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All Chapters of ピロトークを聞きながら: Chapter 31 - Chapter 40

52 Chapters

ピロトーク:郁也さんの特技

*** ――月曜日―― 職場である編集部に出勤したら、そこは野戦病院と化していた。見間違え……いや幻かもしれない。 そう思って身を翻し引き返した瞬間、背後から肩を強く叩かれる。「諸悪の根源がぁ、逃げるなよ、桃瀬ぇ……」「ヒッ!?」 恐るおそる振り返ると、メガネの奥から恨めしそうに俺を見つめ、マスクを装着した編集長がいた。「お前が僕の忠告を聞かず、ずーっと残業したり無理をした結果、風邪を引いた挙句にマスクをつけず、周囲を見事に感染させた罪は、すっげぇ重いぞ」「( ゚-゚)( ゚ロ゚)(( ロ゚)゚((( ロ)~゚ ゚ナント!!!」 さっきは漂っていた雰囲気だけで逃げたのだが、目ん玉ひん剥いてよぉく見てみると、編集者全員マスクをしながら、書類と栄養剤を片手に仕事をしているではないか!「僕の予測では一日に一人ずつ、倒れると思うんだ。だから桃瀬、今日は早上がりしていいから、完璧に風邪を治せ。これは命令だぞ」 肩を掴んでいた手で背中を叩いて、フラフラしながらデスクに戻って行く編集長。言えなかった――完全に風邪が治っていること。言ったら間違いなく、いつも以上にこき使われるのが目に見えたから。 今日は明日のために、温存しながら仕事をしよう。早上がりできるついでに、周防のトコ寄ってお礼を言わねば。 この日は小さくなりながら、粛々と仕事に勤しんだ俺。早く帰りたい気持ちが満載だった。
last updateLast Updated : 2025-07-15
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ピロトーク:郁也さんの特技②

*** 明日の激務に備え自分の仕事に優先順位をつけて、あらかた片付けつつ、ぶっ倒れそうな人間をピックアップし、ソイツの仕事をする下準備をした。「そんじゃ、お言葉に甘えてお先に失礼します!」 野戦病院と化した、編集部を逃げるように立ち去る。振り返るな、憐れむな、明日はわが身――。 羨む視線を振り切って一路、周防のところに向かった。「17時ちょっと前か。病院閉める時間だから、ちょうど良かったかもな」 腕時計で時間を確認して中に入ろうとしたら、上着を誰かにぐいっと引っ張られる感覚がした。振り向くと小学生くらいの女のコが俺を見上げて、もじもじしているではないか。「どうしたんだ? 病院に用事なのか?」 ポニーテールに、可愛らしい花柄のワンピースが清楚な感じ。女のコの視線に合わせるべく、膝に手をついて顔を見てあげた。「あの、周防先生のところでお世話になってる、太郎の服を持ってきました」 背負っていたリュックを肩から下ろして、強引に手渡してくれる。「周防が世話してる、太郎って?」 今時いるんだな、昭和チックな名前を付ける親。「すみませんっ、余計なことは喋るなって言われてるので。それ渡してください」 まくし立てるように言って、俺が編集部を逃げたように走り去って行く。「ちょっ、君の名前は?」 女のコの背中に慌てて訊ねると、「えっと太郎の妹です。失礼します!」 きっちり一礼して、夕日に向かって走り去ってしまった。「太郎の妹って、名前じゃないし」 リュックを手に困り果てながら病院の中に入って、診察室を覗いてみる。待合室に患者さんがいなかったから、多分周防ひとりだろう。「ちーっす、土曜はどうもな」 自分の家の中に入るように、診察室に足を踏み入れる。パソコンと睨めっこしていた周防が、疲れた顔して俺を見た。「ももちん……。随分顔色も良くなって、元気になったみたいだね」「そういうお前は、大丈夫なのかって顔してるぞ。今日、忙しかったのか?」 心配になって周防の額に手を当てて熱を測ると、微妙な表情を浮かべて、すっと顎を引く。熱はないみたいなので、すぐさま手をどけた。「ちょっと疲れが溜まっただけ。それよりもどうしたの、遠足に行くのにちょうど良さそうな、大きなリュックを持ってきて」「おおっ、そうそう。病院前でいきなり、女のコに手渡されたんだ。なんで
last updateLast Updated : 2025-07-16
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ピロトーク:郁也さんの特技③

*** 僕は郁也さんのことが大好きだし、誰にも渡したくないくらいに愛してる。だけど僕が一生懸命に作った茶色いおかずばかりが並ぶ食卓を前に、得意げにさっき起こったことを話す郁也さんを引っ叩きたい気持ちになっていた。(恋人の僕に対して無神経が発動されるなら笑って許してあげるけど、それを周防さんに対してやるってどうなんだろ……) 正直胸が痛い、つらすぎる――。 それは、食事が始まって間もなくだった。「涼一、明日からまたこき使われるから、セーブしながら仕事するな」「やっぱり2日間、郁也さんが休んだのが響いちゃったの?」 和やかな会話から始まったんだけど。「いいや。俺がウイルスを撒き散らし他のヤツに感染させて、編集部を壊滅状態に追い込んだから」「えっ!?」 それってあんだけ咳してたのに、マスクをしないで仕事をしたからなのでは。「で、体力温存させるのに、今日は早上がりだったんだ。ついでに周防のトコ寄ったら、小学生の女のコに声をかけられた」「へぇ、郁也さんの格好良さに、小学生の女のコもクラクラなんだ」「違うって。周防が世話してる太郎ってコの服を、その女のコから強引に手渡されたんだ」 郁也さんは茶色い卵焼きを箸で摘んで、笑いながら説明する。「太郎って、また古風な名前だね。小さいコなの?」 小学生の女のコが持ってきたから小さいコってイメージしたけど、どうしてそんなコの世話を周防さんがするんだろう?「小さいコじゃない、大学生だ。本人が自分に関することを教えてくれないんだと。だから周防が、適当に名前をつけたらしい。ソイツ、俺の前に現れたときは、いきなりワンワンって言ってきたぞ」 怪しすぎるでしょ、そんなワケのわからない大学生を自宅に入れるなんて。しかもいきなり、ワンワンっていったい……? 頭の中で整理しようにも郁也さんから与えられる情報だけでは、僕の想像力が追いつかなかった。「大丈夫なの? 周防さんの身になにかあるかもよ?」 眉根を寄せて言ってやると、郁也さんはなぜか嬉しそうな顔して僕を見る。「なにかあったと思うぞ。既に一緒に寝てる仲らしい」「ええっ!?」 ちょっと待て! この間、チラッと僕は思ったよ。誰か周防さんの心を、ぎゅっと掴んでくれる人が現れないかなって。だけどそんなに簡単に、都合よく現れるだろうか? しかも周防さんみたいにしっか
last updateLast Updated : 2025-07-17
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ピロトーク:郁也さんの特技④

*** 「ぅあっ…ふぁ、……ぁあ…!」 久しぶりの行為に、さっきから喘ぎ声が止まらない。「んんっ、ぅっ! 郁也さ……ぁ、…っ!」「っ、涼一っ、んんっ」 左足を郁也さんの肩に乗せて腰を持ち上げられながら、奥の方をこれでもかと責め立てられてるんだけど、この人僕の中で2回もイったのに、そのまま第3ラウンドに突入しているんだ。 腰を打ち付けられるたび、ぐちゅぐちゅという卑猥な水音が寝室に響く。「ああぁ、ぁ……あぁ…んっ……くっ」 与えられる快感に、頭の中もゆるゆるしてきた。ゆっくりだけど確実に僕の感じるトコを、じっくり責める郁也さん自身を、内側でぎゅっと締めつけてあげた。「こら、何やってんだよ。そんなにしたら、うまく動けないだろ」「んっ、だって……郁也さんがそのまま続けちゃうんだもん。気持ちよすぎて、おかしくなりそぅ」 シーツを両手で掴みながら肩で息をする僕の頭を、郁也さんは優しく撫でてくれた。「今まで俺の看病して、苦手な料理を作ってくれた、涼一にサービスをしてあげようと思ってさ」「サービスって……。だからってそのままヤり続けるのは、僕の体力が持たないよ」 涙目で訴えてみたけど、なぜか意味深な笑みで返されてしまう。「これから仕事が忙しくなるし、次がいつできるかわからないからな。じっくり堪能したいと思っているんだって」 僕を堪能――。「お前は動かなくていい。ただ受け止めていろ」「……そんな無茶苦茶な」「涼一の中にいたいんだ。溶けてしまえればいいのにって思ってるくらい」 シーツを掴む手に、郁也さんが手を重ねた。そこから熱が伝わってきて、僕の体温を上げていく。「そんなこと言われたら、断れるワケないじゃないか」 ドキドキが止まらない――幸せすぎて涙が出そうだ。好きな人に愛されて、こんなふうに優しい言葉をかけてもらえるなんて。「涼一、もっと感じてくれ。その姿を見られるだけで俺は――」 なにかを言いかけた郁也さんの言葉を、キスで塞いでしまった。僕も見たいと思ったから。僕で感じている郁也さんの姿を。
last updateLast Updated : 2025-07-17
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ピロトーク:郁也さんの特技⑤

*** 「ぅあっ…ふぁ、……ぁあ…!」 久しぶりの行為に、さっきから喘ぎ声が止まらない。「んんっ、ぅっ! 郁也さ……ぁ、…っ!」「っ、涼一っ、んんっ」 左足を郁也さんの肩に乗せて腰を持ち上げられながら、奥の方をこれでもかと責め立てられてるんだけど、この人僕の中で2回もイったのに、そのまま第3ラウンドに突入しているんだ。 腰を打ち付けられるたび、ぐちゅぐちゅという卑猥な水音が寝室に響く。「ああぁ、ぁ……あぁ…んっ……くっ」 与えられる快感に、頭の中もゆるゆるしてきた。ゆっくりだけど確実に僕の感じるトコを、じっくり責める郁也さん自身を、内側でぎゅっと締めつけてあげた。「こら、何やってんだよ。そんなにしたら、うまく動けないだろ」「んっ、だって……郁也さんがそのまま続けちゃうんだもん。気持ちよすぎて、おかしくなりそぅ」 シーツを両手で掴みながら肩で息をする僕の頭を、郁也さんは優しく撫でてくれた。「今まで俺の看病して、苦手な料理を作ってくれた、涼一にサービスをしてあげようと思ってさ」「サービスって……。だからってそのままヤり続けるのは、僕の体力が持たないよ」 涙目で訴えてみたけど、なぜか意味深な笑みで返されてしまう。「これから仕事が忙しくなるし、次がいつできるかわからないからな。じっくり堪能したいと思っているんだって」 僕を堪能――。「お前は動かなくていい。ただ受け止めていろ」「……そんな無茶苦茶な」「涼一の中にいたいんだ。溶けてしまえればいいのにって思ってるくらい」 シーツを掴む手に、郁也さんが手を重ねた。そこから熱が伝わってきて、僕の体温を上げていく。「そんなこと言われたら、断れるワケないじゃないか」 ドキドキが止まらない――幸せすぎて涙が出そうだ。好きな人に愛されて、こんなふうに優しい言葉をかけてもらえるなんて。「涼一、もっと感じてくれ。その姿を見られるだけで俺は――」 なにかを言いかけた郁也さんの言葉を、キスで塞いでしまった。僕も見たいと思ったから。僕で感じている郁也さんの姿を。「んっ…うぅっ……ンン、っふ…」 俺を求めるように積極的に舌を絡める、涼一のキスに感じて声が出てしまう。感じさせようとした矢先に、どうしてお前に感じさせられているんだか。 腰のストロークを緩めて、じっくりキスを堪能した。お互いの唾液が混
last updateLast Updated : 2025-07-17
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ピロトーク:郁也さんの特技⑥

 僕の作戦に見事引っかかってくれて、どうもありがとう郁也さん。スポンジ片手にほほ笑んでやった。「返せよ、俺の楽しみを奪ってくれるな」「もぅ充分でしょ。あとは自分で洗う。それに郁也さんの背中洗うの、僕の楽しみなんだ」 広い背中を擦ってると僕だけのものなんだなぁとか、この背中にいつも守られてるんだなぁとか。じわぁって気持ちがここぞとばかりに溢れてきて、とっても嬉しくなる。「ほらほら、後ろを向いてよ。洗ってあげる」「しょうがねぇな、わかったよ」 口ぶりは文句なれど口角が上がってるので、イヤじゃないのが手に取るようにわかってしまう。 後ろを向いた郁也さんを丁寧に洗った。縋りつきたくなるような広い背中に、ドキドキする。思わず自分の身体を使って、洗ってあげたくなる衝動に駆らるくらいに。 ――郁也さんは僕のもの―― 大好きなその背中に後ろから、ぎゅっと抱きついてしまった。「ん? どうした?」「なんかこの泡と一緒に、郁也さんの中に溶け込んでしまいたいって思ったんだ。そしたら、いつも一緒にいられるのにね」 郁也さんが行為の最中に言ってた、溶け込んでしまいたいっていう気持ちが理解できるよ。「寂しい思いさせて悪かったな……」「そうじゃない、違うんだ」 仕事が忙しい郁也さん。すれ違ってしまう毎日を考えたからこそ、出たセリフなんだろうけど。「1分でも1秒でも、傍にいることができたら僕は幸せだから。こんなふうに肌を合わせることができるだけで、嬉しくて涙が出そうだよ」「じゃあ、これは没収な」 手に持っていたスポンジを奪取して、床に放り出した。「あの?」「小田桐涼一ファンには悪いが、締め切りギリギリに守れるよう調整してやる」「はぁ……?」「だからすべてを忘れて、俺に抱かれてくれないか?」 どっちの調整なんだよ――そんな文句が言えるワケもなく、僕はその場で郁也さんに抱かれることになった。
last updateLast Updated : 2025-07-17
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ピロトーク:郁也さんの特技⑦

***「おーい桃瀬ぇ、お茶頼む!」「少しだけ待ってもらえますか? 電話が済み次第、淹れるんで」 雑務をこなしつつ、自分の仕事もこなす毎日。副編集長になり仕事量は増えたが、捌けない量ではなかった。それを見越してなのか、編集長から声をかけられる。 しかもそれが、いつも絶妙なタイミング。てか編集長に押し付けられる仕事、家事的なものばかりのような気がするのは、気のせいだろうか。 編集部のデスク周りの掃除やお茶を淹れたり、お菓子の買い出しまで……前の副編集長はこんなこと、してなかったと思うのに。 編集長好みの熱くて渋い日本茶を淹れて、颯爽とデスクに赴いた。「お待たせしました、どうぞ」「忙しくしてるトコ、悪かったな。今日はやけに、ウキウキしてるんじゃないか?」 出たよ、オッサンの千里眼。変なツッコミ入る前に、さっさと退散しなければ。「いつもと、変わりないですよ」「いやいやぁ、肌の調子が良くて男前に磨きがかかってるし、厄介な仕事にも口角上げて果敢に挑んでるし。しかも――」 イヤな含み笑いをし楽しげに告げると、自分の首筋を指差す。「よぉく見ると、ワイシャツのここんとこから、薄っすらと覗くキスマークが、すべてを物語っているな」 そういえば、涼一に付けられていたんだった。「見えるトコに付けるんじゃなく、ギリギリのラインで付けるなんて、小田桐先生は策士だなぁ」「そうですか? 俺なら見える場所に付けますけどね」「小田桐先生の苦労、わってないねお前。好きな相手の事を観察するだろ、目で追ったりしてさ。その観察を、逆手にとった行動なんだよ。よく見てみろ、コイツは売約済みなんだってね」(涼一Σ(o゚д゚oノ)ノ凄ッ!)「桃瀬狙いの女子社員、それ見て何人泣くかなぁ、数えてみたい」「数えないで、仕事してください」「仕事で思い出した。さっき森田を早退させたから、フォローヨロシクね」 予想通り欠員が出たか、しょうがあるまい。自分が撒いてしまったウイルスのせいだ。苦笑いしながら俺を見やる視線に、顔を引きつらせるしかない。「ただいま戻りました、原稿無事にゲットです!」 鳴海が編集部の空気を一変させるような、元気な声で言い放った。若いってだけで、そのパワーを貰える気がする。「悪いなぁ、僕のところのも回収してくれて。助かったよ」「いえいえ、困ったときは助け合い
last updateLast Updated : 2025-07-18
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ピロトーク:郁也さんの特技⑧

*** 涼一とのエッチじゃないが、俺にも限界はある。気持ちの中では、まだまだイけると思っても、身体がいうことをきかない。 仕事でもアッチでも弾切れを起こさないようにすべく、早めに周防の病院に赴く。世話になるんだから、手土産は必須のアイテム。それを涼一と仲良く作った。「周防さんの病院に行くのに、注射の見返りが餃子っていったい……」「ニラとニンニクが大量に入ってるのが、これのミソなんだよ。名付けて桃瀬スペシャル。スタミナがつくだろ?」(――これを食べた太郎が、周防を襲ったりしてな) 涼一が餃子の皮に水をつけタネを載せて、俺に手渡してくれる。しかしその目が、なぜか冷たい――。「どうした?」「郁也さんの考えてることが、手に取るようにわかるから。太郎くんと周防さんがイチャコラするのを、頭の中で想像してるんでしょ」「相変わらずすげぇな。どうしてわかったんだ?」 手渡された餃子をキレイに包んで、皿に載せた。「手土産に餃子って変だもん。無茶苦茶にニンニクを入れてるあたり、なにかあるなぁって思ったんだ」「あの量は、いつも通りだぞ」「だとしてもあのふたりのことは、自然にまかせたほうがいいんだって。スタミナをつけるのは、郁也さんひとりで充分!」 涼一の言葉に、思わず笑みを浮かべてしまう。「それって俺になにかをやらせたいから、そんなこと言ってるのか?」 心の中で密かに考えていた言葉を、あからさまに顔に出しながら告げてしまった。「涼一を抱くのに、たまには違うトコでヤるのもいいかもな。キッチンプ――」「ふざけたことを言ってないで、ちゃんと餃子を包んでよ。それにこんな場所では、絶対にしないからね」 ズバッと釘を刺され、呆気なく撃沈した俺。 まぁ今日は珍しく涼一が早起きして、行ってらっしゃいのキスをわざわざしてくれたから、いいか。 涼一から元気をチャージしてもらい、おかげで一日中ご機嫌でいられたしな。 朝の玄関でおこなわれたその場面を思い出し、しみじみと幸せを感じている俺を、涼一は『困った人だなぁ』と呟いた。寄り添ってきた細身の体を、ぎゅっと抱きしめる。
last updateLast Updated : 2025-07-19
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ピロトーク:郁也さんの特技⑨

*** 印刷所に寄った帰り道、桃瀬スペシャル片手に周防の病院をくぐる。待合室はいつもどおりり、満員御礼状態。しかしいつもとどこか違うことに、素早く気がついた。 待合室の中央、なにかを囲うように子どもたちの塊ができている。(――何だろう?) 首を傾げて近づいていくと、太郎がそこにいた。手にはスケッチブック、それを子どもたちが、ワクワクした様子で覗いている。「よぉ太郎、元気そうだな」 俺の掛け声に、太郎が視線だけで見た。「ああ……」 相変わらずの素っ気なさ。俺になんて、牽制しなくてもいいのにな。 そんなことを考え肩を竦めて通り過ぎ、診察室に行くと周防が柱の陰に佇んでいた。なぜか難しい顔して、太郎のことをじっと見ている。「周防、なにやってんだ、こんなところで」「ももちん、いらっしゃい。今日はどうしたの?」 俺を一切見ずに、視線は太郎に釘付けのまま訊ねた。「バテる前に周防スペシャル、打ってもらおうと思ってさ。お礼にならないかもしれないが、涼一と作った餃子、勝手に冷蔵庫に入れておくぞ」「ありがと。なんだか、愛情がこもってる気がする。ご馳走様」 苦笑いをしながらやっと俺を見る顔は、どこか疲れているように見受けられる。「顔色があまりよくないな、大丈夫か周防?」 着ている白衣と顔色が、どことなく比例していた。そのことを心配して、まじまじと見つめると、周防は困った表情を浮かべて顔を俯かせる。「いろいろ考えることがあってね。困り果てたら、ももちんに相談するよ」 無理やり笑顔を作って、診察室の中に消えてしまった。 逃げるように去って行く親友の背中を、なにも言えずに視線で追うことしかできない。「きっと太郎とのことだな、涼一には手を出すなって言われてるけど」(あんなつらそうな顔した、周防は見たくない――) ため息をついて階段を上がり、周防の自宅に入って行った。そして冷蔵庫に餃子を入れて、さっさと病院に戻る。診察の順番が来たら呼ばれるので、それまで待っていようと待合室に来たのだが。 相変わらず太郎は、子どもたちに囲まれてなにかを描いていた。気になって背後から覗いてみると、そこには――。「スポーツカー?」 カッコイイ形をした車が、ものすごく上手に描かれていた。(――なんだよ、これくらい。俺にだってきっと描ける!) 人物以外描いたことはなか
last updateLast Updated : 2025-07-20
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ピロトーク:揺れる想い

*** 郁也さんが変――帰ってきてから一緒にご飯を作ってるときも食べてるときも、どこかうわの空だった。「結構ニンニクを入れてるから、強烈な味になってるのかと思ったのに、普通に大丈夫だね」「……ああ」「周防さんたちも今頃、食べてるかなぁ」「そうだな……」 口数が少ないのはいつものことなれど、心ここにあらずな状態で僕と会話するってどうなんだろ。 内心怒りつつも、寂しさを感じた。きっと、なにか心配事があっての行動なのかなぁ。僕に言えないのは、仕事上のトラブルかなにかで、どうにもできないから。 それとも――周防さんのところに行ってるんだから、そこでなにかあったのかも。推理作家ではないけど、郁也さんのことに関しては、めきめきっと推理力が冴えるからね。その推理力を働かせるべく、ずっと郁也さんの様子を眺めていた。 会話の弾まない食卓から別々にお風呂に入って、現在向かい合わせでリビングにいる。 郁也さんは相変わらず思案した様子で、僕が注いだりんごジュースのコップをくるくると回している。ずっと反応が薄すぎて、心情を読み取ることができないため、思いきって僕から口を開いた。「郁也さん、なにか悩みごとでもあるの?」「んあ? その、な……今日周防のトコに行ったんだけど、こんな顔して診察室から待合室にいる太郎を見ていたんだ」 眉間にシワを寄せて、それはそれは気難しそうな顔をする。「えっと太郎くんはそのとき、なにをしていたの?」「車の絵を描いていた。すげぇ上手だった」 なるほど。絵を描いてる太郎くんを、周防さんは遠くから見ていたのか。「でもそれって、なんだかおかしいよね。どうして周防さんは、気難しい顔をしていたのかな?」「そこなんだよ。本来ならもっとぽわーんとか、うっとりしながら見るもんだろ」 (;゚д゚)ェ. . . . . . .(そうか。郁也さんの中では、周防さんが太郎くんのことを好きっていう、設定になっているんだ)「親友があんな顔してるトコ、見てるだけでもつらくてな」 郁也さん――優しい郁也さんだからこそ、そう考えるよね。「俺としては恋仲を取り持つとか、そういうことじゃなくて、今よりも友好的な関係を少しでも築くべく、手助けくらいしてやりたいんだが」「ダメだよ、そんなことしちゃ」「だって、な……」 親友の周防さんだからこそ、なんとかして
last updateLast Updated : 2025-07-21
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