All Chapters of 逆ハーレム建国宣言! ~恋したいから国を作りました~: Chapter 131 - Chapter 139

139 Chapters

第131話:泡沫の宴と、砂の下の真実

夜の海は、昼間とはまるで別の顔をしていた。波の音は穏やかで、港の灯りが反射してきらきらと光る。砂浜では“海のパン祭り”が盛大に開かれており、パン生地を揚げて潮風で冷ますという謎の儀式まで始まっていた。「揚げパンの神に感謝をーっ!」「パンに塩を、心に笑顔をーっ!」「……宗教か?」カイラムが呆れたように言う。「まぁまぁ、文化ってそうやって広がるのよ」「いや、“塩撒きながらパン踊り”が文化でいいのか?」「いいのいいの! 平和だから成立するの!」私は砂浜に立ち、両手を広げた。海風が髪を撫で、月の光が照らす。「ねぇ、こういう夜が続くといいね」「……あぁ」カイラムの答えは短い。けれど、その声にはいつもより柔らかさがあった。一方、少し離れた浜辺では、ユスティアとリビア、それにレーン王子が何やら地図を広げて話していた。「ここです。先ほどの“リュメール”の出現地点」ユスティアが砂の上に描いた印を指す。「ですが、潮の流れが不自然なんです。 あの規模の精霊が現れた割には、海流が乱れていない」「つまり、“精霊が自然に生まれた”のではなく――」リビアが羽をたたみながら言う。「“どこかから呼び出された”可能性が高い」「まさか、また“模造の木”の派生が……?」「いや、もう少し違う気がします」ユスティアが地面をなぞる。「この魔力残滓、木のものではなく“砂”です。 しかも、“乾いている”のに魔力を保っている」「砂が……魔力を?」レーンが眉をひそめる。「それは、“砂の国”の技術に近い。 古代に封じられた、錬砂術(れんさじゅつ)だ」「錬砂術……?」私は近づいて耳を傾ける。「それってつまり、錬金術みたいなもの?」「似てはいるが、もっと根源的だ」リビアが補足する。「砂は“時間”と“記録”の象徴だ。 錬砂術とは、“砂に記憶を封じ、命を織り直す”術。 いわば――“過去を再生する魔法”だ」「……それ、怖いね」私は思わず呟いた。「だって、誰かがそれを使ったら、“死んだ人を戻す”こともできるんじゃ……?」「理論上は、可能です」ユスティアが静かに答える。「ただし、代償として、“今を生きる者の記憶”が削られる」「つまり、“誰かを蘇らせるたびに、誰かが忘れる”」カイラムが低く呟く。「……バランスを取るための代償か」レーンが手を組
last updateLast Updated : 2025-11-06
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第132話:砂上の勇者と、沈まぬ影

乾いた風が吹き抜けた。その一瞬で、視界のすべてが砂に染まる。空の代わりに、頭上には巨大な時計の影が回転している。秒針も分針も、どれだけ見ても動かない。――まるでこの世界そのものが、時間から外れているかのようだった。 「ここ……どこなの?」私が呟くと、レーンが唇を引き結んだ。「ここは、“記録層”の最深域……。 時を失った過去と、消えかけた未来が混じる場所です」カイラムが足元の砂を掴む。その手の中の粒が淡く光っていた。「……この砂、一粒一粒が“記憶”だ」「記憶……?」「感じる。人の声、笑い、戦い……全部、混ざってる。 こいつらは、世界が忘れた瞬間を保ってるんだ」「……じゃあ、ここにいる“あの人”も」私は視線を上げた。 ――そこにいた。白銀の鎧をまとい、砂を踏みしめて立つ一人の男。その姿は、かつて書物でしか知らなかった“初代勇者グランフォード”のもの。だが、目に宿る光はどこか虚ろで――黒い砂のように濁っていた。「……“勇者グランフォード”……?」男はゆっくりとこちらを向く。その顔に刻まれた皺は深く、けれど声はどこまでも静かだった。「名を呼ばれるのは、久しいな……。 ――お前が、エリシアか」「えっ!? わ、私を知って……?」「当然だ。 我が血脈を辿り、我が記録を受け継ぐ者――“末裔”だ」その声に、全身が震えた。父や母から何度も語られた“伝説の英雄”。けれど今目の前にいるのは、神聖でも穏やかでもなく、どこか“疲れ果てた人間”のようだった。 「勇者グランフォード。 あなたは……なぜここに?」「……封じられた。 この世界が“過去”を切り捨てたとき、 私は“記録”としてこの砂に閉じ込められたのだ」「記録として……?」レーンが一歩前に出る。「それは、“砂の国”の錬砂術により?」「そうだ。 我が死後、この世界は戦を繰り返した。 王たちは“勇者の記憶”を利用しようとした。 だから私は、“己の記録を封じる”ことを選んだ。 再び誰かが、同じ過ちを繰り返さぬように」「けれど、その封印が……今、壊れかけてる」私は静かに言った。「あなたが眠る“記録層”が、地上に浮かび上がってきてるの」勇者は目を閉じた。「……そうか。 あの愚かな争いが、また形を変えて蘇るのだな」「違う!」私は思わ
last updateLast Updated : 2025-11-07
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第133話:砂上の都市と、風を継ぐ翼

砂の国――サーラディン。その名を初めて耳にしたとき、私はてっきり“何もない荒地”を想像していた。でも、実際に目の前に広がる光景は、まったく違っていた。「うわぁぁぁぁぁ……!」思わず声が漏れる。「……あのな、口開けっぱなしだぞ」カイラムが呆れたように言う。「だって! すごいんだもん!」砂の地平の向こうにそびえるのは、まるで海市蜃楼のような黄金の都市。建物はすべて砂岩とガラスで作られ、陽光を受けて煌めいている。風に舞う砂さえ、光の粒に変わって見えた。「すげぇ……“砂の都”って言葉の意味が分かった気がする」ユスティアも思わず感嘆の声を上げる。「すべての建造物が“魔力風化防止術”で強化されている。 自然の砂が風で削られる前に、砂自身を固定する術式……これは驚異的です」「うちにも導入したいな~。 “パン粉飛散防止結界”とか!」「お前の頭の中は食べ物しかないのか?」「うるさい! 食は文明の礎よ!」 そんな私たちを出迎えたのは、褐色の肌に白い衣をまとった青年だった。黄金の瞳が砂に溶けるように美しい。「ようこそ、グランフォードの王女殿下―― そして、勇者の血を継ぐ者たちよ」「あなたが……?」「サーラディン王国第二王子、 ファリード=アスラル。 “風読みの民”の代表でもあります」彼は優雅に一礼し、その背後では一陣の砂風がふわりと舞い上がる。「“風読みの民”?」レーンが小さく呟く。「ええ。私たちは“風”を“記憶”として読み取る民です。 風がどこから来たか――それは過去を、 風がどこへ向かうか――それは未来を示す」「……詩人みたいな説明だね」「風とは、詩そのものです。 ですが、今のサーラディンには―― その詩を奪う“沈黙”が蔓延している」 沈黙。その言葉に、レーンが眉をひそめた。「“沈黙”というのは、比喩ですか?」「いえ、実際の現象です」ファリードが静かに言った。「“風”が止まるのです。 砂漠全体で、風が一切吹かなくなる時間がある。 鳥も鳴かず、砂も動かず、人の息すら重くなる」「それって……」ユスティアが息を呑む。「記録層で見た“止まった時間”と同じ……!」「おそらく、“記録層”が地上に干渉しているのです」ファリードは頷く。「私たち“風読みの民”はそれを“砂の夢”と呼んでいます。 砂は
last updateLast Updated : 2025-11-08
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第134話:影の風と、沈黙の誓約

――風が、止まった。あの“沈黙の終わり”を祝福するかのように鳴っていた砂上の風が、突如として凍りついたように静止した。「……いまの、聞こえた?」ユスティアが眉をひそめる。彼の耳が、僅かに震えていた。「聞こえたって……何も、聞こえないけど?」私が問い返すと、ユスティアは頭を振る。「そう、それが“聞こえた”んです。 ――音が、一瞬で消えた。」その瞬間、塔の壁に埋め込まれていた金色の砂が黒ずんでいく。音を失った空気が、重くのしかかる。まるで世界全体が“息を止めた”かのようだった。「まさか……“影の風”が、もう……!」ファリードが青ざめた顔で呟いた。「ファリード、説明を!」カイラムが詰め寄る。「“影の風”とは、かつて我々が封印した“風の反響”。 風が流れる限り、そこに生じる“抵抗”―― それが積もり積もって、沈黙として現れる。 風の祭儀で二つの風を重ねたことで……それが、解放されたのです。」「つまり、私たち……また封印を解いちゃったってこと!?」私の声が裏返る。「だが、今度は“自然発生”ではない」カイラムが低く言った。「誰かがこの流れを狙っていた――“風の力”そのものを。」「……まさか、“魔導連邦”が動いてるのか?」リビアが羽をたたみながら低く唸った。「奴ら、風の塔を利用すれば、世界の気流を操作できる。 戦争を始める前に、風を奪えば物流も国境も麻痺する……。」「そんなの、許せない!」私は拳を握りしめる。「風は、誰のものでもない! 世界みんなの息そのものよ!」「……まさかお前からそんな名言が出るとは」カイラムが呆れ気味に笑う。「パンの焼き加減の次は、風の平等か?」「うるさいわね! でも真面目なんだから今!」 ファリードが塔の外を見上げる。空には、黒い霞のような帯が浮かび上がっていた。それは風の流れを逆流させる“影の気流”。「……早い。 これほどの規模、すでに“風脈”そのものが汚染されています。」「風脈?」「はい。 世界中の風を繋ぐ巨大な魔力網。 古代の勇者たちが築いた“循環の地図”の根幹……。 その一部が、今このサーラディンを中心に反転しているのです。」「勇者の……地図……」私は息をのむ。「じゃあ、この現象、私の中の“記録”と関係してる?」ファリードが頷いた。「おそらく。 あ
last updateLast Updated : 2025-11-09
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第135話:暁の祭壇と、風の継承者たち

砂の都・サーラディンでの戦いから数日後。私たちは再び旅立ちの準備を整えていた。塔の最上部に立つと、風がやさしく頬をなでる。あの沈黙の嵐はもうどこにもない。代わりに、清らかな風が都市全体を包んでいた。「ふぅ~、やっと落ち着いたねぇ!」私は伸びをしながら言う。「お前、戦った翌日からパン祭りしてただろ」「だって平和になったんだもん!」カイラムが呆れた顔をしながらも、パンを一切れ受け取って口に運ぶ。「……相変わらず味は悪くない」「“悪くない”って言い方、なんかムカつく!」「誉めてるんだよ」「ほんとぉ~?」そんな私たちの掛け合いに、周囲の兵士たちが小さく笑う。空気が柔らかい。まるで風そのものが笑っているみたいだった。 「エリシア陛下。」声をかけてきたのはファリードだ。彼は以前よりもずっと穏やかな表情をしている。「風の塔の修復が完了しました。 そして……“暁の祭壇”の準備も整いました。」「暁の祭壇?」「はい。 風が最初に生まれた場所。 この世界に“風”という概念が誕生した、最古の聖域です。」ユスティアが説明を引き継ぐ。「古代の地図にも断片的に記録があります。 勇者と魔王が初めて“共に祈った場所”……。」「へぇ……そんな伝承があったんだ。」「風の流れが安定した今なら、 あの地への道が再び開くでしょう」とファリードが続ける。「ですが――そこには、“継承の儀”が残っています。」「継承……?」「ええ。 あなたが“風を継ぐ者”であるなら、 その力はまだ“半ば”なのです。 暁の祭壇で、真に風を繋ぐ資格を問われるでしょう。」 「……試されるってこと?」「そうです。」「よし!」私は胸を叩く。「受けて立とうじゃないの!」カイラムが苦笑を浮かべた。「お前、試されるの好きだよな」「成長イベント大好きだから!」「イベント扱いかよ……」 ファリードが小さく笑い、その瞳に尊敬の色を浮かべる。「あなた方がこの地に吹かせた風は、確かに私たちを変えました。 どうか、次の風も……あなたの手で。」「うん、任せて!」私はにっこりと笑って、風を掴むように手を伸ばした。 ――翌朝。サーラディンの外れ、砂丘の果て。そこに、暁の祭壇への道が口を開いていた。金色の砂がまるで流れる川のように蠢き、光の筋が
last updateLast Updated : 2025-11-10
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第136話:風の帰還と、再会の約束

――風が帰ってきた。暁の祭壇での継承の儀から三日。サーラディンの砂の海は静かに息を吹き返し、街には久しぶりに“音”が戻っていた。風鈴のように鳴る砂の結晶、街角で回る風車、子どもたちが笑いながら凧を追いかけている。「ねぇカイラム、見て! 砂が喋ってる!」「……いや、喋ってねぇだろ」「喋ってるもん! “風が気持ちいいね”って言った!」「お前がそう聞こえただけだろ」「じゃあ、聞こえたもん勝ち!」「……理屈になってねぇ」私はにこにこしながら風を両手で掬った。砂の粒が光にきらめいて、まるで世界そのものが笑っているみたいだ。 「本当に……あなた方には感謝の言葉もありません。」そう言って頭を下げたのは、ファリード王子だった。以前の彼の眼差しは、どこか責任と緊張に縛られていた。でも今は――柔らかな風のように、穏やかだった。「“沈黙”は完全に消えました。 風の道も再び開通し、各国への風信も再開しています。 まさに、風の復権です。」「よかった~。 これでパンもちゃんと膨らむ!」「そこに帰結するのか……」「パンは平和の象徴なの!」 ユスティアが笑いながら記録板を閉じた。「風脈の流れを解析しましたが、興味深いことが一つあります。 サーラディンを中心に、世界中の風が“循環”し始めている。」「循環?」レーンが首を傾げる。「はい。 それぞれの国の風が、ただ流れるだけではなく“繋がる”んです。 まるで、風同士が互いを呼び合っているみたいに。」「まるで……人間の心みたいだね。」私はぽつりと呟いた。「誰かが笑えば、それが風になって、 遠くの誰かの背中を押すような……そんな感じ。」「……上手いこと言うな」「ふふん、たまにはでしょ?」「“たまには”って言うな」 ファリードが一歩前に出て、手にしていた金色の風晶を差し出した。「これは、“暁の風”の欠片です。 新たに世界を繋ぐ風の象徴。 グランフォードの風として、お持ち帰りください。」「いいの?」「ええ。 この風はあなた方の功績の証です。 そして――約束の印でもあります。」「約束?」「また、風が迷ったとき。 どうかあなたの声で、再び導いてください。」 胸の奥がじんわりと熱くなる。レオニスが消える前に言った言葉が、また静かに心を撫でていった。
last updateLast Updated : 2025-11-11
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第137話:氷の門と、眠る祈りの都

風の道を越えて三日。見渡す限りの白銀の大地が広がっていた。「さ、寒いぃぃ……! 鼻が凍るぅぅ……!」私は風除けのマントを首まで引き上げ、凍えながら雪原を進んでいた。「……だから言っただろ、厚着しろって」カイラムが肩に雪を積もらせながら呆れ顔。「その格好じゃ、パンより先に凍るぞ。」「だって荷物多かったんだもん……」「荷物の半分がパンだろ」「焼き立てが恋しいんだもん……」「もん、じゃねぇ」「はいはい、口論は歩きながらでお願いします」ユスティアが軽やかに歩きつつ、冷気でくもる眼鏡を指で拭った。「目的地はもうすぐです。フロステリアの“氷門”。 ここを越えれば、王都ルミア・グラスへ入れます。」 遠く、氷の峡谷の奥に、巨大な半透明の門が見えてきた。「……きれい。」その門はまるで凍った滝のように輝き、陽の光を受けて七色に反射していた。だが近づくにつれ、空気がぴんと張りつめていく。「なんか……静かすぎない?」「うむ。鳥も、風も、止まっておる。」リビアが羽をすぼめ、低く唸る。「氷の精霊の“息”だな。 この門、ただの氷ではない。意志を持っておる。」 そのとき、門の中心に淡い光が集まった。氷の粒が舞い、やがて人の姿をとる。「ようこそ、旅人たち。」その声は風鈴のように澄んでいた。現れたのは、透き通るような白髪と蒼の瞳を持つ少女。肌は雪のように白く、衣は氷の結晶でできているようだった。「私はフロステリアの“氷守(ひもり)”リュミエール。 外の風を運ぶ者たち……あなたたちね?」「え、ええ……たぶん。」「風の国からの報せは届いています。 あなた方が“暁の継承者”だと。 この地の封印を解く資格を持つ者だと。」「封印……?」ユスティアが眉をひそめる。「ここにも、祠が?」「はい。氷の祠《フロストレム》。 けれど、いまは閉ざされています。 百年前の“祈りの凍結”以来、 誰ひとりとして中に入れた者はいません。」 「……凍結?」「祈りが、氷に封じられたのです。」リュミエールの瞳が微かに揺れる。「この国の人々は“永遠の祈り”を望みました。 その結果、祈りは形を得て――時を止めました。」「時を、止めた?」「はい。 人も街も、祈りの瞬間のまま、眠り続けているのです。」 私は息を呑んだ。“沈黙の
last updateLast Updated : 2025-11-12
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第138話:雷鳴の街と、嵐の誓い

――空が怒っていた。氷の都を後にして数日。私たちは雷の国《ヴァンデル領》へと足を踏み入れた。とにかく、うるさい。空は常にごろごろ鳴っていて、一時間に一度はドンッ!と何かが落ちる。「ねぇ……これ、平常運転なの?」「はい。こちらの国では、雷が日常です。」ユスティアが冷静に答えた。「この地は“天空の導線”と呼ばれるほど雷が集まりやすい場所で、 空と地上の魔力が常に衝突しています。」「つまり、常に感電の危険があるってことね?」「言葉の選び方!」「落ちたらどうするんだよ……」カイラムがため息をつくと、リビアが翼で頭を軽くはたいた。「魔王族に雷ごとき、恐るるな。 焼けたとしても、香ばしくなるだけだ。」「どんな励ましだよ!?」 一行がたどり着いたのは、雷雲に包まれた街――《ストルムシア》。建物のほとんどが金属の避雷装置で覆われ、屋根の上では“雷集め”と呼ばれる儀式が行われていた。巨大な塔の先端に集まった雷が魔石に吸い込まれ、街のエネルギーとして再利用されているらしい。「すごい……雷を飼いならしてるみたい。」「“嵐を制する者が国を制す”――彼らの国是だ。」ユスティアが呟く。「この地の主は、雷公《らいこう》アルディン・ヴァンデル。 代々“嵐の加護”を受け継ぐ家系です。」 雷鳴がひときわ強くなったそのとき、塔の上からひとりの青年が飛び降りた。「うわぁぁぁっ!? 落ちた!? 今人落ちたよね!?」「いや……あれは飛んでる。」雷の光を背に、彼は空中で軽やかに身をひねる。着地と同時に周囲の雷を吸い込み、電撃を羽織るように立ち上がった。「ようこそ、風の国の継承者よ。」鋭い金色の瞳、乱れた銀髪。その全身から“雷”の気配が滲み出ていた。「俺はアルディン・ヴァンデル。 雷鳴の街を統べる者だ。」「かっこよ……」思わず口から出た。「お、おい、惚れるなよ。」カイラムが眉をひそめる。「惚れてないもん! ちょっと電撃走っただけ!」「それが惚れてるって言うんだよ!」「ふふ……賑やかだな。」アルディンが微笑んだ。「歓迎しよう。 ただし――ここから先は、“嵐の誓い”を越えねばならない。」 「“嵐の誓い”?」「この国では、異国の者は“雷の試練”を受けることになっている。 嵐を恐れぬ者のみが、神殿に足を踏み入れられ
last updateLast Updated : 2025-11-13
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第139話:地脈の門と、眠る約束

雷の国・ヴァンデルを出て、数日。 ようやく嵐の音も静まって、空には晴れ渡る青が戻ってきた。だけど――どこか、胸の奥がざわついていた。「……静かすぎない?」 馬車の中でぽつりと呟くと、 隣のカイラムが腕を組んで頷いた。「だな。風も雷も落ち着きすぎてる。  まるで“地”が息を潜めてるみたいだ。」「“地”が?」「この世界の魔力は風・水・雷・地の四属性で流れてる。  そのうち“地”は根の役割をしている。  もしそれが止まったら――」「全部が、倒れちゃう?」カイラムは黙って頷いた。 ユスティアが記録板を開いて補足する。 「現時点で、地脈の流れは各地で減少しています。  グランフォード領でも、地下水位が下がっている報告が。」「それって……」「はい。次の祠――“地の祠”が、すでに不安定化しています。」 「そっか。最後の祠、だもんね。」 私は深く息をついた。 風、氷、雷。 それぞれの祠には“止まった心”があった。でも、“地”って……止まるというより、 “沈む”感じがする。まるで、眠るように。 やがて地平線の向こうに、 巨大な断層のような亀裂が見えてきた。「……あれが、“地の門”か。」 ユスティアが小さく呟く。 「地表が裂け、祠が沈んだ跡です。  この先に、古代都市《テッラ・ロウ》が眠っています。」「眠る都市……」 「その中心に“地の祠”があるはずだ。」 亀裂の縁に立つと、 地面の下から低いうなり声が響いた。 地鳴りのようでいて、まるで“心臓”の鼓動みたいだった。「……ねぇ、これ、生きてるよね?」 「そう聞こえるな。」カイラムが剣を抜く。 「油断するな。地は優しいようで、いちばん重い。」 亀裂の中へと降りていく。 道は暗く、湿っていて、 壁には古代文字のような刻印が続いていた。「読める?」 「……“根は眠り、芽は夢を見る”」 リビアが呟いた。 「これは“地の神”の古い祈り文。  眠りとは再生、という意味を持つ。」「じゃあ、祠が“眠ってる”っていうのは……  再生の前兆?」「ならいいんだがな。」カイラムが険しい顔をする。 「問題は“何が夢を見てるか”だ。」 やがて、開けた空間に出た。 広大な地下都市――。 崩れた神殿や石像、 枯れた木の根が天井から垂れ下がっている。
last updateLast Updated : 2025-11-14
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