All Chapters of 冷めきった夫婦関係は離婚すべき: Chapter 71 - Chapter 80

彼はあまり質問せず、淡く「うん」と返事をして、みかんをフルーツ皿に戻した。美穂は無意識にその置かれたみかんをちらりと見ると、唇を引き締めて、視線をそらした。しばらくして、峯が到着した。きちんとしたカジュアルウェアを着て立っている彼は、体が高大で、写真の輪郭と完全に一致している。眉間には美穂とまったく同じ澄んだ瞳が笑みを帯びていて、率先して手を差し出して挨拶した。「おばあ様、お初にお目にかかります。水村峯と申します。何が好きか分からず、勝手に贈り物を用意しました。どうかお納めください」彼は左手に二つの精巧なギフトボックスを持っている。蓋を開けると、ひとつには墨のように深い緑色を湛えた翡翠の原石がいくつも並び、もうひとつには、かすかな光を湛えたラベンダー翡翠が静かに輝いていた。これらは上質な原石で、明らかに慎重に選ばれたものであり、急ごしらえの贈り物ではなかった。峯は準備万端で来ており、訪問の機会をずっと待っていた。彼が京市に来た日に訪問しなかったのは、水村家と陸川家の関係があまり良くないことを懸念して、軽々しく訪ねるのを控えたからだ。今は美穂からの呼び出しで、彼は安心して訪問したのだ。華子は礼儀を重んじる若い世代を元々好んでおり、峯の細やかな準備に満足の笑みを浮かべてた。「お気遣いありがとう」短い言葉だったが、その場の全員がその意味を理解した。つまり、水村家との関係を認めたということだ。美穂と峯は間違いなく兄妹であり、顔の似ている様子だけでもそれが分かる。だが、明美は信じられなかった。「ありえない、どうしてあなたが彼女の兄なの？」「この方は明美様ですよね？」峯はポケットから箱を取り出し、蓋を開けると、灯りの下で輝くピンクダイヤが煌めいていた。「両親は明美様がダイヤモンドを好むと聞き、特別に原石を持ってくるように頼まれました。カットのスタイルはご自由に」明美はそのピンクダイヤを見つめ、声を詰まらせた。察しのいい峯は、箱を彼女の手元に押しやった。「気に入っていただければ幸いです」目の前に押された物を拒否するのが良くないと思った明美は、顔に笑みを浮かべてダイヤを手に取り、細かく見つめながら言った。「気に入ったよ。私、こういう淡い色が好きなの」美穂は無表情のままお茶を手

和彦は長いまつげを伏せた。そのまつげが瞳の奥に暗い影を落とし、目の奥の感情を隠していた。「俺は莉々をただの妹としてしか見ていない」華子はその言葉に軽く嘲るように笑った。いわゆる妹というのは、ただの自己欺瞞だ。莉々の顔立ちが美羽に少し似ているだけで、和彦が何年も気にかけているのだから、その執念は簡単な言葉では説明できない。「秦家の面倒を見るのはあなたのことだ。私は干渉しない。でも今回の海運局のプロジェクトは、秦家には荷が重いんだ」華子は誠実な口調でソファに座りながら言った。「水村グループは港市でしっかり根を張っていて、海運局からの期待もある。彼らを参加させたらどうかしら」彼女は少し間をおいて、さらに言葉を足した。「秦家には、何か補償を考えてあげて」これは珍しい譲歩だった。本来ならば陸川家は補償する必要はなかったが、華子が口を緩めたのは、和彦に配慮してのことだと明らかだった。和彦は一瞬考え込み、軽く頷いた。「ありがとう、おばあ様」話が終わると、華子は疲れを感じ、和彦に去るよう手を振った。書斎に一人残った彼女はゆっくりと窓辺に歩み寄り、夜空に浮かぶ満月を見つめた。月光は皺の多い顔を照らし、その濁った瞳には薄い霧がかかったようで、誰かを思い出しているようだった。本家の3階全体は、夫婦の部屋として割り当てられていた。美穂は風呂を終えてベッドに座り、真剣にノートパソコンでコードを書いていた。その時、ドアの鍵が「カチャッ」と軽く音を立てた。美穂は反射的に顔を上げると、和彦がドアを押し開けて入ってきた。部屋は薄暗いベッドサイドのランプだけが灯り、柔らかい光が彼の冷たい輪郭をぼんやりと浮かび上がらせていた。ただ、その漆黒のような鋭い瞳だけははっきりと美穂を見つめていた。こいつ、どうして来た？美穂は無意識に眉をひそめた。体は思考より正直だった。もし和彦が今夜ここで一緒に寝るつもりなら、彼女は隣の客室に移る方がいいとさえ思った。美穂は彼と一緒に寝たくないから。彼女は視線をそっと戻し、イライラしながら、キーボードを叩く手のリズムが知らず知らず早まった。和彦は、彼女のこわばった唇の端に目をやり、珍しく自分から説明の言葉を口にした。「母さんはわざとじゃなかったんだ」「何？」

彼女はまったく気にしていなかった。裏口を使ったところでどうだというのか？資源を動かせるのは腕前だが、既にある人脈を使わないのが本当の愚か者だ。「協力会社は会社と海運局の総合評価によるものです」美穂は淡々と言った。「私に怒りをぶつけるより、秦家がなぜ準備不足だったのか自問したほうがいいでしょう」ビジネスはまるで将棋のようで、一手違えば負けを認めるしかない。しかし莉々は聞く耳を持たず、真っ赤な目で再び前に飛びかかろうとした。その時、鋭く澄んだ声が突然響いた。「もういい」和彦はいつの間にか人混みの後ろに現れており、その冷たい気配はまるで霜のようで、空気さえ砕くかのようだった。彼は乱れた現場を見渡し、冷淡な目で美穂の顔を一瞥した。開いた薄い唇から吐き出された言葉には絶対服従の威圧感があった。「会社は喚き散らす場所ではない」そして長い脚で数歩歩み寄り、莉々の手首を握ると、もう片方の手で彼女の頭を優しく撫でた。冷たい声色が珍しく和らいだ。「さっきオフィスで言ったこと、忘れたのか？」「和彦！」莉々はすぐに頼りになる存在を見つけたかのように、しっかりと彼の腕を抱きしめ、涙ながらに美穂を指さした。「全部彼女のせいよ！秦家はちゃんと準備してたのに」和彦は眉を少し下げ、厳しくはない口調で甘やかすように言った。「大人しくしてくれ」莉々は唇を噛み、悔しそうに黙った。彼は振り返り、終始冷静な表情の美穂を見た。目が合ったのは一瞬だけで、すぐに視線を逸らし、それ以上は見なかった。まるで彼女が無関係の他人であるかのようだった。隣にいる丁寧に守られた莉々との対比が鮮明だった。美穂はまつげを伏せ、心に波風は立たなかった。彼が莉々の手を引いて去っていき、張り詰めていた騒動はこれで終わった。公務に追われ、和彦は莉々に長く付き合えず、彼女を送迎車に乗せて去った。莉々は車内で怒りながら泣いて物を叩きつけ、感情が爆発すると父に電話をかけて泣きついた。「もう知ってたんだ」電話の向こうで重いため息が聞こえた。「あのくそ女め！」莉々は泣き声で言った。「あのばばはなぜあの女をかばうの？和彦は私を好きなのに！」莉々の父は少し黙って話題をそらした。「もう怒るな。うちはこのプロジェクトがな

彼女は怜司に目を向けた。相手は質素な服装をしていたので、彼を押しのけて和彦に寄り添い並んで歩いた。怜司は眉をわずかにひそめたが、すぐに平静を取り戻した。彼はこの秦家の次女を覚えていた。前回の会議で、彼女が美穂に反論した。莉々が和彦にべったりくっついているのを見て、彼は礼儀正しく言った。「話は済んだので、私は先に友人に会いに行く」和彦は軽くうなずいた。「ご自由にどうぞ」別れた後、怜司は美穂と峯の方へまっすぐ歩いていった。美穂が顔を上げると、その潤んだ瞳に驚きの色がちらりと浮かんだ。怜司が近づくと、彼女がまだ声を出す前に、相手が先に笑いながら言った。「水村さん、またお会いできて光栄だ。昇進おめでとう」「ありがとうございます」美穂は薄く微笑み、礼儀正しく返答した。「神原さんはどうしてわざわざ来られたのですか？」怜司は落ち着いた目で答えた。「友人から聞いたが、水村さんは大学でコンピューターを専攻し、さらにアクチュアリーの資格を取得されたとか？」「はい」美穂は驚きつつも冷静に相手を観察し、探るように尋ね返した。「その友人というのは、あなたに私を会わせた人ですか？」怜司の返事はあいまいだった。「そうとも言えるが、実はいくつか専門的な質問があって、教えてもらいたいんだ」美穂は久々に専門分野の話ができる相手に会い、すぐに興味を持って話が弾んだ。一方の峯は専門用語が飛び交うのを聞いて眠気を催し、視線を会場に漂わせていると、ちょうど莉々の怒りに満ちた鋭い視線とぶつかった。あの愛人は何かおかしいな。彼はからかうように眉を上げ、美穂の耳元でささやいた後、手を振って別の役人の群れに向かった。莉々は美穂と怜司が楽しそうに話す様子をじっと見つめ、爪で手のひらを押し込むほど怒りに燃えていた。その時、和彦が突然言った。「彼は神原家の人間だから、今後はもう少し礼儀正しく接するといい」「え？神原家？」莉々は急に振り向いた。「神原怜司？」和彦は淡々と「うん」と返事をした。彼女はすぐに顔色を曇らせたが、話を盛った。「でも、彼は美穂さんと仲が良さそうよね」「仕事上の付き合いだけだ」和彦は変わらぬ調子で答えた。莉々は「そうなんだね」と口先だけはそう言いながら、心の中では刺が刺さったよう

本当に気持ち悪い。笑顔は急速に消えた。彼女は無表情で振り返り、感情の読み取れない静かな口調で言った。「この間、本家に泊まる」結婚前に和彦は、この家は二人だけのものだと口約束していた。今や彼は別の女を連れてきて、堂々と彼女の部屋に住み着いている。美穂は全身が寒気に包まれ、息をするのも吐き気がするほどだった。彼女はここが汚れていると感じた。内も外も、どこもかしこも汚れていると思っている。何も片付けず、まっすぐガレージへ向かった。清は彼女を止められず、急いで本家の執事に電話をかけた。「おじいさん、若奥様が本家に戻りました！」電話の向こうから短く「了解」と返事があり、切れた。エンジン音が櫻山荘園に響き渡った。美穂はボタンを押し、車の屋根がゆっくりと開いた。熱い夜風が彼女の丹念にまとめた髪を激しくかき乱した。散った髪の毛が狂ったように舞い、ひんやりとした頬に貼りついた。それはまるで今の心の中で渦巻く嫌悪感のように消えなかった。夜の10時、美穂は車を運転して陸川家の本家に到着した。華子はすでに休んでおり、起きているのは明美だけだった。ノックの音を聞くと、明美は足を組み、使用人に爪にマニキュアを塗らせていた。美穂の青ざめた顔を見ると、彼女は嘲笑した。「おやおや、陸川家の若奥様じゃない？旦那さんに追い出されたの？」美穂は一言も発せず、階段を上がっていった。その悪意に満ちた言葉は、今夜の騒動に彼女が関わっていることを示していた。下腹部に鋭い痛みが走った。美穂は宴会から何も飲まなかった。そして、食欲もなかった。「勿体ぶって！」明美は彼女の背中にツバを吐いた。美穂が訳もなく本家に泊まったことは、翌朝には華子の耳に入った。食卓で穏やかな表情の美穂を見て、華子が口を開いた。「急にここに泊まりたいと思ったのはどうして？」テーブルには美穂が腹痛で眠れなかった夜中に自分で作った朝食がいくつか並んでいる。彼女は銀のスプーンで粥をかき混ぜながらいつも通りの口調で答えた。「ここは病院に近いので、体調が優れず、休みを取って診てもらおうと思っています」「家庭医に頼めばいいんじゃない？」華子は眉をひそめた。「わざわざ行かなくて済むでしょう」「前の検査はずっとあの病院で受け