All Chapters of 望まれない結婚〜相手は前妻を忘れられない初恋の人でした: Chapter 71 - Chapter 80

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1−15 新しい部屋

 釣り書きを見せ、ニコラスに冷たい言葉を投げかけられてジェニファーは部屋を出た。――パタン扉を閉め廊下に出たジェニファーは、ニコラスのあまりの変貌ぶりに我慢できず、とうとう目に涙が浮かんでしまった。「……うっ……」(駄目よ、泣いたりしたら……泣いたら、もっと私の立場が悪くなってしまうわ……)ジェニファーは必死に自分に言い聞かせ、目をゴシゴシこすったそのとき。「ジェニファー様でいらっしゃいますか?」不意に背後から声をかけられ、ジェニファーは振り向いた。「は、はい」すると、そこにいたのはジェニファーとさほど年齢が変わらないメイドだった。メイドは振り返ったジェニファーに会釈した。「私、本日よりジェニファー様の身の回りのお世話をさせていただくことになりましたメイドのジルダと申します。よろしくお願いいたします」会釈してきたジルダにジェニファーも慌てて挨拶した。「こちらこそよろしくお願いします。ジルダさん」「私はメイドなので、ジルダで結構です。それではまずはお部屋にご案内させていただきます」表情一つ買えず、ジルダは前に立って歩き出したので、ジェニファーも後をついていくことにした。テイラー侯爵家は少女時代、一時的にお世話になっていたジェニーの別荘よりもずっと大きかった。長い廊下を歩いていると途中何人ものメイドやフットマンに出会った。けれど、皆挨拶するどころかジェニファーをチラリと一瞥するだけだった。まるでジェニファーには少しも興味を抱いていない様子だ。(ニコラスの態度で分かったけど……ここで働いている人たちからも、私はよく思われていないのね……)そのことが、ますます悲しかった。ニコラスは明らかに自分を憎んでいるし、使用人たちも自分が誰なのか分かっているはずなのに冷たい態度を取っている。ここには、自分の味方が誰一人いないのだということをジェニファーは感じていた。けれど、何故ここまで自分がテイラー侯爵家から憎まれているのか分からなかった。ただ、一つ思い当たることがあるとすれば……。(きっとニコラスが私のことを憎んで……それで、ここにいる人達に悪く言っていたのでしょうね……。ジェニーの遺言状さえなければ、ニコラスは私の顔すら見たくなかったはずだわ)だとしたら、自分はこれからこの屋敷でどのように暮らしていけばいいのだろう?そんなことを
last updateLast Updated : 2025-08-28
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1−16 子育て要員として

「……様、ジェニファー様……」すぐ近くで誰かが自分の名を呼ぶ声が聞こえる。「う〜ん……」「ジェニファー様。おやすみのところ、申し訳ございません」その言葉で一気にジェニファーは目を覚ました。「お目覚めになりましたか? ジェニファー様」頭の上で声が聞こえ、見上げるとジェニファーを迎えに現れた執事がじっと見つめていた。「す、すみません! 眠ってしまっていたようで……」ジェニファーは顔を赤らめながら返事をし、ふと気付いた。いつの間にか部屋の中には夕日が差し込み、オレンジ色に染まっている。「いいえ、こちらこそお休みのところ大変申し訳ございません。何度もノックと、お声掛けをさせて頂いたのですが、お返事が無かったので……失礼とは思いましたがお部屋に入らせていただきました」執事のモーリスは深々と頭を下げた。だが本来であれば使用人が許可も無く、勝手に部屋に入ることはありえない。ましてや女性の部屋に男性使用人が入るなど、尚更だ。このことからジェニファーがドレイク侯爵家から、どれほどに軽んじてみられているか現れていた。だが、貴族令嬢とは程遠い乏しい生活を送っていたジェニファーが知るはずもない。「い、いえ。それで御要件を伺ってもよろしいですか?」「はい。既にご存知だと思いますが、旦那様にはジェニー様の忘れ形見でいらっしゃるお子様がおります。お名前はジョナサン様で1歳になられたばかりです。そこでジェニファー様にジョナサン様のシッターを任せたいとのことです」シッターという言葉を強調するモーリス。その言葉の意味にジェニファーは気付いてしまった。(そういうことなのね……つまり、私は名目上は妻であるけれども、実際は認められていないのだわ。私がここに呼ばれたのは、あくまでもジェニーの遺言と、子育て要因の為に、ここに……)「どうなさいましたか? ジェニファー様。ジェニー様のお子様のシッターは、お嫌でしょうか?」モーリスは挑発的に尋ねてくる。「いいえ、嫌なはずありません。シッターですね? 分かりました。是非、やらせていただきます。それでジョナサン様はどちらにいらっしゃるのですか?」「え……?」元気よく返事をするジェニファーに一瞬モーリスは戸惑うも、言葉を続けた。「では、ご案内致します」「はい、よろしくお願いします」ジェニファーは立ち上がって、返事を
last updateLast Updated : 2025-08-29
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1−17 静かな憎悪

「つい先程、ジョナサン様はお休みになられたところです」メイドのダリアと一緒にベビーベッドを覗き込んだジェニファー。ベッドの中には、1歳になったばかりのジョナサンが小さな両手を握りしめてスヤスヤと眠っている。バラ色の肌に、金色の巻き毛のジョナサンはまるで天使のように愛らしかった。「まぁ……なんて可愛いの……」ジョナサンを見つめるジェニファーの顔に笑顔が浮かぶ。それはテイラー侯爵家に着いて初めての笑顔だった。「可愛いだけではシッターは務まりません。失礼ですが、赤子のお世話はされたことがあるのですか?」どうせ赤子の世話など出来ないだろうとダリアは決めつけ、冷たい口調で尋ねた。「はい。子供の頃から、赤ちゃんのお世話はしてきたので得意です」「え?」笑顔で答えるジェニファーにダリアは苛ついた態度で尋ねた。「子供の頃からですか? そんな話を信じろとでも? ジョナサン様のお世話をしたくてそのような嘘をおっしゃっているわけではありませんよね?」(折角、執事長からジョナサン様のお世話を任されていたのに……。無理やりニコラス様の後妻に入った女に、お世話係を奪われるなんて……!)ダリアは出産と同時にこの世を去ったジェニーの代わりに、ジョナサンの世話をしていた。彼女は子供を出産し、子育てをした経験があるからだ。しかし僅か2歳で、子供を流行病で亡くしてしまった。我が子を失い、絶望していた彼女を憐れんだ使用人たちはジョナサンの世話係にしてもらえないかと執事のモーリスに相談した。そこでモーリスはニコラスにジョナサンの世話係にダリアを起用してはどうかと提案し、その要望が叶ったのだ。ダリアは、ジョナサンをまるで我が子のように大切に育ててきた。それは彼女にとって生きる希望でもあった。それなのに、ニコラスの後妻として現れたジェニファーに役目を奪われてしまったのだ。当然、ダリアにとっては納得のできない話だった。(許せない……! 私からジョナサン様を奪うなんて……!)ダリアは激しい憎悪をジェニファーに向けていた。しかし、そんな思いに気付かないジェニファーは笑顔で尋ねた。「ダリアさん。では早速ジョナサン様のお世話の方法について教えていただけますか?」「え、ええ。では今から教えて差し上げますね……」この女に教えるのはジョナサンの為……。ダリアは感情を押し殺し、返事
last updateLast Updated : 2025-08-30
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1−18 無関心な使用人達

――その頃。ジェニファーは目が覚めたジョナサンにミルクを与えていた。10歳の頃から当時赤子だったニックのお世話をしていたジェニファー。これくらいはどうということはなかった。「フフフ……美味しい?」上手にジョナサンにミルクを飲ませているジェニファーを悔しげに見つめるダリア。(どうしてよ……? なんでこの女……こんなに上手なの?)「……随分お世話をするのが上手なのですね? 先程のおむつ替えも手際が良かったですし」悔しさをにじませながらダリアは尋ねた。「私、10歳の頃から赤ちゃんのお世話をしてきたんです。小さい子供も大好きですし。本当に可愛らしいわ」笑顔で答えるジェニファー。「……っ!」その言葉にダリアは言葉をつまらせる。(何よ? 噂で聞いていたのとでは随分違うじゃない。自分勝手で気が強くて我儘な女だって聞いていたのに……)「あの、何か?」ダリアの様子がおかしいことにジェニファーは気付いた。「い、いえ。何でもありません。ミルクの後は沐浴の方法を教えますからね。しっかり覚えて下さいよ」「はい。よろしくお願いします」沐浴の方法もジェニファーは当然知っていたが、素直に返事をするのだった――****――午後7時ジョナサンの寝かせつけも終わり、ジェニファーは手持ち無沙汰でジョナサンの部屋に残っていた。ダリアが部屋を出て行ってからは誰もこの部屋を訪ねてこない。かと言って、ジョナサンを一人部屋に残して人を捜しに行くわけにもいかない。呼び鈴を鳴らしても、誰も来てくれない。そこで責任感の強いジェニファーは、じっと部屋にいるしかなかった。「困ったわ……自分の部屋に戻っていいのかも分からないし……それに……」何より、ジェニファーはお腹をさすった。今日は昼食から何も口にしていなかったので、いい加減お腹が空いてたまらなかった。「皆忙しいのかしら……」自由に厨房を使わせてもらえるなら人の手を借りずとも自分で料理出来る。だが、誰も部屋を訪ねてきてくれないのでジェニファーにはどうすることも出来なかった。「……せめて誰か様子を見に来てくれればいいのだけど……」ジェニファーはため息をついて、眠っているジョナサンを見つめた――****――20時半書斎で少し遅めの食事を終えたニコラスは食器を下げに来た給仕のフットマンに尋ねた。「ジェニファー
last updateLast Updated : 2025-08-31
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1−19 怠慢な使用人たち

「まさか、まだ食事をしていなかったのか? 何故だ?」「何故と言われても……」ニコラスに問い詰められてジェニファーは困った。むしろ、何故夕食が提供されなかったのか聞きたかったのは自分のほうだと言うのに。何と答えればよいか分からず黙ってしまうと、ニコラスはため息をついた。「食事がまだだったなら、何故自分から言わないんだ? 黙っているから誰にも気づかれなかったのだろう?」「あの、そのことですが……実は何度も呼び鈴を鳴らしたのですが、どなたも部屋を訪ねてきてくれなかったのです。ジョナサン様を一人部屋に残して、廊下に出るわけにもいきませんでしたし」「何だって……? 呼び鈴を鳴らしたのなら、誰も来ないなんて話はないだろう。まさか壊れているのか?」「いえ、壊れているわけでは……」ニコラスは最後までジェニファーの話を聞かず、呼び鈴をグイッと引っ張るとチリンチリンとベルの鳴る音が聞こえる。「壊れていないじゃないか。そのうち誰か来るだろう。それよりジョナサンの様子はどうだ?」ニコラスはベッドに近付き覗き込むと、スヤスヤと愛らしい姿で眠るジョナサンの姿がある。「ジョナサン様ならミルクを沢山飲まれ、オムツも変えたところすぐにお休みになりました」背後からジェニファーが声をかけた。「そうか」振り向かずに返事をするニコラス。「あの、それでお願いがあるのですが……」「お願い? 一体何の?」眉をひそめながら、ニコラスは振り向いた。「はい。ジョナサン様のお世話をするには別の部屋では夜の様子が分かりません。なので、出来ればこちらのお部屋で寝泊まりさせていただけないでしょうか? そうすれば夜中ジョナサン様がぐずったときなど、すぐに対応出来ますので」「何? この部屋で寝泊まり……? 1日中、ひとりでジョナサンの面倒を見るということか?」「はい、そうですけど?」ジェニファーにとっては当然の話であったが、ニコラスには信じられなかった。(メイドたちですら、2人体制でジョナサンの面倒を見ていたのに? 夜は俺が一緒にこの部屋で眠ってニコラスを一人にしないようにしていたのに……」「あの? どうかされましたか?」「い、いや。何でもない。それにしても呼び鈴を鳴らしたのに遅いな……何故誰も来ない? もう一度鳴らしてみよう」再度呼び鈴を鳴らしても、一向に誰かが来る気配すら感じ
last updateLast Updated : 2025-09-01
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1−20 食い違い

「ジョナサンの様子はどうだ?」部屋に戻るなり、ニコラスはジェニファーに尋ねた。ベビーベッドの傍に椅子を寄せいていたジェニーファーは立ち上がると答えた。「はい、ジョナサン様はよくお休みになっておられますので大丈夫です」「そうか……ところで食事の件だが、どうやらメイド長が勝手な真似をしていたらしい。詰め所に待機していた使用人たちに命じておいたから、じきに食事を届けるだろう」「本当ですか? 私のためにありがとうございます」ジェニファーは笑顔でニコラスにお礼を述べた。「それで、先程のジョナサンの件だが……本当に昼夜を問わず、君が世話をするというのか?」「はい、元々そのつもりでおりました。私は今まで弟たちを育ててきましたから」「君が育てたっていうのか? 弟たちを一人で?」「そうですね……10歳下の弟は、ほぼ私が一人で世話をしましたが、14歳年下の双子の弟たちは妹と弟の3人で育てたようなものです」「そうだったのか?」その話にニコラスは驚いた。「はい。なので子育てには慣れています。ジョナサン様のシッターはお任せ下さい」「シッター?」ニコラスは眉をひそめた。(先程から彼女は一体何を言っているんだ? シッターではなく、ジョナサンの母親になるというのに、敬称を付けて名前を呼んでいるし……)そのとき。――コンコンノック音と共に、フットマンの声が聞こえた。『お食事をお持ちしました』その声にジェニファーはすぐに扉を開けに向った。「どうもありがとうございます」ジェニファーは扉を開けると、食事を届けにきたフットマンに笑顔でお礼を述べた。「いえ、それではどうぞ」フットマンが手にしているトレーに乗った食事は、パンにスープのみだった。それはとても粗末な料理だったが、昼から何も食事を口にしていないジェニファーにとっては十分ご馳走だった。「美味しそうですね。ありがたくいただきます」「え!?」その言葉に焦るフットマン。そして……。「一体何なんだ? この粗末な食事は……!」背後からニコラスが現れ、ジェニファーが受け取った食事を見て怒りを顕にした。「ニ、二コラス様! こちらにいらっしゃったのですか……?」震えながらフットマンはニコラスを見る。「そうだ。ここは息子の部屋だからな。それにしても、何だ? この料理は……一体何を考えている!」ニコラスはフ
last updateLast Updated : 2025-09-02
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1−21 苛立ち

扉が閉ざされるとニコラスはため息をつき、呟いた「……全く、一体どうなっているんだ……」そしてチラリとジェニファーを見ると、2人の目があった。「あ、あのニコラス様のお陰で食事を頂けることができました。本当にありがとうございます」粗末なスープとパンなのに礼を述べるジェニファーにニコラスは苛立ちを覚えた。「その言い方は何だ? もしかして、嫌味のつもりで言っているのか?」「い、いえ! 嫌味なんて、そんなことありません。我が家では普通の食事ですから」「何だって……それは本当の話か?」「はい、本当です」「……そうか。そこまでブルック家は乏しいのか。だから資金援助の手紙を送ってきたのか」「え! そうなのですか!?」ニコラスの言葉にジェニファーは青ざめた。「何を驚いている。自分から手紙を送ってきたくせに」「そんなこと知りません。 資金援助の手紙なんて……だけど、手紙を書いたのは叔母に違いありません」「君の叔母が書いたと言うのか? 俺は君宛に手紙を出したんだぞ?」「申し訳ございません……私宛に届く手紙は、全て叔母に見せなければならない決まりになっているのです。……叔母はまだ私の後見人のつもりでいますから……」スカートの裾を握りしめるジェニファー。「何だって? 自分宛てに届いた手紙を叔母に見せていただと? なんて勝手な真似をしてくれるんだ。 常識的に考えれば分かることだろう? だから資金援助なんて図々しい訴えを書いて寄越してきたんじゃないか」ニコラスはジョナサンを起こさないために、怒鳴りつけたい感情を抑えてジェニファーを責めた。「叔母がニコラス様に手紙で資金援助を訴えてきたのも、全て私の責任です。本当に申し訳ございません」ジェニファーは必死で謝った。震えながら頭を下げているジェニファーをニコラスは忌々しげに見つめていたが……。「もういい。君を責めてもどうしようもないからな。手紙には君という働き手を失って生活が苦しくなるから資金援助をして欲しいと書かれていた。……ブルック家には小切手を送るようにしよう」「え? ほ、本当ですか……?」ジェニファーは顔を上げた。「俺が嘘を付くとでも?」「い、いえ。滅相もございません。本当にありがとうございます」「もういい。それより、食事をしたらどうだ。俺はもう部屋を出ていく。ジョナサンに付き添ってくれる
last updateLast Updated : 2025-09-03
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1−22 憎む理由

 ニコラスは苛立ちながら、書斎へ戻ってくると乱暴に椅子に座ってため息をついた。「……くそっ! 何故なんだ……」自分で何故こんなにジェニファーに対して苛立っているのかは分かっていた。それは……。「何だって、あんなにもジェニーと似ているんだ……ジェニーは、もう10年以上ジェニファーとは会っていないと言っていたのに……」ニコラスは書斎机に飾ってあるジェニーの写真を見つめた。そこに映るジェニーは本当にジェニファーによく似ていた。顔立ちも、髪の長さも……まるで双子のように。「ジェニー……」ジェニーの映る写真立てを手に取ると、ニコラスはそっと撫でた。「何故……君はジェニファーを自分が死んだ後に後妻にしてくれと遺言を残したんだ……あんなに君を苦しめてきた相手だと言うのに……」そのとき。――コンコン部屋の扉がノックされ、執事のモーリスが声をかけてきた。『ニコラス様、お呼びでしょうか?』「ああ、入ってくれ」ニコラスは部屋に戻る前に使用人たちにモーリスを書斎に呼ぶように伝えておいたのだ。「失礼いたします」扉が開かれ、モーリスが部屋に現れると早速ニコラスは問い詰めた。「メイド長についてだが、一体どういうことだ? ジェニファーの食事が用意されていなかったのだぞ? 俺が命じてようやく食事が届けられたが、パンとスープのみだった。それは全てメイド長の指示だったと使用人たちが話していた。ここは侯爵家だぞ? このようなことが世間の耳にでも入ればどうなると思っている? 明朝、この部屋に来るようメイド長によく言って聞かせておけ!」モーリスはニコラスの言葉を顔色一つ変えずに聞き終えると、質問をしてきた。「メイド長をどうなさるおつもりですか?」「そんなのは決まっている。事と次第によってはクビだ。何しろ、メイド長は責務を放棄したのだからな。それどころか、使用人たちを丸め込んだのだ。その責任は重い。加担した使用人たちも全員処分の対象だ」するとモーリスは眉をひそめた。「本気でおっしゃっておられるのですか? 我々がどのような感情をジェニファー様に抱いているのか、ニコラス様が一番お分かりのはずではありませんか? ただでさえジェニー様は身体の弱い方でしたが、寿命を縮めてしまった原因はジェニファー様ではありませんか。いくらジェニー様の遺言とは言え、屋敷の使用人たちは全員彼女が
last updateLast Updated : 2025-09-04
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1−23 腹黒い執事

――22時ジェニファーは泣いてぐずっていたジョナサンを寝かせつけると、そっと自分の部屋へ向った。持参してきたボストンバッグを持って、再び部屋に戻ろうとした時。「ジェニファー様ではありませんか。何をしていらしたのですか?」声をかけられ、振り向くと執事のモーリスがいた。「はい、ジョナサン様のお部屋に自分の荷物を運ぶところです」「何故、そのような真似を?」ジェニファーを信用していないモーリスは冷たい声で尋ねる。「私はジョナサン様のシッターですから、同じ部屋で暮らすためです」「何ですって? 同じ部屋にですか?」モーリスの反応を否定的なものと、捉えたジェニファーは慌てて取り繕った。「あの、ニコラス様の許可は頂いておりますから大丈夫です」「そうですか。ニコラス様が……」少しオドオドしている様子のジェニファーをモーリスはじっと見つめる。初めて会った時もそうだが、モーリスの目に映るジェニファーは性悪には見えなかった。(いや、見た目だけで判断してはならない。そうでなければフォルクマン伯爵があのように憎しみをぶつけるはず無いし、ジェニー様があんなに怯えるはずは無いのだから)「あの、そう言えばジルダさんはどうしたのでしょうか?」ジェニファーは最初に自分の専属メイドとして挨拶してきたジルダを思い出し、尋ねた。「ジルダなら、部屋に戻って休んでおりますが……何か彼女に用事でも言いつけるおつもりですか? もう勤務時間外なので呼ぶことは出来ませんよ?」「い、いえ。そうではありません。あの……私、身の回りのことは自分で出来るので専属メイドは大丈夫ですと伝えていただこうと思いまして。私のような者に、メイドは贅沢ですので……」この屋敷で自分が歓迎されていないことに既に気付いてしまったジェニファーは、これ以上厄介者扱いされて周囲から疎まれたくは無かったのだ。その言葉にモーリスは目を見開く。「つまり、自分にはメイドは必要ないということですか?」「はい。あ、でもジョナサン様のお着替えやシーツなどのお洗濯までは手が回らないと思うので、そこだけはお願いできますか?」「なるほど……つまり、ジェニファー様の洗濯はしなくて良いということですね?」「はい、そうです」コクリとジェニファーは頷いた。どのみち、自分が持ってきた衣類はみすぼらしくて洗濯など到底頼めるはずも無
last updateLast Updated : 2025-09-05
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2−1 新生活の始まり

――翌朝5時「う〜ん……よく寝たわ……」ベビーベッドの隣に置かれたベッドで目覚めたジェニファーは、早速ジョナサンの様子を見た。するとベッドの上では気持ちよさそうに眠っているジョナサンの姿がある。子供……特に赤児が大好きなジェニファーの顔に笑みが浮かぶ。「ふふふ……本当になんて可愛いのかしら。金色の髪はジェニーに似たのね」ジェニファーの髪も見事なブロンドだったが、ジェニーの姿を思い出し……そっと髪に触れた。(そうよ。私はこの屋敷では全く歓迎されていないけれど、それでもジョナサンのシッターとして必要とされているのだから。ジェニーの忘れ形見を私が責任を持って育てるのよ。そしていつか私の手が必要とされなくなったとき、離婚届にサインして皆の願い通りにここを去れば良いのだから)ジェニファーは既に、心の中でいつでもここを去る覚悟ができていたのだ。「さて、ジョナサンが目を覚ます前にやるべきことを終わらせなくちゃ」早速ジェニファーは朝の支度に取り掛かった――****――午前7時「あの、本当にこの食事を届ければ良いのですか?」ジェニファーの食事を届ける係を言い渡されたメイドが、メイド長のバーサに尋ねた。彼女は今年メイドとして採用されたばかりで、ジェニーに会ったことは一度も無かった。「ええ、そうよ。執事長モーリスからそう言われているからね」バーサは新人メイドをジロリとみた。彼女はテイラー侯爵家で勤めて30年の大ベテランのメイドで、モーリスとは同期仲間に当たる関係だ。「そ、そうですか……分かりました」色々バーサに尋ねたいことはあったけれども、新人メイドには当然尋ねることなど出来るはずもない。そこでメイド長から指示された食事をトレーに乗せるとジョナサンの部屋へ向った。「はぁ……本当にこんな食事を奥様に届けるのかしら……」食事が乗ったワゴンを押して廊下を歩きながら新人メイドのポリーはため息をついた。皿の上に乗っている料理は自分たちが普段食べているよりもずっと乏しい料理だった。黒パンに申し訳ない程度に野菜が浮かんだスープ。ただそれだけだ。(こんな乏しい料理を出すなんて……まるで使用人以下の扱いだわ。ジェニファー様はニコラ様のもとに嫁がれた方だと言うのに何故冷遇されるのかしら。これでは今に栄養失調になってしまうわ。だけど、新人メイドの私が口出しするこ
last updateLast Updated : 2025-09-06
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