All Chapters of 断罪された悪妻、回帰したので今度は生き残りを画策する(Web版): Chapter 31 - Chapter 40

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第1章 29  傷病者の町『クリーク』 6

 リーシャと2人で野戦病院の中へ入ると、中は酷い有様だった。粗末な木のベッドに寝かされているのはかなり怪我や火傷のぐあいが酷そうな人。そしてシーツだけ敷かれた床の上に寝かされているのは、まだ然程怪我の状態が悪くなく、自分で身体を起こすことが出来そうな人達が寝かされていた。その数は合わせて50名ほどだろうか?野戦病院の状態は回帰前に見た光景と殆ど変わらなかったが、何回目にしても慣れるものではない。病院の中では怪我人だけでは無く、10人前後の男女が忙しそうに動き回っている。彼等は怪我人たちの治療をしている町人たちだ。「な、なんて酷い……」この惨状を初めて目にするリーシャは尚更ショックが大きかっただろう。真っ青な顔で震えている。「リーシャ、大丈夫?」リーシャの肩にそっと手を置いた。「は、はい……だ、大丈夫……です……」気丈にリーシャは返事をするものの、とてもではないが大丈夫そうには見えなかった。そこへ荷物を運び終えたスヴェンが私達の元へ駆け寄ってきた。「姫さん!」「スヴェン」「姫さんに言われた馬車の荷物は全てこの中に運び込んだよ」「ありがとう、スヴェン。それでは早速始めるわ」「え……? 始めるって……まさか……」スヴェンが声を震わせて尋ねてきた。「ええ、そのまさかよ。今から私も傷病兵たちの怪我の手当をするのよ」「そんな! クラウディア様が自ら怪我の治療にあたるなんて……! な、なら私も……」けれどリーシャの顔は真っ青だ。とても怪我人の治療が出来る状態には見えなかった。「大丈夫よ、リーシャ。貴女は直接怪我人の治療に携わらなくてもいいわ。その代わり、助手として手伝ってくれる? スヴェンが運んでくれた荷物の中身をまずは全て開封してくれる?」「は、はい……! 分かりました!」「姫さん! 俺は姫さんを手伝うぞ! 俺は何をすればいい?」スヴェンが身を乗り出してきた。「ならスヴェンは荷物の中に大きな桶とたらいが入っているから水を汲んできてくれる? 井戸はこの建物を出たすぐ目の前にあるから。汲んできた水はたらいの中に入れて、お水で満たしてね?」「ああ、分かったよ! よし、それじゃリーシャ。一緒に荷物を開封しに行こう」「はい!」私に命じられたリーシャとスヴェンは積み上げられた荷物の開封作業に向った。「さて……」1人になった私
last updateLast Updated : 2025-07-25
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第1章 30 傷病者の町『クリーク』 7

「それではあなた達にお願いします。怪我をしている人達の包帯を外して、傷口を綺麗に洗ってあげて下さい。今向こうでスヴェンとリーシャが荷物を開封してくれていますが、あの中にガラス瓶に入った軟膏があります。その軟膏を傷口に塗ってあげて下さい」私はスヴェンとリーシャを指し示した。「はい、分かりました」ユダが代表して返事をする。「それでは皆さん、どうかよろしくお願いします」私の言葉にその場にいた全員が頷くと、荷解きをしているスヴェンとリーシャの元へ向かっていった。そんな彼等を見つめながら呟いた。「フフ……きっと、みんなあの薬を試してみれば驚くでしょうね……」**** 今回『クリーク』の傷病者達の為に私が用意してきた荷物は医療用の清潔なシーツや包帯だけでは無い。一番この町に持ってきたかった物……それはこの世界で尤も希少価値の高い、いわゆる万能薬と呼ばれる【エリクサー】だった。【エリクサー】を塗れば、どんなに酷い怪我や火傷でもたちどころに治すことが出来る。尤も死者に使用しても生き返らせることは出来ないし、損失してしまった身体の部位を元通りにすることも出来ないが、それでも魔法のような薬であることに違いは無かった。この世界は文明や文化は日本人として生きていた頃の世界に比べると、遥かに劣っている。その代わり、驚くべきことに『魔法』と『錬金術』というものが存在しているのだ。しかし、『魔法』も『錬金術』も扱える者は非常に稀だった。そして私はその『錬金術』を使って【エリクサー】を作ることが出来る数少ない錬金術師だったのだ。……今にして思えば、何故アルベルトが敗戦国の私を妻に所望したのか、それは私が錬金術師であることを知っていたからなのかもしれない。錬金術師は非常に貴重な存在なので、その力を悪用しようとする人々から狙われる。その為に私達は『錬金術』を使えることを秘密にしているのだが……アルベルトは知っていた可能性がある。****「さて……それでは私も始めないと」スヴェンたちと一緒に治療の準備を始めたユダたちを見届けると、自分の準備を始めることにした。私が今持っているメッセンジャーバッグには【エリクサー】を作るための道具が入っているのだ。この【エリクサー】を作るには、出来るだけ1人になる必要があった。他の人達に私がこの薬を作れる秘密を知られるわ
last updateLast Updated : 2025-07-26
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第1章 31 傷病者の町『クリーク』 8

「はい、お話とは何でしょう。伺います」居住まいを正して、真っ直ぐ町長の目を見た。本当はこんなことをしている余裕は無かった。城に作り置きしておいた【エリクサー】は全て運んできたけれども、傷病者全員分に使用できるか分からない。私はこの町に滞在している間に全ての傷病者を治療してあげたかった。【エリクサー】を作るには時間がかかる。本音を言えば今の私には一分一秒でも時間が惜しい。しかし、本当に和解するにはまず信用を取り戻すことが一番大事……。日本人として生きていた頃に私が学んだことだ。町長さんは私を睨みつけると、今までの不満を一度にぶつけてきた。「こうして医療品を持ってきて下さったことには感謝いたしますが、一体今頃どういうおつもりなのですか? 重い怪我を人を治療することが出来ずに、何人の兵士たちが亡くなっていったと思うのですか? 初めはそれ程重い怪我では無かったのに、満足のいく処置をしてあげることが出来ずに怪我が悪化してしまった兵士の数をご存知ですか? 貴女は王女だから戦争に参加してはいないでしょうが……ここはまさに戦場になったのです。そして戦争が終わった今でも怪我の治療との戦いなのですよ!?」町長さんの言葉は尤もだった。この人の言葉の一語一句が私の心に深く突き刺さってくる。それなのに回帰前の私は彼等に冷たい態度を取ったのだ。『私には全く関係ないことよ』と――このことが批判を浴び、私は『レノスト王国の悪女』という不名誉な称号を付けられることになってしまった。「黙っていないで反論でも何でもすればいい。何しろ貴女はいくら戦争に負けてしまったからと言っても所詮王女なのだから」町長さんの背後に立っていたメガネをかけた青年は怒気の混ざった声で私をなじる。「大体、今頃遅すぎるのですよ! 医療品はありがたいですが、我々が今一番望んでいるのは腕の良い医者なのです! 大体何ですか? わざとらしくそんなみすぼらしい格好でこの町にやってきて……もしかして自分は惨めな王女だと我々の同情を買い、今迄放置していた罪から逃れるおつもりですか!?」もう1人の青年は更に私に怒りをぶつけてくる。「申し訳ございません……すぐにこちらに伺えなかったのは、国王や兄、重臣達の戦争裁判が行われていたからです。そして城には医者がもういなかったのです。私達が勝手に起こした戦争により、
last updateLast Updated : 2025-07-27
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第1章 32 幻の薬【エリクサー】

「ユダ、一体どうしたの?」駆けつけてくるのがスヴェンかリーシャならまだしも、まさか私を良く思っていないユダが来るなんて。「ええ……クラウディア様に……お尋ねしたいことがあって……参りました」ユダは余程慌て来たのか、荒い息を吐いている。「尋ねたいこと?」首を傾げるとユダが頷いた。「ええ、そうです! 一体クラウディア様がお持ちしたあの薬は何なのですか!? 患者に使用したら凄いことになりましたよ!?」「薬……」ユダが話しているのは恐らく【エリクサー】のことだろう。早速あの薬の効果のことを伝えにやってきたのだろう。「何!? 王女が持ってきた薬だって!?」「何があったんだ! すぐにその患者の元へ案内してくれ!」何を勘違いしたのか、眼鏡の青年とトマスと呼ばれた青年が同時に声を上げた。「あ、あ……そうだな。話すよりも直接見てもらった方がいいかもしれない。みんな、こっちに来てくれ!クラウディア様も宜しいですね?」「ええ。勿論」自分の目でも【エリクサー】の効果を確認してみなくては。ユダの後を追って皆で患者の元へ向かっている途中、トマスが私を睨みつけてきた。「王女、素人の貴女が持ってきた薬で患者にもし何かあったら……僕は一生貴女を許しませんからね」「ええ……分かっています。責任は全て私が負います」「……フン。やっぱり貴女は信用出来ない。そんな台詞を軽々しく口にするなんて」そしてそれきりトマスは口を閉ざしてしまった。そんな彼を見て私は思った。やはり『クリーク』の町の人達との溝はそう簡単には埋まらないのだろうか……。**** ユダが連れてきた傷病者のベッドの周囲には人だかりが出来ていた。「皆、どいてくれ。クラウディア様がいらっしゃった」人ごみをかき分けながらユダが私を傷病者のベッドの元へ案内する。そしてその背後を眼鏡の青年とトマス、町長さんがついてきている。人だかりの中心にいたのは1人の若い男性患者とリーシャにスヴェンだった。男性は上半身裸だった。「あ! クラウディア様!」「姫さん!」私の姿を見つけると2人が声をかけてきた。「姫さん! 一体あの薬は何なんだ!?」「驚きましたよ! 薬を塗った傍からあれほど酷かったこの方の怪我が一瞬で治ったのですから!」スヴェンもリーシャも興奮を隠せない。するとベッドに座っていた男性が私に
last updateLast Updated : 2025-07-28
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第1章 33 『クリーク』の人々との和解

「何だって……?【エリクサー】だって?」「あの幻と言われる薬?」「錬金術師だけが作り出せると言う……」トマスの言葉でその場にいた人々全員がざわめき出した。「クラウディア様……錬金術師だったのですか!?」「姫さん……」リーシャもスヴェンも驚きの目で見ているし、ユダも何を思うのか……じっと私を見ている。「王女、貴女がこの薬を作ったのですか!? もしや貴女は錬金術師だったのですか!?」トマスが再度私に問いかけてくる。「トマス……」これは想定外だった。まさかこんな大騒ぎになるとは考えてもいなかったのだ。自分が錬金術師であることを知られるわけにはいかない。ここにいる人々を信頼していないわけではないが、錬金術師の存在を知ってしまっただけで、狙われる可能性があるからだ。だから私は……。「私が錬金術師? まさか、そんな訳あるはず無いじゃありませんか。この薬は城の地下倉庫の王族だけが開けることの出来る金庫があり、その中に秘薬【エリクサー】が隠されています。私はそれを持ち出しただけですから」すると再び周囲がざわめき始めた。「うん。そうだよな……」「錬金術師はもはや伝説だからな」「あ〜びっくりした……」「しかし……」トマスは尚も私が錬金術師であることを疑わない。そこで私はこの話を終わらせるべく、皆に大きな声で呼びかけた。「皆さん、この薬の効果は実証されたと思います。手分けして重い怪我の人達から治療をお願いします。また怪我が回復された方々は清潔なシーツを用意してありますのでシーツ交換をしていただけますか!?」「はい!」「分かりました!」「よし、みんなやるぞ!」それまで絶望的な雰囲気だった野戦病院が一気に活気づいた。人々は一丸となって怪我人の治療に当たり、あちこちで歓喜の声や、愛する人々が回復したことにより、抱き合って涙を流す人々の姿がそこにあった。「フフ……良かった……」するとそこへトマスが声をかけてきた。「王女様」「何ですか? トマスさん」すると彼は顔を赤らめた。「……よして下さい。王女である貴女が私ごときに敬語を使うなど。名前も敬称無しで呼んでいただけますか?」「分かったわ、トマス。何か用?」本当は一刻も早く1人になれる場所を探し、【エリクサー】作りを開始したかったが、ようやくトマスと少しは信頼関係が築けたのだ。私は今
last updateLast Updated : 2025-07-29
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第1章 34 秘密の保有

「どうぞ、こちらの家をお使い下さい」トマスによって連れてこられたのは野戦病院からほど近い、小さな1軒屋だった。扉を開けて中に入ればテーブルセットも置いてあるし、ベッドもある。部屋の奥には炊事場もあった。「ありがとう、ひょっとしてこの家は貴方の家なの?」連れてきてもらったトマスに尋ねた。「いいえ、ここはもう空家です。その……ここに住んでいた人物は……戦地で命を落としてしまいましたから」トマスは申し訳なさそうに説明した。「そうだったの……」何だか悪いことを聞いてしまった。「あ! す、すみません! やっぱり……嫌ですよね? 亡くなってしまった住民の家を使うって。何なら別の家を……」「いいのよ、トマス。そんなこと考えていないから」慌てるトマスに声をかけた。「ですが……」「いいえ、そうではないの。ただ、この町の多くの人達が戦争で命を落としてしまったことが……今迄何もしてあげられなかったことが申し訳なくて」「ですが、今こうして我々の為にこの町に来て不足していた医療品を届けてくれただけでなく、まさかあの幻の秘薬【エリクサー】まで用意していただきました。なんとお礼を申し上げればよいか分かりません。本当にありがとうございます」トマスは再び頭を下げてきた。「そんなことは気にしないで。だってこの町の人達は大切な領民なのだから」「王女様……」「さて、それじゃ私はやることがあるから暫くの間1人にさせて」「王女様は……これから【エリクサー】を作るのですよね?」すると突然トマスが辺りをキョロキョロ見渡し、小声で囁いてきた。「え!?」思わず驚いてトマスを見上げた。「僕には分かります。本当はあの薬を作られたのは王女様だということが。先程は申し訳ございませんでした。興奮のあまり重大なことを忘れていました。錬金術師は稀にない貴重な存在です。その力に目をつけ、錬金術師は狙われているという話も聞いたことがあります。それなのにうっかりして僕は大勢の前であんなことを言ってしまって王女様を危うく危険に晒すところでした」「トマス……」トマスは悲しげな顔で続ける。「僕の両親は腕の良い薬師でしたが錬金術師ではありませんでした。幼い頃に流行病で両親は亡くなり、町長が僕の親代わりで育ててもらったんです。僕は万能薬を作れる錬金術師になりたかった……。けれどその力が僕には無
last updateLast Updated : 2025-07-30
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第1章 35 ユダ

「クラウディア様が彼と一緒に野戦病院を出て行ったので後をついてきました。これでも『エデル』から派遣された護衛兵士ですから」そしてユダは次にトマスに声をかけた。「野戦病院で町長がお前を探していた。早く行ったほうがいい」「あ……分かりました。では貴方も一緒に……」トマスはこれから錬金術を使おうとしている私の為にユダを遠ざけようとしてくれていた。「駄目だ。俺は国王の命令でクラウディア様の護衛を言い遣っているからここを去るわけにはいかない」ユダは首を振って拒否する。「ですが……」トマスは困り果てた顔で、まるで助けを求めるかのように私を見た。「いいわ、ユダのことは大丈夫だから。トマスはもう病院に戻って?」トマスに笑顔を向けた。「……はい、では失礼いたします」申し訳無さげにトマスが戸口から出ていき、部屋の中には私とユダの2人だけになってしまった。「あの……ね。ユダ」どうしよう。これから錬金術を使って【エリクサー】を作らなくてはならないのに、ユダがいてはそれが出来ない。「外で見張っています」不意にユダが口を開いた。「え?」「部屋の中の様子も見られないように窓の木の扉も閉めておいたほうがいいでしょう」「ユダ……」するとユダが小声で素早く言った。「……クラウディア様は監視されています」「監……視?」その言葉に一瞬背筋が寒くなった。「だ、誰に……?」「それは俺にもまだ良く分かりません。でも恐らく複数人はいるはずです」「その監視をしているとされる人達は……当然……?」「ええ、勿論クラウディア様の旅の同行者です」「でも何の為に?」するとユダは一度目を伏せると私の持っている鞄に目を留めた。「この話の続きはクラウディア様の用が済んだらいたしましょう。あまり長い間不在にしていると怪しまれてしまいます。どのくらい時間が掛かりそうですか?」「そうね……恐らく1時間から1時間半くらいはかかるかも……」けれど正確な時間は自分でもよく分からなかった。それにはある理由があったからだ。「分かりました。ではそれまで外で見張っています」「あの……私の用事が終わるまでは絶対に家の中に入って来ないと約束してくれる?」「ええ、分かりました。約束しましょう。ところでクラウディア様は俺の話を信じるのですか?」ユダが突然質問してきた。そこで私は正直
last updateLast Updated : 2025-07-31
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第1章 36 夢と目覚め

 私は全神経を集中させて【エリクサー】の元を作り上げた。テーブルの上には透明の液体が入った銀のボウルが乗っている。「……やっとここまで出来たわ……あと少しで完成ね」」疲れはピークに達していた。錬金術を使うと、非常に体力が奪われる。何故なら自分の魔力も注ぎ込んで作るからだ。「後は……最後の仕上げに【賢者の石】の抽出液を注ぎ込めば……」液体が入ったボウルの中に乳鉢の中の赤く光り輝く液体を注ぎ入れる。トクトクトク……すると次の瞬間、透明の軟膏が眩しい程の光を放ち、部屋の内部が一瞬白い光に包まれた。「っ!」眩しさのあまり、目を閉じ……やがて光は消えていく。ゆっくり目を開けると、ボウルの中には青白く鈍い光を放つ【エリクサー】の元となる液体へと変化していた。「後はこの液体にオイルとミツロウを湯煎にかけて、混ぜるだけね」バッグの中からメモ紙を取り出し、オイルとミツロウの分量を書き留めた。「ふぅ……とりあえず私が今、ここで出来ることはこれが全てだわ」出来上がった液体を用意してきた牛乳瓶程度のサイズのガラス瓶に慎重にそそぎ入れると、2本分の【エリクサー】の原液が出来上がった。「この原液は半永久的に持つから……これでこの町はもう大丈夫よね」壁に掛けられていた振り子時計を見ると、時刻は既に22時を過ぎていた。「大変……! もう2時間近く経過しているわ」夢中になって【エリクサー】を作っていたので、こんなに長い時間が経過していたとは思いもしなかった。ユダをだいぶ待たせてしまった。急いでガラス瓶をバッグにしまい、扉を開けた。キィ~……軋んだ扉の開閉音に気付いたのか、こちらに背を向けて立っていたユダが振り向いた。「クラウディア様、もう用事は済んだのですか?」「ユダ……お待たせ……」扉から出てきた私を見てユダは驚いた顔を見せた。「クラウディア様!? どうされたのですか!? お顔の色が酷く悪いですよ? 一体何があったのですか?」まさかこんな薄暗い月明かりの中でも分かるほどに私の顔色は良くないのだろうか?「私なら大丈……」そこまで言いかけた時、ぐらりと視界が大きくぶれる。「クラウディア様!」ユダが私の名を呼ぶのを最後に聞くと、意識を失った――****<お母さーん。今日は私、キーマカレーが食べたいな><俺は絶対チーズ入りのハンバーグ
last updateLast Updated : 2025-08-01
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第1章 37 疑う者

 ひとしきり泣いたリーシャはようやく落ち着いたのか、尋ねてきた。「クラウディア様があの兵士に抱きかかえられて戻ってきたのを見た時はとても驚きました。一体今迄何処で何をされていたのですか?」「え? それは……」いくらリーシャにでも、私が錬金術を使えることを話すわけにはいかなかった。私の秘密を知れば、リーシャも危険に晒されるかも知れない。「クラウディア様? どうかしましたか? 私にも話せない何かがあるのですか?」その時。「少しよろしいですか?」開け放たれていた扉から声をかけてきたのはユダだった。「ユダ、ええ。どうぞ」「失礼いたします」ユダは部屋の中に入てくると、チラリとリーシャを見た。「……」すると何故か私から少し離れるリーシャ。するとユダがリーシャに話しかけた。「悪いがクラウディア様と2人きりで話がしたいので席を外してくれるか?」「え……ですが、私はクラウディア様に……」「町の人達にクラウディア様が目覚めたことを伝えて来て欲しいのだ。……スヴェンもクラウディア様のことを酷く心配していたからな」「クラウディア様……」リーシャが私を見る。何故かその目はここを離れたくないと訴えているようにも見えた。けれどもひょっとするとユダは今から誰にも聞かれたくない話を私と2人だけでしたいのかもしれない。それにユダには私が何故気を失ってしまったのか少しは事情を説明するべきではないかと思ったからだ。「そうね。いきなり気を失った状態で皆の前で現れてしまったようだから、さぞかし私のことを心配しているかも知れないわね。それではリーシャ。悪いけど皆に伝えて来てくれるかしら? 私が目を覚ましたと」「はい、分かりました。では行って参りますね」私にお願いされて観念したのか、リーシャは立ち上がると部屋を出て行った。パタパタパタ……リーシャの足音が遠ざかっていくと、ユダが話しかけてきた。「目が覚められて良かったです。クラウディア様。本当に……心配いたしました」「え?」ユダの態度に驚きを隠せなかった。あれほど冷たい態度をずっと取り続けていたのに、本当は私の心配を今までもしていたのだろうか?「……どうかしましたか?」「い、いえ。何でも無いわ。それで話というのは?」「ええ。ですが……その前に、あのメイドはクラウディア様の忠実なメイドなのでしょうか?」
last updateLast Updated : 2025-08-02
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第1章 38 生じる疑念

「ユダ……どうしてそんなことを言うの?」ユダがこんなことを言うには絶対にわけがあるはず……。「クラウディア様は、貴女の大切なメイドを疑う私の言葉を聞くつもりですか?」じっと私の目を見つめてくるユダ。嘘を付く人がこんな風に人を真っ直ぐ見つめることができるのだろうか?「ええ、聞きたいわ。聞かせてくれる?」ユダは一度頷くと何故リーシャに疑いの目を向けるのか、理由を語り始めた。「俺が気を失ったクラウディア様を抱きかかえて野戦病院へ戻ってきた時、スヴェンが真っ先に駆け寄って来ましたがリーシャの姿はそこにありませんでした」「え……? いなかった?」ずっと野戦病院で傷病者の治療に当たっていると思っていたのに。「彼の話ではクラウディア様の姿がないことに気付いた時には既にリーシャの姿は無かったそうです」「そうなの……?」一体リーシャは何処に行っていたのだろう?「そして俺がクラウディア様を連れて戻ってきた直後にリーシャが戻ってきました。スヴェンが今まで何処に行っていたのかを尋ねると、井戸で洗濯をしていたと話していましたが……」そこで一度ユダは言葉を切った。「俺が見張りをしていた場所からは井戸がよく見えました。けれど井戸の周りには時折、誰かが水を汲みに足を運んでくるだけで彼女の姿は無かった」「え……? それではリーシャは一体何処に?」「それは分かりませんが、嘘をついているのは間違いないでしょう。それだけではありません」「まだ何かあるの?」「はい。俺は意識を失ったクラウディア様を休ませる為に町長に頼んでこの部屋を用意してもらいました。そしてリーシャが付き添うといったのですが、女性患者の治療をするのに人手が必要だったので、彼女には野戦病院に戻ってもらいました」私は黙ってユダの話を聞いていた。「そして俺がクラウディア様の様子を見に行った時、リーシャが貴女の眠っている部屋にいました。リーシャは机の上に乗せておいたクラウディア様のバッグに触れようとしていたのです」「え……?」「俺はリーシャにクラウディア様の持ち物に勝手に触れて良いのかと尋ねると、机の上からバッグが落ちそうになっていたので、元に戻そうとしていただけだと話していました。そして逃げるように部屋から立ち去っていったのです」「!」その話を耳にした私は急いでバッグの中身を確認するために机に向
last updateLast Updated : 2025-08-03
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