ほとんど反射的に、美穂は踵を返して走り出した。ヒールの音が廊下に乱れたリズムで響き、やけに尖って聞こえる。男子学生と三村は顔を見合わせ、まだ状況を理解しきれずにいた。そのとき、背後から老いた疲れの滲む咳が聞こえた。振り返ると、文野忠弘(ふみの ただひろ)が激しく咳き込み、すでに曲がっていた背中がさらに折れ曲がっている。三村は慌てて駆け寄り、支えながら問うた。「教授、大丈夫ですか?」忠弘は手を振って「問題ない」と掠れた声で言ったが、細く痩せた指先は杖の頭を強く握りしめていた。秋の日差しが窓から斜めに差し込み、彼の白く混じった髪に金の粒のように降り注ぐ。誰もいなくなったドアのほうを見つめる彼の姿は白衣の下でひどく薄く、風が吹けばそのまま消えてしまいそうだ。……京市大学を出たあと、美穂は車の中で長くじっと座り、先ほどの情景を頭の中で何度も繰り返していた。唇は気づかぬうちにまっすぐ引き結ばれている。彼女は峯に電話をかけた。峯はまだSRテクノロジーで美穂の案件処理を手伝っていた。ビデオ通話が繋がり、彼女の赤くなった目元を見た瞬間、峯は用意していた冗談を飲み込み、眉を寄せて訊いた。「誰にやられた?」美穂は深く息を吸い込み、喉の奥の刺すような痛みを押し下げた。それは鋭い石片が引っかかっているような息苦しい感覚だ。「水村家が私の外祖父の行方を掴んだ時、あの人の身元を調べたことってある?」「なんで急にそんなこと聞くんだ?」峯はぼそりと言ったあと、答えた。「調べられなかった。お前は『外祖父はそんな人じゃない』って言ってたけど、一応気にして追ってた。けど、何度か痕跡に近づくたび、必ず気づかれた。何度も何度も繰り返され、俺もさすがに軽率に動くことができなくなったさ」――おそらく、両親側も同じ状況だったのだろう。さもなければ、今ごろ外祖父を利用して、自分に水村家のために動き続けさせるよう脅していただろう。美穂は「分かった」と小さく頷き、峯が続きを問いただす前に電話を切った。指先が電話帳の一番上にある名前の上で止まった。数秒の迷いのあと、タップした。コール音が十数回続いたあと、ようやく繋がった。「……もしもし」低く、冷淡な男の声が車内に広がった。美穂は感情を抑え、淡々と告げた。「――調べてほしい人がいるの」「誰
Read more