All Chapters of 冷めきった夫婦関係は離婚すべき: Chapter 81 - Chapter 90

美穂は彼をじっと長い間見つめた。彼の表情が澄んでいて後ろめたさがないのを見て、複雑な表情を浮かべながらようやく受け入れた。「ありがとう」「口だけじゃダメだぞ」峯はすぐにからかうように眉を上げて、悪戯っぽく笑った。「何か実際的なことを見せてよ」美穂は黙った。真面目な雰囲気は三秒も続かず、またいつもの調子に戻った。契約を交わしたあと、美穂は全く櫻山荘園に戻りたくなかった。あの男女にまた鉢合わせするのが嫌だ。彼女は峯に車を運転させ、近くのショッピングモールへ行った。そして、生活必需品を買いそろえてから、新居へ直行した。無料の労働力である峯が手伝ってくれたおかげで、部屋の整理はとても効率的に進み、その日の夜には新居で眠りについた。翌日の出勤前、美穂は先に弁護士と会った。彼女は用意した離婚協議書を取り出し、一項ずつ修正すべき内容を相談した。特に財産分割の部分は明確に記載するように求め、陸川家が後で問題をつけられないようにした。弁護士はそこで初めて、目の前の依頼人が謎の陸川家の若奥様であることに気付いた。この仕事をしていると上流社会に触れることもあり、いくつかの噂は聞いたことがあったが、和彦が公の場で妻のことを一度も話したことがなかった。だから、皆はゴシップニュースとして軽く聞き流していただけで、ネット記事が言うような破局や愛人問題などはただの噂に過ぎなかった。「ご主人と合意して協議書にサインをすれば、手続きに入れます」弁護士は職業倫理に従い、プライバシーには触れず、プロらしく説明した。「両家は結婚前に財産公証を済ませてるので、分割は比較的簡単に行えます」話し合いがまとまれば、離婚は簡単に進む。まとまらなければ、長引く可能性が高い。特に今は離婚がすぐにできないため、協議書にサインしてからの三十日間に何が起きるかわからない。美穂はうなずいて「お手数かけます」と言った。離婚協議書を持った美穂は、車を走らせ、櫻山荘園へ戻った。内心は抵抗感があっても、和彦のサインは絶対に必要だった。玄関に入ると、清がすぐに駆け寄ってきて、喜びを隠せない声で言った。「若奥様、おかえりなさいませ！」その熱意は昨夜の素っ気なさとはまるで違っていた。美穂は軽く頷き、話を早速切り出した。「彼はどこ？」

すぐに我に返った若い女性は、スマホを取り出してサイレントモードにし、将裕の背中に向けて数枚の写真を連写した。彼女は指先を噛みながら迷っていた。この人はファッション界で名の知れたデザイナーだ。写真を公開したら、怒られるだろうか？しかし、ここは婦人科の病棟で、さっき押し出されたのは明らかに女性患者だ。もしかしたら、将裕の彼女か恋愛関係の相手かもしれない。さらに東山家の家柄も考えれば、このゴシップが広まれば話題になること間違いなしだ。「ハイリスク！ハイリターン！」覚悟を決めた彼女は、すぐに文章を編集し、写真を編集長に送った。将裕の名前はデザイン界で既に注目されており、そのニュースはすぐにトレンド入りした。業界関係者はその様子を見ると、親しい者は直接メッセージを送って事情を尋ねた。あまり親しくない者たちもそれとなく遠回しに探りを入れてきた。その時、将裕は手術室の外で待っていたが、友人から電話で自分がトレンド入りしたことを知らされた。彼は激怒した。「何だこのデタラメは？ガールフレンド？俺は二十年以上の独身で、彼女なんていない！そうよ、俺は病院にいるが、友人の手術の付き添いだ！」簡単な言葉で説明は済ませ、友人は、事態が大きくなる前に早く検索トレンドから削除した方がいいと助言してくれた。将裕は事の重大さを理解し、すぐに会社の広報部に連絡した。トレンドはすぐに削除されたが、既に多くの人が目にしていた。莉々は突然体を起こし、写真を凝視して病床にいるのが美穂だと確認した。美穂と将裕は一体どんな関係なのか？そして美穂はなぜまた入院しているのか？前回、落馬した怪我は治っていないのか？莉々は理解できず、父に電話をかけて調査を依頼した。しばらくしてスマホが震え、返信が来た。【具体的な病状はわからないが、低侵襲手術を受けている】彼女は考え込みながら顎に手を当てた。手術か？思い当たることがあったのか、急にアシスタントに聞いた。「会社が手配してくれたあの無人島サバイバルのバラエティー番組、ゲスト枠はまだ空いてる？」「空いています」アシスタントはスケジュール表をめくりながら答えた。「参加したいんですか？」「もちろん」莉々は狡猾な笑みを浮かべた。「ついでに監督に言って、私が一緒に連れて

「こんにちは」監督チームのスタッフが声をかけた。「水村美穂さんですか？」美穂はうなずいた。「水村さん、番組はもうすぐ始まるので、まずはメイクに行きましょう」彼女はスタッフとともにホテルへ向かった。メイク室は2階に設置されていた。最初に到着したゲストとして美穂が席につくと、他のゲストも続々と到着した。彼女以外はすべて業界関係者で、美穂だけが見知らぬ顔だった。ある女性ゲストが挨拶しようと近づいたが、同行者に引き止められ、小声で注意された。「ただの素人だから、あいさつしなくていいよ」この番組はかなりの人気がある。レギュラーゲストには映画賞受賞者やバラエティの有名人もいる。彼らは専用のメイク室を持っている。残りの中堅芸能人はこの共有メイク室を使っている。女性ゲストはそれを聞いてうなずき、友人とともに去っていった。確かに、素人は彼女たちにとって特に関わる価値がなく、番組が始まれば名前も知れるだろうと思ったのだ。美穂は気にせず、メイクアップアーティストにメイクを任せた。しばらくすると、ドアが再び開き、莉々がハイヒールを鳴らしながら入ってきた。彼女は一周見渡し、目を閉じて休んでいる美穂の顔に目を向けた。細めた目で上下に観察した後、手で合図してアシスタントに部屋を片付けさせた。異変に気づいた美穂はちょうどメイクを終え、目を開けると、莉々と視線がぶつかった。ここにはカメラがないため、莉々は素直に隠さず、美穂の向かいに座り、小腹に手をあてながら、唇の端を得意げに上げて言った。「陸川グループと秦家の新しいプロジェクトがもうすぐ始まるわ。そういえば、あなたに感謝しなきゃね」美穂は黙っていた。莉々は気にせずネイルを弾きながら、挑発的な口調で言った。「あなたは何をしても無駄よ。秦家は必ずもっと上に行くし、私も名実ともに陸川家の若奥様になるの」美穂は冷静な目で、わざと小腹を守るようにする彼女の仕草を見つめ、淡々と唇をわずかに歪めた。彼女はすぐに分かった。なぜ莉々が、まったく関係のない自分をわざわざこの番組に参加させようとしているのか。きっと莉々は、美穂が手術を受けたことを知っていて、わざと困らせようとしているのだ。この前の彼女の推測は正しかった。「その席につけるようになってから

撮影スタッフはにこやかに言った。「水村さん、ご安心ください。番組では医療チームが常に同行しており、問題は起きません」美穂は淡々とうなずき、UVカットアウターを脱ぐと、視線をさりげなく莉々に向けた。相手の口元には計略が成功したかのような得意げな笑みが浮かんでいる。美穂は視線を引っ込めて、腰まである海水に足を踏み入れた。冷たさが肌に瞬時に染み込み、美穂は眉をひそめながら慎重にブレスレットの方向へと動いた。海水に混ざった細かな砂が傷口を撫で、鋭い痛みをもたらしたが、彼女は浮かんでいるブレスレットから目を離さず、視線の端で岸の様子を気にかけていた。カメラの前に、莉々がこれ以上、どんな手を使ってくるのか見ものだ。幸いにも潮の引きは終わり、水面は低く流れも穏やかで、そのブレスレットは波に乗って次々と彼女の方へ押し流されてきた。もう一つ波がやってきて、ブレスレットは彼女の手元に打ち寄せられ、かがめばすぐに拾える位置にあった。岸にいる莉々は彼女の運の良さに驚きの色を見せ、目に暗い影が差した。その顔色は幾分険しくなった。だがブレスレットは既に拾われており、さらに難癖をつけるのはあまりにもわざとらしい。美穂は礁石の上に立っていた。濡れたズボンが太ももにぴったり張りつき、何とも言えない不快感があった。「返す」彼女はその場に立ったまま、ブレスレットを莉々に差し出した。莉々はブレスレットを大事にしている様子だ。何せ、和彦からもらったものだから。莉々は慎重に礁石を渡って手を伸ばしたが、突然滑りやすい礁石に足を取られ、身体ごと大きく後ろに倒れた。バシャッという音を立てて、そのまま海に落ちた。「秦さん！」岸辺からは驚きの声が上がった。さっき泳げないと言っていた出演者たちも、今は躊躇なく飛び込んで助けに向かった。美穂は気にせず、腰を曲げて服を拾い、振り返らずに立ち去った。幸い水深は浅く、莉々は転倒してひどい様子だったが、大きな怪我はなかった。出演者たちは臨時テントに戻り、すでに乾いた服に着替えていた美穂を見ると、怒りの声で詰め寄った。「どういうつもり？あなたのせいで、秦さんが海に落ちたよ」美穂は保温ボトルの蓋を開け、ゆっくりと水を飲んだ。「私には関係ない」「何よ、その態度！」女優は手を腰に当て

将裕は頭の中がずっと和彦がなぜ来ないのかでいっぱいで、美穂が病気になった理由を尋ねる余裕がなかった。妻が病気で入院しているのに、夫が全く気にかけないのはこれが初めてではなかった。考えれば考えるほど腹が立ち、美穂の手を握る力が無意識に強くなった。怜司はそれを見て、将裕が話した陸川という人物が誰なのか理解できなかった。彼は病室を見渡し、視線を副監督に向けて礼儀正しく尋ねた。「彼女はどうして倒れたのですか？詳しい状況を教えてもらえますか？」副監督は言葉に詰まり、冷や汗が止まらなかった。将裕が丁寧に「さん」付けで呼ぶ人物ならば、間違いなく大物だ。この素人ゲストの知り合いはみんな大物ばかりなのか！怜司が真剣に見つめる中、副監督は仕方なくおおまかに経緯を話した。莉々がブレスレットを落とした詳細は意図的にぼかし、美穂が釣りのために海に入ったとだけ説明した。怜司が信じたかどうかは分からないが、それ以上の追及はしなかった。彼は椅子を引いて、将裕の向かいに座った。二人は静かに美穂が目を覚ますのを待った。副監督はこのことをすぐに監督に伝える必要があると思い、医師に病状を尋ねると言って病室を出て、莉々の病室へ急いだ。莉々は軽症で、点滴が終わって目を覚ました。アシスタントとマネージャーが付き添っていた。監督は自分の用事がないと分かると、病室を出たところで副監督に会った。副監督は病室で見聞きしたことを全て監督に報告した。監督は聞いて、ぽかんとした。「つまり、水村美穂の背後には東山家の長男と、神原という名字の大物がいるのか？」「はい」副監督は真剣に頷きながら考え込んだ。「東山社長の話だと、その人は神原という苗字だけど。この業界に神原という人っていたっけ？」監督は呟いた。「芸能界にはいないが、京市で名の通った神原家は一つしかない」京市全体で、将裕のような人物と付き合う資格を持っているのは、あの神原家だけだ。今や監督の頭にはただ一つの考えだけが残っている。くそ！どうして誰も彼女の身分を教えてくれなかったんだ！「はやく、お見舞いの品を用意して、水村さんをお見舞いに行くぞ」監督は即決し、急いでエレベーターへ向かった。副監督も慌ててついていった。ところが二人がエレベーター前に着いたとき、