夜の海は、昼間とはまるで別の顔をしていた。波の音は穏やかで、港の灯りが反射してきらきらと光る。砂浜では“海のパン祭り”が盛大に開かれており、パン生地を揚げて潮風で冷ますという謎の儀式まで始まっていた。「揚げパンの神に感謝をーっ!」「パンに塩を、心に笑顔をーっ!」「……宗教か?」カイラムが呆れたように言う。「まぁまぁ、文化ってそうやって広がるのよ」「いや、“塩撒きながらパン踊り”が文化でいいのか?」「いいのいいの! 平和だから成立するの!」私は砂浜に立ち、両手を広げた。海風が髪を撫で、月の光が照らす。「ねぇ、こういう夜が続くといいね」「……あぁ」カイラムの答えは短い。けれど、その声にはいつもより柔らかさがあった。一方、少し離れた浜辺では、ユスティアとリビア、それにレーン王子が何やら地図を広げて話していた。「ここです。先ほどの“リュメール”の出現地点」ユスティアが砂の上に描いた印を指す。「ですが、潮の流れが不自然なんです。 あの規模の精霊が現れた割には、海流が乱れていない」「つまり、“精霊が自然に生まれた”のではなく――」リビアが羽をたたみながら言う。「“どこかから呼び出された”可能性が高い」「まさか、また“模造の木”の派生が……?」「いや、もう少し違う気がします」ユスティアが地面をなぞる。「この魔力残滓、木のものではなく“砂”です。 しかも、“乾いている”のに魔力を保っている」「砂が……魔力を?」レーンが眉をひそめる。「それは、“砂の国”の技術に近い。 古代に封じられた、錬砂術(れんさじゅつ)だ」「錬砂術……?」私は近づいて耳を傾ける。「それってつまり、錬金術みたいなもの?」「似てはいるが、もっと根源的だ」リビアが補足する。「砂は“時間”と“記録”の象徴だ。 錬砂術とは、“砂に記憶を封じ、命を織り直す”術。 いわば――“過去を再生する魔法”だ」「……それ、怖いね」私は思わず呟いた。「だって、誰かがそれを使ったら、“死んだ人を戻す”こともできるんじゃ……?」「理論上は、可能です」ユスティアが静かに答える。「ただし、代償として、“今を生きる者の記憶”が削られる」「つまり、“誰かを蘇らせるたびに、誰かが忘れる”」カイラムが低く呟く。「……バランスを取るための代償か」レーンが手を組
Last Updated : 2025-11-06 Read more