の前に現れたかった。けれど、そんなことは口が裂けてもジェニーの前では言えない。ジェニーはジェニファーのことを友達だと言ってくれてはいるけれども、その立場は対等では無いのだから。「そうなのね? ニコラスは私だと思っているのね?」嬉しそうに笑顔を見せるジェニーを見つめて、ジェニファーは思う。(そうよ、私の役目はジェニファーを笑顔にすることなのだから)「それじゃ、そろそろ行ってくるわね」ジェニファーは帽子をかぶり、ショルダーバッグを肩からかけた。「ええ、行ってらっしゃい」「何か、お土産買ってきましょうか?」「お土産? どんな?」ジェニーの言葉に、ジェニファーは少し考え込む。「う〜ん……そうね。例えば……キャンディーとか、クッキーとか……」「お菓子は沢山あるから大丈夫よ」「だったら何がいいかしら?」「なら、アクセサリーがいいわ。ブローチが欲しいの」「どんなブローチがいいの?」アクセサリーのことが良く分らないジェニファーは首を傾げた。「そうね……あ、それなら動物の形をしたブローチがいいわ」「動物の形ね、分かったわ。素敵なのを見つけて買ってくるわね」「お金は大丈夫なの? あげましょうか?」ジェニーの顔に心配そうな表情
last updateLast Updated : 2025-07-28
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3−10 お礼のお返しは

「フフフ……本当に、ここは素敵な場所だわ」今日も雲一つ無い青空の下、ジェニファーは元気よく町へ向って丘を降りていった。ジェニーには悪いが、ジェニファーは外出する時間をとても楽しみにしていた。フォルクマン伯爵邸に招かれてから教会へ行くまでの間、殆ど屋敷の外へ出たことが無かったからだ。あるとすれば、せいぜい屋敷の中庭を散策する位だった。もともと、家にいた時も田舎の村に住んでいたいので自然が溢れていた。ジェニファーは朝から晩まで忙しく働いていたので屋敷の中でじっとしているのは性に合わなかったのだ。辛い家事をしなくて済んでいたことはジェニファーにとっては大きな喜びであったけれども、贅沢を言えば外出して色々な場所を訪れてみたい……。それがジェニファーのささやかな夢だったのだ。その夢を、こんな形で叶えてくれたジェニーに感謝の気持で一杯だった。「今日の出来事は全て教えてあげなくちゃ」ジェニファーは自分に言い聞かせるのだった――**** 待ち合わせ場所に行ってみると、既にニコラスの姿があった。「お待たせ! ニコラス!」元気よく手を振ると、ニコラスも気づいて手を振り返す。ジェニファーは駆け足で向うと、笑顔で挨拶された。「こんにちは、ジェニファー」「こんにちは、ニコラス。ごめんなさい、待った?」「う〜ん。待ったと言っても5分くらいだよ。今日、ジェニファーと遊べるのが嬉しくて早く出てきたんだ」「そうなの? そう言って貰えると嬉しいわ」実際、友達らしい友達がいなかったジェニファーにとっては嬉しい言葉だった。「それで昨日、ジェニファーにどんなお礼をしたいか色々迷ったんだけど……良い考えが浮かばなくて。本とかはどうかな?」「本?」「うん、僕は本を読むのが大好きでね。今は伝記を読んでいるんだ。だからお礼に本を考えていたんだけど」ニコラスの言葉に、ジェニファーは答えをつまらせてしまった。簡単な文章しか読めないジェニファーは絵本ぐらいしかまだ読むことが出来ない。今ジェニーになりきっていながら、絵本を手に取ろうものなら怪しまれてしまうかもしれない。「いいのよ、お礼なんて。だって本当に大したことはしていないもの。救急箱だって教会から借りたものを使わせて貰っただけだし。だから気にしないで?」「そんなわけにはいかないよ。だって、今日はお礼をするために
last updateLast Updated : 2025-07-29
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