All Chapters of 望まれない結婚〜相手は前妻を忘れられない初恋の人でした: Chapter 51 - Chapter 60

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3−21 ジェニーの体調不良

 その日から、ジェニファーがニコラスと会うのは1日置きとなった。毎回屋敷の近くまでシドがジェニファーの送り迎えをし、2人が会っている間は邪魔にならないように少し離れたところからシドが見守る。その様な状況が少しの間続いていた。そして、ついに写真が出来上がる日がやってきた――****「ゴホッ! ゴホッ!」その日は朝からジェニーの体調がすぐれなかった。「ジェニー、大丈夫?」ベッドで咳をしているジェニーにジェニファーは心配そうに声をかけた。「え、ええ……大丈夫よ……ゴホッ!ゴホッ!」大丈夫と言いながら、ジェニーの顔色は青い。今日は写真が出来上がる日で、当然ニコラスとも会う約束をしていた。もうそろそろ約束の時間になろうとしている。しかし……。「私、ジェニーが心配だから今日はニコラスと会わないわ」ジェニファーは咳をしているジェニーの背中をさすりながら自分の考えを口にした。(シドが近くまで迎えに来てくれているから、伝えてもらえばいいわね。こんなに具合が悪いジェニーを置いてなんか行けないもの)ジェニファーはそう考えていたのだが、ジェニーが首を振る。「駄目よ……ゴホッゴホッ! 私のことはいいから……今日はゴホッ! ニコラスと会ってきてちょうだい」「だけど、こんな具合が悪い状態のジェニーを1人にさせられないわ」ジェニファーの役目はジェニーの話し相手だけではない。体調が悪くなったときには使用人たちや、伯爵に知らせる役目も担っていた。けれど、ジェニファーが外出中はジェニーは使用人を誰も部屋に入れないようにしていた。何故なら、ジェニファーが不在なのを屋敷の人々に知られるわけにはいかないからだ。「だ、大丈夫よ……それよりも……ゴホッ! 今日は写真が出来上がる日でしょう?    私、どうしてもニコラスの写真が……見たいのゴホッゴホッ!」「ジェニー……」本当はジェニーを置いては行きたくなかった。だけど、ニコラスの写真を強く望んでいる。ジェニファーはその望みを叶えたかった。「分かったわ、ジェニー。ニコラスに会って、写真を取りに行ってくるわね。そしたらすぐに帰って来るから」ジェニファーは帽子を被った。「え、ええ……よろしくね……」ジェニーは弱々しく笑いながら、ベッドの上で手を振った――****「お待たせ、シドッ!」いつもの約束時間より10
last updateLast Updated : 2025-08-09
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3−22 ジェニファーの葛藤

「え……? まだ写真が出来上がっていないんですか?」写真屋に、ジェニファーの落胆した声が響く。「はい、申し訳ありません」申し訳無さそうに謝罪する店主に、ニコラスが尋ねた。「この間写真を撮影したときには、10日後に出来上がるって言ってましたよね?」「はい、そうです。予定では後2時間もあれば仕上げられるのですが」「2時間……」ジェニファーはその言葉に、焦った。(そんな、後2時間も写真が出来るのに時間がかかるなんて……! ジェニーの具合が悪いから早く帰らないといけないのに……!)本当は今すぐにでもジェニーの元に戻りたかった。酷い咳をしていたジェニーが気がかりでならなかったのだ。だけど、手ぶらで帰るわけにもいかない。何よりもジェニーは体調が悪いにもかかわらず、写真の為に自分を送り出したからだ。(駄目だわ……! 写真を持たないとジェニーのところに戻れない……!)ジェニファーの様子に気付いたのか、 ニコラスが声をかけてきた。「大丈夫、ジェニー。何だか顔色が悪いけど……具合でも悪いの?」「う、ううん。そんなこと無いわ。ただ、写真が出来上がっていないのが……」そこでジェニファーは言葉を切った。店主を責めるようなことを言っては、悪いと感じたからだ。その代わり、お願いすることにした。「あの、出来るだけ急いで写真を下さい。お願いします!」そして必死の思いで頭を下げる。「そんな……貴族のお嬢様が私のような者に頭を下げるとは……分かりました! 出来るだけ急いで現像作業を行います。1時間後にもう一度来て頂けますか?」「1時間後ですね。分かりました、それじゃ行こう。ジェニー」「ええ……」ニコラスに促され、ジェニファーは店を出た。その後ろをシドが黙ってついてくる。「ねぇ、ジェニー。もしかして、今日は急ぎの用事でもあるの?」写真屋を出ると、直ぐにニコラスが尋ねてきた。「急ぎの用事っていうか……じ、実は今日は家で大人しくしているように言われていたのだけど無断で出てきてしまったから……お父様が帰るまでに家に戻りたかったの」必死で言い訳を考えるジェニファー。「それじゃ、ひょっとして今日は無理に家を出てきたってこと?」「……そうなの」嘘をついている罪悪感から、小声でジェニファーは返事をした。「ごめん……ジェニー」「え? どうしてニコラスが謝る
last updateLast Updated : 2025-08-10
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3−23 ネックレスと写真

 3人はアクセサリー屋に来ていた。「ジェニー。どのアクセサリーが欲しいの?」ショーケースをじっと見つめているジェニファーにニコラスが尋ねた。「そうね……。どれがいいかしら。……あ」その時、一つのアクセサリーがジェニファーの目に止まった。それは美しい青色の蝶のネックレスだった。(なんて素敵な青……まるでジェニーの瞳の色みたい)ジェニーの青い瞳が大好きだったジェニファーは同じ色のネックレスに見惚れてしまった。「ジェニー。ひょっとしてこれが気に入ったの?」ニコラスがネックレスを指差す。「え? ええ。とても綺麗なネックレスだと思って」「だったら、これをプレゼントさせてよ」ジェニファーはチラリとネックレスの値段を見た。それはジェニーにプレゼントしたブローチよりも高額だった。(私なんかがジェニーよりも効果なアクセサリーをプレゼントしてもらうわけにはいかないわ)「だけど、高いし……」「これくらいなら、どうってことないから」そしてニコラスは傍にいた女性店員に声をかけた。「このネックレスを下さい」女性店員は笑顔で返事をすると、蝶のネックレスをショーケースから取り出した。「金貨1枚になります。お包みしますか?」「いいです、そのまま下さい」金貨1枚を支払うとニコラスはネックレスを受取り、ジェニファーに向き直る。「ジェニー。後ろ向いて」「は、はい」戸惑いながら後ろを向くと、ニコラスはジェニーの首にネックレスを付けてあげた。「はい、いいよ」「あ、ありがとう……」「まぁ、とってもお似合いですわ」女性店員が笑顔で褒めると、ニコラスも頷く。「うん。とても良く似合っているよ」「ほ……本当?」「本当だよ、シドもそう思うだろう?」「はい、似合っていますね」無表情で頷くシド。「ありがとう、ニコラス。私、このネックレス大切にするわ」ジェニファーは蝶のネックレスを握りしめた――****「写真は出来上がりましたか?」写真屋に戻ると、ジェニファーは早速店主に尋ねた。「ええ、出来上がっておりますよ。こちらです」店主はカウンターの上に出来上がった3枚の写真を並べた。「良く映っているわ……」ニコラスだけが映っている写真を見つめるジェニファー。(きっと、この写真を見ればジェニーは喜ぶに決まってるわ)「ジェニーもとても綺麗に映っているよ
last updateLast Updated : 2025-08-11
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3−24 緊急事態

 辻馬車に乗って、屋敷に戻ると何やら騒がしい雰囲気に包まれていることにジェニファーは気付いた。「何かあったのかしら……?」不安な気持ちで廊下を歩いていると、慌ただしくこちらへ向ってくるメイドに出会った。「まぁ! ジェニファー様! 一体今まで何処に行ってらしたのですか!?メイドはジェニファーを見ると血相を変えて駆け寄ってきた。「え? あ、あの……町に用事があって、それで……」「何故ジェニー様を残して外出されたのです!? 今、ジェニー様は喘息の発作で大変な状況になっているのですよ!」「え! ジェニーが!?」ジェニファーは慌ててジェニーの部屋へ向って走った。「お待ち下さい! ジェニファー様!」メイドが止めるも、構わずジェニファーは廊下を走った。途中、何人もの使用人にすれ違って引き止められた。それでもジェニーの部屋を目指して走り続けた。「はぁ……はぁ……」部屋の前にたどり着き、息を整えるとジェニファーはノックもせずに扉を開けた。「ジェニー!」部屋へ飛び込み、息を呑んだ。「ジェニーッ! しっかりしてくれ! 頼む! ドクター!! 何とかしてくれ!」伯爵がベッドを覗き込んで、必死に叫んでいる。「伯爵、落ち着いて下さい! 病人の前です! 今吸入の用意を致しますから!」「……くそっ……! 何故こんなことに……ん?」そのとき。伯爵は背後に人の気配を感じて振り向いた。するとそこには青い顔で震えながら立っているジェニファーの姿があった。「ジェニファーッ!!」伯爵は今まで見たこともない、怒りの表情を浮かべてジェニファーに近づいてくる。「あ……は、伯爵様……」恐怖で震えるジェニファーに伯爵位は怒鳴りつけた。「一体、今まで何処に行っていたのだ! 前から言っていただろう? ジェニーは喘息持ちで身体が弱いので1人にせずに、傍についているようにと! お前をここに呼んだのは話し相手だけではない! ジェニーに何かあった場合すぐに我々に知らせる為だ! それなのに……ジェニーを置いて、勝手に遊びに行っていたとは……」「ご、ごめんなさい……伯爵様。わ、私……そ、そんなつもりは……そ、それでジェニーの様子は……」震えながらも、何とか必死で言葉を紡ぐジェニファー。「黙れ!! お前にジェニーの具合を心配する資格など無い!! 今すぐにこの部屋から出ていけ! お
last updateLast Updated : 2025-08-12
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3−25 追い出される少女、ジェニファー

――18時室内は薄暗くなっていたが、ジェニファーは明かりも灯さずにソファに座り込んでぐったりしていた。すっかり泣きつかれていたジェニファーは、もう何もする気が起きなかった。(ジェニーはどうなったのかしら……無事でいてくれたのかしら……)そのとき。――ガチャッ!!乱暴に扉が開かれ、ズカズカと伯爵が部屋に入ってきた。「伯爵様!」慌ててジェニファーはソファから立ち上がる。すると伯爵はジェニファーに目も合わさずに話し始めた。「……ジェニーは医者の手当で何とか 一命をとりとめることができた」「ほ、本当ですか!? 良かった……」その言葉に、ジェニファーの目に涙が浮かぶ。すると伯爵が叱責した。「何が良かっただ!! 元はと言えば、ジェニーの命が危険にさらされたのは、お前のせいだろう!? 常に側にいるように言い聞かせていたのに、自分の責務をほったらかしにして遊びに出掛けおって! 私はお前を決して許さないからな!!」「ほ……本当に……ご、ごめんな……さ……」再び泣きながら、必死で謝るジェニファー。いくら普段から意地悪な叔母や叔父に叱責されていようとも、流石のジェニファーもこれには堪えた。親切にしてくれていた人が、手の平を返して憎しみをぶつけてくるのだから無理もない。まだ10歳のジェニファーの心は既にボロボロになっていた。「泣くな! 鬱陶しい!! 私は忙しい。今は用件だけ告げに来たのだ。いいか、これからジェニーは都心にある大学病院に入院が決まった。今夜の夜行列車ですぐに連れて行く。そしてお前はあの家に帰るのだ。今から30分後に迎えをよこす。それまでに荷物をまとめておくのだな」それだけ言い放つと、伯爵は大股で部屋を出て行った。「そ、そんな……今から30分後にここを出ていかないとならないなんて……」ジェニファーは途方に暮れてしまった。追い出されるのは仕方ないとしても、あまりに急な話で頭が追いつかない。「い、急いで支度をしなくちゃ……」今まで伯爵からプレゼントされた服やバッグ、靴などを見渡したが、一切持ち帰る気は無かった。何故なら今の自分には貰える権利などあるはずはないからだ。そこで自分がこの屋敷に持ち込んだものだけを荷造りすることにした。すると収まった荷物はトランクケース2つ分だけだった。「そうだわ、この服も着替えなくちゃ」自分の
last updateLast Updated : 2025-08-13
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3−26 別れの言葉

 帰りは、行きと違って雲泥の差があった。駅までの馬車は粗末な荷馬車だった。乗った汽車は普通車両で、横になることすら出来なかった。そこでジェニファーは椅子の上に身体を縮こませて眠りに就いた。大の大人でも悲鳴を上げたくなるような過酷な環境で、ジェニファーの付き添いをしている使用人も、より一層陰鬱な表情で汽車に乗っていた。まだ10歳の少女にとっては、辛い旅となったがこれは当然のことだと思っていた。(私はジェニーの体調が悪いのに、ニコラスと町に遊びに行ってしまったわ。そのせいでジェニーは死にかけてしまった……これは当然の罰なのよ)ジェニファーは自分にそう、言い聞かせていた。実際はニコラスの写真を欲しがるジェニーのわがままで、ジェニファーは町に出掛けた。だが、罪悪感に苛まされているジェニファーは全て自分のせいだと責めていたのだ。何故ならあの屋敷には、幼い少女を守ってくれるような人物が誰一人としていなかったからだ。ジェニファーの周囲は敵しかいない。だから自分は罪人だと思いこんでしまっていたのだ。ガタガタ揺れの激しい汽車の中でジェニファーは夢を見ていた。夢の中では誰もが激しくジェニファーを怒る。そして青白い顔のジェニーは恨めしそうな目で自分を睨みつけていた。「……ジェニー……ごめんなさい……」ジェニファーは泣きながら寝言を呟くも……哀れな少女を優しく抱き寄せて慰めてくれる相手はどこにもいなかった――****――汽車を乗り継いで3日後ジェニファーは使用人と共に生まれ故郷『キリコ』に帰ってきた。汽車を降りると、陰鬱な顔の使用人は口を開いた。「俺の役目は、お前の住む町まで送り届けることだ。ここから先は1人で帰れるだろう? 何しろ旦那さまからたっぷりお小遣いを貰っていたのだからな」 「……」その言葉に何も言えないままうつむいていると使用人は舌打ちし、ジェニファーに手紙を押し付けてきた。「手紙……?」顔を上げて使用人の顔をジェニファーは見上げた。「旦那様からの手紙だ。お前の強欲な叔父夫婦あてにな。ちゃんと渡しておけ」それだけ告げると、使用人は背を向けて再び駅舎に向って歩き始めた。「あ、あの!」その背中にジェニファーは声をかけると使用人は振り向いた。「何だ?」「ここまで、送ってくれて……ありがとうございました……」必死の思いでジェ
last updateLast Updated : 2025-08-13
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第2部 1-1 大人になったジェニファー

 傷ついた心のままジェニファーがフォルクマン伯爵家を追い出され、早いもので12年の歳月が流れていた。22歳になったジェニファーは、それは美しい女性へと成長していた。長く伸びたプラチナブロンドの髪に、宝石のような緑の瞳は誰もが振り返る程で近隣の村々にもその美しさは知れ渡っていた。本来であれば、とっくに嫁いでも良い年齢に達してはいたものの、ジェニファーは未だに縁談とは程遠い生活を送っていた――――午前10時「それじゃ、叔母様。仕事に行ってきます」外出準備を終えたジェニファーは、リビングでお茶を飲んでいた叔母に声をかけた。「別に仕事に行くのは構わないけどね、ジェニファー。家事は終わらせてあるのかしら?」「はい。もう洗濯は終わらせてありますし、料理は鍋に出来上がってるので温めれば食べられるようになっています」「そう。それで仕事は何時までだっけ?」「16時までです……」本当は家計の為には、もっと長時間働く必要があった。しかし、それをアンが許さない。何故なら未だに家事仕事をジェニファーに任せきりで、自分は何もしないからであった。それでも今はダンにサーシャ。それにまだ少年ながらもニックが家事を手伝ってくれるので大分ジェニファーの負担は減っていた。そのため、外で働く余裕も少しは出来るようになっていたのだ。「全く……フォルクマン伯爵家で、あんたがヘマしなければ今頃あの家から援助をしてもらえてこんなに貧しい生活をしないで済んだって言うのに……!」アンは苛立ちを見せながら、お茶を口にする。「……申し訳ございません。叔母様……」12年経った今でも、アンはジェニファーが追い返されたことを口にする。その話をされる度に、彼女の胸は酷く傷んだ。ジェニファーはフォルクマン伯爵が渡してきた手紙の内容を知らない。しかし手紙を読んだ叔母は怒りを顕にし、長時間の汽車の度で疲れ切っていたジェニファーを酷く叱りつけた。それだけに限らず、納屋に閉じ込めて一晩放置したのであった。翌朝ジェニファーは子どもたちの手によって助け出されたのだが、叔母から「あんたのせいで伯爵が激怒して、もう援助してもらえなくなった」と怒鳴られたのだった……。(でも皆から憎まれても当然だわ、だって私は具合の悪いジェニーを見捨てて遊びに行ってしまったのだから)ジェニファーは今も酷く自分のことを責め
last updateLast Updated : 2025-08-14
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1-2 ジェニファーの現状

 荷馬車の上でジェニファーとダンは話をしていた。「全く、おふくろはジェニファーを働かせ過ぎだ。家事だってやらせた上に、外でも働かせているんだから。そのくせ、自分は一切仕事をしない。実の母親ながら、本当に嫌になるよ」「いいのよ、ダン。叔母様がブルック家に保護者としてあの家に来てくれなければ、私は施設に送られていたかもしれないのだから」「だけど、その分働かされ続けてきたじゃないか。今だって……そんなに……」ダンはジェニファーのアカギレだらけの手元を見て、悔しそうに唇を噛む「でも今はダンもサーシャも、ニックだって手伝ってくれているから大分楽になれたわよ? 本当に助かっているわ」「その分子守も増えたじゃないか」アンは今から8年前に双子の男の子を出産していた。今ではその少年たちの面倒までジェニファーが見ていたのだ。「だけど、もう2人も8歳よ。大分家のことも手伝えるような年齢になったわ。最近は洗濯物を畳んだり、洗った食器を拭くお手伝いまでしてくれるのよ」「……まぁ、ジェニファーがそれでもいいなら、俺は構わないけど……」「まさか、ダン。結婚しないのはそれが理由なの?」「え!? な、何だよ。突然」結婚の話が再び出てきたので、ダンの顔が赤くなる。「ブルック家のことが心配で結婚できないなら気にしなくていいわよ。サーシャだって一人前に家事が出来るし、ニックは薪割りも出来るようになったわ。だからダンは家の事は気にせずに、好きな女性がいるなら結婚して家を出てもいいのよ? それともあの家で一緒に暮らすなら私は大歓迎だから」「ち、違うっ! 大体、俺の好きな相手は……!」そこでダンは言葉を切り、赤い顔のままジェニファーを見つめる。「ダン? どうしたの?」「あ……い、いや。何でもない。そんなことより、ジェニファーはどうなんだ? もう22歳だろう? 誰か結婚相手とか……好きな男とか、いないのかよ?」「好きな男の人……」その言葉にジェニファーはポツリと呟き、ほんの一時、楽しい日々を一緒に過ごしたニコラスの姿が脳裏に浮かび……消えた。「何だ? その反応……もしかして、本当に好きな男がいるのか?」「好きな人なんていないわ。それに私はね、ダンやサーシャの結婚相手を見届ける義務があるのだから」「何だよ? それ。でも……俺が結婚しない限り、ジェニファーはずっとあの家に
last updateLast Updated : 2025-08-15
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1-3 辛い報告

「ジェニーが結婚……? 相手の男性が……ニコラスだなんて……」手紙を持つジェニファーの手が震える。12年前、ジェニーに別れを告げることも出来ないまま、追い出されてしまったジェニファー。そこから、2人のやり取りが一切交わされることは無かった。何度も手紙を出そうと考えたが、アドレスが分からなかった。それに、ジェニーから便りが無いのも自分を憎んでいるからだろうと思っていたからだ。それが12年の歳月が流れて、いきなり届いた素っ気ない手紙。しかも相手はジェニファーの初恋の相手だったのだから、受けたショックは計り知れない。「いつの間に……2人は知りあいになっていたの……? そ、それに……結婚なん……て……」 一体どういう経緯でジェニーとニコラスが出会ったのか、ジェニファーには全く検討がつかなかった。ジェニファーの目に涙がたまる。ニコラスは初恋の相手だった。身分違いなのは分かりきっていた。自分がニコラスの相手になれるとは到底思っていなかった。恐らく誰か身分の高い女性と結婚するだろうとは思っていたけれども……それがまさかジェニーだったとは思いもしなかったのだ。「どうして……今まで連絡も無かったのに………ニコラスとの結婚を知らせる手紙なんて……」しかも、この手紙は結婚するという知らせの招待状などではない。既に結婚した報告の手紙だ。もっとも結婚式の招待状を貰ったとしても参加することは不可能だった。ドレスも無ければ、お祝いも用意できない。旅費も出せないし、何よりフォルクマン伯爵からは憎まれているのだから。「……出来れば……知りたくなかったわ……」辛い人生ばかり送ってきたジェニファーには良く分かっている。世の中には、知らないほうが幸せだったと思えることが山程あることを。それでもジェニーもニコラスも大切な存在であることに代わりはなかった。アドレスが無いので、返事を書くことも出来ない。(きっと、私にはもう二度と会いたくないってことよね。だからアドレスも書かずに手紙を送ってきたのだわ)ジェニファーは短い手紙をバッグに大切にしまうと、フラフラと重い足取りで家の中へ入っていった。心の中でジェニーとニコラスの幸せを祈りながら――****「お帰りなさい! お姉ちゃん!」「お帰りなさい!!」家の中に入ると双子の兄弟、トビーとマークが駆け寄ってきた。
last updateLast Updated : 2025-08-16
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1-4  物陰から見る者

 その日の夕食の席――「はぁ〜……また野菜ばかりのシチューなのね」料理を口にしながら、アンがため息をつく。「何言ってるの? 少しだけど、お肉だって入っているわよ。ね、ニックもそう思うでしょう?」サーシャがニックに同意を求める。「そうだよ! ほら、この中に小さな肉が入ってるんだからな!」ニックがスプーンでシチューをすくうと、口に入れた。「このシチュー美味しいね」「僕、ジェニファーの料理大好きだよ!」トビーとマークが口々に言うが、それもアンは気に入らずにジェニファーを睨みつけた。「何よ! 全く、皆揃ってジェニファーの肩ばかり持って気に入らないわ……!」するとダンの声が部屋に響いた。「それは当然だろう? 俺達は皆、ジェニファーに育てられたようなものなのだから」「あ、ダン! お帰りなさい」ジェニファーが椅子から立ち上がる。「お帰りなさい、ダン」「お帰り」「お帰りなさい、お兄ちゃん」ジェニファーに続いて、サーシャに双子たちもダンに声をかける。「お帰り、今日の稼ぎはどうだったのかしら?」アンがダンに目もくれずに尋ねた。「大丈夫だよ、ちゃんと小麦は全て売ってきた」ナップザックを背中から降ろしながらダンが返事をした。「ごめんなさい、ダン。あなたの帰りが遅くなると思って皆で先に食事していたの。すぐに用意するわ」「いや、それくらい自分で用意できるからいいよ」台所に行こうとしたジェニファーをダンがとめる。「そういうわけにはいかないわ。ダンは働いて帰ってきたのだから」「ジェニファーだってそうだろう? なら、2人で一緒に準備しよう」「そうね」ジェニファーとダンは2人で一緒に台所へ向った。「ごめん。ジェニファー」2人で食事の用意をしていると、ダンが謝ってきた。「え? 急にどうしたの?」「おふくろのことだよ。親父が2年前に病気で死んでから、増々きつくジェニファーに当たるようになった……本当に悪いと思ってる」「そんなこと気にしないで。叔母様も悲しみが癒えないのよ。……大切な人を失うって、とても辛いことだから」ジェニファーは今日届いたジェニーの手紙を思い出し……再び悲しみがこみ上げてくる。「どうしたんだ? 何かあったのか?」「別に何も無いわよ」「嘘言うなよ、今泣きそうな顔になっていたぞ?」「フフ、変なこと言うのね。ダンは
last updateLast Updated : 2025-08-17
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