美穂が資料を抱えて顔を上げると、男と目が合った。次の瞬間、相手は無表情で目を逸らした。彼は天翔に軽くうなずいた。「入るか?」「いえいえ、水村さんを秘書課まで送るだけです」天翔は素朴な笑顔を浮かべた。彼は心から和彦を尊敬しており、その態度は非常に丁寧だった。「社長は専用エレベーターを使いませんか?」和彦は簡潔に答えた。「修理中だ」「なるほど、そうですか」会社では毎月定期的にメンテナンスを行っており、エレベーターは順番に停止される。今日は専用エレベーターの番のようだ。天翔は道をあけ、美穂に目をやりながら感慨深く言った。「社長、水村さんって本当にすごいんです。私たちが1週間ほど苦戦していたあの難関、水村さんは来てからたった2日で突破したんです!」彼は美穂の賢さを滔々と語り続けたが、和彦の表情がだんだん冷たくなっていくことにも、美穂が終始黙っていることにも気づかなかった。エレベーター内には彼の声だけが響いていた。和彦がエレベーターの開閉ボタンを押したとき、彼はようやくここが雑談する場所ではないと気づき、顔を赤くして慌てて謝った。「すみません、社長、お時間を取らせてしまって」「気にしなくて良い」和彦は淡々と返した。「他に何かあるか?」「いえ、もう大丈夫です」天翔は言いながらあごでエレベーターを指し、美穂に早く乗るよう合図した。美穂はバックパックの紐を握りしめ、力の入りすぎた指先は白くなっていた。全身からは、拒絶の気配がにじみ出ていた。和彦が長いまつ毛をゆっくりと持ち上げ、ようやく彼女を真正面から見た。漆黒の瞳に宿るのは、背筋を凍らせるような洞察だった。美穂の心が一瞬、強く震えた。無意識に後ずさった。だが、部外者の天翔は何も気づかず、動かない彼女にしびれを切らし、彼女の肩をつかんでエレベーターに押し込んだ。最後ににこにこしながら手を振り、次に会う約束をした。エレベーターの鏡面に映る男は、シンプルな黒のシャツを着て、袖を肘までまくり、引き締まった前腕が見えていた。美穂は目を伏せ、彼の手首のダイヤモンドの腕時計をちらりと見た。ピンクの星空のダイヤルには明るい星がちりばめられていて、夢のような幻想的な少女らしさがあふれている。彼の気品あふれる外見とはまったく釣り合っ
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