All Chapters of 逆ハーレム建国宣言! ~恋したいから国を作りました~: Chapter 111 - Chapter 120

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第111話:黒の契約と、音を喰らう影

夜の空に浮かぶ“黒い月”は、まるで音そのものを呑み込むようだった。街のざわめきも、焚き火の弾ける音も、誰かの笑い声も……すべてが、吸い込まれていく。風が止まり、沈黙が世界を覆う。「……音が、消えてる……?」私は息を飲んだ。耳を澄ませても、何も聞こえない。心臓の鼓動すら、遠く霞むように。「これは……“静寂の結界”だ」レオニスが空を睨みながら低く言った。「古代魔族の禁呪。すべての振動を奪い、世界の理を止める術式」「そんな……!」「ただの封印じゃない。これは“喰ってる”」カイラムが唇を噛む。「音そのものを、喰らう存在がいる」 街の中央――大聖堂の尖塔の上で、何かが蠢いた。それは黒い霧。けれど霧ではなかった。煙のように揺らめきながら、時々“人の形”に見える。「……あれが、“黒の契約”の具現体……?」「姿を持つ“沈黙”だな」リビアが翼を広げる。「千年前、魔族の王が最初にそれと契約した。“世界を静かにする”と引き換えに、永遠の命を得たと伝わっている」「永遠の命……」「代償は、“音を喰う”こと」そう言った瞬間、影がゆらりと動いた。黒い霧の中から、白い仮面のような顔が現れる。顔といっても輪郭だけ。口はなく、代わりに空間が裂けていた。『……にぎやかだな。 だが、もういい。 音は飽いた。沈め、すべてを。』 その声は――声ではなかった。脳に直
last updateLast Updated : 2025-10-17
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第112話:白き暁と、再誕の国歌

夜が明ける。けれど、それはいつもと違う“夜明け”だった。地平線の彼方から昇った太陽は、まるで白金の光。空気がふるえるように澄み、世界が“リセット”されたような朝。「……空気まで新品みたいだね」私は深呼吸をした。胸の奥まで、きらきらした光が入り込んでくる。「世界が再調律されたのだ」リビアが羽を広げる。「黒の契約が消えた今、音の流れが本来の軌道に戻った」「つまり、地球(ちきゅう)で言うところの、全域デバッグ完了、ってやつ?」「なんだその呪文は」「異世界語。意味は“バグを全部直した!”」「やかましい」カイラムが呆れながらも、どこか安心したように笑った。「……まぁ、お前の言うとおりだな。 あの黒い月の呪いが消えたなら、もうこの国も安泰だ」 街に目を向けると、人々がもう動き始めていた。倒れた屋根を直し、破れた旗を修復し、そして――歌っていた。それは、どこか懐かしい旋律。誰が決めたわけでもないのに、同じ音を口ずさんでいる。パンを焼きながら、荷車を押しながら、笑いながら。「……あれ、“国歌”か?」ユスティアが首をかしげる。「そんなの作ってないよね?」「いや、作った覚えはないが……」カイラムも眉をひそめる。レオニスが小さく息を飲んだ。「違う。 あれは――“世界が歌っている”」 「え?」「黒の契約が消えた瞬間、世界の根音(ルート)に生まれた“新しい旋律”だ。 かつて失われた神々の音が、人の声で再び響き始めたんだ」「つまり……グランフォードの民が、世界の代わりに歌ってる
last updateLast Updated : 2025-10-18
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第113話:沈黙の王と、欠けた譜面

朝焼けの港は、昨日の祭りの名残をまだ残していた。花びらが波間に揺れ、屋台の紙飾りが風にちぎれて空を舞う。でも――どこか、妙に“静か”だった。「……おかしいな。鳥の声が聞こえない」私は耳を澄ませながら、港の桟橋に立つ。昨日までうるさいほど鳴いていた海鳥たちが、一羽もいない。「潮の匂いも変だな」カイラムが呟く。「風が……止まってる」リビアが羽をすぼめて警戒する。グランフォードに吹くはずの“風の歌”が、今朝はまるで息を潜めているようだった。「ユスティア、データ的には何か出てる?」「“データ的”ってなんですか……まぁ、観測結果は確かに異常です。 音域が全体的に落ちています。まるで――世界の“BGM”が止まったみたい」「BGMが……止まった?」「例えです!」 レオニスが静かに口を開く。「……黒の契約が消えた代償かもしれない」「代償?」「この世界の“調律の輪”は、音と沈黙のバランスでできている。 一方を完全に壊したことで、今度は沈黙の側が力を取り戻そうとしている」「まるでゴムみたいね。引っ張った反動が戻ってくる感じ」「そうだ。だが問題は――“誰が戻すのか”だ」 その瞬間、風が一瞬だけ吹いた。けれど、それは“風”ではなかった。言葉のない“声”が混じっていた。『……音の民よ、調律を越えた。 ならば、沈黙の王の裁きを受けよ。』「……今の、聞こえた?」「“沈黙の王”だと?
last updateLast Updated : 2025-10-19
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第114話:残響の都と、沈まぬ旋律

海は青さを取り戻した――……はずだった。けれど、潮の香りの奥に、まだ微かな“違和感”が残っている。それは、音でも沈黙でもない。ただ、空気の中に漂う、微かな「残響」。「……ねぇ、ユスティア」「はい」「この海、なんか……“ざわざわ”してない?」「ええ、観測上でも異常な音波が確認されています。 ただし、周波数が人間の可聴域を外れている……“聞こえない音”です」「また厄介なやつか」カイラムがぼそりと呟く。「沈黙の王を倒しても、残り香みたいなのが残ったんだな」リビアが羽を広げて海風を嗅ぐ。「……音の余波。 あの王が“休符”を残して消えたんだろう。 だが、誰かがその“休符”に旋律を差し込んでいる」「え、それってつまり……誰かが“新しい曲”を奏でてるってこと?」「そうだ。沈黙を、侵食する者がいる」 レオニスが静かに言った。「“残響の都”だ」「ざんきょう……?」「アクレシアが沈んだとき、その北方にあった補助都市のことだ。 沈黙の王を封印した神官たちの拠点だった。 記録では、封印解除後、完全に“姿を消した”とある」「消えたって、どうやって?」「存在ごと、別の層に移ったんだ。 この海の“裏側”、音が届かない次元に」「……ああ、つまりそれが――」「“残響”の正体だ」 海面が一瞬だけ、波紋を立てた。まるで
last updateLast Updated : 2025-10-20
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第115話:帰還の鐘と、光る地図

「……ただいま、グランフォード!」港の向こうに見えたのは、懐かしい石造りの街。遠くからでもわかるほど、あちこちに旗と花飾りが見える。どうやら、私たちが帰ってくるのをずっと待っていたらしい。「おい、あれ見ろ!」ユスティアが指をさすと、丘の上に巨大な木製の門が立っていた。そこには金色の文字で――《おかえり! 沈黙討伐おつかれ会開催中!》「……早すぎない?」「この国の民は祭りの準備だけは異様に早い」カイラムがため息をつく。「えへへ、嬉しいねぇ。ちゃんと帰る場所があるって」「いや、お前は毎回“帰る”っていうより“爆発から逃げて戻る”だからな」「うっ……耳が痛い」リビアが肩にとまり、羽を畳みながら言った。「爆発もまた、進歩の音だ。反省せずともいい」「肯定が雑っ!」 港に降り立つと、街中から人々が駆け寄ってきた。「お帰りなさい、エリシア様!」「王女様、また新しい国の音を持ってきたんですって?」「リビアさん羽の色増えましたね!」あっという間に囲まれる。グランフォードは今日も元気で、にぎやかで、そして少し騒がしい。「よーし、じゃあ今夜は宴だ!」レオニスが高く手を挙げると、みんなが「おー!」と叫んだ。「宴か……」カイラムが苦笑する。「またパン投げ大会が始まる予感しかしねぇ」「そりゃ恒例行事だからね!」「恒例にすんな!」「まぁまぁ、今回は静かにいこう。沈黙の王もびっくりするくらいの“静かな宴”で」「それ矛盾してね?」 夜になり、グランフォードの中央広場は光で包まれた。提灯が宙を舞い、風が穏やかに音を運ぶ。街の中央には大きな鐘が設置され、その周囲に皆が集まっていた。「これは……?」「“帰還の鐘”です」ユスティアが説明する。「遠征から戻った者が無事を報告するために鳴らす鐘。 国の音を確かめるための、最初の調律儀式です」「へぇ……初耳!」「作ったの、あんたの母上だぞ」カイラムが突っ込む。「……お母様、やっぱりすごいなぁ」鐘の前に立ち、私は深呼吸をした。みんなの笑顔が見える。海の旅で得た音、沈黙の王の記憶、そして仲間たちの声。全部を胸の奥でひとつにして、私は鐘を鳴らした。――ゴォォォン……。低く、深く、それでいて温かい音。空気が震え、街全体が共鳴する。人々の足元の石畳が淡く光り出し、道がま
last updateLast Updated : 2025-10-21
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第116話:空を渡る船と、輪廻の航路

「――というわけで、飛行船を造ります!」朝の議会室。私の宣言に、全員が沈黙した。沈黙のあと、レオニスが真顔で口を開いた。「……正気か?」「うん、正気!」「それが一番怖い」「失礼な!」「いや、でも待て」カイラムが腕を組む。「“空の上”って言っても、どのくらい上だ? 雲の上? それとも……」「天空層。古記録によると、空の彼方に“光の根”が張っているらしいです」ユスティアが補足する。「そこに輪廻の心臓――世界を奏でる木があるとすれば、高度は……計算上、雲の約三倍」「三倍……酸素がねぇぞ」「大丈夫! 呼吸用の魔石を使えば!」「どっからそんな万能な単語出てくんだよ!」「ふっ、私は好きだぞ」リビアが低く笑う。「空に手を伸ばす者にこそ、神は微笑む」「それ死亡フラグっぽい言い回しやめて!」 会議は、いつものように笑いながら始まった。けれど、笑いの裏で皆が同じことを思っている。――“空に行く”というのは、それほど危険なことだ。魔力の流れが不安定で、航路を一歩間違えれば墜落する。けれど、それでも私たちは行く。“音と沈黙の均衡点”を確かめるために。◆◆◆「で、どんな船にするんだ?」カイラムの質問に、私は満面の笑みで答えた。「もちろん! 可愛くて、速くて、ご飯がおいしくて、寝心地がいいやつ!」「お前それ、完全に観光船の要件だろ……」「いいえ」ユスティアがすかさず補足。「重力魔法を応用した多層魔導機構を備え、竜巻にも対応できる浮遊構造体です」「要するに、空飛ぶ家ですね」レオニスが苦笑する。「ね! 夢があるでしょ!」「悪夢に変わる未来しか見えねぇ」 リビアは翼を広げ、遠くの空を見た。「風の流れが上昇している。 “輪廻の木”の位置を示す風だ。……導かれているな」「うん。たぶん、あの木は私たちを待ってる」「待ってる……か」カイラムが目を細める。「そういう顔、久しぶりだな。完全に冒険モード」「だって久々に“未知”だもん!」「未知=危険、だろ」「危険=ロマン、でしょ?」「その変換やめろ」 船の設計は夜通しで始まった。ユスティアが魔導設計図を描き、リビアが空気抵抗を計算し、カイラムは素材を集めるため鍛冶場へ。「ねぇねぇ、名前どうする?」「はぁ?」「船の名前! かっこいいのがいい!」「……“蒼風号”
last updateLast Updated : 2025-10-22
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第117話:世界樹の歌と、音なき祈り

――輪廻の心臓。それは“音と命の源”にして、“終わりと始まりの境界”。世界の音が流れ込み、沈黙が呼吸するこの場所で、私たちは立っていた。「……すごい」木の幹に手を当てた瞬間、心臓の鼓動みたいな“低音”が全身に響いた。音じゃない。“生きている音”――そんな感じだった。「この木の音、世界中の心拍を拾ってる」ユスティアが小声で言う。「人間も、獣も、草も……全部が音として記録されてる」「つまり、地上の誰かが笑えば、ここで枝が震える」レオニスが穏やかに続ける。「泣けば、葉が散る。……これは、まさに“生命の譜面”だ」「でも、なんか少しズレてる」私は幹を見上げた。「さっきから音が少し、歪んでる気がするの」「歪み?」カイラムが眉をひそめる。「うん。旋律の流れが不規則。たぶん、どこかで“調律の狂い”が起きてる」リビアが羽を広げ、風の流れを読む。「確かに……上部の枝、魔力が淀んでいる。 “沈黙の王”の影響がまだ残っているようだな」「つまり、“木の声”が完全には戻ってないんだね」「じゃあ直すしかねぇな」カイラムが短く言った。「木を叩けば治るわけじゃないぞ」レオニスが苦笑する。「わかってる!」 その時だった。木の上――枝の中から“何か”が落ちてきた。バサァッ!「うわっ!?」「おわっ!?」ドサッと甲板に落ちてきたのは、白い羽根を持つ青年。「えっ……天使?」「誰が天使だ、誰が……」青年が呻きながら起き上がる。「俺は“守り手”。この木の声を守るために、ここで……ずっと」「守り手?」ユスティアが問いかける。「あなた、いつからここに?」「……たぶん、百年。いや、もっとかもしれない」青年の瞳は淡く光っていた。その光の奥に、どこか“懐かしさ”を感じた。「あなたの名前は?」「……“アストル”。 この木の第一の奏者、そして最後の守り人」 アストルは空を見上げた。「お前たちが来た時から、この木が騒ぎ始めた。 ずっと沈黙していたのに、今は……歌おうとしている」「それって、悪いこと?」「まだわからん。 だが、“沈黙の王”が封じていた旋律が解ければ―― この木は“全ての命を再生する”」「再生……って、聞こえはいいけど、つまり?」「死んだ者も、壊れた世界も、全部“巻き戻る”。 輪廻の心臓は、“世界の記録を上
last updateLast Updated : 2025-10-23
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第118話:帰還の鐘と、明日のパン祭り

「ただいまー!!」空を裂くように帰ってきたリオニエ号。甲板の上から見下ろしたグランフォードの街は、いつもより眩しく輝いていた。白い石畳の通りには人が溢れ、屋根の上に旗がはためく。市場には色とりどりの布が飾られ、鐘が一斉に鳴り響いていた。「わぁ……! なんか、すごいことになってる!」「おかえりなさいませっ!」港に待ち構えていた執事とメイドたちが手を振る。「皆さまのご帰還を、パン祭りで祝わせていただきます!」「パン祭り!?」「はい! お嬢様の“パンは世界を救う”というお言葉をもとに、 毎年恒例の国民行事となりました!」「……え、そんなスローガン出した覚えないけど!?」「十中八九、あんたが言ったやつだぞ」カイラムがぼそっと突っ込む。「“世界が平和になるにはまずパンがうまくなきゃね~!”とか言ってた」「うわぁ……言ってる私の声が容易に想像できる……」リビアが羽をたたみながら微笑む。「しかし見事だな。 沈黙の王の影が消えたことで、魔力の流れが整い、作物も豊かになっている」「つまり……パンの品質も上がってるってことだね!」「そこかよ」「まぁ、あんたがパン焼くたびに爆発しない時点で、前よりは平和だ」「もう! あれは初期不良だったの!」港から降り立った瞬間、パンの香ばしい匂いが風に乗って押し寄せた。バター、焼きたての小麦、そしてほんのり甘い香り。広場には屋台がずらりと並び、「グランフォード流!ふわもち王冠パン!」「魔王の角パイ!」「勇者のジャム入りメロンブレッド!」――など、なんだかいろいろな方向に自由なパンが売られていた。「うわー! パンの名前の混沌具合がすごい!」「“角パイ”はやめろ、俺をモデルにするな」「“勇者のジャム”って誰の血だよ」「だから怖いこと言わないで!」ユスティアが帳簿を片手に現れる。「陛下、今年のパン祭りは例年の三倍の売り上げです」「マジで!? やったね!」「特に人気は、“宰相の羽根パン”ですね」「……は?」リビアがぴくりと眉を動かす。「名前の響きがエレガントとのことです」「エレガントじゃなくて、もはや供え物ではないのか」「ふふっ、いいじゃない。リビアが人気キャラ扱いされてるんだよ」「私は商品ではない」「その返し、完全に人気キャラのやつ」「……そういえば、父様と母様は?
last updateLast Updated : 2025-10-24
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第119話:旅立ちの合図と、風のゆくえ

パン祭りの翌朝。空は驚くほど晴れていて、まるで昨日の鐘が雲まで追い払ったみたいだった。……いや、ほんとにそうかもしれない。輪廻の木が空気の流れまで調整してるんじゃないかと、本気で思う今日このごろ。「……で、なんでまた旅の支度をしてるの?」カイラムの声が背後から飛んでくる。私は荷物を詰めながら答えた。「いやぁ、あのね。パン祭りの会場で聞いたのよ」「パン祭りの会場で?」「うん。“風の王国”の使者が、うちに正式に来たいんだって!」「正式に?」「えぇ、“グランフォードと文化交流をしたい”らしいの」カイラムは少し眉をひそめた。「文化……ねぇ。パンでも持ってくか?」「その発想、うちの国っぽくて嫌いじゃない」そこへユスティアが帳簿を片手に現れた。「陛下。風の王国からの文書を分析した結果、興味深い一節がありました」「どんな?」「“風が止まる前に、共鳴を探せ”――そう記されています」「共鳴?」「ええ。おそらく“輪廻の木”と同じ系統の現象を指していると思われます」リビアが翼を軽く広げて頷いた。「風の国は、かつて“空の心臓”と呼ばれた遺産を守っていた。 もしそれが今、共鳴しているなら……輪廻の木と同調を始めているかもしれんな」「つまり、向こうでも何かが起きてるってことね」「だろうな」カイラムが肩をすくめる。「ま、どうせまた行くんだろ?」「もちろん!」「だと思った」その頃、広場ではすでに“リオニエ号”の準備が進められていた。帆の修繕、魔導機関の調整、食料の積み込み――国民総出の作業だ。「うわぁ…
last updateLast Updated : 2025-10-25
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第120話:風を継ぐ翼と、再会の旋律

風の国ヴェル=ノートに、朝日が昇った。空を渡る雲が金色に染まり、街の風車塔が静かに回り始める。それは、夜通し吹き荒れた“黒い風”が完全に消えた証だった。「ふわぁ……朝の空気が美味しい!」甲板で深呼吸する私の横で、カイラムが半分あきれ顔をしていた。「空気に味を感じるとか、もう人間卒業してるな」「感じるよ? ちゃんと“勝利の味”がするもん!」「パンの匂いじゃねぇのか?」「それもある!」リオニエ号は、今ヴェル=ノート上空で停泊中。風の結晶が回復し、街の浮遊層も安定を取り戻していた。風が穏やかに流れるたび、白い布旗がはためき、子どもたちが嬉しそうに笑っている。「よかった……この国、無事だったね」私が呟くと、隣でリビアが小さく羽を畳んだ。「風は記憶を運ぶ。昨日のお前の音が、この国の空気そのものを変えたのだ」「そんな大層なことした自覚はないけどね」「お前はいつもそうだ。自覚がないのに結果だけが大きい」「……褒めてる?」「半分呆れてる」「お嬢様ぁ!」上空からひときわ元気な声が降ってきた。見ると、白い風翼を背に持つシルファ王子がこちらに降り立つ。昨日よりも明るい顔をしていて、その背の羽根が朝日を反射して輝いていた。「王子!風が完全に戻ったみたいですね!」「ええ。あの風の心臓が輝きを取り戻した時、この国中に“共鳴音”が響いた。 ――まるで兄上の笛の音のように」シルファは少しだけ、寂しげに笑った。「兄上は、もうここにはいない。けれど、風が彼の代わりに生きてくれる」レオニスが一歩前に出た。「……風は、魂を運ぶ。だからこそ、思い出は消えない。 我々も同じだ。失ったものを、今の音で繋いでいく」「レオニス……」昔のように静かで優しい口調だった。あの王国での確執があったとは思えないほど。カイラムが腕を組んで口を開く。「ま、結局はまた“音とパン”で世界が救われたってわけだな」「カイラム、それだと私たちが音楽パン職人みたいじゃない!?」「だって似たようなもんだろ?」「否定できないのが悔しい!」「ところで」ユスティアが記録端末を取り出す。「シルファ王子、あなたの国の観測データに興味があります。 浮遊層の安定構造を解析できれば、うちの国の浮遊港にも応用できそうです」「ふふっ、さすがです。研究者魂が風よりも速い」「風の
last updateLast Updated : 2025-10-26
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