夜の空に浮かぶ“黒い月”は、まるで音そのものを呑み込むようだった。街のざわめきも、焚き火の弾ける音も、誰かの笑い声も……すべてが、吸い込まれていく。風が止まり、沈黙が世界を覆う。「……音が、消えてる……?」私は息を飲んだ。耳を澄ませても、何も聞こえない。心臓の鼓動すら、遠く霞むように。「これは……“静寂の結界”だ」レオニスが空を睨みながら低く言った。「古代魔族の禁呪。すべての振動を奪い、世界の理を止める術式」「そんな……!」「ただの封印じゃない。これは“喰ってる”」カイラムが唇を噛む。「音そのものを、喰らう存在がいる」 街の中央――大聖堂の尖塔の上で、何かが蠢いた。それは黒い霧。けれど霧ではなかった。煙のように揺らめきながら、時々“人の形”に見える。「……あれが、“黒の契約”の具現体……?」「姿を持つ“沈黙”だな」リビアが翼を広げる。「千年前、魔族の王が最初にそれと契約した。“世界を静かにする”と引き換えに、永遠の命を得たと伝わっている」「永遠の命……」「代償は、“音を喰う”こと」そう言った瞬間、影がゆらりと動いた。黒い霧の中から、白い仮面のような顔が現れる。顔といっても輪郭だけ。口はなく、代わりに空間が裂けていた。『……にぎやかだな。 だが、もういい。 音は飽いた。沈め、すべてを。』 その声は――声ではなかった。脳に直
Last Updated : 2025-10-17 Read more